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信長謁見③

信長との謁見で、窮地に立たされる光秀。この窮地を打開する手立てとは… …

時間も限界であった。


旧友の氏家卜全も心配そうに見つめている。


光秀の首筋に冷や汗が滴る。



ス―――



その時、おもむろに玉座横の襖が開いた。


列席する重臣ら一同が同時にその方向に目を向ける。

開いた襖から出てきたのは一人の女性であった。黄色と桜色を基調とした煌びやかな着物を纏い、髪に同じく桜の花びらを象った髪飾りを着けた美しい女性である。



「帰蝶、来客中である。下がっておれ!」



「だからこそ伺ったのでありますわ。此度の来賓は美濃出身の者というではありませぬか。帰蝶も一目見とうございます」


「ワシは来るなと言っておるのだがな」



 その女性はまさしく織田信長の正室、帰蝶であった。

帰蝶は信長の「下がれ」という恫喝にも全くうろたえるどころか動じず、むしろ逆に切れ長の澄み切った目で信長を睨み返すほどだった。そして堂々と信長の隣に座りこんでしまった。


これには信長も眉間にしわを寄せ明らかに内心で怒っているのが感じ取れたが、「私を気にせずお続けくださいませ」の一言に諦め、また光秀の方に向きなおった。


この出来事に少しの心の余裕ができたのは光秀であった。


先ほどまでの空気が凍り付くような大広間内の雰囲気を多少なりとも和らいでもらえたのは大きかった。そしてこの時、光秀の余裕ができた脳裏に一人の男の姿が過り、停止していた思考が活動し始めた。



(このような時、あの方ならどうされるであろうか… …。ん? あの方… …、そうかそうであった!) 



 光秀は突然浮かんだ男の姿を脳裏に描きながら、下座から遠く離れた信長をまっすぐ見据えた。それは先ほどまで重圧を受けていたとは全く感じさせない、地に足がどっしりと着いた男の姿だった。

信長も一瞬で変わったその姿勢、表情、目つきを感じ取る。


そして光秀は口を開いた。



「京の都にてお会いしていただきとう者がおります」


「会わせたい者だと?」


「はっ、その者まさに織田様が掲げる天下布武を推進する上で、必ずや必要になる者と存じます」


「今の負抜けた京の都に、そのような気骨を持った者がおると申すか」


「確信いたしまする」


「ふむ。ではお主、義昭公の件はどうするつもりなのだ。義昭公の上洛がお主らの来訪目的であったのではないのか」



「それについては… …」と、言いかけて光秀は、隣の藤孝をチラッと見た。

藤孝も不安そうな表情で光秀に視線を送る。その表情からは『明智殿、良しなに取り計らってくだされ… …』と、訴えているかのように読み取れた。しかし、光秀の出そうとしている答えはその願いとは真逆を行くものだった。



「上洛の良き口実とされるがよろしいかと」



光秀は心の中で『すまぬ、細川殿… …』と、つぶやいた。その言葉が発せられた直後、藤孝は光秀にしか聞こえない程度の小さなため息をついた。そのため息からは『なんてことをしてくれたのだ、明智殿… …』と言っているようでもあった。



「うぬ… …、つまり、明智殿はワシがその者に会うための口実として、義昭公の上洛を利用せよというのであるな」


と、信長はしばし考えた後、光秀に再度確認するように問いかけた。


「如何にも。ご足労とは存じますが、何卒よろしくお願い申し上げまする」


「貴様… …、ワシに芝居を打てと!?」


 この瞬間、上席にいた柴田勝家の膝が動いた。動いたと言ってもほんの少し畳から浮いた程度だったが、列席する武闘派の重臣たちはその微かな動きも見逃さなかった。それは信長の心情と連動しているからだ。大広間中に緊張が走る。


咄嗟に膝を動かした勝家自身も信長の次の動きが予測できない。仮に激情にかられた信長が使者を切り捨てたとあっては、ようやく波に乗り始めた織田家の天下統一への道も、初めから躓きかねない事態に陥る。それも足利義昭の使者を殺めたとあっては、なおさら織田家の進出を阻む他国大名に良き口実を与えるだけである。


このような最悪の事態を事前に阻止するため、柴田勝家をはじめとする滝川一益、前田利家、佐々成政ら武闘派と言われる面々が目を光らせていた。そして合図は暗黙で勝家に一任されている。


 信長の沈黙が続く。いや、沈黙自体はそんなに長い間ではなかったのだが、時の流れが体感できるほどゆっくり流れていただけなのだろう。その場にいた全員が自分の心臓の鼓動を数えられるほど時が緩やかに過ぎていく。


光秀の首筋に冷や汗が滴る。その汗が一滴畳に落ちた。



「天晴である!」



つづく

この小説「霧の群像」を詳しく解説したブログも公開中。是非こちらにもお越しください!

http://ameblo.jp/hikurion/

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