第5階層 知り合いと遭遇は割り切って新規開拓
涼「ダンジョンタウンぶらり旅」
書類選考の通過者を決めて面接での質問事項を話し合い、ようやく寝られたのは深夜だった。
相変わらず寝心地の悪いベッドだけど、この日は疲れのお陰でよく眠れた。
それにしても、本当に人を雇うっていうのは大変なんだな。
途中で何度、投げ出して現実逃避したいと思ったことか。
でも自分の下で働いてもらう人材探しだし、イーリア一人に押し付ける訳にもいかないからやりきった。
そんなことを思い出しながら朝食を摂った後、身支度を整えて出かける準備をする。
「では、書類選考の合格者に通達をしてまいります」
「頼むぞ。俺はダンジョンギルドで予約の確認をしてくるから」
イーリアが合格通知をしに行くのを見送り、俺もダンジョンギルドへ向けて出発する。
ダンジョンギルドに赴く理由は、翌日の面接の会場としてダンジョンギルドの一室を使わせてもらうためだ。
予約そのものは応募の張り紙を貼った日にイーリアがやってくれたので、今日は念のために予約確認をするだけ。
電話やメールやネット確認が出来ればいいんだけど、生憎とこっちにそんな物は無い。
だから面倒でも時間が掛かろうとも、人を向かわせるか自分が出向くしかない。
そういうわけでダンジョンギルドへ赴き、上半身が女性で下半身が蛇のラミアっていう種族の受付女性に予約の確認を取ってもらう。
「面接会場の使用予約の確認ですね。確かに明日で予約を取られていますが、何か変更はありますか?」
「いや、確認をしに来ただけだ。変更は無い」
「承知しました。では、明日をお待ちしております」
こちらこそよろしくと伝えてダンジョンギルドを後にする。
さてと、これで午後までは予定が入ってないから時間が開いたな。
魔物達には今日の訓練は休息でも自主訓練でも好きにしろと伝えてあるから、帰っても用事らしい用事は無い。
「そういえば、暇になったのはこっちに来て初めてだな」
思い返してみれば、こっちへに来てからはダンジョンの準備ばっかりしていたっけ。
他にやった事といえばハンディルのおっちゃんやオバさん達への挨拶、後はこっちでの生活用品を買い揃えたくらいか。
よし。せっかくの休みなんだし、自由に歩き回って町を観光してみるか。
午後は面接についての最終的な打ち合わせをして、新たに増築する予定の男性雇用者の部屋を準備しなくちゃならないし、夜にはイーリアの実家へ招かれている。なんでもイーリアがダンジョンマスターの助手になったから、これから娘がお世話になる相手へ挨拶をして、ささやかながらお祝いをしたいそうだ。
「とにかく今は自由だ。思いっきり観光を楽しむぞ」
まず向かったのは、露店で賑わっている通り。
ここには日用品を買いに寄ったことがある。
奴隷で無い人間が現れたからか、あちこちからヒソヒソと話す様子や物珍しそうな視線を感じる。
何も言ってこないから俺がダンジョンマスターなのは知っているみたいだけど、ちょっと居心地が悪いな。
「やぁ、ヒーラギ君じゃないか」
明るい声で近寄ってくるのは、この前オバさんの所で世話になった先祖返りのリザードマン、料理長をしているドゥグさんだった。
「どうも。食材の買出しですか?」
「そうなんだよ。贔屓にしている店から良い魔物の肉が入った連絡があってね、全速力で買いに行ったよ」
爽やかな口調で言ってくれているけど、喋っている内容はまんま異世界って感じだ。
でなかったら、魔物の肉だなんて言葉が出るはずがない。
おそらく脇に抱えている紙に包まれた塊が、その魔物の肉なんだろう。
どんな魔物の肉なのかを聞く勇気は無いから、そうですかとだけ返して笑みを浮かべておく。
「ヒーラギ君も買い物かね? 良ければ知り合いの店を紹介するよ」
「それはありがたいですが、今日は午前中の用事が無いので少し観光をしようかと」
観光という言葉にドゥグさんは一瞬怪訝な表情を浮かべたけど、すぐに納得してうんうんと頷いている。
「そうだそうだ、君は異世界から来たんだったね。なら観光くらいしても不思議じゃないか」
こんな反応をされるのも仕方ないか。
なにせダンジョンタウンにはここで生まれ育った人しかいないし、唯一外部から来るのは人間の奴隷のみ。
奴隷の身分で観光だなんて、普通はありえないないもんな。
そう考えると、異世界から来るダンジョンマスターって唯一の観光客なんじゃないだろうか。
とはいっても町並み以外に見るものがあるかどうか。
どこか見に行くべき場所がないかドゥグさんに聞こうとしたら、聞き覚えのある声が響き渡った。
「柊!? お前、柊なのかっ!」
真後ろからの声に振り返ると、肩から膝ぐらいまである二つ折りのボロ布に、首と腕を通す穴を残して縫ったような物を腰紐で縛った服を着て、鎖付きの手枷と足枷を付けている知り合いがいた。
あまり話したことがない奴だけど、名前だけは覚えている。大和田敦っていうバスケ部のエースだ。
顔が良いから割とモテていて、クラスの男子の約半数を敵に回していた。
「よっ、大和田。久し振りだな」
「お前もダンジョン攻略に失敗して、奴隷にされたのかっ!?」
奴隷にされた?
よく見れば大和田の首には首輪が付いていて、そこから伸びる鎖が近くにいる馬に乗る、豚の耳と尻尾が生えた亜人の手に握られている。
その亜人はドゥグさんと同じ先祖返りというわけでもなさそうなのに、顔は豚そのものっぽくて明らかなメタボ体型をしている。
周囲には昔の中国人が着ているような服を着た、部下らしき亜人が数名付き添っている。
そうか、大和田はあの豚のダンジョン攻略に失敗して、あいつの奴隷になったのか。
それとも別のダンジョンで負けて奴隷として売られ、あいつに買われたのか。
とりあえず、俺が奴隷だという事は訂正しておこう。
「残念ながら違う。俺はダンジョンマスターになるため、直接この町に来た。つまり俺は奴隷じゃなくて、ここの住人だ」
真実を伝えてやると大和田の表情は驚愕に包まれた。
対する馬上の豚は、鎖を引いて大和田を引き寄せながら俺の傍へ馬を寄せる。
「ほっほっ。お主が噂に聞く、異世界から来た人間のダンジョンマスターとやらか。なかなか良い面構えをしているではないか」
まるで値踏みでもするみたいな目を向けてくるけど、その粘着質な視線が何か嫌だ
「我輩はこの第五エリア内のランキングで八位に入っている、ランク七のダンジョンマスターでピッグンじゃ」
こいつが第五エリア八位でランク七?
だとしたら不愉快でも下手は打てないな。
「ダンジョンマスターの方でしたか、失礼しました。この度、この第五エリアでダンジョンマスターになりました、異世界人の柊と申します」
見た目と向けてくる視線と態度は気に入らないけど、相手は俺より格上。
まだダンジョンすら開いていない俺なんて、こいつにとっては取るに足らない存在だろう。
だからこそ丁寧に対応して、機嫌を損ねないようにしないと。
でないと、何されるか分かったもんじゃない。
「ヒーラギと申すか。そち、我輩が先ほど購入した奴隷の顔見知りか?」
豚が自分の手に握っている鎖を引き、大和田を引き寄せる。
購入したということは、豚のダンジョンとは別のダンジョンで捕まって奴隷商に売られて、それをこの豚に買われたのか。
「そうですね。こいつは俺と同じ世界、つまりは異世界から来たんです」
「なんと、こやつも異世界人となっ!」
豚が驚いて大声を上げたせいか、周りにいる野次馬達にざわめきが起こる。
「ほっほっほっ! なんという良き日か、まさか異世界人を金貨五枚程度で買ったとは思わなかった!」
すぐに満面の笑みになった豚は高笑いし、胸元から扇子を取り出して扇ぐ。
おそらく購入先の奴隷商は大和田が異世界人とは知らず、地上にいる人間の一人として商売をしたんだな。
異世界人だと知ってたら、いくらぐらいの値段が付いたんだ?
「まったくもって幸運じゃ。異世界人なれば、白金貨五百枚の価値はあるからの」
異世界人ってだけで値段千倍かよ!
その理由は昨日イーリアから聞いた、男女の出生比率が関係しているからなんだろうな。
「う、うるせぇ豚野郎! 頼む柊、助けてくれ。クラスメイトだろっ!」
あっ、助かりたいからってそれ言っちゃうんだ。
というかこいつ、俺があの豚と同じ立場だからなんとかできると思ったのか?
悪いけどあの豚と俺とじゃ、立場は同じダンジョンマスターでも地位が違うんだよ。
新興ダンジョンとエリア内とはいえ八位のダンジョンじゃ、相手の方がずっと地位が上だ。
だから俺だって、使いたくない敬語を使って接しているんだ。
この場で俺が下手なことをしたらイーリアだけじゃなく、近く採用しようとしている人達に迷惑がかかる。
第一、お前はもう豚の所有物になっている。
金を積めばひょっとすればだけど、豚がお前の価値に気付いた以上は無理だ。
という訳で、悪いけどここは突き放させてもらう。
「すまないが、それは無理だ」
「な、なんでだよっ!」
「少し考えれば分かるだろ? 今のお前は奴隷でピッグンさんの所有物。お前に対して買い取る予約している訳でも、手付金を払っている訳でもない俺が、横から口を挟む権利はこれっぽっちも無い」
さすがに察したのか、大和田は俯いて言葉を発せないでいる。
馬上の豚は、分かっているじゃないかとでも言いだけにニヤけている。正直キモい。
「だから悪いけど、助ける事はできないな」
「ふ、ふざけん、なっ! 俺が、俺が一生この豚の奴隷だなんて!」
手枷と足枷をガチャガチャ言わせて暴れて叫んでも、俺にできることは無い。
暴れる大和田は豚に付き添っていた部下達に押さえつけられ、地面に押さえつけられた。
「ほっほっほ。そう喚くでない。心配せずとも、我輩が飽きるまでは毎晩寝所で可愛がって大切に扱ってやるぞ」
この豚、そっちの趣味の持ち主か。
女の数が圧倒的に多いダンジョンタウンでも、こういう趣味の奴はいるんだな。
いや、周りが女ばかりだからこそ、その手のことに目覚めたのか?
「い、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ! 頼む柊、助けてくれよぉ!」
逆の立場だったら俺だって嫌だよ。
でも助けてやれないし、助けてやるつもりも無い。
この状況で大和田を助けるメリットが無いし、奴隷の購入が法に触れている訳でもないからな。
元クラスメイトだろうが関係ない。ここは冷たく切り捨てさせてもらうけど、恨むなよ。
「さっきも言ったように無理だ。売られる前ならともかく、既に買われた後じゃどうしようもないから諦めろ」
そう告げた途端に、大和田は顔から出る体液を全て流しながら叫び出した。
「ああぁぁぁっぁぁぁぁっぁっ!」
絶望した大和田は悲鳴なのか嗚咽なのか分からない声を上げ、何度も頭を地面に打ちつける。
押さえ込んでいた人達が力ずくでそれを止め、数人がかりで持ち上げて担ぐ。
その中の一人、馬上の豚と同じく豚の耳と尻尾が生えた女性が猿轡を噛ませる。
「ピッグンさん、知り合いが失礼をしました」
「構わんさ。これくらいの事を許す度量も、ダンジョンマスターには必要だからな。ほっほっほっ」
最後にもう一度高笑いし、ゆっくりと馬で去って行った。
未だに声を上げながら暴れる大和田は、そのまま担がれて連れて行かれた。
できれば大和田から同じく転生した誰かしらの情報を仕入れたかったけど、とても出来る雰囲気じゃなかったな。
周囲の野次馬達も俺達のやり取りが終わったから方々に散り、普段の喧騒が戻ってきた。
唯一俺の傍に残っているのはドゥグさんだけ。
「致し方ないとはいえ、辛くないかい?」
どうやら俺を気遣ってくれているようだけど、これがこっちの世界では当たり前なんだ。
元の世界の常識や法律は通用しない、こっちの常識と法律の下で俺達は生きていくしかない。
だからこそ、現実を突きつけて突き放した。
それがダンジョンタウンの常識で法律だから。
「大丈夫ですよ。それに俺の知り合いは地上にまだ三十人近くいるはずです。だったら、こういう場面が何度もあるかもしれませんから」
「地上にとはいえ、そんなに異世界人が現れているのか……」
そうなんです、なにせ集団での異世界転移だったもんで。
さて、そろそろ観光の続きに戻るとするか。
「じゃあドゥグさん、俺はこれで。ロウコンさんにお金を返しに行った時には、約束通り元の世界の料理を教えますから」
「なるだけ早く返済に来てくれ!」
「少なくともダンジョンを開くまではお待ちを」
今は収入が無いからな。
改めて約束を交わしたドゥグさんと別れた後、見に行くべき場所を聞き忘れたことを軽く後悔しながら露店を覘きつつ通りを歩いていく。
時折、食べ物を売っている店主がどうだと声を掛けてくるけど、生憎とそんな腹が減っていないからやんわりと断っておく。今度来るときは少し腹を減らせてから来よう。
さらに奥へと歩いていくと、いつのまか露店が並んでいる通りを抜けていた。
先の通りは人通りが少なく、並んでいる店も開いているんだか閉まっているんだかよく分からない。
どうせ観光だからと歩を進めると、その先に並んでいる店舗は怪しそうな薬屋、奴隷商会、飲み屋、不気味な道具屋、風俗店といった店ばかり。
とても観光向きじゃないから引き返そうとしたら、風俗店の客引きから声が掛かった。
一瞬興味は引かれたけど、手持ちが無いからと断りを入れて逃げた。
「ふぅ、こっちにもああいう怪しい通りがあるんだな」
多分あそこはダンジョンタウンにおける夜の繁華街なんだろう。
ああいう場所に行く勇気は、元の世界では未成年者だった俺にはまだ無い。
「次はこっちへ行ってみるか」
今度は人通りの多い通りへ入ってみると、普通の飲食店や食料品店、雑貨屋に服の仕立て屋が並んでいた。
さっきの露店が並ぶ通りに比べると値段はちょっと高めだけど、品質は良さそうだし新品ばかり。
ここの商品がスーパーやデパートで売っているような物なら、露店の商品は中古品や規格外の訳あり商品、百円ショップで売っているような物って感じかな
「聞いてくれよ、ルニ。噂の人間のダンジョンマスターが、今夜うちに来るんだ!」
うん? 人間のダンジョンマスター?
通りかかった店の前でそんな言葉が聞こえたから立ち止まって目を向けるにと、熊の耳が生えた店番らしき女性に話しかけている褐色肌に尖った耳の男がいた。
「人間のダンジョンマスターってことは、異世界人よね? なんでそんな人がアンタの家に?」
「妹のイーリアがその人の助手になったんだ。それで妹がお世話になるから、今夜夕食へ招くことにしたんだ」
ああ、あの人はイーリアのお兄さんなのか。
ということは人間のダンジョンマスターは俺の事か。
せっかくだから、ちょっと挨拶をしておこう。
「すみません、ちょっといいですか?」
「うん? 誰だ……い?」
振り向いて俺を見たお兄さんの表情が固まる。
同じく熊の耳が生えている、ルニと呼ばれていた女性の表情も固まった。
どうやら俺が人間だと気付いて、話題にしていたダンジョンマスターだって気付いたようだ。
これは反応が面白いことになりそうな予感がする。
「ききき、君はひょっとして、イーリアが助手をすることになった」
「はい。異世界人のダンジョンマスター、柊と申します。妹さんにはお世話になっています」
「あ、あわ、あわわわわ」
話題にしていた人物がいきなり現れたからか、二人ともワタワタしている。
「どどどどどどどど、どしてこおえ?」
どうしてここへ、って言いたいんだろう。
やっぱり面白い反応が見られたや。
「たまたま通りかかったらイーリアの名前を聞いたものですから、話からしてお兄さんだろうと思ってご挨拶に」
「それ、それは、ど、どうも、ご親切に!」
どもった口調で勢いよく何度も頭を下げている。
さすがにこれ以上はいたたまれないから、落ち着いてもらおう。
面白い光景は見られたしな。
「まあまあ、落ち着いてください。驚かせてすみませんでした」
「いえ、こちらこそ動揺してすみません」
どうやら落ち着いたようだな。
さぁ、ここからは普通に会話をさせてもらおう。
「改めまして、柊と申します。イーリアには大変お世話になっています」
「イーリアの実兄でザッグルと申します。イーリアと同じくダークエルフです」
実兄?
あぁ、要するにイーリアと母親が同じということか。
こっちは一夫多妻制だから、そういう言い方をするんだろうな。
「ところで、今日はイーリアは?」
「彼女は用事で別行動中です。ところで、ここは木工品を扱ってるんですか?」
「あっ、はい。うちは主に食器類を扱っています。よろしければ、ご覧になりますか?」
緊張気味のルニさんに促され、店内の商品を見てみることにした。
販売しているのは木製の茶碗や皿、箸にスプーンにフォークもある。
それに串と柄杓、大きいのだと樽まで並んでいる。
でも、それ以上に興味を引いた品があった。
「おっ、お櫃まであるのか」
しかもこれ、ちゃんとした曲げ物だ。
死んだ爺ちゃんがこういった物を作っていた職人で、酔ったらその話ばかりしているのをうんざりしながら聞いていた記憶がある。
「よくできていますね、これ」
「はい。焚いたお米を入れる物だと、数百年前に異世界のニホンという場所から来た方の知識を基に、製法が編み出されたんです」
やるなぁ、前に来た日本人。
そしてそれを再現したここの職人達も凄い。
でも、見てみたところ曲げ物はお櫃しかない。
店番をしていたルニさんによると、木を曲げて作るのはどこもこれしかないそうだ。
考えてみれば、うちの台所にもオバさんのところの厨房にもある物が無かった。
せっかくだから、あれを説明して特注で作ってもらえないか相談してみよう。
「すみません。ちょっと提案があるんですけど、職人の方はいらっしゃいますか?」
「店主の父ならおりますけど、何か?」
「ちょっと頼みたい事がありまして」
奥に引っ込んだルニさんが連れて来たのは、いかにも職人という雰囲気の大柄な男性。
見た目は怖いけど可愛げのある熊の耳が恐怖感をぶち壊してくれて、ちょうどいいぐらいだ。
「あんたか? 俺に用がある異世界人ってのは」
「はい。実は作っていただきたい物がありまして」
早速作ってもらいたい物を説明し、美術の授業で上手くもなく下手でもないと評価された画力で見た目を描いてみせる。
それをしばらくじっと見た男性は頷く。
「なるほど。これなら技術的には問題無いな」
「では、お願いできますか?」
「構わねぇぞ。だが、こっちからも一ついいか?」
なんだ、値段をふっかけようってのか?
それとも作るのを手伝えとでも言うのか?
「これが本当にお前の言う通りの物なら、宣伝次第では売り物になる。だから完成したら、実際に使って見せてくれ。それで俺が売れると確信したら、この発想を俺に売ってくれないか?」
アイディア料を払うから、これの販売をさせてくれという事か。それなら俺は問題無い。
思いがけない形で収入を手にできるかもしれないと思っていたけど、ふと疑問が湧いた。
こういう契約はダンジョンマスターとして有りなのかと。
その点を聞いてみたら、小難しい事は分からないから調べてくれると言われた。
別にそれくらいは構わないから了承し、すぐさま確認のためにダンジョンギルドへと戻った。
「結論から言えば問題無いですね」
さっきも対応してくれたラミアの女性に事の次第を説明したら、あっさりと肯定の返事をもらった。
「たまにあるんですよ、発想は有るけど技術が無いから作業を職人に委託するのは」
「で、売れた暁には利益から発想料と技術料を折半すると?」
「そこは両者の話し合い次第ですね。ですが大半の契約が、技術者側へ多めに分配しています」
そこのところは話し合う必要があるみたいだけど、問題が無いなら契約してもいいだろう。
ちゃんとした収入になるのなら、取り分は俺の方が少なくても構わない。
なにせ現物を作るのは向こうに丸投げしちゃうんだ。発想だけ出した俺の取り分は、利益の一割か二割もあれば充分かな。
「ですが副業として登録する必要はあるので、契約する前に店の方と一緒にギルドへ来てください」
「分かりました」
そういうところはちゃんとやらなきゃ駄目なのか。
木工品店に戻って問題無いことを伝えると、他の注文の対応もあるから完成するのは明々後日ぐらいと言われた。
別に急いでないからそれで了承し、明々後日に受け取りに来る約束を交わして店を出た。
「という訳で、上手くいけば早めに収入が入る可能性がある」
「さすがです! 副業とはいえ、こんなに早く収入を得られそうなチャンスがやって来るなんて!」
帰って来ていたイーリアに木工品店でのことを伝えたら、まるで崇拝しているかのような目で見られた。
というか、どこがさすがなんだろうか?
「まだ決まったわけじゃない。注文の品ができたら、それを試して商品として認められなくちゃならないんだ」
なにせ今までこっちに無かった物だからな。
仮に認められなくとも、元々俺が個人的に欲しかっただけだから問題は無い。
「大丈夫です! ヒイラギ様が考えた一品ですよ、絶対に認められますって!」
「俺が考えたんじゃなくて、こっちには無い、俺のいた世界にあった物なんだけどな」
「あぅ……。そうでしたね」
勘違いして申し訳無さそうに俯く様子を見て改めて思う。
出会った頃の鉄仮面ぶりは何処へ行った。
まぁ、見ている分には面白いから気にはしない。
さっきみたいな崇拝している目は、ちょっと居心地が悪いけどな。
「受け取りは明々後日。ちょうど雇用した人達がここに来る頃だし、うまく出来ていたらそれで歓迎会をやろう」
「はい! ですがその前に、最終の打ち合わせです。今夜は私の実家で食事会ですし、間に合うように張り切ってやりましょう!」
「……あぁ」
一気に現実に引き戻された俺は、気怠い気分で返事をした。
でも食事会は楽しみだから、ここはいっちょ頑張るか。
「よし、まずはなんだ」
「はい。最初に、現時点での採用候補者の選定についてですが……」
目の前に広げられたのは、明日面接を受ける十人の応募用紙。
どいつも俺とそう年齢は離れていないけど、設問の解答と自己アピールから選び抜いた面々だ。
この中から採用するのは四人。その中で俺が個人的に狙っているのは二人。
打ち合わせの最中で誰に注目しているかと聞かれ、俺は迷わずその二人を選ぶ。
「俺はこの二人に注目したい」
まず一人目は狼人族で一つ年下のローウィという少女。
注目したのは習得しているスキルで、なんと剣術、槍術、盾術、棒術、拳術と五つの戦闘向けスキルを習得している。
設問に対しての回答もなかなか上手く書けていて、素人の俺でもどういう戦い方なのか分かる。
もう一人は同い年でカーバンクルのユーリットという少年。
実家が薬屋らしく、調合という薬を作るためのスキルに加えて、調合の際に使用するため火魔法と水魔法のスキルまで習得している。
設問における問題点の指摘は的確で、解決案の説明力も悪くない。
「まずローウィを推す理由は、戦闘用スキルが五つある点と説明力だ」
予め言っておくけど、俺は彼女をダンジョンに配置するつもりは無い。
俺が彼女に求めているのは、この説明力を生かしたゴブリン達への指導だ。
ゴブリン達は俺の指示通りに新しい武器を使っているものの、俺自身が詳しい扱いを知らないから教えるのに限度がある。
その点、ローウィは五つもスキルを習得しているんだから、当然それに関する知識を持っているはず。
肝心の説明力も設問への回答を見る限り問題無いし、指導役にはピッタリだ。
予め俺が使役スキルで指示を出しておけば彼女の指導にも耳を傾けるだろうし、ゴブリン達がスキルを習得するのが早まるかもしれない。
スキルさえ覚えてくれれば、俺や彼女がいなくとも仲間内で教え合うことができる。
「なるほど、つまり彼女は入門編の指導者と?」
「そうだ。それに両親共働きで、家事にも自信があると書いているから、その辺りも任せられる」
「そうですね。合格を通知した際に彼女の家を見たのですが、貧しい一般家庭でした。それでいて家族が大人数ですから、長女である彼女が弟や妹達の面倒を見ているようです」
こっちにもあるんだな、貧乏だけど大家族っていう家庭は。
しかもその長女となれば、家事に強くなっていてもおかしくない。
となると、家事に関するスキルも習得している可能性が高いな。
ますます欲しくなる。
「もう一人のユーリットさんに注目するのは、何故ですか?」
「主な理由は魔法スキルだな」
自己アピールには実家が薬屋だから調合スキルを持っており、その調合の際に使うため火魔法と水魔法を覚え、薬の出来を調べるために鑑定スキルを習得したと書いてある。
俺もイーリアも魔法に関しては素人だけに、どんな理由で取得していようとも魔法系のスキル持ち、しかも二種類もあるのは非常に魅力的だった。
場合によって魔物に魔法を教えさせるのも有りかもしれない。
説明力はローウィほどじゃないけど、頭は悪くなさそうだし着眼点は良さそうだからな。
「魔物に魔法を……。言われてみれば、パンプキンゴーストのように魔法を使う魔物がいるんですから、教えたら覚えるかもしれませんね!」
あっ、またイーリアのキラキラな目が向けられた。
なんだかこっちの前例に無い事を喋ったら、それだけで俺への崇拝度が増していく気がする。
「そ、それに調合と鑑定のスキルも有るからな」
鑑定があれば冒険者から得た物がどんな物か分かるし、調合があれば回復薬や毒薬を作ってもらうことができる。
それらを魔物に持たせれば、他の奴が時間を稼いでいる間に回復したり、武器に毒薬を塗って攻撃することだって可能だ。
これを説明したら、また崇拝の眼差しを向けられた。
「で、イーリアの方は?」
「私はこちらのお二人が気になりますね」
イーリアが注目しているのは魚鱗族で二十歳のアッテムという女性と、インキュバスで十六歳のリンクスという少年。
「って、インキュバス!?」
あからさまにトラブルを起こしそうな種族なんだが。
「ですが彼は奴隷向けの調教スキルを持っています。今後奴隷を購入する際や侵入者を奴隷にする場合、こういう奴隷の扱いを知っている方がいると便利ですよ」
「奴隷向け?」
イーリアの説明によれば、調教には動物や魔物を従えるものと、奴隷を教育して従順にさせるものの二種類があるそうだ。
奴隷を扱う職業では必ず一人か二人、教育のために奴隷向けの調教スキル持ちが必要なんだそうだ。
「どうやったら、そんなスキルを手に入れられるんだよ……」
「日頃から奴隷を扱っていれば習得できます。彼の実家は奴隷による、その……風俗店を経営していまして……」
本人がインキュバスで実家が奴隷による風俗店て……。
駄目だ、エロ漫画みたいな光景しか浮かばないぞ。
まぁいい。要するに実家の風俗店の手伝いで、奴隷を教育していたんだな。
「でも大丈夫か? 種族的に色々と問題が起きそうだぞ?」
なにしろインキュバスだ。
男より女が多いダンジョンタウンである以上、女性の雇用は必須。
雇った女性との間でトラブルが起きたら、シャレにならない。
「大丈夫ですよ。インキュバスやサキュバスはそういった醜聞を避けるため、幼い頃から自制心を鍛えていますので」
「それはそれで種族的に辛そうだな」
「でしたら余裕ができた時に女性奴隷を買い与えるか、捕らえた女性冒険者を渡すかすればよろしいかと」
だとしたら、別に防音の整った部屋を用意する必要がありそうだな。
とりあえずリンクスってのを雇いたい分かったけど、もう一人のアッテムを雇いたい理由はなんだ?
「アッテムが気になるのはどうしてだ?」
「彼女の実家は奴隷商を営んでおり、その手伝いをしている彼女は能力を見抜く解析スキルと、虚偽を見抜く看破スキルを習得しているんです」
うん、確かに欲しい。
解析スキルの使い手がいれば捕まえた冒険者を調べてもらい、売るかうちに残ってもらう交渉をするかを判断しやすくなる。
何かしらの取引で騙されそうになっても、その看破スキルで見抜いてもらえば詐欺も防げる。
設問への回答も悪くない感じだし、面接の内容がよほど酷くない限りは欲しいな。
「ていうか、奴隷の扱いはこいつも分かっているんじゃないのか?」
なにせ実家が奴隷商でその手伝いをしているんだ、奴隷の扱いは知っているはず。
「奴隷に関する知識はそうでしょうけど、扱いに関しては意味合いが違います。リンクスさんは労働している奴隷についてで、アッテムさんは商品としての奴隷についてです」
ああなるほど、そういうことか。
いうなればアッテムは商品管理者で、リンクスは労働管理者か。
で、ここは労働の場だから後者に長けているリンクスが必要って事なのか。よく分かった。
「じゃあ、注目するのはこの四人ということにしよう。だからって、他の六人の面接で手を抜くなよ」
「分かっています。では次に、面接時の流れについての確認ですが」
この後、男性用の部屋の増築と掃除を手早く終わらせた俺達はイーリアの実家へと向かった。
出迎えてくれたザッグルさんの紹介で、ダークエルフの父親とケットシーの実の母親、羊人族の第二夫人とその血を引く異母姉と挨拶を交わす。
卓に並ぶ自家製野菜の料理はどれも絶品、特に煮付けは最高だった。
気に入ったなら包んであげるから持って帰っていいと言われ、お礼に残り物のサツマイモで芋ケンピを作ってあげたら、何故か女性陣に大ウケした。