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第75階層 異世界でも金の動きは重要だ

エリアス「お腹が大きくなるので、帯の巻き加減に気をつけています」


 デフレの兆しが別エリアで発生したと聞き、過去に同じ事が起きたかどうかを調べてもらった。

 結果、過去にも同じような出来事が何度かあったのが判明した。

 そこで翌日、調べてもらったイーリア、総責任者の俺、ダンジョン運営責任者代行のラーナとアッテム、農業責任者のエルミといった、司令室に入っているアビーラを除く主要人物を集めて打ち合わせをすることにした。

 さらにオブザーバーとして、先生にも同席して貰っている。


「過去のデフレの影響は、どこまで広がったんだ?」

「最低でも、二つ隣のエリアまで及んでいます。最悪なのは、ダンジョンタウンほぼ全域ですね」


 だったら局所的で終わる、なんて都合の良いことは考えない方がよさそうだ。


「あのあの、お給料が減って物を買わなくなるのが切っ掛けなんですよね? 今回はどうしてそうなったんですか? うちの野菜を買われなくなったら、困ります。責任を取って辞任することになりますし、そこから離縁に発展して実家に帰って家族の冷たい視線を浴びて……」


 エルミは少し落ち着こうか。

 ネガティブ発言はいつも事だから置いておくとして、よほどのことをしでかさない限りは辞めさせる気は無い。

 離縁なんて以ての外だ。

 例え外堀を埋められての婚姻とはいえ、一度交わした婚姻をそうそう破棄するつもりはこれっぽっちも無い。


「エルミ、そんな事はしないから俯くのはやめろ。そして話を聞け」


 はいと返事をして顔を上げたものの、表情は曇っている。


「それで、今回のデフレの原因は分かってるのか?」

「いえ、そこまでの情報は入っていません」

「そもそも、不況の始まりだと、気づいていない、のかもしれません」


 うん、アッテムの言う通りかも。

 俺達だって先生に言われなかったら、絶対に不況の切っ掛けだとは気付かなかった。


「他のエリアへの影響は?」

「第五エリアを含め、まだ影響している兆しはありません」


 だったらまだ始まったばかり、という所かな。

 それなら慌てて対応したりせず、情報収集を欠かさないようにして警戒をするだけでいいだろう。


「とりあえず現状は様子見だ。集一で情報収集を欠かさず、影響が第四エリアに広がり始めたら対応することにしよう」


 今後の流れが読めない以上は、後手に回ろうとも様子見するしかない。

 さすがに経済に関しては無知だし、先生もデフレは知っていても経済的知識は無い。

 いざ対応することになったらオバさんを頼ってでも乗り越えて、雇っている皆と妻達を守ろう。

 皆も様子見の意見に賛成してくれて、ギルドへの情報収集は誰かに一任するんじゃなく、ここにいる先生除く五人がローテーションで行うことにした。

 アビーラを含めなかったのは、あいつにはちょっと抜けている部分があり、情報収集のような仕事を頼むのは不安があるからだ。

 ローテーションの順番を決めたら打ち合わせは終了し、エルミは農場へ戻って行った。


「エリアス、今度の定休日にロウコンさんの所へ行こう。知恵を借りるかもしれないし、もしもの事があったら義母さん達も困るだろうからな」

「分かりました。最近は調子も安定してきているようなので、ご一緒しますね」


 本人はそう言ってるけど、安定期にはまだ少し早いから念のためにミリーナも同行させよう。


「あの、大丈夫ですよね」

「まだ影響は第二エリア内だけみたいだし、情報収集は欠かさないようにする。それに、ある程度の金は溜まっているから慌てなくとも大丈夫だ」

「ある程度どころか、結構な額になってますよね」


 何かあった時の備えと、たくさん生まれるであろう子供の養育費のために溜めているからな。


「そういう訳で、しばらくは様子見だ」

「そうですか。しかし今回の件が本当に不況の始まりなら、第二エリアにいる人達が他のエリアに移住するか出稼ぎをする可能性もありますね」


 給料が下がって生活が苦しくなれば、そうなる可能性が高いな。

 もしも本当にそうなったら、第二エリアの税収が厳しい事になりそうだ。

 人口低下がエリア全体の税収の低下に繋がることくらいは、俺にだって分かる。

 そうなる前に第二エリア内で解決してほしいと思いつつ、後日オバさんを尋ねてその事を話すと、それはありえんなと言われた。


「何故でしょうか? さすがに不況なら、エリア委員会とかも動くでしょう?」


 自分達の生活にも直結するから、何かしらの動きはとるんじゃないのか?


「そのエリア委員会の連中がボンクラなんじゃ。腰は重いし、楽観的じゃし、責任逃れのために我関せずという顔をするし」


 あっ、これ前に何かあったんだな。

 めっちゃ不機嫌だし、八つ当たりするように煎餅かじってるし、隣にいるリュウガさん苦笑いしているし。


「とにかく! 第二エリアの連中に期待するのはやめておくのじゃ。よいな!」

「はい」


 勢いに押されて返事をしちゃったけど、本当に期待出来なさそうなのは、うんうんと頷くリュウガさんの様子からも察することができた。


「しかしデフレのう。ヒイラギの世界には不況に関する言葉まで存在するのか」

「正確には不況の原因に関する言葉なんですがね」

「まあ、今はそんなことはどうでもいい。それよりも、報告に感謝するぞ」

「いえいえ。身内として、情報の共有はしておくべきですから」


 さらに言えばこの人独自の情報網から、もっと早く不況の波を察することができるかもしれないという打算もある。

 せっかくエリアマスターで、エリア委員会にも顔が利く身内がいるんだから、協力してもらわない手はない。


「しかし不況とは厄介じゃの。力づくで解決できんし、ちょっと金をばら撒けば解決する問題でもないし、ちょいと殺気を込めて睨めば引き下がるようなものでもないしの」


 この人は今まで直面してきた問題を、そうやって解決してきたのだろうか。


「ヒイラギよ、そのデフレとやらの解決方法は知らんか?」

「世の中の金の回りが良くなること、だそうです」


 先生曰く、結局は金の動きの停滞が原因だから、金の動きが活発にならないと不況は脱しないらしい。


「金の回りか……。そうなると、エリア全体の経済の活性化が必要じゃな。しかも祭りや催しのようなものでは、一時しのぎにしかならなそうじゃし」


 まさか不況が終わるまで祭りをする訳にもいかないもんな。


「ちなみにこのエリアの景気って、どんな感じなんですか?」

「第五エリア全体で言えば、可もなく不可もなくという感じじゃな」


 全体的に質を追求し、安くとも品質の高さには自信のある品物が豊富にある。

 ただ、目玉的特徴が無いため、全エリアの中では中間くらいをうろうろしている。

 それが第五エリアの経済的特徴で、全エリアにおける経済順位らしい。

 でもこれは、あくまでこれまでの話だという。


「お主が来て異世界野菜や我の店で出している異世界料理が広がり、調味料や調理器具も広まった。お陰で経済的にも上向きになっておりそうじゃし、他所のエリアを抜きそうな勢いじゃ」


 あれ? なんかそれ聞いたら、不況の波も今のままでなんとかなりそうな気がしてきた。

 いやいや、素人判断は駄目だ。そもそも不況になったら、その好景気も収まってしまうかもしれない。

 

「それが下火になる可能性は」

「充分にあるじゃろうな。だからといって無暗にお主の知恵を借りて種類を増やしても、活性化に繋がるとは限らんじゃろうし」


 そういうものなのか。


「ともかく、今は様子見をしつつ情報収集を怠らないのが一番無難じゃろう。第一エリアと第三エリアに広がるのは防げんじゃろうが、そこの奴らはそこそこできるし、なんとかなる可能性はある」


 第一エリアのエリアマスターは気に食わんがな、と付け加えて煎餅を噛み砕く。


「話は戻るが、デフレとやらに関しては我らの間だけの話にするぞ。無暗に広げて不安を煽るのは好ましくないし、現状ならエリア委員会で取り上げる議題でもないからの。分かったな」

「はい、分かりました」

「じゃが、エリア委員会の会長にだけは我から伝えておく。あいつならば警戒心が強いし、何かあったらすぐに対応するじゃろう」


 その辺はよく分からないけど、エリア委員会についてはオバさんに任せておこう。

 俺にできるのはここまで。

 後は予定通り、集一で情報収集しながら様子見をしていこう。


「さてと、堅苦しい話はここまでじゃ。エリアス、体調はどうじゃ?」

「最近はようやく落ち着いてきた感じですね。初めは死ぬかと思いました……」

「つわりが結構酷かったもんな」


 それが原因で食欲が落ちたのは、オバさんからのアドバイスで少量を数回に分けて食べる事で解決した。


「ですが、お肉が焼ける匂いは未だに少し気分が悪くなります」

「それで食事に肉が出るのが減って、ローウィが落ち込んでたな」


 そのため先にエリアスが食事をして、部屋に戻った後でローウィ用に肉を焼くというルールができた。


「うむ、気をつけておるようじゃの。腹の子も大事じゃが、己の身も大事にするんじゃぞ。せめて五人は孫の顔を見たいからの」

「ご、五人ですか。頑張ります」

「よし言ったな、覚悟しておけ」

「はっはっはっ。この調子なら本当に五人いきそうだな」


 暢気に笑うリュウガさんとオバさんとの間には娘が三人だけど、他の奥さんとの間には五、六人の子供がいる。

 他の奥さん達は副業の方の管理を任されているようで、会ったことはほとんど無い。

 何人かは子供も含めて、どうしてエリアスが俺の嫁なんだという顔をしていたけど、その場はスルーして後でこっそりオバさんとリュウガさんに伝えておいた。


「他の嫁や愛人との間に、子はできたか?」

「今のところ兆候は無いですね。こればかりは運任せとも言えますから、気長に待ちますよ」


 できやすくなる薬があるとユーリットには言われたことがあるけど、それはそれで不自然だと思うのと、薬によって母体に負担がかかったり、妙な作用が出たりしたら嫌だから丁重にお断りしておいた。


「そうか。まあ、エリアスとの子はできたから、他が少々遅くとも周りは何も言わんじゃろう」


 できていなければ、何か言ってくる可能性があったってことか。

 立場を考えれば仕方のない事とはいえ、面倒なことだ。


「くっくっくっ。いやすまん、外堀を埋められたと相談しに来た時の話を、つい思い出してしまったわい」

「思い出さないでください。永遠に忘れ去りたい過去ですから」


 あれはどう考えても黒歴史でしかない。

 まさかああやって外堀を埋めようとするなんて、誰が考えるんだ。

 どうされたのかは、知らない人には想像にお任せする。

 あれを語るのは、当事者として嫌だ。

 かくいうオバさんのアドバイスも、もうもらっていいんじゃね? 的な感じで使えなかった。

 まあ、結局もらっちゃったんだけど。


「後になって、協力してしまった事に後悔しています」


 エリアスは悪くない。

 悪いのは計画した戸倉と、悪乗りして加担した先生と、何故か積極的に参加したラーナとヴィクトマだから。


「今思えば、なんであんな事をしてしまったのでしょうか……」


 ミリーナも落ち込む必要は無い、お前も口車に乗せられただけだから。

 というか主犯格の四人以外は誰も悪くない。

 少なくとも俺はそう思っている。


「ふむ……。ヒイラギ君と関係を持てたことは?」

「後悔していません」


 その即答はとても嬉しいから、ありがたく受け取っておこう。


「ならば忘れることだな。ヒイラギ君とて、いずれは今のような関係になると思っていたのだろう?」

「そうですね。それがとあるアホのせいで早まっただけ、そう思っています」

「彼もこう言っているんだ。過程は忘れて、結果を素直に受け止めておきなさい」


 さすがはリュウガさん、大人の男だけに頼りになります。

 できることなら、こういう父親であり大人の男になりたい。


「はっはっはっ、私生活の方は問題無いようじゃな。仕事の方はどうじゃ?」

「ボチボチですね。特別増えている訳でも、減っている訳でもなくです」


 収入的にも侵入者の人数的にも、ここ最近は横ばいで安定している。

 低い位置での横ばいなら運営を見直すけど、それなりに高い位置での安定だから、現状ダンジョンにテコ入れの予定は無い。

 ただ、新しい合体魔物や変形魔物の考案、進化形の調査や次世代部隊の育成とかは継続して行っている。


「我の方は若干落ち込んでいての。何かテコ入れを考えておるところじゃ」

「テコ入れは難しいですよね。やってみたら失敗して、前より悪化する恐れもありますから」

「あるのあるの。我も若い時、もっと侵入者を呼び込むためにテコ入れをしたら、逆に侵入者が減って収益が落ちてしまった経験があるのじゃ」


 長くやっていると、そういう経験もするもんなんだな。


「一番拙かったのは、攻略難度を下げれば人が来るんじゃないかと浅はかな考えをして、危うく本当に攻略されそうになったことじゃ」


 それで攻略されたら、目も当てられなかったろうな。

 実行するまでは良い案だと思っていたのに、いざやったら浅はかで考えの足らなさを突きつけられるのは、どんな仕事であっても経験することだ。

 俺も元の世界にいた頃、バイト先でよかれと思ってやった事が、後になって先輩から大目玉をくらった覚えがある。


「攻略難度に関しては、俺も以前にイーリアから難度を下げるのを打診されましたよ。でも皆と過ごすあの場所を奪われるのが嫌で、誰も来なくなるのも構わず防衛を優先しました」

「それもそれで必ずしも良いとは限らんぞ。そういう意味では、お主は運が良かったの」


 その通りだから否定できない。

 従魔覚醒スキルの影響を受けた魔物が戦闘力だけじゃなく、素材としての品質も向上していたお陰で侵入者が来てくれているから、防衛の意味でも集客の意味でも従魔覚醒スキルには助けられっぱなしだ。


「その運に見放されても大丈夫なように、しっかり仕事をしますよ」

「うむ、それで良い。運ばかり頼りにしていては、運営などやっていけん。寧ろ運が無い時ほど、本当の力を試されるからの」

「同感です」


 力っていうのは統率力とか指揮力とか采配とか色々あるんだろうけど、運以外の要素を試されることは何度もあるんだろうな。

 これまでだと、ダンジョンに限定すればアンノウンオーガやトリニティアルの女騎士との戦いが、それに当てはまるだろう。

 どっちも少なくない被害を出して、アンノウンオーガの時は当時主力だったバイソンオーガが刺し違えてようやく勝って、トリニティアルの女騎士の時はエレンが切り札を使って勝てた。

 そういう意味じゃ、俺の力はまだまだなんだろう。


「これからも精進します」

「その精進は後継者に後を託すまで続くと思え。下手をすれば、一生ものじゃぞ」

「分かっています」

「よろしい。困ったことがあれば、いつでも相談に来い。運営内容に関する事以外なら、教えてやろう」


 内容に関しては、契約によって喋れないからな。

 下手な情報漏えい対策よりずっと有効だよ、魔法で縛るのって。


「その時は頼りにさせてもらいます」

「うむ。ガンガン頼るといい!」


 ガンガン頼るのは、ちょっと情けないから避けたい。

 けれど、使えるものは使わせてもらう。

 少しでも攻略される可能性を下げるのと、運営不振で倒産するのを避けるために。


「早速ですが、資金運用についていくつか質問が」

「それについては我よりリュウガの方が良いじゃろう。頼めるか」

「任されよう。それで質問は何かね?」


 頼りにしたらいいとか言っておいて、いきなり他人任せか。

 心の中で文句を言いながら、リュウガさんから資金運用について質問をして助言を貰う。

 その後はオバさんに薄焼き卵で包むタイプのオムライスを披露して、姪達と少し遊んでからおいとまさせてもらった。

 そして帰ったら、リンクスが苦笑いしながら報告してくれた。


「来集、シェリーさんに紹介してもらう女性とお見合いすることになったので、付き添いをお願いできませんか?」


 お見合いはともかく、付き添いの時の服装はどうしたらいいんだろう。


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