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第66階層 結婚の準備は着々と

ロウコン「孫は何人いても可愛いのう」


 ある意味予想通りだった。

 定休日の午前にエリアスと二人でオバさんの所へ顔を出して、追加のニガリをドゥグさんに渡す。

 最初の頃は見る度にドキリとした先祖返りの外見にも慣れ、今では当然のように受け入れているから慣れって怖い。

 そんな軽い現実逃避をしている目の前では、オバさんと娘さん夫婦達が五枚のピザもどきを争うように食べている。


「それは我のじゃ!」

「お母様はさっき二切れ食べたじゃないですか、これは私のです!」

「いただきっ!」

「ちょっ、お義姉さん! それは私が確保していたのですよ!」


 争っているのは主に女性陣。

 リュウガさんはこうなることが予想できていたのか、ちゃっかり自分の分を確保してそれを味わうようにゆっくり食べている。

 早々に戦いに敗れた、いずれ義兄となる男性陣はどうにか確保した二切れを、部屋の隅で寂しそうに食べていた。


「もう。お母様もお姉様達も、そんなに奪い合うように食べなくとも」

「そうは言うけどな、初めてピザを作った時のエリアス達もあんなだったぞ」

「えっ!?」


 自覚無かったのか?

 本当にあんな感じだったんだぞ。

 夢中になって取り合っている大人達の対面側には、二回り小さいピザが三枚置いてある。

 こっちはもうすぐ叔父と姪の関係になる予定の、オバさんの娘夫婦達の間に生まれた姪っ子達専用だ。

 大人達と違って争うことなく、仲良く分けあって食べているから平和だ。


「美味しい」

「こんなの初めて!」


 目をキラキラさせている姪っ子達とは、これまでにも何度か会った事がある。

 初めておじさんって言われた時のあのショックは、とても忘れられそうにない。


「ねえ、まだある?」

「おかわりほしい……」


 空の皿を差し出してきた姪っ子達にあると告げ、厨房へ向かう。

 でも、厨房は厨房で凄い事になっていた。


「素晴らしい! 味付けや具材、台となる生地の厚み、使うチーズ。これらの組み合わせ次第で味わいは千差万別。どんな材料でも使えるよ!」


 厨房で働く人達がピザを手にあれとあれはどうかとか、これを使ったらどうかと検討しながら食べている。


「特にこの溶けたチーズだ! チーズに熱を通すと溶けて食べにくいだけと思っていたが、こうして何かの上に乗せて焼くという手段があったなんて!」


 こっちの世界のチーズは酒のつまみのように、そのまま食べるぐらいしかしていなかった。

 だから最初は怪訝な表情をされたけど、食べだしたら誰も文句は言わなかった。

 それどころか夢中になって試食し、試作のために手に入れられるチーズを全種類買って来いと、厨房で一番立場が下の人に買い出しに行かせたくらいだ。

 買い出しに行かされた山羊人族の女の人、残しておいてねって言いながら走って行っていたけど、ドゥグさん達のあの食べっぷりだと残りそうにない。


「ドゥグさん、今のうちに生地を準備しておきましょう!」

「よし。あいつが帰ってきたら、小さめの生地に薄切りしたチーズを乗せて焼くぞ。まずは溶けたチーズがどんな味や香り、食感になるのかを種類別に試してみるぞ!」


 多分チーズの味を確認したら、そこから合うソースとか具の話になるんだろうな。


「すみません、姪っ子達からお代わりの要求が出たので、こっちは持っていきますね」

「ああ、構わないぞ!」


 こうなるだろうと用意していたお代わりを手に、居間へ戻る。

 そうすると姪っ子達だけでなくオバさん達もお代わりを要求してきたから、再度厨房へ取りに戻った。


「うははっ! 溶けたチーズと肉がこれほど合うとはの!」

「トマトとの相性もいいわね」

「いやいや、何よりパンと溶けたチーズの相性が最高なのよ。この一体感は、生地の段階から一緒に焼いたからこそよ」


 大騒ぎしている女性陣を前に、既に満足しているリュウガさんはともかく、物足りないけど割り込めない義兄さん達は指を咥えて見ている。

 義兄さん達、どうか強く生きてください。


「申し訳ありません、お母様とお姉様達が……」


 予想通りとはいえ、こんな事になったからエリアスに謝られた。

 別に気にすることは無いのにと思いつつ、ふと口元を見るとチーズが付いているのに気づく。

 そんな締まらない光景に、自然と笑みが浮かぶ。


「あっ、あの、何か?」

「いや、エリアスのここんところ」


 チーズがくっ付いてる所を指摘すると、そこに触れてチーズに気付いたエリアスは恥ずかしそうにそれを指で取って、しばし迷った挙句に食べた。


「……冷めても美味しいです」


 顔を赤くしながら視線を逸らして耳と尻尾をパタパタと動かす俺の嫁は、今日も現在進行形で絶賛できるくらい可愛い。

 こういうのは自分のキャラじゃないとか関係無いくらい、そう思える。


「こらそこ、誰の許可を得て良い雰囲気を作っておるんじゃ」


 ニヤニヤしたオバさんからの指摘に、エリアスは余計に赤くなって俯いてしまう。


「はぁ、エリアスも変わったわね。彼と出会うまでは、ほとんど家に引きこもって、周りの目ばかり気にしていたのに」

「今じゃ当たり前のように外に出て、こうしてヒイラギ君と人目もはばからず良い雰囲気作ってるなんてね」


 お義姉さん達の言う通りだ。出会った頃のエリアスからじゃ、考えられないくらい変わった。

 初めて会った時は俺が振り向いた途端に部屋に引っ込んで、カミカミで会話らしい会話が成立せず、挙句の果てに逃げたもんな。

 しかし、今思い返してみると、あの時の俺はなんてことを言っていたんだ。

 あの時はそういうつもりが無かったけど、聞いている側次第では口説いているように受け取れる。


「そんな二人のために選んだ披露宴会場なのじゃが、ここはどうじゃ? 予算的にも広さ的にもちょうどいいと思うぞ」


 なんという強引な話の持って行き方だ。

 でもお陰で、少し冷静になれた。

 差し出された資料には披露宴会場の見取り図と予算の内容が書かれていて、確かに広さは充分で予算も俺達が出せる範囲内だ。


「ちなみにこれって、どこなんですか?」

「このエリアの西側にある施設じゃ。こういった広間がいくつかあって、規模の大きい集会や披露宴によく使われておるのじゃ」


 元の世界で言う、イベントホールみたいなものか。

 こっちにもそういう場所があるんだな。


「他にも二箇所、式の予定日に空きが有る会場候補を調べておいたぞ。これじゃ」


 大変助かります、ありがとうございます。


「予約はお前達で取るんじゃぞ。さすがにそこまでは、面倒見んからな」

「分かっています。俺達の結婚式ですから、ちゃんと自分達でやりますよ」

「よろしい。ならば次は引き出物についてじゃが」


 この調子で相談していた点についての打ち合わせを進め、追加でドゥグさん達が試作したピザを食べ、招待客についてもレクチャーを受けた。

 ようやく用事を終えた俺達は姪っ子達に見送られ、ようやく二人の時間を過ごせるようになった。


「最初はどちらへ行くのですか?」

「ダグラ……エリーゼさんの方。キツイのは最初に済ませておこう」


 そう言ったらエリアスは苦笑いを浮かべつつ、そうですねと同意した。

 今日はこの後、デートを兼ねて結婚式と披露宴のための衣装と装飾品の確認をしに行く。

 衣装はシェリーさんに、装飾品は他に頼れる人がいないからエリーゼさんに注文してある。


「さてと、覚悟はいいか?」

「はい、いつでもいけます」


 何度来ても、エリーゼさんの下を尋ねるのには覚悟がいる。

 しっかり気を確かにしていないと、あの人から受けるダメージは計り知れない。


「行くぞ」

「はい」


 意を決して扉を開けた先に、エリーゼさんはいた。


「いらっしゃいませぇ。あらぁ、ヒーラギちゃんにエリアスちゃんじゃない。よく来てくれたわねん」


 ぐほぁっ! やっぱりこの人の外見は、目と精神へのダメージが凄い。

 どうやっても隠せないムキムキな筋肉質の体でフリフリだらけの服をまとって、彫りの深いゴツイ顔に厚化粧を施し、やたらとしなを作った仕草。

 この全てが目にくる、精神にくる、意識にくる。

 しっかり覚悟していなければ、意識を持って行かれるところだった。


「こんにちは。注文していた品の確認に来ました」

「分かったわ、ちょっと待っててね」


 奥へ引っ込むエリーゼさんを見送り、一息つく。


「君達も大変ね。店長は良い人だし、腕もセンスも良いんだけど、あの見た目がね」


 ここに勤めている女性店員にそう言われ、心の奥底から強く同意する。

 でもダンジョンタウンにとっては大事な男だから、あんな人でも奥さんが五人いる。

 会ったことは無いけど、あんな人に嫁ぐ決意をした女性達には拍手を送りたい。


「お待たせ。早速つけてみてくれるかしら?」


 持って来た装飾品は注文通りで、一つ一つの出来もしっかりしている。

 この見た目で指も太いのに、どうしてここまで繊細な仕事ができるんだろうか。

 しかも素人の俺でも分かるくらい、センスも良いし。

 そんなエリーゼさんにより、エリアス用の装飾品がチェックされていく。


「サイズは良し、バランスも良し。どこか違和感はあるかしら?」

「ありません」

「それなら、これで大丈夫ね。バッチリ似合ってるわよ」


 ウインクするエリーゼさんに、助けてとエリアスが視線で訴えてくる。

 ごめん、こればかりは助けられない。


「衣装はシェリーちゃんに作ってもらうんだったわね。どんな衣装なの?」

「至って普通の物です。俺のいた世界風も考えたんですが、服飾については無頓着だったから分からなくて」


 着物かドレスか以外、全く分からないから教えようがない。

 一応先生にも聞いたんだけど。


『それは年齢イコール彼氏いない歴の私への、遠回しな嫌がらせね! そうなのね!』


 そう言ってマジ泣きしたから、それ以上は追及せず黙って先生の下を去り、衣装はこっちの世界のデザインを使うことに決めた。

 面白みが無いと戸倉が言っていたけど、あいつは式の衣装に何を求めているんだ。

 こっちでの花嫁が着るドレスはシンプルなデザインで、余計なフリルとかは付けず、代わりにネックレスやティアラとかで着飾るのが流儀らしい。

 その理由をオバさんに聞いたら、花嫁衣装は一度着たらそれっきりだけど、装飾品は結婚後でも身に着けられるから、とのこと。

 要するに一度しか着ない物に金を掛けて豪勢にするくらいなら、普段から身に着けられる装飾品に金を掛けようという訳だ。


「あらそう。異世界の花嫁衣装を見てみたかったのに、残念ね」

「こればっかりは諦めてください。俺の奴隷になった同じ世界出身の三人も、よく知らないみたいなので」


 なにせ学生と年齢イコール彼氏いない歴の先生だからな。


「なら仕方ないわね。さっ、これで確認は終了よ。大丈夫そうだから、当日までしっかり保管しておくわね」


 外した装飾品は手持ちの金庫のような箱に入れられ、結婚式当日まで厳重に保管してくれるそうだ。

 装飾品を丁寧に箱へ収めたエリーゼさんは、真剣な目つきでエリアスに話しかける。


「エリアスちゃん。今まで大変だったでしょうけど、当日はそれを乗り越えて彼と結ばれるあなたに相応しい、最高に綺麗なメイクをしてあげるからね」


 最後のウィンクはちょっと気持ち悪いけど、エリーゼさんのこういう所は頼もしい。

 この人は混種であろうが気にせず、エリアスのメイクや装飾品作りも喜んで引き受けてくれた。

 これでこの外見でなければ、もっと頼り甲斐のある良い大人だったのに。


「では、ありがとうございました」

「お世話になりました」

「またねえ。結婚式、楽しみにしてるわよ」


 見送りはともかく、投げキッスはやめてくれ!

 そのまま俺達は足早に店を離れ、次はシェリーさんの店へ向かって衣装を確認。

 それが終わったら披露宴会場の予約しに行き、結婚式会場となるかつてヴィクトマがいた教会で予約を確認。

 これで今日の用事は全て終わり、ここからは完全なデートだ。


「どこに行く?」

「でしたら、以前から行ってみたかった所があるので、そちらへ」


 楽しそうにしているエリアスは耳も鱗も隠していないから、周囲はそれを見て不快な視線を向けたり、コソコソと陰口を囁いたりしている。

 だけどエリアスは全く気にせず、ほぼ全身を隠してコソコソとしていたかつての様子も見せず、上機嫌に俺と腕を組む。

 うん、そうだな。今は周囲のことなんて気にせず、存分にデートを楽しもう。

 食事をして劇を見に行って本屋に立ち寄って、普段着を扱う服屋へ寄って帰路へ着く。


「今日も楽しかったですね。来集のイーリアさんや、その翌集のネーナさんとのデートも、ちゃんと楽しませてあげないと駄目ですよ」


 自分とのデート中にこういう事を言うのは、正妻の余裕という奴だろうか。


「当然だ。楽しまなきゃデートじゃない」

「分かっているならいいです」


 上機嫌に尻尾と耳を揺らしながら寄り添うエリアスはやっぱり可愛い。

 それと着やせする方だから、色々と柔らかくて役得だ。


「そういえば、イーリアとネーナとの式はいつ頃にすればいいんだ?」


 第二夫人以降は身内で細々だから、今回のように教会や披露宴会場を押さえる必要は無い。

 極端な事を言えば、うちのダンジョンの居住部でも構わないそうだ。

 そうなると問題なのは時期だ。エリアスとの式が終わって、どれくらい間を空ければいいんだろう。


「早くても私との式が終わった翌集くらいですね」


 一ヶ月くらいかと予想していたけど、思ったより短いな。

 せっかくだから日程の調整をして、ウェディングとまではいかなくともドレスくらいは準備するか。


「披露宴の料理もドゥグさんのお陰でなんとかなりそうですしね」


 披露宴ではオバさんからの強い強い、とても強い要望により、元いた世界の料理を出すことになった。

 でもここで問題になったのが、誰が作るのかということ。

 新郎の俺は言わずもがな、奴隷という身分の香苗達が作るのも良くないとされている。

 生まれを理由にすれば調理補助くらいはできるらしいけど、だとすれば誰が指揮を執るのか。

 うちのダンジョンに勤めているイーリア達は会場にいなきゃならないし、普段一緒に調理をしているミリーナも奴隷。農業組も同様の理由で無理。そもそも農業組は俺の世界の料理を、食べたことはあっても作った経験が無い。

 するとオバさんからの提案で、ドゥグさんを貸してもらえることになった。

 会う度に向こうの料理を教えてだいぶ詳しくなった上に、披露宴のような場で出す料理も知っているとあって、二つ返事でお願いした。

 本人も乗り気で、どんな物を作ろうかと張り切っているそうだ。


「後は本番で、何事も無ければそれでいいな」

「ですね」


 そんな事を話しながら無事に帰宅すると、先生が書類を手に出迎えた。


「お帰り柊君! 早速で悪いけど聞いてくれる? 新しい合体魔物の案を思いついたの! あっ、これがその草案ね!」


 なんでこの人は、常に絶賛平常運航なのだろうか。

 せめてデートの余韻にくらい浸らせてほしい。


「サトウさん、ちょっと空気読んでください」

「えぇっ!?」


 エリアスからそんなことを言われ、先生が驚いている。

 笑顔なのに微妙に怒気を含んでいて、魔力が黒いオーラっぽくなって漏れ出す。

 そういえばエリアスって闇魔法が得意だったなと、現状どうでもいいことを思い出しながらこの場を収める。


「まあまあ、エリアス。先生が空気とか雰囲気とか状況とか、文字以外を全く読まないのは、今に始まったことじゃないから」

「そこまで言うっ!? 柊君、私に何か恨みでもあるの!?」


 だって実際問題、空気読めてないし。


「それは後で読むので、今は引っ込んでてください」

「うわーん、私への対応がどんどん雑になってくよう!」


 泣き真似をしながら立ち去る先生を見送り、リビングで一息入れる。

 タイミング良く飲み物を運んできたアッテムから、また先生が何かやったのかと聞かれたから、さっきのことを教えた。


「相変わらず、ですね」


 全くだ。そう思いながら淹れてくれたお茶を飲んでいると、今度は香苗と戸倉がやって来た。


「さっきのやり取りは陰で聞いていた。タイミングはアレだったけど、内容は私達も確認したから問題無い」

「今度の合体案はまともだったぜ。ミサイルとかビームとかは無いし」


 へえ、前回ミサイルの件で怒られたから学習したかな。

 というか、学習してくれなきゃ困る。

 そう思っていた俺の気持ちは、次の香苗の発言で良くも悪くも裏切られた。


「精々ロケットランチャーとかマシンガンとかガトリングくらいだから」

「ちょっと先生呼んでこい。草案も持ってこさせろ」


 どうしてそう、現代兵器を作りたがるんだ。


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