第7話 Fighting-修羅-
もう廃校になった校庭の昼下がり。
そんな所で三人の男が戦っていた。どうも全員が能力者らしく、各々おのおのが各異能を振りかざして戦っている。
中でも目立つのは、ほかの二人から少し距離を置いて戦っている能力者だろう。火を操る能力でも持ってるのだろうか? 手から火球を創り出すと的確に味方と思われる剣を持つ方と援護するように撃ち出していた。
ほかの二人は近距離で物理系異能を使い戦っている。片方は剣を使い、もう片方はなんと言えばいいのだろうか……パンチやキックと言った格闘技で戦っていた。
──ここまで言えばわかるだろう。格闘技で戦っている明らかに不利な方が棗であり、残り二人が以前にも棗に襲いかかってきた男である。
☆-☆-☆
ヒュン
そんな軽快な風切り音を立てながらも剣が振り下ろされる。
『やべぇ』
心の中で焦りつつも棗はなんとか身を引いてかわす。
が、敵の攻撃はここで終わらない。そのまま返す刀で追撃を繰り出す。
「ちっ」
舌打ちをしつつも棗は再びかわす。
しかし今回はある程度余裕を持ってかわせたからか、その敵の腹部に向かって反撃するおまけ付きである。
ここで素早く反撃できたのは、桃との戦闘や斗真との訓練の経験が生きているのかもしれない。
ちなみに今回の棗の手にはナックルダスターが握られている。棗の能力を使って創り出したものである。ある意味剣を創る相手能力者より、創り出せるバリエーションが豊富な点は棗の強みでもあるかもしれない……リーチは圧倒的に短いが……
そんなナックルダスター付きのパンチ。当たればかなりの威力があると予想されるものだが、こちらも相手にかわされる。
こちらも相手に暇を与えないように追撃しようとするがそれは防がれる。棗と相手の間をわざと邪魔するように火球が通り抜けたためだ。
「ちっ」
棗は再び舌打ちをうち、飛んで距離をとる。
『ちっ』
今度は心の中で舌打ちをする。
なぜかというと実はこれの展開は数回繰り返したものだからである。
剣を持つ方が攻撃、棗がかわし反撃、しかし炎使いの能力者により阻止。これだけ繰り返すとまるで作業のようである。
もちろんたまに先ほどのように棗がかわせるかどうかのギリギリの危ないものもあるが……
「はぁはぁ……」
だんだん棗の息が上がってくる。やはり二対一という状況は不利である。
状況を有利にするためにはこの目の前の剣持ちの敵をなんとかしたいが──
「!」
棗は咄嗟に身体を引いた。
それとほぼ同時に敵の剣が棗の身体があったはずの場所を切り裂く。
しかし棗も完全にかわせたわけではなく、その敵の剣先が額をかすった。
あと少し遅ければその剣先は棗の命をかすっていただろう。
『やべぇ! このままだとマジでやべぇ……けど、あと少し耐えるしかない!』
額の傷から流れた血が両目の間を伝って、鼻先から少し滴ったのを感じながらそんなことを思う。
はじめこそ、苛立ち混じりに攻撃をしていたが、だんだんと冷静になるにつれて棗は防戦一方になっていた。いや棗自信が防戦に徹していた。棗はたまに反撃する程度である。ほとんど作業のような繰り返しの攻防戦は実はそれが理由の一つだったりもする。早く決着を付けたい気もあるので棗自身は反撃が邪魔される度に舌打ちもしていたが……
ではなぜ反撃程度しか攻撃しないのか?
もちろん二対一という状況なので、敵の攻撃が激しく、棗にほとんど攻撃をさせてくれるスキがない、あってもどちらからか邪魔が入るということもある。
しかし最大の理由は斗真の存在である。飲み物を買いに行った斗真はそろそろ戻るはずである。斗真が戻れば二対二。そうすれば棗は一人を集中して相手することができる。
それに前回は蓮が介入した為、二人は逃走した。棗は今回も斗真が入れば二人は逃げるだろうと思っていた。
さらに言うと、もし二人が逃げずに向かってきたとしても斗真なら二人相手でも勝てる。そんな気を棗は感じていた。既に何回も斗真と戦い負けてる棗からしたら既に数分が経過したのに自身を倒せない(だいぶこちらは傷ができたし、かなり押されているが……)二人の方が弱いと感じるのは、ある意味当然かもしれなかった。
その為、斗真が帰ってくるまで耐えるために防戦に徹していた。
ブンッ!
そんな音を立てつつ今度は横殴りに敵の剣が振られる。
それを棗は両腕の装備を素早く籠手に変えるとその鎧部分で受け止める。──が、そのまま剣の勢いを受け止めきれなかったのか、敵の攻撃のなすままに吹っ飛ぶ。
ゴロゴロと転がるなんて無様な事はせずに、受身を取り素早く起き上がると今度は飛んできた火球をかわす。
これも棗からしたら一連の流れのようなものである。なにしろ自分から吹っ飛んだのだから。
あえて敵の力を利用して吹っ飛ぶことでこちらへの被害を最小限にして距離をとったのだ。
そんな感じで不利ながらも様々な手を使って耐えていた棗だが、そろそろ斗真が帰ってくるだろうという時間になり始める頃、少し不安になり始める。
──敵から余裕の表情が消えないのだ。明らかに襲ってきたタイミングから敵だって斗真の存在を知っているはずである。そして今までの戦い方から棗がその斗真の帰りを待っているのもまた明白。
しかし敵が焦った様子はない。
むしろ、二対一の状況を利用してこちらが疲弊するのを待ってやろうという考えすら感じられた。
『なんなんだ……師匠がそろそろ戻るはずなのにこの余裕は……もしかして、師匠の元にはもっと強いの能力者が行っているとかそういうことなのか!? ……それとも──』
棗は考えを振り払う。もしかしたら斗真が自分を見捨てたとかそんなことが少し頭をよぎった自分が嫌になったからだ。それに棗からしたら斗真はどこかで道草を食っているだけかもしれない。というより、棗には斗真が帰ってくるのを待つより他になかった。
「なにしてるんだ……お前ら」
……が、そんな考えは杞憂だったとその声で気付かされた。
斗真の声だった。
棗は声の方向に視線を向ける。
そうしたらちょうど校門のところ──火球使いのすぐ後ろだ──に片手に買ってきたジュースを二本持ち、もう片手はポケットに突っ込んでダラっと立つ斗真がいた。
別に先ほどのセリフはほんとに状況が分からずに吐いたというより、こちらに注目を集めることが目的だったらしく、そのままつかつかと火球使いに向かって歩き始める。
「な……! お前は……リーダーn──」
火球使いが初めて驚いた顔をする。驚きのあまりか初めて声を上げた。
そうして何かを言おうとしたらしいが、それを最後まで言い切ることは叶わなかった。
──それを言い終わるより先に火球使いの首より上が飛んだのだから。
派手な血飛沫をあげながら首が飛ぶ。
「ししょ……あっ……え……」
そんな非現実的な現実を目の当たりにして最初に声を上げたのは意外にも棗だった。
「……!! お前ぇぇぇぇぇ! よくもタクミを!」
その棗の声に釣られたかのように剣使いの敵が叫ぶ。
剣の先は棗を向いている。どうやら先に近くにいて戦闘力の低い棗から倒してやろうという魂胆なのだろう。まぁ目の前で仲間が殺される状況を見たという精神状態を考えるそこまで考えてない可能性も高いが……
そうして剣を向けられても棗は動かない。いや、動けない。目の前で人が死ぬ。まるで漫画やアニメの世界のように撥ねられた頭が宙を舞い苦悶の表情を浮かべたまま地面を転がる。一方頭を失った身体は切られた首から絶え間なく血を吐き出し地面に転がり校庭の地面を赤く染め、そして地中に吸い込まれていく。そんな非現実的な状況が受け入れられず動けない。
『あっ……剣が向けられてる……というかあの火の玉撃ってきた相手の名前、タクミって言うんだ……』
それくらいの感想しか浮かばなかった。
「死ねぇ!」
剣が振り下ろされる。しかしやはり棗は身体どころか指一本動く気配がなかった。
キンッ!
そんな金属音に近いような高い音が響く。見ると棗の目の前にいつぞやの壁(というには小さめだったが)が出現し振り下ろされた剣を防いでいた。
「ちっ」
敵は舌打ちをうつと、棗を諦め斗真に向き直る。
剣を今度は斗真に向け、構え直す──が、その行為を行うにはあまりにも遅かった。
自身より強い相手に少しでも目を離してしまった。その時点で詰んでいた。
「えっ……?」
敵は思わず声を漏らした。手にあまりにも感触がなかったためだ。
本来ならある自分が創り出した剣の重さ──最近は手に馴染んできて小気味が良いと思えるようになってきた重さ──がなかった。
いや、剣の重さだけでない。いつも以上に手が軽かった……まるで手のひらがなくなってしまったような……
「ぎゃああああああああ──」
この状況を理解したら急に痛みが押し寄せたのか敵は叫ぶ。両手から押し寄せる尋常ではない痛みで、目の前に迫っている死の恐怖で、叫ぶ。叫んで叫んで叫んで声が枯れるかと言うくらい叫ぶ。
叫びながら地面をのたうち回る。
だって手が無くなっていたのだから。斗真が既に構えた時点で跳ね飛ばしていたのだから。
跳ね飛ばされた手と剣が地面に落ちる音は叫び声によって人知れず消えていった。
「……」
斗真は無表情で地面をのたうち回る敵を少し見ていたが、やがてゆっくりと敵に向けて歩き始める。
「……ぉ……お、おい、師匠?」
叫び声のおかげかはわからないが、ゆっくりと棗が現実に引き戻され始める。
「……! 師匠! やめ──」
そして、現実に完全に引き戻された時、斗真が何をしようとしているか知り止めようと静止の声をあげるが、敵同様棗のこの行為も斗真には遅かった。
止めようした棗の耳になんとも形容しがたい肉の裂ける音が届いた。
「うん? 棗、どうかしたか?」
斗真が棗に声をかける。片足は敵だった物の身体だったところをしっかりと踏んでいる。
転げ回る相手に手元が狂わないように片足でしっかりと踏みつけ、動きを押さえ込んだ上で敵の喉元に大剣を突き刺したからだ。
突き刺したと表現はしたが、男子高校生である斗真に匹敵するサイズを持つ大剣である。そんなサイズの大剣で突き刺すなんて刺さるだけに収まるはずはずがなく、ギロチンのごとく首を切り落としていた。
切り落としされた首はそのまま勢いに乗って転がる。
コロコロとボールのように地面を転がった頭は棗の足元へと転がる。
そんなボールはカツン、と棗の足に当たって止まる。
『見なくない、見るべきでない』、棗はそう思った。しかし、その意に反し、目はゆっくりと下を見た。
その目に映ったのは、切断面から派手に血飛沫をあげつつ、目を見開いて棗を睨みつける顔だった。地面を転がったため、土と血が混ざりあったものがべったりと張り付いているその顔は苦悶と怨嗟の表情と相俟ってまるで今、地獄を見たかのような表情だった。
その表情から棗は目を離せなかった。見るべきではない。それは分かっていたが目を離せなかった。
そんな固まる棗の周りに徐々に濃密な血の匂いが充満し始める。
そんな匂いが棗の鼻についた途端──
吐いた。
精神的にこの状況に耐えられなかった。一度吐くともう止まらなかった。まるで堰を切ったかのように口から吐瀉物を吐き出す。
あの頭はもう見てられなかったので咄嗟に蹴り飛ばした。そして、その蹴り飛ばした生々しい感触でさらに嫌悪感を催し、さらに吐いた。
斗真はというとそんな棗の背中を摩るのでもなくただ見ていた。その目は非常に冷たく見えた。
ほんとうはもう少し長くなる予定でしたが、あまりにも長くなってきたので二つに分けることにしました。
既にある程度次回も書いてるし、次回も早く投稿できたらいいなぁ……
ここまで読んでいただきありがとうございました
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