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第29階層 未知な事に直面したらどうしよう

涼「香苗の作ってくれた弁当で腹を壊した事がある」


 蟲毒という言葉がある。

 諸説あるが、共通しているのは複数の種類の有毒生物を同じ空間で飼育し、共食いをさせて勝ち残った一匹が最も強い毒を得られるという点。

 それと似て異なる現象が、ある山奥の森の中で発生していた。



 始まりはどこからか流れてきた一匹のオーガだった。

 オーガは森の中に生息する動物や魔物に己の力を示し、その森の生物の頂点に立った。

 しかし力に反して心優しいオーガは、森の支配者として君臨するのではなく、共存する道を選んだ。

 そのため時折ちょっとした諍いを起こしながらも、森の生態系は安定していた。

 ところがある時から冒険者が多く訪れるようになり、多くの魔物と動物が討たれた。

 共存する仲間を討たれたオーガは立ち上がり、冒険者へ向かっていったものの数の暴力に勝てず、命からがら逃げ延びるのがやっとだった。


「グッ……ウゥッ……」


 心優しさから荒くれ者の多い群れから追い出され、ようやく見つけた安住の地は冒険者によって崩された。

 動物達は食料のために狩られ、魔物達は魔心晶と素材のために葬られ、傷ついた仲間のために集めようとした薬草も取り尽くされていく。


「オォォォォッ!」


 雄叫びを上げながらオーガは涙する。

 仲間達の命を奪い、森を踏み荒らした冒険者を絶対に許さない。

 そして逃げ延びるしかなかった自分を許せないと。

 その己をも許せない心が、心優しいオーガに決断をさせた。

 心優しいがゆえに使わないと決めていた、固有スキルを使うことを。


「グウアアァァァァッ!」


 再度雄叫びを上げたオーガは悲しみながら、魔心晶を抜かれたゴブリンの死体を抱え上げて噛みつく。


「ウゥゥゥゥ……」


 申し訳ないとでも伝えるように呻きながらも、自分の固有スキルのためにゴブリンを喰らう。

 このオーガの持つ固有スキル、それは「死食改ししょくかい」。

 死体を食べる事で己を強くするという、この心優しいオーガには相応しくない固有スキルだった。


「アヴッ、ヴッ」


 泣きながらもゴブリンに続き、今度はオークの死体を食べていく。

 ところが、この固有スキルは死体を食べた分だけ強くなるだけではなかった。

 途中までは見た目に何の変化も無かったのが、ある程度の摂食量を越えると、食べるたびに肌の色は元々の赤から暗い灰色へと変わっていき、体つきも筋骨隆々から細めながら引き締まったものへと変化する。

 さらに外皮の形状にも変化が生じ、所々が線状に隆起したり、腕や足を周回するような突起が浮かび上がる。

 身長こそ変わらず二メートル半くらいだが、元の面影は徐々に失われていき、まるで特撮に出てくる宇宙生物のような姿へと変わっていく。


「ガブッ、ングッ」


 パラライズスネークを一呑みにした後には顔まで変化して、口以外の全てが強固な膜のような物に覆われた。

 額にあった角も引っ込み、代わりに両側頭部から前後の二股に分かれて伸びる角が生える。


「ホオォォ」


 鋭い爪の伸びた細長い指先が触手のように伸びて、キラーアントとゴブリンを絡め取る。

 口は異様なまでに大きく開くようになり、二体の魔物を苦も無く口の中へと入れると骨を砕き、肉を噛み切り、血を啜る音を響かせた後に飲み込む。

 移動しながら死体を拾っては食いを繰り返し、やがて周辺にあった魔物の死体は全て無くなっていた。


「アァァァァァァァァッ!」


 魔物の死体を全て食い終えたオーガに、元の面影は一切残っていない。

 それは外見だけでなく、心までも。


「オォ……オォ……」


 何かを探すようにフラフラと歩き出した元オーガ。

 あのオーガが使った固有スキルには、実はもう一つ隠れた効果があった。

 それは食べた相手が死の直前に抱いていた怨念、無念、恨み、憎しみと感情までも吸収してしまうこと。

 月日をかけて少しずつ使っていたなら、まだ自我は保てただろう。

 だがオーガは固有スキルを一度も使ったことが無く、しかも一度に大量の魔物を食べてしまったため、押し寄せる怨念に自我が耐えられなかった。

 結果、抱えていた悲しみに無数の怨念やらが押し寄せ、オーガの自我を破壊して外見にまでも影響を与え、心も体も面影も残らないほど姿を変えてしまった。

 ただひたすら死体を喰らって、強くなり続ける事を目的とした、固有スキルの能力がそのまま本能となった怪物へと。


「ヒュッ? オヒュヒュヒュッ」


 ユラユラと揺れるように歩くこの怪物は、生物の気配を感じ取ってそちらへ向かう。

 それを殺して喰らうために。




 ****




 この世界に来てからは大変な事ばかりだ。

 俺こと高本真一はちょっとした理由があって、元いた地球から異世界へ転生した。

 外見も能力もそのままだから、どちらかといえば異世界転移の方が正しいんだろうけど、一応一度は死んだから異世界転生でも間違っていないと思う。

 まぁ、そんな事はどうでもいいか。


「高本殿。夕食ができましたぞ」


 同じ世界からこっちへ来た、同志でパーティーメンバーの萩尾君が俺を呼びに来た。

 今日の夕食当番は、これも同志でパーティーメンバーの塚田君だ。

 俺達は幸運にも合流を果たし、冒険者となってパーティーを組んで活動している。


「いよいよ、明日は噂のダンジョンに挑むんですな」

「そうだね」


 明日から俺達が挑むダンジョンは、一月ぐらい前に出現した比較的新しいものだ。

 そういうダンジョンには弱い魔物しかいないし、確認された魔物はゴブリンやキラーアントといった、俺達でも討伐したことがある魔物ばかり。

 だけど異様に強いらしくて多くの死傷者が出ているから、冒険者の間ではちょっとした話題になっている。


「どうせなら、もっとしっかり体を休めたかったな」

「仕方ないですぞ。冒険者ギルド派出所の臨時宿泊施設は満員なのですから」


 この世界ではダンジョン周辺に人里が無い場合、ダンジョンの近くに冒険者ギルドによる派出所と臨時の宿泊施設が建てられる。

 と言っても派出所は大きめの掘っ建て小屋みたいだし、宿泊施設は時代劇なんかにある貧乏長屋みたいだ。

 それでも、野宿するよりはマシだから多くの冒険者が利用している。

 生憎と俺達は満員ということで泊まることができず、近くで野宿をすることになった。

 他にも二組ほどあぶれて、同じく野宿をしているらしい。


「それにしても、この世界のダンジョンって不思議だな。六日に一度、入れなくなるなんて」

「前日に入って出る事はできるそうですがね」

「まるで定休日みたいだね」

「はははっ。ダンジョンが定休日とは、面白い意見ですな」


 自分で言ってなんだけど、確かにその通りだ。

 お陰で今日はダンジョンに入れず、挑むのは明日以降になった。


「そういえば、別の冒険者がこの付近でオーガと戦ったと言ってましたぞ」


 へぇ、オーガって割と強めの魔物だったよね?


「ただ、体も小柄で大して強くもなかったそうですぞ」

「で、そのオーガは倒されたの?」

「それが逃げられたそうです」


 逃げたのか。だったら遭遇したら倒してやろう。

 オーガとは戦ったことがないけれど、大して強くない上に手負いなら俺達でも倒せるはずだ。

 夕食が終わったら、探して倒すかどうか相談しよう。


「おっ、見えてきましたな。塚田殿、高本殿を連れてきましたぞ」


 肉の焼けるいい匂いがするな。今日は何の肉だ?

 ん? 塚田君が一目散にこっちへ駆けてくる。どうしたんだろう。

 何か叫んでいるみたいだけど。


「……げろ、に……ろ。逃げろ!」


 はぁ? 逃げろ? 何から。


「ヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッ」


 何だありゃっ!?

 まるで宇宙生物みたいな生き物だ!


「逃げるんだ! 殺されて食われるぞ!」

「ちょっ、どういう事だよ」

「さっき別のパーティーがあいつに瞬殺されて、食われたんだ。あいつはヤバイ、早く逃げ、うわあぁぁっ!?」


 なっ、塚田君が空中に浮いた?

 いや違う、あの化け物の指が触手のように伸びて、それが体に絡み付いている。


「放せ、放せえ!」

「ヒュッヒュッヒュッ」


 まるで薄ら笑いでもしているようなその化け物は、もう一方の手の指を一直線に伸ばして塚田君の体を貫いた。

 悲鳴と共に鮮血が飛び散り、思わず体が固まってしまう。


「ガブッ……い……だ、い……」


 口から血を吐いて、絶望した表情で塚田君は事切れた。


「塚田殿! この化け物め、よくも! ファイヤーボール!」


 塚田君がやられたのを見て、萩尾君が魔法を放った。

 すると化け物の顔の上半分を覆う膜のような箇所が一瞬光り、等身大のレンズのような物が化け物の前方に展開される。

 萩尾君の放ったファイヤーボールは、それに当たって砕け散った。


「ば、馬鹿な!? ゴブリンやオークとはいえ、一撃で倒せるまでに鍛えた魔法が!?」

「ヒュッヒュッヒュッ」


 驚愕している萩尾君をあざ笑うかのように、化け物が笑い声のような鳴き声を上げる。


「一発で駄目なら、何発も放つまで! ファイヤーボール! ファイヤーボール!」


 そう言ってファイヤーボールを何発も放つけど、あのレンズのような防壁には傷一つ付かない。

 通用しないと理解したくないのか、萩尾君は自棄気味に魔法を放ち続けている。


「くそっ! ファイヤーボール、ファイヤーボール、ファイヤーボール!」

「萩尾君、無理だ。逃げよう!」

「何で効かない。僕は異世界人なのに。こういう時はトンデモスキルやなんかが発動して、倒せるはずなのに!」


 これは駄目だ。萩尾君には悪いけど、俺一人でも逃げよう。

 仲間を見捨てるのは嫌だけど、死ぬのはもっと嫌だ。

 声をかけるのを止めて走り出したけど、直後に萩尾君の悲鳴が聞こえた。

 どうなったのかは気になる。でも確認をしている暇があったら逃げるんだ。

 とにかくあの化け物から逃げて、緊急事態をギルドに伝え……。


「……ヴァ?」


 なんだ? 腹が痛くて熱い。

 なんだ、この腹から突き出た二本の指先のような物は。

 何かなんて分かりきっている。確認する必要は無い。

 でも、振り向かずにはいられなかった。


「う、あぁぁぁぁぁっ!?」


 想像通りだった。

 さっき塚田君を串刺しにしたように、右手の指を伸ばして萩尾君を貫き、さらに左手の指が俺を貫いている。

 腹と胸元を貫かれている萩尾君はぐったりしていて、微動だにしない。

 そして化け物は萩尾君を刺している指を触手のように操り、大きく開いた口の中へ萩尾君を放り込んで食べた。

 俺も、ああやって食われるのか?


「があっ! くそっ、くそっ!」


 痛い痛い痛い痛い!

 でも逃げないと。まだ俺は生きている。逃げられるはずだ、早く脱出を。


「グブッ……」


 あっ、血が口元まで……。鉄の味が口中に……。

 でも逃げないと、あんな化け物に食われるのは、死ぬのは嫌だ。


「ングッ。アッヒュッヒュッヒュッ」


 萩尾君を食べ終えた化け物は、足下に転がっている塚田君を片手で持ち上げ、口の中に放り込む。

 骨を砕き肉を噛み切り、血が口の隙間から滴り落ちていく姿は正に悪魔だ。

 やがて塚田君を飲み込むと、俺を口元へ運び大きく口を開いた。

 口の中には、先に食べた二人の血が大量にこびりついている。


「がっ……だっ……」


 くそっ、もう声も出ない。

 嫌だ、嫌だ、俺をそこへ入れるな……嫌だあぁぁぁぁぁぁっ!



 ****



 誰にも聞こえない心の中の叫びが化け物に届くはずもなく、高本は化け物の食料となった。

 それでもまた食べ足りない化け物は、次の食料を求めて歩き出す。


「ヒュッヒュッ」


 灯りを落として寝静まっている冒険者ギルド派出所と、その隣にある臨時宿泊施設の付近に差し掛かるが、索敵のようなスキルを持たない化け物は、そこに極上の餌が大量にあることに気付かなかった。

 化け物がその足で向かうのは、洞穴のような場所。

 ゆらゆらと揺れるように歩きながら、何を思ってなのかそこへ足を踏み入れた。

 この時、既に日時は変わっていた。



 ****



 日時の変更に伴い、定休日が明けたダンジョンと地上が繋がった。

 夜勤の遅番として司令室にいる僕とフェルト君は、それを確認してダンジョンを監視業務に就いた。

 といっても、こんな夜中に侵入するのは夜行性の動物か魔物くらい。

 侵入者としては弱いけど、だからって油断はしちゃ駄目だよね。


「うん? 入り口付近に侵入者の反応有りです。数は一つ」


 おっと、早速何かが侵入したみたいだ。


「侵入者がダンジョン内に到達。映像出ます」


 フェルト君の操作で拡大された入り口付近の映像に姿を現したのは、見た事も無い奇怪な姿の生物だった。


「な、何これ!? 魔物!?」

「こんな魔物、見た事も聞いた事も無いです!」


 身長は二メートルちょっとくらいかな?

 体つきは細めだけど、浮かんでいる模様や輪郭みたいなのが不気味だ。

 ユラユラ揺れるように歩くその生物は、隆起した岩を避けながらダンジョンを進んでいく。


「とにかく、侵入者なら迎撃しないと」


 どんな魔物なのかは分からないけど、マスターの従魔覚醒スキルで強化された魔物なら、そうそう負けないよ。


「キラーアント三体、マーメイド、スペクター二体が迎撃に向かってます」

「マーメイドは魔法で牽制、スペクターが敵の注意を引き付けた所を、キラーアントが奇襲してください」


 ダンジョン内の魔物に指示を出して、戦況を見守る。

 さぁ、もうちょっと進めば戦闘開始だ。


『ウィ』


 離れた場所でマーメイドが水中から現れ、水魔法のウォーターショットを同時に三発放つ。

 避けるかと思ったら予想に反して全て直撃した。

 細い割に動きは鈍いのかな。


『『イシシシシッ』』


 悪戯好きの子供のように笑いながら、未知の生物の顔周辺をスペクターが縦横無尽に飛び回る。

 うっとおしいのか虫を払うように手を振っているけど、スペクターには無属性の物理攻撃は効かないよ。

 どれだけ手を振っても全て素通りして、ダメージを与えられていない。


「今だ!」


 向こうがスペクターに気を取られている隙に、真上を取ったキラーアント三体が同時に襲い掛かる。

 一体は顔に張り付き、もう一体は背中に、最後の一体は左肩に乗って鋭い顎で噛みついていく。

 これで決まったかなと思ったけど、硬い音を響かせて顎が弾かれた。

 何度噛みついても同じで、まるで効いていない。


『ヒュッヒュッヒュッ』


 何? 今の笑い声みたいな鳴き声は。あれがあいつの鳴き声なの?

 鳴き声の不気味さに気を取られていると、未知の生物の指先が触手のように伸びて、キラーアントの体を貫いていった。


『ピギャッ!』

『ギギッ!』

『ギギャッ!』


 そんな、キラーアントの硬い外殻をあんなにあっさり貫くなんて。


『ヒュッヒュッ』


 貫いたキラーアントを持ち上げた未知の生物は、口をとても大きく開いてキラーアント一体を一口で食べた。


「ま、魔物を食った?」

『ヒュヒュッ……プッ!』


 口から何かを吐き出した。あれは……魔心晶?

 あの生物、魔物は食べても魔心晶は食べないのか?

 て、それどころじゃない!


「マーメイド、一端距離を取って身を潜めて。もうすぐ他のマーメイド達が到着するから、合流したら一斉攻撃を。その間にスペクターは混乱スキルで、あいつを状態異常にして」


 とにかく今は、あいつを少しでも弱らせないと。


『『イシシシッ』』


 二体目のキラーアントを飲み込んだ直後を狙い、スペクター達が襲い掛かる。

 触手状の指がスペクターへ伸ばされるけど、属性が無いから素通りして効いていない。

 いいぞ、この隙にあいつを混乱状態にしちゃえ。

 そう思っていたら、突然触手状の指が燃えて炎を纏った。


『ヒュッヒュッヒュッヒュッ』


 炎に包まれた触手を操り、スペクターを弾き飛ばす。

 駄目だ、どうやら火属性を付与したみたいだ。

 これじゃあスペクターとはいえ、ダメージを受けちゃう。

 合流したマーメイドたちが一斉に水魔法を放つけど、これも効いていない。


「スペクター、マーメイド、退却」

『ヒャッヒャッヒャッ』


 退却指示を出す直前にスペクターが燃える触手に貫かれ、残っていたキラーアントの死体と一緒に食われていく。

 この隙にマーメイド達は必死に泳いで、どうにか退却に成功した。


「……強い」


 従魔覚醒で何倍にも能力が上昇している魔物達の攻撃が、まるで通用しないなんて。


『オヒュヒュヒュヒュッ』


 あいつの鳴き声が、こっちをあざ笑っているように聞こえる。

 でもそれだけの実力が、あいつにはある。

 詳細を調べたいところだけど、このダンジョンに所属している魔物じゃないから魔石盤じゃ調べられない。

 フェルト君も、あんな魔物は見たことも聞いたことも無いって言っている。

 一体なんなんだ、あいつは。


『ヒュッヒュッヒュッ』

『ギギッ』

『ケァッ!』


 しまった、そうしている間にパラライズスネークとロックスパイダーまで。

 あぁ、スローゴブリンとナイトバットも!

 このままじゃ、魔物が全滅しちゃう!


「フェルトさん、緊急事態です。マスターを起こして来てください! 僕達だけじゃ無理だ!」

「分かった!」


 司令室を飛び出していくフェルトさんを見送り、僕はダンジョン内の映像を見ながら魔物に指示を出した。


「ダンジョン内にいる魔物は、可能な限り育成スペースへ避難してください。避難できない場合は脇道へ一時退避。今いる侵入者は、君達の敵う相手じゃない!」


 定休日でない限り、ダンジョン内には一定数の魔物がいないといけないから、全員を育成スペースに避難させるのは無理だ。

 だから避難できない魔物は、あいつが来ない事を祈って脇道へ退避させた。

 でも、上手く脇道に入らなかったとしても、その先にはフロアリーダーの間がある。

 もしも中に入るための転移石にでも触れたら、あいつはフロアリーダーと戦う事になる。


「今、あそこにいるのは……バイソンオーガか」


 しかもマスターが最初に召喚してから、ずっと鍛えてきたバイソンオーガだ。

 持っている斧は二本とも侵入した冒険者が使っていた物だし、壁や天井を移動できる魔面・蟻走も装備している。

 こいつで勝てなかったら、ロードンじゃないと勝てないんじゃないかな。


「マスター、早く来て……あぁっ!」


 あいつが脇道の一つに入った。

 そこにはスローゴブリンとロックスパイダー、スペクターが退避しているのに。


「あぁ……」


 遭遇した魔物達は果敢に立ち向かっていったけど、全員が触手のように伸びた指に捕まるか弱らされ、一直線に伸びた指に体を貫かれて倒された後、一体残らず食べられていく。

 本当になんなのさ、あいつは。


「リンクス、何があった!」

「マ、マスター!」


 良かった、やっと来てくれた。



 ****



 寝ている最中、部屋の扉が何度も強く叩かれる音で目が覚めた。

 何だ? 何かあったのか?

 寝間着として利用しているリンクス作の甚平姿のまま扉を開けると、焦った様子のフェルトがいた。


「どうした、何があった?」

「と、とんでもない化け物が! 魔物達を食っちゃって」


 化け物? 魔物を食った? どうにも要領を得ないな。

 でも緊急事態なら、フェルトが落ち着くまで待つ訳にもいかないか。


「落ち着け。ダンジョンで何かあったんだな?」

「は、はい!」

「分かった。すぐに司令室へ行くぞ」

「はい!」


 着替える暇も惜しんで司令室に駆け込むと、画面を見ているリンクスが涙目になっていた。


「リンクス、何があった!」

「マ、マスター!」


 俺を見た途端に泣き顔になったリンクスが画面を指差す。

 何が映って……なんだ、あの特撮に出てきそうな宇宙生物っぽいのは!?


「おい、なんだあいつは」

「分かりません。少なくとも、これまで確認された魔物のどれにも当てはまりません」

「それで? 魔物を食ったって聞いたけど」

「はい、そうなんで……あっ!」


 リンクスの声につられて画面を見ると、右手の指が触手のように伸び、逃げ惑うナイトバット二体を捕まえた。

 捕まったナイトバット達は杭のように伸びた左手の指に貫かれて絶命すると、そのまま大きく開かれた口に放り込まれ、食われてしまった。


「マジで……食ってやがる」


 音声が繋がったままだから、骨を噛み砕き、肉をぐちゃぐちゃと噛む音が司令室に響く。

 やがて飲み込むと、何かを吐き出した。あれは魔心晶か?


「どうやら食べているのは骨と肉だけで、魔心晶は全部吐き出しているんです」


 どういう事だ?

 でも今はそんな事より、この化け物をなんとかする方が先だ。

 戦闘の様子の映像を見る限り、いくら従魔覚醒の影響を受けていても、キラーアントやロックスパイダーには荷が重過ぎる。


「今あいつはどこにいる?」

「えっと……フロアリーダーの間の前を……あっ、今入りました」


 ちっ、もうそんな所まで来ていたのか。

 どうやら中へ入るための転移石に偶然手が触れて、中への扉が開いたようだ。

 配置されているのは……バイソンオーガか。

 初期に召喚してずっと鍛えてきたけど、あんな化け物に勝てるのか?


「バイソンオーガ、そいつは強いぞ! 気をつけろ!」


 声は掛けたものの、どう指示を出せばいいのか分からない。


『ブオォォォ……』

『ヒュッヒュッヒュッ』


 くそっ、何だよあの笑っているような不気味な鳴き声は。

 唸りながら威嚇するバイソンオーガを前に、全く怯んでもいないし。


『ブオッ!』


 先にバイソンオーガが動いた。

 あいつが右手に持っているのは、侵入した冒険者が使っていた「天風てんぷうの戦斧」。俊敏上昇の効果がある風属性の武器だ。

 だから今のバイソンオーガは、見た目よりも素早く動ける。

 加えて左手には筋力上昇の効果がある土属性武器、「土力どりょくの戦斧」がある。

 先手を取って強力な一撃を叩き込めれば、勝機はあるかもしれない。


『ヒュッヒュッ』


 ところがあの化け物はフラフラとした動きで斧を避け、右手の指を伸ばしてバイソンオーガの足を引っ掛けた。


『ブホォッ!?』


 転んだように見えたバイソンオーガだけど、その勢いで前転してすぐに起き上がった。

 ところがその直後、杭状になった化け物の左手の指先が床に直撃した。

 もしも倒れていたら、アレの餌食になっていただろう。


『オヒュヒュッ』


 警戒して距離を取ったまま斧を構えるバイソンオーガを前に、化け物は両手の指を触手のように伸ばし、あざ笑うかのように鳴き声を上げている。


「やばい、あいつマジで強い。バイソンオーガもやられかねない」

「マスター……」

「非常事態だ。エマージェンシーシフトへ移行! 全員を叩き起こせ、総員で対処に当たる!」


 エマージェンシーシフトは非常事態に総員で対応する際に発令する、緊急時の特別シフト。

 発令を聞いたリンクスとフェルトは、他の皆を起こすべく居住部へ駆けて行った。

 一方で戦闘はというと、化け物による両手の触手攻撃をバイソンオーガがどうにか凌いでいるものの、防戦一方という不利な状況だ。


「頼むバイソンオーガ、頑張ってくれ……」


 なんとか対策を打つから、せめて死なないでくれ。

 お前はもうすぐ父親になるんだろう。

 だから踏ん張れ。


『アヒュヒュヒュッ』

『ブオゥッ!?』

「バイソンオーガァッ!」


 くそっ、どうする? どうすればいいんだっ!


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