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第87階層 真のダンジョンマスター語る

小野田「ダンジョンタウンはわしが作った」

涼「……」


 ダンジョンタウンも、ダンジョンの一部でしかなかった。

 その上、本当の意味でのダンジョンマスターがまだ存在していて、しかも同じ異世界の日本出身で現在はノーライフキングって。

 色々あり過ぎて頭の処理が追いつかない。


「えっ? でも、ダンジョンタウンが作られたぐらいの時代の日本には、そういった名前はまだ……」

「簡単なことさ。君や過去にダンジョンタウンへ現れた異世界人達とは違い、私は大きく時間を遡ってこの世界へやって来た。ただそれだけのことだ」


 いやいや、ここの歴史とかを考えると遡りすぎだろ。

 正確な年数は俺も知らないけど、ダンジョンタウンの歴史は少なくとも数万年はあるはず。

 この人はそれよりもずっと前から、ここにいたことになる。

 ノーライフキングになるくらいだし、下手すれば一億年経ってるんじゃないのか?


「ちなみに何年生きているのかはもう忘れた。自分に死霊魔法を使ってアンデッドになってから、年齢を数えるのがアホらしく思えてな」


 そりゃあ、そうだろうな。

 なにせ不死の身になったんだから。


「しかし後悔はしていない。私が築いた町が、今もこうして存続しているのだからな。尤も、政治や経済や法律は専門的に学んだわけではないから、歪だったりやっつけだったりする部分も多々あるがな」


 なるほど、整っていそうで整いきれていないのは、そういう曖昧さと適当さが原因か。


「ということは、あなた様がダンジョンタウンを?」

「その通りですよ、お嬢さん。おっと、ご婦人にお嬢さんは失礼でしたね。奥様とお呼びしましょう」


 こうした対応はさすが年の功だ。


「それであなたは」

「まあまあ、私に関する詳しい話は後にしましょう。まずは君達の息子への対処をしなければ」


 そうだ、そもそもここへ来たのはゼルグに関係しているんだった。

 あまりの衝撃的な展開に、ついその事が頭から飛んでいたな。


「ゼルグ君でしたね。彼をこちらへ」


 歩き出した小野田さんの後に続き、巨大な装置のような物へ近づいていく。

 大きさが重油タンクぐらいだから圧倒されたけど、近づいてよくよく見ると少し違和感を覚えた。

 なんというか、できることは同じだけど二世代か三世代前の、非効率的な物のように見える。

 しかも上手くいかないからと、所々に後から追加したのが見て取れるような改造まで施してある。

 これで何をするのか分からないけど、不安だ。


「はっはっはっ、やはり不安ですかな。こんな機械工学など全く学んでいない、オタクの生物学者が作った物は」


 それを聞いて不安が増したよ。


「見た目は機械のようだが、実際は魔道具なのだよ。ただ私が考えた用途を成立させるためには、当初の設計では上手くいかなくてね。継ぎ足したり逆に削ったりと、色々やってようやく完成したら、こんなハリボテのようになってしまったんだ」


 説明をしている本人にすれば、過去の笑い話なんだろうけど、聞く側にとっては自虐にとれないでもない。

 そんな会話をしているうちに装置の前へ到着。

 小野田さんは魔力を注ぎながら、装置と管で繋がった何かを読み取る機器を手にする。


「では、ゼルグ君をこちらへ。両手の甲に浮かんでいる紋様が見えるようにしてほしい」


 エリアスが抱えるゼルグの両手を優しく掴み、力を入れすぎないよう注意しながら、言われた通りに両手の甲が小野田さんに見えるようにする。

 手を掴まれて自由に動けないゼルグから不満そうな声がするけど、ここは少し我慢してくれ。


「それでは失礼する」


 手にしている機器を右手の竜の紋様へ近づける。

 それから発せられる赤い光が紋様を読み取り、何か処理をしているかのように魔道具の各所が点滅しだした。

 小野田さんは紋様を読み取らせ続けつつ、たまに近くのスイッチを押したりダイヤルを回したりしていく。

 いい加減に解放してほしいと訴えるようにゼルグが唸るけど、まだ作業は終わっていない。


「ごめんね、もうちょっと我慢してね」


 エリアスがそう言って宥めようとするものの、やだと言わんばかりに何度も唸って体を動かそうとする。

 さすがに大人の力には敵わないから、手は俺に固定されたままだけど。


「もう少しだ」


 そう言って最後にレバーを下ろすと、紋様へ近づけた物から発せられる光が赤から青へ変わる。

 すると青い光が当たった箇所の紋様が消えた。

 それを文様全体に当てていき、竜の紋様を完全に消してしまう。


「これが目的だったんですか?」

「そうだ。しかし詳しい説明は後にさせてほしい。さあ、次は左手の方だ」

「あー!」


 ゼルグからもう離してほしいと訴えているような、不満の声が上がる。

 すまない息子よ、もう少し耐えてくれ。

 直後にゼルグが嫌がるように「やー!」と叫んだ。

 気持ちは分かるが、これもお前のためなんだ。

 注射するんじゃないから、どうか我慢してくれ。



 ****



「よし、これで処置は終わったぞ」


 どういう原理でかは分からないけど、両手の甲にあった紋様は完全に消えた。

 ようやく解放されたゼルグはまだぐずっていて、駄々をこねるように手足を動かしながら泣いている。


「ちょっと向こうであやしてきますね」

「私も一緒に行きましょう。これでも三児の母ですからね」


 その場を離れるエリアスとザラーヌさんを見送り、俺は小野田さんに案内されて片隅にある居住スペースへ連れて行かれた。


「まあ座り給え、今お茶を淹れよう」

「……あるんですか? お茶」

「ザラーヌに持ってきてもらったのさ。なにせこんな体だ、飲まず食わず眠らずでも生きられるからな」


 だろうな、ノーライフキングだし。

 そう思っている目の前で、魔法による水と火を使ってお茶の準備が進む。


「それにしても、こうして同郷の者と会うのは久しいな。君と同じ理由で呼び出した者と会ったのは、どれくらい前だったかな」


 俺以外にもいたのか、混種の人と結婚した異世界人が。


「早速ですが、あの装置でやったことを教えてくれませんか?」

「いいだろう。ちょうど私もその説明をするつもりだったからな」


 見た目が変化した様子も無いし、苦しむ様子も無い。

 変わったのは手の甲にあった紋様が消えただけとはいえ、何をされたのか気にならない親はいない。

 一体この人は、何をしたんだ?


「まず結論から言おう。あれは彼を始めとした多くの命、さらにはダンジョンタウンを守るために必要な処置だったのだ」


 淹れたお茶を俺の前にだけ置きながらの説明に、驚かないはずがない。

 あの紋様……というかゼルグの存在はそんなに危険なものだったのか?


「勘違いしないでもらいたいが、ゼルグ君は悪くない。いや、悪い者など誰もいない。君と彼女は互いに愛しあい、必然的にその結晶たるあの子が生まれた。悪い人物を挙げるとするのなら、私だな」


 どういう意味だろう。


「ゼルグ君のあの紋様は、母親である彼女が持っていた二つの種族の力が体内で勢力争いをしている証だ。放っておけば一ヶ月ほどで体内のエネルギーが暴走して外へ漏れ出し、あの子が死ぬまでダンジョンタウンを破壊することになっていた」


 ちょっと待て、なんだそれ。

 何をどうしたらそんな展開が待っているんだ。

 とりあえず落ち着くため、お茶を一啜りした。


「じゃあ、さっきのは」

「あの魔道具によって、ゼルグ君の中で争っていた竜と九尾の狐の力を消したのだ。もう暴走の心配は無い」


 それは良かった。

 しかし二つの種族の力による、体内での勢力争いか……。

 ひょっとしてゼルグが人間として生まれたのは、どっちの種族の力も定着していないからなのか?

 そんな事を考えていると、またも爆弾発言を浴びることになった。


「これでゼルグ君は完全な人間。いや、我々と同じ異世界人の体になった」


 ……はっ?

 今、小野田さんはなんて言った?

 俺達と同じ異世界人の体?

 別世界の知識や魂を有していないからそう言ったんだろうけど、どうしてそうなる。


「当然と言えば当然だろう? 母親の持つ種族が定着していないのだ、父親の君が持つ種族、即ち人間で異世界人が定着するのは必然の流れだ」


 いやまあ、そうなんだろうけどさ。


「こっちの世界の人間と、俺達の体は違うんですか?」

「私が調べたところ、こっちの世界の人間と我々異世界人とではDNAや染色体等、細胞の細かい構成に微妙な違いがあった。亜人との間の男女の出生比率の違いも、これが影響しているのだよ。私は地球で生物学の研究所で遺伝子や細胞について研究していたから、間違いない」


 なるほど、遺伝子とかの研究をしていたのなら信憑性はあるか。


「でも、前に現れた異世界人と亜人との間には亜人が生まれたはずじゃ」

「それはあくまで、通常の亜人との間にできた子だろう? 君の奥さんのような、混種との間にできた子の場合は例外なのだよ」


 小野田さんの調査によると、同じ異世界人でも種族を一つしか持たない通常の亜人との間にできた子の場合は、亜人の方が勝ってしまって異世界人のような体にはならない。

 でも混種との間にできた子の場合、二つの種族を持つ血と異世界人の血が特別な反応を起こして、ゼルグのような状態になってしまうとのこと。


「これへの対策は生まれてから一ヶ月以内に、あの魔道具で二つの種族の力を打ち消すしかないのだよ」


 だとしても助かった。

 ゼルグが暴走してダンジョンタウンが崩壊なんて、シャレにならないし親としても困る。


「こっちの人間と混種の間には、起きないんですよね? あくまで異世界人と混種の場合だけで」

「その通りだよ。混種といえど亜人は亜人、自分達の基となっているこっちの世界の人間との間には、そういった反応を起こさないのだ」


 待て待て待て。

 さっきも似たような気持ちを抱いた気がするけど、とにかく待ってくれ。

 今度はなんて言った? こっちの人間が亜人達の基になっている?


「うん? どうしたのかね?」

「いや、今の発言の意味を理解出来なくて」

「む? おお、そうだった。まだ説明していなかったな。ここの住人の始祖とも言うべき亜人達が、どうやって生まれたかを」


 そこまで遡るんかい。

 小野田さん、本当に何年生きてるんだよ。


「そもそもこの世界に、亜人という存在はいなかった。あれはこっちの人間の肉体を使い、私が錬金術を応用して作り出したんだ」


 ごめんなさい、もうそういう驚きの発言は腹いっぱいだから勘弁してください。

 ちなみに作り方は、侵入してきた生物や召喚した一部の魔物から採取した遺伝子とダンジョンへ侵入して死亡した人間の遺伝子を、錬金術によって同時に分解して混ぜ合わせた状態で再構成。

 それにホムンクルスを生み出す技術を応用し、試験管ベビー的に生み出したとか小難しいことを、聞いてもいないのに語る。

 正直言って、頭の処理が追い付かないからどうでもいい。

 理解できたのは、こっちの世界の人間の遺伝子を利用したことによって、ダンジョンタウンに住む亜人の寿命が人間と同じになったということぐらいだ。


「ちなみに、何のために亜人を作ったんですか?」

「理由は二つある」


 指を二本立てた小野田さんの表情は……駄目だ、骸骨だから真剣なのかそうでないのか分からない。

 雰囲気的には真面目っぽいけど。


「一つ目は……寂しかったのだ!」

「……はい?」


 何言ってんのこの人、じゃなくてこのノーライフキング。


「転移する際、面白半分でダンジョンマスターを希望したのはいいものの、こんな地下に放り出され他に誰もいない空間に独りぼっち。コアも質問に対する回答しかしてくれないし、魔物は名付き以外は喋らないし、他にダンジョンマスターもいないし、無駄に強くしてしまった魔物達は侵入者を倒すか追い返すかで生け捕りにしないし、外にも出られないでとにかく寂しかったのだ!」


 だからって、どうして人を生み出すって発想に行くんだろうか。

 しかもわざわざ亜人を。


「二つ目の理由、これは普通の人間ではなく亜人にした理由だが……私が亜人娘萌えだからだ!」

「消滅してください」


 おっと、思わず本音が出てしまった。


「何故かね? 君には分からないのか、亜人娘の素晴らしさが!」

「消滅してください」

「二度言った!? それに普通そこは、死んでくださいじゃないのかね!」

「死んでるじゃないですか」

「生きているさ! 肉体は死んでいようとも、この亜人娘萌えの魂は永遠に生き続けている!」

「消滅してください」

「まさかの三度目!?」


 なんかさっきまでの真剣な空気が、色々と台無しになったよ。

 何考えてんだ、このノーライフキング。


「君に分かるかね! エルフやドワーフを生み出す苦労が! どう遺伝子を弄ればいいか、何の遺伝子を加えればいいか、延々とトライ&エラーを繰り返した苦労が!」

「知りたくもありません」

「……君さ、さっきから遠慮なく態度が無礼になっていないか?」

「自分の胸に手を当てて、これまでの発言を振り返ってみてください」


 小野田さんは自分の胸に手を当て、しばしそのまま考えた後に首を傾げた。


「うむ、分からん」


 胸を張って言うな。


「でも、遺伝子を弄れるのなら男女の出生比率も解決できるんじゃ?」


 改良を加えて五分五分くらいにしておけば、そういった問題も起きないはず。


「そりゃあ君、男としては女性が多い方が嬉しいじゃないか。比率を弄らない方がハーレムを作れるだろう?」

「雷魔法浴びますか? 最近新しく、エクストリームボルティックってのを覚えたんですが」

「やめたまえ、それ地味に強力なやつじゃないか。いくら私がノーライフキングでも、ちょっとばかり服が焦げてしまう」


 服だけかい。

 やっぱりノーライフキングとあって、魔法防御力が相当高いんだろうな。


「話を戻しましょう。異世界人と混種の間に、ゼルグのような現象が起きるのは何故ですか」


 半ば強引だけど、こうでもしないと路線を外れ続けてしまう。


「そればかりは私も予想外の現象としか言いようがない。初めてそれが起きた時は、暴走により周囲に相当な被害が出て大変だったよ」


 それで辿り着いた対策が、あの装置による処置ということか。


「ちなみにあの装置、普通の亜人や人間に使ったらどうなります?」

「特に何も起きん。しいて挙げるのなら、三日ほど体が軽く痺れるくらいだろうか」


 軽くってどれくらいだ。

 正座の後で足が痺れるくらいの痺れかな。


「双方の遺伝子情報による反応なのは明らかなのだが、先祖返りや混種と違って解明できていないのだ」


 腕を組みながら悩む小野田さんは、またサラッと気になることを口にした。

 まあ、ゼルグがああなる原因が不明なんだし、そっちを聞いてみるか。


「先祖返りと混種は解明できているんですか?」

「うむ。分かりやすく言うならば、遺伝子における優性遺伝と劣性遺伝の関係のようなものだ」


 小野田さん曰く、亜人とは人の特徴が優性として顕著に表れ、それ以外の生物の特徴が劣性として耳や尻尾や鱗といった、体の一部にだけ表れるらしい。

 先祖返りは劣性のはずの特徴が体全体に表れ、優性のはずの人の特徴が体の作り程度にしか表れなかった結果とのこと。

 そして混種は、両親の劣性としての特徴に優劣が付かず一緒に表れてしまった結果だそうだ。


「種族の違う亜人同士の子に、どちらの種族の特徴が出るかについては完全に五分五分の運任せなのだが、かなり稀な確率で二つの種族の特徴が混ざる結果が見られた。私はこれを血液型におけるキメラのような現象ではないかと考えている」


 キメラとは、ごく稀にいる二つの血液型を持つ人のことだと説明してくれた。

 そういうのがあるとは知らなかったな。

 こういう真面目な話をしてくれていれば、生前の小野田さんは普通にちゃんとした研究者だったんだと思える。

 さっきまでの、寂しかっただの亜人娘萌えだっていうやり取りさえ無ければ。


「できればもっと詳しく調べたいが、あいにくと設備不足なのに加えて、鑑定や錬金術にも限界があってこれ以上は無理だ」


 こっちは科学のかの字も無いからな。

 むしろよくここまで調べ上げて、あんな魔道具を作ったもんだよ。


「よく分かりました。ご説明、ありがとうございます」

「気にしなくていいさ。おっと、奥さん達が戻って来たようだぞ」


 泣き止んだゼルグを抱えたエリアスとザラーヌさんがこっちへ来た。

 俺の方へ手を伸ばすゼルグを受け取り、構ってやると笑い出す。

 上機嫌な息子が可愛すぎる。


「さあ、奥様もザラーヌも座るといい。息子さんに何をしたのか説明しよう」


 小野田さんが改めてゼルグに起きようとしていたことを説明すると、エリアスはとても感謝して、ザラーヌさんが目を見開いて驚いた。


「オノダさん? 聞いてませんよ! 私、聞いていませんよ!?」

「教える理由が無かったからな。後は事前か事後かの問題だ」


 飄々とした様子の小野田さんに、ザラーヌさんは深く溜め息を吐いた。


「さあさあ、堅苦しい話はここまでだ。ヒイラギ君、よければ君のいた時代の話をしてくれないかね? 向こうがどうなっているか、聞かせてほしい」

「いいですよ。覚えている範囲で、お話します」


 息子の暴走を救ってくれたんだ、そのくらいのことならいくらでも話そう。

 ところが小野田さんにいつ頃こっちに来たのかを尋ねると、俺がいた時代とは十年程度しか違わなかった。

 どうやら、話せることはそれほど多くなさそうだ。


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