第52階層 人手はあっても勤め先が無い
香苗「これが就職氷河期ってやつか。えっ? なんか違うって?」
「あの、ちょっとよろしいでしょうか」
ダンジョンギルドにて、義務化された半年に一度のスキルチェックを終え、帰ろうとしたところでルエルに呼び止められた。
「こちらをお持ち帰りください」
そう言われて数枚の書類を差し出され、なんだろうと思いつつ受け取る。
「ダンジョンマスターの方、全員にお配りしているものです。お読みになって、可能であればご協力ください」
そう言い残して、忙しそうに奥へ引っ込んで行った。
説明が無いってことは、読めば分かるってことか?
「えっと、ダンジョンマスターの廃業に基づく新規雇用要望と新規土地利用案の募集?」
タイトル長っ!
如何にもお役所の仕事って感じのタイトルだな。
「内容はタイトルのまんまなんだろうけど、どういう意味だ?」
一緒にスキルチェックに来たエリアスやアッテムを待つ時間があるから、空いている席に座って読んでみた。
要約するとアグリの一件が原因で発生した、赤字を理由に廃業したダンジョンから解雇された人達の雇用を促すのと、同件で所有者が亡くなって空いた、土地の利用方法を募集するものだった。
後者はともかく、前者はそんなに簡単な話じゃない。
「お待たせ、しました。何を読んでるん、ですか?」
スキルチェックを終えたアッテムが戻って来た。
読んでいる書類について簡単に説明すると、難しい表情を浮かべた。
「今のうちでは、新しく雇うのは、難しいと思います」
「やっぱりそう思うか」
うちはこれまでの貯えと、育成スペース産の野菜で食費を節約できたから廃業せずに済んだってだけで、運営状態は決して楽とは言えない。
副業での収入もどれだけ回復するか未知数で、とてもじゃないけど人を雇える状況じゃない。
そもそも人手は足りているから、新しく雇っても余らせるだけだ。
「まあ強制じゃないから、これに関しては何もしないことにしよう」
「そうです、ね。土地の利用案は、何かありますか?」
「そっちについては、ちょっと気になる点がある」
採用された場合、提案者が実行の指揮を取ってもらいたいっていう点だ。
単純に案だけを出すだけならともかく、実行の指揮を取るのは変だし、資金や権利に関する決まりとかも書いてある。
「あの、これって、遠回しな、新規事業の立ち上げ促進、では?」
「どうもそんな感じなんだよ」
新たな雇用を生み出すためなんだろうけど、現状このエリアの住人には難しいだろう。
「他のエリアには、同じ宣伝を、しているんでしょうか?」
「さあな」
こういうのは今の第五エリアの住人に拘らず、他所のエリアで独立を考えている人達へ向けて宣伝して、誘致を促すべきだと思う。
独り立ちしたくとも資金や土地で悩んでいる人達へ、エリアを越えて来てくれれば土地代を割引きにするとか、資金援助をするとかすれば移転者も見込めるだろうに。
もしもやっていなかったら、何考えてるんだって話だよ。
「お待たせしました」
そうこうしているうちに、エリアスとユーリットと香苗も戻って来た。
さっ、用事は済んだから帰るか。
「あら? それはなんですか?」
「帰りがてら教える」
書類に気づいたエリアス達へ、書類の内容を説明しながら帰路を行く。
どうするのかという問い掛けには、関わらないと答えておいた。
「何もしないんですか?」
「人手は足りてるのに、雇ってもしょうがないだろう?」
余らせたら勿体ないし、適度に忙しい方が緊張感を保てる。
それには今の人数がちょうどいいと思う。
なにより、現在の資金運用状態がそこまで余裕のあるものじゃないからな。
「そういえば、スキルのチェック中にリコリスさんに会いました」
「ああ、あの人か。何か言ってたか?」
「成人したことへのお祝いの言葉と、その……式はいつですかと」
式? ああ、結婚式か。
そうだよな、俺もエリアスもこっちの世界での成人年齢になったから、いつ結婚してもいいのか。
でもエリア内の状況がまだ良くないから、そういったことは自粛しておきたい。
どうせやるのなら、華やかにいきたいからな。
「エリア内の状況が状況だから、もうしばらく待ってくれるか?」
「はい、それは勿論です。ですがイーリアさんとネーナさんも待ち遠しいでしょうから、できるだけ早めにお願いしますね」
そうそう、あの二人も嫁にするんだよな。
イーリアは俺が選んだけど、ネーナは半ば引き受けるような形で嫁になる。
でも付き合ってみたら、喋り方が変わっていること以外は特に気になることは無い。
仕事も考え方もしっかりしていて、ネガティブ思考のエルミのいい補佐役であり、食い意地の塊のヴィクトマのいい止め役になっている。
あいつらとエリアスとなら、そう悪い夫婦生活にはならないと思う。
「ということは、オレが涼の愛人になる日もそう遠くないって訳か」
すっかり忘れてた、それもあったんだっけ。
俺の下にいる女の奴隷は全員、愛人のような立場になるんだった。
戸倉は愛情表現がちょっと斜め上だけど、元の世界から俺に気があるから問題無いだろう。
先生は変な妄想して暴走しそうだから、いつでもハリセンを使えるようにしておくか。
香苗は……嫌がってはいないけど、なんかちょっと不満そうにしているのは何故だ?
残るこっちの世界の住人のエリィとミリーナはどうなんだろうか?
好意的なミリーナはともかく、エリィはまだ心の壁がある気がするから未知数だ。
まあ、別に強制的に関係を持てってわけじゃないから、嫌なら嫌で構わないさ。
しかし嫁が三人で、奴隷女性陣が愛人ね。
元の世界じゃ考えられないっていうか、想像すらしていなかった状況だな。
嫌ではないけど、そういった願望を持ったことは無いのに、どうしてこうなったんだろうと疑問に思う。
そんな事を考えているうちにダンジョンへ戻り、そのまま司令室へ向かう。
「アビーラ、留守中に何かあったか?」
「特に何も無いっす! 侵入者はいつも通り、撃退しているっす!」
いつも通りか、すっかりこれが日常化してるよ。
「分かった。こっちの損害や侵入者の撃退数と捕獲数、それと入手した物の報告書を頼む」
「それだったらリンクスさんが制作中っす」
「ちょうどできたところです。どうぞ」
どれどれ?
こっちの損害はこれで、侵入者関連はこっち、入手した物はこれだな。
倒された魔物は順次補充して、入手した物で取っておく物は選定済みで、ここまでに捕獲した侵入者は女冒険者が三人か。
「あの、マスター。もしよろしければ、現在捕まえてある侵入者を頂けませんか?」
ん? ああ、そういうことか。
新しい遊び相手が欲しいんだな。
「別にいいぞ。三人ともくれてやるから、ちゃんと面倒を見るんだぞ」
「ありがとうございます。それと今いる中から、一人を残して他は売却したいのですが」
「分かった。後で売却用の檻へ移しておけ」
ペットでも飼う感覚でやり取りしているけど、対象は人間だ。
こういうのにも慣れた辺り、こっち側へどっぷり浸かって染まってるな。
「選定した物の仕分けも済んでいるのか。分かった、この報告書通りで進めてくれ」
「了解っす」
これで留守中の確認事項は終わりかな?
ここからは普段通りの仕事を。
「マスターヒイラギ。ご面会したいという方がお見えになっています」
したかったのになぁ!
というか、今日は誰とも会う約束はしていないはずだぞ。
「用件は?」
「ダンジョンの運営状態が危ういので、自分の所の従業員を引き受けてもらえないかと」
内容からして、他所のダンジョンマスターか。
しかも用件はさっきダンジョンギルドで渡された、廃業に基づく雇用に近いやつか。
従業員のことを想っての行動なんだろうけど、新しく人を雇う予定は無い。
「断れ。うちは人手に困ってないし、そこまでの余裕は無い」
「承知しました」
玄関の方に向かうラーナを見送りつつ、深い溜め息を吐く。
出鼻をくじかれた感があるけど、気を取り直して仕事を。
「マスターヒイラギ。どうしても頼むとしつこいのですが」
させてくれよ!
「お前じゃ話にならない。直接話させろとまで」
「そこまで言うなんて、よほど従業員達に思い入れがあるのか?」
そこまで大切にされたら、雇われていた側も本望だろう。
こうして再就職先も探してもらっているんだし。
「どうでしょうね。引き受けてくれれば、お礼に後継者として育てていた孫娘を差し出すと言っていたので」
それって従業員の再就職先探しにかこつけた、孫嫁の押し売りじゃないのか?
ちょっとだけ感心した気持ちを踏みにじられた気分だから、やっぱりお引取り願おう。
「お引き取り願え。いざというときは、警備隊を呼ぶとかダンジョンギルドに報告するとか言って構わないから」
一応ダンジョンギルドはダンジョンマスター間のトラブルを仲裁してくれるし、警備隊も必要があればダンジョンマスターといえど拘束できる。
そんなのは向こうも御免だろうから、おそらく引き上げてくれるだろう。
引き上げなかったら本当に警備隊呼んで、ギルドに報告してやる。
しばらくするとラーナから、渋々ながら帰ったっていう報告が入ってホッとした。
「どなたかは存じませんが、やはり廃業と聞くと心苦しいですね」
アビーラ達と交代で司令室に入ったイーリアが、そんなことを呟いた。
やっぱりダンジョンギルドの職員としては、思う所があるのかな。
「これでギルドの税収や収入が減って、利益が落ちちゃったら、私のお給料にも影響が……」
気にするのそこか。
まあ、ダンジョンギルドから派遣されているイーリアは、ギルドから給料を貰っている身だからな。
「大丈夫ですよ、イーリアさん。いざというときはヒイラギ様が養ってくれますから! ですよね!」
鼻息荒く力説するエリアス。
要は俺の嫁になるから、減給になっても気にするなって言いたいのか?
確かに嫁にする以上は金銭面で苦労をかけたくないから、出来る限りは頑張る。
だけど、あまり過度な期待はやめてくれ。
イーリアも、その期待の眼差しは眩しすぎるからやめてくれ。
「やれるだけのことはやる」
とりあえずそう返事をして、この話を切り上げた。
そこからは本当にいつものダンジョン運営を行っていく。
特に大きな動きも無く、戦闘が繰り広げられているダンジョン内以外は平穏そのもの。
だけどそんな空気は、突如としてぶち壊される。
「主さまあぁぁぁぁぁぁぁっ! たいへ、たい、へんたっ、大変ですっ!」
扉をぶち破るような勢いで、育成スペースから飛び込んで来たローウィは大慌てしている。
というか今、変態って言い間違えそうになっていたぞ。
「落ち着け、何があった」
「スラ、スライムの何体かが、進化を」
スライムの進化?
おいおい、別に慌てるようなことじゃないだろう。
これまでだって、ミストスライムとかドレインスライムとかに進化してたし、二ヶ月ぐらい前には獣を模したビーストスライムっていうのにも進化したじゃないか。
「それで? 何に進化したんだ?」
慌てるローウィとは対照に冷めた口調で尋ねると、予想外の答えが返ってきた。
「いいい、イーター、スライム、です」
……うん?
「ちょっと、待ってくれ」
聞き間違いじゃないよな?
一応両耳を指で簡単に耳掃除。
その上で改めて聞いてみた。
「待たせた。何に進化したって?」
「イータースライムです!」
マジかよ!
「本当ですか、ローウィさん!?」
「ほほほ、本当です」
「ちょっと待ってくださいね!」
驚いた様子のイーリアが魔石盤を手に取り、魔物の情報を調べていく。
少しすると、ひゃあっ! なんて声を出して俺の近くに駆け寄ってきた。
「ほ、本当でした! これをご覧ください!」
慌てながら見せられた魔石盤には、確かにイータースライムの表示があった。
「本当だ……」
進化したのはたった二体だけど、こいつは大きな収穫だ。
イータースライムの特徴は、前に調べたことがあるから知っている。
自分を食べた相手を乗っ取って体内から操り、一生に三回しか使えないけど、食べた生物の特徴や能力を奪って自分の物にするという捕食スキルを扱う。
ただし、繁殖力が弱い上に進化する確率も低く、進化条件も全く不明だから個体数が極めて少ない。
そんな魔物に進化したんだから、扱いは慎重にしないと。
「どうしますか?」
「スライム系の繁殖は一体いればいいんだろう? だから片方を残して、もう片方は早速使ってみよう」
繁殖力が弱いってだけで、決して繁殖しないってわけじゃないからな。
そこら辺はちょっと研究してみてもいいかも。
「分かりました。それで、何に使いますか?」
そこなんだよな。
何に食わせるかで捕食スキルの使い道も変わってくるし、悩むなぁ。
候補としてはフロアリーダー級の魔物か?
できればロードンやパンプキンレプナントに続く、強力な魔物になってもらいたい。
そう思いながら候補を頭の中で絞っていくと、あることを思い出した。
「そういえばこいつ、人間にも寄生できるんだよな」
イータースライムについて初めて調べた時、参考の画像には人間をベースにして、捕食スキルによる強化がされていたっけ。
だけどこれまでに倒してきた人間は、パンデミックゾンビにするかアンデッド系の実験に使っちゃったし、そもそも死んでいる生物の口から体内に入っても寄生できない。
(人間で試してもいいけど、今日の分は全員リンクスが欲しがってたしな)
昨日捕まえたのはスキルチェックに行くついでに売っちゃったから、現時点で自由に使える人間はいない。
今から一人、ダンジョンで生け捕りにしてくるか?
いやでも、そう簡単にはいかないよな。
やっぱり魔物でやるしかないかと思っていたら、ある事を思い出した。
「そうだ、ちょうど使えるのがいたっけ」
すぐにリンクスを呼び出して用件を伝え、司令室はイーリアに任せてローウィと育成スペースへ行き、件のイータースライムと初対面する。
画像で見たとおりの無色透明な体をしていて、で目を凝らさないと見落としそうだ。
普通のスライムでさえ少し濁りがあるのに、イータースライムにはそれが全く無くて透き通っている。
「下手すると見落として踏みそうだな」
「実を言うと、さっき踏んじゃいました。てへっ」
とっくに踏んだのかよ!
だから一体がローウィから距離を取って、しかも俺の後ろに隠れているのか。
というか、そこにいると俺も踏みそうだから離れなさい。
「もうやめてよぅ……。今度は何するのよぉ……」
足元にいるイータースライムを抱えて持ち上げたところで、リンクスが若い女性を一人連れてきた。
今日捕まえた三人はリンクスにあげる約束をしたけど、前から遊びに使っていたのは一人を残して全員売却したいって言っていたから、その中で一番強いのにイータースライムを寄生させることにしたんだ。
「そいつが一番強いのか?」
「はい。元は腕の立つ槍使いだったみたいです」
「なに? 今度はアンタの雇い主の、こいつと寝ろっていうの?」
虚ろな目をしながらも、心は折れていないみたいだな。
しかし、さすがはインキュバスのリンクスが色々仕込んだだけあって、見た目というか雰囲気がやたらエロい。
いやいや、捕まえた時はそうでもない、ガサツな雰囲気だったはず。
何をしたかは知らないけど、さすがはインキュバスだな。
「違う。何も聞かず、黙ってこれを食え」
そう言って、抱え上げたイータースライムを差し出す。
手の上でポヨンポヨンと揺れるそれを見て、女性はポカンとしながら首を傾げる。
「何? これ?」
「スライム」
質問に答えると、今度は逆方向に首を傾げた。
その間もイータースライムは、手の上で楽しそうに揺れている。
「さっ、口を開けろ」
「いやいや、魔物を生きたまま食べられるはずがないでしょ!」
そう叫んで口を硬く閉ざした。
「問答無用だ。リンクス、開けさせろ」
「はい!」
何故か嬉々とした表情で返事をしたリンクスは、勢いよく手を振り上げて女性の尻を叩いた。
「はぅん!」
なんかエロい声と反応がしたのを気にせず、手にしていたイータースライムを開いた口にねじ込んだ。
「ん、んぐんっ!」
「いけ、イータースライム」
飲み込もうとしないから、イータースライムに命令して自分から喉の奥に行かせた。
口の中へ潜り込んだイータースライムを吐き出さないよう、飲み込むまで口を押さえ込む。
やがて喉を鳴らして飲み込むのを確認したら、口から手を離す。
「うえっ、ほ、本当に食べさせるなん……てっ……」
信じられない表情でこっちを見る女性の動きが止まる。
「な、なに……これ……痛っ! 痛い痛い痛い! 頭が、頭が割れるうぅぅぅっ!」
ひょっとして頭の方に寄生するのか?
確かに宿主を操るならそこがいいんだろうけど、頭を抑えて転がる姿を見ているとちょっと気の毒だ。
というか、飲み込まれたんだから頭に行くのはおかしいか?
どう寄生しているのか謎だ。
そんなことを考えている間に喚き声は収まり、ゆらりと起き上がる。
さて、どうなったのかな?
「んんん? くあぁぁ……。ご主人様、乗っ取り完了なのです!」
眠そうに欠伸をして、直後に目をパッチリ開いて元気よく挨拶してきた。
なんか見た目よりも幼い感じで喋るから、若干の違和感を覚える。
「お前はイータースライムなのか?」
「はいなのです。私達は乗っ取った生物の能力をそのまま使えるので、人間を乗っ取った私は名前付きでなくとも、こうして喋ることができるのです!」
どうだと胸を張る様子に小さく拍手を送る。
これは資料に載っていなかった情報だから、やっぱりやってみないと分からないことはあるんだな。
さて、早速動きの方を確認した上で指導をして、従魔覚醒の影響下に置こう。
その後は報告書にまとめて、今後の扱いについての検討をしておくか。




