第55階層 キングとの対面
涼「パソコンがあれば、書類をまとめるのが楽なのに」
圧倒的な迫力を放つ熊人族の女性の登場で、状況は一転した。
さっきまで一方的に場を支配していたヴァルアが、この人の登場ですっかり怯えている。
一体誰なんだよ、この人は。
「どどど、どうして、ここに……」
「ロウコン殿と、今後の支援について話し合いをした帰りです。騒がしいので何かと思えば、どうやら見に来て正解だったようですね」
仮にもエリアマスターが怯えて、それでいてオバさんと支援の話をするって……。
まさかこの人も、別のエリアのエリアマスターか?
「目撃した以上はダンジョンキングとして、黙っている訳にはいきません。この件については、後ほどダンジョンギルド等と協議をした上で処分を伝えます」
この人がダンジョンキング!?
エリアマスターどころか、ダンジョンマスターの頂点なのかよ!
確か名前はザラーヌさんだっけ。
「う、うぐぐ……」
「何をしているのです? 早く自分のダンジョンへ戻りなさい。それとも、力ずくで戻されたいですか?」
掌に拳を叩きつける動作をしただけ。
それだけなのに、心の奥底から勝てないって気になった。
どうやらそれはヴァルアも同じようで、悔しそうな表情をして逃げるように走っていった。
すると場を支配していた圧力が解け、体から力が抜ける。
凄いな、これがダンジョンキングなのか。
迫力そのままに悠然と佇む姿に見とれていると、こっちを向いたザラーヌさんと目が合った。
そうだ、助けてもらったんだからお礼を言わないと。
「あの、大変なところを助けていただき、ありがとうございます!」
「「「あっ、ありがとうございます!」」」
お礼を言って頭を下げると、ハッとした様子のエリアス達も頭を下げた。
「あらあら、別に気にしなくていいのよ。私はダンジョンキングとして、当然の事をしただけなんだから」
ん? なんか口調とか雰囲気とかが一変していないか?
頭を上げると、まるで母親のような笑みを浮かべていて雰囲気も柔らかい。
とてもさっきと同一人物に思えないほど、なんだかホッとして安心する。
戸惑っていたエリアス達の表情も、安心感で弛緩している。
「彼女も困ったものね。欲しいものは人であろうと物であろうと、手に入れなきゃ気がすまないのよね」
ホントにマジで同一人物か?
溜め息を吐いて困っている表情が、知り合いの子供の不良化を心配する、近所のオバさんみたいだ。
「ん? ねぇ、今誰か失礼なこと考えなかった?」
しかも勘もいいのかよ!
「まあいいわ。それよりも、また同じような目に遭ったら、すぐに逃げてロウコン殿へ伝えなさいよ」
ひょっとしてこっちが素なのか?
さっきまでのはダンジョンキングとして振る舞うためのもので、今はそうする必要が無いから素でいるのか?
俺達を油断させるためとも邪推できるけど、そうする意味が無いもんな。
「分かりました。次からはそうします」
「ふふふ。そう言ってもらえると、助けてあげた甲斐があるわね」
本当に母親のような空気を醸し出してるな、素のザラーヌさんは。
こりゃあ、普段は結構無理をしてダンジョンキングっぽく振る舞ってるんじゃないのか?
「なんだか心配された気がするから言っておくわね。さっきの私は、決して無理してないわよ。あれもまた、私の一面なんだから」
だから、なんでそんなに勘が鋭いんだよ!
固有スキルか? そういう固有スキルでも持ってんのか!?
「ふふふふふ」
意味有り気に笑われると、余計にそう思うから止めてくれ!
「ザラーヌ様、そろそろ」
いつからいたのか、秘書っぽいスーツ姿のドワーフがザラーヌさんに声を掛けた。
「分かったわ。じゃあね、本当に気をつけるのよ? 異世界人っていうだけで、色々な人から狙われるんだからね」
そう言い残して去ろうとするザラーヌさんを見送る寸前、ある事を思い出して思わず声をかけた。
「あのっ!」
「ん? 何かしら?」
「俺とエリアスの間に子供が生まれたら、あなたの所に来るようにと言ったのは何故ですか?」
この問いかけにエリアスもザラーヌさんを見る。
だけどザラーヌさんは、申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「悪いけど、今は答えられないわ。子供が生まれた時、連絡を頂戴ね」
それだけ言い残して、ザラーヌさんは去って行った。
駄目か、この件に関する情報はゼロのままだ。
本当に何があるんだよ、俺とエリアスの子には。
「ダンジョンキングには初めてお会いしましたが、とてもギャップのある方ですね」
それに関しては異議無しだ。
仕事用が迫力満点で、プライベートは母親のような雰囲気だから、仕事と関係なく付き合っても楽しそうだ。
さてと、なんか色々あって疲れたから、ちょっと早いけど帰るか。
いや、その前にオバさんの所に寄ってヴァルアのことを伝えておこう。
****
まさかあんな場に遭遇するなんてね。
今後の支援についてロウコン殿と相談しに来ただけなのに、まさか件の異世界人のダンジョンマスター君に出会うとは思わなかったわ。
でも、実際に会って話せたことで彼自身の事が少し分かった。
見た目はちょっと威圧的な印象があるけど、婚約者を守ろうとしたり、権力者に媚びたりしなかったのは好感が持てるわ。
だからこそ、あの問題児のヴァルアを追い払った後で素顔を見せた。
残念ね、二十年前だったら色仕掛けしてみても良かったのに。
「ザラーヌ様、今回のヴァルア様と同じような事する輩が、今後も現れる恐れがあるのでは?」
「分かっているわよ。あなたはすぐにこのエリアのダンジョンギルドに向かって、今の出来事を伝えてくれる? 私はロウコン殿の所に戻って報告しておくから」
「承知しました」
指示を受けて走り出す秘書を見送り、私も来た道を戻ってロウコン殿の下へ向かう。
ロウコン殿に伝えておけば、彼女のことだから護衛を付けるでしょう。
後はダンジョンギルドとかと協議をした上で、今回のヴァルアの処分を決めないとね。
あの問題児ったら、本当に余計な仕事を増やしてくれたわね。
前に決めた支援に対する見返りだけじゃ物足りないのか、それとも単純に彼が欲しかったのかは分からないけど、もうちょっと大人しくしてくれないかしら?
ダンジョンマスターとしての手腕は悪くないんだから、あの性格をどうにかしてもらいたいわ。
「まっ、無理な話よね」
あの子はずっとそうだったもの。
今回の処分で懲りるかどうか、怪しいわね。
いっそ重い処分を科そうかしら?
けれど他所のエリアのダンジョンマスターを勧誘するのは、違反行為ではあるけどさほど重い処分にはならないのよね。
誘われた側が断れば済む話だし、現行犯でないと対処できないもの。
(とりあえず、出来る限り重くはしてみましょうか)
それであの子が諦めるとは思えないけどね。
「あっ、いけない。ここを右だったわ」
考え事をしていたせいか、道を間違えそうになっちゃったわ。
駄目ね、仕事モードになっていないとうっかりが顔を出しちゃう。
さっき異世界人の……ヒーラギ君だったわね。彼の前でうっかりが出なくて良かったわ。
****
帰る予定だったのを変更して、さっきの出来事を伝えるためにオバさんの所へ向かう。
それはいいんだけど、門の前で何故かザラーヌさんと再会した。
「あら? また会ったわね」
「ひょっとしてさっきの事を?」
「えぇ。ロウコン殿に報告に来たのよ。あなた達も?」
「そうです」
「さすがにこの展開は予想してなかったわ。まっ、いいか。一緒に行きましょう」
軽いノリだな!
素の状態のこの人は普段、どういう生活を送っているのかちょっと気になってきた。
何も無いところで転んだりはしないだろうけど、躓くくらいはしそうだ。
そう思いながら玄関を潜り、対応に出てきた人にザラーヌさんが取次ぎを頼む。
「急なことで申し訳ありません。ロウコン殿に至急お伝えしたい件ができましたので、お取次ぎ願えませんか?」
一瞬で仕事用の顔つきと雰囲気になったよ、この人。
さっきまでとのギャップがあるから、なんか急に凄く頼りがいがあるように感じる。
「は、はい。少々お待ちを」
相手がダンジョンキングだったからか、俺やエリアスには気づかなかった。
その人はすぐに戻ってきて、俺達を上げてくれた。
「どうぞ、こちらへ」
案内された客間の襖が開かれると、中には既にオバさんがいた。
「これはザラーヌ殿。先ほどの今で何の……何故エリアスとヒイラギまでいるのじゃ?」
「それは私から説明します」
用意された座布団に座って、凛々しい表情のザラーヌさんがさっきの出来事を伝える。
俺達もザラーヌさんが助けてくれるまでのやり取りを説明したけど、なんだか思い出すだけで腹が立ってきた。
「ふむ……なるほど。あいつめ、大人しくしてれば優秀なものを……」
ちょっとオバさん? 愚痴が言葉にも表情にも雰囲気にも出てるぞ?
怒りを含んだオーラのせいか、エリアスとイーリアは戸惑っているし、ネーナは泣きそうだからほどほどで願います。
「で、どう対処するつもりじゃ?」
「既に私の部下をダンジョンギルドに向かわせています。ロウコン殿には私と一緒ににギルドへ出向いて、処分の検討をしてもらいたいわ」
「承知した。我も黙っておれんからの、すぐに準備する」
席を立って準備のために部屋を出ようとしたオバさんだけど、部屋を出る寸前で立ち止まった。
「そうじゃ、ヒイラギよ。あいつが憂さ晴らしに何かしてこないとも限らん。しばらくは護衛を付けさせてもらうぞ」
確かにヴァルアが黙っているとは考えにくい。
どんな手段を使うか分からないから、護衛を付けてもらえるのはありがたい。
「リコリス、どうせおるのじゃろう? 人員はどれだけ動かせるのじゃ」
「三名ほどでよろしければ、護衛任務に回せます」
うおっ! いつからいたんだ、リコリスさん。
「それでいい、すぐに手配しろ。足りない場合は言え。ダンジョンギルドと相談の上、人員を集める」
「承知しました」
頷いたリコリスさんは足早にその場を去った。
あの人、何気に能力高いんだよな。
「ヒイラギ、護衛の準備が終わるまではここにおれ。さっきの今とはいえ、何も無いとは限らないからの」
それについては同感だ。
本当に何かあった時、俺達四人で対処できる自信が無い。
例えば、その辺にいる荒くれ者を金で雇って襲撃とかされたら、どうなることか。
警戒し過ぎかもしれないけど、用心するにこしたことはない。
「分かりました」
「うむ。では、準備をしてくる」
そう言い残したオバさんは、部屋を出て準備に向かった。
さてと、思わぬ所で足止めされちゃったな。
同じ部屋にザラーヌさんもいるから誰も喋ろうとせず、室内は沈黙に包まれている。
「やあヒイラギ君。大変な目に遭った後で悪いんだけど、ちょっといいかな?」
重苦しい空気を霧散させてくれたのは、伏兵とも言えるドゥグさんの登場だった。
いやいや、気にしてません。むしろ来てくれてありがとうございます。
「構いませんよ。なんでしょうか?」
「君が広めた、もち米から作る水飴のことなんだけど」
ああ、アレね。
最初はイーリアの家族にだけ教えたけど、甘味が少ないダンジョンタウンだからあっという間に広まったっけ。
作り方も公開されていて、今じゃ町を走り回る子供の手には棒に纏わせた水飴が握られている。
それを見た時は、思わず昭和かって叫びそうになったね。
「アレなんだけど、そのまま食べる以外にどう使うか知ってるかい?」
そういう相談か。
「水で溶いて冷やして飲むのと、肉の表面に塗って照りを出す以外は知りません」
甘い物は苦手だったし、俺が読み込んだ料理漫画にはそれぐらいしかなかった気がする。
作り方を教えてくれた先生なら、何か知っているかな?
「後で作り方を知っていた奴隷から聞いておきますよ」
「よろしく頼むよ!」
相変わらず料理に関しては、情熱の塊のような人だ。
暑苦しくて、それだけで汗が出そうになる。
握られた右手に伝わってくるドゥグさんの体温も、なんだか熱い。
「あら、あの水飴とやらは君が広げたのね。私も食べさせてもらったわ」
水飴の話を聞いて、ザラーヌさんは素の状態で話しかけてきた。
本当にこの人の切り替えは凄いな。
「そうです。いかがでしたか?」
「素晴らしい物を広めてくれて、本当にありがとう!」
感激の眼差しを向けられながら、空いている左手をザラーヌさんに握られた。
何だ、この先祖返りのリザードマンとダンジョンキングに両手を握られている状況は。
というか、水飴でこんな過剰なまでの反応をするってことは、ザラーヌさんって甘党なのか?
「どういたしまして」
反応に困るから、とりあえずそれだけ言っておいた。
「待たせたの……何をしとるんじゃ?」
戻って来たオバさんにそんな事を言われた。
俺が聞きたいわ!
****
「ということがあった」
なんかもう色々あって疲れたから、護衛を付けてもらった後はまっすぐ帰り、皆を集めて今回の事を説明しておいた。
「そんなことが……。ご無事でなによりです」
「まさか公衆の面前で違反行為をするなんて、よほど旦那が欲しかったんっすね」
だとしても、こっちにとっては迷惑でしかない。
「しかし、大丈夫でしょうか。ロウコン様が付けてくれた護衛がいるとはいえ、主様へちょっかいをかけないかどうか」
「それについてなんだが、何かしてくる可能性は低いらしい」
オバさんとザラーヌさんによると、普段はあんなでもいざという時はビビッて二の足を踏むのが、あのヴァルアって女らしい。
護衛を付けたのだって、半ば念のためって感じらしいし。
「でも、万が一ということがあるから、何かあったらすぐにロウコンさんへ知らせろよ」
『はい!』
全員からの返事を聞いたら話を終え、疲れたから自室へ向かうと伝えて席を立つ。
「私も疲れました……」
「途中までは楽しかったんですけどね……」
「ウチも疲れたばい。ここで少し休んでから農場に帰るとね」
エリアスとイーリアも席を立ち、ネーナはぐったりと椅子にもたれかかった。
おっと、今日買った物を渡しておかないと。
部屋に戻ろうとする二人を引きとめ、購入してきた服やら装飾品やら本やらを渡してから自室へ戻り、ベッドへ寝転がる。
「さてと、早速本を読んでみるか」
まず取り出したのは、昔来た異世界人が書いたという英語らしき文字での日記。
あの魔人男が何かしたのか、こっちの世界に来てからはどんな文字でも読めるようになっていた。
だから英語なのかよく分からない文字も、スラスラと読める。
どうやらこれはダンジョンに関する物じゃなくて、完全にプライベートに関して書いた日記のようだ。
元の世界の食事が恋しい。
こっちの世界には、有りそうで無い物が多くて困る。
川魚はもういい。
故郷の港町で食べていたような、海の魚を食べたい!
試しに魚系の魔物を塩焼きで食ってみたら味が無い。
これならまだ不味い方がマシだった……。
どうやらこの人は、食事関連でだいぶ飢えていたみたいだ。
たまに嫁さん達に対する惚気をあるけど、書いてあることの大半は食事に関する愚痴ばかり。
「最後に書いたのが、嫁さん達に故郷の料理を食べさせたかった、か。ブレない人だな」
だからこそ、最後までダンジョンマスターをやり遂げたんだろう。
ただ、今後の参考になりそうな記録が無かったのは残念だ。
気を取り直して、次に行こう。
「次はこっちにするか」
手に取ったのは、スライムについて書かれた魔物観察記録。
今後の実験の参考のためにも、とても期待している。
そうして読み進めていくと、スライムの事が精緻に書かれていた。
ダンジョンへの配置についての走り書きを見るに、どうやらこの観察記録を書いたダンジョンマスターは、スライム系を中心としたダンジョンを運営していたようだな。
ただなぁ……。
「エロ目的のスライムまで生み出してるのはどうなんだよ……」
しかも進化させるための方法が、とてもじゃないけど口に出せない。
リンクスなら欲しがるだろうけど、そのためにこんな方法をするのは嫌だ。
というより、よくこんな方法を思いついて実行できたもんだ。
「柊君、晩御飯」
おっと、もうそんな時間か。
すっかり読みふけっていたようだな。
「分かった、すぐに行く」
続きはまた後でにしよう。
読みかけの本にしおりを挟で机の上に置き、俺は部屋を出た。
晩飯は何かな。
****
「あー! くそっ、くそっ、くそっ! あんの熊ババア、余計な邪魔しやがって!」
「痛っ! あっ、ぎゃっ! ごっほっ!」
自分のダンジョンに戻って、いくら物に当たっても気が晴れない。
ぐったりして蹲る物とは別の物が、部屋の隅で震えているわ。
「これじゃあ、処分は免れないじゃない。熊ババアの事だから、とっくにダンジョンギルドには伝えているだろうし……」
となると、ここで余計な手出しをするのは得策じゃないわ。
既にギルドの監視は付いているだろうし、下手な事をして処分が重くなったらエリアマスターの地位まで危うくなるもの。
あの程度なら、まだ厳重注意と一定期間の第五エリアへの立ち入り禁止で済む可能性が高いわ。
だとしても、熊ババアが憎たらしいったらありゃしないわ。
けれど今は我慢よ。エリアマスターの地位から落ちるなんて嫌だもの。
「こんっの!」
「ギャフ!」
さっきから八つ当たりしている、奴隷っていう物を蹴ったら変な声で鳴いた。
まったく、なんで物が声を出してんだか。
「部屋にいるわ。なんかあったら呼んで」
「は、はい」
あっ、奴隷って物を片付けるように言うの忘れてた。
まあいっか、仮に死んじゃっても新しいの買えばいいし。
さてと、憂さ晴らしに最近広まっている水飴っていう甘い物を爆食いしよっと。
「ん。やっぱり甘い物は至上の存在ね」
誰が広げたのか原料がなにかとかどうでもいい。
甘い物が身近にある。これでいい。
「はぁ……おいし。物に八つ当たりした後はこれに限るわね」
水飴が入った小さな壷を抱えながら、匙で掬って口に運ぶ。
今までに味わってきたのとは一味違う甘味が口の中に広がって、荒んでいた気分が晴れていく。
そんな気分がいい時に、側仕えの一人が駆け込んできた。
「た、大変です。とても強い侵入者が現れて、私達では対処できません!」
ちっ、使えないわね。
至福の時間を邪魔するんじゃないわよ。
「すぐに行くわねぇ」
めんどくさいけど、私がやらなきゃ駄目みたいね。
この時はまだ、あんな事になるとは思わなかったなぁ。
その強い侵入者ってのに、私のダンジョンが攻略されちゃうなんて。




