第57階層 事務処理に明け暮れると月末か年末って気がする
ヴィクトマ「どれだけ食べて飲んでも、栄養は胸にだけ溜まります」
イーリア「ギルティ!」
皆と話し合ってミュータント魔物と変形魔物による、ダンジョンの強化を図る一方、月末に向けての収支報告もまとめていく。
アグリの件で減少していた侵入者の数はだいぶ回復したけど、ここ最近はほぼ横這い。
収入も黒字になっているものの、以前より低い額で安定している。
まあ黒字になっているし、ダンジョンの純利益で黒字なんだから良しとしよう。
(しかし、侵入者への対応をしながら収支報告の書類を作ることになるとは)
今俺がいるのは司令室。
当然ながらダンジョンには侵入者がいて、その指示出しをしながら収支報告書をまとめている。
こうしていると、ホント異世界のダンジョン運営じゃなくて、普通の会社に勤めているみたいな感覚になるよ。
会社勤めやったことないけど、こんな感じじゃないのかな。
「ヒイラギ様、折れ線グラフの記入が終わりました」
「ん、見せてくれ」
エリアスに任せた月毎の変化を表す折れ線グラフの書類を受け取って、実際の数値と位置が合致しているかを確認していく。
うん、間違いは無いな。
「ありがとう。じゃあ次はこの書類を頼む。先月の数値を百として、今月の数値とどれだけ変化があったのかを記入してくれ」
「はい」
「思い込みでやらず、分からなかったらすぐに言うんだぞ」
「分かりました」
注意を促して自分の仕事に戻る。
いやあ、エリアスの事務能力が高くて助かるぜ。
最初は試しにやってもらったんだけど、うちの中では事務処理能力が高いイーリアやラーナに匹敵するくらい、仕事が正確かつ早いんだから。
だから今は、ある程度重要な書類も任せるようになった。
「イーリア、ラーナ。そっちはどうだ?」
「計算は終了しました。生活費に大きな変化は無いです。むしろ先月より、僅かですが支出が少ないくらいです」
「こちらも終了です。皆さんに賞与を与えるとしたら、一人当たりの額はこちらになります」
この二人に共同で頼んでいた作業は、生活費の変動調査と賞与額の計算。
金が有るからって無駄な支出をする訳にはいかないし、下手に大盤振る舞いをする訳にもいかない。
要は金が有るという余裕から、無駄遣いをしていないかの確認だ。
「分かった。来月の給料日には、賞与としてこの額を振り込もう」
「しかし、この賞与というものは本当に受け取ってよろしいのですか?」
途中から加わったから、賞与を知らないラーナが戸惑い気味に聞いてきた。
「いいんだ。普段からしっかり働いてくれている皆への、ご褒美だからな」
利益が出ているのも働いている皆のお陰だから、それに報いるのも雇い主の仕事だ。
そのためには金が一番分かりやすい。
決して多くない給料から、貧しい実家へ毎月仕送りしているローウィのように、金が必要な奴もいるからな。
「そういえば、もうすぐ一年か……」
月毎の変化を表す折れ線グラフを見ていたら、こっちの世界に来てもうすぐ一年なんだと気づいた。
(色々あったな)
大変な事が圧倒的に多かったけど、同時にとても楽しかった。
やっている事はちょっとアレだけど、ここで過ごした日々が楽しかったのは間違いない。
中にはシャレにならないような事件もあったけど、悪い出来事ばかりじゃない。
奴隷なんて立場とはいえ、元クラスメイト二人と副担任を保護して、まだ結婚してないけど嫁が三人もできた。
いや、嫁はまだ増えそうな気がする。
ここと農場で雇っている女性達は、半ば見初められた扱いされているし、奴隷の女性陣も愛人扱いしなきゃならない。
俺が意図していなくとも周りがそう認識しているし、そもそも女性陣がこの手のことで結託して、何やら画策しているって報告がリンクスやバリウラスから届いている。
全員合わせて十二人とか、色々な意味で死ぬ。
「あの、ヒイラギ様? 何かありましたか?」
「なんでもない。気にするな」
「はぁ……」
さてと、こんなことを考えている暇があったら仕事をしよう。
やや現実逃避目的で仕事を進め、無事にまとめ終えたら保管のため書類を収納袋に入れおく。
これで今日中に処理すべき仕事は全部終わりっと。
「お疲れ様です。お茶でも淹れますか?」
「頼む」
慣れた手つきでお茶を淹れてくれる姿に、そろそろ式の事を考えようと思った。
エリア内もだいぶ落ち着いた、一度オバさんに相談してみよう。
こういうのは年の功を頼るに限る。
「マスター様。こちら、変形魔物と侵入者の戦闘に関する報告書です」
「主様、スライム育成計画の最新情報です」
おっと、次の仕事が舞い込んできたか。
はいはい、確認させてもらいますよ。
****
昨日の戦利品をダンジョンギルドで売却して帰ろうとしていたら、第四エリアの元エリアマスター、ヴァルアさんのダンジョンを攻略したパーティーが、第八エリアでランキング二位のダンジョンを攻略したという話が飛び込んで来た。
情報を求めて多くの人が受付に押しかけ、職員が大慌てで対応している。
その時に聞いた話によると、そのパーティーは以前にも別のダンジョンをいくつも攻略していて、今回のを合わせるとこれで六つ目の攻略だそうな。
「リンクスさん、うちは大丈夫でしょうか?」
不安になったフェルト君が尋ねられたけど、僕にはなんとも言えない。
「気になるのでしたら、攻略されたダンジョンの位置と順番を調べてみたらどうでしょう?」
横から話しかけてきたのは、イーリアさんの先輩のルエルさん。
ちょうど件のパーティーが攻略したダンジョンの位置を、地上の地図と照らし合わせたものを配っていたから一枚もらっておいた。
「えっと、うちのダンジョンは……フェルト君」
「確かこの辺りです。一応離れてはいますね」
僕より地上に詳しいフェルト君が指差した位置と、件のパーティーの活動位置はそれなりに距離がある。
だけどそこまで遠くって訳じゃないから、戻ったらマスターに伝えておかないと。
「パーティーの情報も手に入れておきますか?」
「その方が良さそうだね」
混みあう受付に行ってパーティーの情報を手に入れる。
構成は前衛五人、後衛三人の合計八人。
前衛には斥候が一人、盾職が二人、剣士が一人、そして槍使いが一人。
後衛は全員が魔法使いで、それぞれ得意な属性が違う上に全員が回復魔法を使える。
ただ、メンバーが毎回一人か二人ほど違うのが気になる。
「フェルト君、これってどういう事だと思う?」
こういうのは僕よりもフェルト君の方が詳しいだろうと思って聞いてみたら、ちょっと怖い返答があった。
「ひょっとすると、大勢の中から攻略に適した人員を派遣しているのかもしれません」
「えっ!? なにそれ!」
そういうのは聞いたことが無いんだけど。
僕の叫び声に反応して、周りにいる人たちがこっちに注目している。
でも、今はフェルト君に詳しい話を聞かないと。
「冒険者には一人で活動するソロ、少人数が集まって活動するパーティーの他に、大人数が集まって作るクランというものがあるんです」
クラン? 聞いたことが無いな。
「クランは所属している人数が多いので、目的達成に最も適した人員を選抜して派遣することが可能なんです」
フェルト君の説明に周りがざわめきだした。
それも当然だ。だって挑むダンジョンの攻略に適した人員を構成して、そこへ送り込めるんだから。
しかもエリアマスターのダンジョンが攻略されている以上、無視はできないよね。
「ちょっとアンタ! 今の話は本当かい!?」
焦った様子のノームの女性がフェルト君に詰め寄った。
「断言はできませんが、可能性はあるかと……」
「どうすれば確実に分かるんだい!」
「えっと、一番手っ取り早いのは、生け捕りにして聞きだすことです」
それを聞いた周囲の人達は、なんとしても捕らえて拷問や尋問をしてでも聞きだすぞって騒ぎ出した。
これは僕らもマスターに伝えて、早めに生け捕り計画を準備しておいた方がよさそうだね。
「フェルト君、急いで戻ろう。これは対策が必要な案件だから、マスターに伝えないと」
頷いたフェルト君と一緒に、急いで帰ってマスターのこの件を伝えた。
****
ダンジョンギルドから帰ってきたリンクスとフェルトから、有益な情報が届けられた。
エリアマスターのダンジョンを攻略した以上、何かあるとは思っていたけどそういうことか。
「ここまで強い冒険者を揃えられそうなクランに、心当たりはあるか?」
「えぇっと……最大手の月下の旅団でしょうか?」
「あそこはクランリーダーとサブリーダーが有名なだけだ。強さという点なら、ワイルドセイバーズだよ」
最初のはともかく、二番目のクラン名を考えた奴のネーミングセンスが知りたい。
「とにかく、今後は捕まえた冒険者から聞き取り調査をしよう。何かしら手掛かりが掴めるかもしれない」
仕入れた情報から対策を打てるのなら、それに越したことはない。
(そうだ、農業組の三人にも聞いてみようかな)
今日はこの後、遂に収穫に至った野菜を持って農業組が来ることになっている。
味見をして問題が無ければ、商売計画について話し合うつもりだ。
その打ち合わせには奴隷三人も来るから、その時に心当たりがないか聞いてみよう。
「さあ皆、そろそろ仕事に戻ろう」
手を叩いて皆を通常の仕事に戻らせ、やりかけだった新しい階層の作業を再開する。
この階層は足場が泥と水なのはそのまま、水位を上げて岩の隆起は無しにして、水中で活動可能な魔物達ばかりを配置する。
マーメイドは勿論、ワニや魚や海老といった見た目の魔物を配置していく。
なんかデカイ蛭もいたから、そいつも配置しておこう。
それと変形魔物とミュータント魔物から、ここに配置可能な魔物も配置しておく。
こいつらだけの階層は、戦闘データ不足と数が足りないからことから先送りになったから、少しでもデータを集めないとな。
「柊君。農場の人達が来たよ」
おっと、もう来たのか。
ちょっと早いけど、こっちもちょうど終わりそうだからいっか。
「すぐに行く。戸倉、悪いけどお茶でも出して待たせておいてくれ」
「分かった」
後はここをこうして、これをこうしておけば……よし、完了。
「農業組との打ち合わせに行く。イーリア、その間は頼んだぞ」
「お任せください」
司令室をイーリアに任せ、一度育成スペースに行ってローウィを呼びに行く。
販売が決まったらローウィの妹二人を雇う予定だから、今回の打ち合わせに参加してもらわないと。
「ローウィ、農業組との打ち合わせをするぞ」
「分かりました! 皆さん、今から休憩と自主練にします!」
訓練をしていた魔物達へそう告げたローウィを連れて居住部へ向かうと、農業組がお茶を飲んで待っていた。
「あっ、お疲れ様です」
「ああ、遅れてすまない。早速で悪いが、収穫した野菜を見せてくれ」
「はい。こちらになります」
持って来た四種の野菜が、バリウラスとガルベスと手でテーブルに並べられる。
とうもろこし、カボチャ、アスパラ、枝豆。
どれも知っている大きさより一回り小さいものの、外見は同じに見える。
「見た目は問題無さそうだ。後は味だな」
「でしたら、こちらをどうぞ。味見用に調理してきました」
「おおっ、悪いな」
準備が良くて助かるぜ。
新たに出されたのは、茹でたとうもろこし、枝豆、アスパラ。
それと薄切りにして焼いたカボチャか。
一つずつ手に取って順番に食べ、味を確かめていく。
「うん、いいじゃないか。どれも元の世界と同じ味だ」
育成スペース産には劣るけど、これでも十分に美味い。
「良かったです。私達も味見をしたんですが、基の味を知らないので不安だったんです」
確かにな。
これらの味を知っているのは、俺か香苗達だけだもんな。
「商品の方はこれで大丈夫だな。ヴィクトマ、販売許可は?」
「無事に取れましたぁ」
「分かった。ネーナ、品質の維持と量は大丈夫だろうな?」
「問題あらへんよ、任せておくったい」
「ローウィ、妹さん達は?」
「いつでもいけます! むしろ、早く仕事させて欲しいと意気込んでいます」
ならばよし。
「エルミ、当日の販売計画は?」
「まずは味を知ってもらうため、本日用意したのと同じ物をお客様に試食してもらう予定です。調理はエミィさんがします」
「これくらいなら、料理スキルが無くてもできる……」
視線を外して喋る辺り、まだ男が苦手のようだ。
まあ喋りが普通になっただけ、以前よりはマシか。
「価格はどれくらいにするんだ?」
「異世界の野菜を広く知ってもらうため、販売開始記念と銘打ってしばらくは安めにします」
うん、その方が良いだろう。
見たことも聞いたことも無い食材とはいえ、値段が安くて試食で味が分かれば、試しに買ってみるかって気にさせられるからな。
というかこっちにもあるのか、開店セールみたいなやり方が。
「それでいい。まずは異世界野菜を知ってもらわなきゃ、始まらないからな」
「はい。それでその間の値段と、販売開始記念の期間が終了した後の価格についてなのですが」
その後も値段についてだけでなく、色々と打ち合わせをして販売計画を詰めていく。
やがて打ち合わせが終了した頃には、もうすぐ夕食という時間になっていた。
「柊君、今日の夕飯にこの野菜使っていい?」
夕食当番の戸倉が、農業組が持って来た野菜を指差す。
俺に聞かれても困る。
持って来たエルミ達に聞いてくれ。
そう思いつつ視線を向けると、どうぞと承諾してくれた。
「いいのか?」
「はい。こちらの野菜は全て差し上げるつもりでしたから」
だったら遠慮なく使わせてもらおう。
「そういう訳だから使っていいぞ」
「りょーかい。あっ、エルミさん達の分も作る?」
「そうだな。どうせなら食ってけよ」
「いいんですかぁっ!?」
暴堕天使のヴィクトマが凄い食いついてきた。
大方、異世界野菜を使った料理を食えるのが楽しみなんだろう。
「あの、本当によろしいのですか?」
「構わないって。あっ、でも材料は大丈夫か?」
「もーまんたい」
何故そこで中国語になる。それと棒読みだぞ。
「新しいキャラ設定で柊君の気を引こうと」
こいつ今、心読んだか?
それと自分で設定言うな。
「私くらいになれば、柊君の表情で何を言いたいのか分かるようになる」
「マジで!?」
「これも愛の成せる技。ぽっ」
本当にこういう所が無ければ文句無いんだけどな、こいつは。
「私もできます! 正妻ですから!」
「オレもできるぜ! 幼馴染だから!」
「私も……できません。元副担任なのに」
エリアスと香苗は張り合うな!
そんで先生は変なオチつけなくていいから!
嫁と幼馴染はともかく、副担任までそんな能力を持っていたら怖いわ!
ついでに、いつからそこにいた!?
「うちとイーリアはんも、お嫁さんになる以上はそういうの身につけなアカンのかえ?」
だから身につける必要は無いっての!
「もういい。さっさと飯食うぞ」
ツッコミ疲れたから強引に切り上げて、俺達の夕飯は始まった。
肉巻き焼きアスパラ、トウモロコシと枝豆のカキアゲっぽい揚げ物、そしてポテトサラダのように作ったカボチャサラダ。
醤油だのマヨネーズだのが無いから、あくまでそれっぽいものなんだけど、それでもなんだか懐かしい気がした。




