第2.5話 Midnight-真夜中-
真夜中の二時を過ぎようという頃。
一人の青年が外灯も少ない街のハズレの道を歩いていた。その足取りは心做しか軽そうである。周りには人っ子一人いないので誰も聞くが人がいないが、鼻歌を歌いながら歩くその姿はどう見ても何かいい事があったのだと感じさせるものだった。
言うまでもないかもしれないが、この青年とは斗真のことである。
半日以上前の棗との話が予想以上にうまく言ったので非常に上機嫌なのだ。
実を言うと斗真自身はこんなにもあっさりと棗との話に決着がつくとは思ってもなかった。もしも断ったらどうしようか。脅すべきか、それともいっそ殺して本当の物言わぬ死体として口封じでもするかなどと物騒な事を考えながら棗と話していたくらいだ。
その為、意外にもあっさりイエスと言ってくれたのは助かったし、それに思った以上に事が進んだ。なので本当のところ、鼻歌どころか大声で歌いたいくらい上機嫌なのである。
流石で周りが寝静まっている時間なので、小さく鼻歌を歌う程度に抑えているが……
こんなところで不審者として警察に捕まってもたまらない。
そんな斗真に後ろから声が掛かる。
「おい、こんな真夜中に出歩いたら危ないぞ。そう、例えば能力者に襲われるとかな──」
「!!」
そのセリフが言い終わるより前に、バチバチと電気の音を引き連れながら、一人の人が後ろから斗真の方へ走ってくる。
が、それに気づいた斗真は特に焦ったりせず、左手から大剣を作り出すと、そのまま後ろも見ずに片手でその大剣を横殴りに振った。
「「!!」」
二人の動きが止まる。
そんななか謎の相手の手から放たれる静電気のようなバチバチとした音だけが闇夜の静かな空間に響く。
互いに攻撃はどちらもあと少しで相手に当たるというところで止まっていた。斗真の剣はすこしでも動けば相手の首の皮から数センチという位置で止まってるし、相手の雷を纏った手もまたあと少しで斗真の顔に触れるというところで止まっていた。
そんな状態で両者共に数秒停止する。
「なんだ、レンか」
まず口を開いてその静寂を打ち破ったのは斗真だった。その口調には特に相手に驚いた様子はない。
「なんだとはなんだ。せっかくこんな夜中にわざわざ会いに来てやったというのにさ」
一方相手も特にそんな斗真の様子を見ても驚く様子もなく答える。
なぜならこの相手の男──上地 蓮かみじ れん──は、斗真とは友人だからである。友人は友人でも悪友でありライバルと言った方がしっくりくるような関係だ。
そう、よく会って戦ってはどちらが強いか、と切磋琢磨するような関係。
実は能力者はその能力者の体質故、会えば殺し合うのが基本である。相手の息の根を止めるまで戦いは普通終わらない。そのため殺し合いごっこ程度で何回もバトルしあえる相手はどちらからしても貴重で、また戦闘自体も能力や戦闘技術向上にも繋がる為、よくつるんではバトルしてるのだ。
「なに? 久々に戦うの? 今日はもうだいぶ遅いし、あと半日もすれば学校始まるからできればやめて欲しいんだけど」
そう言いながら斗真は作り上げた剣を消滅させる。
「いや、最近会ってなかったからさ。ただ会いに来た。それだけ」
蓮もその雷を纏った手を斗真の顔から離しつつそう答える。
「にしても今日はやけに上機嫌だな。いつもだったらその剣を首ギリギリで止めたりなんかせずそのまま振り切るだろうに」
「そんなもんで上機嫌かどうかなんて判断するな。……まぁ、当たりだけどな」
「ふぅーん、何かあった?」
「まぁ、ちょっとね。言っちゃうと弟子というか仲間ができた」
そう嬉しそうに言う斗真。よほど嬉しいのか自然と口元がにやけているのが蓮の目に映った。
「まじか……お前は一生孤独な一匹狼かと思ってた」
そんな蓮のセリフを聞くと普段なら『ぼっちじゃねぇから!!』って怒りそうなところを斗真はむしろふっふっふと笑い始める。
普段の斗真をなまじ知っているだけ、蓮からしたら不気味である。
「で、じゃあいつものは?」
ひとしきり笑い終わると斗真の方から会話を再開させる。いつものとはもちろん二人がよくやる戦闘ごっこのことである。
「そうだなぁ……たしかにトーマの言う通りもう夜遅いしな……なら次の日曜日の昼、いつもの場所でどう?」
「オッケー。了解。じゃあ、そのさっき言ってた子連れてっていい? たぶん初戦闘だと思うし、お前となら安心できるからな」
その弟子だか、仲間だか知らんがえらくトーマに気に入られてんなぁと思いながら蓮も会話を続ける。
「別にいいけど。あっ、ならこちらも最近一人うちの高校でなりたて能力者見つけたら連れてっていい? それで二対二だし」
「オッケー。ならそういう事で」
「あぁ。当日はビビって逃げだすなよ」
「んなもん逃げ出すかって。むしろお前こそ逃げるなよ。……ん?」
二人の久々の会話を楽しんでいると、斗真は頭に雨粒が当たった感触を感じた。雨が降り出したようだ。
「ちっ、雨か……登校めんどいなぁ……」
「まぁ、まだ六月で梅雨まっ最中だからな。じゃあ、今日はこれ以上雨が広くなる前にお開きということで……じゃあ」
そう言うと連は後ろを向いて歩き始める。
斗真も『あぁ、またな』と言いつつ家に向かって歩き始める。能力を応用して傘っぽいものを作るのも悪くないかなと思ったがやめる。一般人に見られるとめんどくさい事になりそうだからだ。
歩いてるとだんだんと雨が強くなってきたので次第に小走りになり始めたが、斗真は実は雨に濡れる事をそんなに気にしてなかった。
来週の蓮との戦いが楽しみだからだ。『あぁ、次の日曜が楽しみだなぁ。雨振らないといいけどなぁ』そう思う斗真の口元はやはり少し緩んでいた。