第4階層 採用される側だけでなく採用する側も大変だった
涼「使役スキルが活躍中」
無事にダンジョンギルドへ融資金の返済を終え、俺達はギルド前で犬耳女性と別れた。
ちょうど昼食の時間だったからイーリアの案内で食事をしてから帰宅する。
「ではヒイラギ様、三十分後に人材採用について打ち合わせをしましょう」
「分かった。じゃあちょっと休憩だな」
なんだかんだ色々あって割と疲れたから、休憩時間を挟むのは助かる。
部屋に入って即座に寝床に倒れ込み、大きく息を吐く。
昨夜も思ったけど、厚手の布が敷かれているとはいえ下が藁だから、今ひとつ寝心地が悪い。
それにしても、疲れはしたけど収穫も大きかったな。
ダンジョンギルドでは俺のスキルが判明したし、オバさんの所では攻略された場合の安全への布石も打てた。
(生活の上での問題は対策できたから、これで自分のダンジョンに集中できるな)
とりあえず目下の問題は人材採用についてか。
元の世界でバイトに募集した時、採用される側は経験したけど採用する側の経験は一度も無い。
正直言って、どういった基準で選べばいいのかが分からない。
「資金には限りがあるから、良さそうなのを無差別に取る訳にはいかないしな……」
どうにかして三、四人ぐらいに絞っておきたいな。
そうなると次に問題になってくるのが部屋割りだ。
雇った人達は全員ここに住み込みで働くことになるけど、今の俺のダンジョンの居住部には部屋は二つしかない。
一つはダンジョンマスターである俺の個人部屋で、もう一つは現在イーリアが一人で使っている四人用の共同部屋だ。
女性はイーリアと同じ部屋でもいいけど、男はそういう訳にはいかない。
雇用契約時に契約魔法で手出ししないようにしても、男女が同じ部屋だと落ち着かないだろう。
ひょっとすると、俺が知らない抜け道もあるかもしれないし。
だからって女性限定にするのも、下心があるみたいで嫌だ。
「となると、部屋の増築が必要か……」
前に部屋の設定について調べた時に、部屋の増築は最低ランクの部屋でも魔力を三百消費すると判明している。
この前生み出した二体のスケルトンが新種認定されて、使える魔力が増えたとはいえ合計で三百五十三。
増築はできるけど、魔力が五十三しか残らない。
「でも人材は必要だから、必要経費と割り切って増築するしかないか」
後はどんな奴が応募してくるかだな。
ギルドからの帰り道にイーリアから聞いた話だと、ダンジョン勤務者の採用方法は応募用紙による書類審査で選ばれた数名が筆記試験や面接、時には腕自慢が戦闘力を披露して内定を勝ち取るそうだ。
腕自慢が戦闘力を披露することを除けば、思いっきり元の世界の就職活動と変わらない。
ちなみに腕自慢が戦闘力を披露する理由は、雇用者を戦闘要員としてダンジョンに配置可能だからだ。
そのため、腕自慢が戦闘要員として応募してくることは割とあるらしい。
(だからって腕っぷしだけの奴はいらないんだよな)
俺個人としては腕自慢の人を採用しても構わないけど、頭の方が全く駄目な脳筋な人だったら採用しない。
腕前はそこまでなくてもいいから、魔物達へ指導できる人材が欲しい。
頭脳派とダンジョンでの勤務経験者も同様だ。
どんなに頭が良くても経験を積んでいても、初心者の俺に問題点や今後について上手く説明できないんじゃ意味が無いからな。
ということで、採用の判断基準は説明能力かな。
問題はどうやってそれを計るかだけど……。
「そうだ、一つ提案してみるか」
参考までにと渡された応募用紙を見ながら、ある事を思いついた。
これが可能なら、説明力を計れて筆記試験の手間も省ける。
無理なら無理で筆記試験としてこれをやればいいんだから、どっちに転んでも問題無い。
早速、打ち合わせでこれを提案してみることにした。
「可能ですよ。筆記試験の手間を省く手段として、空欄に設問を入れた前例はあります」
俺が提案したのは、空いている空欄に設問を入れていいかというもの。
設問は戦闘向け用と頭脳向け用の二つを書いておき、応募者がどちらかを選んで裏面か別紙に解答してもらう形式にする予定だ。
「それで、どのような設問を作るんですか?」
「こんな感じで考えてる」
記載予定の設問を伝えると、イーリアも快く賛成してくれた。
よし、これで筆記試験の手間が省けるな。
「俺からの提案はこれだけだ。次は何をするんだ?」
「実は打ち合わせと言っても、それほど大したことはしないんですよ」
この打ち合わせで決めるのは募集期間と試験日程と試験内容、合格者数、それと注意書きを考えるくらい。
何気に時間がかかりそうなのが、人材募集の張り紙のレイアウトを決めることだそうだ。
大事な点を強調したり、注意書きを分かるように記載したりと面倒事が多いらしい。
それを考えると、元の世界での求人広告とか求人雑誌は小さな項目でよくやっていると思う。
「まずは日程から決めましょう」
募集の期間は基本的に三日らしいから、明後日から三日間ということにしておいた。
明後日からにしたのは、ダンジョンギルドで応募用紙に設問部分を記載してもらうからだ。
少し時間は掛かるものの、作業自体は魔法でやるからさほど難しいものではないらしい。
次に試験内容だけど、これは設問で筆記試験をやるようなものだから面接だけ。
合格者の数は書類選考で十名、面接で四名。
書類選考の合格者には締め切りから中一日置いて合格を伝えに行き、その翌日に面接。
採用者には面接の翌日に伝えに行くことで決まった。
続いては注意事項について。設問がある事以外に記載する事項は無いと思っていたら、ダンジョンマスターが人間である事を記載しておいた方が良いとイーリアが教えてくれた。
「なんでわざわざ、そんなことを書くんだ?」
「亜人の中には人間嫌いの方もいますので。人間がダンジョンマスターだなんて、身の程知らずなと」
ここは基本的に人間は奴隷しかいない環境だし、そう思う人が言って一定数出るのは仕方ないか。
さて、ここからが最も面倒なレイアウト決めか。
張り紙の大きさは規則で決まっているから、書くことが多いからと大きな張り紙は貼れない。
決められた大きさの中で、如何に上手くやるかが勝負ということだ。
規定の大きさの紙を前にして、記載事項の配置や文字の大きさについてイーリアと話し合い、時に休憩しながら張り紙を何度も試作し、完成したのは夕食前ぐらいだった。
「ではこちらは明日、私がダンジョンギルドに提出しておきます」
「俺が行ってもいいんだぞ?」
「いえいえ、どうせ向こうの部屋の片づけが残っていますから」
イーリアは俺の助手として、ここに住み込みで働くことになっている。
だけど、その前に住んでいたダンジョンギルドの寮の部屋がまだ片付いていない。
急に俺の助手になることが決まったから、向こうの部屋に荷物が残っているそうだ。
次の集までに部屋を引き払わないと、荷物が処分行きになるらしい。
「手伝おうか?」
「そ、それはご勘弁を。着替えとかもありますし……」
今のは配慮が足りなかったな、素直に謝ろう。
「すまない。考え足らずだった」
「いえいえ、ヒイラギ様は親切心で言ってくれただけなんですから、気にしないでください」
とはいえ、配慮が足らなかったのは事実だから謝らないと。
何度も謝罪の応酬を繰り返した後、俺達は色々な疲労も重なっていたために簡単な夕食を摂って眠る事にした。
翌日。朝食を済ませるとイーリアはダンジョンギルドへ向かい、俺は司令室でダンジョンにちょっとした操作をしてから、魔物達に訓練をさせるため育成スペースへ向かった。
眠る必要が無い魔物達は眠そうな様子も無く、各々が自由に行動していた。
寝転がって休んでいたり、魔草を食べていたり、熱心にも武器を手に訓練していたり。
中には武器の扱いを教え合っているオークもいる。非常に熱心で感心だ。
「よし、集合!」
掛け声で魔物達が一斉に集まってくる。
さすがにこれだけの数がいると壮観だな。
「今日の訓練を始める。投擲チーム以外のゴブリンとオークは昨日に引き続き、武器の扱いの訓練。バイソンオーガとパンプキンゴーストは模擬戦だ。ただしパンプキンゴーストはスケルトン二体だけで戦うこと。残りは俺と一緒に来てくれ」
指名された魔物達は鳴き声で返事をすると、それぞれの訓練を開始。
呼ばれなかった魔物達には育成スペースを出てもらい、さっき司令室で調整したダンジョンの地下一階層へ向かってもらう。
おっと、ズボンを膝まで捲って裸足になっておかないと。
「お前達には今日からここで訓練をしてもらう」
連れて来た魔物達はダンジョンの内部をキョロキョロ見渡す。
横幅は約六メートル、高さは約三メートルぐらいで壁と天井は岩。
足下は水深三十センチの泥水に覆われていて、底の方は泥になっている。
そして地面からは一メートル半ほどの大きさの岩が天井に向かって多数隆起していて、壁からもいくつか岩が横方向へ隆起している。
こうした洞窟型はある程度の明るさが必要ということ、水面から数センチの位置に光苔という苔を壁にびっしり生やして薄暗いながらも明かりを確保した。
ズボンを捲って裸足になっておいたのは、足場が泥沼状態だからだ。
「じゃあ、訓練を始めるぞ」
まずはロックスパイダーとスライム。
こいつらにはそれぞれ、岩なり水なりに紛れることが可能な擬態スキルがある。
ロックスパイダー達は壁の岩に張り付き、そのまま隆起した岩へ擬態。同様にスライム達も泥水に擬態して水中に身を潜める。
投擲チームのゴブリンを敵に見立てて奇襲を練習させてみると、思いのほか良い感じに襲い掛かっている。
特にロックスパイダーは元々こうやって獲物を捕らえる魔物だからか、本能的に奇襲が分かっているような感じだ。
スライム達も最初は苦戦していたけど、そこは指導スキルと使役スキルの出番だ。
上手く意思疎通を取り、一体が水中で足に絡んで体勢を崩させ、もう一体がそこを襲うという連携を繰り返し練習する。
「今だ、キラーアント!」
スライム達のコンビネーションでゴブリンが倒れているところへ、天井から何かが降ってくる。
それは壁伝いに天井に上り、逆さまの体勢で天井に張り付いていたキラーアント達。
こいつは強靭な顎による噛みつきと体当たりしか攻撃手段がないけど、壁や天井を自由自在に動き回れる上に割りと重量がある。
合図と同時に天井から体勢を整えながら落下してきて、仮想敵のゴブリンへ圧し掛かるように着地する。
今回は訓練だから圧し掛かったらすぐにどいたけど、実戦ではそのまま圧し掛かった相手を襲ってもらう。
至近距離なら噛みつきやすいだろうし、重量を利用して相手を水中へ押し込んだり、行動を抑制させたりできる。
ただ、そう簡単にはできないようで、何体かは上手く体勢を整えられず側面から落ちてたり、少しズレた位置へ着水したりしていたから、しっかり訓練をさせておこう。
泥から脱出ができるかが懸念材料だったけど、割と大丈夫みたいであっさり壁に辿り着いて登っていく。
「そっちはどうだ?」
「ゴブゥ……」
今回は投擲チームのゴブリン達を敵に見立てているけど、全員を敵役にはしていない。
四体ほどは投擲用の石の詰まった袋を背負わせ、隆起している岩から岩へ跳び移る練習をさせている。
頑張ってはいるものの、上手く跳び移れずに数回で滑り落ちたり、毎回跳ぶタイミングを計ったりしている。
「焦らなくていいぞ、まずはゆっくりでもいいから跳び移れるようになれ」
何せ石を背負っているんだ。
岩と岩の間はそれほど開けないように調節しているとはいえ、跳び移るのは一苦労だろう。
準備期間はあるんだから、しばらくはこの訓練に費やしても構わない。
勿論、これとは別に投擲の訓練はしっかりやってもらうけど。
「何度落ちてもいいけど、無茶して怪我するのだけは避けてくれよ」
『ゴブッ!』
注意に返事をしたゴブリン達はびしょ濡れになりながらも、跳び移りの練習を繰り返している。
よし、士気は悪くない。
これも使役スキルで意思疎通がとれているお陰かな。
「よしっ! 次はロックスパイダーとキラーアントで奇襲の練習だ」
「ギッ!」
「ギギッ!」
似たような鳴き声を上げ、ロックスパイダーは壁の岩に擬態し、キラーアントは天井に潜む。
足下は光苔の明かりである程度は明るいのに対し、天井は薄暗くてほとんど見えないから、キラーアントが張り付いて移動しても気づくのが難しい。
それと実際にやってみて分かったことだけど、隆起した岩と光苔の明るさが足下にしかないお陰で注意が前方に行きがちになって、天井にはあまり気が向かない。
俺は索敵スキルがあるから気付くけど、敵役をやっているゴブリン達の視線は天井へ向いていないのがその証拠だ。
お陰で奇襲訓練にはなるけど、索敵スキルへの対策を考えないと奇襲作戦が使えないな。
そういったものを封じる手段は無いものか?
魔石盤で調べてみると、索敵スキルを使えなくする索敵封じという効果を、指定した階層へ付与できる機能があった。
ただ、この機能はランク九以上にならないと使えないようだ。
(これはちょっと厳しいか?)
他に手段を探すと、罠屋で索敵阻害という罠魔法が売っている事が分かった。
すぐに詳細を調べると、これはどのランクでも購入が可能だと判明。
索敵封じが索敵を完全に使えなくするのに対し、索敵阻害は索敵を妨害して上手く位置を把握できないようにする効果を持つ。
しかも一つで一階層全体に効果が及ぶから、索敵封じを付与できないランク九未満のダンジョンは重宝しているようだ。
しかもこれだけの効果を持っているにも拘わらず、購入代金が一つにつき金貨一枚と比較的お得だ。
「手が出せない値段ではないけど、なにかありそうだな……」
これは調べる必要があると判断して、魔石盤を操作して詳細な情報を調べてみる。
なんだかこうしていると、スマホでネットを見ている気分だな。
そうやって調べた結果、値段の理由が分かった。
この索敵阻害は罠に該当するから、発見されれば罠解除スキルで解除されてしまうようだ。
しかも解除されてしまえばもう二度と使えず、効果は一ヶ月しか続かない使い捨て。
つまり運良く解除されなくとも年間で金貨十三枚が必要で、二階層分を設置するとなると最低でも年間で金貨二十六枚が必要になる。
「さすがに金貨二十六枚の出費はな……」
俺の手持ちは融資金の金貨百枚のみ。
そこから消耗品や食費、雇用人の給与を払うから年間で金貨二十六枚は難しいところだ。
月に金貨一枚分くらいの利益があればいいんだろうけど、そう簡単にいかないと思っておいた方がいい。
それに設置しても冒険者が来なければ、設置した意味が無いんだからな。
でも他に手段が無いときは最終手段として、地下二階への設置は諦めて地下一階の分だけ購入することにしよう。
「他には無いのか?」
他の手段を調べていくけど有用な情報は無い。
訓練の指示を出しつつ、これは索敵阻害の罠を買うしかないかと思いかけていると、あるものが目に入った。
「ん? この魔物……」
目についたのは、ある魔物の情報だ。
この魔物はとても弱く、戦闘力はほぼ皆無に近い。
その反面、睡眠時以外は索敵スキルを妨害する超音波を常に発し、仲間同士でやり取りをするという特徴を持っている。
「ナイトバット……ね」
弱いという点は気になるけど、今の俺に必要なのは索敵スキルを封じるか妨害することだ。
それに弱いなら強くなるまで鍛えるか、奇襲部隊が襲い掛かる前に目くらましをさせて隙を作らせるか、いっそ索敵の妨害だけに徹してもらえばいい。
「召喚魔力は三か」
部屋の増築に魔力を三百消費するから、使える魔力は五十三。召喚できる最大数は十七体か。
とりあえず五体ほど召喚して試してみよう。
訓練を続けるよう言いつけたら一旦その場を離れて司令室に戻り、ナイトバットを五体召喚。
育成スペースに現れたそいつらを連れてダンジョン内へ戻った。
「さて、試してみるか」
実験の為、訓練中の魔物を数体呼び寄せて協力してもらう。
まずはロックスパイダー、スライムにそれぞれ擬態してもらい、キラーアントも天井に張り付いてもらう。
そして俺の真上の天井にナイトバットがぶら下がり、超音波を発する。
その状態で索敵スキルを使ってみると、確かに索敵スキルが妨害されて上手く位置が把握できない。
次にナイトバットの位置はそのまま、俺が一歩ずつ前へと前進していく。
およそ三十メートルほど歩いたくらいから、索敵スキルへの干渉が無くなった。
「効果範囲はこれくらいか。思ったより広いな」
てっきり十メートルかくらいなのかと思っていたけど、その三倍の距離までスキルに干渉していた。
これってひょっとすると、超音波が壁や天井に反響しているのかな。
洞窟型のダンジョンにしていてラッキー。
「そうなると、後は配置についてか」
効果の及ぶ範囲から位置を計算して配置すればいいんだろうけど、数が足りるかな。
最大で十七体召喚できるとはいえ、地下二階にも配置したい。
どうしようかと考えながら視界を少し上に向けると、すぐ真上の天井を逆さまのまま移動しているキラーアントの姿が暗い中に薄っすらと見えた。
それを見て、ふと思いついた。
「これだ」
俺はそのキラーアントを呼び寄せ、天井に張り付いた状態のまま体にナイトバットをぶら下げてもらった。
「移動開始」
前方へ二十メートルぐらい距離を取ったキラーアントへ合図を出し、ほぼ同時に前進を開始。
ナイトバットはキラーアントの体にぶら下がったまま、超音波を発している。
「うん。どれだけ進んでも索敵スキルが妨害されてるな」
移動させながら索敵を妨害する実験は成功だな。
これなら何体ものナイトバットを等間隔で配置しなくとも、最低でも二体いれば二階層分の索敵妨害になるな。
とはいえ、控えは必要だし索敵妨害以外にも役立ちそうだから、ある程度の数は確保しておこう。
「ちなみにナイトバット、俺は見えるか?」
「キッ」
ナイトバットに関する情報によると、暗視スキルがあるから暗闇でも見えるようだ。
蝙蝠は視力が弱いけどナイトバットは視力がしっかりしていて、超音波は仲間同士でのコミュニケーションのために利用している。
「だったら相手の動きに合わせて、移動させているキラーアントへ指示を出すことも可能か」
とりあえず右側を強く握られたら前進、左側を強く握られたら後退、両側なら停止ということにして動きの訓練をさせてみた。
最初のうちは前進と後退を間違えはしたものの、徐々にキラーアントも慣れてきてスムーズに動けるようになっていった。
「これで地下一階層はなんとかなりそうだな」
魔物の位置を悟られないよう索敵を妨害しつつ、投擲チームのゴブリン達が隆起した岩の上から投石攻撃。
当たろうが当たるまいがそのまま岩から岩へ飛び移り、奇襲部隊が控えている地点まで誘導。
索敵は妨害され、足下が泥と泥水に覆われているうえに隆起した岩で移動がし辛く、逃げながらの投石攻撃に意識が向いている隙を突いて潜んでいる魔物達で奇襲攻撃。
これが俺の思い描いた地下一階層の基本戦略だ。
「ちょっと予想外の事態はあったけど、ナイトバットのお陰で解決できたな」
でもまだ、今のままじゃ錬度が低い。
もっと訓練を重ねれば、超音波の距離も伸びるかもしれない。
奇襲のバリエーションも増やしたいし、訓練次第では魔物達が色々とスキルを習得する可能性だってある。
ついでだ、控えや奇襲補助のためにナイトバットを五体増やして十体にしておこう。
「さぁ、訓練を続けるぞ。ナイトバット、次はお前達も奇襲に加われ。敵の目の前を通過すれば、それだけで動揺を誘って一瞬でも足止めができる」
『キーッ!』
「キラーアントとロックスパイダー、スライムは足が止まったところを狙って一斉に襲撃だ、いいな!」
『ギギッ』
『ピギ』
スライムは声を出せないから返事をしないけど、擬態を解いて水面に浮かび、体を上下に揺らしているから分かってはいるんだろう。
この後も訓練に励み、指導すべき点は指導して連携を高めいく。
育成スペースに残した魔物達の訓練もしっかり確認し、指示を飛ばす。
そうしているうちに帰って来たイーリアに、司令室のモニターで地下一階層の訓練の様子を見学させたら、何故かメッチャ驚かれた。
何で種族も違う魔物達がこんなに連携の取れた動きをするのかと。
使役スキルのお陰だ。
「本当にヒイラギ様は何をするか分かりませんね」
「でもいけそうだろ、これ」
「そうですね。しかも足場が泥と泥水なのも何気に厄介ですね」
泥も水も足場にあれば動きを鈍らせる定番だし、泥水だから飲料水にもできない。
座って休める場所が、隆起している岩の上しか無いのも狙いだ。
岩の上は狭いから複数で固まれないから、岩の上に乗ったら天井に潜むキラーアントやゴブリンの投石で各個撃破を狙うこともできる。
その上、床から天井までは三メートルなのに対して、隆起した岩の高さは一メートル半もある。
身長が一メートル程度の小柄なゴブリンなら跳び移るのに問題無いけど、人間の身長では跳び移れない。
よほど小柄でないと高さが足りず、立ち上がるだけでも天井に頭がぶつけてしまうだろう。
だから冒険者達は泥の上を水に浸りながら進み、隆起した岩を避けながら進むしかない。
そこへ投石や奇襲部隊が襲撃するんだ、体力的にも精神的にも消耗するはず。
「身も心も休まる暇がありませんね、この階層は」
「相手の嫌がることをしないと、削れるものも削れないからな」
ちなみに地下二階層は広さと明るさと壁と天井は同じだけど、床は石畳にして岩を隆起させていない。
なぜなら、この階層は投擲以外のゴブリンやオークによる連携がメインだからだ。
勿論、そいつらだけでなく奇襲要員のスライムやキラーアント、索敵対策にナイトバットも配置させる。
正面からの戦闘で倒せれば良し、駄目そうなら密かに迫った奇襲部隊が襲い掛かる予定だ。
さて、ダンジョンでの戦闘の準備は順調だけど、人材の方はどんな人達が応募してくるかな。
それから締め切りの日まではこういった訓練と、必要な物の買い出しで費やした。
転生してから着っぱなしだった制服や下着の替えに、タオルのような日用品。
調理器具や食器は備え付けがあるからいいとして、ハブラシや石鹸や替えの靴を購入しておいた。
そうして日々を過ごしながら迎えた、募集締め切りの日の夕方。
ダンジョンギルドに提出された応募用紙をイーリアが持ち帰ってきたけど、想像以上の応募数だった。
「こんなに応募してきたのかよ」
「はい、そうです」
二十から三十ぐらい応募があればいいと思っていたら、百以上はありそうな応募数があった。
これなら俺が望む人材が確保できるかもと思い、意気揚々と応募用紙に目を通していく。
ところが、期待の一つであるベテランの雇用はほぼぶち壊された。
「なんで若い奴ばっかりなんだよ!」
片っ端から目を通したけど、応募してきたのは主に十代半ばから二十代前半で、最年少は十三歳、最年長は四十六歳だった。
しかも若い年齢の割合が九割を占めている。それも主に女が。
別に嫌というわけじゃないけど、どうしてここまで多いのか気になる。
「なあ、何でこんなに女ばっかり応募してくるんだ?」
両手足の指で数えられる程度しかない、男からの応募用紙を眺めながらイーリアに聞いてみた。
「ひょっとして、ヒイラギ様はお聞きになっていないのですか?」
「何を?」
「我々亜人の間での男女の出生比率は、男性二の女性八なんです。これは人間との間に生まれる子でも同じです」
なんだよ、その比率は。だから女からの応募がこんなに多いのか。
それにしても、そんなに偏った比率だといずれは男がいなくなって滅亡するんじゃないか?
その点を指摘すると、女性が余りすぎているという点から一夫多妻制を推進して、一人でも多く男児を産むように呼びかけているらしい。
分からなくもないけど、出生比率が変わらないと根本的な解決にならない気がする。
「ですが、例外があるんです。それが異世界の人間です」
過去のデータによると異世界からきた人間との間における出生比率は、相手が亜人であろうとこっちの世界出身の人間であろうと比率が逆転して、男八の女二となるそうだ。
「……なんでだ?」
「理由は一切判明していません」
しかも産まれた子も同じく男八の女二の割合で子供を産むらしい。
孫の代になってから比率が男七の女三、ひ孫の代で男六の女四と出生比率が元に戻っていく。
どうやら異世界人の血というのが、この比率の重要な鍵になっているみたいだな。
知らぬ間に亜人、というよりダンジョンタウンの存亡に関わることになっていたのか、俺は。
ということは、この応募の山はまさか……。
「ひょっとすると、これは単なる就職の為の応募だけじゃなくて」
「そうですね、ヒイラギ様の妻となって男児を多く産ませてもらい、その子らによって様々な繋がりを作り上げて一財産と地位を築こうという魂胆が含まれているでしょうね。本人の意思か、家族の指示かは不明ですが」
応募に若い女が多くなるわけだな、おいっ!
出生比率から男より女が多くなるのは仕方がないにしても、そういう理由で応募すんな!
謝れ! 真面目に就職活動しても就職できなかった、世の学生達に謝れ!
そんな動機で送ってこられたら、採用する側はどう反応すればいいんだよ!
「こんな中から、選ばなくちゃならないのか……」
どうにかそういう思惑の無い、純粋な就職希望者を見つけたいもんだ。
いや、あの設問の箇所の解答を見れば真剣な就職希望なのか、不純な理由での応募なのか一目瞭然かもしれない。
この際だから、設問の解答がしっかりしていれば理由が不純でも書類選考は通しておくかな。
「とにかく、書類での合格者を選別するぞ」
「はい」
まず取り掛かるのは、過去にダンジョン勤務経験の有る人物達からだ。
ところがこれがことごとくハズレで、全員が雇えるような人材ではなかった。
「ヒイラギ様。この方々は全員が、赤表か黒表に名を連ねていますね」
赤表とは能力はあるから短期間で雇うならともかく、内面的問題で長期間雇うには値しないという評価の人物が記載されている表。
もう一つの黒表は、まんま俺の世界のブラックリストのようなものだ。能力的にも内面的にも雇うに値しない人物が記載されている。
これらの表は問題が有る人物を雇ってダンジョン運営を破綻させないよう、ダンジョンギルドが調査と製作をして配布されている。
「ベテラン勢はことごとく全滅か……」
「良い人材は他のダンジョンが押さえているでしょうから」
だろうなぁ。
有能な人材を確保していたいのは、例え異世界でも同じだろう。
「こうなったら腹を括って、残った応募者から十人を選ぶか」
経験を問えない以上、選ぶ基準は俺が用意した設問の解答と自己アピールの部分だ。
応募用紙に記載するのは氏名と住所、年齢、性別、種族、ダンジョン勤務経験の有無、実家の職業、そして自己アピール。
この世界には写真が無いから、どんな外見なのかは会ってみないと分からない。
自分がどんなスキルを持っているかは自己アピールの部分に書かれていて、そのスキルを本当に持っているかを証明する住人管理ギルドの判も押されている。
これがないとスキル詐称になるから、有無を言わさず不採用になる。
「まず解答が空欄なのは外せ。それと内容を読んで駄目だと思ったのも」
「分かりました」
俺が用意した設問は二つ。
その二つのうち、応募者が自分に当てはまる設問に解答してもらう形式になっている。
一つは腕に自信がある戦闘系として応募する人用。
素人にあなたの得意な戦い方を指導する事になりました。どのように指導するのか具体的に書きなさい
もう一つは頭脳面で働きたいという人用。
当ダンジョンは新興です。開業に際して浮上するであろう問題点を可能な限り上げ、それらに対する解決案を具体的に述べてください
これの解答の仕方で、応募者の考え方や説明力を確かめる。
ダンジョン勤務未経験者に求めるのは、いわば未来の幹部候補生足りうるか。
どんなに強かろうと頭が良かろうと、他人に理解させられる説明力が無いのなら不採用。
腕自慢には魔物を鍛えてもらうための指導役を、頭脳派には運営を支えてもらう補佐役を、それぞれ求めている。
できればその両方がある人材が欲しいけど、これはそうそういないだろう。
さて、戦いに関してもダンジョン運営に関しても素人の俺を納得させるだけの解答が、果たしてどれだけあるかな?
「こいつアホか。問題点など自分を雇えば全て解決って」
「体を鍛えて思いっきり剣を振り回す。不採用ですね」
「槍をぐっと握ってガッと突き出す。没!」
「問題点に関しては申し分ないですが、説明が分かり辛く独りよがりですね。却下で」
なんだか、解答を読んでは不採用にする作業みたいになってきた。
どいつもこいつも考え方に疑問があるし、説明力に欠けるな。
完璧を求めているわけじゃないんだ、せめて相手の事を考えて答えてくれないかな。
というかこれ、応募者側が勝手に難しく考えていないか?
「……うん、こいつはギリギリ選考突破かな」
それでもどうにか、こいつならという人材はポツポツ見つかっている。
さすがに百人以上の応募があるんだから、一人もいないってことはないか。
とはいえ、少しホッとしながら作業を続けていき、どうにか全員分の応募書類を確認し終えた。
「はぁ、やっと選別が終わった」
「現時点で選んだのは十三名ですね。この中から、さらに三名外しましょう」
そうだ。俺とイーリアで別々の山を仕分けていたから、それぞれが選んだのを合わせて十人に絞らないといけないんだった。
「……まだ終わっていなかったか」
くそっ、人材採用って想像以上に忙しいぞ。
就職活動って学生側だけじゃなくて、企業側も大変だっていうのがよく分かる。
できればこんな経験、元の世界で就職して採用担当になってから味わいたかったぜ。
この後、俺とイーリアは外す三人について話し合い、ようやく書類選考の通過者十名が決まった。
できればこのまま胸を撫で下ろして寝たいけど、明後日にはこの十人の面接があると思うと気が重い。
そんな時に、書類選考通過者の自己アピールへ目を通して、質問事項を考えておこうとイーリアから言われた。
やっと終わったと思っていたのに。
「さぁっ、ヒイラギ様。もう少しです、頑張りましょう」
「あぁ……」
世の中の採用担当の皆さん、人を雇うことを甘く考えていてごめんなさい。
登場人物スキル
柊涼
人間
スキル:料理 索敵 回避 指導 使役
固有スキル:異界寄せ
イーリア
ダークエルフ
スキル:農耕 料理 鑑定
固有スキル:なし