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第70階層 挙式

エリアス「私達は永遠の愛を」

涼「誓います」



 今の俺はこれまでの人生で一番緊張してると断言できる。

 いざ結婚式当日になると、気持ちも思考もこんなにガッチガチになるのか。

 衣装を着て控え室でエリアスを待っているだけで、まだ会場入りもしていないのにとても緊張している。


「安心してください主様。主様よりもエリアス様の方がずっと緊張していますから」


 護衛も兼ねて俺の傍にいるローウィの、当事者じゃないゆえの余裕の笑みにちょっと苛立つ。


「どれくらい?」

「腕と脚の関節が固まったように、一つ一つの動作がガチガチで表情も強張ってました」


 その様子が容易に浮かぶな。

 まっ、あいつの生い立ちを考えれば仕方ないか。

 そもそも、こんな日を迎えるなんて思ってもみなかっただろう。

 早くも嬉し泣きしてメイクしているダグラ……じゃなくて、エリーゼさんを困らせているかもしれない。


「マスター……」


 なんだか困った表情でリンクスが控え室に入ってきた。

 当然ながら女性物の服装をしていて、それがやたら似合っている。


「早くもエリアスさんが嬉し泣きをして、メイクが出来ないとエリーゼさんが困っています」


 やっぱりか。ここは俺が行って慰めるべきか、それとも待つべきか。

 うん、ここはメッセージだけ送っておこう。


「ラーナ、悪いがエリアスに伝えてくれ。俺も凄く嬉しい。だけど、どれだけ嬉しくても泣き顔は見たくないから、早く涙を拭って最高の笑顔を見せてくれって」

「承知しました、マスターヒイラギ」


 ああ、なんか普段は絶対に言わなそうな気障ったらしい台詞を吐いた気がする。

 端っこで控えている香苗と戸倉、ニヤニヤするな。先生も生暖かい目で見ないでくれ。そんでユーリットは参考になるなって頷かないでくれ!


「あの、披露宴で私達が親族席に座って、本当に良いのですか?」


 着飾ったイーリアが困惑した表情で尋ねてきた。

 普段はスーツみたいな服装ばかりだから、そういう衣装はなんだか新鮮だ。


「いいんだよ。俺の家族はここに居ないから、家族になる奴を座らせたいんだ」


 そもそも、長い間共同生活を送ってきた皆とは、もう家族みたいな感覚になっている。

 少なくとも、後日式を挙げるイーリアとネーナは家族になるのが内定しているし、アッテムやローウィやラーナ、それと農業組のエルミとヴィクトマは、周囲からすれば四番目から八番目の嫁候補って認識だ。

 だからって男連中だけ仲間外れにするのは悪いから、リンクスとユーリットとアビーラも親族席に座らせる。


「柊君、私達は家族じゃないの?」

「座らせたくとも、座らせられないんだって」


 奴隷が参加者の席に座るのは許されない。

 精々裏方として働くか、この後の披露宴にて給仕や調理の補佐をするくらいだ。

 この場にいられるのだって、俺の準備の手伝いのためだから許されているようなもの。

 ミリーナとフェルトは同様の理由でエリアスの方に行っていて、農業組の奴隷三人は披露宴会場の準備の手伝いに向かわせている。


「香苗達もこっちが終わったら向こうへ行って、ドゥグさん達の手伝いを頼む」

「分かった、オレ達に任せとけよ」

「ううう。友人ならまだしも、生徒の結婚式を先に見ることになるなんて……」


 悔しそうにしている先生は放置しておこう。


「戻りました、マスターヒイラギ。只今化粧をし直しているので、もう少々お待ちください」

「ありがとう。エリアスは何か言っていたか?」

「必ず最高の笑顔であなたの前に行くと。愛されていますね、マスターヒイラギ」


 そういう事は言わないでくれ、聞くだけで恥ずかしくなるから。

 まさかラーナがそういう事を言うとは思わなかったから、不意打ちされたようで余計に恥ずかしい。

 俯いているのを香苗や戸倉にからかわれ、ちょっとムカついたから俺がここから出るまで正座でいるよう命令していると、扉がノックされた。


「準備ができました。式場へ移動願います」


 それを聞いただけで緊張感が気持ちと思考を縛り上げる。

 分かりましたと返し、一つ息を吐いて部屋を出たのはいいけど、思考が不安定で気持ちもグラついている。


(落ち着け、落ち着け、やる事はそんなに大変じゃないんだ)


 自分に落ち着けと言い聞かせたのは、今日で何度目だろうか。

 とにかく心を可能な限り鎮めながら歩を進め、新郎入場の合図で礼拝堂の中へ入り所定の位置に立つ。

 緊張で倒れやしないかと不安に包まれる中、新婦入場の合図で扉が開いて歓声が上がる。

 ぎこちなく振り向くと、そこにはリュウガさんと腕を組んだエリアスがいた。


(……綺麗だ)


 試着姿よりもずっと綺麗で見惚れているうちに二人が近づいて来て、リュウガさんからエリアスを引き受けて腕を組む。

 この教会の責任者で式を執り行う天使族の神官の前へ進み出て、所定の位置で立ち止まる。

 そこから行われるのは定番の、名前を読み上げてその人との永遠の愛を誓うか否かの問いかけ。


「誓います」

「誓います」


 躊躇うことなくお互いに誓い、神官が祝福すると目の前にある十字架が輝きだした。

 途端に拍手が巻き起こり神官も笑みを浮かべていることから、挙式の時はそういう反応をする十字架なんだろう。

 その光を浴びながら、エリアスのベールを上げてキスをすると拍手はより一層大きくなる。

 振り返って招待客に頭を下げると、オバさんとリュウガさんとエリアスのお姉さん達の目が潤んでいて、うちの皆は全員起立して拍手喝采中。

 それがとにかく嬉しくて、この後にはまだ披露宴があるのに、満足したような気分になってくる。


「おめでとう」

「おめでとうございます」

「お幸せに」


 拍手と祝福の言葉に包まれながら教会の外へ出ると、教会内に入れなった人達と見物に来た野次馬が入り混じって迎えてくれた。

 中には混種のエリアスを見た途端にその場を離れたり、俺の事を変わり者みたいな目で見たりするけど、そういったものですら気にならないほど気分が良い。

 祝福する声と拍手しか耳に入らず、エリアスと笑顔しか目に入らない。

 周囲からの声に応えてお姫様抱っこしようが恥ずかしいと思わないし、とにかく幸せとしか思えない。

 祝福されながらの式は滞りなく終わり、会場を移動して披露宴に移る。

 控え室で待っている間に招待客は全員集まり、香苗達もドゥグさんの手伝いや給仕の手順の確認に動いている。


「よし、行こうか」

「はい」


 二人で腕を組んで会場に入り、拍手で迎えられて所定の席に座ると披露宴は始まった。


「それではまず、新郎新婦の関係者よりスピーチを」


 司会をしているリコリスさんの仕切りで関係者がスピーチをしていく。

 ダンジョンギルドのハンディルのおっちゃんによる慣れた様子のスピーチだったり、エリアスのお姉さん達のノリと勢い任せのスピーチだったり、こっちに来て最初に対面したからという理由で頼んだルエルのガッチガチなスピーチだったり、色んな人がスピーチをした後は乾杯をして食事が始まる。


「美味しいですね」

「ああ、まさかドゥグさんがここまで仕上げるとは」


 俺が教えた普通の料理を応用し、見事に披露宴に相応しい見た目と味に仕上げてある。

 中には周囲との歓談もせず、食事に夢中になっている人までいる。

 勿論、その中の一人がオバさんだからエリアスは少し恥ずかしそうだ。

 ちなみにこの披露宴では、特に誰かが歌ったり踊ったりという予定は一切無い。

 こっちにはそういう風習は無い上に、元の世界でそういうのを面白いだとか楽しいだとか思ったことが一度も無いからだ。

 でもエリアスから家族への手紙の朗読だけは、本人の希望により行う事となった。

 ちなみにサプライズで決行するため、知っているのは俺とエリアスの他はリコリスさんだけ。


「それではここで、新婦のエリアスさんからご家族へ感謝の言葉をお送りします」


 披露宴の終盤、招待客が油断した頃合いを見計らってのサプライズに会場がざわめき、特にオバさん達は驚いてこっちを見ている。

 俺が手を取って二人でオバさん達の席まで歩き、そこでリコリスさんに預けておいた手紙を受け取り、それをエリアスが読み上げていく。


「お父様、お母様、そしてお姉様。混種として生まれてしまった私ですが、そのような事を気にせず育て、周囲からも守ってくれた事には深い感謝の念を」


 読み上げていくうちにオバさんとお姉さん達の目に涙が浮かんできている。

 リュウガさんは堪えているようだけど、今にも泣きそうだ。

 招待客の誰もがこのサプライズに聞き入り、会場にはエリアスの感謝の言葉だけが響く。

 途中からエリアスが涙ぐんで言葉に詰まるのを励まし、支えながら読み終えると会場内は拍手に包まれ、オバさんとお姉さん達はエリアスと抱き合ってお互いに泣きだした。

 それを見ているとリュウガさんに手を差し出され、娘をよろしく頼むと改めて言われた。


「はい。任せてください」


 しっかり手を握って返事をすると、リュウガさんは満足そうに頷いた。

 この後は招待客全員への挨拶と見送りをして披露宴は終わりかと思いきや、胴上げをされてオバさん主催の二次会へなだれ込む。

 さすがに香苗達奴隷は帰らされたけど、イーリア達は参加することになった。

 着替えた俺達が合流後、オバさんが副業で経営している店を借り切っての二次会は、祝福するためと言うより騒ぎたいがために開かれたような感じになっている。


「ほら、もっと飲みなさいよ」

「主役が飲まなきゃ始まらんじゃろう!」

「はいはい、エリアスも飲んでね」


 酔わないように抑えて飲んでいるのに、オバさんとお姉さん達から次々と酒を注がれていく。

 できるだけゆっくり飲んで時間を稼いでいる中、他の仲間達の様子を見ると似たような事になっていた。

 今夜の遅番に入る予定のリンクスは控えているのに対し、夜勤予定の無い面々はグイグイいっている。

 二日酔いになるなよと思いながら、オバさんに注がれた一杯をチビチビと飲んでいく。


「あらあなた、いい飲みっぷりじゃない。もう一杯いく?」

「勿論です!」


 おいこらヴィクトマ、お前には特に飲み過ぎるなって言っておいたはずだよな?

 教会を追い出された理由を覚えていないのか?

 そんなにハイペースで飲んで、明日二日酔いになっても知らないぞ。


「ううう……どうせ私はヘタレですよぉ」

「はぁ。うちの時もこれくらい祝ってほしいったい」


 楽しそうにしているネーナはともかく、エルミは泣き上戸だったのか。

 一緒に飲んだことが無いから知らなかった。


「ハハ八ッ、めでたいのヒイラギ! 次は孫じゃな。何人いてもいいのじゃから、期待しておるぞ!」


 酔っているのか、空になったグラスを持ったままオバさんが背中をバンバンと叩いてくる。

 俺は気にしないけど、隣のエリアスが孫って呟いて赤くなっている。

 ああもう、なんで俺の嫁はこんなにかわいいんだか。とはいえ困っているから助けてやろう。


「ロウコンさん、ほどほどに願います。こう真っ赤になられたら、緊張で失敗しかねませんから」

「おおっ、悪かったの」


 肩を掴んでエリアスを引き寄せながら宥めると、素直にオバさんは引いてくれた。

 そのまま二次会は騒がしいまま終わり、まだ飲み足りない人達は俺とエリアスが参加しないにも拘わらず、三次会に向かった。

 それに付いて行こうとしていたヴィクトマは、明日も仕事だからと襟首掴んで引き留めて帰らせる。

 こっちの休みは集一だから、よほど人員に余裕が無い限りここらが限度だろう。

 ぶーぶー文句を言っていたけど無視して、酔って足下が覚束ないアビーラとローウィを支えながら帰路へ着き、ダンジョンの居住部へ帰った。


「はあ……。終わってみるとなんだか疲れたな」


 今日から夫婦ということで、一緒の部屋で過ごすことになったエリアスと寛ぐ。

 部屋の拡張とエリアスの荷物の移動は既に済んでいて、誰がいつの間に手配したのか、やたらデカいベッドが置かれていた。


「申し訳ありません、お母様達が二次会であんなに騒いで」

「あれくらいなら気にしないって。それより、今日からよろしくな」

「はい! こちらこそ!」


 今夜はどっちも夜勤が入っていない。

 理由はまあ、言わずとも分かるだろう。

 さっき二人で部屋に入る際、戸倉やアビーラや先生がニヤニヤしているのに少しイラつき、防音はバッチリだよねと戸倉に聞かれた時は、躊躇無くハリセンで頭を引っ叩いた。

 ちなみに防音はしっかり施してある。


「それでは、その、えっと、あの……」


 寄り添って顔を真っ赤にする理由はすぐに察した。

 だからこっちから引き寄せて、二人でベッドに倒れ込む。


「あ、当たり前ですが、経験は無いので、お手柔らかに」

「できる限りの事はするけど、俺も未経験だから保証はできない」


 明かりを消して、そこから先は割愛させてもらう。




 *****




 翌朝。腕を組んで部屋から出たら、戸倉と先生がニヤけた表情でどうだったと聞いてきたから、エリアスが手渡してくれたハリセンを迷い無く振り抜いた。


「昨夜の件といい、柊君は愛人への愛が足りない」

「戸倉、お前はちょっと黙ってろ」

「そろそろデレてくれてもいいと思う。最高の夜になるようご奉仕するから、そろそろデレて」

「だから黙ってろって!」


 ハリセンだけじゃ足りなかったみたいだから、今度はアイアンクロー。

 なんか爪がとか指がとか食い込んでるとか言ってるけど、無視してしばらく続けてから解放したら、掴んだ箇所を抑えて本気で痛がっていた。

 自業自得だと言っておこう。


「で、お前達はどうした」


 グッタリしているローウィとアビーラとイーリアに、なんとなく理由を察しつつも尋ねる。


「ごめんなさい、主様。二日酔いです……」

「悪い旦那、飲み過ぎだ……」

「私としたことが……」


 帰りの時点で酔っていたローウィとアビーラはともかく、昨日はなんともないように見えていたイーリアも酔っていたか。

 とりあえず、こいつらは後で説教だな。

 それとユーリットに頼んで二日酔い用の薬を作ってもらおう。


「ユーリット、薬を作ってやってくれ」

「大丈夫です、こうなるだろうと思い、早起きして作っておきました」


 そう言って薬を取り出すと、二日酔いの三人は薬を受け取る。

 いくつか余ったから、後で農業組にも届けてやろう。

 おそらくヴィクトマが二日酔いになっているだろうから。


「お前達、さっさと薬を飲んで酔いを醒ませ。それと今度のイーリアとネーナとの式では、もう少し自重しろよ。飲むなとは言わないけど、仕事に影響するのは問題だぞ」


 調子が悪い状態で仕事をされるのは、ダンジョンマスターという立場から許容する訳にはいかない。

 ああいう場だから酒を飲むなとは言えないし、抑えていたとはいえ俺も飲んでいたから頭ごなしに怒れないけど、せめて注意くらいは促しておかないと格好がつかない。


「分かりました……」

「完全に無礼講、という訳ではありませんでしたからね。もうちょっと控えるべきでした」


 薬を飲んでスッキリした表情になりながら、ちゃんと反省してる。

 これでイーリアとネーナとの式の翌日も同じような事になっていたら、何かしら処罰を考えておこう。

 優しくしているだけじゃなくて、たまには鞭も振るわないとな。


「さてと、次の予定は来月半ばか」


 何がってというと、イーリアとネーナとの結婚式だ。

 エリアスのと比べると細々とした地味婚だけど、それがこっちの慣習だから仕方ない。


「その次はいつになるでしょうね」


 笑みを浮かべながら呟くエリアスの余裕は、正妻だからこそか?

 まあ理由はどうでもいいや、可愛いから。

 さあて、家族もできたことだし、今日からより一層頑張るか。

 ちなみに、後ほど農場へ顔を出すと予想通りヴィクトマが二日酔いになっていたから、薬を渡す前に説教をしておいた。


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