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信長謁見②

足利義昭の命により織田信長の居城である岐阜を訪れた明智光秀と細川藤孝。いよいよ信長との謁見が始まるが… …

 大広間に入ると、天下に名を轟かせる家臣団が左右に列をなして居並んでいた。


 列の先頭には柴田勝家や丹羽長秀と思われる筆頭家老の姿があり、稲葉、氏家、安藤といった西美濃三人衆などの顔なじみの者達も揃い踏みだ。彼らとは目で合図を送り、首を微かに上下させるだけの簡単な挨拶を交わした。


 そして玉座にはひじ掛けに持たれながら眼光鋭くこちらを睨み付けている男が据わっていた。

 

織田信長である。


 彼は顎鬚に触りながら、ただ無言で二人をジッと見ている。口を真一文字に閉じ、そして何か品定めをしているかのような視線を浴びせる。何も語らず座っているだけだというのに、威圧感と圧迫感が数十畳離れた下座まで押し寄せて来るかの雰囲気である。


 越前からの道中で藤孝が信長の人物像を語っていたが、一瞬見ただけで藤孝の説明通りであると悟った。と同時に信長も信長なら、その人物像を寸分たがわず表現した藤孝もまた秀逸であると確信する。


 二人は下座に座り深々と頭を下げると、まずは義昭の直臣である藤孝が口上を述べ始めた。



「こ、此度は我らに謁見の機会をいただき恐悦至極なのです。我ら… …」


と、声が裏返り甲高い口上を続けようとする藤孝だったが、信長は


「挨拶は良い。細川殿久しいであるな」


と、藤孝の口上を途中でせき止めた。


 藤孝は突然遮られたため、唖然としてしどろもどろとなった。それもそのはず、もともと信長に会うだけでも緊張していた藤孝である。今や頭の中は混乱を極め真っ白になっているのだろう。「あ、う、い、いえ… …本当にお久しゅうございます」と返答するだけで精いっぱいだった。


この対応に、信長がこれまた突然高笑いし始めた。つられて左右に列をなす家臣団も声を押し殺すように笑っているのが分かる。



「細川殿は誠に面白き男であるな。以前来られた時も今と同じにおどおどされておったわ。一見気の弱い男かと思いきや、奥底に眠る肝の据わった心根と、極限時に開花する己を顧みない忠誠心。使者としての交渉能力、知識、作法のほども申し分なき。まこと稀有な存在であるわい」


「はっ、その、有りがたきお言葉… …かたじけなく、なのです」


「して、細川殿の隣にいるのは何者であるか」



 信長の視線が光秀にそそがれる。光秀は背筋をさらに伸ばし言葉を発した。



「越前国主・朝倉義景が家臣、明智光秀であります。お目通りいただき感謝いたしまする」


「うむ、そなたが明智殿であるか。その名は家中の者より聞いておる。それに加え竹中重治からも詳しく、これまでの経緯は聞いた。どうであるか、久々の故郷は?」


「はっ、長良川の戦で主君を守れなかった某しが言える立場ではございませぬが、道三殿がいたころのように引き締まった良き空気を感じまする」


「義父・道三亡き後、弛んだこの城内を正すのに重治は苦労したらしいからな」


「はい、その歪み様は近隣諸国まで響き渡っておりました」



 このようなかつての井ノ口についての昔話がしばらく続いた。緊張で強張っていた藤孝の顔もようやく平常に戻りつつある。光秀も控の間で増幅しつつあった不安感がひとつひとつ溶けだしていく感覚を得ていた。

 

そしていよいよ不安感が完全に払しょくされるかに見えたその時、信長の表情が一変した。


 それはまさしく武人の獲物を狩る眼への変容である。いや、武人というよりむしろ野生の虎そのものであった。和んだかに見えた場の雰囲気は一変、背筋が凍るような空気が立ち込める。

 そして信長は、

「此度来られたのは義昭公の上洛の話であるかな」

 と、鋭い眼光で光秀を睨み付けた。この問いかけに


「はっ、お察しの通り、小生らが参上した目的は将軍・義昭公の… …」

 と、藤孝が返答しかけたとたん、


「黙っておれ、細川殿。ワシは今、明智殿に聞いておるのだ」

と、またしても信長は藤孝の言葉を遮った。


 平身低頭になり謝りまくる藤孝の横で、光秀は唖然としてその光景を眺めていた。



(今、いったい何が起こっているのだ… …)



 一瞬で変わった場の状況がつかめずにいる光秀に、


「で、どうなのだ。明智殿」

 という低く冷たい声色で信長が催促する。


 明らかに信長は『何かを期待』していた。それは間違いなく義昭の『上洛願い以外のもの』であることは明白だ。でなければ藤孝が言いかけた上洛願いを断ち切ってまで、光秀に聞き直す必要性がないからである。そしてこの時初めて光秀は、控の間で藤孝が精神的に重圧を感じていた意味が理解できた。



信長は試しているのだ――。



 例え織田家中の協力者や竹中重治が光秀のことを良く言おうとも、それは単なる噂でしかない。知人を褒めたたえ、贔屓することは当然である。これは信長なりの面接なのだ。ここで信長の期待に添う返答をしなくては、使者としての職務を全うできないばかりか、家中の協力者や重治の評価まで下がってしまう恐れがある。失言は許されないと光秀は悟った。



「あ・け・ち・どの」



明らかにイライラを募らせた信長の声が耳に入って来た。


 つづく


この小説「霧の群像」を詳しく解説したブログも公開中。是非こちらにもお越しください!

http://ameblo.jp/hikurion/

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