第2階層 お偉いさんには挨拶が必要
涼「意外とスキルを習得していた」
ダンジョンタウンに来て二日目の朝を迎えた。
藁に厚手の布を敷いただけのベッドから起きてリビングに出ると、イーリアが朝食の準備をしていた。
「おはようございます、ヒイラギ様。朝食の準備が整っております」
昨日、スケルトンを生み出した後辺りから妙にイーリアの表情が生き生きとしている。
なんでかは分からないけど、無表情で機械的に仕事をされるよりはずっといいか。
それに農家出身で野菜料理は得意だと言っていただけに、確かに昨日の夕食は美味かった。
見た目は悪くとも質の確かな物を買ってきて、見事な味の野菜スープと餡かけ野菜炒めを作ってくれた。
米はちょっとパサついてイマイチだけど、野菜料理二品は絶品だった。
ちなみにスープの出汁は、昨日スケルトン用に集めた骨の残りを使ったそうだ。
「悪いな、俺が雇っているわけでもないのに」
「いえ、これも私の仕事のうちですから」
テーブルに置かれているのは硬そうな黒パンと野菜スープ、そして彩りにトマトを多量に添えたサラダだ。
こっちの世界にも生野菜を食べる文化はあるのか。
ここって地底都市だから、てっきり衛生面から火を通した物ばかりだと思っていた。
「じゃ、いただきます」
「いただきます」
どこかぎこちないイーリアの挨拶。
昨夜俺がやったのを見たイーリアにそれは何かと尋ねられたから説明したら、とても感動された。
食べる前に食材への敬意を払うなんて素晴らしいと言って、食事の時は毎回それをやろうということになった。
ダンジョンタウンの住人達が食べることへの思い入れが強いのは、昨日の食材に関する説明で分かっていたけど、ここまで強いとは思わなかったな。
本当に食材の神と生産者達に祈るように、イーリアは手を合わせて挨拶をしている。
この調子だとダンジョンタウンにいただきますを普及しそうだな。別に悪い事じゃないから止めないけど。
「この挨拶をすると、食べ慣れた食事でも美味しく感じます」
スープを啜って浮かべるイーリアの笑みはとてもいいが、いただきます自体にそんな効果は無い。
あくまでも気持ちの問題だからな。
「ところでヒイラギ様、本日のご予定についてですが」
「ん? 何かあるのか?」
黒パンって思ったよりボソボソなんだな。
「はい。ダンジョンギルドのギルドマスターと、このエリアのエリアマスターへご挨拶に行きます。今後、何かとお世話になると思いますので」
新入社員が社長とかに挨拶をするようなものか。
「そういうのって普通、初日にやることじゃないのか?」
「異世界から人間のダンジョンマスターが現れた場合、初日はダンジョンタウンを知ってもらうのとダンジョンの理解のために使うんです。それに二日目ともなれば、どなたでも冷静になるでしょうから挨拶はその時にという事です」
なるほど、だから今日挨拶に行くのか。
確かに昨日お偉いさんに挨拶しても、落ち着いて話を聞けたか分からないな。
そうなると今日の訓練メニューは、予めゴブリンとオーガに出しておくか。
できれば今日はダンジョンの設定をして、キラーアントやスライム、ロックスパイダーの訓練を始めたかったのに。
帰ってきてからやるか? いや、そっちは明日でもいいか。
最初はそれほど複雑な事はするつもりは無いけど、昨日のように時間を掛けて説明が必要だからな。
だからって暇にさせておくのは勿体ないし、盾持ちへの攻撃役でもやらせておくかな。
盾を使う以上は色んな攻撃を受け止め、受け流してもらわなきゃだし。
「ところでヒイラギ様、何か変わった知識をお持ちではないですか?」
「はっ?」
変わった知識って雑学とかそういうのか?
なんでそんな事を急に聞くんだよ。
「挨拶へ行く以上は何かしらの手土産が必要ですが、異世界から来た人間は持っている知識こそが最高の手土産になるのです」
言われてみればそうだな。
こっちの住人達にとっては異世界の人間の知識は未知の塊だ。
ひょっとしたら俺の前に来た人間から得た知識にも、ここで触れられるかもしれない。
でも五百年以上前の知識だからな、あまり強く期待しないでおこう。
「それで、何かありますか?」
何かって言われてもな……。生憎雑学とかに興味は無かったから、使えそうな知識は持ち合わせていないぞ。
(ん? 待てよ)
考えてみれば俺の持っている知識、全部がこっちの住人の知らない事ばかりじゃないのか?
だとすれば何を喋っても良いんだろうけど、どうせならより好印象を与える知識がいいだろう。
「なぁ、イーリア。挨拶に行くエリアマスターの好きな事とかって分かるか?」
自分の好きな事の話をされて嫌がる奴はいないからな。
仮にそれが上手く説明できない分野だとしても、好きな事に関する新しい知識なら少々穴抜けでも大目に見てもらえるだろうし。
「ここのエリアマスターのロウコン様は、食べる事が好きですね。単に食べるだけでなく、ご自身でお料理するのも好きだそうです」
食通タイプかよ。しかも自分で作るのも好きって。
けれどこれは朗報だな。
親父が料理漫画好きで、俺も小さい頃からそれをレシピも含めて何度も読んでいる。
よほど複雑なものでなければ、作り方はほぼ覚えている。
しかもうちは両親共働きで二人が遅いときは自分で食事を作っていたから、腕の方もそこそこ自信はある。
となると後は、ロウコンって人がどんな食べ物が好きなのかを知りたい。
それも聞いてみたけど、さすがにそこまでは分からないって言われた。こうなったら現場で臨機応変にいこう。
おっ。このトマト、元の世界のよりも酸味と甘みがあって美味い。
「ちなみにいつ頃行くんだ?」
「できれば早めに行きたいですね。今日中に雇用に関する打ち合わせをしたいので」
そうだ、雇用の問題もあったんだ。やっぱりキラーアント達の本格的な訓練は明日からにしておこう。
にしても雇用か……。はっきり言って、雇っても上手く扱える自信が無い。
いや、いっそベテランを一人雇ってそいつにまとめ役を任せればいいか。
それなら俺も幾分かは楽だし、運営の上でもアドバイスをもらえて役に立ちそうだ。
そう考えている間に食事は終わって、俺達は揃って手を合わせる。
「「ごちそうさまでした」」
後片付けは自分がやると言うイーリアに任せて、俺は出発までの間に魔物達に今日の訓練の事を伝えに向かった。
****
朝一番でダンジョンギルドへ行ってイーリアが職員へ用件を伝えると、ルエルが対応に出てきてくれた。
彼女の案内でギルドの三階に上がり、ギルドマスターの執務室へと通される。
余談だけど、ダンジョンギルドは一階が受付と事務の仕事場と食堂、二階には買い取った冒険者の持ち物の保管庫、地下には奴隷商が引き取りに来るまで奴隷になる人間を待機させておく牢屋と、倒された後でギルドに売られた動物や魔物を解体する部屋がある。
「初めまして、柊涼です」
「ダンジョンギルド第五エリア支部、ギルドマスターのハンディルです。どうぞよろしく」
人の良い笑顔で手を差し伸ばしてきた、ハンディルと名乗る猿の耳と尻尾がある毛深い初老の男。
機嫌を損ねさせる訳にはいかないから握手に応じ、相手の顔を観察する。
イーリアから聞いた話では、このギルドマスターは猿人という種族らしい。
確かに見た目は猿そっくりで、バナナを差し出せば飛び跳ねて喜びそうだ。
「さっ、おかけください」
着席を促され席に座る。隣にはイーリアが座り、対面にハンディルのおっさんが座った。
「ルエルから聞いてはおりましたが、思ったよりお若いんですね。確かイーリアと同じで十七歳だとか」
「はい、そうです」
「そうですか。いかがですか、まだ一日ですがダンジョンタウンで過ごしてみて」
正直に言えば、思ったよりもいい暮らしぶりだった。
ボロイとはいえちゃんと清掃された自室があり、食材も元の世界とさほど変わらない。
気になった点があるとすれば、昨日と今日の道中で多くの視線が向けられたことくらいか。
その辺りを伝えると、何故か納得した表情で頷いている。
「そればかりは私でもどうしようもありません。なにしろダンジョンタウンにいる人間は、基本的にダンジョンで捕らえられて奴隷にされた人間ばかりですから」
そういえばそうだったな。
昨日の夕食中にイーリアから聞いたけど、捕まった人間は全員奴隷になって一生ここで過ごす。
どんな理由があろうとも地上の世界に戻る事を許されず、死ぬまでダンジョンタウンで奴隷として生きるしか道はない。
唯一の例外は俺のように、ダンジョンマスターとして異世界からやって来た場合のみ。
思い返せば周りの視線は首元に集まっていたし、なんか驚いてるって感じの反応だった。
あの反応は多分、俺が唯一の例外にあたるダンジョンマスターだと気付いたからなんだろう。
「なにしろ最後に異世界より現れた人間のダンジョンマスターの死後、五百年以上が経過していますから。覚えている者もいないのです」
だろうな。そこまで生きていたらバケモノ通り越して神クラスだって。
でもちょっと待てよ、イーリアやハンディルのおっさんも人間じゃないんだよな。
だったら種族的な寿命の関係で、一人くらいは生きているんじゃないのか?
「あの、五百年くらい生きる種族っていないんですか?」
俺がそれを聞いたら、イーリアもハンディルのおっさんも呆気に取られた表情をした。何故だ。
「ヒイラギ様、いかなる種族でも五百年は無理です。どう頑張っても百年少しです」
「あれ? 俺の世界の言い伝えではドワーフとかエルフは数百年くらい生きるって言われているんですけど」
言い伝えというか、ゲームの設定か何かだけど。
「なんと。ヒイラギ殿のいらっしゃった世界の亜人は、驚くほど長寿なんですな」
「こちらは違うんですか」
「その通りです。我々の寿命は人間のそれと同じようなものですから」
そうだったのか、そりゃあ残っているわけがないよな。
「では、いくつかお話をさせていただきます」
話というのは、ダンジョンギルドとの間の取り決めについてだった。
まず、冒険者から手に入れた売却する物は、奴隷も含めてダンジョンギルドに売って欲しいと言われた。
これは各エリアのダンジョンギルドが卸売り業者のようなものを兼ねており、各店舗に平等に物や奴隷を流す為らしい。
もしも店へ直接物や奴隷を売った場合、その店へ流通する品を減らして各店舗とのバランスを取るためにダンジョンギルドへの報告義務が発生する。
違反すれば莫大な罰金とダンジョンマスター権限の剥奪、店側にも営業停止処分が降りてしまうから、絶対に守らなくちゃな。
ダンジョンタウンではこうすることで、経済的な格差を減らそうとしているらしい。
それでも、家族計画を立てずに収入と消費が合わなくなった大家族が破綻したり、仕事を失って自堕落になった挙句に奴隷落ちしてしまう人もいるようだ。
ただ、人間とは違って借金と自分の売却金を返済するまで働けば奴隷から解放されるらしい。
昔は人間の奴隷も解放されていたそうだが、解放された途端に復讐心で暴動を起こした事があるので、人間に対する奴隷からの解放は永遠に無くなった。
何も事件を起こさなければ、この町で普通に生活していられたのに。
「治安を守る意味では致し方無いですね」
なにしろ俺を除いた人間は、ほぼ全員がダンジョンで捕らえられた元冒険者。敗北した腹いせや奴隷として不当な扱いを受けたからと、復讐に走ってもおかしくはない。
周りには亜人ばかりという環境に、馴染み難いのもあるだろう。
地上の世界には帰れないから二度と冒険者はやれないし、家族や友人とも会えない。
そうした環境が暴動を起こす切っ掛けになったと考えれば、治安を守る側としては当然の処置だ。
同じ人間としては残念に思うけど、俺は例外的にこっち側にいる人間になったから、そういうところは非情にならないとな。
下手に親切心出して奴隷を買い漁ったら、それこそ資金難で運営失敗だ。
それと気遣うのもやめておいた方が身のためだろうな。
奴隷になった人には悪いけど、立場が違う以上はケジメをつけなくちゃ。
「それと雇った方は奴隷も含めて申告してください」
これはその人にかかる税金のために必要な措置だ。こういった事は元の世界と同じなんだな。
俺のようなダンジョンマスターの税金は、ダンジョンの税金がそれに当たるみたいだからともかく、個人個人の場合は収入によって変化するので、与えている給料も申告する必要があると言われた。めんどくさい。
でもそれをやれば、税金を差し引いた手取り額を渡せば良いそうだから、雇用者は住人管理ギルドへ税金を納めに行く手間が省けるらしい。ちなみに奴隷には基本的に賃金が支払われないから、税金は石貨一枚も発生しない。
(おいおい、こんな説明は雇用の時の話で聞いてないぞ)
さらに、どこに雇われていたかは雇われる側にとっても一種のステータスになるそうだ。
例えば雇われていたダンジョンが攻略され流浪の身になっても、ここで雇われていたという実績が記録に残る。
それがあれば別のダンジョンへの売り込みに使え、奴隷も売られる際に僅かだか箔が付くらしい。
ダンジョンギルドではそれらを証明するための記録を残すため、ちゃんと申告をしてほしいそうだ。
「イーリアについては?」
「当ギルドから派遣した助手については、こちらで処理していますので大丈夫です」
そりゃ良かった、今からでも申告しなくちゃいけないのかと思った。
「最後に副業についてお教えします」
えっ、ダンジョンマスターって副業していいのか?
「いいんですか、そんな事をして」
「ダンジョンだけでやっていけるほど、冒険者が来ているなら別です。ですが実際は、そう甘くありませんから」
それについては想像がつく。
どんなに凄いダンジョンを作っても、冒険者が来なければ収入ゼロ。当然食費も稼げないし、給料も払えない。
だからって、副業が許可されているとは思わなかった。
「こちらに関してはダンジョンギルドで申し込んで頂ければ、ダンジョンカードに商用取引記録を付与いたします。そうすれば副業での商用取引の際も、ダンジョンカードで金銭の記録が可能です」
「ということは、副業の収入からも税金を?」
「はい。副業ですので月に収入の一割とお安くなっております」
だよな、あくまで本業はダンジョンマスターで副業は経費を稼ぐ為のようなものだしな。
副業で稼いだ金でダンジョンを上手く運営して、冒険者達を引き入れろって訳か。
「時にはそちらに力を入れすぎて本業が疎かになり、攻略されたダンジョンもありますけどね」
ハンディルのおっさんは笑って言っているけど、攻略されたダンジョンマスターは笑えないだろうな。
いや、借金さえ無ければ副業を本業にして食っていけるから、さほど困らないのか
「その中の極少数はダンジョン運営に関する未返済の高額な借金が有り、黒字を出していた副業の権利は他人へ譲渡されて奴隷や強制労働になった方もいます」
イーリアからの補足に、そういう奴は少なからず出るのかと思った。
副業の方が順調でも、本業の方で借金が残っているのは無い話でもなさそうだしな。
「ですので、ヒイラギ様もお気をつけくださいね」
「はい」
既に融資として金貨百枚を受け取っているんだ。副業については後々慎重に考えよう。
そっちに気を取られてダンジョン運営が疎かになったら、意味が無いからな。
秘書らしき猫耳の女性が持ってきてくれたお茶らしき飲み物を飲みながら、俺はそう決意した。あっ、このお茶美味い。
「それと、申告無しで副業をしていた場合は規約違反で罰金と五年間の税金割り増し、遡っての税金の徴収となりますので」
ああはい、気をつけます。
「さて、ここまでで何かご質問はありますか?」
質問か。あると言えばあるから、一応聞いておくか。
「人を雇う際はどうやって募集をかければいいんですか?」
俺達の世界では就職用サイトとか求人票とかハローワークがあるけど、こっちではどうなのか知らない。
さすがに就職用サイトは無いだろうけど、求人票とかがあるなら雇用条件とかを考えなきゃいけないよな。
「それに関しては、許可されている場所に張り紙を出すか、ギルドに求人票を出すかですね。後は知り合いのツテで雇うとか」
今の俺にツテがあるはずがないし、張り紙か求人票の二択しか無いのか。せめて就職斡旋所くらいはあると思っていたのに。
さて、どうするかな。
俺はバイト募集の張り紙やサイトしか見たことがないから、就職についての募集は詳しく知らない。バイト募集と同じ感じでいいのか?
どっちにしろ書類審査と面接は必要だよな。
帰ったら雇用に関してイーリアと打ち合わせをするし、その時に話し合ってみよう。
「他には何かご質問は?」
他に質問と言われても、もう聞きたい事は聞けたし、後で気になった事はイーリアに聞けばいい。
そう判断して終わりにしようかと思ったけど、ふと思いついた。
こっちの世界に冒険者だとか装備だとかの概念があるなら、ひょっとしたらあるかもしれない。
「この世界には、レベルとかスキルってあるんですか?」
元の世界じゃゲームや漫画の中だけの設定だったけど、こういった世界なら現実的に存在しているかも。
「レベルというものは存じませんが、スキルはありますよ」
半信半疑だってけど、あったよ。レベルは無かったけどスキルはあったよ。
なら、俺が訓練させているゴブリンやオークにもいずれはスキルが身につくかもしれない。
できれば調べる方法は無いかな。
「スキルを調べる方法は?」
「魔物ならダンジョンの調整をする部屋で調べられます。捕らえた冒険者については、奴隷商か当ギルドに連れて来ていただければ、解析スキルを持つ奴隷査定人がお調べします」
その解析スキルで奴隷の持っているスキルを調べて、価値を判断して売値とかを決めるんだろう。
でも、俺が知りたいのは少し違う。
「俺にスキルがあるか、調べられます?」
それを聞いてイーリアもハンディルのおっさんも目を見開いた。
どうやら、俺にスキルがあるという可能性を完全に忘れていたみたいだな。
「これはすみません。すっかり失念しておりました。すぐに解析スキル持ちを連れて来させましょう」
ハンディルのおっさんは部屋の隅に控えていた猫耳の女性に指示を出し、解析スキル持ちを連れて来るように指示を出した。
その人物が来るまでの間に、ここの住人は年に一回、誕生日にエリア毎の住人管理ギルドで自分のスキルを調べていることを教えてもらった。
強制ではないのだが、新たに得たスキルが仕事に影響するので、自主的に行っているうちに習慣化したらしい。
でもそれ以上に、住人管理ギルドと聞いて俺の住人登録はどうなるのか気になった。
ハンディルのおっさんに聞いてみると、ダンジョンギルドから住人管理ギルドに連絡し、今日にも手続きができるように話を通してしておいたと教えてくれた。
「住人管理ギルドはここの裏手にありますので、そちらで手続きをお願いします。その際に身分証が発行されますので、無くさないように保管してくださいね」
身分証まであるのか、ダンジョンタウン。
「お待たせ致しました」
話を聞いているうちに、猫耳の女性が解析スキル持ちの職員を連れて来た。
以外にもルエルが、その解析スキル持ちだった。
「先輩、よろしくお願いします」
そういえば道中でイーリアが、指導員がルエルだったって言ってたっけ。
「任せてください。ではヒイラギさん、調べさせていただきます」
俺の向かいの席に座って、ソフトボールくらいの大きさの水晶玉を左手で持ち、右手は俺に向ける。
この状態で俺のスキルを調べて、水晶玉にスキル名を投影させるらしい。
スキルを発動させたのか水晶玉がほんのりと光を放ち、やがて文字が浮かんできた。
「ヒイラギさんのスキルは料理、索敵、回避、指導、それと……使役!?」
最初の四つのスキルの意味はなんとなく分かる。
料理は家でやっていたり、家庭科の授業で料理して身についたんだろう。
索敵は……あいつのストーキングに対処しているうちに、身についてしまったスキルだな。
回避は間違いなく、幼馴染のあいつからの蹴りや拳を避けているうちに身についたんだろう。
指導はアレか? 試験勉強とかの時に教えていて身についたのか?
数学の成績だけは良かったから、何かと頼まれたもんな。一人千円で教えようとしたらブーイングされたっけ。
そういえばゴブリンとかオークが、知能が低いと聞いた割に物覚えがいいと思ったけど、このスキルのお陰だったのかもな。これは役立ちそうだから、身についているのはラッキーだな。
でも最後の使役ってスキルは全く意味が分からない。どういうスキルなんだ。
「最後の使役ってのは何なんですか?」
俺が聞いてみても全員が驚いた表情で黙ったままだ。
調べたルエルもイーリアもハンディルのおっさんも。部屋の隅にいる猫耳の女性まで同じ反応を見せている。
「あの……」
「はっ。し、失礼しました。まさか、使役が出るとは思わなくて」
「それ、どういうスキルなんですか?」
「すすす、凄いスキルなんです!」
ルエルの説明によると、この使役というのは召喚した魔物、亜人、人間以外で所有者のいない生物を支配下に置けるスキルだそうだ。
似たようなのに調教というスキルがあるが、使役はその上位スキル。
調教は魔物と動物限定で、支配下に置くまで時間がかかる。
対する使役は所有者さえいなければ、外部から迷い込んだ魔物や動物だけでなく、虫や魚といった生物をも支配下に置く事ができる。
このスキルを使って支配下に入るよう命じればいいだけだから、調教のように時間をかけて飼い慣らす必要もない。
召喚した魔物が含まれないのは、最初から召喚した主である俺の支配下に置かれているので、使役スキルの対象外になるかららしい。
このスキルは調教スキルを長年かけて鍛えるか、元からの才能でしか手に入らない。俺の場合は後者なのだろうと言われた。
そして何よりの特徴は、支配下に置いた魔物や動物などと意思疎通を図れること。
これで家畜の状態を確認し、最高の状態で出荷したりすることができると力説された。
ひょっとしたらゴブリンやオークが俺の言う事を理解したのは、指導スキルとこれが重ねがけされたからなのか?
「しかも、現在このスキルを持っている人はヒイラギ様以外では、ダンジョンタウン内に一人だけなんです」
「このスキルがあれば外部から迷い込んだ魔物だけでなく、家畜や魚の飼育も思いのままです。そういった仕事に関わる者なら、誰でも欲しいスキルなんです」
そんなに凄いスキルだったのか。元の世界でその事が分かっていれば、ドックトレーナーや水族館のイルカショーとかに役立ちそうだったな。どっちも興味の無い仕事だけど。
ちなみにもう一人の使役スキル持ちは、別のエリアで農家との兼業で家畜の飼育をしているノームのウィルマンという爺さんらしい。
「ヒイラギ様、このスキルがあれば外部から来た魔物をダンジョンに配置できる上、副業にも困らないかもしれません!」
鼻息を荒くしたイーリアが迫る。
美人に迫られるのはありがたいが、少し落ち着け。
でもイーリアの言う通りだ。外部から迷い込んだ魔物をそのまま戦力にできる上、副業で牧場か何かを始めれば結構な収入になりそうだから一応考えておこう。
「他には何かスキルはありますか?」
「そうですね、これくらいで……いえ、ちょっと待ってください。これは……固有スキル!?」
また何か訳の分からない言葉が出てきた。
でも落ち着こうとお茶を啜っていたハンディルのおっさんが吹いたんだ、よっぽどのスキルなんだろう。
「ま、まさか人間にも亜人にも滅多にいない固有スキルまでお持ちとは……」
「あぁ……。ヒイラギ様! 私、あなたの助手に就けたことを誇りに思います!」
誇りに思うのは勝手だけど、俺には意味が分からない。
ルエルとハンディルのおっさんと猫耳の女性はまた固まっているし、イーリアはキラキラした目を俺に向けている。
さっさと現実に復帰して、当事者の俺に説明しやがれ。
「ヒイラギ様、固有スキルとはその方にしか得られない、世界で唯一無二のスキルなんです!」
「落ち着け、どうどう」
興奮したイーリアを宥めながら話を聞くと、固有スキルとは俺だけしか得られない、世界に一つだけのスキルなんだそうだ。
「で、どんなスキルなんだ?」
「え、えっとですね。スキル名は「異界寄せ」。効果は元いた世界の哺乳類以外の生物、又は加工されていない物をこちらに召喚するスキルです」
驚愕の表情を浮かべながらルエルがスキルの説明をするけど、なんだよそのスキルは。
確かに異世界から来た俺らしいスキルかもしれないけど、召喚できる範囲がかなり限定されてないか?
「召喚は一日一回一種類のみ。重さは十キロ以下までで、一回使ったら五日間はこのスキルが使えなくなります。さらに同じ物の召喚は二度とできません」
なおさら微妙だな、おい!
召喚が一日に一回きりで一種類限定、重さが十キロ以下なのはいいとして、一回使ったら間に五日も挟まなきゃいけないのか!
異世界から呼び寄せるから、インターバルに必要な時間が長くて回数が限定されているのは分かるけど、これじゃあ検証実験も碌にできないじゃねぇか!
しかも同じ物を二度召喚するのが不可能ときた。最初の一回が肝心どころか、一発勝負とか怖いわ!
こうなったら海水魚を十キロ呼び寄せて、ダンジョンタウン初の海水魚の養殖場でもやってやろうか。
いやいや、落ち着け。そもそも俺に養殖についての知識は無いから無理だ。
第一、必要な機器は鉄とかで作った加工品だから召喚できないか。こっちで作ろうにも、仕組みが分からないし電気が無い。
それにこっちの世界にも養殖の知識があるみたいだけど、あくまで川魚用だ。海水魚は養殖できないだろうな。
「使えるんだか使えないんだか……」
元の世界の物を召喚できるのはとても魅力的だけど、条件面が微妙過ぎる。
お陰で魅力的な部分が霞んで見えそうだ。
まぁ、制限無しなら無しでチート過ぎてつまらないか。
「大丈夫です、ヒイラギ様ならきっと有効的な使い方を思いつくはずです!」
「ねぇイーリア、あなた昨日の今日で妙に明るくなったわね。何かあったの?」
淡々とした機械的な感じだったのが、昨日の今日でこんな風になるんだから疑問に思っても仕方ないか。
俺にも理由は分からないんだけど。
「申し訳ありませんが、それは先輩にでも言えません。ヒイラギ様のダンジョンに関わる事ですので」
そういえば昨日の夕食の時に言っていたな。
ダンジョンの運営に関わる事は、雇っている者以外には明かしてはいけないのだと。
誰かを雇用する際にはそれを守らせるため、契約魔法を施した書類に署名させ血判を押させるほど重要だそうだ。
勿論、奴隷を買う時や捕らえた冒険者を奴隷にする時も、同じ事を契約に加える。
イーリアもダンジョンギルドに雇われる際に、助手に入ったダンジョンの事を口外しないようにという契約を結んだらしい。
要するに企業秘密のように扱っているんだろう。
競争意識を煽るためにちょっとくらいなら明かしてもいいと思うけど、そうはいかないのか。
「それを聞くと余計気になりますが、無理には聞けませんね」
契約魔法で縛られている情報ということでルエルは聞き出すのを諦めた。
一方でハンディルのおっさんは、俺を有望と判断したのか満面の笑みを向けている。
おっさんにそんな顔を向けられても、嬉しくなんとも無いんだが。
「これはヒイラギ殿がどのようなダンジョンを作るのか、楽しみですな。ご健闘を祈ります」
これでようやくダンジョンギルドでの用件が終わった。
帰り際に雇用者の税金の件を聞いていなかった件を思い出し、ルエルとハンディルのおっさんに伝えたら、迫力のある笑顔を向けられたルエルが泣き言を発しながら執務室へ引きずり込まれて行った。自業自得だから仕方ない。
さて、なにかと色々と有りすぎて疲れたが、まだやる事は残っている。
俺達はすぐに裏手にあるという住人管理ギルドへ向かい、そこで俺の身分証明書を受け取る手続きをした。
連絡はちゃんと行き届いていたので、ダンジョンの住所等は記載済みの書類を受け取る。それを確認して署名をして血判を押して提出すれば、手続きそのものは終わる。
「お待たせ致しました、こちらがヒーラギ様の身分証名書になります」
血判を押す為に傷つけた指を手当てし、しばらく待った後に手渡されたのは俺の身分を証明する旨と住所らしき一文が書かれた手帳くらいの大きさの紙が一枚。
文章の下には何かの模様が描かれていて、証明書の下の方には担当者とギルドマスター、それとこのエリアで発行したことを証明する印が合計三つ押してある。
ダンジョンカードみたいなのがあるから、てっきりこっちもカードかと思ったけど違うんだな。
「紛失した際はお早めにご連絡を。手続きのための書類は保管していますので、それで確認をした上で再発行します」
「それだと無くした方を悪用されません?」
「そちらの紋様が魔法式になってまして、再発行と同時に無効化できるようになっているんです」
なるほど、この模様にはそういう意味があるのか。文章の下に描かれているから、切り取る事もできないわけだ。
さて、次は第五エリアのエリアマスターであるロウコンさんに挨拶に行かなくちゃいけないんだよな。
そういえば、種族は何なんだろうか。
「なぁ、ロウコンさんって種族は何なんだ?」
「そういえばまだ教えていませんでしたね。ロウコン様は九尾の狐でございます」
うおぉぉぉぉいっ!
あっさり言ってくれてるけど、九尾の狐って凄い存在じゃなかったっけ。そんな人と会わなくちゃいけないのかよ、俺は!
いやいや落ち着け、だったら教える料理は稲荷寿司か油揚げでいけるかもしれない。
でも待てよ、その前に確認しなきゃいけないことが一つある。
「こっちの世界に油揚げ……いや、豆腐か大豆ってあるか?」
「アブラアゲ? トウフ? ダイズ? なんですかそれは」
「そこからかよ、ちくしょう!」
何で小麦や米はあるのに大豆は無いんだ。
実家が農家のイーリアが知らないんじゃ、本当に無いと思っていいだろう。
俺の固有スキルの実験も兼ねて大豆を召喚してもいいけど、確か豆腐は大豆を一晩水に浸ける必要があったよな。
もしも、すぐに食わせろと言われたら無理だ。
そもそもニガリが無いじゃないか。ここは地底都市だから海水も無いし、大豆を固有スキルで召喚したら五日間は固有スキルが使えなくなる。
いや待てよ、海水を出してもニガリの抽出方法が分からないじゃないか。だとするとニガリを直接召喚するしかないか? そもそも召喚可能なのか?
くそっ、せめて一種類っていう縛りが無ければ、この二つを合計十キロ呼び寄せて豆腐と油揚げの作り方を教えたのに。
いっそ豆腐そのものを召喚するかとも思ったが、考えてみれば豆腐も大豆を加工したものだから、加工品に含まれるかもしれない。
やっぱり本人から聞いて、その場で臨機応変しかないか。
あれ、そういえば海水が無いなら、このダンジョンタウンに塩は無いって事にならないか?
でも食品を売っている店で普通に塩も売っているから、岩塩か何かでもあるのか?
「イーリア、ここで塩はどうやって手に入れるんだ?」
「たまに拡張工事中に岩塩が手に入りますが、これは稀な例です。基本的に、塩成花から取り出します」
なんだその塩成花って。また分からない単語が出てきたな。
イーリアの説明によると、塩が採れる植物だそうだ。
元々は悪臭を放つ有毒の植物だったが、濃い青色をした鉱石が採取できる場所ではそうでじゃないらしい。
何故か悪臭も放たず、直接花を食べなければ有害という訳でもない。
この花が多量に作り出す花粉を採取して炒ると、こっちの世界での一般的な塩となる。
しかも少量の鉱石でも多量の塩が採れるので、採掘中に濃い青色の鉱石が出た場合は全て塩成花を栽培する土地に埋められ、塩を生み出すのに利用しているとのことだ。
「どうして塩が生まれるのかは、分かっていないんですけどね」
聞けば聞くほど不思議な植物だ。普通、塩分は植物にとって悪い物質なのに。何かの拍子で耐性を持った変異種なのか?
しかもそれを自分で作りだすんだから、なお不思議な植物だ。
化学担当だった副担任がいれば嬉々として研究しそうだな。
あの人、気が弱いくせに危険性のある実験とかについて長々と語ってたからな。
それで授業が潰れて、怒られた事もあったし。
「ヒイラギ様、見えてきました。あちらがロウコン様のダンジョンの居住部です」
そうこうしているうちに到着したのは、俺のダンジョンと同じ型の家。
魔力を使って変化させられるのは家の中だけだから、外見に違いが無いのは不思議じゃないか。
問題はこの家の中がどうなっているかだろう。
「ごめんください」
俺が家の外見を眺めている間に、イーリアが声を掛けていた。
すぐに着物姿をした犬の垂れ耳を持つ茶髪の女性が現れた。勿論犬らしき尻尾もある。似たような感じのハンディルのおっさんが猿人族だったから、この人は犬人族ってところか?
「本日はロウコン様にご挨拶に伺いました。新たなダンジョンマスターのヒイラギ様と、助手のイーリアと申します」
「はい。ヒイラギ様とイーリア様ですね。昨日、ダンジョンギルドより連絡を受けております。どうぞ」
丁寧に頭を下げて扉を開いた先には、元の世界と同じ靴置き場があった。
「こちらで靴をお脱ぎください」
うん、やっぱりそうした方が家に上がったって気になれる。
というか広いな、居住部の規模が。下手すれば和風の豪邸ぐらいあるんじゃねぇか? これも空間魔法によるものなのか。
おぉ、部屋の出入り口も扉じゃなくて襖になっている。
「ロウコン様をお呼びしますので、どうぞこちらでお待ちください」
俺達が通されたのは、畳張りの十二畳くらいの部屋だった。
やった、俺は洋室よりこうした和室の方が好みなんだ。
できればすぐにでも寝転がりたいけど、ここは余所の家だから我慢して正座する。
こんな部屋が作れるのなら、俺個人の生活環境の目標を和室にしよう。そして自由に畳の上を寝転がるんだ。
「まさかこの世界で畳に出会えるとは思わなかった」
「ヒイラギ様はこのようなお部屋が好みなんですか?」
当たり前だ、俺は日本人だぞ。畳でゴロゴロするのが嫌いなはずがないだろうが!
「そうだな。今の部屋より、こうした部屋の方が落ち着く」
「お客人にそう言ってもらえるとはなによりじゃな」
襖を開けながら現れて俺の意見に口を挟んできたのは、大胆な着こなしの着物姿に狐耳と九本の尻尾がある金髪の中学生くらいの少女。
どうやら、この人がロウコンさんらしい。思ったより若いな。これならロウコンさんじゃなくて、ロウコンでもいいか?
さらにその後ろからは、鱗のようなものがある肌に尻尾と角が生えている、着物姿で赤い髪を角刈りにした厳格そうな男が現れた。
なんか見た目だけで判断すると、どっかの暴力団の組長みたいだけど種族はなんだ。
おっと、いつまでも見てないで客のこっちが先に挨拶しないと。
「お初にお目にかかります。この度、新たに第五エリアにてダンジョンマスターとなりました、柊涼と申します」
失礼があったら俺の立場に悪そうだからと、予めイーリアと相談して決めた挨拶を告げて深々と頭を下げる。
これで少なくとも、第一印象が最悪なんてことはないはず。
「そう堅くならんでもよい。気にせず普通にせい。肩が凝るのは好かないのでな」
そう言ってロウコンは胡坐で座り、人懐っこい笑みを見せる。
なんか思ったよりも砕けた人だな。
着こなし方はともかく着物姿だから、てっきり礼儀作法とかにうるさいかと思った。
「我がこの第五エリアのエリアマスターを務めるロウコンじゃ。こっちは夫で竜人族のリュウガじゃ」
「よろしく」
そっちのは旦那だったのかよ!
見た目からして年が離れてそうだし、雰囲気的にも父親かと思っていたぞ。
「ちなみに見た目で勘違いしとるじゃろうから教えるが、これでも四十過ぎじゃ!」
少女じゃねぇ、普通にオバさんの年齢じゃねぇか!
それで見た目が中学生くらいってどうなってんだよ。これは九尾の狐だからなのか!
現代日本でこんな二人が連れ添って歩いていたら、普通に職質かけられるぞ。
まぁ、冷静に考えれば竜人の父親から九尾の娘が生まれるはず無いか。
あれ? でもそうしたら、異種族間での結婚なんてできるはずがないよ
「ところで少年、ヒーラギと申したな」
「あっ、はい」
何か発音が少し違うような気がしたけど気のせいか?
「お主は別の世界から来たらしいが……何か我の知らぬ美味い物を教えてくれ。というか、作ってくれぬか?」
いきなりかよ、この食い意地の張った見た目幼女の年増狐が!