第63階層 合体魔物ができるかも
葵「とんこつラーメンが……食べたい」
女騎士を捕まえて十日が経過した。
その間はダンジョン運営に大きな動きは無く、いつも通り侵入者を撃退したり魔物を鍛えたりして、それ以外だとオバさんにも意見を貰いなが結婚式の準備に着手したくらいだ。
進展が無いからそろそろ女騎士をオバさんに引き渡そうかと考えた今朝になって、ようやく口を割ったとの報告が尋問を担当したリンクスと、証言に嘘が無いか調べるためい協力したアッテムによって届けられた。
「えっ? 月下の旅団とワイルドセイバーズの合併クラン、トリニティアル?」
引き出した情報を基に作られた報告書には、前にフェルトから聞いた有名な冒険者クランの名前があった。
というか、こっちの世界にも合併っていう手段があるんだな。しかも大手二つが合併していたとは。
そして何よりも驚いたのは、あの女騎士のクラン内での立場だ。
「あいつは、このトリニティアルのナンバースリーなのか?」
「はい。そう言っていました」
「嘘じゃ、ありま、せん」
そりゃ強いわけだ。
それだけの相手なら、「ダークネスフィールド」と「ベリアライズ」を使うのも致し方ない。
むしろ、使わなかったら勝てなかったな。
既に同じ魔法は「封魔の指輪」へ封印してもらったから、より上位の二人が来たら確実に使わせよう。
「構成員は、ここに書かれているので全部か?」
「いえ、主だった方達だけです。さすがに末端までは知らないそうなので」
「主力が分かれば十分だ」
あんまり求めすぎても仕方ないし、主力の詳細な情報が手に入れば十分な価値がある。
そう思いながら報告書を読んでいたら、やっぱりと言うか何と言うか、ナンバーワンとナンバーツーの情報も書かれていた。
あの女騎士はこの二人とは指揮能力は互角でも、個々の実力では僅かに及ばないようだ。
「イーリア。すぐにこれを書き写して、ダンジョンギルドへ届けてくれ」
「分かりました!」
返事をしたイーリアは報告書を受け取り、自室へと駆けて行った。
「エリアスはロウコンさんに伝えてくれ」
「分かりました。情報が手に入った事と、引き渡しの件は白紙と伝えればよろしいですか?」
「それで頼む」
「承知しました。情報は直接渡さず、ダンジョンギルドで買うように伝えておきます」
さすが俺の嫁、分かっている。
いくら身内になる人とはいえ、優遇し過ぎる訳にはいかない。
捕まえた情報くらいならともかく、今回の情報はちゃんと金を払って買ってもらわないと。
「ローウィ、悪いけどエリアスに同行してくれ」
「承知しました。魔物の訓練はどうしますか?」
「従魔覚醒の影響を与えなきゃいけない魔物がいるから、俺がやっておく。女騎士の扱いの件もあるしな」
情報を全て引き出した女騎士には、もう用が無い。
だから予定通り、イータースライムが寄生している奴に捕食させて、その力を利用させてもらおう。
「では、女騎士を育成スペースに移しますか?」
「頼む」
エリアスとローウィはすぐに出発し、リンクスは女騎士の下へ向かい、アッテムは休憩に入る。
司令室での仕事はラーナに任せ、俺は育成スペースに移ってイータースライムを呼び寄せる。
寄生させた女冒険者が槍使いだったからか、槍での訓練をしている。
「お呼びなのですか、ご主人様」
槍を手にやってきたイータースライムに今回の件を説明すると、満面の笑みを浮かべた。
「遂にライムの捕食スキルの出番なのですね!」
喜ぶ姿は微笑ましいけど、やることは捕食だ。
ちなみにライムっていうのは、この寄生した肉体の名前でイータースライム自身の名前じゃない。
冒険者が必ず持っているカードで確認したら、スライムと近い名前だからこいつが気に入り、そのまま名乗っている。
「主様、連れてきました」
「お……う?」
連れて来られた女騎士は、牢屋の前で話した時の雰囲気は欠片も無く、艶めかしくて強い色気を発している。
この十日の間に何があったんだ。
「はあ、はあ。貴様……か。全て話したんだから、ようやく私は、死ねるのか?」
「黙れよ、この死にたがり」
「はうっ!」
まだ死にたがっている女騎士の尻を、リンクスが結構強めに蹴った。
それなのに恍惚の声と表情をして、その場に膝立ちになる。
「ま、まらわらしに、生き恥を、かかしゅ気かぁ……」
リンクス、お前一体どんな尋問をしたんだよ。
正直、雰囲気だけでも目のやり場に困るぞ。
精神安定のためにも、さっさと捕食させよう。
「よしライム、やってくれ」
「はいですの!」
元気よく返事したライムが女騎士に歩み寄る。
どうやって捕食するのか見ていると、ライムの口辺りだけがスライムのように柔らかく変化して、プルプル震えだした。
そしてスライム状になった口を、これでもかというぐらい大きく開き、膝立ちのまま目を見開く女騎士を口の中へ収める。
「うっわ……」
ほぼ自分と変わらない大きさの女騎士を、一口かよ。
とか思っていたら、バキボキと何かが折れる音と女騎士の悲鳴が響く。
噛んでる? これ噛んでるか押し潰しているだろ絶対に。
死なせてくれと言っていた女騎士が、出せと叫びながらライムの口の中で暴れているけど、内側から突き破る様子も吐き出す様子も無い。
これ、透明でなくてよかった。内側見えてたら、絶対に見られる光景じゃない。
「主様……」
「とりあえず、耳を塞いでライムが捕食し終えるのを待とう」
「はい」
リンクスと一緒に耳を塞ぎ、聞こえてくる音を遮断。
悲鳴も骨が砕ける音も何も聞こえないようにして、捕食が終わるのを待つ。
やがて飲み込みだしたのか、女騎士を収めた口が徐々に小さくなっていき、元の大きさに戻ったところで塞いでいた耳を解放する。
「はふう。ごちそうさまでした!」
満腹になったように腹を擦るライム。
早速、用意しておいた魔石盤で能力がどう変化したのか調べようとしたら、それよりも先に外見が変化しだした。
髪の色が金に変わっていき、顔立ちも女騎士そっくりになっていく。
そういえば捕食スキルは、能力の向上や捕食した対象からいくつかのスキルを入手するだけじゃなくてなく、外見的特徴も出るんだったな。
どうやらそれが、髪と顔立ちにそれが出たようだ。
肝心の能力はどれも凄く上がっているし、スキルは盾術と剣術と統率を入手している。
一生に三回のうち一回を使ったけど、これだけ能力が上がるのなら
「おぉぉっ! なんかすごく強くなった気がします!」
「気がするんじゃなくて、本当に強くなっているんだ。ちょっとこれを振ってみろ」
差し出したのは、良い剣だから残しておいた女騎士の剣。
分かりましたのと返事をしたライムは剣を受け取り、右手に持って構えを取って振るう。
薙ぎ払い、振り下ろし、突く。
今まで剣を使わせたことは無いのに、まるで常に扱っていたかのように滑らかかつ鋭い動き。
その動きは単に剣術スキルがあるからというだけでなく、女騎士がダンジョンで戦っていた姿を思い出させ、背後にその姿が被って見える。
ひょっとすると、捕食対象の経験も引き継いでいるのかもしれない。
「いけます! これなら剣でも戦えますの!」
まるで子供の用にはしゃぐ姿に、つい笑みが浮かぶ。
「ただご主人様、何かしっくりこないんですの。左手にも何か持っていたいような……」
左手にも? あっ、そういえば女騎士は盾も持っていたっけ。
経験も引き継いでいるのなら、そういった感覚も引き継いでいるのかも。
剣と一緒に盾も残しておいたから、すぐに取り出して渡す。
それを手にしての動きはさっきよりも安定感が出て、キレも増している様に感じる。
「これなのです! ご主人様、この盾も使っていいですの?」
「いいぞ。明日からお前を実戦投入するから、思う存分使ってくれ」
「はいですの!」
既に指導をして従魔覚醒の影響は受けているし、実戦投入してみてもいいだろう。
「張り切り過ぎて空回りしないようにな」
「勿論ですの!」
敬礼のポーズをしたライムが走り去ったのを見届け、まだ指導していない魔物達への指導を開始。
それを面倒見の良い先輩魔物達が手伝ってくれた。
こいつらはいつの間にか指導スキルを習得していて、そのお陰か他の先輩魔物達よりも後輩魔物達の成長が早い。
いずれはこいつらで指導隊を組ませ、後進の育成に集中させたいと思っている。
「よし、今日はここまで。充分に休息を取っておけ」
指示を受けた魔物達は、ありがとうございましたと言っているかのように鳴き、手を動かせる魔物達は揃って敬礼した。
さっきのライムもそうだったけど、敬礼なんて教えていないのに、誰がいつの間に教えているんだろう。
そう思いつつ、司令室へ戻ってラーナへ声を掛ける。
「ラーナ、交代だ。何かあったか?」
「問題無しです、マスターヒイラギ」
司令室に入ってラーナから引き継ぎを受け、現状の確認をしていく。
その最中にエリアスが戻って来て、オバさんへの報告終了を告げられた。
お褒めの言葉と、情報はしっかりギルドで買わせてもらうという伝言と共に。
「分かった。ありがとう」
「いえ、妻になる身としては当然です」
そう言ってくれるのは嬉しいけど、あまり負担をかけたくないとも思う。
だからってあまり頼まなさすぎるのも、こっちの世界では良く思われないみたいだから難しい。
すると今度はイーリアが冒険者ギルドから帰って来た。
「ただいま戻りました」
「おかえり。例の情報はどうだった?」
「主力冒険者の情報があるという点を加味して、白金貨五十枚で買ってくれました。情報は明日から販売を開始し、事前の約束通りに利益の二割を情報提供料として口座に振り込むよう、契約も交わしてきました。こちらが契約書の控えです」
白金貨五十枚かよ。
確かに有用な情報だったし買い取り価格は任せたけど、そんなに高額になったのか。
受け取った契約書の控えにも確かにそうある。
こんな額を貰ったのなら、少しくらいダンジョンの魔力に変換しておこう。
「うん、ありがとな。白金貨五枚はダンジョンの魔力に変換するのに使って、残りは貯蓄へ回しておこう」
「承知しました」
返事の後で差し出された白金貨五枚を魔力に変換し、罠をいくつか見繕って設置。
ついでに魔物の一覧を見て、今後のダンジョン拡張の際に使えそうな魔物の下見をしておく。
「エリアス、この魔物なんだけど」
「はい。どれでしょう」
エリアスは魔物に詳しい。
俺よりもずっと上位のオバさんの所にいたから、添えられている説明文以上の情報を持っている時がある。
その知識はダンジョンギルド職員のイーリアにも匹敵し、新しい魔物を選ぶ時とかは参考にさせてもらっている。
「そうですね。この魔物は背丈があるので、ヒイラギ様のダンジョンではフロアリーダーの間にしか配置できないかと」
「強さは? フロアリーダー級なのか?」
「通常のダンジョンではギリギリフロアリーダー級なんですが、ここのダンジョンのフロアリーダーを見ていると、だいぶ劣ると言うか、その……」
それは比べる対象が間違っているから。
従魔覚醒の影響プラス、なんか先生が魔改造だとか言っている修業、さらに装備品で強化しているうちの魔物と比べちゃ駄目だろ。
「エリアス、この魔物をうちで修業させるのを前提として考えてくれ」
「それはそれで予想ができません」
だよな。
従魔覚醒はともかく、どう鍛えるかは俺とローウィで決めてるし、時には勢いや行き当たりばったりで決めることもある。
加えて魔心晶を埋め込んでの強化や、変形部隊のようにする場合もあるから、なおさら予想は難しいか。
「私はこちらの魔物達が良いと思います」
表示させたのは主に水棲系の魔物。
大きさも手頃で、通路内でも活動が可能だ。
「ふうん……。あっ、こいつ面白そうだな」
「でしたらこっちでも……」
目星をつけた魔物に意見を出し合いながら、チェックだけ入れていく。
あくまで今後の参考だからな。
「柊君! これを見て!」
突如司令室へ駆け込んできたのは、数枚の書類を手にした先生。
何だろうと思いつつ、差し出された書類を受け取る。
「サトウさん、これは?」
「私が考えた、合体魔物を作成する方法の草案よ!」
まだ諦めていなかったのか、合体魔物。
どんだけ合体させたいんだと思いつつ書類へ目を通すと、最大の問題である合体中の隙についての対策が書かれていた。
「どうかな? 合体中に攻撃されないよう、合体中は防御魔法で障壁みたいなのを展開したらって思ったんだけど」
うん。これなら合体中に攻撃されても、防御魔法が防いでくれるな。
だけど肝心の合体システムはどうなんだ?
そっちがちゃんと成立しなかったら、意味が無いぞ。
「えっと……」
合体時における変形は、変形魔物を生み出す方法を利用する。
これはまあ当然だな、他に方法が無いだろう。
問題は合体位置の調整や合体の合図だ。
だけど先生はそれを分かっているようで、そのための対策をまとめていた。
「合体の合図は鳴き声で、合体位置の調整は魔物達が目視で自身の接合箇所と調整する?」
「そうよ! 変形魔物になっても視覚はあるんだから、その生み出し方を流用した合体魔物達にも当然、視覚はあるはずでしょ? だから自分達の目で見て調整してもらうのよ。それによって合体時の隙は大きくなるけど、防御魔法の障壁で時間を稼げばいけそうでしょ!」
なんか先生が凄く活き活きしながら説明してる。
だけど理屈は分かる。
合図を鳴き声にすれば侵入者に気づかれ難いだろうし、視覚を利用して自分で合体位置を調整すれば、中に入っての操縦や外部操作に頼らず合体できそうだ。
さっきの合体時に展開する障壁は、合体時の妨害を防ぐためだけじゃなくて、視認での調整をする時間稼ぎのためでもあるんだな。
「それで、どうかな?」
「即採用とはいきませんが、実証実験をしてみる価値はあると思います。明日にちょっとやってみましょう」
「よっし!」
ガッツポーズをするほど、合体魔物を楽しみにしていたのか?
かくいう俺も、出来るんじゃないかと分かると少し楽しみになってきた。
子供の頃はバイク乗りより戦隊物を見ていて、何よりもロボの戦闘が好きだった。
特に合体シーンは、どういった合体をするのか超真剣に見ていたからな。
とりあえず草案はできたんだし、実験に使う魔物を見繕っておこう。