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第76階層 出会いの連鎖

涼「腐滅が暇だと喚いているから、パンデミックゾンビに持たせて冒険者と戦わせてやった」

腐滅『ブヒャヒャヒャヒャヒャッ! もっと血を湧き出せ、贓物を撒き散らせ!』

涼「かなり頭が痛くなった」


 俺とエリアスが披露宴をやった施設。

 そこの小さな一室でリンクスのお見合いは行われる。

 急遽準備したスーツで付き添いをしたリンクスのお見合い相手は、二十歳の狼人族の女性。

 狼人族と聞いて、凛々しい感じの外見を想像していたら、凛々しいどころかふんわりした雰囲気の人がそこにいた。

 体型もローウィのようにしっかり引き締まっているかと思いきや、ぽっちゃりというかむっちりしていて色香が溢れている。

 今はドレスを着ているけど、もしも着物だったら着こなし次第では扇情的という言葉が合うかもしれない。

 しかも外見はリンクスの好みドストライクのようで、さっきから頬を赤くしてポーッと相手を見続けている。

 そんなリンクスが振袖姿なのは、もう突っ込む気も起こらない。


「おい、しっかりしろ」


 小声で呼びかけて肘で小突くと、ハッとして現実に戻ってきた。


「は、初めまして、インキュバスのリンクスと申します」

「初めまして。狼人族のラビアと申します。本日はよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします!」


 あのリンクスがここまで動揺するなんて、アンノウンオーガの襲来やアグリの暴走事件以来だな。

 そしてお相手のラビアさんは、喋る速度が遅いというより緩い。

 喋り方までこうもふんわりしていると、どこぞの金持ちの箱入り娘なんじゃないかと思える。


「それじゃあ、しばらくお二人でお話をしているといいわ。行きましょう、ヒイラギ君」

「分かりました。リンクス、しっかりな」


 一声かけてシェリーさんと部屋を出て、施設のロビーへ向かう。

 空いている席に座り、見合い相手のラビアさんについて尋ねてみた。


「あの人は、リンクスの趣味をちゃんと知っているんですか?」

「勿論よ。種族とか見た目も含めて全部説明したら、向こうが乗り気になっちゃったの」


 向こうが乗り気になるってどういうことだ。

 女装趣味くらい気にしないっていうのなら分かるけど、何で乗り気になるんだ?


「ラビアちゃんはね、うちの店の常連で可愛い子が好きなの。それでリンクス君のことを聞いて、是非会いたって言いだしたのよ」

「確かにあいつ、外見だけだと美少女に見えませんもんね」

「彼女、結婚相手は可愛い子がいいって言っていたから、ちょうどいいと思って紹介してあげたの」


 話を聞く限りは大丈夫っぽいけど、実際に会ったらイメージと違うというのはよくあるから、まだ安心はできない。

 雇い主でありプライベートは友人である以上、どうか上手くいってもらいたい。

 尤も、こっちの世界の見合いは終わった時点で双方が相手に不満が無ければ、もうそこで結婚は決まったようなものらしい。

 今回の見合いが上手くいけば、独り者はアビーラだけか。

 そうなったら、地団駄を踏みながら悔しがるだろうな。

 あっ、でもそうしたらリンクスが飼っている女冒険者達はどうするんだろう。

 インキュバスだからと許可するのか、これを機に全員売り飛ばすのか。

 どっちにしても、ちゃんと話し合って納得する結論を出してもらいたい。

 そんな事を考えていると、シェリーさんの表情が真剣なものに変わった。


「ところでヒイラギ君。第二エリアにいる同好の士から聞いたんだけど、最近向こうで物価と一緒にお給料が下がり気味なんですって」


 この人の同好によるネットワークの広さは、どれだけなんだ。 


「ええ、俺も先日そんな話を耳にしました」

「やっぱり広まりつつあるのね。その子から、このままお給料が下がり続けたら、定期的に送ってもらっている服を購入できなくなるって言われたの」


 他所のエリアへの宅配サービスもしているのか。

 あれってエリア間の関税が掛かるし、そもそも手続きが面倒だって話なのに。

 しかも、物によっては検疫で厳しく調べられるらしい。


「このままお給料が下がっちゃったら、物が買えないから物価も下がるでしょうね。生産者さん達、買ってもらうために苦労しそうね」


 商品を買ってもらうためにすることといえば、なんといっても値下げ。

 そうなると生産者の収入が減ってしまい、やがてはやっていけなくなって廃業する可能性だってある。

 もしも農業がそうなったら食料自給率にも影響するから、他所のエリアからの支援がどうしても必要になるだろう。

 うちも副業で農業をやっているから、他人事とは思えない。


「仮にですけど、エリア内が経済的に破綻したらどうなるんですか?」

「分からないわ。そんな事、なった記録が無いもの」


 これまではなんとか凌いでこれたのか。

 だとすれば、今回もなんとかなってほしいものだ。


「もしもこのエリアまで余波が来たら、お互い頑張って乗り切りましょうね」

「そうですね。なんとか頑張りましょう」


 できればそんな余波は来ないでもらいたい。


「さて、リンクスの方はどうなっているかな?」

「どっちも出てくる様子がないから、話が盛り上がっているんじゃない?」

「だとしたら、この話は上手くいきそうですね」


 そうなると二人のその後次第では、部屋の調整をしておかないと。

 あっ、そういえば聞くのを忘れていた。


「ラビアさんは何の仕事をされているんですか?」

「彼女は劇場の売店で働いているの。私が劇を見に行った時に知り合って、服の話題で盛り上がったのが交流を持った切っ掛けね」


 劇場か。

 エリアスやイーリアとのデートで観劇に行ったことは何度もある。

 だけど、売店には必ず寄っているのにラビアさんを見た覚えは無い。

 売店で働く人はそう多くなかったから、見ていなかったりすれ違ったりする可能性はかなり低いと思う。

 となると、劇場が違うのか?


「劇場って、東通りにあるマハード劇場ですか?」

「いいえ、北通りにあるリザナ劇場よ」


 やっぱり違う劇場だったか。 

 第五エリアには二つ劇場があって、俺達が見に行っていたのとは別の劇場で働いているんだな。


「結婚後は仕事をどうするかとか、聞いています?」

「いいえ。上手くいくかどうか分からないから、聞かないでおいたわ」


 それもそうか。

 じゃあ上手くいった報告を聞いたら、そこの意思確認をしておこう。


「あっ、噂をすればね」


 シェリーさんが見ている方に視線を向けると、仲睦まじい様子のリンクスとラビアさんがいた。

 上機嫌なラビアさんがリンクスを背中から抱きしめる姿は、見ようによっては仲の良い姉妹に見える。

 姉弟ではなく姉妹に見えるのは、リンクスの外見と服装がアレだから仕方ない。


「リンクス君もラビアちゃんも、機嫌が良さそうね」

「だってリンクス君、こんなに可愛いんですよ。紹介してくれて、ありがとうございます」

「僕も、こんなに素敵な女性を紹介してくれて嬉しいです」


 どっちも相手を気に入ったようで良かった。 

 これならもう、結婚は決まったようなものかな。


「で、どうするの? このまま婚約交わしちゃう?」

「「是非!」」


 ほらみろやっぱり。


「だったら式の衣装はうちに注文してね。どっちもお得意様だから、サービスするわよ」

「そうですね。よろしくお願いします」


 ちゃっかり営業するとは、抜け目が無い。

 商人としては当たり前なんだろうけど、俺には簡単に真似できそうにない。

 というか、冷静に考えれば自分で紹介した二人が上手くいって、その二人に営業しているんだから、ひょっとして自作自演?

 まさかな。仕事が服飾関係だから、たまたまだよな。


「マスター、結婚後は彼女と居住部で暮らしたいのですが……」


 もうそんな話までしていたのか、聞く手間が省けていいけどさ。


「分かった、部屋の拡張しておこう」

「お願いします。それと地下で飼っている彼女達なんですが、今後も継続していきますのでよろしく」

「……いいのか?」

「はい。だってリンクス君、可愛くてもインキュバスじゃないですか。私一人じゃ、色々大変だと思うので」


 一人で相手するのは大変だから、飼うのを許したって訳か。

 まあ、今の状態の継続っていうのなら別に問題は無い。


「了解。ところでラビアさん、仕事はどうするんですか?」

「できれば、今のお仕事を続けたいんですけど、いいですか?」

「別に構いませんよ。同じような条件で住んでいる人が、既にいますから」


 フィラさんと同じ契約を結んでおけば、うちの居住部に住みながら今の仕事をできる。

 こういう時に契約魔法があるから、情報漏えいの心配をしなくていいのは助かる。


「そうですか。じゃあ、お金は生活費をお支払いすればよろしいですか? 家賃もいりますか?」

「生活費さえ払ってくれれば大丈夫です」


 家賃はダンジョンに関する税金と一緒に俺が払っているから、従業員やその同居人は気にしなくていい。


「それじゃあ、僕らはこのまま出かけてきます。付き添いありがとうございます、マスター、シェリーさん」


 見合いからそのままデートとは、なかなか攻めるじゃないかリンクスの奴。

 もう恋人繋ぎなんかして、楽しそうにしながらデートに行ってしまった。


「じゃあ、俺達は帰りますか」

「そうね。私達も手を繋いで帰る?」

「結構です」


 こんな人と変な噂が流れたら困る。


「あら残念。それじゃあ、気をつけてね」


 紹介した相手同士が上手くいったからか、機嫌が良いシェリーさんは鼻歌を歌いながら帰って行く。

 予定より早くお見合いが終わったし、帰る途中でベアングのおっちゃんの所にでも寄ろうと思って町中を歩いていたら、背後から視線を感じた。

 立ち止まって振り返ると、人ごみの中にいた誰かが慌てて物陰に隠れた。

 一瞬でよく見えなかったから、相手が小柄なのしか分からない。

 通行の邪魔になるからすぐに歩き出すと、同じ視線が付いて来る。

 尾行されるような事をした覚えは全く無いけど、向こうにはあるのかもしれない。

 ここは古典的な手だけど、角を曲がったところで待ち伏せしよう。

 近くの角を曲がってすぐに立ち止まって振り向き、相手を待ち伏せる。


「ひゃっ! あっ、わっ!?」


 角から飛び出した相手は、急に俺がいたから驚いてワタワタと慌てる。

 その相手は十代前半ぐらいの小柄なチャイナ服姿の少女で、額から角が生えているから鬼族かと思いきや、鬼族には二本あるはずの角が一本しか生えていない。

 これは確か、小鬼族だったかな。

 鬼族とは似て異なる種族で、特徴は一本しかない角と背丈が低いこと。

 さらに肉弾戦が得意な鬼族に対して、小鬼族は魔力に秀でて魔法が得意らしい。


「さっきから尾行していたみたいだけど、何の用?」

「えっ、えと、黙って尾行していたのは謝ります。ですが誤解しないでください。声を掛けるタイミングを計っていたのであって、悪気はこれっぽちもありません」


 看破スキルが無いから真偽は見抜けないけど、頭を下げて謝罪する様子は嘘を言っているようには見えない。

 だけど何の用で声を掛けようとしていたのか次第では、向こうに悪気は無くとも、こっちは悪気と捉えられる。

 という訳で、用件を追求しよう。


「改めて聞くけど、何の用だ」

「大した事ではありません。姉があなたに迷惑をかけたので、謝罪をしに来たのです」


 姉? 誰だろう。


「姉の名はヴァルアといいます。大変ご迷惑をかけたので、覚えていますよね」


 忘れるはずがないって、あの性悪ドライアドを。

 今は借金奴隷としてどっかで労働させられているらしいけど、こんな妹がいたのか。


「あんな姉ですけど一応血縁者ですので、代わりに謝罪をしようと思いまして」

「別に、気にしなくていいぞ」

「いえいえ、二度もあなたに迷惑をかけたようですので、謝らないと筋が通りません」


 義理堅い子だこと。とてもあの性悪の妹とは思えない。


「分かった。でもこんな往来で謝罪されても困るから、うちへ来い」

「よろしいのですか?」

「構わないさ。というか、直接うちへ行けばよかったのに」

「実はお伺いしようとしている道中で、あなたを見つけたもので……」


 それで声を掛けようとしたけどタイミングが見つからず、尾行するような感じになったのか。


「とにかくうちに来い。謝罪はそれからだ」


 ベアングのおっちゃんの所にはまた今度行こう。

 本棚を買おうと思ったけど、そんなに急ぐ物でもないから後日でいいや。


「分かりました。お邪魔させていただきます」


 再度頭を下げる、腰の低い小鬼族の少女を伴って帰ろうとしたところで、まだ名前を聞いていなかったのに気づく。


「ところで、君の名前はなんていうんだ?」

「申し遅れました。私、小鬼族のテルミアーナと申します。こんな見た目ですが、十八です」


 そんなこんなでテルミアーナを連れて帰る道中で話を聞くと、彼女は元々ヴァルアが副業で開いていた店舗の運営に関わっていたらしいけど、ダンジョンが攻略された後で勤め先だった店舗が買収され、そのまま解雇されてしまったそうだ。

 おまけに姉が暴走した挙句捕まったせいで、住んでいたエリアではどこにも雇ってもらえず、現在は実家に帰って腹違いの姉が継いだ農業を手伝っているらしい。


「実を言うと、こっちに来たのは就職活動も兼ねているんです。いつまでも義姉夫婦の下で、お邪魔しているわけにもいきませんから」


 他所のエリアなら、ヴァルアとの関係を知られずに働けるかもしれないと考えて、俺への謝罪ついでに仕事を探しに来たそうだ。

 しかし実家が農家で、そこで働いた経験があるのか。


「だったらうちの農場で働かないか? ちょうど人手が欲しかったんだ」


 実を言うと今回のリンクスの見合いの二日前、向こうで働いているネーナの妊娠が発覚。

 しかも悪阻が酷くてほとんど仕事ができず、しばらくの間ローウィを向こうへ派遣する方向で話が進んでいた。。

 そこへ転がり込んできた、農業経験者で就職活動中の彼女をスカウトしない手は無い。


「……いいんですか?」

「あいつの代わりに謝罪しに来るぐらいしっかりしているなら、真面目に働いてくれるだろう? 嫌なら別にいいけど」

「本来ならこれ以上の迷惑をかけないよう、お断りすべきなのでしょうが、エリアを越えるための関税でお財布が厳しいので、どうかよろしくお願いします」


 正直でよろしい。

 この後、帰宅した際にどこでその子をナンパしたのと先生にからかわれたから、ハリセンを縦にして振り下ろしておいた。


「では、改めて。この度は姉が多大な迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」


 直立不動から腰を曲げての謝罪を見ていると、元の世界の謝罪会見を思い出してしまう。

 さらに彼女はお詫びと仕事をくれるお礼と言って、ヴァルアが侵入者から奪って気まぐれでくれた槌を、収納袋から取り出して渡してきた。

 鑑定によるとそれなりの値段をする物で、叩きつけると指向性のある衝撃波を地面や壁に伝わせる効果があるようだ。


「それほど凄い物ではありませんが、渡せそうな物はそれくらいしかありませんので、ご勘弁ください」

「いやいや、これで充分だ」


 指向性がある衝撃波を放てるのなら、そこそこ使えそうだ。

 近接戦しかできない魔物にでも持たせてやろう。


「足りなければそれに加えて、私自身を差し出そうと思っているのですが、いかがでしょう?」

「それはいい。特に増やす予定は無いから」


 現状でも嫁が八人、愛人扱いの奴隷が五人の合計十三人もいるから、これ以上増えても困る。

 だからお詫びは真面目に働いて返せと話をつけ、看破スキルがあるエリアスを伴って簡単な面接を行い、雇っても問題無しと判断して雇用を決定。

 うちにおける奴隷に対するルールを教えると、彼女自身も前の勤め先では奴隷を丁寧に扱っていたようで、うちでの奴隷の扱いについてはすぐに馴染めそうだ。

 最後に雇用契約を交わした後、ちょうど農場に行くというローウィと一緒に現地へ行ってもらった。


「これでネーナの穴埋めはなんとかなりそうだな」

「良かったですね、募集かける前に人材が見つかって」


 全くだ。

 初めて人材募集した時のように、労働以外の目的で応募してこられたら厄介だからな。


「それじゃあ、俺はちょっと育成スペースに行ってくる。せっかくもらったハンマーだから、ちゃんと有効活用しないとな」


 まずはこれを一番扱えそうな魔物を選別して、使いこなせるように特訓しないと。

 今はローウィがいないから、俺が普段以上にしっかり魔物の指導をしないと育成に影響がでかねない。

 おそらくこれは、テルミアーナが向こうに定着するまで続くだろう。


「まっ、それまでは気張っていくか」


 もらったハンマー片手に育成スペースへ向かう。

 しかし思った以上に重いな、これ。


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