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第46階層 事後処理をするほど現実って叩きつけられる

エリィ「あいつはまぁ、信用してみてもいいかな」


 アグリによる騒動から一夜が経った。

 緊急措置機能がまだ働いていてダンジョン運営は再開しておらず、町の被害が大きいことから、副業での収入も難しいことが想定される。

 しばらくは貯蓄を食いつぶす生活を覚悟しなくちゃならない。


(貯蓄額はだいぶあるから、当面の生活費や給料の支払いは大丈夫だろう)


 余計な支出を抑えてきた甲斐あって、貯蓄金は結構な額がある。

 元の世界のクラスメイトも三人ほど売っているから、白金貨千五百枚以上の蓄えがな。

 とはいえ、実際に使ってもいいと決めているのは、半分の七百五十枚まで。

 それ以外は、ダンジョンを攻略されてダンジョンマスターでなくなった後の活動資金であり生活費でもあるため、よほどの事がない限りは手をつけるつもりは無い。

 残しすぎかもしれないけど、攻略されたらここから追い出される以上、ある程度の生活資金は必要だからな。

 それに、いずれは子育ての費用も必要になる。

 俺の場合、とにかくたくさん産ませろ状態だから、正直養育費の額が恐ろしいことになりそうだ。

 だからこそ、蓄えはしっかりしておかないと。


「ご主人様、これが昨日確認した農場の被害に関する報告書です」

「ん。ありがとう」


 農場の被害は思った以上に大きかった。

 畑の野菜はほとんど全滅で、家屋の方も半壊していて住める状態じゃないようで、農場組は一時的にこっちへ移住させた。

 バリウラスから受け取った詳細な報告書を読み進めるに伴って、気分が悪くなっていく。

 これまで時間と金をかけて準備していたのに、ここにきてリセットされてしまったのは痛い。


「エリィ。農家出身として、意見が聞きたい」


 今いるメンバーの中で一番農業に詳しいエリィに報告書を読んでもらう。

 できればたいした事はない、って言ってもらいたいけど、希望的観測だろうな。


「聞いた話とこの報告書からの推測だけど、いい?」

「構わない」

「実際に見ないとなんとも言えないけど、余計な土が多量に混ざっている可能性が高い。場合によっては土作りからやり直し」


 そんな状態だったら最悪だな。

 これまで頑張ってきてもらったのに、こんな事になるなんて。

 野菜の方は育成スペースにもあるから、そっちから種なり苗なり用意して植え直しはできる。

 でも土作りからとなると、相当な時間がかかりそうだ。


「悪いけど、今日中に状態の確認を頼む」

「分かった」


 結界はまだ効果を発揮してよういるから、火事場泥棒には遭っていないだろうけど、これまでの努力が水の泡になったのには違いない。


「柊君、ベアングさんの所に行ってきたよ」

「どうだった?」


 副業であるベアングのおっちゃんとの契約は、大事な収入源の一つだ。

 本人やその家族の安否、それと店舗の様子を確認するため、戸倉にはベアングのおっちゃんの下へ行ってもらった。


「お店は無事だったけど、中が酷い事になってた。しかもベアングさんが棚の下敷きになって腕を骨折したって」

「そうか……。分かった、ありがとな」


 ということは、向こうからの収入は一時的に断たれたか。

 後日見舞いに行くついでに、自分の目でも確認しておくか。

 残る確認事案はウスターソースとケチャップの工房だな。


「ヒイラギ様」


 戸倉と入れ替わりで、少し落ち込んだ様子のエリアスがやって来た。

 昨日、身内の安否確認に行かせたエリアスは、その日のうちに戻ってきた。

 オバさんが無事なのは知っていたけど、他の身内も無事だったようだ。

 だけど、上のお姉さんが逃げる際に転んだところへパニックになった人達に踏まれて大怪我を負い、下のお姉さんの旦那さんが重傷で、意識は戻ったものの当分は起き上がれそうにないらしい。

 俺にとっても身内になる人達だから、これからエリアスと二人で見舞いに行くつもりだ。


「準備はできたか?」

「はい、いつでも行けます」


 俺の方も見舞い金と見舞いの品は用意した。

 向こうにしてみれば些細な額の見舞い金かもしれないけれど、こういうのはちゃんとやっておかないとな。


「じゃあちょっと行ってくる。イーリア、留守を頼む」

「分かりました」


 留守を頼んだイーリアも、昨日はその日のうちに帰ってきた。

 幸いにも死者は出なかったらしいけど、両親が軽傷、腹違いの姉がショックで寝込んでいるとのこと。

 他にもラーナとネーナ、アビーラにユーリットがその日のうちに戻ってきて、身内の無事を報告してくれた。

 残りのメンバーも今朝には戻って来たものの、ヴィクトマの母親と腹違いの姉、リンクスの妹、エルミの両親と第三夫人の義母が亡くなったようだ。

 他にも、無事ではいてくれたけど大怪我をしていた、実家が壊れたという話も多い。

 そういった面々には少額ながら見舞い金を手渡し、身内が亡くなった三人には金と一緒に忌引きによる休みを与えることにした。

 忌引き休みはこっちの世界に無い制度だから戸惑っていたのを、半ば強引に金を持たせて帰らせて、葬式が済むまでは休ませることにした。

 幸か不幸か、ダンジョン運営はまだ再開していないからな。


「どこもかしこも大変だな」

「そうですね」


 エリアスと歩く町中は、ついこの間までとは違う忙しさに包まれている。

 壊れた家の修復、生存者の救出、行方不明者の捜索、死亡者の回収、混乱の中での治安維持にと多くの人々が走り回る。

 勿論、そこに笑顔なんて存在しない。

 発見された死体を前に号泣する人、運ばれていく生存者に必死で呼びかける人、窃盗をしようとして警備隊員に捕まった泥棒。

 これが第五エリアの現状だ。

 自分達のことに精いっぱいで、普段は誰もが冷ややかな視線を向けているエリアスを見ても、構わず作業を進めている。


「ん? なんだあれ」


 少し離れた所で警備隊員が二人組の奴隷を押さえこんでいる。

 奴隷の証の首輪を付けている二人組は、そのまま警備隊員によって連行されていった。


「なにがあったの?」

「昨日の混乱に乗じて、奴隷商館から逃げ出した奴隷よ。まだ町中にいるみたい」


 聞こえてきた会話から、逃亡奴隷の捕り物だと分かった。

 たぶん昨日の騒動で、巻き込まれないうちに逃げろとか言っちゃったから、こんな事になっているんだろう。


「大丈夫……ですよね?」


 今の話を聞いて不安になったのか、エリアスが寄り添ってきた。


「戦闘用スキルは封じられているから大丈夫だとは思うけど、できるだけ人気の少ない場所は避けよう」

「その方がいいでしょうね」


 スキルが封じられているだけで刃物とかを持てないって訳じゃないから、警戒しておくべきだろう。

 普段は近道に使う裏路地を避け、周囲に注意しながら異動を続けた。




 ****




 無事にオバさんのダンジョンへ到着したものの、オバさんはエリア委員会の緊急会議で不在だった。

 そのため、オバさんに代わってリュウガさんとエリアスのお姉さん達が対応してくれた。

 大怪我をした上のお姉さんは腕を吊っていて、頭にも包帯を巻いている。

 そういえば、お姉さん達に会うのは初めてだな。


「ミーリンお姉様、起きていて大丈夫なのですか?」

「あははっ。大丈夫、大丈夫。このくらいで寝てらんないって」


 明るく話すのは上のお姉さんで、名前はミーリン。種族はオバさんと同じ九尾の狐。


「よく言いますね、姉上。昨日は治癒魔法を受けるまで、痛がって喚いていたというのに」


 眼鏡の位置を直しながら落ち着いた口調で話す下のお姉さん。名前はクミナで、リュウガさんと同じ竜人族だ。


「そういうクミナだって、旦那が大怪我したって聞いて顔面蒼白だったじゃない」

「妻が夫の心配をして悪いんですか?」

「……あんたってさ、冷静に情熱的だよね」


 なかなか面白いお姉さん達のようだ。

 ちょっと親戚付き合いを心配していたけど、こんな人達ならなんとかなりそうだ。


「リュウガさんも、ご無事でなによりです」

「ここで仕事をしていたのが幸いしたよ。君は現場にいたんだろう? よく無事でいてくれたね」


 改めてそう言われると、本当によくあの現場から生きて帰れたよ。

 これもオバさんを始めとした、たくさんの戦ってくれた人達のお陰だ。

 慰霊祭とかがあったら、絶対に出席しなくちゃ。


「使役スキルでどうにかできないかと、ちょっと無茶しちゃいましたけどね」

「あの外見を見れば、私だってそう思うよ」


 見た目は完全に魔物だったからな。


「ところで、今日は何の用かね?」


 おっと、そうだった。そろそろ本題に入らないと。


「ミーリンさんとクミナさんの旦那さんが怪我をしたと聞いたので、お見舞いに。これ、些少ですが見舞い金です」


 収納袋から、用意しておいた見舞い金の入った小袋を差し出す。


「別に気にしなくていいのだが」

「いずれは身内になる方が怪我したんですから、こういうのはちゃんとやるべきかと思いまして」

「ならこちらも、ちゃんと受け取っておこう。ありがとう」


 入っているのは金貨が十枚程度だけど、イーリアとエリアスに聞いたダンジョンマスター間での相場だとこの位だそうだ。


「ところで、君の方の被害は?」

「準備段階の農場がだいぶやられました。それと、雇っている何人かの身内が被害に遭いました」

「そうか、うちもなんだ。君と契約しているソオスとケチャップの工房、それと他の副業として展開している飲食店や農場、従業員とその身内にも被害が出ている」


 工房はやられていたか。

 だとすると、一日も早いダンジョン運営の再開を期待したい。

 貯蓄にも限度がある以上、いつまでも食いつぶす生活はしたくないから、早く収入を得たい。


「ヒイラギ君だっけ? ひょっとしたら、ダンジョン運営にも影響が出るかもよ」


 えっ? なんで?

 口を挟んできたミーリンさんの意見の意図が分からない。


「地上との繋がりが断たれている間に、挑む予定だった人間達がその場を離れる可能性があるからです。再開したとしても、元の収入を得られるようになるまでどれだけかかるか分かりませんよ」


 眼鏡の位置を直すクミナさんの説明で、影響の理由に納得した。

 冒険者だって食っていかなきゃいけない以上、再びダンジョンに入れるのをいつまでも待つわけにはいかない。

 生活のため、他所へ行って新たな収入源を探すのは至極当然の流れだ。


「まさかあの騒動が、そういう影響まで及ぼすなんて」

「だからといって、今すぐに緊急措置機能を戻す訳にはいかない。ダンジョンの従業員やその身内に被害が出ている以上、事態が解決したからといってすぐに元通りの運営をするのは無理だ」


 ダンジョンギルドもその辺りを考慮して、緊急措置機能を発動させたままにしているんだな。

 しかしそうなると、いつになったら再開できるんだろう。

 まあ、その時を待つしかないか。


「ところでヒイラギさん。話は変わりますが、一日も早い復興について良い知恵はありませんか?」

「申し訳ありませんが、俺では力にはなれません」


 ニュースとかで被災地の事を取り上げた特集とかは見た事あるものの、特別な知識を得られる訳じゃない。

 得られるのはそういう時にどうすればいいか、どう備えればいいかといった知識だから、復興作業についての特別な知識は持ち合わせていない。


「有るとしたら、家が壊れた人達のため、仮設住宅を準備するくらいですかね」

「カセツジュウタク?」

「災害とかで家を失った人達が、家を再建するか新しく暮らす場所を見つけるまで暮らす、一時的な家と思ってください」


 かなり適当でざっくばらんな説明だけど、間違っていないはず。

 そういうのがあるんだと感心するミーリンさんとクミナさんに対し、リュウガさんは顎に手を当てて考え込んでいる。


「そのカセツジュウタク、というのは一考の価値ありだが、土地と資材が必要だな」


 言われてみればそうだ。

 仮設住宅を用意するにしても、広い土地と建てるための資材が必要になる。

 元の世界とは生活事情が違うこの世界で、簡単には準備できないか。

 だとしたら、他に何か……そうだ。


「テントってありますか?」

「テント?」


 やっぱり無いんだ。

 アウトドア経験が無いから、これも分かる範囲でざっくばらんに説明すると、リュウガさんは関心を示す表情で頷いた。


「なるほど。柱と布、それと縄と杭による即席の空間か」

「地上と違って雨風の心配がありませんから、そんなに頑丈な物でなくとも大丈夫かと」

「妻が帰ってきたら提案してみよう。昨日のエリア委員会の会議で、住居についての議題が上がって頭を抱えていたからな」


 ということは、今日の会議で他の案が出ない限りはテントが採用されるかもしれない。

 そうなった時のキャンプ場やテント村のような光景を思い浮かべていたら、見舞いの品を渡していないことに気づいた。


「そうだリュウガさん、お見舞いの品を持ってきました。どうぞ皆さんで食べてください」


 収納袋から、見舞いの品が入った壺を取り出して差し出す。


「これはすまない。中身は何かね?」

「ハチミツです」


 前に「異界寄せ」したやつの残り物で悪いけど、ちゃんと加熱処理はしてあるから安心安全だ。

 他の皆にどうかそれだけはというのを振り切って、今回に見舞いの品に選ばせてもらった。


「ハチミツ……」


 壺の中身を聞いたリュウガさんが難しい表情をした。

 同様にミーリンさんとクミナさんも、不満げな顔をして視線を交わしている。

 どうし……あっ、そうか。そういうことか。


「リュウガさん、俺が元の世界の物を召喚できるのは知っていますか?」

「ん? あぁ、異世界の野菜を農場で栽培して売る計画があるらしいと妻が……まさか!」


 気づいたようだな。


「これは魔物から集めたハチミツじゃなくて、俺のいた世界から召喚したハチミツなんです」

「「異世界のハチミツ!?」」


 自分達の知っているのとは別物と分かってか、ミーリンさんとクミナさんが身を乗り出す。


「前に妻から、君がヨウホウという手段でこれを採取し、売ろうとしていたと聞いたことがある」

「ミツバチっていう虫に毒があるから断念したらしいわね」

「取れるハチミツがとても甘いらしいから残念だと、母上が愚痴っていました」


 あのオバさん、娘に何を愚痴ってんだよ。

 でもまあ、説明の手間が省けたからいいか。


「はい。ですので、直接ハチミツを召喚しました。あまりたくさんありませんが、どうぞお召し上がりください」


 よほど興味を引かれるのか、リュウガさんでさえ食い入る目で壺を見ている。


「いいのかね? そんな貴重な物を」

「今回の事件でロウコンさんに危ういところを助けられましたし、早ければ来年には家族になる身ですから、これぐらいは構いませんよ」


 しばし俺の事をじっと見たリュウガさんは笑みを零し、壺を両手で丁寧に包むように受け取った。


「ありがとう。妻も喜ぶよ」


 そう言ってもらえるのは嬉しいけど、ミーリンさんとクミカさんが目をキラキラさせながら壺を見ているのが気になる。

 甘味に飢えているからか?

 なんかキラキラを通り越してギラギラした目つきになってるぞ。


「お姉様……気持ちは分かりますけど……」


 ほらみろ、小声でだけどエリアスが呆れてるじゃないか。


「お前達、落ち着きなさい」


 リュウガさんが低い声で一言告げると、二人はハッとした。


「ごめんなさい……」

「噂に聞いた甘いハチミツと聞いて、つい」


 姿勢を正した二人は、申し訳なさそうに頭を下げた。

 そんなに興味を持ってくれているのは、贈った側としては嬉しく思う。

 だからあまり気にしないでおこう。


「いいんですよ。こっちの甘味事情は知ってますから」

「くぅ。いい義弟ができたわ」

「エリアス、絶対に手放しちゃ駄目だよ」

「勿論です!」


 そんなに力説しなくとも、俺が手放したりしないっての。

 どうしてそこまでエリアスに惚れ込んだのかは未だに謎だけど、恋に理由は無いっていうから、特に気にしなくていいだろう。

 俺とエリアスが好きあっている。これが大事。


「ところで、第五エリアの今後について何か聞いていますか?」

「いや、何も。だがおそらく、全エリアのエリアマスター及びエリア委員会委員長を招集しての、緊急会議が中央部の議会で開かれるのは確実だろうな」


 別エリアからの支援や、今回の事件の報告のためかな?


「その内容次第では、君にも影響が出るかもしれない」


 えっ? なんで?

 あれか? 俺が異世界人だからか?

 支援が欲しければ、うちの娘だの妹を嫁にさせろと?

 その手の話は、もういい加減にしてほしい。


「予想はできたようだね」

「はい……」


 ここはどうかオバさんに頑張ってもらって、支援の見返りが俺でない事に期待するしかない。

 上手くいったら、心の中での呼び方をオバさんからロウコンさんにしよう。


「できれば、そうならないことを祈ります」

「難しいだろうね」

「百も承知です」


 最悪の場合は想定しておくけど、希望的観測くらいは抱かせてください。


「妻も努力するだろうが、覚悟だけはしておいてほしい」

「はい……」


 だけど正妻がエリアスなのは絶対に譲らない。

 さて、オバさんがいつ帰ってくるか分からないから、見舞いはここまでにしておこう。

 リュウガさん達も忙しいだろうし、長居は無用だ。

 見送ってくれたリュウガさん達に一礼して、来た時と同様に人気の多い道をエリアスと歩く。


「思ったより元気そうだったな、お姉さん達」

「はい。ちょっとホッとしました」


 ひょっとしたら妹の前だから強がっていたかもしれないけど、強がれるのなら問題無いだろう。

 少なくとも、気持ちは折れてないってことだから。


「あっ、また……」


 ポツリと呟いたエリアスの見ていた方を見ると、警備隊員に奴隷数人取り押さえられて縛られていた。

 抵抗して殴られているのもいれば、大人しく捕まっているのもいる。


「捕まった彼らはどうなるんでしょうね?」

「さあな」


 何か罰則があるとしたら、人手が必要な復興作業の手伝いか?

 なんにせよ、裁く側がどう判断するかだな。


「おい待て、お前達。改めさせてもらうぞ」

「な、なんですかぁ?」


 鋭い目つきの女性隊員に、通りかかった奴隷が怯える。

 女性隊員は手にしていた数枚の紙を捲りながら奴隷の顔を確認し、次いで首輪を確認した。


「逃亡奴隷ではないか。すまない、行っていいぞ。協力に感謝する」


 逃げ出した奴隷じゃないと判断され、呼び止められた奴隷はそそくさと去って行った。

 治安維持だけじゃなく、検問みたいなこともやってるなんて、警備隊は大変だな。


「ちょっと、何の用よ」


 ん? なんか聞き覚えのある声がしたぞ。


「私達、お買い物の帰りなんですけど……」

「お前達が逃亡奴隷でないか、確認させてもらう」

「またぁっ!? もう、早くしてよね!」


 声のした方を見ると、苛立った様子のエミィと戸惑った様子のミリーナがいた。

 やっぱりあの二人だったか。

 確認が済んで解放された二人と合流して話を聞くと、今日だけで三回も同じ目に遭ったそうだ。

 無線みたいなのがないから、警備隊内で情報が共有できていないのが原因だろうな。

 情報を共有できていれば、三回も足止めされないだろう。


「あぁ、もう! ムカつく。物が無いからって足下見てくる、あの厭らしい目つきの店主も、何度も足止めする警備隊も!」


 あの大人しいエリィが感情を隠すことなく、声と態度に出しているとは珍しい。


「落ち着け。主人の俺がいるし、もう大丈夫だ」

「だといいんだ……ですけどね!」


 どこまでも不機嫌だな。


「珍しいですね、エリィさんがそんな態度を取るなんて」

「ん……あー。正直言うと、これが本来のアタ……私なんです。怒ってつい出しちゃったけど、普段は大人しい皮かぶっているだけ……なんです」


 気まずそうに頭を掻きながらの告白に、また少し心を開いてくれた気がする。

 それと普段の口調がそれのせいか、さっきから言葉遣いが危ういぞ。

 いくら周囲が忙しく動いているとはいえ、耳ざとい奴がいるかもしれないから気をつけてくれ。


「どうして大人しいふりを?」

「冒険者時代に襲われかけた理由が、生意気だったから……なんです」


 エリィが男冒険者に襲われかけた経験があるのは知っている。

 でも理由が生意気だったからって、どんな風に振る舞っていたんだか。

 それとも、襲った奴の沸点が異常に低かったのかな。


「だからあん……ご主人様に買われた時は、無機質で大人しいつまらない女を演じようって決めたの。……です」


 それが最初の頃の態度の理由か。

 てっきり男嫌いが理由かと思ったけど、それだけじゃなかったんだな。


「でも、ご主人様はそういう類の男性じゃないって、とっくに分かっていましたよね?」

「分かっているけど、それとこれとは話が別よ。頭で分かっていても、気持ちはね」


 それに関しては本人の気持ち次第から、俺がどうこう言える問題じゃないな。

 そういえばミリーナも、襲われた経験こそ無いものの、男連中の下心丸出しの視線が嫌で女だけのパーティーに所属していたんだっけ。


「だから、ここはある意味安心するのよね。男が少なくて」


 お陰で存亡の危機とか抱えているけどな。


「でも別に、男の人が完全に嫌って訳じゃないんでしょう?」

「そうですね。信頼できるかどうか、見極める基準が高いってだけで」


 だったら本来の姿を見せてくれている俺は、その基準に達してきているのかな。

 というか、口調とか振る舞いが香苗と似ているから、そっちで接すれば香苗とはすぐに仲良くなれる気がする。

 俺としても香苗にそっくりだからか、なんか付き合いやすく感じるし。


「なら、帰ったらそっちで皆と接してやれ。特に香苗と似ているから、きっと意気投合するぞ」

「それは前々から思ってた……ました」


 どうせなら思ってましたって言い直せ。

 なんだ、その変な敬語は。


「そうそう、直接農場を見て来……ましたけど、やっぱり土作りからやり直す必要があるわ……ありますね。余計な土が混ざり過ぎてる……ので」


 ああ、買い物ついでに見て来てくれたのか。

 そんでもって土から駄目だったか。

 はあ、先が思いやられるな。


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