第5話 First match-初戦 後編-
「剣を創り出す能力ってあるじゃん?」
「なんだ。唐突に」
棗と桃が戦ってる校庭の裏にある山──大した高さはなく、どちらかといえば丘と山の中間と言った感じの高さの山である──の中腹で、斗真は蓮に話しかけていた。
なんで、こんな山にいるのかと言うと、簡単にいえば棗と桃の戦闘の邪魔をしない為である。
桃の風刃攻撃も直線上にかなりの攻撃範囲があるが、斗真や蓮の能力は本気でやるとそれ以上の範囲と被害が出るため、せっかくの棗と桃の戦闘の邪魔になると判断。戦闘が開始されるなり二人で即座に弟子二人を置いて山に走ったというわけである。
二人とも特にあらかじめ互いに話を通した訳ではないので、そこら辺の息のピッタリさは流石と言えるかもしれない。
「いや、唐突も何もここら辺がちょうど距離的にもいい感じに校庭から離れたかなぁと思って話しかけたんだけど」
「唐突なのはそっちじゃなくて内容だ。いきなり剣を創り出す能力とか言われても困る……」
「あぁ、ごめん、ごめん。で、剣を創り出す能力ってあるじゃん?」
「あるな。俺らの身近にはそういう能力者はいないが……」
そう返答を返しながらも蓮は緩やかな斜面を斗真から離れるように少しづつゆっくりと後退する。
『どうせ、俺がこうして話しかけているのはレンの気を引くことが目的だと思われて、その間に俺に能力使って拘束でもされるのでも恐れたんだろ』
そう、斗真も蓮の行動の理由に思い至らないわけではなかったので特に口出しはしなかった。
……少しむっとした顔はしたが。
「そう、露骨に嫌そうな顔するなよ」
「誰でも話しているのに少しずつ離れられたらこんな顔するとは思うが……まぁいいや……話を戻そう」
「あぁ」
「んで、剣を創る能力って、ただ単に剣を創り出せるだけの能力ではないと思うんだ」
「? ……どういうことだ?」
理解ができなかったのか蓮は少し首を傾げながらそう答える。
「いやさ、レンもそういう能力者とバトったことがあるっていう前提で話すけど、そういう能力者って例外なく剣を創るだけでなく、ちゃんとその武器を使いこなせるだろ?」
「そうだな。少なくとも達人レベルではなくても剣道そこそこやってましたっていうレベルくらいにはどいつもこいつもちゃんと使いこなせてたな」
「そう! つまり、俺は剣を創り出す能力って言うのは本当に剣を使える技術を自動的に習得する能力ではないかと思うだよね。で、その能力の副次的な感じに剣を創り出せるってわけ」
「普通逆じゃないか? 剣を創り出せるからこそ、剣を使いこなせるんじゃないのか?」
最もな疑問を蓮は投げかける。それに対して斗真もその通りと言わんばかりにうなずきながら答えた。
「うん、まぁ、そう思うよな。しかしだ……剣を創るくらいなら俺だって自分の能力を転用させればできる。同じようにできる能力者も僅かだろうがいるだろう。しかし俺を含むそういう能力者は別に剣を使う技術がある訳では無い──俺だって剣術自体は独学だ──そう考えると差別化的な意味でもそういう能力者って実は技術を勝手に習得することがメインじゃないかって思うんだ」
「で?」
「『で?』って? まぁ、これは全部俺の他愛もない戯言なんだけどさ」
そう戯言だと言いながらもだらだらと長話しする斗真に蓮は苛立ち始める。
「トーマ……お前の話の真意が見えない。結局何が言いたいんだ?」
「つまり棗がたぶん今頃勝ってるってこと」
「はっ?」
その言葉に蓮は一瞬唖然とした顔を見せる。
「俺の予想が正しければ、棗は今話題に出した系統の能力である可能性が高い。……まぁ、昨日会った時にちらっと見た程度だから断言はできないがな。しかしだ、一応俺の予想が当たっていると仮定しよう──」
「あぁ」
ここが話したいことだったらしく、斗真は少し声に力を入れる。
「するとだ……棗はただ能力を持つだけでなく、それに関連した技術、技能も手に入れているわけだ」
「……」
「予想だと、近接系かな? 攻撃方法は体術に偏ってる。……ぶっちゃけ能力自体はそこまで強いかと言われると強くないだろう。むしろ一般人でも頑張れば到達できそうな雑魚能力かもね。しかしだ、そういう能力だからこそ、訓練も受けてないけどとっさに受け身をとるとかそういう技術的なことも可能なわけ」
「……」
蓮は口を開かない。その様子は斗真の言う事を一語一句逃さず聞こうとしているように見える。
「まぁ、もちろん技術、技能だけが先行してて、経験が伴ってない状態だから俺らには余裕で負けると思うけどな。それでもお前が連れてきた能力者──桃って言ったっけ? ──がどんな能力を持っているかは知らんがどうせそいつも戦った事なんてないか、せいぜい一回か二回くらいだろう。能力だけの桃か、能力の一部とはいえ、戦闘技術も少し身につけている棗……どちらが現時点で強いかなんてそこまで言えばもう分かるだろ?」
「……なるほどね。けど、それを俺に話して何になる? 俺にむしろ情報を与えてるようなもんだと思うんだけど」
「だから、戯言だって言ってるだろ。……そろそろ戦おう。早くしないとあっちの戦いがもう決着ついてるかもしれないぜ?」
「……あぁ」
それを聞くと蓮は腑に落ちないといった顔をしながらもゆっくりと手に魔力を貯め始める。
即座にバチバチとした音が蓮の耳に届く。
一方斗真は何もしない。棗の時の桃のようにだらりと立っている姿勢は崩さずにただ蓮を見る。
しかし斗真の能力を知る蓮からしたら油断する気などさらさらない。最悪、斗真自身はその場から動かずに勝利すら得る可能性がある能力だからだ。
二人の距離は約十メートル弱ほど離れている。さっき喋りながら蓮がゆっくり後ろに下がった結果だ。これは斗真の能力を知る蓮がとった対策の一つである。斗真の能力の射程は十メートル──それも戦闘時以外で斗真が集中した結果の限界最大の記録だ──というのはよく戦う蓮だからこそ分かっている。
「……」
「……」
二人とも無言で見つめ合う。どちらも攻撃する機会を狙っているからだ。
特に開始の合図などは決めなかったためにこのような結果となった。
数十秒ほど見つめ合っただろうか……突如風が吹き周囲の草木を揺らす。
──その瞬間斗真が動いた。
斗真の周りに四本の剣が創り出される。それぞれがかなり身長の高い斗真に匹敵しそうな長さのある大剣である。
そして、空中に創り出された大剣はそのまま重量にしたがって落ち──なかった。
万有引力を無視した大剣は向きを素早く蓮の方へ剣先を向けるとそのまま蓮に向かって一直線に向かって飛んだ。
『ちっ。すぐに攻撃するなら構えろっつーの! ……けど、これくらいならまだ大丈夫。全然予想範囲内だ』
心の中で少し悪態をつきつつも、片腕を素早く前に突き出すとそこから雷撃を撃ち出し、飛んできた二・本・の大剣の軌道を逸らす。
『二本!?』
軌道が逸れた大剣は一本はあらぬ方向に飛び、もう一本は蓮のすぐ隣に立っていた木に当たる。
そこまで太い木ではなかったとはいえ、大剣の当たった衝撃で、蓮の隣に立っていた木はミシミシと音を立てながら倒れる。
その音に無意識のうちに蓮の意識が向けられる。
その瞬間に大剣を飛ばした時から走って距離を詰めてきていた斗真が、残った二本の大剣で蓮に切りかかった。
「!」
蓮は咄嗟に身体を後ろに引く。大剣は先程まで蓮の身体があった場所の空を切った。
蓮は追撃が飛んでくる前に素早く後ろに飛ぶ。
「殺す気か!」
蓮は余裕とも、苦笑いとも取れそうな笑みを浮かべつつそんなことを言う。
対する、斗真は──
「殺す気でいかないとお前なんて倒せないだろうが」
と、こちらは誰にでも余裕と取れるような笑みを浮かべつつ返答する。
もちろん斗真からは殺気は感じられないため、その言葉は嘘だと蓮には分かる。けれども殺す気はないだけだ。少なくともさっきの一撃は蓮に斗真の本気を感じさせた。
『たぶん怪我をさせるくらいはなんとも思わないんだろうなぁ』
だいぶ前の戦いで全身傷だらけにさせられたのを思い出しながら蓮はそんな事を思う。
『けど……大丈夫、前回は勝ったからな』
しかし前回の戦いを思い出して、少し心を落ち着かせる。もしかしたら今なら余裕の笑みが顔に浮かんでるかもしれない。
斗真の能力は確かに強力だ。能力だけでなく、技術も今ではかなり互角の戦いができるとはいえ、まだ斗真の方が上かもしれない。
しかし、蓮は前回勝った。いや、ここ最近の勝率は蓮の方が上だ。
理由は簡単。斗真の能力の弱点が分かったからだ。あとはその弱点を突くだけで勝てる。
その弱点とは斗真の能力の持続性である。斗真の能力は本人に聞いた話だととにかく頭を使いすぐに疲れるらしい。さらに魔力の消費量も圧倒的に蓮の能力より上だ。これは今まで戦いの経験から蓮も感じていた。
つまり蓮は耐えていれば勝ちなのである。
もちろん斗真もそれを知っている。だからこそ、いつも斗真がさっきの攻撃のようにはじめから猛攻を仕掛け、蓮はそれを耐える。耐えれれば蓮の勝ちだし、耐えれずに音を上げれば斗真の勝ち。それがここ最近の斗真の蓮の戦いだった。
しかし──
『おかしい……』
何回目かに当たる追撃をかわしながら、そんな疑問が蓮の頭に浮かぶ。
再びこちらに向かってくる大剣の軌道をこちらが撃ち出した雷撃で逸らす。
……即座に追撃はこない。そのため蓮に体制を立て直す時間を与えてしまっている。
普段の戦いならば一切のスキも与えず、四方向から同時に大剣がかわしにくいように回転しながら飛んでくるとかも茶飯事のはずだ。
『まるでわざと手を抜いているようだな』そう蓮は感じた。
もちろん理由を即座に考える。普段ならば斗真が長期戦を狙う理由などあるはずがないからだ。利点が見当たらないはずだった。
……しかし、攻撃をかわし、防ぎつつ考えるうちに思いついてしまった。
そう、さっきの戯言こと、斗真のセリフの内容を思い出せば、まるでそれがパズルの最後のピースがはまったかのように一つの仮説を導き出せた。
いや、そんな勿体つけるほど難しいことでは無い
『棗か』
そう、この山の麓の学校の校庭で今頃桃と戦っているはずの棗である。
昨日会ったとかそんな内容がさっきの戯言の中に含んでいた。もしもその時に倒した後こちらに援軍として応援に来るような内容を言っていたとしたら……いや、斗真のことだから絶対に言っているはずだろう。
そうすれば二対一。棗自体は大した脅威には感じなかったが、流石に数の暴力は絶対である。ひょんな拍子にスキが出てしまうかもしれない。もしかしたら棗を囮や身代わりに使う可能性も考えられた。
『──いや、斗真ならやりかねないな』
そう心の中で苦笑しつつ、蓮は斗真に向けて雷撃を放つ。
──いつの間にか斗真と蓮の攻守の関係は交代していた。
斗真を素早く倒した方が良いと無意識のうちに判断していた。その結果、蓮が優先して攻撃を行っていた。
対する斗真は防御に徹しており、なかなか崩せそうにない。
その様子を見て、なおさら蓮は自身の仮説に自信を持ち攻撃の手を強くした。
☆-☆-☆
『──とかどうせさっきの会話から俺が棗を待ってるとか考えてるんだろうなぁ……悪かったな。レンが俺の能力を事細かに理解しているように俺もレンがなにを考えるかくらいは多少分かるんだよ』
と思いつつ、斗真は蓮の雷撃を自身の大剣で受け流す。これくらいは斗真からしたら造作もないことである。
『けど意外とスキがないな……こちらは魔力の問題も抱えているし、作戦変更した方がよさげか?』
実を言うと斗真自身は棗が援軍として来ることをさほど期待してなかった。
そもそも蓮には熱く棗の勝利を語っていたが半分以上でっち上げというか、ハッタリである。
もし斗真ならもし棗が勝つことが確定していたら、そもそも蓮にわざわざ棗が勝つことを言う必要はなかっただろう。わざわざ言って蓮に対処法を考えられる時間を与えるより、棗に奇襲をしてもらった方が強いからだ。
なら何故斗真はそんな事をわざわざ言ったのか?
それは蓮を悩ませ、焦られせるためである。能力は精神状態とも多少連動する。そうでなくても焦って攻撃をすれば大きくスキを見せることになることも多い。
その為こうして蓮の攻撃を受け流しつつスキを伺っているのだ。
『どうしようか……とりあえずもう少し煽ってみるべきか? ……一応そろそろ棗が来る可能性もあるし五分待って来なかったらプランBと言うことで』
「どうした? その程度の攻撃だと棗がそろそろ追いつくんじゃないか?」
「っ! うるせぇ!」
蓮は素早く手から巨大な雷の弾をいくつか創り出すとそれを斗真に向かって撃ち出した。
斗真はその攻撃を見てしてやったり的な笑みを少し浮かべたがそれは一瞬で消え失せた。
斗真の予想を超える火力があったからだ。
『あぶねぇ! んなもん受け流せるか!』
思わず後ろへ飛び距離をとる。
しかしその判断を斗真はすぐに後悔することになる。
戦闘直前に蓮が距離がとった理由もそうだが、蓮と斗真だと能力の射程が違うのだ。
実は斗真はもう一つ能力を持っていて──最初に大剣を飛ばせたのはそちらの能力のおかげだ──そちらの能力の射程は実は十メートルを超える──これは蓮はたぶんまだ知らないだろう。
しかし、そちらもその能力を使って攻撃しようと思うと実はツーアクションいる。
つまり距離が離れれば離れるほどやはり蓮が有利なのだ。
『ちっ。やっちまった……』
あらためて近づこうにも蓮の攻撃が激しすぎて近づけない。
そして、斗真がどうしようか悩んでいる時──
「ししょー!」
そんな蓮でも斗真でもない声が辺りに響いた。
二人とも同時に声の方向を見る。そこには、走ってやってくる棗がいた。
──その瞬間、二人は即座に行動していた。
蓮は本来なら斗真に向けて打ち出していたであろう雷撃を棗に向けて放つ。
しかし、それは全て突如浮かび上がった先程に斗真によって倒された木の幹に防がれた。
木は雷撃によって砕け、辺りには木片が飛び散る。
「!」
『まだまだだ甘いな! レン!』
斗真はこの隙を利用して一気に蓮に近づくとそのまま飛び膝蹴りを腹に入れる。
蓮が呻いた瞬間に素早く蓮の身体が動けないように拘束した。
「今だ! 棗!」
そして、その両腕を拘束されガードできない蓮の身体を棗は全力で蹴り飛ばした──斗真ごと。
蹴られた二人はそのままゴロゴロと地面の上を転がった。
☆-☆-☆
「いってぇ……棗、ナイスだ」
数十秒経っただろうか……痛みに呻きつつもゆっくりと斗真は立ち上がる。
実を言うと棗が蹴る時は蓮の身体を俺が拘束するから俺ごと蹴れと予め斗真は言っていた。
わざわざ俺に当てないように配慮できるほど経験がある訳では無いだろうし、それに下手に当てるよりは俺ごと全力で蹴ってもらった方が良いだろうという斗真の考え故にである。
「ありがとうございます。師匠大丈夫ですか?」
「ん? 大丈夫、大丈夫。これくらいはノーダメと変わらねぇ……たぶん。……まぁ、あっちは大丈夫じゃなさそうだけどな」
そのあっちと斗真が指さした方向には蓮が伸びて気絶していた。まぁ、格闘特化の能力者の全力攻撃をガードできずに腹部に受けたのだから当然かもしれない。
そんな、蓮に斗真は近づくとピチピチと軽く頬をビンタする。
「起きろ、レン」
「ん……あぁ、負けたのか……」
「おう、わざわざ傷が残らないように剣ではなく蹴りにしたんだから感謝しろよ」
「ははは……アザはしばらく残りそうだけどね……」
そう、蓮は力なく笑う。どうも疲れきっているらしい。
「じゃあ、俺らは帰るわ。お前はどうする?」
「しばらく倒れてる……起き上がれそうにねぇ。トーマ達は先に帰っていいよ」
「そうか、ならまたな」
そう言うと斗真は棗を連れて帰り始める。
「棗もお疲れ。せっかくだから帰りにジュースでも奢ってやるよ」
「まじっすか。やった!」
勝利を噛み締める二人の足取りは非常に軽かった。