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第73階層 夜間業務は何事も無ければ暇でしかない

アビーラ「新作の武器がネタに走り過ぎて没になったっす!」


 この度、ユーリットの婚約者である小人族のフィラさんがうちに引っ越して来た。

 背丈は身長百四十センチぐらいのユーリットよりも小さい、百三十センチ前半ぐらいしかない。

 どっちも既に成人しているのに、身長のせいで小学生カップルにしか見えない。

 身長を除けば外見は普通の人とそう変わりなく、あえて言うなら両目の辺りに小さな模様のようなものが浮かんでいるくらいか。


「初めまして、フィラと申します。皆様と同じ職場で働くわけではありませんが、夫共々楽しく共同生活できればと思います」


 深々と頭を下げて礼儀正しく挨拶を様子から、腰の低い人だと分かる。

 だけど、まだ正式な夫婦じゃないだろ?

 夫共々は、少し気が早い。


「こちらこそ、よろしくお願いします。早速で申し訳ありませんが、こちらの誓約書二枚に署名と血判をお願いします」


 この誓約書は、居住部で共同生活はするけど司令室や育成スペースには入らず、ダンジョン運営には関わらないというもの。

 これを交わさないと、ここでの共同生活は認められない。


「承りました。何か書く物を貸してくれませんか?」


 用意しておいた筆を渡すと、やたら達筆な字で署名をして指に傷を付けて血判を押した。

 その傷にはユーリットがフィラさんの手を取って、自作の軟膏を塗る。

 互いに笑みを浮かべながら薬を塗る姿は、どこか微笑ましい。


「ありがとうございます。フェルト、悪いけどこれを住人管理ギルドに届けてくれ」

「承知しました」


 控え用に一枚はうちで保管して、もう一枚は住人管理ギルドに提出するためフェルトへ渡す。


「住所変更は済ませましたか?」

「はい。先日済ませておきました。それと敬語は結構ですので、普段通りにお願いします」

「そう言うのなら遠慮なく。という訳で皆、フェルトが戻ったら歓迎会やるぞ。準備にかかれ」

『はい!』


 号令をかけるとユーリットとフィラを除く、全員が一斉に動き出す。

 香苗達奴隷メンバーは野菜を切りだし、アビーラとローウィは寝かせておいた生地を広げていき、リンクスとラーナは塗るソースを準備し、イーリアとアッテムはチーズを細かく刻み、俺とエリアスはアビーラ策の窯を温める。

 その様子をフィラさんがポカンとしながら見つめ、今日の主役は君だからとユーリットが席を勧める。


「あの、凄い一体感ですね」

「前にも説明したけど、マスター様の方針でここで暮らす人達は奴隷であろうが何であろうが関係なく、対等に付き合うからね」


 説明はしていたみたいだけど、実際に目にして驚いているってところかな?


「ところで、皆さんは何を作っているのですか?」

「ああ、あれ? 最近巷で話題になっているピザを」

「ピザを作っているのですか!」


 なんかメッチャ食いついてきた。

 満面の笑みを浮かべ、キラキラ輝いていそうな目を俺達へ向けている。


「あれは素晴らしい食べ物です! 熱せられて溶けたチーズが様々な具材に絡み、それらが土台のパンの上で一つにまとまり、渾然一体となった味が広がっていく。初めて食べた時には、とても感動しました!」


 しかも凄く気に入ってらっしゃるご様子で。


「この歓迎会は、具材とソースとチーズを好きに組み合わせて焼いたピザを食べようって趣向なんだよ」

「素晴らしいです! 今日はこれ以上ないほどの吉日です! ユーリット君と一緒に暮らせて、しかもその歓迎会で好みのピザを作って食べられるなんて!」


 あの様子を見ていると、イーリアが崇拝の眼差しを向けているのを思い出す。

 そんな事を考えながら準備を整え、フェルトが帰って来てから開催されたピザパーティーは、かなり盛り上がった。

 特にイーリアなんか、これでもかとチーズとコーンを乗せ、それを嬉々として食べていた。

 それとフィラさんは小柄な割に結構な量を食べ、この中では一番たくさん食べてみせた。


「ユーリットは、あの食事量を知ってるのか?」


 片付けの最中にさりげなく聞いてみると、ユーリットは頷く。


「はい。食べる姿もその時の笑顔も可愛らしいでしょう?」


 だらしない表情で惚気るとは、心底惚れているんだな。

 でも確かに、美味そうに食べる様子は見ていて気持ちが良かった。

 食費に関しては、彼女の給料から生活費を出してもらえる事になっているから、心配する必要は無い。


「大事にしろよ」

「勿論です」


 断言しておいて大事にしなかったら、全力でぶん殴ってやろう。


「それじゃあ皆、俺はもう寝るから後は頼む」

「今夜は夜勤でしたね。どうぞごゆっくり」


 一礼するイーリアに見送られて部屋に戻り、眠りに着く。

 最初の頃は早めに寝るのに慣れなくて寝つきが悪かったけど、今じゃ普通に眠れる。

 そして夜勤開始、つまりは日付が変わる少し前に起きて隣に眠るエリアスに毛布をかけ直し、部屋を出たところで一緒に夜勤をするリンクスと遭遇して目を疑う。


「リンクス、着ているそれはどっちに聞いて作った」


 大方の予想は出来ているけど、聞かずにはいられなかった。


「これですか? これはトクラさんでもサトウさんでもなく、ミヤタさんからですよ?」


 香苗からとは珍しい。

 巫女服だから、いつも通り戸倉か先生のどっちかだと思った。

 朝になったら香苗に聞いてみようと思いつつ司令室に入り、いつもの席に着いて地上と繋がる前の準備を進めていく。


「地上と繋がる三分前です。魔物達の配置は完了しています」

「分かった。時間的に侵入者が入ってくる可能性は低いけど、気を抜かずにいこう」

「はい」


 それから三分後に地上とダンジョンが繋がり、仕事が始まった。

 現状ダンジョン内には誰もおらず、定休日前に入って残っていた侵入者達は、既に帰還しているか死んでいるか捕まえてある。

 無人のダンジョン内に侵入者が来るのを待っている間に、コアを操作して魔物の状態を表示させ、先日進化したライトニングアラクネの状態に目を通す。


(うん、喋れるようにはなったみたいだな)


 上半身が人間のアラクネだけど、進化した当初は何故か喋ることができなかった。

 困った時のイーリア頼みと相談すると、決して珍しい現象ではないと言われた。

 というのも、喋れない魔物が進化して喋れる魔物になっても、魔物自身が喋るという行為に慣れず、喋りたくとも喋れない場合があるらしい。

 これは喋る練習をすればいずれ解決すると説明され、ローウィの育成計画に喋る練習を加えておくことにした。

 その甲斐あって、まだゾンビのように濁音多めでたどたどしいけど、どうにか喋れるようになった。


「マスター。野犬が二頭ほど入ってきましたが、スローゴブリンとスライムによって倒されました」

「野犬じゃ毛皮も売れないから、魔物達で食ってよし」


 せめて狼なら毛皮が売れるんだけどな。

 野生動物で一番欲しいのは、食べられて毛皮も売れる熊や猪、大きさという点を考慮しなければハクビシンやウサギも有りだ。

 最初にハクビシンを食べた時は怖々だったけど、食べてみると意外と美味かったのを覚えている。


「次に食えそうなのが侵入してきたら、そいつの肉でシチューか鍋でも作ってもらうか」


 なんとなく、煮込み系が食べたい気分だ。


「いいですね。僕はウサギ肉のシチューがいいです」

「俺は猪の鍋だな。締めはうどんで」

「猪だったらアレが食べたいです。前に作ってくれた、生姜焼きっていうの」


 そうそう、ちょっと臭みがありそうだから、生姜で臭みを消せばって思ってやったんだよな。

 漬け込む時間が長くてちょっと濃い目だったけど、結構美味かった。


「そういえばサトウさんに聞いたんですけど、マスターのいた世界には、熊の手の煮込みっていう料理があるんですよね?」

「あるけど作り方が分からない。かなりの高級料理なのと、作るのにかなりの手間暇がかかるっていう事しか知らない」


 所詮俺が作れるのは、作り方が乗っている料理漫画を何度も読んで覚えた物と、他は簡単な物ばかり。

 そんな高級料理とは無縁だ。


「じゃあ食べられないんですね。ちょっと興味があったんですが」


 さすがに熊の手の煮込みはレベルが高すぎる。

 作り方を知っていたとしても、上手く作れる自信がこれっぽっちも無い。

 俺の腕じゃ、精々チャーシューがいいところだと思う。


「そうだ、熊で思いだしたんですけど」


 熊で思い出すような物ってなんだ。

 収納袋に手を入れて何かを探している様子を不安混じりに見ていると、取り出された物は予想外の物だった。


「見てください! ミヤタさんから教わった、動物型の着ぐるみパジャマです!」


 本物っぽさが欠片も無い、可愛らしさ一色の熊の着ぐるみパジャマを自慢気に掲げる。

 そういえばあいつ、意外とこういうのが好きだったっけ。

 修学旅行に持って行って、話のネタにされていた記憶がある。


「近々シェリーさんの店で販売予定です」

「売り出すのが決定済み!?」

「これを見せた瞬間、脳天に雷が落ちたって言ってました」


 売れるかな、これ?

 だってここには熊人族や兎人族や犬人族と、あらゆる種族が存在している。

 わざわざこんな物を買うだろうか。


「勿論、これは以前に交わした契約に基づいて、ちゃんとお金も振り込まれますよ」


 それは構わないんだけど、そもそも売れるかどうかが疑問なんだが。

 この時の俺はまだ知らなかった。

 後に着ぐるみパジャマが爆発的にヒットして、数年後にはシェリーさんが他のエリアに支店を出すほどになるとは。

 そうとも知らずに着ぐるみパジャマが売れるかどうか疑問に思いつつ、リンクスと会話をしながら夜勤の仕事をこなしていく。

 だけど侵入してくるのは夜行性の野生動物ばかりで、そいつらは一階層の魔物達に瞬殺されていく。

 今日最初の侵入者が現れたのは、夜が明けた頃だった。


「侵入者を確認。人数は六、装備からして前衛四の後衛二。まずはナイトバット部隊が攪乱してからの、投擲部隊とマーメイドによる遠距離攻撃をする」

「了解です」


 底が泥になっている水浸しの足場と隆起した岩で思うように進めない中、攪乱と遠距離攻撃で足止め。

 そっちへの対処に気を取られている隙に、水中から接近するスライムとパラライズスネーク、壁の岩に擬態しているロックスパイダー、天井を這って接近するキラーアントが、呼吸を合わせて一斉に奇襲をかける。

 これにフェイントや時間差を使ったり、ゴーストが絡んで混乱させたりと、最初の頃に比べて奇襲部隊のバリエーションも増えてきた。

 しかし今回の冒険者達はそれに冷静に対処し、適確に対応していく。


「ミストスライムに霧を発生させろ。その隙に魔物達は退避だ」

「分かりました」


 被害を抑えるため、視界を奪って魔物達を下がらせる。

 索敵対策のお陰で追い討ちをかけられることも無く、無事に退避は完了。

 態勢を整えて再度の攻撃に移る。

 例え倒しきれなくとも、こうして何度も奇襲をかけていれば、次はいつかと休む暇を与えないことに繋がるから無意味じゃない。

 相手を休ませて余裕を与えないことで肉体と精神の疲労を誘い、集中力や思考や冷静さを鈍らせる。

 実際今回の侵入者達は途中で冷静さを欠き、連携を崩れた隙を突かれて全員死亡した。


「おはよう、ございます。ミーティングの、時間です」


 おっ、もうそんな時間になったのか。

 司令室に入ってきた皆を前にミーティングを行い、夜勤の報告をして引き継ぎをする。

 その後は皆に任せて居住部に戻ると、エリアスがテーブルに朝食を並べていた。


「動いて大丈夫なのか?」

「大丈夫です。ちょっと心配し過ぎですよ」


 初めての経験なんだから大目に見てくれ。

 子供もエリアスも両方心配だからこそ、つい気になっちゃうんだ。


「そんじゃ、食ったら少しばかり寝るぞ」

「はい。いただきます」


 眠る前だから軽めの食事を取った後は、部屋に戻って横になる。

 ずっと眠気を我慢していたから、すぐに眠りに就いた。

 やがて目が覚めたら、傍にエリアスが座っていて頭を撫でていた。


「ん……。おはよう」

「おはようございます。もう起きますか?」

「ああ、充分に寝られた」


 スッキリした気分で体を伸ばしてエリアスと部屋を出ると、先に起きていたリンクスが先生にお茶を貰っていた。


「あっ、おはようございます」

「おはよう。調子はどうだ?」

「スッキリとしていい感じです」


 やっぱり夜勤明けの後の睡眠は気分が良い。

 普通はしばらくボンヤリしている頭がハッキリしていて、リンクスの言う通りスッキリしている。

 でもその前に、乾いた喉を潤したい。


「俺にもお茶をくれ」

「ちょっと待っててね」


 厨房へ引っ込んだ先生は、すぐにお茶を持ってきてくれた。

 それで喉を潤しつつ、司令室入りの時間までのんびり待機する。


「そういえば、リンクスはいい人を見つけたのか?」


 これにリンクスは苦笑いしつつ、首を横に振る。


「全然ですね。外見のせいか、女性より男性の方から声をかけられることが多くて」


 自覚していながらも女装しておいて、よく言うよ。

 というか、自分からは声をかけないのか?

 肉食系っぽいインキュバスの割に草食系……という訳でもないか。

 あれだけ女冒険者を飼っているんだから。

 いやむしろ、そういう遊び相手がいるから外では控えめなのか?


「年齢的にも、そろそろ嫁さん貰っとけ」

「そうですよね。でもこういう趣味だから、それを受け入れてくれる人がいるかどうか」


 問題はそこなのか。


「だったらシェリーさんやエリーゼさんの奥さんに相談して、許容してくれる相手を紹介してもらうか?」


 同じ趣味の人に嫁いでいる人達がいるんだから、その人達に相談すればリンクスを許容してくれそうな子の一人や二人くらい、紹介してくれるだろう。


「言われてみればそうですね。なんで気づかなかったんだろう」


 理由はどうでもいいさ。

 とりあえず、それで切っ掛けを掴んでくれ。


「さて、そろそろ司令室に行くか」

「そうですね。緊急事態は起きていないみたいですけど、問題が起きていたらどうしましょう」


 前フリになりうるから、そういう事はできれば言わないでくれ。


「マスター、さん! なんとか、してください!」


 ほらみたことか。

 司令室に入った途端にアッテムが泣きついてきた。


「何があった。強い奴が来て攻略されそうな勢いか? それとも変な魔物でも侵入してきたか?」

「どっちでも、ありません。ロードンさんが、久方ぶりに、侵入者を血祭りにあげたいと、駄々をこねているん、です」


 あいつは……。うちの最後の砦だという自覚はあるのか。

 でもまあ、最後に侵入者と戦わせてからだいぶ経つし、要望に応えて戦わせてやるか。


「分かった。侵入者がフロアリーダーの間に近づいてる階層はあるか?」

「えっと、四階層が、もうすぐ辿り、着きそうです」

「そこにいる奴とロードンを交代させてやれ。んで、今日はもうそこに配置したまま、好きに暴れさせておけ」

「分かり、ました」


 指示通りにロードンが配置されると、そこからはもう無双タイムだった。


『はっはっはっ! どうしたどうした! この程度では肩慣らしにもならんぞ!』


 決して弱くない侵入者達が、まるで赤子のようにひねられていく。

 立派な防具や武器があっさり破壊されていき、大事な収入源でありダンジョン強化に繋がる品がどんどん失われていく。

 こうなると分かっていても、いざ目の当たりにすると気が滅入る。


『こんな浅い階層に、どうしてこんな強いのがいるんだよ!』


 文句は尤もだけど、こればかりはこっちの采配なんで恨まないでほしい。


『やっぱりやめとくべきだったのよ! 三階層で引き上げていれば、こんなことにはならなかったのに!』

『今さら文句言っても仕方ないだろう! おい、転移石はどうだ!』

『駄目みたい。ここは転移妨害区域だわ』

『くそっ、あれを倒すしかないのか……』


 それができれば苦労はない。

 ロードンを倒すなんて、こいつらにはとても無理そうだ。


『その意気やよし! 全力で相手になろう!』


 意気揚々とそう言った直後、あろうことかロードンは龍魔法を放った。

 直前で音声を切るのが間に合い、司令室内に轟音が響かずに済んだけど、これはちょっとオーバーキルだろう。

 しかも武器や防具以外の持ち物さえ、跡形も無くなっている。


「どう見てもオーバーキルね。どうする、涼君」


 皆との結婚を機に、香苗達は正式に俺の愛人になって関係を持った。

 それ以来、戸倉と先生も俺を名前の方で呼んでいる。


「もうあいつの時は諦めてるから、放っておく。あそこに辿り着くまでに少しでも多く稼げるよう、こっちの指揮でなんとかするぞ」


 溜め息でも吐きたい気分でそう告げて、少しでも稼ぐために指示を出していく。

 だけど今日の分の収入が、普段より少なくなるのは覚悟しておこう。


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