第6階層 面接会場の圧迫感は面接者が勝手に感じているだけだ。多分
涼「面接する側って、応募者の緊張感がとても伝わる」
面接当日、早めの昼飯を済ませてダンジョンギルドに借りた部屋へ向かう途中、控室をこっそり覗いてみた。
既に面接を受ける全員が揃っていて、早くも緊張感で満ちている。
「さすがに当日ドタキャンは無いか」
「ドタ……?」
言葉の意味が分からずに首を傾げるイーリアと共に、隣の面接用の部屋へ入る。
面接を受けてもらう順番は来た順番そのままで、終わったら帰らせて翌日に吉報が届くのを待ってもらう。
室内には面接者の案内をしてくれた猫耳の女性職員がおり、来た順番を俺達に伝えると業務へ戻っていった。
順番を知った俺は、いきなり溜め息を吐きたくなった。
「いきなりこいつか……」
最初にこの会場へやって来た。
つまり面接相手の一番手はイーリアが採用候補として目を付けていた、インキュバスのリンクス。
奴隷用の調教スキルを持っていて実家は風俗店という、いかにもエロ担当キャラな奴だ。
「だ、大丈夫です。本人は少し変わっていますけど、悪い方ではありませんから」
「その変わっている、っていう時点で既に不安なんだが……」
だからってブツブツ言ってもしょうがない。
とにかく、面接をしないと始まらないか。
大きく深呼吸して腹を括った俺は席に着き、隣に座るイーリアに受験者を呼ぶように頼む。
「これより面接を開始します。リンクスさん、どうぞ」
「はい! 失礼します!」
返事をして現れたリンクスの姿を見て、俺の時間は一瞬で凍りついた。
「リンクスと申します。本日はよろしくお願いします!」
緊張した様子で硬い口調の挨拶をするのはいい。まだ理解ができる。
でもなんだ、その格好は。
体格は小柄で顔の作りは中性的、年齢は俺の一つ下だけどそれよりも年下に見える。
そこまではいい、そこまではいいんだ。
ツッコミを入れたいのは、当たり前のようにゴスロリ一歩手前のフリルの多い服装でいることだ。
上着はフリルさえ無ければギリギリ長袖の白シャツに見えるけど、下は完全にスカートだ。
しかも何故ミニスカなんだ。脚も細いし。
服装は基本自由って事になってはいるけど、あまりに自由すぎるだろ。
灰色の長髪もツインテールにしているし!
思わず応募用紙を見直したけど、性別は確かに男と記されている。
にも関わらず、リンクスの外見は可憐な少女でしかない。
「あ、あぁ、よろしく……」
色々とツッコミを入れたい気持ちを全力で抑えて、引きつりそうな表情を笑顔にするのが難しい。
今の俺は、ちゃんと笑顔でいられているだろうか。
少し変わっているとイーリアは言っていたけど、これが少しなのか?
思わず隣に座るイーリアへ視線を向けると目を逸らされた。
こいつ、後で問い詰めてやる。
「どうぞ、お座りください」
着席を促して向かいの椅子に座らせたんだ、今は冷静に面接をしよう。
冷静さを保つため、服装や髪型は気にしないでおこう。
「まず、今回応募した理由をお願いします」
外見はともかくとして、志望動機がよほど酷い理由でない限りは落とすつもりは無い。
将来的に金が稼げそうだとか、異世界人の俺とのコネ作りだろうが構わないぞ。
こういう立場になった以上はそういうのも覚悟している。
この場で覚悟していなかったのは、そんな格好で来たことくらいだ。
「異世界の知識を学びたかったからです」
よし、よく普通の答えをしてくれた。
これでブレていた俺の精神状態は少し落ち着いた。
素っ頓狂なのは外見だけで、内面は極普通の一般的なものだったんだな。
「どんな知識を学びたいんですか?」
「主に衣服です。自己アピールには書いていませんでしたけど、ボクは裁縫スキルがあるのでそれを再現して売り出せます」
「当ダンジョンの副業の一つとして、異世界の服飾を売り出せると?」
「はい!」
なるほど、その手があったか。
そういえばこいつ設問の問題点に、ダンジョンとは別の安定した副収入の確保って書いていたな。
解決案のところにも異世界特有の物を全面的に押し出した、常に売れそうな商品の開発とその流通について書いていたし。
確かに衣服ならデザインや用途によって変化をつけて売り出せるし、年間を通して需要がある。
惜しむらくは俺が服に対してそこまでこだわりが無く、知識がさほど無いという事か。
いや、職業に合わせた服ならいけるか?
例えば料理人用のコックコートとか割烹着とか、町の警備隊用に警察の服とか思い切って軍服とか。
副業はいくつやっても良いから、この案は真剣に考えておこう。
「面白い意見ですね。ちなみに奴隷に対する教育の仕事を与えられたら、ちゃんとできますか?」
「はい。実家の仕事の関係上、女性奴隷の相手ばかりでしたが経験はありますから」
言葉だけ聞くと、なんか俺がエロ目的で女奴隷に調教したがっているように聞こえる。
断っておくけど教育だからな。
真面目に働いてもらえるようにという意味だからな!
「えぇっと、次にですね」
こんな感じでいくつかの質問をして、最後に待遇についての説明をする。
「待遇についてはこのようになりますが、何か質問は?」
「ありません」
「分かりました。お疲れ様でした」
うん、外見というか服の趣味というか内面というか色々とアレだったけど、内面はまともだったな。
とりあえず今の俺がやるべき事は、一礼して退室するリンクスを見送った後、イーリアを問い詰めることだ。
こら、また目を逸らすな。
「……言い訳があれば聞こうか」
退室したのを見計らって掛けた言葉に、顔はこっちへ向けても目は逸らしたままイーリアは答えた。
「趣味は人それぞれです」
「先に言え!」
思わず全力でデコピンしてしまった。
別にああいう趣味を否定するつもりは無いけど、報告を怠った罰だ。
「つ、次の方、どうぞ」
デコピンされた額を押さえながら、次の面接者を呼ぶ。
注目していない相手だけど、注目していた面々が駄目だったりそれ以上と評価できる場合は雇う可能性があるから、面接自体はキチンとやるさ。
アホらしい返事をした奴には、顔はにこやかに心の中で不採用と呟いてやる。
二人目はちょっと物足りないけど辛うじて合格ライン、三人目は不採用と評価して四人目を呼ぶ。
この四人目は注目している内の一人、多数の戦闘系スキルを持つローウィだ。
「失礼します」
狼の耳と尻尾を生やしてちょっと痛みのある服装で入室したローウィは、胸は残念だけどスラリとした体躯をしている。
袖の短いシャツの先からは引き締まった腕が見え、茶色の髪はちょっと癖毛があるけどショートカットに切り揃えられているからさほど目立ってはいない。
立ち姿もピシッとしていて、真面目な女性武官という印象だ。
「どうぞ、お座りください」
「はい」
返事もしっかりしているし、動作もキビキビしている。
イーリアの話では大家族の長女らしいから、責任感も強そうだ。
これは期待以上かもしれないぞ。
「まず、応募した動機をお聞きしても?」
今回の質問はイーリアに任せてある。
俺が注目した一人だから、自分が対応した方が余計な感情が入らず、客観的に判断できるからと言われた。
正論だから反論できないな。
「最大の理由はお金です。過去の異世界人のダンジョンマスターは、常に上位者として名を残していると聞きました。その可能性のある方の下で努力して腕利きの古参になれれば、余所よりも高額の給与を貰い易いと思いまして」
理由は金か。
元の世界でもそういうのを志望動機に仕事やバイトを選ぶ人がいるし、そこは気にしないさ。
ちゃんと努力しなきゃならないことも分かっているから、内面的にも大丈夫だろう。
古参だからと威張って努力しない奴は、即座に首を切るね。
物理的にじゃなくて、雇用契約的に。
「お金……ですか」
「はい。うちは父と三人の母と弟妹達を入れて十七人家族でして」
多っ! 大家族とは聞いたけど多すぎる!
子供だけで十三人だから、奥さん一人に付き三、四人は産んでいるのか。
頑張りすぎだろ、又は計画性が無さすぎだ、名も知らぬローウィの親父さんよ!
「しかも弟妹達は長女の私と少し年が離れているので、これからが育ち盛りなんです。そんな弟妹達にひもじい思いをさせず、少しでも父と三人の母の負担を減らす為、お金が必要なんです」
決意の籠もった眼差しで言われると、僅かでも金目的で俗物的に感じてしまった自分が情けなく思える。
そうか、ローウィは家族のために金を稼ごうとしているだけなのか。
俺のダンジョンがどれだけ稼げるかは分からないし、必ずしも望むだけの給料を出せるようになるとは限らない。
でも、できるだけ頑張らせてもらう。
「うぅ……苦労なさったんでしょうねぇ」
おいこらイーリア! 俺が感情移入しないようにと質問を受け持っておいて、お前が感情移入してどうするんだ!
こうなったらもういい、俺が続きをやろう。
「お金が必要なのは分かったけど、仮に採用されても初任給は求人票の通りだから」
「充分です! 成人前の私が、お手伝い程度の仕事に奔走して稼いだ額よりも多いですから!」
「お手伝い程度の仕事で家族のために働いていたなんて、大変だったでしょうね。ヒイラギ様、素晴らしい方が来てくれて良かったですね」
だから感情移入するなって言ってんだろ。
なんでそこのところの立場が、俺と逆になっているんだよ!
「ダンジョン勤務は住み込みだけど、弟さんや妹さん達の世話は?」
「私に次ぐ妹二人はもう十二です。最近では私を手伝って面倒を見てくれているので、大丈夫です!」
そこだけが懸念材料だったけど、大丈夫だって言うなら信じてやるか。
「……次に、君ができる家事について詳しく聞きたいんだけど」
「はい! 炊事掃除洗濯とほぼ全般できます。それと古着の修繕をする内職もしていたので裁縫も」
感情移入しているイーリアに若干の頭痛を覚えながらの面接を続け、どうにかローウィとの面接は終了した。
さてと。
「イーリア。随分と感情移入していたみたいだけど、何か言いたいことは?」
「後悔はしていません」
「ふん!」
一撃目と寸分違わぬ位置に、本日二撃目のデコピンをした俺は悪くない。
さて、面接をした限りではローウィも雇って問題無さそうだな。
それにしてもあれだけ戦闘スキルを持っている理由が、子供の頃に実の母親が働いている警備隊で、そこの隊員達に遊び半分で教わっていたからとはね。
しかも教えていた人が毎回に違ったから、それぞれが自分の得意な武器の扱いを教えていたらしい。
結果的に基本は押さられたけど、広く浅いという感じで戦闘スキルを習得することになった。
だけど基本は頭でも体でも身につけているようだし、設問で説明力があるのは分かってる。
他の面接者次第だけど、現時点では採用だ。
「ヒイラギ様、痛いです」
「自業自得だ。次の人どうぞ」
蹲るイーリアに代わって五人目を呼んで面接を開始し、これが終わってようやく折り返し地点に着いた。
残る五人のうち、注目しているのは次の六番目に控えているアッテムと、九番目に控えているユーリット。
勿論、他の三人も真面目にやるさ。この二人が駄目駄目だった時に備えてな。
「次の方、どうぞ」
「はい。失礼します」
さぁ来たな、解析スキル持ちのアッテムさん。
魚鱗族と聞いたけど、見た目の印象は人間に近づいた半魚人という感じだな。
耳の形状がなんかエラっぽくなっているし、手には水かきの名残りが少し残っている。
魚の鱗っぽいのも手の甲や首周りに見える。
服は海女さんっぽい感じだけど、これは種族特有のものなのか?
手入れの行き届いているウェーブのかかった青い髪が、いかにも魚に関する種族っぽい。
「アッテム、です。よろしく、お願いし、ます」
ガチガチの動きで入室して、顔を赤くしながらつっかえつっかえ挨拶をしている。
これはだいぶ緊張しているけど、大丈夫なのか?
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。ヒイラギ様は見た目は怖いですけど、中身は良い方ですから」
イーリア、その言い方はないだろう。
「ここ、怖くなんてありません。鮫人族みたいに鋭い目で、とても素敵です!」
そんな種族まであるのか。
鮫人族っていうのがどんな外見なのか気になるけど、今は面接に集中しよう。
「褒めてくれてありがとうございます。では、お座りください」
「はひっ!」
この人、応募用紙によると二十歳なんだけど本当か?
落ち着きが無いから、なんだか不安になってきた。
「まずは応募した理由をお聞きしたいのですが」
「えっと、その、人間の、ダンジョンマスター様に、興味があった、からです」
うん? どういう意味だ?
「ご存知の、通り、私の家は、奴隷商、です。ですので、奴隷でない、人間、それもダンジョンマスターと、知って、どんなダンジョンを、作るのかと、興味を、持ちました」
なるほど。俺自身というより、異世界人のダンジョンマスターに興味があるのか。
しかもダンジョンそのものにも興味があるみたいだ。
「ダンジョン運営にも興味が?」
「は、はひ! 私の曾祖父、が、ダンジョンマスター、でした。あいにく攻略、されましたが、当時の資金の残りで、奴隷商に、なりまし、た」
元運営者の曾孫か、それは良い事を聞いた。
なにか運営については知っているのかな?
もしも知っていたら、イーリアと一緒に知恵を貸してもらいたい。
「そ、曾祖父の運営帳と、後継ぎ予定だった、祖父に教わって、勉強していま、した。新興の、ダンジョンマスター、様には、知識とスキルで、お役に立てるか、と」
スキルが役に立てるのは分かっていたけど、知識まであるとは思わなかった。
これは思わぬ拾い物かもしれない。
気になるとしたら、ダンジョン運営について勉強していたという事。
運営に関わりたいからと言われればそれまでだけど、もう一つ可能性がある。
過去の栄光を取り戻すため、再びダンジョンマスターに返り咲きたいという夢を託されている可能性だ。
「……あなたがダンジョンマスターでなくても良いのですか?」
「良いんです、良いんです! ダンジョンには興味ありますけどダンジョンマスターで運営なんて無理です。ご覧のように照れ屋ですし、返り咲きを望んでいた曾祖父も祖父も亡くなっていますし、両親はダンジョンマスターに興味がありませんから!」
確認のための質問に物凄い勢いで饒舌に返された。
というかこの人、自分で照れ屋って言っているけど、この喋り方からして上がり症の間違いじゃないのか?
「分かりました。では次に……」
この後の質問にもつっかえながらも答えてくれて、内容も悪くはなかった。
これなら採用していいだろう。
「お疲れ様でした」
「は、はい、ありがとう、ござい、ます」
最後までこの喋り方は変わらなかった。
やっぱり照れ屋じゃなくて、上がり症だなこりゃ。
ガチガチのまま退室するのを見送り、次の面接者の書類を準備して次の人を呼んだ。
それからさらに一人を挟んで、遂に注目している中で最後の一人の順番になった。
俺が注目している、カーバンクルのユーリット。
記憶にあるカーバンクルは、額に赤い宝石がある小動物だった。
ということは見た目が人でも、やはり額に宝石があるんだろうか。
「次の人どうぞ」
「はい!」
やや高めの声が聞こえたからか、一抹の不安が過ぎった。
まさかとは思うけど、さっきのリンクスみたいな奴じゃないよなと。
さすがに似たようなキャラが二人もいると面倒でしかない。
頼む、せめて声が高いだけの普通な亜人であってくれ。
「ユーリットです、よろしくお願いします!」
……うん、ギリギリか?
やや赤が混じった金髪と額にある赤い宝石、髪の毛と同じ色をした耳と尻尾。そして性別と同じ男物の衣服。
ここまではいい、ここまではっ!
でも身長が決定的に低い上に童顔だ。俺と同い年のはずなのに、百四十センチくらいしかないから、少年というより男の子に見える。
「えっと……本当に十七歳ですか?」
「はい。ご存知ないとは思いますが、カーバンクルは身長があまり大きくならないんです」
身長だけじゃなくて顔つきもじゃないのか?
本気で代理で来た弟かと思ったぞ。
「そ、そうなんですか。どうぞお座りください」
なんだって雇いたい対象がこうも変わり者ばかりなんだ。
「では、今回応募された理由をお願いします」
「正直に言うと、家を継げないので就職先探しです」
イーリアからの質問に苦笑いを浮かべ、応募してきた理由を明かしてくれた。
正直なのは悪いことじゃないし、理由としても決して悪い理由じゃない。
跡を継げないから働き口を探すのは、万国どころか異世界共通だ。
「それと異世界人であるダンジョンマスター様の発想をお借りして、新たな薬品作りのきっかけになればと思いまして」
ふむ。これは向上心があると見るべきか、それとも従来の薬の殻を破れないでいると見るべきか。
両方という可能性もあるから、一先ずは両方という事にしておこう。
「勿論、その新薬というのはダンジョン運営で使っても?」
「構いません。副業で売り出してもいいです」
そう言ってくれるのは嬉しいけど、新薬開発って結構時間掛かりそうだよな。
第一、元の世界のように生産ラインとかがある訳じゃないから、生産力にも限界がある。
薬品を副業にするのは魅力的だ。
でも時間と資金に余程の余裕が無いと無理だろう。
すぐに売るとしても既製品だけだから、余所との差が無くてさほど売り上げも上がらなさそうだし。
「分かりました。では次に」
他にもいくつかの質問を重ね、それにしっかりと答える姿を見て、見た目以上にしっかりしているという印象を抱いた。
薬品のような危険物にもなる物を扱うんだから、こうした人柄は安心できる。
「お疲れ様でした」
「はい。ありがとうございました」
色々と考えているうちに面接は終わったようだ。
どう見ても小学生くらいのユーリットは、最後まで丁寧に礼をして退室していった。
これで残るは一人だけど、内定は注目していた四人でほぼ決まりだ。
この最後の一人が、よほど魅力的なアピールをしてこない限りは。
「それでは次の方、どうぞ」
「はい! 失れ――ひゃわぁっ!?」
意気込んで入室してきた豹人族の女性は、しょっぱなから滑って盛大に転んだ。
縁起でもない。
しかも今の転倒で平常心まで失った彼女は上手くアピールできず、本人も落ちたと思ったのか最後はトボトボと退室していった。
最初の転倒が、ご縁が無い前触れだったか。
「ではヒイラギ様、引き上げましょうか」
「あぁ」
面接を終えた俺達は部屋を貸してくれたことへのお礼を伝え、ダンジョンギルドを引き上げた。
なんだかんだで濃い相手ばかりだったせいか、思っていたよりも疲れた。
特に初っ端のリンクスは一番インパクト強かった。あいつはうちで働く時のああいった格好をするつもりなのか?
ローウィもなんだかんだで印象に残ったな。主に家族関係で。
意外な大穴はアッテムかも。あの性格はどうにかする必要があるけど、元運営者の曾孫で教えも受けていたらしいから役に立ってくれそうだ。
最後のユーリットも小柄というだけで、本人は至って真面目そうな性格をしている。あれで内面まで子供みたいだったら、採用を迷うところだったけど。
「予定通りでいけると思うか?」
周囲には擦れ違う歩行者もいるから、今日の面接者やその関係者の存在を一応警戒しながらイーリアに尋ねてみた。
向こうもそれを察してくれて、無言で小さく頷く。
「分かった。明日は頼むぞ」
「お任せください」
このやり取りで、もう俺達の中では注目していた四人を採用する方針で決まった。
採用者には明後日の午後にダンジョンギルドに集まってもらい、そこで雇用契約を交わしてダンジョンギルドへ雇用申告をする流れになる。
だけど雇用契約は、ダンジョンが正式に動き出すまでは試験雇用契約となる。
その間は給料を出す必要は無い代わり、住む部屋と食事は保障しないとならない。
ちゃんと給料が出るようになるのはダンジョンが開いてからで、それまでは研修と働きぶりの確認期間のようなものだ。
「とはいえ、歓迎会は開く。例のアレを使ってな」
「完成は明後日の予定ですよね?」
「午前中に受け取りに行って、そのままあの店で試してみる。途中でちょっと買い物してな」
その事を楽しみにしつつ、俺にはもう一つ楽しみにしていることがある。
イーリアにも秘密にしているそれは、俺の固有スキルである「異界寄せ」の実験だ。
明日の内定通知中に試す予定で、召喚候補はいくつかに絞ってある。
なにせ一回で一種類しか呼べない上に重量制限付き、一度使ったら次の召喚は五日後になってしまう。
何を召喚するかは慎重に選ぶ必要がある。
生活の上で使える物にするか、ダンジョン強化に役立ちそうな物にするか、それとも個人的なことに走った物にするか。
さて、何にしようか。
翌日の朝にイーリアが内定の通達に行っている間に、早速「異界寄せ」を試すために育成スペースへ向かった。
まずは魔物達への訓練を指示しておこう。
今日は二丁斧のバイソンオーガに対し、ゴブリン達とオーガを組ませて冒険者パーティーに見立てて訓練をする。
パンプキンゴーストとその僕のスケルトン二体にも、同じ訓練を受けてもらう。
武器は念のために刃を丸めておいたから、怪我はしても死にはしないだろう。
キラーアント、ナイトバット、ロックスパイダー、スライムは奇襲に失敗して直接戦闘になった時に備え、ゴブリンかオークの二体一組を相手に模擬戦をしてもらっている。
「さて、こっちもやるか」
訓練に使っていない空きスペースに移動して、「異界寄せ」の準備をする。
準備と言っても固有スキルを使うために魔力を集中し、召喚する物を思い浮かべるだけだ。
今回召喚する量は限界量の半分の五キロ分。
たくさん召喚しても、その後を考えると困るからな。
「いくぜ……」
実は今回の実験の前に、一度だけ「異界寄せ」を試した事がある。
ここに来て二日目、ダンジョンギルドでスキルが判明した日の深夜にこっそりと使ってみた。
召喚しようとしていたのは豆腐。
でもこれは召喚できず、素直に大豆を召喚しようとしたが、何故か固有スキルのための魔力が集まらなかった。
豆腐を召喚しようとしたのは、本当に加工品が駄目なのかを確認するためだったけど、同時に失敗も一回とカウントされる事にも気づいた。
そして今日の二回目に備え、召喚する物を選んでいる最中にある仮説が浮かんだ。
(ひょっとして、俺が加工品だと認識している物が無理なのか?)
考えてみれば、「異界寄せ」で召喚できないのは哺乳類、加工品の二種類。
この加工品の定義が微妙に曖昧じゃないかと思ったのが、仮説を考えた切っ掛けだ。
だとすると召喚できない物の一つ、哺乳類に関してはどうだろうと思い、二回目の召喚実験に挑む。
同じ動物でも、哺乳類じゃない生物を召喚してみよう。
(魚や虫のような、明らかに動物じゃない生物じゃ駄目だ。今回も失敗していい、微妙な線の奴を)
二回目の召喚実験で呼び寄せてみるのは、同じ動物でも哺乳類とは違う生物。
それすなわち鳥類!
「鴨!」
呼び寄せる対象の名を叫ぶと少し先に魔法陣が現れ、そこから合計で五キロ分の鴨が数羽が飛び出してきた。
よし、成功だ!
思わず叫びたい気持ちを抑えて小さくガッツポーズして、すぐに使役スキルで鴨を従える。
「俺の支配下に入れ」
スキルの効果を受けた鴨達は一斉に俺の方を向いた。
「今日からお前達はここで暮らしてもらう。あそこにいるのはお前達の……ルームメイト? だから仲良く共同生活するように。あと、訓練の邪魔はするなよ」
『クアッ』
一斉に鳴き声を上げた鴨達は、少し離れた水場まで歩き出す。
何をするのかと観察していると、次々に水場に浮かんで水中にいる虫や、水場の傍の草を啄ばみ始めた。
どうやら早速食事をしているようだ。
前にテレビで見た合鴨農法で、水中の虫とか草を食べていたからここでも生活できるだろうと踏んだけど、この様子なら育成スペースで繁殖させることも可能だろう。
気になる点があるとしたら、数じゃなくて重さで呼び寄せたからか大きさがバラバラなことか。
重さの帳尻合わせのために体の一部だけが召喚されて、グロい光景にならなくて良かった。
一応鶏もどうかと考えてみたけど、ダンジョンタウンにいるみたいだし、デカイ鳴き声が魔物の気に障ったら困るから鴨にしておいた。
そうだ、後で魔物達にくれぐれも鴨を食べたり襲ったりしないよう、注意しておかないと。
「上手く繁殖してくれるといいな」
そうすれば鴨肉とかを売って、新たな肉の市場を開けるかもしれない。
勿論、ちゃんと繁殖を確認して一定数に達するまでは肉を食べはしても、売りはしない予定だ。
「さて、せめて藁だけでも敷いておいてやるか」
育成スペースの端に準備しておいた藁を水場の近くに敷いて、鴨達はそこで寝るように伝えておく。
餌は水中にいる虫や草で平気そうだから、後は様子見をしていればいい。
売らずに自分達で食べるために育てるなら副業には当たらないし、肉が手に入れば食費の節約にも繋がる。
これでちょっとは経費が軽減……。
「待てよ……」
今、何かが俺の頭の中で閃いた。
訓練する魔物と鴨と魔草と水場を見渡して閃きに関して考え、魔石盤でちょっと情報をチェックする。
残り魔力は三百五十三から男性雇用者の部屋に三百、ナイトバット十体召喚で三十消費したから、残りは二十三か。少し足りないな。
魔物が新種認定されれば増やせるけど、そう簡単に生み出せるものでもない。
パンプキンゴーストの死霊魔法も、熟練度が低いから今操っている二体で限界だ。
毎日操らせての戦闘訓練しているから、そのうち熟練度は上がると思うけど。
「これに関しては先にイーリアと相談してからにするか。あいつの知識があった方がいい」
前例が無いと言って、また俺を崇拝する目で見そうだけどな。
とりあえずこの件については先送りにしておいて、訓練の方はどうだ?
「ブオォォォッ!」
「ガブッ」
「グゥッ!」
おぉ、バイソンオーガの一振りを、ゴブリンとオークが盾で受け止めやがった。
いくら二体がかりとはいえ、あれを受け止められるなんて大したもんだ。
「ブッ!」
投擲ゴブリンが援護で投げた石は結構な速度が出ているだけど、もう一方の斧の側面で防御されたか。
でもその隙に剣ゴブリンと拳ゴブリンが接近して、素早い動きで攪乱。
そっちに気を取られている隙に、背後に回り込んだ槍ゴブリンが一突きする。
けど、これはバイソンオーガに読まれていたようで避けられた。
知力が低くて心配したバイソンオーガも、訓練を重ねてきたお陰か指導スキルのお陰か、だいぶ考えて動くようになってきた。
最初の頃は力任せに斧を振り回すだけだったからな。
「向こうも……順調か」
パンプキンゴーストの方を見れば、前衛を二体のスケルトンに任せて自分は後衛で闇魔法での援護に徹している。
スケルトン二体の動きもなかなかだ。パワーのあるベアタウロスが受け止め役と攻撃役をこなして、機動力のあるウルベロスがフォローに回って前衛をパンプキンゴーストへ近づけないようにしている。
まぁ、近づいたところで無属性物理攻撃無効なんだけど。
訓練で使っている数打ちの武器に、当然ながら属性付与なんてしていない。
だけどこれは訓練だから、付与している仮定で模擬戦をさせている。
「できれば一度、ちゃんとした冒険者と戦わせたいな」
けれど、ある程度の腕の奴隷数名を買う金と、人数分の武器の金、奴隷の生活費を考えると出費がバカにならない。
先行投資と考えれば自分もイーリアも納得するだろうけど、もう一つ大きな問題を思い出した。
奴隷になった冒険者は奴隷契約により、戦闘用のスキルを全て封じられているということだ。
「そうだった。考えてみれば、奴隷は戦闘用のスキルが封じられているんだった」
これは奴隷が変な考えを起こして治安を乱さないようにするため、必要な措置だから文句は言えない。
今は投石だからスケルトンでも防げているけど、本来はパンプキンゴーストが防御系の魔法を使うか、闇魔法での相殺をするべきだ。
こうなったら採用したユーリットには訓練での魔法使い役をやってもらおう。
そうだ! どうせなら前衛型のローウィも混ぜておけば、より実践的な訓練ができるかも。
これは面白い事になってきたぞ。
「そういえば、スキルの方はどうかな」
さすがに十日も経たっていないのに習得するとは思っていないけど、確認ぐらいはしておかないと。
魔石盤を使って魔物達のスキルにまだ変化が無いことを若干残念に思っていると、盾チームのゴブリンに変化が見られた。
名称:ゴブリン
名前:なし
種族:ゴブリン
スキル:踏ん張り【未】
盾を専門に訓練をしているゴブリン十体のスキル蘭が、全員こんな事になっていた。
ゴブリンは元々スキルを持っていない魔物。
それにスキルが付いているから、やはりスキルは魔物でも訓練によって習得できるようだ。
でも、このスキル名の前に付いている【未】ってのは何だ?
それに踏ん張りスキル自体も、どういうものなんだ?
気になって調べてみたら、【未】というのはもうすぐスキルを覚える前兆のようなものだった。
このまま訓練を続けていけば、いずれ盾チームのゴブリン達は踏ん張りスキルを習得するのだろう。
そして肝心の踏ん張りスキルの効果は何だ?
踏ん張りスキル:衝撃を受け止めた際、吹き飛ばされたり体勢を崩されたりし難くなる
ほぉ、これは良さそうなスキルだ。
衝撃を受け止めた際、という条件だから盾でなくとも習得はできるみたいだし。
おそらくは攻撃を受け止める訓練を徹底して続けていたから、習得が早かったんだろう。
他の武器持ちは防御だけじゃなく、接近戦に備えて攻撃と回避の訓練を主体にしていたからな。
盾を持たせたオーク達はどうだろうと思って急いで調べたけど、こちらはまだ前兆すら無かった。
こいつらは防御だけじゃなくて、斧での攻撃訓練もさせているから仕方ないか。
「でも、魔物にスキルを覚えさせることができるって判明したから、良しとしよう」
今回の訓練での一番の収穫はそれだな。
この調子でもっと戦闘用のスキルを覚えてもらいたいものだ。
ひょっとしたらその拍子に、また新種の魔物になるかもしれないし。
「そうなったら、新種認定で使える魔力が増えるから、是非とも頑張ってもらわないと」
どんな冒険者が来るか分からない以上、強化しておいて損は無い。
ダンジョンの準備間はだいたい残り二十日ぐらい。それまでにどれだけ鍛え上げられるだろう?
強くしておいて損は無いし、打てる手は打っておこう。
明日以降でできるのはローウィによる武器の扱い指導と、ユーリッヒによる魔法指導、そしてこの二人を混ぜた実戦形式の戦闘訓練、そして魔物同士による連携訓練。
うん、思ったより充実してるかも。
「それに鴨の飼育観察と、明日には完成のアレの契約について、そしてさっき閃いた件か」
やる事とやりたい事は山ほどある。
雇用契約とか研修とか、運営上必要な事もそれに含まれる。
異世界で亜人がいてや魔法があるファンタジーな世界だけど、こういう事があると現実感がある。
「ここが俺の新しい現実……か」
現実だからダンジョンマスターでも税金は払うし、採用試験して人を雇うし、資金調達のために融資だって受ける。
考えてみると、なんだかダンジョンマスターって会社の社長みたいだな。
もしもダンジョンに好きな名前が付けられるなら、株式会社ダンジョンにしてみるかな。
いや、株が無いから株式会社は無理か。他に何があったっけ、有限だっけ?
えぇい、分かんないからいいや。
「さてと、イーリアが戻ってくるまで訓練の指示がてら、次は何を「異界寄せ」するか考えとくか」
それからしばらく訓練の指示を出しながら、次回の「異界寄せ」について考えているとイーリアが内定通知を伝え終えて帰ってきた。
それを労いながら、閃いた事を提案してみたら。
「これも前例が無い事です! さすがはヒイラギ様。ダンジョン運営用の魔力が溜まったら、すぐにでも検証してみましょう!」
やっぱり崇拝する目で見られた。
お前は俺を何だと思っているんだ。
ついでだから「異界寄せ」を試したこと、召喚した鴨の使い道と仮説を説明したら、一人でやってズルイと言われた。何故だ。
ちなみに水場に集まって泳ぐ鴨を見せたら。
「何ですか、あの可愛い生物は! 愛らしいです、愛おしいです! こんな子達を食肉にするなんて考えられません!」
……えぇぇぇっ。
「お願いです、どうか思い直してください!」
そう言われても、あまりたくさんいても仕方ないだろう。
今は五キロ分しかいないけど、卵を産んで雛が孵って成長したらを繰り返したら、どんだけ増えると思っているんだ。
食べてでも数を減らさないと、魔物よりも鴨の方が多くなる可能性だってあるんだぞ。
「……駄目、ですか?」
「限度があるからな」
「ぐす、分かりました。けど、その時は私が全身全霊を込めて美味しく調理します!」
よろしく頼む。
さてと、明日からは内定者の四人がここに住むのか。
仕事の上では問題無いだろうけど、プライベートがどうなるかが少しだけ不安だ。
何かとクセがありそうなメンバーだからな。