第78階層 過不足しない人手の確保って難しい
涼「オバさんに出産祝いは期待していろと言われ、逆に不安になった」
「アホかっ!」
腕を組んで叱りつけると、ベッドに腰掛けていたローウィの体が跳ねる。
倒れたと聞いて急ぎ駆けつけ、ミリーナに容体を診てもらっている間に医者を呼ばせ、診察をしてもらった。
そしてその診察結果は。
「体調が悪かったのなら、早く言え!」
「も、申し訳ありません」
「しかもそれが妊娠だったなんて、倒れて万が一があったらどうするつもりだ!」
そう、ローウィはめでたく妊娠していた。
けれどそれに気づかず、自身の怠慢から体調を崩したのだと思い込み、気合いを入れるため仕事に没頭していたらしい。
最近の訓練への熱の入りようもそれが原因で、とにかく仕事に集中して体調が回復するのを待っていたと、ローウィが言いにくそうに医者へ説明して呆れられていた。
「お前の夫として、職場の責任者として気づかなかった俺にも責任はある。でも、一番自分の体調を理解しているお前自身が、それを明かさなくてどうする」
如何にも体調が悪いような素振りがあるならともかく、ローウィはそんな素振りは一度も見せなかった。
本人曰く、ここに就職する前は仕事をクビにならないように、少々体調が悪くとも平気なフリをして働いていたようだ。
それのせいで今回も気づかれないように振る舞っていたようだけど、それが裏目に出てしまった。
「ごめん、なさい……」
狼人族なのに、まるで叱られた犬のように耳と尻尾がしおれ、毛布で顔を半分隠す。
まさか妊娠しているなど考えもしなかったようで、聞かされた時は本人がすごく驚いていた。
「とりあえず、過程は悪かったけど結果は問題無いんだ。今回はそれで良しとしよう」
「はい……」
「それと! 今回の件を踏まえて、今後は体調が悪かったらすぐに言うように。いいな!」
「分かりました……」
「よし! この話はここで終わり。今はしっかり休んで、仕事は安定期に入るまでは体調が良い時限定だぞ」
無理はさせられないし、エリアスとネーナも同じような条件で仕事をしてもらっている。
現状でこの三人が優先すべきは自身の体調であり、仕事は二の次でいい。
「ううう……。動けないのは辛いです」
「全く動くなとは言っていない。無理しない範囲でなら、大丈夫だ」
調子が悪くとも無理して働く辺り、ローウィにはワーカーホリックの気があるのかも。
休みの日もあまりじっとしてないし、昔から家族のために働いてきた影響もあるんだろう。
まあ、以前に風邪でぶっ倒れた経験がある俺も、人の事は言えないか。
「ローウィが抜ける分は全員でカバーしよう。日中の司令室で勤務する人数を一人減らせば、なんとか回せるだろ」
司令室勤務はそれでいいとして、魔物への訓練はどうするかな。
できれば俺が指導する時間を多くしたいけど、そこで俺が無茶して倒れたら本末転倒だから、そういう訳にはいかない。
だからここは、先輩魔物達に頑張ってもらおう。
「夜勤はどうします? 一人体制にしますか?」
後ろに控えているイーリアの問いかけに、首を横に振る。
「いや、夜勤は最低でも二人一組。これは変えない」
緊急事態の時、一人は司令室で状況確認してもう一人が起こしに行くため、この体制は絶対に守る。
そうでないと、皆を起こしている間に起きた事を再確認する必要が出て、余計な時間を取られて対応が遅れる恐れがあるからだ。
「女性陣には悪いが、少し夜勤の頻度が増えることになる」
「分かりました。しかし、これ以上女性勤務者が勤務できなくなると、業務に支障が出るおそれがあります」
勿論分かっている。
この先、女性陣がエリアスとローウィ同様に妊娠で勤務できなくなったら、復帰するまでの穴を埋めなくちゃならない。
「手っ取り早いのは、勤務者を増やすことか」
「そうですね。募集しますか? それとも、どなたかに紹介してもらいますか?」
「募集か紹介か……」
正直言えば、紹介してもらうよりも募集して生え抜きを育てたい。
でも募集した場合どうなるかは、これまでに募集を掛けた経験でなんとなく分かる。
本気で働きたい人よりも嫁狙いで応募してくる人が大半を占めて、選別に苦労するだろう。
「これ以上、嫁を増やす気は無いんだけどな……」
「現状で八人いますものね。愛人を加えると十三人です」
周囲からすれば、もっと嫁を貰ってガンガン子作りしてほしいんだろうけど、こっちの身にもなってほしいもんだ。
作ったら作ったで育てなきゃならないし、養育費だっていくら掛かることか。
正直、外堀を埋められなければ、こんな人数をもらうつもりも無かったし。
「だからって男だけを募集って訳にもいかないしな」
「その通りです」
「となると……諦めて募集するか」
また選別に苦労しそうだな。
「それではいっそ、派遣職員制度を使いますか?」
えっ? なにそれ知らない。
「ダンジョンギルドに申請すれば、ギルド職員が一時的に助っ人として派遣されるんです。内部情報を漏らさないよう契約は交わしますし、給与はギルドから支払われます。ですが規則により、日中の勤務限定となります」
要するに勤務時間に制限のある派遣社員のようなものか。
「でも、その制度で今を凌いでも、今後お前やアッテム、ラーナが妊娠した時にまた利用するのもな。後の事を考えるとちゃんと雇用したい」
「そ、そうですか。そうですよね、私もいずれは……」
直に言われて恥ずかしいのか、頬を染めて視線を逸らす。
けれど耳が上下にピコピコ動いているから、嬉しくもあるんだろう。
デレてから本当に分かりやすくなったよ、イーリアは。
「あっ、そうです。下手に募集するのではなく、他所から引き抜くのはどうでしょうか?」
「引き抜きか。そんな簡単にできるのか?」
「運営が苦しいダンジョンを狙って、泥船が沈む前に手を差し伸べれば比較的容易ですね。そこの従業員にも生活がありますから」
なるほど、そういう手があったか。
ある程度経験を詰んでいる人なら研修期間が短く済むし、気にすべき点はうちへの慣れだけ。
うん、可能ならその方がいいかもしれない。
「引き抜きをするとして、注意点は何だ?」
「肝心なのはどんな相手を狙うかと、どんな雇用条件を提示するかです」
雇用条件は当然として、どんな相手を狙うかね……。
「狙うべき人材の目安は、どうつけるんだ?」
「調査所にお金を払って調べてもらうか、自力で情報を集めるかですね」
こっちにも調査所、元の世界で言うところの探偵事務所みたいなところがあるのか。
「調べるとして、相場はいくらくらいだ?」
「人数や日数によりけりです。よろしければ、ダンジョンギルド御用達の調査所を紹介しますよ?」
それは助かる。
自力で調べるのも大変だし、どこの調査所が信用できるか分からないから、ここはギルド御用達を信じよう。
「分かった、そこに調査を依頼しよう。明日の定休日に案内してくれ」
「承知しました。採用人数は何人の予定ですか?」
「今回は二人にする。研修してここの流儀を教えて慣れてもらう必要があるから、あまり大人数を一気に雇いたくない」
現状はエリアスとローウィの二人が抜けているから、同じく二人雇えば問題無いだろう。
研修が終わるまではシフトがキツめになるだろうけど、そこは申し訳ないけど皆に頑張ってもらおう。
お詫びに特別手当を支払って、定休日の食事はできるだけ好物を振る舞って、嫁達や愛人達をデートに誘って、男性陣とは労いの飲み会でも開くか。
「ちなみに、調査対象を男性や既婚者に絞ることもできますよ」
「だったらそうしよう。切実に」
独身女性を雇って迫られたら、また外堀を埋められかねない。
「別に新しい奥さんが増えても、エリアスさんも私達も気にしませんよ?」
「俺が気にするんだ」
何度も言うけど、そこまでハーレム願望は無い。
「ちなみに過去の異世界人が娶った奥さんの人数で、最多は三十二名となっています」
そいつはどんだけハーレム願望が強くて女好きだったんだ。
俺にはとてもじゃにないけど無理だ。
「その方は奴隷による愛人も含めると、四十七名との間に子供を作った記録があります」
赤穂浪士かっ!?
四十七人って赤穂浪士のつもりなのかっ!?
というか、よくそれだけの嫁と愛人を養えたな。
そんでよく生まれた子供達を育てられたな。
そこだけは素直に尊敬する。
「逆に最少記録ですが、奥さんが十三人名で愛人が八名の合計二十一名です」
もうその手の情報はどうでもいいよ。
俺は俺の道を行くの、ゴーイングマイウェイなの、だからもう嫁さんも愛人もいらないの。
その最少記録は俺の手によって塗り替えられるのだ。
「まあ、それはそれとして、増やしたい時はいつでもどうぞ」
「増やさないから、気にしなくていい」
キリがないから、この手の話題はもう止めよう。
「とにかく、今度の定休日に調査所へ依頼を出す。いいな」
「承知しました」
多少強引に話を終わらせ仕事へ戻る
この時間帯は育成スペースで魔物の指導だ。
当分はローウィがいないから、しっかりやらないとな。
それと先輩魔物達には、指導を頑張ってもらうよう伝えておかないと。
「とういう訳で、ローウィはしばらく来れない。俺も仕事の関係で簡単には来れないから、お前達が主導で訓練をしてくれないか?」
育成スペースにいる魔物達の中で主要なメンバーを集め、今後の訓練についての通達をした。
この通達に、あっちこっちでざわめきが起こる。
『ローウィ様は大丈夫なのですか?』
「特に問題は無いが、夫で雇用者として労働は許可できない。それは父親になった経験がある奴なら、分かるだろ?」
そう言うと、ゴブリンカイザーとゴブリンジェネシスを始めとした数体が頷いた。
「それにこれはいい機会だ。お前達が戦闘力だけでなく指導力の点でも成長すれば、ここにいる魔物達はもっと強くなれる」
俺やローウィがいない時は自主練をしているみたいだけど、そこに指導力を身につけた魔物がいるのといないのとでは大違いだ。
全員がとまでは言わない。せめて二、三体くらいが身につけてくれると助かる。
「今日からいきなりやれとは言わない。三日待つから、それまでに訓練内容の立案と説明をしてくれ。当面は俺がそれを確認するから、多少思い切ったものも出していいぞ」
これまでの訓練の経験から、提案したい訓練方法の一つや二つくらいあるだろう。
それを提案させて、新しい発見や気づかなかった訓練方法や戦い方に繋がれば、魔物達の成長に繋がる可能性だってある。
せっかくの機会だから、魔物達に自分達の可能性を模索させないとな。
「無理にお前達だけで考えることはない。他の魔物達に意見を聞くも良し、発案そのものをさせるも良し。好きにやってみろ」
『承知しました。ご期待に沿えるよう、頑張ります』
『不在の者達にも伝えますか?』
「じゃあ交代した時に頼む」
これで通達は終了、ここからは普段通りの訓練だ。
すると早速通達の効果があったのか、ここはこうすればどうか、この訓練はどういう意図があるのかという質問が、ゴブリンカイザーやパンプキンレプナントからあった。
どうやら訓練の意図や目的を学び、そこから発案に繋げるつもりのようだ。
ならば協力してやろうと説明してやり、頷きながら思案する姿を見守る。
さてと、どんな案が出てくるか楽しみだ。
「ご主人様、私もよろしいでしょうか」
「なんだライム。お前も説明が必要か?」
「いえいえ、そっちは前に捕食した女騎士さんの知力のお陰で大丈夫なのですが、イータースライム部隊は捕食をすると形状も能力も変化するので、これからどういう姿に変化させるつもりなのか教えてもらいたいのです」
そっか、イータースライムが寄生した奴らにはそれがあったな。
姿が変われば戦い方も変化する。
現在は魔物に寄生させ、強い冒険者を捕食させて人型の姿をしている。
ただ、最初に寄生した魔物の特徴も残っている。
バイソンオーガは体こそ人間サイズになっても、髪の毛が生えた以外はそのまま。
ダークネスゾンビはライムと同じように、顔の輪郭や髪の色が変化しただけ。
スラッシュマンティスとヒートスコーピオンは、虫人間みたいな外見に変化したっけ。
ボイスマーメイドは下半身が鱗のある足に変化して、陸上でも活動可能になった。しかも水中での活動能力や心肺機能はそのままに。
そして全ての魔物に共通しているのが、名前付きでなくとも会話ができるようになったこと。
最近はそれを活用して、魔物の通訳のような事をしているらしい。
「それは特に決めていない。強そうな奴を捕まえたら考えるつもりだったから」
「だとしたら、ちょっとまとめるのが難しくなりそうですの」
「なら、イータースライム部隊以外のスライム達の訓練方法を立案してくれ。イータースライム部隊は、変化に応じて臨機応変で行こう」
「分かりましたの。ところで、次にライムが捕食するとしたらドラゴンがいいですの。ロードンみたいに、強くてカッコよくなりたいですの!」
ドラゴンはともかくロードンみたいに?
この無邪気な性格で、あれと同じようなのになるのか……。
『あははー! ですの!』
想像してみると、悪意の無い破壊神みたく思えるな。
戦力増強としては有りだから、一応良しとしておくか。
しかしドラゴンね……。下級のだったら召喚できるかな?
サイズ的な問題でうちには合わなそうだから、基本的にスルーしてきたんだよな。
「駄目ですの?」
「いや、そんな事は無い。ちなみに飛べた方がいいか?」
「お願いしたいですの! ロードンさんみたいに空中殺法で、ズバッバーンと侵入者を切り裂くです!」
「ああ、うん。まあ、考えておくから頑張ってくれ」
「はいですの!」
……ホント、素で無邪気な破壊神目指してるかもしれない。
「しかし、ドラゴンか……」
魔石盤で調べてみると、現状で召喚可能なドラゴンは精々下の上くらい。
もう一つランクが上がればそこそこのを召喚できるようになるから、現状で召喚できるのを捕食させるのはちょっと勿体ない。
だったら捕食スキルは残り二回あるんだし、ドラゴンの捕食はラスト一回に残しておいて、二回目の捕食を何にするか考えてみよう。
合体した状態の魔物や変形魔物は捕食できるのか、捕食したらどうなるのか、実験してみたいけど今や主力になっているライムで実験をするわけにはいかない。
だからイータースライム部隊に加わっていない、まだ寄生していないイータースライムを使って実験してみよう。
いっそのこと、現状召喚可能なドラゴンに寄生させてみるかな?
「とにかく、やってみるか」
こういうのは考えるより、まず実行するに限る。
という訳で、召喚可能なドラゴンで最も強いドラゴン、腕と翼が無くて二つの頭部と尻尾がある二足歩行竜、ツインヘッドドラゴンを召喚した。
さあ、どんな結果が出るだろうか。




