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第37階層 権力者ほど欲と保身に走るイメージがある

ネーナ「うちが住んどる木? 桃の木ばい。美味しかよ」


 エリア委員会とやらに呼び出しを受けた翌日、アッテムを伴って呼び出し先のダンジョンギルドへ向かう。

 イーリアとラーナによると、エリア委員会はエリア内における有力者の集まりだそうだ。

 顔ぶれは商業関連や農業関連、果てはダンジョン関連と、あらゆる分野の有力者が名を連ねていて、エリアマスターの座にいるオバさんも含まれている。


「そんな集まりに、なんで俺が呼び出されるんだ?」

「な、何か心当たりは、ありませんか」


 これといった心当たりは無い……と思う。多分、おそらく。

 だけどエリア委員会にとっては、何かあるのかもしれない。

 今になって呼び出すんだから、最近あったことが関係しているのか?

 といっても、エリアスとイーリアとの婚約ぐらいしか思い浮かばない。

 まさかとは思うけど、混種のエリアスとの婚約の件か?

 いやいや、いくらなんでもそれで呼び出しは無いだろう。


「思い当たる節は無い。アッテムはどう思う?」

「え、えっと、個人的には、エリアスさん関連としか……」


 やっぱりそれしかないか。

 現状の最有力はそれだけど、だからって俺は婚約を破棄するつもりは無い。

 少なくともオバさんは味方してくれるだろうし、なんとかなる可能性はあるだろう。


「とにかくダンジョンギルドへ行こう。何を言われるかは、向こうに着いてからだ」


 不安はあるけど、逃げ場は無いんだから覚悟を決めて行こう。

 でも、徐々にダンジョンギルドへ近づくと緊張感が増してきた。

 口ではああ言ったものの、やっぱり気持ちはそうはいかない。

 できることなら逃げたいけど、責任者としてそれは無責任だから逃げることはできない。

 意を決してダンジョンギルドへ入ると、出入口近くにリコリスさんが立っていた。


「お待ちしておりました、ヒイラギ様。奥様の指示で、私がご案内をさせていただきます」


 知り合いが案内なのは助かるけど、それはそれで何が待ち受けているのか気になる。

 リコリスさんの案内で奥へと向かい、職員と何かを話して上の階へ。

 会議室の前で立ち止まり、リコリスさんは中へ呼びかける。


「ヒイラギ様とお付の方一名様、ご案内致しました」

「通せ」


 中から聞こえてきたのはオバさんの声だ。

 でも普段の飄々とした感じが無い。

 入るのが躊躇われるけどそうはいかないから、リコリスさんが開けた扉を潜る。


「失礼します」


 扉の向こうは重苦しい空気が漂い、席に座っている人達の鋭い眼差しが向けられた。

 座っているのは女性五人と男性二人。

 その中にはオバさんとハンディルのおっさんもいるから、あの人達がエリア委員会のメンバーなんだろう。


「よく来てくれたわね。かけてちょうだい」

「はい」


 トナカイだが鹿だか分からない角を生やした婆さんに促され、着席する。

 付き人のアッテムは座らず、同じ側の手足を同時に動かしながら移動して、俺の斜め後ろに立つ。


「今日私達があなた呼び出したのは、是非問い質したい事があるからです」


 問い質したい事か。一体なんだ?


「あなたは、異世界から物を召喚する固有スキルがあるそうですね」

「はい」


 それが問い質したい事なのか?

 農業で元の世界の野菜を作る決断をしてから、「異界寄せ」がバレる可能性は覚悟していた。

 固有スキルと断言しているって事は、ハンディルのおっさん経由で情報を得たのか?

 でも、それがどうしたっていうんだ。


「単刀直入に聞きます。その固有スキルにより、異世界よりダンジョンタウンを侵略しようという考えはありませんか?」


 ……はぁっ!?

 なんだよそれ。どうしてそんな考えが出てくるんだ!?

 侵略って、「異界寄せ」は人間を召喚できないんだぞ。

 ハンディルのおっさんは人間を召喚できないのは知っているのに、聞いていないのか?


「……自分の固有スキルは、人間を召喚できません」

「それはダンジョンギルドのギルド長、ハンディル氏より聞いています。我々が危惧しているのは、社会的侵略です」


 社会的侵略って、なんだよそれ。


「あなたがこちらに来てから、多数の物が開発されました。具体的に言えば、セイロ、折り畳み式の椅子や机、ソウスやケチャップ。さらにはもち米なる物の調理方法。そして栽培中の異世界野菜の販売計画と」


 それがどうしたんだ?

 どれも悪い物じゃないだろう。


「そうやって異世界の文化を広げ、世の中を密かに掌握しようとしていませんか?」


 おい、ちょっと勘繰りすぎじゃないのか? 強引なこじつけにもほどがある。

 単に収入源を増やしたいのと、元の世界の味を少しでも得たかっただけで、野心的な考えや思惑なんて一切抱いていない。

 でもその事を説明しても、向こうが納得するかどうかは別だ。

 だからって、黙っているのは不味いか。


「そういうつもりはありません」

「口ではなんとでも言えるものよ」


 お互い様だよ、この角ババア。


「しかし、彼が嘘を言っているという証拠がありません」


 おっ、ハンディルのおっさんが援護してくれた。ありがとうございます。


「それは私も分かっています。ですが中立者がいない限り、どんな結論を出しても互いに納得しないでしょう」


 そうだよ、その通りなんだよ。

 ひょっとして、そのために中立者を手配してくれるのか?

 だとしたら角ババアの呼び方は、角の婆さん辺りにでも訂正しておこう。


「そこで中立者を、と言いたいところですが、我々で用意した人物をあなたは中立者と認められますか?」


 できれば認めたいけど、そういう言われ方をすると簡単には認められない。

 相手の息が掛かっていない保証が無いんだからな。


「簡単にはできません」

「でしょうね。私とて同じです」


 だろうよ、それが当然の反応だ。


「そこで恥をしのんで、他所のエリアへ中立者の派遣をお願いしようと思います」


 恥をしのんでって何だよ。

 判定でどちらか一方が贔屓されないよう、第三者を間に立てるのは至って普通の事じゃないか。

 スポーツの国際大会で審判をするのは、試合をする両国とは関係無い国の人がやるおのだし。

 まさか、こっちはそういう考えが無いのか?


「ですが……あなたの誠意次第では、この場で示談にしてもよろしいですよ」


 あっ、なるほど。本命はそっちか。

 これから提示する示談の内容こそが、この角ババアの真の目的って訳か。


「誠意、とは?」

「なんでも構いませんよ。お金でも、あなたの所有する異世界人の奴隷でも、あなたの子種でも。なんでしたら、私の孫娘をもらってくれても構いませんよ」


 こっち任せにした割に、狙いがあからさまで表情は欲に塗れている。

 オバさんとハンディルのおっちゃんへ視線を向けると、オバさんは忌々しそうに角ババアと睨んでいて、ハンディルのおっちゃんは申し訳なさそうにしている。

 どうやら援護を期待するのは難しそうだ。

 こうなったら、自分でなんとかするしかないか。


「いいでしょう」

「話が早くて助かるわ」

「えぇ。他所のエリアから中立者を派遣してもらいましょう」


 返事を聞いた途端、笑顔になった角ババアの表情がそのまま固まった。


「……ごめんなさい。もう一度言ってくれないかしら?」

「ですから、他所のエリアから中立者を派遣してもらいましょう」


 予想外の返事だったのか、角ババアだけでなく、オバさんとハンディルのおっちゃんを除く全員が硬直している。

 その様子に、いい気味だとばかりにオバさんがニヤけ、ハンディルのおっちゃんは微笑む。


「いやいや。それがこの第五エリアにとって、どれほどの恥を晒す行為か分かっているのですか?」


 角ババアが明らかに動揺している。

 どうやらこっちでは、中立者を派遣してもらうのは他所のエリアへ恥を晒す行為と思われているようだ。

 まあだからって、引く気は無いんだけどな。


「分かりません。なにせ俺がいた世界では、他所から中立者を立ててもらうのは普通に行われている事ですから。なので、他所のエリアから派遣してもらうことに抵抗はありません」


 平然とした態度と表情で伝えると、予想外の展開に角ババアを中心に連中がオタオタしだした。

 それに加わっていないオバさんとハンディルのおっちゃんは、こっそり笑って助けようとしない。


「す、少し休憩にします。下がりなさい」

「分かりました」


 できれば混乱する様子を見ていたいけど、素直に退室する。

 休憩とか言って、本当は落ち着くのと考えを纏める時間が欲しいんだろうな。


「マスターさん、思い切った事を、言いますね」


 思い切った事って、他所のエリアに中立者を派遣してもらうことか?


「なあアッテム、それって不味いことなのか?」

「いえ、そこまで、拙くはないです。でも、エリア委員会からすれば、他所のエリアに、借りを作りたく、ないんです。そのエリアとの、物流に、影響しますから」


 物流って事は、品質か量か金額に影響が出るのかな。

 仲裁したんだからってことで、向こうが足元を見てくるんだろう。

 そりゃ仲裁してもらったんだから、それなりの礼は必要なんだろうけど、そんなに大事なのか?

 あっ、そうか。俺が元いた世界の感覚で中立者を派遣してもらおうと言ったように、委員会側もこっちの世界の感覚で言っていたのか。

 エリア委員会としては、他所のエリアに借りを作ったことで物流に影響が出たら、それをやった自分達の立場が危うくなると考えているはず。

 となると、会議室内では自分達の保身のため、俺の考えを改めさせる話し合いがされているのかな。


「皆さん! 彼に責任を押し付けるとは、委員会に名を連ねる者としてのプライドは無いのですか!」

「その通りじゃ! 貴様ら何を考えておるのじゃ!」


 うおっ。なんか中から、オバさんとハンディルのおっさんの声が響いてきた。

 アッテムなんか驚いてオロオロしてる。

 それにしても、俺に責任を押し付けるって何の責任だ?

 あっ、ひょっとして中立者を派遣させて交易に影響が出たのを、俺のせいにする案でも出たのか?

 そしてそれにオバさんとハンディルのおっちゃん以外、全員が賛同していたとか。

 クソ角ババア共、何考えてやがる。


「あの……。申し訳ありません、私達の主が……」


 謝罪の言葉を掛けられた方を向くと、リコリスさんとルエルさんに連れられ、何人もの人達がやって来た。


「あなた方は?」

「こちらはエリア委員会の方々の、付き人として同行した方々です」

「隣の待機室で中の様子を聞き、謝りたいとおっしゃるのでお連れしました」


 リコリスさんとルエルさんの説明を聞き、改めて彼らを見ると、一様に申し訳なさそうな表情をしている。

 というか隣の部屋で声が聞こえるって、防音が良くないぞ。


「主達の目的は、ヒーラギ殿を貶める事ではないのです。ただ、このエリアの未来を心配して」

「そう言われても、先ほどのやり取りでそうとは思えません」


 代表して話しかけてきた……何族だよ!

 上の前歯が出っ歯で尻尾が細いからネズミ系だとは思うけど、ネズミ系って種類が多いから分からん!

 普通にネズミなのか、ハムスターなのか、それともカピバラなのか。


「お気持ちは分かりますが、その……」

「エミーナ、弁明できないのないなら何も言わないでちょうだい」

「ですが姉様。アロア様は私の主で、委員会のトップでもあります。ですから、私……」


 姉様って、この人はリコリスさんの妹か。

 両親が同じでも別々の種族だったら、兄弟姉妹でも種族が違う場合もあるからよく分からん。

 いや、じっくり見ると顔のパーツは似ているか?


「あなたの気持ちは分かります。ですが、ここ数年のアロア様の振る舞いは目に余ります。それは側で仕えているあなたが、一番よく知っているでしょう?」

「……」


 沈黙するってことは、肯定と取っていいんだな。

 よく見ればリコリスさんとルエルさん以外、全員が思い当たる節があるとばかりに俯いて沈黙している。


「分かっています。でも、私には……」


 ああ、なんかイライラしてくる。

 主従関係があるからって、主の悪い部分からも目を背ける奴って嫌いだ。

 他所に仕えている人だけど、一言言ってやろう。


「あの……。だからって、黙っているのは、間違っていると、思い、ます!」


 なっ!? ここでアッテムが口を挟んだ!?

 気が弱くて思った事さえもなかなか口に出せないアッテムが、この場面で口を出すだなんて。


「で、でも、逆らう訳にはいかないのです。アロア様は気に入らない人は容赦なくクビにしますし、各所へ回状を出して雇わないよう手を回すんです」


 怖いのはそこか。

 あのクソ角ババア、そこまでやるのかよ。

 いくら気に入らない相手だからって、ちょっとやり過ぎだろ。


「仕えている方の、間違いを、正せるのは、仕えている、私達、だけですよ」


 その通りだよ、アッテム。

 俺だってアンノウンオーガが侵入した時、判断を誤って自分が出ようとした。

 それを正してくれたのは香苗だった。

 奴隷が主人を平手打ちした挙句、胸倉を掴んで説教なんて普通はありえない。

 だけどあの時に間違っていたのは俺で、それを止められるのはあの場にいた皆だけだった。

 もしも香苗が止めてくれなかったら、仮に俺が生き残っても、間違ったまま進んでいたかもしれない。

 香苗が身分を気にせず正してくれたから、間違いを犯さずに済んだんだ。


「け、けど……」

「いい加減にしなさい、エミーナ。彼女の言う通りよ。主の間違いは、仕えている私達が正さなきゃならないの。それで相手が更生しなければ、その程度の人物だったというだけよ」


 リコリスさんの言い分に、エミーナさんだけでなく他の人達も黙ってしまう。

 その様子に溜め息を吐いたルエルさんは、強い口調で喋り出す。


「何も言えないのでしたら、あなた方はそこのアッテムさん未満です。彼女の方があなた方より、雇用主のために働けていますよ」

「そそそそ、そんな。全てマスターさんの教育あってこそです」


 饒舌アッテムは久々だな。褒められたんだから、そんなにテンパらなくていいのに。

 ていうか、さりげなく俺の手柄にするな。

 お前が受けるべき称賛なんだから、素直に受け取っておけ。

 それよりも、これから俺はどうなるんだろうか。


「リコリスさん、これからどうなると思いますか?」

「アロア様の事ですから、なんとしても中立者を派遣させず、示談を成立させたいでしょうね」

「ですので、どうにかしてヒイラギ様の考えを改めさせようとするはずです」


 俺の疑問に答えたのは、リコリスさんとルエルさんだけ。

 他の人達はまだ黙り込んでいる。


「いっそ示談に応じるかな。腐滅でも差し出して」


 ポツリと呟いた内容にリコリスさんとルエルさんは首を傾げ、魔剣・腐滅の力を知るアッテムが慌てだす。


「駄目です! あれだけはやめた方がいいです! 示談とか決裂とか以前に、大騒ぎになります!」


 饒舌になって必死で止めるアッテムの表情がマジだ。

 その様子にリコリスさんとルエルさんだけでなく、エミーナさん達も戸惑っている。

 確かにアレはヤバいけど、欲に塗れた角ババアとその一派なら、効果を言わなくても知性ある魔剣というだけで取り引きに応じると思う。

 腐滅の言葉を無視してゾンビ化したら、それを名分に攻撃できるしな。


「あの、ふめつ、というのは?」

「運よく手に入れた魔剣です。なかなか面白い効果があるんですが、それは秘密です」


 魔剣と聞いてリコリスさんとルエルさんだけでなく、黙っていたエミーナさんもざわめいた。


「あの、面白い効果って、どんなものなんですか?」

「秘密です」

「ヒーラギさん、部屋にお入りください」


 興味を示したリコリスさんの追及をかわしたところで、扉を少し開けたハンディルのおっさんに呼ばれた。

 さてと、場合によってはマジで腐滅を使うか。

 不安そうなアッテムに大丈夫だと囁き、入室して着席したら話し合いが再開する。


「では先ほどの続きですが、こちらに中立者の派遣に対する異論は」

「お黙りなさい。誰が発言していいといいましたか」


 ちっ、先制攻撃で出鼻を挫こうとしたのに。

 クソ角ババアめ、立場と状況にものを言わせて、強引にこっちの策を潰しやがった。

 別に話し続けてもいいけど、向こうが何を言ってくるのか気になるから乗ってやろう。


「あなた、どうしても示談には応じないと?」


 まずは意思確認をしてきたか。

 ここで腐滅の事を持ち出してもいいし、様子を見てもいい。

 向こうの様子は……ハンディルのおっさんは申し訳なさそうにしていて、オバさんは忌々しそうにクソ角ババアを睨んでいる。

 これは悪い方向に話が進んだな。

 おおよそクソ角ババアの一派が人数任せに二人を黙らせた、ていうところか。


「そんな事はありません。ただ、今後のために白黒はっきりつけた方が良いかと思って、提案しているんです」


 こういう時は正論に限る。

 相手側からすれば気に入らないんだろうけど、間違っていないから正論なんだ。

 だから相手側も、そうそう反論できるはずがない。


「そんなことをしたら、他所のエリアに恥を晒す事になりますよ」

「社会的侵略を受けるかもしれないんでしょう? だったら、他所のエリアだって無関係とは言えませんよ。交易で品を輸出されたら、同じ目に遭うんですから」


 恥と侵略を天秤をかけりゃ、どっちに傾くか程度は分かるだろう。

 俺だったら恥を捨てて、中立者を派遣してもらうね。

 でも向こうはオバさんとハンディルのおっさん以外、プライドと欲望を優先しているからその気が無い。

 こういう奴らに限って諦めが悪いから、面倒でならない。

 しかも相手は俺よりも場数を踏んでいるから、簡単にはいかないだろうな。


「生憎とこちらは色々なものを抱えているので、そう簡単に決める訳にはいかないのです」


 表向きは第五エリアの住人の生活を守るためで、裏は自分達の保身と欲求のため、というところか。

 あっ、オバさんとハンディルのおっさんは別な。

 さてと、このままだと平行線みたいだし、ちょっと勝負に出てみるか。


「でしたら、示談材料に知性ある魔剣はいかがですか?」

「知性ある魔剣ですって!?」


 こっちの提案に角ババア他四名が反応を示した。


「き、君はそんな珍しい物を持っているのか?」


 蛙っぽい見た目のおっさんが、目を爛々とさせて身を乗り出しながら問いかけてきた。


「はい。偶然手に入れた物で、珍しいから売らずに手元へ置いてあるんです」


 これは本当だ。

 手に入ったのはほとんど偶然だし、売らずに手元へ置いてあるのも嘘じゃない。

 というか俺にしか使えないから、売ることが出来ない。


「これの引き渡しで、今後は口出しをしないということでどうでしょうか」


 これで向こうが受けてくれれば、ミッションコンプリートだ。

 契約魔法付きの念書を先に書かせて、後は腐滅を持ってくればいい。

 鑑定して呪いの部分を知っても、念書にものを言わせて押し切ってやる。

 さっきのリコリスさんの話から察するに、おそらくはクソ角ババアは権力にものを言わせて色々やってるみたいだし、似たような手をやっても構わないだろう。

 自分がやるのは良くて、自分がされるのは駄目なんてのはまかり通らない。


「いいでしょう。では、その魔剣を」

「いえ、アロア様。ここは彼の言う通り、白黒つけた方がよろしいかと」


 突然扉が開き、声を震わせて割って入ったエミーナさんを先頭に、クソ角ババア一派の付き人達が入室してきた。

 するとクソ角ババアが、凄い表情をしてエミーナさんを睨む。


「エミーナ。あなた、私の決定に口を挟むというの?」

「挟ませていただきます。アロア様の今後を考えると、示談よりもその方が良いと思います」

「あなたにそれを決める権利はありません」

「決める権利は無くとも、アロア様に意見する権利は有ります」


 なるほど、さっきのやり取りで一念発起したって訳か。

 よく見れば、エミーナさんだけでなく他の付き人達も表情と目の色が変わっている。

 こりゃ一荒れするな。


「あなた程度が私に意見? 私に逆らえばどうなるか、分かっているのですか!」

「覚悟の上です。それに、今のアロア様をこのまま放置する訳にはいきません」

「ならばあなたは今日、この場でクビです。今すぐ出て行きなさい」

「分かりました。ですが、出て行く訳にはいきません」


 そう告げたエミーナさんは歩き出し、並んで座るオバさんとハンディルのおっちゃんの前に立つ。


「ロウコン様、ハンディル様。こちらをご覧ください」


 腰に付けていた収納袋から大量の書類を取り出し、オバさんとハンディルのおっさんへ差し出す。

 それを見た途端、クソ角ババアの表情が変わって立ち上がった。


「あなた、それはっ!?」

「えぇ。アロア様が行った不正会計、裏金の契約書、その他諸々の拙い文書です。安全な場所に保管しておけというので、肌身離さず持っていました」


 わぁ、なんか急に凄い物が出てきたよ。

 そんでもっているよな、自分自身で持つことが一番の安全だって、大事な物を肌身離さず持っている人って。

 こっちの世界には収納袋があるから、あんなに大量の書類も持ち歩けるから、本当に便利だよな。


「か、返しなさい!」


 書類を読もうとする二人へ、クソ角ババアが駆け寄ろうとする。

 それを阻止するために雷魔法を使おうとしたら、その前にエミーナさんがクソ角ババアの前に立ち塞がり、受け止めて突き飛ばした。


「死なば諸共です。ずっと迷っていましたが、もう迷いません。つい先ほどクビになりましたが、これが私にできるアロア様への最後の奉公です。アロア様の不正を正す、というね」

「な、何をバカな事を」


 騒いでいる間に書類が読み進まれていくと、ハンディルのおっちゃんがクソ角ババアを睨んだ。

 オバさんもこれまでに見た事の無い、怒りの表情を向けている。


「これは大問題ですぞ、アロア殿」

「黙って見過ごせんな。ヒイラギよ、呼び出しておいて悪いが、もう帰って構わんぞ」

「なに……を。彼の処遇はまだ」

「彼の処遇よりも、あなたの処遇を決める方が優先です」


 ハンディルのおっさんがそう言って強く睨むと、クソ角ババアはがっくり崩れ落ちた。


「ルエル。すまないが、警備隊を呼んでくれ」

「承知しました!」


 返事をしたルエルさんが駆けていく。

 他人ごとではない他の連中達も、青い顔で自分の付き人を見てると失望した目を向けられているのに気づき、頭を抱えたりオタオタしたりする。


「アロア様、長らくお世話になりました」


 すっきりした表情でクソ角ババアに頭を下げるエミーナさんの姿を見届け、俺とアッテムは部屋を後にした。

 後日、クソ角ババア一派は全員捕まった。

 どうやら一派の連中も不正を働いていたようで、部下の告発によって白日の下に晒された。

 その後でハンディルのおっちゃんが、新たな代表者の選出と委員会の立て直しを宣言。

 選出が終わるまで委員会は一時解散し、その間のエリア内での問題はオバさんとハンディルのおっちゃんが間に入り、解決の糸口を探る体制を取ることになった。


「あの一件のせいで、仕事が増えたと奥様が嘆いていました」

「残された責任者の責務だとお伝えください」


 近況を伝えに尋ねて来たリコリスさんの相手をしながら、義理の母になるオバさんを突き放しておく。

 あの一件で「異界寄せ」を知ってからというもの、異世界の食材を何度も強請っているから、それくらい構わないだろう。


「そういえば、エミーナさんはどうなりましたか?」

「奥様が雇いました。今頃は増えた仕事を私の代わりに処理しているかと」


 妹に押し付けたのかよ、この人。


「ところでエミーナさんって、種族は何ですか? ネズミ系っぽい感じでしたけど」

「種族ですか? 母の血を継いだスナネズミ族です」


 知るかそんな種族!

 というか、スナネズミなんて生き物がいるのも初めて知ったわ!


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