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第32階層 時間が経つとそれなりに変化する

アビーラ「鍛冶場で働いていたんで暑いのには慣れてるっす!」


 アンノウンオーガとの戦いから二ヶ月が経過した。

 当初は落ち込んでいたバイソンオーガの嫁さんは、周りの励ましや協力もあって幾分か元気を取り戻し、数日前に無事に出産した子供の世話に勤しんでいる。

 ダンジョンの方もこの二ヶ月は順調で、昨日付けでランクが四に上がった。

 それに伴って新しい階層を追加できるようになったから、今日はそれに関する案を出し合うコンペをする予定だ。


(ランク三に上がった時は、ローウィの案を採用したんだっけ)


 以前ランク三に上がるのが近づいた時、追加できる二階層分のうち、一階層分の案を皆から募った。

 色々な案があって面白かったけど、採用になったのはローウィの考えた魔物地雷フロア。

 足場を深めの泥にしてその中に魔物が潜み、踏んだら襲い掛かる仕組みだ。

 待機時は常に泥の中にいるから索敵が届かない上、泥の中へ引きずり込もうとするから恐怖感もある。

 加えて親切にも足場にできる飛び石を設置していると見せかけて、踏むと沈む罠を仕掛けている。

 これを地下二階層にして、元々の地下二階層は地下三階層へ変更。

 計画していたダンジョンフロア・オブ・ザ・デッドは地下四階層として作成した。

 成果も上々で、たまにここまで到達する侵入者は全員、もれなくパンデミックゾンビと化している。

 お陰でダンジョンの利益は文句無しの黒字で、金額も僅かずつだけど右肩上がりを継続中だ。


「皆、もう揃っているか?」

「はい。朝食の準備も整っています」


 この二ヶ月でダンジョンに勤めるメンバーは変わっていない。

 追加人員もいなければ、辞めていったのもおらず、少し前に副業として開始した農業の方への移籍もない。


「今回の案は自信があります。きっと驚かれると思いますよ!」


 前回の階層案では、ぶっ飛びすぎた案を出して没を喰らったイーリア。

 鼻息を荒くしながら耳を上下に動かしている様子から、興奮しているのが分かる。

 というかこいつ、最近耳を動かす頻度が多くなっている気がする。


「私も、です。きっと、気に入られるかと」


 アッテムは少しずつ、話している最中のつっかえつっかえが無くなってきた。

 仕事にも自信を持つようになってくれて、こっちとしては本当に助かっている。


「旦那! 頼まれていたゴブリン達の武器、後で確認して欲しいっす!」


 二ヶ月前に採用したアビーラには事務の他に、魔力を消費して新たに増設した作業部屋で鍛冶をやってもらっている。

 お陰でゴブリン達に使わせている武器の費用が抑えられ、費用削減に繋がった。

 まぁ、設備の投資にちょっと金は消費したけど、長期的に見れば元は取れる。


「マスターヒイラギ。本日の午後はエリアス様がいらっしゃるので、階層案の会議は午前中に行いましょう」


 同じく二ヶ月前に採用したラーナは、普段の事務仕事もちゃんとこなした上で、イーリアと共に俺の予定を管理する秘書ポジションしてくれている。

 ここでの生活にも慣れて、奴隷の香苗達とも良好な関係を築いている。


「おはようございます……」

「どうしたリンクス。眠そうだけど、徹夜でもしたのか?」

「はい。先日頂いた女冒険者が思いの他良くて……」


 眠そうな目でノロノロ現れたリンクスは、以前よりずっと女っぽさが増している。

 だけどインキュバスだから、女冒険者を捕まえた時はたまに譲っている。

 どうやら昨夜は、その内の一人とお楽しみだったみたいだな。


「リンクス君、目覚ましにこの栄養剤でも飲む? まだ試作品だけど」


 薬品関係担当のユーリットは、元の世界にあった栄養ドリンクの話をしてから、その開発に着手している。

 手軽に必要な栄養を取れるのは悪い事じゃないと思うけど、個人的にはちゃんと食事をして栄養を取った方がいいと思う。

 そういえば前に飲ませてもらった試作品は、あまりの不味さに咽て吐き出したっけ。

 あっ、リンクスが同じ目に遭ってる。


「だ、大丈夫ですか? リンクス君」


 咽ているリンクスを心配するローウィ。

 色々と出来る上に働き者で律儀だから、大抵の頼み事を二つ返事で引き受けてくれる。

 だけど過労が心配だから、休ませる時は無理矢理にでも休ませている。

 こっちの世界には労働基準法とかが無い分、雇い主の俺が気をつけないとな。


「ご主人様、本日の朝食です」

「今日は俺とミリーナが作ったぜ」


 俺が最初に買った奴隷、ミリーナとフェルト。

 フェルトは数少ない男メンバーとして、何かと力仕事をやっているのと、たまにアビーラの鍛冶を手伝っているから少し逞しくなった。

 一方のミリーナは家事の腕が上がっていて、元の世界の料理も次々に覚えている。

 ついでに、前より胸が成長したのは気のせいだろうか。


「涼、飯は大盛りでいいか?」

「柊君、早く食べよ」

「先生もお腹空いちゃった」


 元クラスメイトや副担任で、今は俺の奴隷となっている香苗と戸倉と佐藤先生。

 こっちでの生活にもすっかり慣れて、最近はこの周辺に何の店があるか、どういう傾向の商品が陳列してあるのかを調べて纏め、買い出しの際の参考にしているくらいだ。


「んじゃ、いただきます」


 俺の挨拶を皮切りに全員が挨拶をする。

 こうして今日という定休日の朝は始まった。


「それで、会議はいつ頃から?」

「朝食後に少し時間を置いてからだ。昨夜のダンジョンの様子を確認しておきたいからな」


 寝る前までの記録しか知らないから、その後の事を確認したい。

 どれだけ侵入者が来たのか、どれだけ魔物が倒されたのか、どれだけの収入になる品を入手したのか。

 そういう情報だけは把握しておかないと。


「ならその間に、食器洗いと居住部の掃除すっか」

「私は洗濯やっておく」

「じゃあ僕とアビーラさんとローウィさんで、昨日入手した品と捕まえた侵入者の売却に行きましょう」


 朝食を食べながら、午前中にやるべき事を決めていく。

 普段は朝食後にこういう事を決めているけど、今日は会議があるから早めに決めておきたいんだろう。

 前回の階層案に関する会議、割と時間が掛かったもんな。


「では、ご馳走様」


 食後の挨拶を終えると、それぞれが決めた仕事へ向かう。

 俺も無人の司令室に入って、日付が変わるまでここにいたラーナを伴い、昨夜の記録を確認する。


「こちらがお休みなられた後の、侵入者の記録です」

「分かった」


 これらを含めた昨日の侵入者の人数は、一昨日より数人少ない。

 どうもここ最近、侵入者の数が少し右肩下がりだな。

 だけどダンジョンでの収入額はさほど落ちておらず、むしろちょっとずつ上がっている。

 理由は明白で、高ランク冒険者の数が多くなっているからだ。

 実際、売却した品や侵入者の質が以前より上がっていて、売却した際の単価が上がっている。

 それが侵入者は減っても、利益が増している要因だ。


(高ランク冒険者ほど、装備に金を使うからな)


 でもうちのダンジョンにいる魔物達は、従魔覚醒のお陰で通常の五倍の戦闘力を有しているから、そう易々と倒されない。

 いざという時はロードンっていう切り札もいるしな。

 そんな事を考えながら、昨日の報告を確認して月次の分に書き足しておく。

 ラーナにも手伝ってもらったお陰で、佐合は手早く済んで、魔物達の状態をチェックする余裕までできた。


「バイソンオーガの母子は問題無し。パンプキンレイス……にも問題無し」


 パンプキンレイスはパンプキンゴーストが進化した魔物だ。

 前はちょっと可愛げがあったけど、今ではまさに死霊といった風貌でちょっと怖い。カボチャ頭の癖に。

 さらに、従えている二体のスケルトンもビースとスケルトンへ進化した。

 今ではロードンとの交代制で、地下四階層のフロアリーダーの間を守ってもらっている。


「他の奴も軒並み問題無しか」


 ゴブリン達の中にも、進化した個体が何体か存在する。

 ソルジャーゴブリンはゴブリンナイトに。

 ランサーゴブリンはゴブリンパラディンに。

 ブロックゴブリンはゴブリンガーディアンに。

 ファイターゴブリンはゴブリンモンクに。

 そしてスローゴブリンはゴブリンエースに。

 生憎とオークにはまだ進化の兆しは見えないけど、さすがは長時間かけて鍛えた上に、冒険者達との戦いを潜り抜けてきただけはあって能力は高い。

 他の魔物達も進化こそしていないものの、個々の実力は確実に上昇している。

 これに加えて、連携の練習もさせているから、下手な冒険者パーティーよりも上手く連携を取っている。

 ローウィの協力もあったとはいえ、我ながらよくここまで育てたもんだ。


「魔物の確認はこれで終了っと。ラーナ、そっちはどうだ?」

「こちらも完了です。特に問題はありません」


 ということは、あとやるべきはアビーラが作った武器の確認だけか。

 それが終わったら、新しい階層についての会議を始めよう。


「分かった。武器の確認をしてくるから、先に戻って会議の準備をしておいてくれ」

「承知しました」


 返事をしたラーナが居住部へ戻るのを見送り、武器の確認を開始。

 こちらも特に問題は無く終了して居住部へ戻ったら、一度自室へ行って新しい階層の案をまとめた企画書を回収する。

 内容はスカルウルベロスやボーンベアタウロスのようなスケルトンばかりを配置する階層、いわばボーン・デッド・フロアだ。


「掃除やなんかは終わったか?」

「もうちょっと待ってくれ。本当にもうちょっとだから」


 なら待っている間に企画書の見直しをしておこう。

 確認は何度やっても損は無いからな。あっ、誤字発見。

 そんなことをしながら全員が集合するのを待って、会議は開始された。


「ではこれより、新しい階層に関するコンペを開始する。まずは前回は見学だった、アビーラかラーナから」

「では、僭越ながら私から」


 挙手をしたのはラーナ。

 印刷技術が無いから企画書の写しは手元に無く、口頭による説明だけで行われる。


「私が提案するのはゴースト系統の魔物ばかりを集めた、対無属性階層です」


 なるほど、ゴースト系の魔物が持つ、無属性物理攻撃完全無効化を生かした階層か。

 属性付きの武器は入手が難しい上に値段も結構するらしいし、魔法使いも魔力という限界がある。

 この二点を考慮すれば、低ランク冒険者には強く、高ランク冒険者には容易な階層になりそうだ。

 だけどこのダンジョンは、従魔覚醒の影響で魔物の戦闘力が高いから、高ランク冒険者でも梃子摺りそうだな。

 ラーナの説明にもこの点に関する考察が入っていて、皆を頷かせている。


「順番としては、何階層目を想定している?」

「三層目辺りを考えています」


 まぁ、その辺りが妥当かな?


「皆、何か意見があるか」

「はい。まず配置する魔物についてですが……」


 ここからは説明を聞いた上での質疑応答が始まる。

 この流れを全員の発表が終わるまで繰り返して、最終的に投票で採用案を二つ決める。

 それが今回追加する新しい階層の内容となる。

 おっと、こうしている間に質疑応答が終わったか。


「よし、次は誰だ?」

「はい! 僕が」

「いやいや、ここは年功序列で先生が」

「俺も良い案があるっす!」


 こんな調子で会議は進んでいき、様々な階層案が出され、質疑応答が飛び交う。

 やがて全員の説明が終わったら投票へ移る。

 ここで自分の案以外で、採用すべきと思った二つの案に記名式で投票して集計し、上位二つが採用される。


(俺は……戸倉とアビーラにするか)


 戸倉が提案したのは、ランク四から使える人数制限トラップを使用し、同数の魔物と戦って勝てば通れるという部屋をフロアリーダーの間まで繰り返す階層。

 提案では一本道だったけど、分かれ道にしても良いだろうし、いかにもダンジョンっぽくて面白いと思う。

 もう一方のアビーラが提案したのは、本人が作った特殊な武器を使う魔物ばかりを配置した階層。

 アビーラは俺や香苗達の意見を元に、変わった武器をいくつか作っている。

 先端から弾丸を撃てるトンファーとか、魔力で回転させるドリルとか。

 そんな武器を使う魔物ばかりの階層なんて、侵入者は慌てるだろうし見ている方は楽しそうだ。


「じゃあ、全員投票してくれ」


 各々が投票対象と自身の名前を書いた紙を差し出す。

 全員分が集まったら、不正が無いのを証明するため皆の目の前で集計していく。

 そうして出た結果は……。


「投票の結果、今回はラーナと俺の案が採用されることになった」

「本当ですか? ありがとうございます」

「俺からも、投票してくれてありがとう」


 お礼を言うラーナに続いてお礼を伝えると、拍手をしてもらった。

 それが収まるのを待って、新しい階層の今後について伝える。


「エリアスへの対応が終わったら、今回決まった階層についての打ち合わせをするから、用事がある奴は早めに済ませておいてくれ」

『はい!』

「よし。じゃあ解散」


 解散宣言で全員が席を立つ。

 さてと、俺は部屋で休むかな。

 他の用事は無いし、最近は副業の件もあって忙しかったからな。




 ****




 昼食を終えて少し経った頃、いつも護衛についている犬耳女性、リコリスさんを伴ったエリアスが訪ねてきた。


「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」

「構わないさ。こっちの定休日に合わせてくれたんだから、お互い様って事で」


 今日エリアスが訪ねてきたのは、以前に契約を交わしたウスターソースとケチャップの製造についてだ。

 既に生産体制は整っていて、今日はそこで作られた試作品を持ってきてくれた。


「こちらが試作品です。お母様の味見では問題無いと言っていましたが、念のため味見をしてもらいたいと思いまして」


 要するに、提案者による最終確認って訳か。


「じゃあ失礼して」


 まずはウスターソース、次いでケチャップを手に垂らして舐め取り、味を確認する。


「いかがでしょうか?」

「うん、どっちもよくできてるじゃないか」

「本当ですか? ありがとうございます」


 いや、本当に良くできている。

 さすがは食道楽で、副業として飲食店を経営しているオバさんが監修しただけはある。

 正直言って、俺が作るのより美味い。


「これで自信を持って生産できます」

「後はこれをどう広めるかだな」

「お母様はお店の料理に使って反応を調べつつ宣伝し、販売時期を窺うと言ってました」

「うん、それが無難かな」


 よく分からないものをいきなり売るより、受け入れられるかを探ってからの方が安全だ。

 販売側が売れると思っても、世間が受け入れるかは別だからな。


「そうそう。話は変わりますが、異世界の野菜を栽培して販売するという噂は本当ですか?」


 どうせあのオバさんが仕入れた情報なんだろうけど、耳が早いな。

 ということは、別の世界の物を取り寄せる手段が有ると知られたか。

 だけど計画を実行した時点で覚悟していたから、慌てることはない。


「ああ、本当だ」

「いったいどのようにして、そのような物を入手したんですか?」


 どうしようか。

 喋らなくちゃいけない義務は無いけど、エリアスとリコリスさんなら教えてもいいかな。

 口止めしておけば、この二人が無暗に言い触らすとは思えないし。


「……この件に関するやり取りはしなかった、ということなら」

「承知しました。リコリスもいいかしら?」

「勿論です、お嬢様」


 要求に了解した二人から、早く教えてほしいという視線が向けられる。

 そんな風に見なくとも、了解した以上はちゃんと教えるって。


「俺の固有スキルで入手した。「異界寄せ」っていうんだけど」


 「異界寄せ」の説明をすると、エリアスだけでなくリコリスさんも驚いていた。


「で、では、その……お魚も召喚できますか?」

「勿論。さっき説明した制限を守れば可能だ」


 「異界寄せ」の熟練度が上がって、一度に召喚できる種類こそ増えていないけど、重量制限は十二キロ以下になった。

 その時に秋刀魚を「異界寄せ」して秋刀魚料理を振舞ったら、初めて海の魚を食べる異世界組は夢中になって、香苗達は数か月ぶりの海の魚に泣きながら食べていたっけ。


「お願いします! ぜひ一度、海という場所で獲れる魚を食べさせてください!」


 ダンジョンタウンは地底都市だから海が無く、養殖している魚は淡水魚ばかり。

 海は知っていたみたいだけど、永遠に見ることは無く、そこで獲れる魚も食べることは無い。

 でも俺のスキルがあれば、異世界のものとはいえ海の魚が食べられる。

 そのチャンスを前にしたエリアスは耳と尻尾を忙しなく動かして目を輝かせ、リコリスさんも無表情を装っているけど尻尾をパタパタさせている。


「……ロウコンさんには絶対に秘密にしてくれるのなら、ご馳走するってことで」


 あのオバさんに知られたら、毎集のように呼び出されて海の魚を「異界寄せ」させられかねない。


「分かりました! お母様には黙っておきますから、是非!」

「じゃあ、来集に来てくれ。「異界寄せ」は六日に一回しか使えないし、今日の分は既に別件で使った後なんだ」


 今日は久々に昆布出汁を味わいたくて、エリアスが来る前に昆布を召喚したからご馳走することが出来ない。

 昆布も海の物といえば海の物だけど、魚じゃないから言わなくていいだろう。

 いや、いっそ来集にそれも出してみるか。


「では、その日は何がなんでも予定を空けておきます!」

「ロウコン様には、ヒーラギ様との良好な関係を築くために訪問するとお伝えしておきましょう」


 エリアスの反応はともかく、リコリスさんはどうしてそんな言い訳をするんだ。

 もっと気軽な理由でいいじゃないか。

 特に用事が無くとも、単に会いに行くってだけでも十分だと思う。


「難しいことは気にしないで、気楽な感じで会いに来ていいんだぞ」

「気楽に、ですか? お仕事とか抜きで、ということでしょうか?」


 だってエリアスと仕事抜きで話すのは楽しいし、初対面の時から何かを感じていた。

 それが何なのかは分からない。

 確かなのは、俺がエリアスに惹かれているってことだ。

 香苗からは鈍いって言われているけど、自分の気持ちが分からないほど鈍くはないつもりだ。


「そうそう。ダンジョン間の良好な関係構築とか、そういうのを気にせずにさ」

「それはちょっと難しいですね。立場の違いがありますから」


 俺はダンジョンマスターで、エリアスはエリアマスターの娘。

 ただそれだけなのに気楽に会うこともできないなんて、地位や立場の違いって面倒だな。


「いえ、お嬢様。可能となる手段が一つだけあります」

「えっ? あるんですか?」


 あっ、それってひょっとして。


「まさか恋人になれとか、婚約しろとか言うんじゃないでしょうね」

「……」


 おい、どうして黙って目を逸らして、吹けもしない口笛を吹こうとしているんだ。


「とりあえず、ロウコン様からお預かりした婚約認定書にサインを頂けませんか?」


 どうしてそんな物を持っているんだ!

 あぁ、ほら、エリアスは真っ赤になって頭から湯気出てるし、控えている戸倉は死んだ魚の目で呆然と立ち尽くしてる。


「ロウコン様は、混種であることを気にしないヒーラギ様になら、娘を任せられるとおしゃっていました」


 だからって、なんでそんな物を持ち歩いているんだ!

 というか、何で俺の知らないところで、そんな話が進んでいるんだよ!

 しかもあの様子からして、エリアスも知らなかったみたいだし。


「この場ではサインできない。その件については、一度ロウコンさんとじっくり話す必要がある」

「でしょうね」


 リコリスさん、分かってやってないか?


「そういう訳でエリアス、ロウコンさんに伝えて会談の日程を調整してもらってくれ。決まったら連絡を頼む」

「ひゃ、ひゃい」


 まだ混乱してるよ。まぁ、仕方ないか。

 正直言うと、俺だって困惑してるし。

 婚約自体は……エリアスが相手なら良いと思っている。

 問題はエリアスが受け入れてくれるかだけど、さっきの反応を見ると脈有りなのか?

 今も真っ赤になって俯いてこっちをチラチラ見てるし。

 そんな反応をされると、こっちもちょっと照れる。


「そのようにして自然に機会を作るとは、さすがですね」


 余計な憶測を言わないでくれ、リコリスさん!

 ほら、エリアスが顔中真っ赤になって湯気出してる。


「ヒイラギ、クン?」


 戸倉も、その色を失った目とカタコト喋りはやめろ!

 妙な威圧感もあって怖いぞ!




 ****




 終盤に色々あった話し合いを終え、自室の椅子に深く腰掛けて背もたれに身を預ける。

 まさかあの手の話題になるとは思わなかった。

 お陰でエリアスとは気まずくなったし、戸倉は怖い空気を発してるし。


「まっ、今は忘れよう。これに関しては、オバさんと話し合わなきゃならない事だし」


 とりあえずこの問題は先送りにして、会談中に届いた農業の報告書を読もう。

 それによると、生育に大きな問題は出ておらず、こっちの土壌でも順調に育っているらしい。


「とりあえず、向こうは上手く機能しているようだな」


 農業の方で働いている人員は、事務員が一人、奴隷達のまとめ役が一人、農業指導者が一人、それと奴隷三人の合計六人。

 この六人が修繕した家屋で共同生活をしながら、「異界寄せ」で入手した元の世界の野菜を育てている。


「順調ならいいけど、念のためにちょっと見に行くか」


 責任者として、たまには様子を見に行かないとな。

 今のところは順調みたいだけど、現場に行かなきゃ分からない事なんていくらでもある。

 しばらくはこっちと兼任だから大変だけど、向こうが安定して完全に任せられるようになるまでは頑張ろう。

 そう思いながら、ちょっとだけ昼寝をしようと目を閉じた。


ようやく更新できました。

といっても、まだ出張は終わっていないので、またしばらく間が空くと思います。

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