F ・ J ・ K!
あるところに、春・夏・秋・冬、それぞれの季節を司る女王様がおりました。
女王様たちは決められた期間、交替で塔に住むことになっています。
そうすることで、その国にその女王様の季節が訪れるのです。
ところがある時、いつまで経っても冬が終わらなくなりました。
冬の女王様が塔に入ったままなのです。
辺り一面雪に覆われ、このままではいずれ食べる物も尽きてしまいます。
空にはずっと分厚い雪雲が積み重なってお昼になっても満足な光も差さず、国の人たちはもう何日太陽を見ていないかも忘れてしまうほどでした。
困った王様はお触れを出しました。
「冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう」
「ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない」
「季節を廻らせることを妨げてはならない」
国民たちは実際に差し迫った生活苦から、あるいは王の報償を求めて続々と冬の女王がおわす「季節の塔」へ群がりました。
ことの興りは冬至の朝のことでした。
王城の大正門へ続く跳ね橋の手前に、いつの間にか立て札が立てられていたのです。
「今回はアタシ、めっちゃめちゃ本気だすかんね
By 冬ノ女王」
最初のころは王城の前にこんないたずらをする者をひっ捕らえろと、城の衛兵たちが街中捜索にあたったりしていましたが、ことここに及んではどうにもあれはいたずらどころではなく、本当に冬の女王による宣言だったということにようやく気がついたのです。
真っ白な大平原の中に突如と屹立した岩山が雲を抜く高さにそびえ、その先の下からはるか見上げる位置に季節の塔は建っています。
麓には多種多様なテントが無秩序に建てられ、簡易で組んだ丸小屋までいくつも並んでいます。
色んな宗教団体のテント、国の文官たちの対策本部、冒険者、様々な町や村の代表者、それらを相手に商売を始める商人たち。たくさんの有志の徒たちで静かな平原はかつてなかった喧騒に見舞われました。
そして皆が皆、絶望の側へ気持ちを傾けながら、それでもなんとかしなければと、必死の思いで上空を見上げていました。
とにかく塔に辿りつく手立てがないのです。
王国主体の大規模な登攀隊が組織されましたが、まずはルートの確保に四苦八苦しています。何しろこの山に登ることそのものがこれまで強い禁忌とされていたので登攀道などは皆無ですし、岩肌が余りに急角度過ぎて、それこそ登るための道具の開発から始めなくてはならないという専門家からの意見すらでている状況です。
宗教家たちは大きな火を焚いて祈りを捧げたり、歌を歌ったり何やら珍妙な踊りを踊ったり騒がしいことこの上ありませんが、それがはるか彼方の塔にまで届いているのかさえさっぱりわかりません。
お触れの発布からすでに一月近く経っていますが、冬の女王の説得どころか一歩近づくことすらできていないのです。
王宮でも街でも村でも、国中が原因について紛糾しました。
「本気をだす」とはどういうことなのか?
誰かが冬の女王の怒りを買ったのではないのか?
他の女王たちはどこで何をしているのか?
ですが当の女王が沈黙したままでは何の確証も得られず、ただ焦りと苛立ちをつのらせるだけで何の解決にもなりませんでした。
ついに短気で有名なひとりの将軍が軍隊による威嚇を進言し、王にも議会にも承認を取らないまま出兵してしまいました。
元々豊かな国なのにその豊かさをかさにしょっちゅう隣の国と戦争をしている国なので、軍部の強気はただごとではないのです。
戦争好きの前に大儀をぶら下げては、止めるのも無理です。
八千にも及ぶ軍勢がぐるりと岩山を取り囲みました。
文官や宗教家たちは表面的には反対しましたが、もう自分たちの力ではどうしようもないとほとんど諦めかけていたので、「威嚇するだけだ」という将軍のギロリとした一瞥だけですごすごと引き下がってしまいました。
「大事無い。ただの空砲である!」
岩山の南側に6門の大砲がギリギリの仰角で据えられました。
「てーっ!」
雷音が平原に広々と響き渡りました。
延々と遠くの山々にまでこだました音の余韻が収まると、将軍がズイと前に進み出ます。
「冬の女王よ!少しはわれらの声が聞こえたか! とっととその塔より出てきてこの忌々しい冬とともに去るがいい!」
大砲の音にも負けないほどの胴間声が岩山に当り、雪原に跳ね返って広がります。
さすがにその物言いはと文官の代表が言いかけますが、やっぱりギロリとにらまれて引き下がりました。
将軍の声が消えた後しばらく、誰もが塔を見上げながらしわぶきひとつあげないシーンとした沈黙が落ちましたが、やがて「あっ!」っと何人かが同時に驚きの声を放ち、続いて「おいおい」「なんだありゃあ?」と声高な騒ぎ声が岩山の周りに広がっていきました。
まだ昼なのにもかかわらず、下からぼんやりと見える塔のさらにその上空にゆらゆらと揺れるオーロラが湧き出したのです。
人々の感嘆や恐怖の声の中、オーロラはどんどんと空に広がり、その一部が岩山を包むようにすべり降りてきました。
そしてはるか塔の方から荘厳な音楽が流れ始め、岩山の広い岩肌がぼんやりと光り始めました。
誰もが奇跡を前に、口を閉ざし岩山を見上げてその場に固まりました。
ちなみに天から降ってくるような音楽はフランツ・リストの「愛の夢」でしたが当然誰も知りません。
やがて岩肌にまとわりついた光るオーロラの中になにやら不可思議な光景が映し出されました。
それは美しい少女でした。
わずかに青みがかった銀色の髪をサラサラと腰の辺りまで伸ばした神々しいまでに美しい少女です。
年のころなら15,6といったところでしょうか。
「冬の・・・女王さま?」
誰かがつぶやきましたが、その声に反応する者はいません。皆同じようにどこかでその少女こそが冬の女王であると確信しながら、ただ映し出される光景に魅入っていました。
奇跡の光景の中の少女は嬉しそうに微笑んでいます。
モコモコした赤い上着を着こみ、カラフルな綿入れの寝具のようなものが敷かれた、何かの作業台のような背の低い机の下に足を突っ込んで座っているようです。
机の上にはおそらく土の焼き物であろう中型の鍋が置かれ、そこから勢いよく湯気が上がっています。
少女は二本の細い棒を手に、器用に鍋の中から薄く焼かれたパンに似たものものを取り上げると手元の小皿に移し、切り分けた一片を可憐な唇の間に滑り込ませました。
声は聞こえませんがあきらかに「あひゅあひゅ」といっている口の動きでホウホフほおばると、「ほうー」っと息を吐きます。
その場にいたほとんどの者が同時にゴクリとつばを飲み込みました。
何万人もいるので結構な音量です。
何しろ長い者は一月もこの雪原で過ごしているのです。毎日の冷え込みも今日の寒さもなんとかなんとか耐えている身ですし、遠征中の上、冬の最中とあっては食事も満足に取れないどころか栄養よりも暖を取るための手段としての色合いが強い状況でした。
少女が次々に口に運ぶものの中で理解できる食材は何かの野菜を大きく輪切りにしたものか茹でた卵くらいでしたが、わかるものもそうでないものも、とにかくとにかくうまそうなのです。
音楽と共に食事を終えた少女は、本当に幸せそうにお腹をなでながらまた「ほうー」っと溜息をつき、そこで急に光がぼやけるとオーロラと共に消えてしまいました。
「な・・・」
「なんだったんだ・・おい・・」
「冬の女王さまだよな・・今の・・」
「うん・・めちゃくちゃうまそうだったな・・なんだろうあの鍋・・」
「まあわかるけど問題なのは鍋じゃなくてさ、何なのあれ?嫌がらせ?」
さしもの短気将軍も目の前で繰り広げられた意味不明の奇跡には面食らってしまい、次の指示も出せぬままその場に出向いていた国の代表を呼び集め対策を練ることになりました。
ですが次の日が来る前に、その場にいた全員が悠長な会議なんぞをやってる場合ではないと本気で思う羽目になりました。
その夜、激烈な寒波が塔の下を襲ったのです。
一切の容赦ない冬の嵐でした。
人々はもう、寒くて寒くてとても眠っているどころではありませんでした。
着込んでも着込んでも、冗談のように体温が奪い取られ、あんまりガチガチ歯を鳴らしたため歯が欠ける人までいたくらいです。
起きだして火を焚こうにも風が強すぎてとても焚き火どころではなく、簡易の丸太小屋は崩れ、テントも何張りか飛ばされてしまいました。
永遠に来ないのではないかと思われた朝を迎えたころ、ようやく寒波も通り過ぎて、やっとの思いで火を起こすと暖を取れた人たちの中には火の温かさに感極まって泣き出す者も続出したほどです。
凍死者が出なかったのが不思議なほどの寒波でした。
国の代表者たちは、怒りで寒さを振り払おうとでもするように、会議とは名ばかりのどなり会いをはじめましたが、意見はふたつに分かれ、どこにそんな元気があるのか思えるほどの剣幕で、雪原に怒鳴り声を響かせました。
昨日の空砲で冬の女王の怒りを買ったのだといきり立つ宗教家たちと、少なくとも反応を得られたのだから一歩進めたではないかと受けて立つ軍部とで凍てつく空気に湯気を昇らせます。
その湯気が上空で凝ったのかと思うようなタイミングで、またオーロラが棚引きはじめました。
オーロラに包まれた岩山の上に映し出された昨日の美しい少女が、悲しそうにジッと雪原を見下ろしました。
塔の方から、「G線上のアリア」の旋律がハラハラと落ちる粉雪とともに舞い始めます。
「冬の女王よ! どうかわれらの声に耳を傾けたまえ~! さすればこの地に冬の女王をたたえる神殿を建立し、われら守護教会が永久に奉りましょうぞー!」
「何をいうか! 冬の女王、あなた様を真に愛し、神と称える我ら、「衆合の灯火教団」こそが安住の家をお約束いたしましょう! どうか御身をこの奇跡とともに我らの戴きにましませ~!」
「左様なことはどうでもよいのだ! 冬の女王よ!此度の振る舞い看過できぬ!しかしなにゆえ斯様な真似に及び果てたか、詳しくは聞かぬゆえ疾くと去ぬるがいい! それともよほどのわけでもあるのか! なれば神託とやらのひとつでも下ろしてみせぬか!」
「冬の女王さま、なにとぞお慈悲をー! このままでは街は凍てついて死に絶えましょう! 幼子たちも腹を空かせて泣き止む間もございません!」
「冬の女王さまー!」
「女王さまー!」
塔の麓に集まった衆は、怒る者半分、すがる者半分、媚びる者少々といった具合で次々に岩山に映る少女の姿に必死の叫びをあげました。
ですが岩山に映る少女にその声が届いているのかいないのか、あいも変わらず悲しそうな目をするばかりです。
ところが不意にぱっと顔を輝かせると、映像の手前側、ちょうど下に見切れていた空間に手を伸ばし、表面に見知らぬ字なのか文様なのかが複雑に描かれた、素材の見当もつかない容器を手に持ってまた映像の中に戻ってきました。
そして上に被さっていた紙のようなものをペリリとはがすと容器から、「もう」と湯気が上がり、これまた見慣れぬ素材のフォークで容器をまさぐると、なにやらスープに絡まれた長細いものをすすりはじめたのです。
「な・・・? なにやってん・・だ?」
大勢の目が呆然と見上げる中、少女は早くも遅くもなく泰然としたペースでフォークを動かし、容器に直接口をつけてぐうっと中身を傾けます。
そして夢見るようなうっとりとした目つきで、「ほうー」と満足げな溜息を白くて長く伸ばすと、昨日と同じように消えてしまいました。
「・・・砲よおーい! 弾こめーィ!」
怒りでかすれた短気将軍の声が消えた少女を追って岩山にぶつかりました。
ドーン!
ドーン!
岩山への砲撃が続きます。
上から小山のような雪の固まりが落ちてきて盛大な雪煙を撒き散らしました。
ですが派手だったのはそれだけで、岩山の表面で岩が砕けバラバラ落ちてくるのは見て取れますが、どうにもあまりに巨大に過ぎる目標です。果たして目的とした威嚇にすらなっているかどうかもわかりませんが、とにかく短気将軍は大砲を撃ち続けました。
外気と筒内の温度差で2門の大砲が壊れ、そこでようやく砲火のもたらす殺伐とした轟音が広く散って消えていっても、麓に集まっていた人たちの耳鳴りは止みませんでした。
ここ一月分のストレスと昨夜の寒波がもたらしたダメージへの苛立ちで、はじめのうちこそは、「ザマアミロ」なんて思っていた人たちもいましたが、さすがにやりすぎではないかと恐る恐る周りと目を合わせはじめました。
暫くの間、雪原には気まずい空気がそれこそ冷え冷えと漂っていたので、また空にオーロラが現れた時には、少女の言葉に期待する者よりも、今度こそ直接的な怒りがぶつけられるのではないかと戦々恐々する者の方が圧倒的に数をしめました。
ですが、恐怖におびえた顔は再びポカーンと間延びしてしまいました。
上空からは女性の声で歌われる「アヴェ・マリア」が恭しく降り注ぎます。
そして岩山に映っていたのは、手ぬぐいで長い髪を頭の上にまとめ、白濁した湯にのんびりと浸かる少女の姿でした。
少女の前には木のタライが浮かべられ、その上に白い焼き物の細い瓶と同じ色の小さな器が、湯の動きに合わせて危なっかしくゆらゆら揺れています。
少女がタライを引き寄せ瓶と器を手に取ったとき、白濁した湯の中から一瞬つやつやと光を受けた双つの控えめな山の裾野と、やはり控えめな谷間がのぞき、雪原は、「おお!」という低音で満ちました。
「湯気が・・邪魔だよ・・・」
どこかでそんな呟きがきこえましたが、そんな声などまるで聞こえるそぶりもなく瓶から小さな器になにやら注ぐと、チビリとついばむように中の液体を含みます。
やはり音声は聞こえませんが、上気した目を潤ませ右手をほほに、「ほうー」っと息をつきました。
どうにも酒のようです。
この場に集まった人々の多くは寒さを紛らわすための火酒は持ってきていましたが、この様な飲み方など知りません。
もうどうしようもないほど温かそうで、うまそうで、心地良さそうで。
寒さは呪うは、喉は鳴らすは、目にはありがたいは。
多くの人たちは怒っていいやら悲しんでいいやらよくわからない複雑な気分でその場にへたりこみそうになりました。
ですが、その時はじめて映像の少女はこっちに気がついたような表情をしました。
キョトンとした顔で映像からこちらを見ているのです。
「女王様・・」
「冬の女王さまー!」
はじめてこちらの存在に気がついてくれたのかもしれないと、人々は狂ったように歓声をあげ、大声で叫び、飛び跳ねました。
少女はといえば両腕で慌てて胸元を隠し、困ったような怒ったような顔で眉を寄せています。
そしてぷうっと頬を膨らませるとパクパクと口を動かしました。
「もう! おこっちゃうよ」
聞こえないのですが、聞こえないのですが!
多くの人には確かにそう聞こえました。
ついに冬の女王とコンタクトが取れたことと、あと、ちょっと違う喜びで雪原は沸き立ちました。
また少女が口を動かします。
「女の子のお風呂のぞくなんてサイテー!」
聞こえないのですが、また聞こえました!
「ごめんねー!」
「スミマセーン!」
喜びに浮かれた声が次々に溢れ、確かに声が届いたらしいタイミングで、少女はプイと横を向きました。
ついに話ができた感動とその可愛らしい仕草と美少女のお風呂姿が見られたことに、怒涛の歓声が雪原を揺らしました。
ですが、そこでいきなり映像が切れました。
「・・は・・?」
「・・え・・?」
長い長い沈黙の後、怒涛のブーイングで雪原が揺れました。
「冬の女王は本当に怒ってしまったようだ」
皆にそんな認識が訪れたのは食事の時でした。
恐ろしい事態が起こったのです。
器をもつだけでも火傷しそうなほど熱く温められたスープが、口に入った途端凍ってしまったのです。
はじめにそれを体験したのは城から派遣された料理番でした。
一瞬、口に入れた料理の温度がもたらす熱さゆえの感覚だと思ったものは、シャーベット状に凍ったスープによる氷感でした。
口の中でシャリシャリ音を立てるものの正体がわからなくて思わず目を白黒させながら吐き出しましたが、吐き出したスープは踏み固められた雪の上で、少しの間湯気を上げていました。
わけもわからずレードルにすくったスープを指先で触れてみればやはり触っていることもできないほどの熱さですが、少しだろうが大口開けて放り込もうが口に含んだ瞬間凍ってしまうのです。
スープだけではありませんでした。パンだろうが肉だろうが唇を焼くほどの熱が、口に入った途端冷気に変わるのです。
慌てて色んなものを試したところ、かろうじて水だけは凍らないことがわかりましたが、水に塩一粒でも入れようものならたちまちのうちに凍ってしまうのです。
凍らないはずの火酒でさえも、冷えに冷えてとろりとした口当たりになってしまい、普段は胃の腑に届くまで体内を焼いていくのに、胃の中にとろりと溜まる不吉な冷気の塊に変わっていました。
これはもう冗談抜きで、すぐさま命に関わる問題です。
他の料理番や付き人にも確認してもらいましたが全員同じでした。
「冬の女王の呪いだ!」
誰かが叫びましたが、ただ沈黙で答えるしかない冷徹なリアリティがありました。
そして目の前に立ちはだかる難攻不落の岩山よりも尚、直接的な絶望となって人々の心をもろくへし折っていきました。
そしてこの、「冬の女王の呪い」と呼ばれた現象は時同じく国中に伝播していたのです。
一斉に打ち上げられた絶望の悲鳴で、空を覆う分厚い雪雲も暫し動きを止めたほどでした。
冬に閉ざされた国で温かい料理が食べられない。
体温より温かいものはすべて口に入れた途端に凍りついてしまう。
国中の人々は嘆くのも飛ばしてひたすら絶望の淵をさまようことになりました。
ですが・・。
絶望は、国中にはびこった時同じくして解決策も導かれていました。
その答えをあっけらかんと示して見せたのは乳幼児たちでした。
まだ母乳に食事を頼る乳児たちも、自分で食事のできない1,2歳の幼児の食事も凍らないのです。
2歳の幼児に、「あ~ん」してもらえた母親から解決の火種は上がりました。それはすなわち。
「誰かに食べさせてもらった食事は凍らない!」
多数の地域で同時発生的に発見された解決策は速やかに国中に発布されましたが、次の日には同じ地域を伝令役が再び走り回ることになりました。
いわく、
「食べさせてもらえるのが可能なのは一日限り」
そうなのです。
誰かと一日、匙なり箸なりで食事を食べさせ合えば、その翌日にはパートナーを交換しなければならなかったのです。
なぜか、幼子やお年寄りや介助が必要な者は除き、誰かと誰かが食事を食べさせあわなければ折角の食事も凍ったまま食べなければならなくなってしまっていたのです。
国中で大移動が始まりました。
村ごとあるいは街ごと移動に移動を重ね、国中で食事の「食べさせあい」が行われました。
一日ごとに命がかかっているのです。
それは皆必死でした。
活発な交流の中で、一部富裕層が握っていた富の偏在も緩やかに解け、同じ国内といえども偏っていた文化水準は均一化し、用途不明な税の徴収も見直され、毎年春先になると行われる強権な戦闘狂による無理な徴兵もなくなり、凍える季節にあっても国の内部は緩やかに大らかに循環を始めました。
凍っていたのは冬のせいではなかったのだとようやく国中の皆が理解した頃でしょうか?
ひたすら透徹した空気に覆われて、地上のなにもかもが白日にさらされるしかなくなった頃、なんだか国のあちこちで風景がぼんやりと霞むようになってきました。
ついに国王がやたら戦争を仕掛けていた隣国の王と「食べさせあい」を終えたときでした。
緩やかに日差しを分ける春霞がしっとりと国中を覆いました。
その霞の中に不思議な景色が浮かんだのです。
少し青みを帯びた銀髪の少女が、若草色の着物に桃色の帯を締めた少女と共にどこかの御茶屋の店先に座っているのです。
ふたりはとても仲のいい様子で語らっているようでした。
特に銀髪の少女はずっとニコニコ笑っていてすごく楽しそうです。
若草色の着物の少女も熱心にまた楽しげに銀髪の少女の話に聞き入っています。
そしてお互いの団子を交換しあい、お茶の一服を心底堪能した面持ちで互いに手を取り合うと、手を振ってそっと分かれました。
霞がぼんやり映した映像は、やっぱりぼんやり消えていきました。
その日を境に、ずっと眠りっぱなしだった梅のつぼみがようやく綻び。
ちょっと遅刻してきたのを取り返すように鶯の発声練習が始まりました。
雪雲は知らぬ間に晴れて、すこし眠たげな太陽は、でもいつもと変わらない顔で、そっと微笑みを浮かべました。
ゆっくりと、春がやってきたのでした。
F・J・K = 『冬ノ女王、苛烈な愛』