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第77階層 落とし穴はどこにあるか分からない

涼「後々、子供の面倒を見る保育士を雇うか検討中」


 新しく小鬼族のテルミアーナを雇って二ヶ月が経過した。

 職場である農場にはすっかり馴染み、それ以上にユーリットの嫁さんのフィラさんと馴染んでいる。

 同じ小柄な種族の女性同士とあって話が合うようで、外でよく会っているらしい。

 その縁でだろうか、ユーリットの第二夫人にという話が進んでいる。

 当人達も乗り気になっていて、近々双方の両親へ挨拶に行く予定だとか。

 肝心の働きも上々のようで、ネーナの代行をしっかりこなしている。

 いや、代行という言葉は失礼か。彼女は立派にうちの戦力だ。

 最近は、より効率的な栽培方法はないかとネーナと検討し、試験栽培スペースを設けて栽培実験を行っているとのこと。


「というのが、農場の近況ですねぇ。販売の方も順調で、ローウィちゃんの妹ちゃん達もしっかり働いてますよぉ」


 近況報告に来てくれたヴィクトマから資料での報告を聞き、栽培実験がどんなものか気になるから、今度見学に行くと伝えておいた。

 それ以外の報告にも気になる点は見当たらず、報告会は滞りなく終わる。


「今月も報告ありがとう。ところで、バリウラスとガルべスの様子はどうだ?」

「体調に異変はありませんねぇ。エリィちゃんも、ご覧の通り元気ですしぃ」


 一緒に付いて来たエリィが無言で頷く。

 相変わらず男に対する敵意は持っているけど、少なくともここと農場の男連中は信用してくれている。

 特に信用しているのは何故か俺で、それは彼女までもが愛人として一夜を過ごした事からも察せられる。


「そうか。最近、このエリアで風邪が流行っているそうだから、体調管理はしっかりな。特に食事と睡眠はしっかりとっておくこと」

「分かっている。だけど今夜はあなたと過ごすから、睡眠は保証できない」


 頬を染めて視線を逸らす様子は、彼女を買ったばかりの頃からは想像できない。

 先生は、あの子はツンデレの素質があると言っていたけど、凄くどうでもいい情報だ。


「ちゃんと休ませて帰らせてるから、問題は無いだろう」

「体力的に問題は無い。だけど足腰立たなくなる時がある。そこは考慮して」


 視線を逸らしつつ善処しようと告げ、今月の農場用の予算が入った収納袋を手渡す。


「成果が上がっているから、少し色をつけてある。それで食事を良くしてもいいし、買い換えたい物を買ってもいい。ただし」

「働いている皆のために使うように、ですよねぇ」

「その通りだ。分かっているじゃないか」

「私だってぇ、旦那様の妻ですからぁ」


 言っていて自分が恥ずかしくなったのか、頬に手を添えて体をクネクネと動かしている。

 ぶっちゃけ、動きがなんか気持ち悪い。

 大事な嫁の一人とはいえ、気持ち悪いものは気持ち悪い。


「ヴィクトマさん、動きが気色悪いです」

「ぐはっ!」


 エリィによる、容赦の無い言葉のナイフがヴィクトマの心を抉った。

 テーブルに体を預けたヴィクトマは涙目で、気持ち悪かったですかと尋ねてくる。


「……すまない」

「そこで謝らないでくださぁい!」

「事実ですから、仕方ないです。本当に気色悪かったんですから」


 エリィ、お前はもうちょっと言葉をオブラ―ドに包みなさい。

 ああまたヴィクトマが、ごはっ、とか言ってテーブルにひれ伏せているし。

 こいつ、地味に精神面が打たれ弱いんだよな。


「と、とりあえず、引き続き頼むぞ。何かあったら、遠慮なく相談に来い」

「分かりましたぁ……」

「お邪魔しました」


 フラフラになったヴィクトマをエリィが支え、農場へと引き上げていく。

 なんだか酔っ払いの姉を引き取りにきた妹みたいだ。


「お疲れ様です、あなた」


 そう言いながら部屋から出てきたのは、膨らみが増している腹を擦るエリアス。

 月日と共に増した膨らみに、子供がそこで成長しているのを実感する。


「うん、ありがとう。司令室は大丈夫か?」

「現在まで問題はありません。アッテムさんがしっかり指揮して、侵入者に対応してくれています」

「それならもう少し任せておこう。受け取った資料の整理をしたい」

「お手伝いします」


 自室でエリアスの手を借り、農場の資料を種類別に分けて過去のものと一緒にしておく。

 さらに今月の数字を年間用の収支記録と折れ線グラフに記入して、作業は終了する。


「これでよし。手伝ってくれてありがとう、ゆっくり休んでいてくれ」


 少しずつ働いてもらっているとはいえ、絶対に無理はさせられない。

 過保護かもしれないけど、父親というのはそういうものらしいから気にしない。

 ちなみにこれは、リュウガさんとドゥグさんとベアングのおっちゃんからの教えだ。


「はい。それでは今度のプレゼンの内容でも考えていますね」


 今度の定休日に開催する、新しい階層の内容に関するやつか。

 前にランクが上がった時の追加分が一階層残っていて、その内容を決めるためのものだ。


「落選はしたけど、前回の甲殻類縛りの階層案は良かったな。魔物の選択が面白かったぞ」

「今回はそれをより、突き詰めたものにしようと思っています」

「期待しているぞ。俺も負けない案を出さないとな」


 とは言ったものの、今のところ良い案が無いんだよな。

 最悪エリアスのように、評判は良かったけど落選したのを見直した改良案でいこう。

 となると森林による猿系軍団か、これまで通りに通路を岩とかで動きにくくさせて蛇やカエルや蛭やワニを使った沼生物奇襲階層か。

 いやいや、前回に考えはしたけど上手くまとまめられず、発表を見送ったスライム系オンリーの階層を見直そうかな。

 そう思いつつ司令室へ入ると、アッテムがこっちを向いた。


「あっ、旦那様。こっちは、異常無し、です」


 異常無しの報告を聞き、頭を切り替える。

 ここからは階層案については後回しにして、ダンジョン対応に集中しよう。


「ここまでの成果を教えてくれ」

「こちらに、まとめて、あります」


 報告書を受け取り、現状手に入った武器や防具、捕まえた冒険者達の詳細に目を通していく。

 捕まえた冒険者に一人強いのがおり、イータースライムの寄生候補として挙げられている。

 能力的に寄生候補として役立ちそうだから、承認と書き込む。

 残りの冒険者はリンクスが要求と書かれている一人を除いて、全員売却扱い。

 これらにも承認と書き込み、道具類も同様に目を通した上で承認していく。

 ただ、目に止まった防具が一つあったからそれは承認せず、売却に横線を入れて傍らに保管と記す。


「ありがとう。承認と訂正は入れておいたから、この通りで進めてくれ」

「分かり、ました」


 続いてダンジョン内の現状を確認。

 侵入中なのは五パーティー二十一人で、一番進んでいる五人組はダンジョンフロア・オブ・ザ・デッドを抜け、フロアリーダーの間に近づいている。


「ご主人様、追加で冒険者パーティーが侵入しましたが、一階層で全員死亡です」

「装備からして、駆け出し程度の冒険者かと」


 フェルトとミリーナからの報告に頷き、死体を手早く回収させる。

 駆け出しの持ち物じゃ、大した物は期待できそうにないな。


「一番進んでいる奴らはどうだ?」

「現在、フロアリーダーと交戦中です。状況はこちらに有利です」

「映してくれ」

「少々お待ちください」


 操作によって映像が表示され、初期の頃に死霊魔法で生み出したフレアゴーストが数回進化したプロミネンスリッチと、冒険者五人組が戦っていた。

 プロミネンスリッチは無属性物理攻撃だけじゃなく、火魔法も無効化する。

 しかもその無効化が吸収しても無効化で、吸収すればするほど強くなる厄介な魔物だ。

 おまけに火魔法や闇魔法を次々に繰り出し、近づこうにも本体そのものが高温の炎のため、生半可な武器では触れるうちに溶けてしまう。

 冒険者達もその熱さに苦戦しており、魔法使いが放つ水魔法でどうにか戦線を支えている状態だった。

 その水魔法すら、プロミネンスリッチの火魔法を消すと同時に蒸発してしまっている。

 しかもそれによって高温の蒸気が室内に溜まっていき、フロアリーダーの間がサウナのように暑くなっていく。

 プロミネンスリッチはそれに拍車をかけるように、魔法で火柱を出して室内の温度を上げた。

 暑さから逃れるため転移しようとしても、そこは転移妨害を施してある階層だから転移できず、早く倒そうと冒険者達は必死になっている。


『もう水魔法は使うな。余計蒸し暑くなるだけだ』

『でもあいつには火魔法は意味ないし、後は風魔法しか』

『バカ! 火に風を当てても、逆に火の威力が上がるだけだろ!』


 暑さで動きだけじゃなく思考も鈍ってきたようだ。

 この後、しばらく粘っていたけど最終的に動けなくなって、二人が死んで三人が熱中症と脱水症状で気を失った。

 死体の方は火魔法で焼けてゾンビとしての再利用が難しいから、使えそうな持ち物だけ回収して魔物に食わせよう。

 気絶しているのは熱中症と脱水症状がヤバそうだし、牢屋に入れたらミリーナに処置をさせよう。

 水と桶と布と、後は塩を用意しておけば大丈夫かな。


「ミリーナ、気絶した三人の処置を頼む。前に教えた通りだ」

「脇の下とか首回りに濡らした布を当てて冷やして、起きたら薄めの塩水を飲ませるんですね」

「そうだ、頼むぞ。それと抵抗されないよう、先に首輪を付けておくのを忘れるなよ」

「分かりました!」


 脱水症状の処置方法はプロミネンスリッチを指導している時、そうなる可能性を考慮して香苗に教えてもらった。

 さすがは元運動部だけに、こういう時の処置方法を知っていて助かる。

 こっちの世界は地上もダンジョンタウンも脱水症状なんてものが知られていないから、処置方法が知られていなかった時は焦ったぜ。


「では、行ってきます」


 対応に向かったミリーナを見送り、映してもらったダンジョン内の映像を消して見積書に目を通していく。

 今日これまでに手に入った装備品や道具、冒険者の売却金はこんなものかと思いつつ、視線をダンジョン内の別の映像に向ける。

 半月くらい前に従魔覚醒の熟練度が上がり、魔物達がさらに強くなった。

 その影響で下の階層に侵入する確率が右肩下がりになりつつあるけど、これもここを防衛するためだから仕方ない。

 それに下の階層へ侵入する人数が減っただけで、侵入者の人数まではそれほど減っていない。

 むしろ強い奴らが挑戦しに来て、手に入れられる装備品や道具の質は上がり、捕まえて奴隷として売却した時の価格も上がっている。

 要するには、収入は右肩上がりということだ。


「今月も好調だな」


 気分良く仕事をしていると、用事で出かけていたラーナが戻って来た。

 その用事というのは、不況の兆しが見えた第二エリアの現状確認だ。


「戻りました」

「おかえり。どうだった?」

「第二エリアでは店舗等の収入低下にによる給与の減額が進み、それに伴う消費の低下から値下げが相次ぎ、それが収入の低下を加速させています。この負の連鎖にエリア委員会も動いていますが、流れを止められていません」


 周囲に聞こえないよう、小声での報告はあまり良いものではなかった。

 先月辺りから顕著になってきたデフレの動きが、より活発になってスパイラルに突入している。

 おまけにオバさんの言っていた通り、向こうのエリア委員会じゃどうにもならなかったようだ。


「このままでは生活できないと他所のエリアへ移住したり、出稼ぎに向かう人が現れているようです」


 当然そうなるよな。

 いくら物価が下がっても収入まで落ちているんじゃ、いずれ限界が訪れる。

 そうなる前に逃げ出すか、他所へ出稼ぎに行くのは当然の流れだ。


「隣接する第一エリアと第三エリアは影響が及ばないよう、既に対応に乗り出しているようです。その甲斐あってか、現状で影響は出ていません」


 どうかこのまま、水際で食い止めてくれると嬉しい。

 こっちに影響が届かずに済むのもそうだけど、広がったら広がった分だけダンジョンタウン全体の経済にも影響が出かねない。


「問題なのは第二エリアですね。人の流出が相次いでいるので、エリア内での税収が減っているとか」


 加えて人が少なくなるって事は、そのまま消費の低下に繋がる。

 いなくなった人の分、消費が減るんだから。

 もしもこのまま負のスパイラルが進み続けたら、第二エリアはどうなるんだろうか。

 エリア限定の経済破綻とかになったら、他所のエリアが経済的に支援とか救済とかをするのか?

 過去の記録では経済破綻まではいっていないけど、今回はどうだろう。

 そういえば、普通の職業の人はともかく、ダンジョンマスターのような他所のエリアに行けない職業の人はどうしているんだろう。


「向こうのダンジョンマスターとかの情報を調べるのって、できるか?」

「それでしたら、私よりもイーリアさんの方が調べやすいでしょう。彼女は現在もダンジョンギルド所属の職員ですから、調べる手立てはあるはずです」


 おっしゃるとおりです。

 今はつい先集、リンクスと結婚したラビアさんが日用品を買いに行くのに付き合っていて不在だから、後で頼んでおこう。


「ご報告は以上になります」

「ありがとう。しばらく休憩していてくれ」

「分かりました。では、失礼致します」


 居住部へ向かうラーナに小さく手を振り、ダンジョンの仕事へ戻る。

 今度はダンジョン内の罠をチェックしていき、破損しているものを新品と交換していく。

 解除されたものは自然に戻るけど、壊されたものは交換する必要がある。

 さらに何度も使用していると耐久性が落ちていくから、それぞれの罠の耐久性も確認しておく。

 チェックに関してはコアから検索できるから、いちいち全部を調べる必要が無いから助かる。


「ご主人様。先ほどの冒険者の死体は死霊魔法でゾンビにした後、パンデミックにしておきました」

「うん、ご苦労様。フェルト、悪いけどここに書いてある武器と防具をアビーラの工房に届けてくれ。分別は済んでいる」

「分かりました。どの収納袋にありますか?」

「武器四番と防具三番だ。作る物はいつも通り、任せると伝えてくれ」


 最近は装備を充実させた侵入者が増えて、回収した武器や防具が良いってアビーラが喜んでいる。

 嬉々として回収品を受け取り、槌を振るう姿も生き生きとしてきた。


「旦那様。新型スケルトンの、戦闘がありました。こちら、報告です」

「おっ、ありがとう」


 新型と言っても、使う骨や骨の配置を細々と変えているだけ。

 それだけで新種認定の魔物ができるから、ダンジョンのために使える魔力も結構な量になっている。


「ローウィ、戻りました」

「お疲れです」


 育成スペースで魔物を鍛えていたローウィが槍を手に戻って来た。


「こら、危ないから武器は持って来るなって言っているだろ」

「あわわっ、ごめんなさい。つい」


 たまに訓練に熱が入り過ぎて疲れると、こういう事をする。 

 ここのところスケルトンが増えて、その指導を張り切っているせいか細かいミスが多い。

 その甲斐あって魔物は強くなっているけど、たまに魔物達から最近訓練が厳しすぎると泣きつかれている。


「ここ最近、そういうのが多いぞ。少し肩の力を抜いて、楽にやれ。でないと指導の時間を減らすぞ」

「気をつけます……」


 肩を落として居住部へ向かうのを見届け、一度育成スケジュールを確認した。

 スケジュールは押しておらず、順調に進んでいる。

 負担に関しても、生き残ってきた先輩魔物達と俺が指導に参加することで軽減している。

 それでいてあれだから、よほど気合いが入っているんだな。

 決して悪いことじゃないけど、それで大きなミスをしたら大変だから注意はしておこう。


(ローウィの育成予定を変更するか、無理矢理にでも外して一度力を抜いてもらうかな)


 それで効果があるかは不明だけど、今のあいつにはゆとりが必要だと思う。

 その分は、倒れない範囲で俺が受け持って、先輩魔物達にも協力してもらおう。

 負担は皆で分け合って、なんとかやっていくしかない。

 そう思っていた矢先の翌朝、ローウィが倒れたとの報せがアッテムよりもたらされた。


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