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第31階層~第32階層 過去を振り返って

ラーナ「豚人族と言っても、胸は普通に二つです」


 これはリンクス達を雇って間もない頃の事だ。


 ダンジョンを開く準備のため、かつて攻略されたダンジョンの運営記録をまとめた資料をギルドから借りて読んでみたものの、イーリアが言っていたように魔物は碌に鍛えず、戦略も戦術も無い力押しがほとんどだということを改めて知っただけに終わった。


「ったく……。全然参考にできないぞ」


 工夫をこらした様子がほとんど無い。

 かつてこっちへ来た異世界人達も、こういった資料や助手の意見を参考にしたせいか、さほど変わりないものばかりだ。


(これは過去の記録を参考にしない方が良さそうだな)


 その方が今までに無いダンジョンになりそうだし、個人的にも面白そうだからな。


「さて……うん?」


 資料を片付けようとしたら、ある異世界人ダンジョンマスターの名前が目に入った。

 名前からして、明らかに日本人じゃない。


「この人は……どこの国から来たんだ?」


 ちょっと気になったから、過去にここへ来た異世界人の名前を調べてみると、日本人以外の名前が多数あった。


(それでメイド服だの着物だの、色んな国の文化が混ざっていたのか)


 考えてみれば、異世界人が日本人だけとは限らないもんな。

 そのことを昼食の席で話したら、ギルド職員のイーリアも気づいていなかったようで関心を示された。


「言われてみれば、これまでに来られた異世界人の方々の名前に統一性はありませんね」


 そりゃそうだろう。

 違う国から来たんだから、文化や風習の違いが名前に出るのは当然だ。


「主様の国は、畳や着物のような物がある国なんですね」

「まぁな。いいぞ、畳でゴロゴロするのは」


 できれば今すぐにでも欲しいけど、結構良い値段するんだよな。

 しかも畳は加工品だから、「異界寄せ」で召喚ができないのも残念だ。

 仮にできたとしても、十キロ分の畳って何畳ぐらいだ?


「いずれは絶対に和室作ってやる」

「そのためには、お金をなんとか、しないと、いけません、ね」


 分かってるよ。

 だけど現状、ダンジョンギルドから借りた金貨百枚が頼りだから、畳のためだけに散財できない。


「他には無いんですか? マスター様がニホンジンで良かったと思える文化は」


 色々あるぞ。特に米とか米とか米とか。

 とにかく日本の米が欲しい!

 こっちのパサついた感じのじゃなくて、日本の粘り気のある米が食いたいんだ!

 納豆までは望まないから、白米を思いっきり食べたい。

 その想いを熱弁したら、興味があるのか全員身を乗り出した。


「そんなに美味しいんですか、ヒイラギ様のいた国のお米は」

「出身国贔屓と言われようとも、炊いてそのまま食うなら日本の米だと俺は主張する!」


 生まれ育ちや食習慣とかでそこら辺の感覚は違うだろうけど、基本的にこういうのは地元贔屓だ。


「そういえば私達って、ご主人様のいた世界のことをよく知らないですよね」


 そりゃまあ、話してないから当然だ。

 元の世界の事を話すよりも、こっちの世界に慣れるのとダンジョン運営を学ぶのを優先しているからな。


「あの……元の世界へ帰りたいたいとは思いませんか?」


 ミリーナの不安そうな口調での問いかけに、全員の視線が俺に突き刺さる。


「別に。向こうでの生活よりも、こっちでの生活の方が気に入ってるし」

「そう言ってもらえるのは嬉しいですけど、元の世界に家族とか恋人とかがいるのでは?」

「残念ながら年齢が恋人いない歴だ。家族はいるけど……向こうで死んだからこっちへ来た訳だからな」


 おそらく向こうの肉体はとっくに火葬されて、葬式とか告別式とかも終わってるだろう。

 それなのに向こうへ帰ったら、しばらくワイドショーを独占できるぐらいの騒ぎになるな。


「第一、向こうにいた頃は毎日がつまらなかったし」


 何にも関心が持てなくて、毎日をなんとなくで過ごしていた。

 それに比べるとこっちの世界は楽しい。

 元の世界からしたら非常識だから、というのがあるかは分からないけど、楽しいからいいかと気にしないことにしている。


「帰れる手段があったとしても、俺はここに残るよ。こっちの方が大変だけど面白いから」


 そう返したら、イーリア達は一様に嬉しそうな表情を浮かべた。

 安心しな、帰れと言われても拒否してここにいるから。


「話は変わるけど、今日って午後って何か予定あったっけ?」

「いいえ、特に有りません」

「だったら午後はちょっと体動かしたいから、育成スペースでトレーニングしよう。ローウィ、付き合ってくれるか?」

「勿論です!」


 トレーニングと言っても、運動不足解消が目的だから内容は軽めだ。

 準備運動とストレッチを済ませたら、ゴブリンやオークと一緒に武器を振って、後はローウィと素手での軽い組み手をするぐらいだ。

 基本的に打撃のみだけど、前に一度体育でやった程度の柔道の技をやったら、ローウィが凄く戸惑ってたっけ。


『その技はなんですかっ!? 習得できれば、無傷で相手を押さえつける事も可能ですよ!』


 あまりに興味を示したもんだから、ついでに寝技も実践してみせた。

 その時はタイミング悪くユーリットが俺を呼びに来て、色々と勘違いされて誤解を解くのに苦労したっけ。


「どうかしましたか? 遠い目をされて」

「寝技の実践をしているところを見たユーリットに、誤解されたのを思い出してた」

「なんでそんな出来事を思い出しているんですかっ!?」


 思考回路が巡り巡って辿り着いたんだ。

 そんなやり取りをしながらの食事を終えて後片付けをしていたら、玄関にあるベルが鳴った。

 ベルは外側にある紐を引くと鳴る仕組みになっていて、こっちの呼び鈴のような物だ。


「どなたでしょう?」

「見て、来ます」


 手の空いているアッテムが対応に向かう。

 来客の予定は無いはずだけど、誰だろうか。


「マスター、さん。お客様、です」

「客? 誰だ?」

「エリアス、という、混種の方と、そのお連れの方、です」


 あいつが? ひょっとしてオバさんから言伝でも預かってきたのかな。


「混種なんかが主様に何用でしょう」


 あっ、そっか。ローウィ達は知らないんだった。


「言葉に気をつけろ。相手はエリアマスターの娘だぞ」

「え、エリアマスター様の!?」


 狼狽えるローウィの様子が、主人がいなくて困ってる犬そっくりで笑える。

 アッテムの方も、そうとは知らなかったせいかアワアワしている。

 ついでにリンクスとユーリットもちょっと慌てていて、落ち着いているのはイーリアと、エリアマスターのことを知らないフェルトとミリーナだけだ。


「アッテム、彼女達を案内してきてくれ。ローウィ、お茶を頼む」

「「は、はひぃ!」」


 同じ返事で反応するなんて、余計に笑える。

 とりあえず後片付けはフェルトとミリーナに任せ、大事な話かもしれないから、イーリアを残してローウィ達には一旦部屋へ戻ってもらった。


「ど、どうぞ、こちら、へ」


 緊張でガチガチのアッテムに案内され、畳んだマントのような物を手にした着物姿のエリアスと、風呂敷で包んだ小包を持つ犬耳女性が来たから席を立って出迎える。


「こんにちは。急にお訪ねして申し訳ありません」

「いや、今日は予定が無いから構わないさ。さっ、座ってくれ」

「失礼します」


 頭を下げたエリアスは膝に畳んだマントを乗せて着席したけど、犬耳女性はエリアスの後ろに立ったままだ。


「あの……」

「お気になさらず。私はここで結構です」


 凛として返事をする様子は、まさしく従者。

 こういう人はいくら着席を促しても頑なに拒否するだろうから、これ以上は促さずにいよう。

 そう判断してイーリアと共に着席すると、ちょうとローウィがお茶を運んできた。

 それを一口啜ったら、早速用件を尋ねる。


「ところで、今日は何の用だ?」


 オバさんから変な伝言を持ってきたんじゃなければいいけど。


「本日はこちらをお届けに参りました」


 そう言って犬耳女性から小包を受け取り、風呂敷を解く。

 包まれていたのは数冊の本で、題名らしき箇所には異世界人の生活記録簿とあった。


「お母様が何かの参考になればと、お集めになった物です」

「へぇ。ダンジョンギルドで保管している記録以外にも、こんな物があったのか」

「ダンジョンギルドで保管されているのは、ダンジョン運営に関する記録だけです。こちらには副業や、ダンジョンを攻略された後の私生活について記録です」


 そんな記録まであるのか。

 だけどギルドから借りた資料より、こっちの方が参考になりそうだ。

 前に来た異世界人達が、どういう副業をしたり生活を送ったりしていたのか。

 今後はここで暮らしていく俺としては、ダンジョン運営の内容よりもそっちの方が気になる。


「いいのか? こんな貴重な物を」

「はい、どうぞご利用ください。ですが、くれぐれも紛失しないように気をつけてくださいね。何分貴重な物なので、万が一紛失した場合はどうなるか想像できませんので」


 怖っ!?

 想像できないってなんだよ。

 紛失したら俺、どうなるんだよ。

 とにかく、扱いには細心の注意を払おう。


「返却期限とかは?」

「お母様は読み終えたら返してくれれば、それでよいと」


 実質無期限か。

 とはいえ、早めに返せるようにしよう。


「分かった。ありがたく読ませてもらうよ」

「どういたしまして。それと、その、大変恐縮なんですが……」

「……借り賃に何か料理でも?」

「はい……」


 だろうよ。

 こうも予想通りだと、あのオバさんが単純な人に思えてくるぞ。


「了解したと伝えておいてくれ」

「申し訳ありません。お母様は前回の料理以外にも、色々と知りたがっていまして……」


 気にしなくていいさ。

 金とかを要求されるよりは、ずっと健全だと思うし。


「ひょっとして、これを届けに来たのも……」

「はい。料理を教わる口実作りです」


 ここまで熱心だと、呆れるを通り越して尊敬できるよマジで。


「では、本日はこれで……」


 なんだ、もう帰るのか。


「もうちょっとゆっくりしていってもいいぞ?」

「いえ、いつまでもお邪魔している訳にはいきませんから」


 そう言って席を立ち、膝の上に置いていたマントを羽織ってフードを被り、尻尾と耳を隠した。

 混種であることを隠すためなんだろうけど、わざわざ隠すなんてもったいないな。

 でも、どうしてドゥグさんみたいな先祖返りは問題無くて、エリアスみたいな混種は駄目なんだ?

 どっちつかずだから、っていうだけにしてはちょっと反応が過剰な気がする。

 歴史的背景に何かあるのか、それともこっちでの宗教的な影響か。

 ちょっと気になるけど、今はそれどころじゃないから気が向いた時に調べてみるか。


「それでは失礼します」

「道中気をつけて」

「はい」


 後片付けを終えたミリーナに見送りを任せ、お茶の容器はフェルトが片付ける。

 さてと、気になる物が手に入ったから予定変更。

 ローウィとのトレーニングは後日にしてもらい、早速部屋に戻って資料を読み漁った。

 けれど、こちらも期待に応えられる内容じゃなかった。


「うぅん……。どれも自分の国にあった事をやろうとして、失敗しているな」


 失敗の主な理由は、こっちの世界には無い物を必要としているから。

 しかも諦めたり妥協したりせず、どうにか代用品を探しては失敗を繰り返した挙句、資金繰りに四苦八苦していたようだ。


「おっ、無理せずこの世界に合わせた人もいるのか」


 世界が違うから、それに対応して適応して順応しないとやっていけないからな。

 だけどそれで必ず成功したという訳ではなく、失敗して大借金を抱えてしまった人もいたようだ。

 そんな中で最も成功した人は、こっちの世界で言うところの決闘士を広めた人で、この人自身が元いた世界では拳闘士だったらしい。

 当時はまだ娯楽が少なく、勝敗への賭けも行っていた事もあり人気を博したとある。

 さらに試合の勝者には高額な報酬を支払っていたことあり、一攫千金を狙った腕自慢が後を断たなかった。

 一応敗者にも金は払われているけど、辛うじて三食分あるかないか程度の額だ。

 だけど腕に自信は無くとも食うに困った人がそれ欲しさに選手となり、勝ち星を譲る代わりに加減して怪我をさせないでくれ、という選手間での八百長があったそうだ。

 怪我したら治療費が必要だし、治るまで闘えないもんな。

 これ以外にも、まだ規則が緩かった頃には色々と不正行為が横行して、取り締まりや厳罰化で苦労したと書かれている。


「これが今の決闘士の始まりって訳か」


 そういえば、ローウィは俺の所に就職できなかったら、これになるつもりだって言っていたな。


「……機会があれば、一度見に行ってみるかな」


 という訳で夕食の席で提案したら、満場一致で賛成してくれた。

 それから数日後、イーリア達を連れて決闘士の試合を見に行ったら、血みどろの戦いが起きていた。

 ボクシングやプロレスなんかとは違って、刃物で斬りかかったりグローブ無しで顔面殴打をしたりするから、出血量が半端じゃない。

 観客達は熱狂しているけど、俺にはちょっと合わない。

 他にもリンクスとミリーナが吐き気を催し、アッテムが貧血を起こしかけた。

 あそこにいたかもしれないたローウィは、とても生き残れないとブツブツ呟ている。

 こうして散々な決闘士観戦だったけど、良い事はちょっとだけあった。


「やりましたヒイラギ様! 今の試合、取りました!」

「俺もだ」


 唯一賭けた試合で金貨二枚が五倍の十枚になった。


活動報告にて、大事なお知らせがあります。

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