第38階層 風通しが良い職場も考え物だと思う
ヴィクトマ「いくら食べてもお腹じゃなくて、何故か胸が大きくなるんです」
エリア委員会に呼び出されてから二集が過ぎた。
逮捕された人達に代わる新しい代表者は無事に決まり、委員会は通常運営に戻った。
今度の代表者はまともな人達らしく、前回のメンバーから残ったオバさんとハンディルのおっちゃんと協議の末、俺に社会的侵略の意思は無いと判断してくれた。
「委員会にあんな事があったのに、あまり大きな騒ぎにならなかったな」
「捕まった方々は以前から評判が悪かったので、やっぱりねと受け止めたのでしょう」
休憩中、一緒にお茶を飲んでいるエリアスがそう告げる。
騒ぎにならないなんて、一体どれだけ評判が悪かったんだか。
「さてと、そろそろ司令室に行くか」
「お供しますね」
ここ最近、エリアスは俺と一緒に司令室へ勤務している。
俺としては嬉しいし、エリアスも黙って隣にいる訳じゃない。
置いてある収納袋から資料や報告書を取り出して読み漁り、疑問があれば質問してきて、うちのダンジョンのやり方を理解しようとしている。
質問の量は半端じゃないけど、それはそれで教え甲斐がある。
「ダークネスゾンビ失敗例。二つの魔心晶へ同時に魔力を流す。結果が……魔物の爆発!?」
ああ、あの爆発を目の当たりにして精神的にやられて、教会で治療してもらった時のやつか。
アレは本当に辛かったな。気分は悪いし、胃が締めつけられるようだし、こっちへ来て一番気持ちが悪かった出来事だと思う。
「あの、この実験は禁止事項になってますけど、そんなに凄い爆発だったんですか?」
「爆発そのものはそうでもない。ただ、ちょっとな」
思い出したくもないけど、不安そうにしているエリアスに説明しないわけにはいかないから、説明してやった。
「そ、そんな事があったんですかっ!?」
やっぱり驚くよな。
俺はあの日を思い出すだけで、気分が悪くなってきたよ。
できれば、すぐにでも記憶から消し去りたい。
「あの時は本当に、何事かと思いましたよ。急に爆発音がしたと思ったら、バラバラの肉塊の中でマスター様が倒れていたんですから」
ユーリットよ、後半部分は余計だ。明確に思い出しちゃうじゃないか。
(そういえば、ヴィクトマに会ったのもあの日だったな)
教会からの帰り道で、就職先を探しているヴィクトマと遭遇した。
そのヴィクトマが今では農業の事務員なんだから、出会いの縁ってのはどうなるか分からないもんだ。
出会いの縁といえば、エリアスもそうだな。
最初の出会いはこっちへ来て二日目、オバさんの所へ挨拶に行った時だ。
それが今では、婚約者になって同居しているとはね。
「ヒイラギ様? どうかなさいましたか?」
「いや、エリアスとの出会った日を思い出してた」
「どうしてこのタイミングで、そんな事を思い出しているんですか!?」
ヴィクトマと始めて会った日から連想して、そこへ辿り着いたんだよ。
「あうぅ……。あの時は、本当に失礼しました」
「うん? 別に失礼な事はされていないぞ?」
「失礼しましたって。食べながら挨拶しちゃいましたし、改めての挨拶では噛んじゃいましたし、その事が恥ずかしくて混乱しているのを助けてもらいましたし」
あったあった、そんなこと。なんか少し懐かしいな。
「思えば、私が変われた切っ掛けは、ヒイラギ様との出会いがあったからですね」
「そうなのか?」
「ええ。家族とリコリスさん以外で普通に接してくれたのは、ヒイラギ様が初めてでした」
「買いかぶり過ぎだ。異世界から来たからこそ、偏見無しに接することが出来たんだ」
なにせ向こうには混種どころか、亜人すらいなかったんだから。
「ヒイラギ様にとってはそうかもしれませんけど、私にとっては大きな出会いでした」
そう言ってくれるのなら、そういうことにしておこう。
結果的に婚約したんだから、俺にとっても大きな出会いだったのかな。
「ひょっとしたら私達、巡り会う運命だったのかもしれませんね」
「そうだったらいいな」
もしもそうなら、俺達が一度死んだのも運命ってことになる。
生憎とそういうのを語るのは、俺のキャラじゃないから、深くは考えずにいよう。
「そこ、イチャついてないで仕事して」
不機嫌さを露わにして、ふくれっ面の戸倉が割り込んできた。
だな、今は仕事中だもんな。
「分かったよ。ほら、この報告書も読んでおけ」
「は、はひ」
うわ、エリアスが照れて耳まで真っ赤になってる。
俺はなってないよな? 体温が上がっている感じは無いし、表情も緩んでいるつもりはない。
「むぅ。なんで柊君はそうポーカーフェイスなのかな? あんなイチャついておいて、顔色一つ変えないなんて」
よし、普段通りの俺だった。
「でも、そんな柊君だから好き。早く子供作ろ?」
「アホ言ってないでお前も仕事しろ。ほら、これの処理を頼む」
額に右手の手刀を軽く落としつつ、左手で書類を手渡す。
「うぅ、つれない」
書類を受け取った戸倉は額を押さえながら、またふくれっ面になって仕事に戻っていった。
さてと、ダンジョンの状況はどうだ?
『どうした、その程度か! この程度では、肩慣らしにもならんぞ!』
モニターには物足りなさそうにしながらも、戦闘を楽しんでいる様子のロードンが映っている。
階層が多くなって戦う機会に恵まれなくなったロードンを、戦いの勘を鈍らせないために第一階層のフロアリーダーの間に配置させたんだけど、久々の戦闘を楽しんでいるようだ。
それは構わない。うん、構わないんだ。
だけど侵入者の体を真っ二つにするのはやめてくれ。そんなことをしたら、パンデミックゾンビ化どころかアンデッド系の実験にも使えない。
何より、装備品がぶっ壊れて売り物にならない。
あいつと戦った侵入者の持ち物は諦めるつもりだった。
でも侵入してくる冒険者のランクが上がって、それに伴って装備品の価値が上がった以上は諦めきれない。
けれど壊した以上は仕方がない。回収したらアビーラへ渡して、別の物へ加工してもらおう。
『つえぇぇぇぇぇいっ!』
あぁ、また侵入者を縦に真っ二つに。
ただでさえ従魔覚醒で何倍にも強化されているのに、持たせている魔剣・災襲血閃でさらに能力が向上しているから手が付けられない。
魔剣・災襲血閃自体も、侵入者の血液を浴びて切れ味と強度が増している。
やっぱりロードンと災襲血閃の組み合わせは、完全にラスボスレベルだ。
あの侵入者達だって決して弱くはないのに、全く通用していない。
そうしてあっという間に全滅した。
『ふん、他愛なかったな』
とか言っている割に、久々の戦闘で少しスッキリした表情になっている。
まっ、侵入者の装備品が駄目になるのは痛いけど、たまにはああして浅い階層で戦わせてやるか。
従業員や奴隷だけじゃない、魔物だってうちで働いている立派な戦力なんだから。
(さて、全体の状況はどうなってるかな)
コアにアクセスして、立ち上げた画面でダンジョン全体の様子を確認する。
すると一階層に結構な人数がまだ残っていて、しかも一塊になって移動している。
これは大人数のパーティーなのか、それとも攻略のために複数のパーティーが組んだのか。
どっちにしても、この人数で挑むのは間違いだ。
さほど広くない上に壁や地面から岩が隆起している通路を、あんな大人数で移動しようとしたらどうなるか、少し考えれば分かる。
ちょっとモニターに映してみよう。
『おい、もっと早く進め!』
『無茶言うなよ。足場が悪くて隆起した岩がこんなにあっちゃ、思うように進めねぇよ』
想像通り、多すぎる人数が仇となって渋滞して、後ろの方がイラついてる。
戦闘で数に物を言わすのは決して間違いじゃないけど、移動のことを考えれば悪手でしかない。
通路が広くて足場が良くて障害物が少ないならともかく、ここでは全てが逆だ。
そうなると隊列は自然と縦長になって、後方からの援護や前方との入れ替わりが難しくなる。
おまけに早く前に進もうとして、自分の前にいる奴の背中に近づき過ぎだから、武器も満足に振れそうにない。
フロアリーダーの間ならともかく、通路での戦闘になったら瓦解するのは目に見えている。
『ぎゃあぁっっ!?』
『なんだこいつ、急に現れて』
『索敵には何も引っかからなかったぞ? どうなってんだ!』
ほらみろ、魔物達による四方八方からの奇襲に混乱している。
ナイトバット達に索敵妨害させて、そこに潜伏スキルを持ったキラーアント、ロックスパイダー、スライム、パラライズスネーク。さらにゴースト達が襲い掛かる。
人の渋滞で思うように戦えない冒険者達に対して、こっちはその通路での戦闘用に鍛えた魔物達。
あっという間に向こうは劣勢に陥り、後方にいるのは怯えて逃げ出し、前方の何人かは魔物を振り払って先へ逃げ進んだ。
だけど甘い。逃げる奴を襲撃できるよう、あえて潜んだままだった魔物達が後方から逃げ出した連中へ襲い掛かり、先へ逃げ進んだ連中の行く手にはパンデミックゾンビ達が待ち構えている。
『うわっ、なんだこいつら!』
『こんの! たかがゾンビ程度に』
怯えて逃げ腰だった後方の連中は碌な抵抗も出来ず倒されていき、前方の連中も戦闘中にどこかしらを噛まれ、そこからパンデミックゾンビの体液が体内へ流れ込む。
『があぁぁっぁっ!?』
感染スキルを受けた冒険者達はパンデミックゾンビになり、戦闘中の仲間達へ襲い掛かる。
そこからはもう、大混乱の阿鼻叫喚。
さっきまでは仲間だった連中に襲われ、噛みつかれてパンデミック化していく冒険者達。
やがて感染は後方にいた冒険者達にまで届き、襲い掛かる魔物達へ対処しているうちに噛まれてしまう。
終わってみれば、逃げられたのはたった二人。
それ以外は死亡か、パンデミックゾンビになった。
「戦闘終了。死亡した侵入者の魔力が吸収されます」
「装備品を回収します。死体と新たなパンデミックゾンビを、育成スペースへ」
「マスターさん、装備品の鑑定に行ってきます」
「頼む」
もう指示しなくても動けるくらい、皆が戦闘後の業務を分かっている。
という訳で、俺は魔物の被害状況を確認しておこう。
魔力を消費して倒された魔物を補充しておいて、世話は同種の先輩魔物に任せよう。
従魔覚醒の影響を与えるための指導と、休憩中のローウィへの情報共有は後でいいな。
「皆さん、手際がいいですね」
ここへ来てまだ日が浅いエリアスは、テキパキ動く皆に感心している。
そりゃあ、三ヶ月以上ここで働いているんだから、これくらいはできてくれないとな。
「それにしても、パンデミックゾンビとは凄まじいですね」
だよなぁ。
生み出したのは偶然だったとはいえ、リアルゾンビ映画というかバイオテロというか、そういうのを再現しちゃった訳だし。
「死んでいるのに、あんなに走り回るなんて」
えっ、問題そっち?
「普通ゾンビはヨロヨロと歩く程度なのに、獲物目掛けて走るなんて……」
確かに死んでいるのに機敏に走る姿は、何度見ても違和感がある。
ゾンビ物の映画やドラマでは当たり前になりつつあるとはいえ、やっぱり現実に見ると違うんだよな。
改めてそう思っている間に、残る僅かな侵入者は逃げられた二人から話を聞き、引き返して外へ出て行った。
それ以降は誰も侵入してこないまま、夕食お時間を迎える。
司令室を当番のメンバーに任せ、食事を始めようとしたところで、玄関のドアが強めに叩かれた。
すぐにイーリアが対応に向かうと、来訪者を連れて戻ってきた。
「こんな時間に申し訳ありません。少々緊急事態でして」
突然の来訪者はエルミだった。
農場から走ってここまで来たのか、息を切らして汗を流している。
緊急事態って、向こうで何かあったのか?
「エリィちゃんが酷い熱なんです。近所のお医者さんからは、奴隷を診る気は無いって言われてしまって」
そりゃ確かに緊急事態だ。
というか、その医者を一発殴らせろ。
「エルミの実家では、扱っている奴隷を診てくれていた医者はいないのか?」
「その方は亡くなっていて、代替わりした方は奴隷は診ないとおっしゃっているんです」
なんてこった。
「お願いです。奴隷でも診てくれるお医者さんに、心当たりはありませんか?」
そう言われてもな……。
幸か不幸か奴隷の誰も怪我や病気をせずにいたから、そういった情報は知らないぞ。
「悪いが俺も知らない。誰か知らないか?」
「あ、あの、私の実家で、奴隷を診てくれている方なら、大丈夫かと」
小さく挙手をしたアッテムがそう告げる。
「すぐに呼びに行ってくれ。ユーリット、熱さましのような薬はあるか?」
「大抵の薬なら調合済みです」
「ミリーナ、地上にいた頃に病人を看護した経験は?」
「教会での手伝い程度ですが、あります」
よし、それならなんとかなるか。
「エルミはユーリットとミリーナを連れて先に戻れ。アッテムは医者の下へ。俺はこっちでの指示出しをしたらすぐに農場へ行く」
一時的にとはいえ、一気に四人も抜けるんだ。イーリアとラーナが残るとはいえ、指示は残しておかないと。
指示を受けた面々はすぐに動き出し、俺もいくつか指示を残したら駆け足で農場へ向かう。
町中を駆け抜けて辿り着くと、家屋の一室で横になっているエリィが、真っ赤な顔で苦しそうにしていた。
「症状はどうだ?」
「話を聞いたところ、高熱があるだけで他の症状は無いそうです」
「とりあえずは解熱の薬だけ与えておきました。これ以上は、お医者さんの診断がないと無暗に与えられません」
だろうな。ユーリットもミリーナも正式な医者じゃないから、詳しい診断はできない。
後はアッテムが医者を連れてくるのを待とう。
「お待たせ、しました。お医者様を、お連れ、しました!」
よし、来てくれたか。
アッテムが連れて来たのは、白衣に往診鞄を持った鳥人族の老婆。
老婆はエリィに歩み寄り、診断をするからと俺を含めた男連中を部屋から追い出した。
「大丈夫ですかね」
「大事ないといいんだが……」
同じ屋根の下で暮らす、奴隷仲間のガルべスとバリウラスが心配そうにしている。
この二人はなんともないようだから、食中毒や感染症の類じゃなさそうだ。
そうなると、どんな病気なんだろう。
しばらく待つと、入ってもいいと言われたから入室する。
さっきまで苦しそうだったエリィの表情は幾分か和らいでいて、呼吸も落ち着いて眠っている。
「先生、エリィは」
「大丈夫、単なる過労さ。しばらくは休ませて、熱が高くなったらカーバンクルの子の熱さましを飲ませてやりな。なかなかの腕前だから、この薬で問題無いだろう」
過労だって?
診断結果を聞いて、その場にいたエルミとヴィクトマとネーナを睨む。
「どういうことだ? ちゃんと食事と休みを与えているんじゃなかったのか?」
「ほ、本当ですよ!」
「そうですよぅ。休憩も睡眠も取らせて、食事もちゃんとしたのを三食与えてましたよぅ」
「うちら、嘘は言ってへんで!」
「一緒に生活している、僕とガルベスさんも証言します。嘘じゃありません」
だったら何でエリィが過労で倒れてんだよ。
「あの、ちょっといいですか?」
事態を追及していると、横からガルべスが口を挟んできた。
「なんだ?」
「実は彼女が夜中、こっそりトレーニングをしているのを何度か見かけまして」
はぁ? トレーニングだと?
「体力的に付いて行けないとか、力仕事が上手くできないとかあったのか?」
「そんなはずあらへんよ。エリィちゃんが一番、農作業の筋がえぇんや。付いてこれへんかったことなんて、なかったばい」
だったらどうして、トレーニングなんてしてたんだ?
「ガルベス、何か聞いてないか?」
「いえ。邪魔するのは悪いし、こっそりやっているのなら、黙っていた方がいいと思って」
ということは、本人から聞くしかないか。
話したくなければ無理に聞き出そうとは思わないけど、今回は別だ。
今回は過労だったとはいえ、下手をすれば命に関わったかもしれないんだ。何と言われようが追及して、必要なら対策を考える必要がある。
「エルミ、エリィが起きたら知らせろ。話を聞きたい」
「分かりました」
「それとエリィは回復するまで休暇扱いにして、助っ人にローウィを寄越す。農作業はそれで大丈夫か?」
「勿論や。ローウィはんなら農作業に慣れとるから、問題無いやろ」
そうなると、帰ったら勤務ローテーションを見直しておくか。
向こうは人数に多少の余裕があるから、ローウィが抜けたくらいならカバーできる。
魔物の指導は先輩魔物と俺で対応しよう。
「他に助っ人が必要なら早めに言ってくれ。ローウィの妹二人を、短期の手伝いとして手配する」
それくらいなら資金に大きな影響は出ないし、販売員として手伝ってもらうのを前倒しにしたと思えば、別にどうってことない。
「それと可能な限り目を離すな。また勝手にトレーニングしてたら、全力で止めろ。いいな」
「承知しました」
とりあえず、対応はこれで大丈夫かな?
何を考えてトレーニングしていたのか知らないけど、しっかり休んで回復してもらわないと困る。
男嫌いで心を開いてくれないエリィだって、ここの大事な仲間だから。
「急な診察、ありがとうございました。アッテム、丁寧に送ってやれ」
「分かり、ました」
エリィの診察代を支払って、医者の老婆をアッテムに送らせた。
俺もユーリットとミリーナと一緒にダンジョンへ戻り、状況報告とローウィへの助っ人要請を伝えた。
****
翌朝、ローウィが出発する前にヴィクトマが訪ねて来た。
どうやらエリィの体調が落ち着いて、目を覚ましたそうだ。
「分かった、すぐに行く。ダンジョンはイーリアとアッテム、ラーナで回していてくれ。香苗、一緒に来てくれ」
男嫌いのエリィが簡単に喋るとは思えない。
だから同じ奴隷で女の香苗を連れて行く。
やや早足に移動して昨日と同じ部屋に行くと、ベッドで横になっているエリィが睨むような目を向けてきた。
看病をしていたエルミには仕事に戻ってもらい、部屋には寝たままのエリィと俺、香苗の三人だけになる。
「単刀直入に聞く。何のためにトレーニングをしていたんだ?」
「……」
だんまりか。
「今の仕事が体力的に辛いなら言え。こっちは何とかするから、ダンジョンの方へ異動させるぞ」
向こうは人数に余裕があるし、こっちよりも同性が多い。
気持ち的にも体力的にも、余裕を持って仕事ができると思う。
「そうやって手元に置いて、手籠めにするつもりでしょ」
睨みながらそう言われたけど、俺にはそんなつもりはこれっぽちも無い。
仲間として仲良くなりたいとは思っても、手籠めにしたいなんて考えたことすら無い。
「それは絶対に無い」
「口でなら何とでも言えるわ」
「……ひょっとして、そうなった時に抵抗するため、トレーニングをしていたのか?」
一つの可能性を言ってみたら図星だったのか、黙って背中を向けた。
「それでぶっ倒れたら意味が無いだろ。大体、俺が本当にお前を手籠めにするつもりなら、この機会を逃さないと思うぞ」
「だったら何で何もしないのよ」
「手籠めにするつもりが無いからだ」
そう伝えたら、毛布を飛ばす勢いで体を起こしてこっちを向いて睨む。
「嘘つけ! 男ってのは、女と見るや見境なく襲うような屑ばかり」
「テメェ、いい加減にしろよな!」
あっ、香苗がキレた。
こうなったら俺にも止めるのは難しいから、止まるまで静観しよう。
「男が全員同じだなんて、決めつけてんじゃねぇよ! 確かに涼は目つき悪いし、元の世界じゃほとんどやる気無かったし、鈍感だし、鈍いし、いつの間にか婚約者二人も作ってるし、たまに訳の分からない実験しているけど」
おい待て。なんか俺、貶されてない?
というか、鈍感と鈍いは同じようなものだろうが。
しかもあまりの剣幕に、エリィの表情がキョトンとしてるぞ。
「けどな。涼は誰かを裏切ったり、見捨てたりするような奴じゃない。口で面倒って言っても約束は必ず守ってくれたし、オレや戸倉やサトちゃんを守るために引き取ってくれたし、今だってお前を心配してだな」
待て、本気で待ってくれ香苗。
なんか恥ずかしくなってきたから、そろそろストップしてくれないか。
そんな俺の気持ちを察してくれない香苗は、ガンガン俺の事を暴露していって、エリィの表情も戸惑い混じりになってきた。
「とにかく! 涼はお前が考えているような男じゃないんだよ。疑うにしても、真正面から腹を割って向き合ってから言いやがれ!」
「は、はぁ……」
限りなく生返事だけど、納得はしてくれたようだ。
でも困惑気味だから、考える時間は与えた方がいいな。
「エリィ、しばらく仕事を休んでいていいから、じっくり体を治して考えをまとめておけ」
「はぁ……」
まだ呆けているけど、ここで切り上げて帰ろう。
ちょうど香苗も止まったことだし、引き上げ時だ。
そうと決めたらすぐに香苗を伴って部屋を出て、念のために持ってきたユーリットの熱さましをヴィクトマへ渡してから帰った。
この日以来、俺に対するエリィの態度が少し軟化した。
まだまだ様子見、という感じだけど一歩前進かな。
良い人間関係の構築には時間がかかるから、じっくりやっていこう。