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第30階層 戦士は逃げずに立ち向かった

涼「やっぱり俺は冒険者向きじゃないみたいだ」


 このダンジョン初のエマージェンシーシフトを発動した。

 その原因となった謎の化け物は、このダンジョンの魔物の中では古参のバイソンオーガと戦っている。

 装備している魔面・蟻走の効果で天井や壁を縦横無尽に動き回って、触手や杭のように伸びる化け物の指を避けていく。


『アヒャヒャヒャヒャッ』

『ブオゥッ!?』


 触手での打撃を持っていた斧で防いで着地。

 そこへ指が伸びてくるけど、それも辛うじて回避に成功した。と思ったら、掠めたのか左肩に傷が付いていた。


「通常の四倍の能力を得たバイソンオーガが、こうも手こずるなんて……」


 反撃のきっかけは掴めないし、触手にも杭にもなる指のせいで思うように近づけない。

 接近戦しかできないバイソンオーガが不利なのは明からだ。

 でも、侵入者がフロアリーダーの間で活動している以上、フロアリーダーの間には別の魔物や亜人を増援として送り込めず、配置させておいた魔物を育成スペースへ避難させることもできない。


「どうすれば……」

「ヒイラギ様、お待たせしました!」


 おぉ、皆も来たか。

 先頭で飛び込んできたイーリアに続き、全員が寝間着姿のまま司令室に入って画面を見た。

 そして化け物の外見とバイソンオーガとの戦闘の様子に絶句する。


「なんですか……こいつは」

「まるで特撮か何かに出てくる宇宙生物じゃねぇか!」

「これは魔物なんですかっ!?」


 気持ちは分かるけど、今はそれどころじゃない。


「それについては後回しだ。今はあの化け物への対処を優先する。全員、配置について戦闘の記録と化け物の分析、対処法の考案を急げ!」

『はい!』


 全員が配置について、香苗達奴隷組は戦闘の記録を撮っていく。

 イーリアとローウィはリンクスに通路での魔物との戦闘映像を見せてもらって分析を、アッテムとユーリットは俺と一緒に対処法の考案に当たる。

 時々戦闘の様子に目を向けて、少しでも有益な情報がないかと目を凝らす。


「いっそ、あのバイソンオーガは諦めて、ロードンで迎撃を」

「最悪の場合はそうするしかないだろうな。でも、あいつはもうすぐ父親になるんだ。それを見捨てるのは……」


 ダンジョンマスターとしては甘いのかもしれないけど、俺には見捨てるなんて決断ができない。

 冒険者や元クラスメイトの売却とか、死体を使っての実験にも慣れてきちゃったけど、こればかりは決断しかねる。なんとか手は無いか……。


「あっ!」


 アッテムの声で画面に目を向けると、バイソンオーガの右脚に触手が絡まっていた。


『ブォッ!』


 振り払おうとするバイソンオーガだけどそれは叶わず、空中へ持ち上げられて床へ叩きつけられた。


『ブアァッ!?』


 痛みを訴える鳴き声に、ダンジョンマスターなのに何もできない自分が情けなく感じる。


『ブルアァァッ!』


 それでも渾身の力を込めて触手の絡まった腕を動かし、引っ張られた化け物が前のめりになって転びそうになる。

 その拍子に触手の拘束が緩み、バイソンオーガはその隙に拘束から離脱した。


『ブアッ、ブアッ……』


 バイソンオーガは既に息が上がっている。対する化け物はまだ余裕がありそうだ。


『ワヒャヒャヒャヒャッ』


 くそっ、相変わらずムカつく鳴き声をしやがる。

 でも、ここで感情任せの行動をして、どうにかなる相手じゃない。冷静に逆転の手を考えないと。


「主様、これまでの映像からの分析が終わりました」

「よし、教えてくれ」


 分析して判明のは、化け物の攻撃手段。

 ここまでのあいつの攻撃手段は指を伸ばし、それを変幻自在の触手のように操って殴打や束縛をするか、一直線に伸ばして刺突をするかの二種類。

 呼称を付けるなら、シンプルに触手形態と杭形態だな。

 さらに、触手形態に火を纏わせる属性付加の攻撃手段まである。

 他の属性が付与できるかは不明だけど、それでスペクターがやられた。

 ただし、この二種類の形態は片手ずつでの使い分けはしていたが、片手で両方の形態を同時に使う素振りが無かったらしい。


「片手につき、どっちか片方の形態しかできないって事か?」

「おそらくは」

「それと杭形態を触手形態に変化させることはできるようですが、逆はできないようです。刺突としての速度を出すためか、毎回触手形態を解除してから杭形態を使っています」


 なるほどね。

 どうやらあの化け物は触手と伸びる杭による、中距離戦闘型のようだ。

 いや、触手と杭がどこまで伸びるかは不明だから、一応遠距離戦闘も可能としておこう。


「防御はこれまで触手でしかやっていないので、他にどんな防御手段があるか分かりません」

「攻撃手段が分かっただけでも充分だ。よくやってくれた」


 とはいえ、まだ何か攻撃手段があるかもしれないから、警戒はしておこう。


「もしも攻撃手段がこの触手と杭だけなら、どちらか片方の腕だけでも潰せば、勝機はあるな」


 だけどどうやって?

 思うように近づけないこの状況で、接近戦しかできないバイソンオーガが相手の腕を潰すだなんて。


「あの、触手を掴んで、引き寄せてみて、は?」


 斧を手放す事にはなるけど、ソレが一番無難か。

 とにかく接近戦に持ち込まないと、バイソンオーガに勝機は無いからな。


「それでいこう。バイソンオーガ、なんとか奴の触手を掴んで引き寄せるんだ。どっちかの腕を潰してやれ」

『ブァッ!』


 こっちの指示に返事をすると、右手に持っている「天風の戦斧」を化け物に投げつけた。

 勢い良く縦回転して飛んでいくけど、それはあっさりと避けられる。

 でも回避に意識が向き、動きが緩慢になった左手の触手を二本、空いた右手で掴むことに成功した。


『ブギャアァァァッ!』


 雄叫びを上げながら触手を引っ張ると、体勢を崩した化け物が前のめりになってヨタヨタ前進する。

 今が絶好のチャンスだ!


「いっけぇっ!」


 呼びかけた訳でもないのに、まるで俺の声に合わせて残る左手の斧が振り下ろされる。

 バイソンオーガが掴んでいる、触手を伸ばしている左腕が伸びきっていて、完全に無防備だ。

 これで左腕を潰したかと思ったら、化け物の顔の上半分を覆う膜のような箇所が光り、レンズのような形の防御壁が現れて左肘の手前で斧を防ぐ。


「なっ?」

「あんな防御手段がっ!?」


 ローウィの驚きようからすると、通路での戦闘では使っていなかったんだろう。

 だとしたら、この展開は誰も責められない。完全に予想外なんだから。


『ブルアァッ!』


 防御壁によって攻撃を防がれたバイソンオーガは、狙いを頭部に切り替えてさらに一歩踏み込む。

 すると左腕を守った防御壁が消え、代わって狙われていた顔の辺りに防御壁を展開して斧を防いだ。

 一度消したってことは、あの防御壁は複数同時に出せないのか。

 でもバイソンオーガの一撃で傷一つ付かないんだから、相当な防御力を有しているんだろう。


『ヒャッヒャッヒャッヒャッ』


 って、それどころじゃない! 

 あの防御壁で防がれている間に、バイソンオーガの右脚に触手が絡み付いている。


『ウヒュヒュヒュヒュッ』


 その触手で引っ張ってバイソンオーガの右足を地面から離すと、左足を別の触手に払われて転ぶ。


『ブガッ』


 まるで柔道の技のように簡単に転ばされたバイソンオーガに、触手形態を解除した右手が向けられる。

 でも、その僅かなインターバルがあれば充分だ。


「バイソンオーガ、転がれ!」

『ブオッ!』


 俺からの指示に触手を手放して床を転がり、辛うじて杭形態での攻撃を回避する。

 直後にバイソンオーガは右足に絡みつく触手を掴んで引っ張り、その勢いを利用して上半身を起こしながら化け物を手繰り寄せる。


『ブガァッ!』

『ヒャヒャヒャッ!』


 うおっ、そのままヘッドバッドを化け物の顔面に当てやがった。

 魔面・蟻走と膜みたいな箇所がぶつかり合うと、化け物は仰け反って鳴き声を上げた。

 これは効いているのか? 鳴き声が笑い声みたいだから、イマイチよく分からない。


『ガアァァァァッ!』


 ここを勝機とみたか、バイソンオーガは左手に持つ「土力の戦斧」も手放して化け物の右腕を掴み、片手で触手を手繰り寄せて左腕も掴むと、膜のような箇所に何度もヘッドバッドを繰り出す。


『ビャッビャッビャッビャッ』


 攻撃力の高い杭形態で反撃されぬよう、化け物の両腕を握り締めながら何度も頭を前後に振る。

 相手の膜のような箇所も相当に硬いのか、回数を重ねるうちに魔面・蟻走の方に亀裂が走っていく。

 だけど確実にダメージは与えられているはず。

 化け物は指を触手形態にして反撃しているけど、バイソンオーガはどれだけ触手に打たれようがヘッドバッドをやめない。正に肉を切らせて骨を断つ覚悟だ。

 化け物の方も膜の箇所を攻撃されているからか、さっきの防御壁を展開できないでいる。


「……すげぇ」


 思わずそんな言葉が口に出た。

 それくらい、今のバイソンオーガには決死の覚悟と気迫が漲っている。


『ビャァァッ!』


 おぉっ、あの膜のような箇所にも亀裂が走った。

 魔面・蟻走はそれ以上に亀裂が走っていて所々欠けているけど、あれくらいだったらまだ効果は発揮できる。

 壊れたとしても、あれくらいいくらでも作り直してやる。だからそいつを倒してくれ。


『ヒャッヒャッヒャッ』

『グバァッ!』


 しまった、触手を首に巻きつけやがった。

 構わずヘッドバッドをしようとするけど、さすがに首が絞められているんじゃ動けない。


『ガッ、グッ』


 どうにか抜け出そうと、掴んでいた腕を手放して抵抗するけど抜け出せない。

 しっかり食い込んでいるから、指を隙間に入れて緩めることすらできない。

 このままじゃバイソンオーガが窒息死するのは目に見えている。


「くそっ、何か奴を撃退する手はないか?」

「手はないかと言われましても、増援も送れない以上はこのまま……」


 バイソンオーガが死ぬのを待つしかないのか?

 地下二階層にロードンとかを配置して、化け物を迎撃する手しか無いのか?

 そんな事は無いはずだ。何か手があるはずだ。考えろ、バイソンオーガが窒息するまで、もうほとんど時間が無いぞ。


「魔物は行けずとも、せめて私だけでも行ければ、微力ながら力になるのに……」

「僕だってそうですよ。僕の魔法で援護くらいは」


 確かにフロアリーダーの間には亜人を配置することができる。

 だけどまだ戦闘は継続中だから、ローウィもユーリットも増援に送ることはできない。

 できることなら、今すぐにでもあの場にロードンか誰かを送りたいのに。

 くそっ、誰か行ける奴は……いた!


「あったぞ、打てる手が」

「えっ?」


 そうだ、何でこの手が思い浮かばなかったんだ。


「どんな手なの?」

「……俺が行く」

「えっ……」

「魔物でも亜人でもない、ダンジョン内に入れない奴隷でもない俺なら、あの場に行ける」


 そうだよ。俺は魔物でも亜人でも奴隷でもない人間。

 おまけにダンジョンマスターなら、戦闘中でも問題無くあそこへ行ける筈だ。


「き、危険です! あのような正体不明の魔物との戦いの場へ赴こうなど!」

「そうです! この前の古びた作業用ゴーレムとは、桁外れの強さなんですよ!」


 分かっている。でも、これしか手は無いだろ。


「大丈夫だ。冒険者から回収した盾を持っていくし、あいつに使役スキルを使うだけだから」

「そういう問題ではありません。第一、如何に使役スキルとはいえあれだけの魔物を従えるとなると、相当な量の魔力を込めないと無理です。それだけの魔力を溜める間、戦闘経験の無いマスターさんが持ちこたえられるとは思えません」


 うわっ、アッテムがつっかえる事無く、しかも長文で喋った。それだけテンパッているって事か。

 でも、他に手段が無いじゃないか。


「予め魔力を溜めてから行けばいい」

「無理です。ダンジョン内への移動の際には、魔力が若干ですが乱れます。そんな状態では、すぐにスキルは使えません。その隙に攻撃されたら」

「回避スキルがある」

「回避スキルも万能ではありません。今のヒイラギ様の回避スキルでは、とてもじゃありませんが無理です」

「だったらどうしろって言うんだよ!」


 思わず声を荒げると司令室が静まり返る。

 直後に香苗が配置場所を離れ、歩み寄って平手打ちをした。

 すかさず睨み返そうとしたけど、その前に香苗に胸倉を掴まれた。


「落ち着け、涼! ここでお前が出て何かあったら、オレや戸倉、サトちゃんはどうなるんだ!」

「っ!?」

「お前が死んだら、オレ達がどう扱われると思ってるんだよ……」


 そうだった。

 今は同じ異世界人の俺の奴隷だからいいけど、俺の手元を離れたらどうなるか、そんな事は分かっていたじゃないか。

 冒険者経験も戦闘経験も無い俺があそこに行ったら、高い確率であの化け物にやられるだろう。

 そんなリスクを負ってまで、ここで俺が打って出る必要は無い。


「……悪い。冷静でいるつもりで、あの化け物の強さを怖がってたみたいだ」


 そうだ、俺はあの化け物の強さが怖かった。

 強さではロードンも破格だけど、あいつは味方だから恐怖を感じなかった。

 でもあいつは敵だ。目的が魔物を食うことだけだとしても、このダンジョンにとっては敵でしかない。

 だからこそ、余計に恐怖を感じていたのかも。


「サンキュ、香苗。今ので目が覚めたし、頭の血も降りた」

「どういたしまして、って言いたいところだけどさ……」


 分かってるよ、何を言いたいかは。奴隷が主人を殴った事が気になるんだろ?


「皆、今の平手打ちはさっきの俺には必要な行為だった。よってお咎めは無し、いいな」

「あっ、はい!」

「僕達は何も見ていませんよ」

「同じく、です」


 周囲の同意の返事に香苗もほっと胸を撫で下ろしている。

 さてと、そろそろ本題に戻ろう。粘っているけど、バイソンオーガは息も絶え絶えになっている。


「俺が行く以外、どんな手がある?」

「それはその……。やはりバイソンオーガは諦めて、地下二階層にロードンを配置しておくしか」


 やっぱりそれしかないのか。

 くそっ! すまない、バイソンオーガ。お前に子供の顔は見せられなさそうだ。


「ロードンを地下二階層の通路へ。他のフロアリーダー級も何体か、地下二階層の通路に配置する」

「はい!」

「新たに配置した分、通路にいる魔物を育成スペースへ避難させろ」

「了解しました」

「魔物達へ通達、ロードンの戦闘に援護は不要。絶対に手出しはするな」

「分かりました」


 俺の出した指示に従って、皆が地下二階層での迎撃準備を進める。

 これしか手段がないとはいえ、バイソンオーガを見捨てるのが心苦しい。

 だから、せめて最後に一言伝えておこう。


「バイソンオーガ……」


 言葉が出ない。苦しそうに泡を吐きながらもまだ諦めていない姿に、今までありがとうの一言すら言えない。

 だってこの言葉は、諦めずに必死で戦っているバイソンオーガを傷つけてしまう。

 だから俺は、この言葉を送ることにした。


「そいつを全力でぶっ潰せ!」


 思いっきり大声で叫ぶと同時に、体の中で何かが大きく鼓動した気がした。


『ブガアァァァァァッ!』


 締められている喉から搾り出すように叫ぶバイソンオーガに、全員の手が止まって画面に視線が釘付けになる。


『アァァァァッ!』


 大声を発し続けるバイソンオーガに、化け物が一瞬たじろぐ。

 するとバイソンオーガの指が触手にめり込んだ。


『ヒャヒャァッ!?』


 指がめり込んだ触手をしっかりと掴むと、さっきまでの劣勢が嘘のように触手を引き剥がした。

 化け物は触手形態を解いたけど、傷が再生される訳じゃないから、左手の指数本から緑色の血を床に垂らしている。


『ブファアァァァァッ!』


 締められていた首が開放されたバイソンオーガは、鳴き声と共に大きく呼吸をしている。

 それにしても、どうなっているんだ。急にバイソンオーガが強くなった気がする。

 まさかあんな応援で起死回生だなんて、そんな非現実的な事があるはずない。


「これは……ひょっとして」


 何か心当たりがあるのか、イーリアが魔石盤で何かを調べだした。

 その間にバイソンオーガは化け物に拳を繰り出したけど、これはレンズ状の防御壁に阻まれた。

 ん? あの防御壁、さっきと違って膜と似たような位置に亀裂が入っているぞ。

 ひょっとしてあの防御壁は、膜の箇所と同じ状態で展開されるのか?

 そういえば防御壁が展開されるときは、決まって膜の部分が光っている。

 だとすると、さっきと違って亀裂が入っている分、割れやすいかも知れない。これはチャンスだ!

 あのヘッドバッド連発も無駄じゃなかった。


「やっぱり! ヒイラギ様、バイソンオーガの能力が軒並み急上昇しています」

「なんでだっ!?」


 どうしていきなり能力が上昇するんだよ。

 まさか本当に、応援で起死回生なんて非現実的な事が起きたのか?


「この上昇した分の数値から察するに、ヒイラギ様の従魔覚醒スキルの熟練度が上がったものかと」


 あっ、そうだ。それがあったんだ。

 従魔覚醒スキルは常に魔物へ影響を与えているから、こうしている間にも微々たる量だけど熟練度の経験値は溜まっていく。

 それが今のタイミングで、必要な経験値が溜まって熟練度が上がったのか。


「アッテム!」

「は、はひ! すぐに、調べ、ます」


 水晶を片手に駆け寄るアッテムが解析スキルを使い、少しすると興奮気味に結果を教えてくれた。


「確かに、上がって、います! 今なら、通常の五倍で、戦えます!」


 よっしゃっ! これでバイソンオーガにも勝機が見えてきた。

 でも、防御壁の上からの拳の連打は全く効いてない。

 この間に右手の指を触手形態にした化け物が、防御壁を迂回させて側面から再度首を狙ってきた。

 けれど今度は、絡まる前に左手で触手を掴むと、左腕を上に向かって振り上げた。

 捕まれた触手に引っ張られ、化け物は空中に浮かぶ。

 これで動揺したのか、防御壁も消えた。


『ブルアァァッ!』


 気合いを込めた鳴き声と共に腕を振り下ろし、化け物を床へ叩きつける。

 だけど化け物も、即座に左手の傷ついていない指を杭形態にして反撃してくる。


『ギィッ』

『ヒュヒュヒュッ』


 杭形態になった二本の指が、バイソンオーガの右肩と左肘を貫く。

 バイソンオーガは一瞬苦悶の表情を浮かべ、抵抗するために杭形態の指を掴んだ。


『ヒャッヒャッヒャッ!』


 でもその途端、化け物は杭形態の指に火を纏った。


『グギャッ!?』


 そうだ、まだそれがあったんだ。

 やっぱり杭形態にも属性付与ができたのか。

 せっかく掴んだ手も離……れてない!

 バイソンオーガの奴、唸りながらも火に耐えてやがる。

 魔面・蟻走の欠損部分から、歯を食いしばって我慢しているのが分かる。


『ヒャヒュッ!?』


 これには化け物も驚いていている。今だ、行け!


『ブガアァァァッ!』

『ピャアアァァッ!?』


 火に耐えながらバイソンオーガが自身を貫く指をへし折ると、初めて化け物の悲鳴が響いた。

 化け物は指を触手形態にして逃れ、一度指を元に戻したものの、折られた二本の指が本来なら曲がらない方向へ曲がっている。


『ブアァァッ!』


 痛みで化け物の動きが鈍っている隙にバイソンオーガが接近し、顔の膜の亀裂へ向けて右拳を突き出す。

 咄嗟に防御壁を展開しようとして膜の箇所が光るけど、防御壁の展開より先に拳が当たった。

 傍から見ると拳が防御壁を貫いたみたいだけど、実際は拳が通過してから防御壁が展開されている。


『ヒュッ……』


 グラリとよろける化け物の顔の膜から破片がパラパラと落ち、防御壁も消え去る。

 拳大の穴から見えた内部は暗くてよく見えない。

 でも今は化け物の顔はどうでもいい。一気にたたみかけろ!


『ブルッ!』

『ヒャヒャヒャアッ!』


 次は左の拳を当てようとしたけど、化け物は大きく開いた口で受け止めた。

 正確には、拳が口の中に突っ込まれた瞬間に口を閉じた。

 牙の鋭い歯が腕に食い込み、しっかり左腕を噛んだまま放そうとしない。


『ルルルルッ!』


 どうにか放させようとバイソンオーガが何度も殴るけど、化け物も勝負の分かれ目とあってか放そうとせず、鋭い歯を腕に食い込ませていく。

 さらに折れていない左手の指を触手形態にして右腕へ巻きつけ、右手の指を杭形態にしてバイソンオーガの腹部を貫き、さらに火属性を付与して体内を焼き始めた。


『ゴバッ』

「バイソンオーガァッ!」


 腹を貫かれて焼かれているのに、今の俺にできることは見届けることしかない。

 それが悔しくて、気づけば掌が真っ赤になるほど手を握っていた。


『グヒャアッ!』

『ブギイィィッ!?』


 あぁ……左腕まで噛み千切られた。

 さっき杭形態の指に貫かれた、左肘から先が無くなっている。

 これまでとは比べ物にならないほどの出血が噴き出て床を真っ赤に染めていく。

 それにも関わらず、バイソンオーガは触手が巻きついている右腕を強引に動かし、腹に刺さっている火を纏った杭形態の指を一本掴んで一気にへし折った。

 というよりも、骨を折るどころか肉ごと引きちぎった。


『ビャビャビャッ!』


 指を一本失った化け物はよろめき、残り四本の指がバイソンオーガから抜け、右腕の拘束も解ける。

 その隙にバイソンオーガは化け物へ肩から突進。化け物は転がるように床へ倒れた。


『ブオォォォッ!』


 今日一番の雄叫びを上げたバイソンオーガは壁に向かって走り、ボロボロになってもまだ効果は発揮している魔面・蟻走の効果で壁を伝って天井まで昇る。


『オォォォッ!』


 壁と天井を駆けて起き上がろうとする化け物の真上を取ると、杭形態のまま腹に刺さっている指を右手で引っこ抜き、それを持って天井から真下へ跳躍して化け物へ飛び込む。


『ヒャアァァッ!』


 化け物も迎撃のために使える指全てを杭形態で伸ばしつつ、膜から防御壁を展開する。

 バイソンオーガが身をよじっても全てをかわしきれず、いくつかの指が体を掠め、抉り、突き刺さる。

 それでも構わず右手に持った、杭形態のままの化け物の指を突き出した。


「あっ……」


 思わず声が出る。

 あの防御壁じゃ、いくら杭形態の指でも貫けないんじゃないかと思ったら、一つ大事なことを忘れていた。

 防御壁は化け物の顔の膜と同じ状態で防御壁として展開されることを。

 そして今、顔の膜にはバイソンオーガが拳で空けた穴がある。

 突き出した杭形態の指は、防御壁に唯一生じたその穴を正確に通り、膜に空いた穴を通って化け物の頭部を貫く。

 天井から床への跳躍と落下の力、そしてバイソンオーガのパワーがあってこそ、一撃で貫くことに成功した。

 バイソンオーガはそのまま、背中から倒れた化け物に重なるように床へ落下して倒れる。

 落下の際の轟音が司令室内に響くけど、誰一人として声を発せず、倒れたまま動かないバイソンオーガと化け物を見ていた。


「……状況は? バイソンオーガとあいつの状態は!?」


 ハッとして指示を出すと、同じく見とれていたフェルトが確認をする。


「謎の魔物……生命活動停止を確認」

「バイソンオーガは?」

「……同じく、生命活動停止……です」


 こうして俺達のダンジョンに訪れた危機は去った。

 かなりの数の魔物と、古参のバイソンオーガという多大な被害を出して。


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