師弟の再会③
秀吉に臣下入りを打診されるも煙たがる重治。その秀吉に対して思う節があるという… …
「気になること?」
「はい、彼の目の奥に潜む怪しげな光であります」
「怪しげな光とは、野望という意味合いであるか」
「一概にそうとは言い切れませぬ。確かに野望に満ちた危険な香りも見受けられましたが、反面、夢や希望、創造性など期待を感じさせるものも併せ持っております」
「つまり、良き方向に向けば吉となり、悪しき方向にむけば凶となる。そういう男と言うことであるな」
「左様であります」
「うむ……、足利義昭公の上洛協力の手前、今、織田家家中に内紛を起こさせるわけには行かぬな」
「義昭公の上洛協力? もしや義昭公は尾張織田家に三好三人衆を排除させ、征夷大将軍の座を狙おうと計略されているのでありますか」
「察しが良いな、さすがは重治よ」
「朝倉義景殿は……、いえそれよりも十兵衛の兄様はそれで良いのでありますか」
「お主が何を言いたいかは分かるぞ、重治。ワシとて仮にも朝倉家の家臣、他国の大名の力添えなど借りたくはない。しかしそれ以上に我が主・義景様の腰が重いのだ。恐らく義景様が義昭公の上洛に力添えすることはないであろう。それほど三好勢と対峙することを避けておられるのだ」
「つまり自身の手を汚すくらいなら、他国大名の手柄にされた方が良いと考えている……と」
「それも違うな。義景様は織田殿では三好勢に勝てぬと思っておられる。お主の意見はどうであるか?」
「兄様も人が悪い。拙者も兄様の予想と違わぬ考えでございますゆえ」
「では、その意見聞いてみたいものよ」
光秀はニヤリと微笑んだ。それに対して重治も、数年ぶりとなる光秀からのお題に心を躍らせた。
「おそらく尾張織田家は、近いうちに我らの旧主・斉藤龍興に打ち勝ち美濃国を平定するでありましょう。その力は計りしれず。もし義昭公が、尾張織田家のチカラを借りて上洛する手はずが整えさえすれば、三好三人衆程度を京の都、いや畿内から追い出すくらいは造作もなきことかと。そうなると義昭公が、征夷大将軍の座を射止めるのは時の流れのなすまま。まずここまでは数年で実現されるものと考えます。しかし、ここに二つ確認したきことがあります」
「なんであろう」
「一つは、朝倉義景殿の権威の失墜であります。将軍となった義昭公の上洛を手伝わなかったとあれば、当然その後は義昭公の不信を買う事になるはず。朝倉家の朝廷や公家への発言力も弱まるのではあるまいか。そうなると一番困るのは朝倉家の家臣団、兄様達でありましょう。もう一つは、征夷大将軍という座であります。そもそも今の将軍職自体、権威が薄れ地に落ちかけております。そのような地位に義昭公が即位したとしても、今やこの日の本の国を支配することなど叶わぬこと。意味のないことと考えます」
「さすがであるな、重治。某しも同意見である。もはや龍興殿では織田殿に太刀打ちできまい。稲葉山城陥落も目前と思われる。それにその後の情勢も大方予想通りであろう。そして、お主が掲げる二つの懸念事項。ワシの心まで読み取るとはさすがは百年に一人の天稟と言われるだけはある。さらに才をあげたな」
「有難きお言葉、まだまだ兄様の足元にも及ばぬゆえ。これからもご指導の程頼み申す」
今度は重治が、してやったりと言った表情でニヤリと微笑み返した。
「さて、その二つの懸念事項であるが、正直某しも答えには行き付いておらぬ。まず朝倉家のことであるが、現状のところ朝倉家の家中が一枚岩とは言えぬのだ。当主である義景様自身の器量の問題もあるが、そもそも一族それぞれの発言力が強すぎて、議論がまとまらぬが日常茶飯事。そのうえ一族各自が持論を展開するものの、いざ行動するとなると誰も責任を負いたがらぬ。越前の東には畠山、その後ろに強敵上杉が控えているというのにこのままでは朝倉家の行く末が不安で仕方がない」
「忠義に厚い兄様のこと、これまで養ってくれた恩を返すまでは義景殿を見限れないのでありますな」
「左様、此度の義昭公の上洛を成功させることが義景様の意であるため、この命を全うするまでは答えを出すわけには参らぬ。そして二つ目の懸念事項であるが、これはひとつかけてみたいのだがどうだろう」
「もしや兄様、尾張織田家に、でありますか」
「うむ、今は亡き斉藤道三様が見込んだ人物、某しも興味があってな」
「それは拙者も同様であります。もし道三様が見込んだ通りの男であるなら、征夷大将軍の地位に収まらぬ、何か次なる世を創出しそうでありますからな」
「では協力してもらえるか、重治」
「無論であります、兄様」
こうして戦国の世の天才二人は、異国の地にて腕を組みあった。
つづく
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