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第26階層 運営管理は大変だけど欠かせない

涼「ニガリが無いから豆腐は無理だけど、豆乳とオカラなら作れるかも」


 ダンジョンギルドでの用事を済ませて帰ると、台所の方がやけに騒がしい。

 何事かと見に行くと、まだ実家から戻っていないローウィを除く全員が集まって、戸倉手製のカボチャ料理を試食していた。


「あっ、おかえりなさい。カボチャ料理、頑張って作った」


 こっちに気づいた戸倉がどうだと言わんばかりに料理を指差し、鼻息を荒く吐く。

 ざっと見たところ、作ったのは煮つけと薄切りのカボチャチップス。それと細切りにしてニンジンと炒めたキンピラ風か。


「こんなに固いものをどうするのかと思いましたけど、煮るとこんなに柔らかくて甘くなるんですね」

「チップスの、カリカリ、感も、いいで、すね」

「僕はこのキンピラが気に入りました」


 どうやらこっちの世界でも、カボチャは受け入れられたようだ。

 召喚したはいいものの、受け入れられるか不安だったからな。


「柊君、カボチャコロッケも作ってみた。加えたのは炒めたタマネギだけ」


 そんなのも作れたのか、お前。

 意外と料理が出来る事に感心しながら食べてみると、しっかり潰してあるから食感が滑らかで美味い。

 個人的にはちょっと塊が残るように作るのが好きだけど、戸倉はこっち派なのかな。


「カボチャを味わってもらう為、少量の炒めタマネギ以外は外した」

「いいんじゃないか? せっかくこの世界には無い野菜を広めるんだから、まずは素材の味を知ってもらわなくちゃな」

「あぁ……。柊君に褒められた」


 どうしてこいつは褒められただけで、恍惚の表情を浮かべられるんだろうか。


「種はどうした?」

「ちゃんと残してある。ローウィさんが帰ってきたら、渡して育ててもらう」


 ならば良し。

 そのローウィのために料理を残しておくよう言いつけ、自室へ戻ってやっておきたい作業を始める。

 仕事用の収納袋から種類別に分けた書類を取り出し、ダンジョン運営開始から今日までの一ヶ月における収入額と支出額、日毎の侵入者の人数を見やすいように別の書類にまとめつつ、一目で変化が分かるように折れ線グラフも作成する。

 こうしておくことで侵入者の減少傾向を見抜いたり、収支の差にすぐ気づける。

 さらに副業の目処が立ったから、副業用の下地も作成しておく。


「今のところ侵入者の数は横ばいか。まぁ、減っていないだけマシか」


 従魔覚醒で魔物達が強化されたから、いつ冒険者がいなくなるか分かったもんじゃない。

 今のところ二階層まで辿り着いたのは二組のパーティーだけ。

 その時に倒された一階層のフロアリーダーは、新参のバイソンオーガとデットリーソードマンの二体。

 既に同じ魔物は召喚済みで、前に倒された奴以上を目指して訓練を重ねている。


「尤も、二階層に行ったら行ったで二組とも全滅だけどな」


 多種多様なゴブリンにオーク、マーメイド、そして地下一階層にいた奇襲部隊と同じ魔物達が控えている地下二階層。

 基本は前衛のゴブリンとオーク、後衛のスローゴブリンとマーメイドが連携を取って戦い、隙を見て奇襲部隊が忍び寄って仕掛ける。

 冒険者の中には卑怯だとか叫ぶ奴もいるけど、命懸けの場に卑怯もくそもあるかっての。


「そういえばゾンビの数はどうだ?」


 一緒に持ってきておいた魔物、特にゾンビについての報告書を調べて数と種類をまとめておく。

 通常のゾンビにパンデミックゾンビ、この前生まれたハイゾンビやナイトゾンビ、そして極めつけがミュータントゾンビのロードンだ。

 数もだいぶ揃ってきたし、育成スペースでの訓練も順調に進んでいるから、後は専用の階層を作れるランク三になれるのを待つだけ。

 でもその前に、フロアリーダー格のロードンとハイゾンビ達を一階層に配置して実戦訓練させようかな。


「収入は黒字だし、入手した物も悪くない。とりあえず、最初の一ヶ月は運営成功と思っておこう」


 後は念のために税金の支払いに関する事も調べ直しておいたけど、特に問題は無し。

 次いで目処が立った農業に関する支出金を捻出可能なことを確認して、あくまで予想の金額だという点を備考欄に書き記しておく。


「月次報告はこんなものかな」


 元の世界でバイト先の店長が、月末が近づくとブツブツ言いながらまとめていた月次報告だけど、実際それっぽいことをやってみると気持ちが理由が分かる。

 それと、これのことは後でイーリア達にも伝えておこう。

 月次報告は基本的に俺が作るつもりだけど、存在は教えておきたいし、俺が気付かない点にイーリア達が気づくかもしれない。

 情報の共有化は大事だからな。

 さて、次はこれまでの実験の記録を整理してまとめるかな。


「おい涼、夕飯だぞ」


 えっ、もうそんな時間なのか? 全然気付かなかったぞ。

 ノックして入室した香苗は遠慮無しに近づいてきて、机の上に広がる月次報告を見て表情をしかめた。


「うひゃあ、何だこれ。こんなに細かいことやってんのかよ」


 いや、そんなに細かくないだろう。

 それにこうしたことをやっておけば、何かあった時の原因究明に使えるし。


「やっぱり涼はさ、やれば出来るじゃんか。どうして前はやらなかったんだよ」

「前って?」

「元いた世界でだよ。やれば出来るのに、どうしてやらないのかって何度も言っただろ」


 あぁ、そういえば言われてたっけ。

 こっちの世界に来てからは言われなくなったから、すっかり忘れてた。


「でもさ、良かったよ。異世界でとはいえ涼が本気出すようになって」

「何で香苗が喜ぶんだよ」

「い、いいだろ別に! 不真面目だった幼馴染が、やっと真面目になったんだから!」


 不真面目とは心外だ。

 あくまでやる気が出なかっただけで、一応は真面目にやっていたと思うぞ。

 とはいえ、反論したら殴りかかられそうだから反論は止めておこう。

 避けられることは避けられるけど、幼馴染に殴りかかられるのは良い気分じゃない。

 だからここは、笑顔でお礼でも言っておけばいいかな?


「そっか、心配かけて悪かったな」


 あれ? 何でお礼を言ったのに香苗の顔が真っ赤になるんだ?


「おっ、前は、ホントに……」


 殴りかかっては来ないけど、何故か拳を抱えて震えている。

 今の俺の発言、何か問題があったか?


「もういいから早く来い、飯だぞ」

「? あぁ」


 何なんだよ、本当に。



 ****



 涼は本当に本気を出すと凄いな。

 オレにはあんな風に報告書とかをまとめるなんて無理だ。

 あのイーリアってダークエルフならできるかもしれないけど、サトちゃんだったら絶対に途中で泣くだろうな。


(こりゃあ、マジであいつの言う通りかもな)


 配膳を手伝いながら、オレは元の世界での一幕を思い出した。

 クラスメイトに涼の事を愚痴った後、そいつは涼のことをこう言っていた。


『柊は自分自身に興味が無いんじゃないか?』


 はっきり言ってその通りだった。

 涼が本気を出したのは、何かしら他人が関わっている時ばかりだった。

 自分のことは特に気にせず、友人のために全力を使う。

 だから団体競技では割と本気を出すことが多かった気がする。

 その反面、自分にしか影響しない個人競技や勉強で本気を出した覚えが無い。


『言われてみればそうかも……』


 ずっと傍にいたのに、言われるまで気付かなかったのが悔しい。


『幼馴染なのに肝心な事には気付かないなんて、恋は盲目とはよく言ったものだ』

『だ、誰が涼に……!』

『そう言っている間に誰かに取られても知らないぞ。彼の隠れファンは意外と多いと聞くぞ』

『うぐぅ、それは……』


 っておい! 何余計な事まで思い出してんだオレは!

 確かにあいつの隠れファンが多いのは知ってるし、極稀に見せるマジな表情が良いってクラスでも聞いていたけど、涼はオレのなんだぁ!

 絶対誰にも渡さない……っていうか、それももう無理か。今のオレじゃ、あいつの愛人がいいところだもんな。

 まぁ、あいつの子供を産めるなら、それも悪くは……。


「宮田さん、テーブルの端にばかりお皿を置いてどうするの?」


 うぉっ、しまった!



 ****



 配膳でちょっと何かあったっぽいけど、夕食は帰って来たローウィも交えて賑やかかつ穏やかに終わった。

 その後で夕食前に作成した月次報告の事を伝え、部屋から持って来て見せていく。


「わぁっ。随分と細かくまとめてありますね」

「この折れ線グラフはいいですね。侵入者の増減や収支の差が一目で分かります」

「それは最終的に年間の収支をまとめるために使うから、絶対に失くすなよ」


 一応管理体制は整えたつもりだけど、念のために釘を刺しておこう。


「これで全部ですか?」

「一応そのつもりだ」

「あうぅ……。先生にはこんなの作るなんて無理だよぉ……」


 別に先生が作るんじゃないんだから、泣かないでください。

 それに元の世界でも、これくらいはやるんじゃないのか?


「柊君はやっぱり凄い。私の目に狂いはなかった」


 どうしてそこで戸倉が胸を張るんだ。

 しかもドヤ顔で。


「さすがです。研修で訪ねた他のダンジョンで見させてもらった収支報告書には、ここまでの物は無かったです」

「えっ? じゃあ他はどういう運営管理をしているんだ?」

「最終的に黒字になっていればいい、という感じですね」

「……黒字は黒字でも、数字が下がっていたら?」

「黒字だから問題無いじゃないか、というのが大半ですね。気にしている方は気にしているそうですが」


 随分とアバウトな運営管理をしているんだな、異世界のダンジョン運営は。

 ひょっとして副業が許されている原因は、そこにあるんじゃないか?


「赤字が出た場合はどうするんだ?」

「真っ先に行われるのは、人件費の削減ですね」


 そういう時にリストラが行われるのは、異世界も同じか。


「そうやって首を切られたら場合、実家の仕事を手伝えれば良い方で、それが叶わない場合は必死になって仕事を探すことになります。生活や家庭がありますから」


 再就職が大変なのも同じか。世知辛いなぁ。


「そうやりながらも、潰れる所は当然あるんだろう?」

「えぇ、まぁ。何でだろうと思ったことはありますけど、こうしてヒイラギ様がまとめた報告書を見ると、運営管理がなっていなかったんだと分かります」


 だろうな。

 黒字なのは大事だけど、その額がどれくらいなのか、先月と比べて増減しているのかはもっと大事だ。

 黒字であることに満足していいのは、赤字続きを脱した時ぐらいで十分だろう。


「ともかくだ。今後は月次報告をまとめる度に、前の月のと照らし合わせるぞ」


 そうやって年間の収益グラフを作っていって、一年を通しての利益や侵入者の人数をチェックする。

 侵入者が減少する兆しを確認したら、副業での収益増加を検討する目安にもできる。

 本業だろうと副業だろうと、安定した収入を得るようにしておかないと皆の生活に関わるからな。


「それと収入のグラフだけど、砂糖や奈良原達の売却で高収入があった日の所には、赤丸で印を付けておいた」

「どうしてわざわざ印を?」

「高収入に繋がる何かがあったって証だ。何があったのか調べる場合は、こっちの売却品とそれによる収入を記した月次報告書を参照にしてくれ」


 この点は忘れないよう、グラフの端の方に記載しておいたから大丈夫だろう。


「これを見る限り、心配していた、侵入者の減少の傾向は、見えません、ね」

「あくまで今の所は、ですよアッテムさん」

「マスター。日毎の侵入者の人数を示す折れ線グラフですが、司令室の壁に貼って毎日記載するようにしませんか?」


 なるほど。そうすれば毎日書き足されて、減少しているか増えているかがすぐに分かる。

 おまけに今日のように月末に忙しくまとめる手間も減るか。


「採用だ。すぐにでも貼ってくれるか?」

「分かりました」


 やっぱり皆にも伝えて正解だ。こういう意見が聞けるのは貴重だからな。

 今の意見を元に、日毎の収入額や支出額なんかも毎日月次報告書へ記載していく方式にしよう。

 空欄だらけの表みたいなのを作って、そこへ書き足していけば一ヶ月後には立派な月次報告の完成だ。


「たった今意見が出た壁に貼るグラフについては、遅番が記載することにしよう。いいな、リンクス、ユーリット、フェルト」

「「「はい」」」


 遅番は俺も含めた男性陣が担当することになっているから、この三人へ促しておけば良し。

 これで話すことは大体終わりかな。


「よし、解散しよう。今日の遅番のリンクスとフェルトは早めに寝ておけ」

『はい』


 全員が返事をして解散したのを受け、月次報告書を手に部屋に戻る。

 今夜は夜勤じゃないから、実験についての記録をまとめた後に眠りに就いた。

 その翌日、いつも通りに仕事をしていたら突然ラーナが訪ねて来て、ある情報を伝えてくれた。


「はっ? ぶ……ピッグンさんのダンジョンが攻略された?」


 危ない危ない。つい豚って言いそうになった。


「はい……」


 落ち込むラーナによると、豚のダンジョンが攻略されてしまったのは昨夜のこと。

 それによって豚のダンジョンは閉鎖され事実上の倒産、雇用者は自動的に解雇となってしまった。

 ただ、問題はその後だった。


「叔父上は今朝の解散会に出席せず、それどころかお気に入りの奴隷との生活のため、退職金どころか明後日には支払われる予定だった今月分の給料さえ、一銭も支払わないという書置きを残して別宅へ逃げたんです」


 なんじゃそりゃ。


「お陰で解散会どころではなくなり、せめて今月分の給料は支払わせようと同僚達が別宅へ押しかけに行って……」

「あなたは行かないんですか?」

「叔父の愚行に呆れて、そんな気は湧いてきませんでした。とはいえ姪として黙っている訳にはいかず、ダンジョンギルドへ報告はしておきましたが」


 まあ変に押し寄せるより、その方が良いだろう。

 こういう時は個人や集団の力よりも、法律や行政に頼るのが手っ取り早い。


「別に金が無いって訳じゃないんだろ?」

「ええ。ダンジョンの方は赤字と黒字を行き来していましたが、副業の収入も含めれば黒字を維持していました。尤も、叔父はお金の浪費が激しいので大半はその無駄遣いに消え、些少なものでしたが」


 金遣いが荒いって、お気に入りの男奴隷でも買い漁っていたのかな。

 しかしまあ、決して余裕がある運営状態って訳でもなさそうなのに、よくやるよ。


「おまけにダンジョンの雇用者達を、副業の方へ組み込むつもりも無いと書いてあったんですよ。利益が減るとかいう馬鹿らしい理由で」


 ホント馬鹿らしいよ。

 副業には本業の雇用者を守る意味合いもあるのに、それすら行わないなんて。

 そりゃあ、ダンジョンの雇用者達が別宅へ押しかけに行っても不思議じゃないか。


「よくそんな人が、ダンジョンを運営してこれましたね」

「叔父は元々、大叔父の後を継いだだけでダンジョン運営にさほど関心がありませんでしたから」

「だからってなぁ」


 ちょっと無責任すぎるだろ。

 そういえば、元の世界にもそういう経営者がいて、ニュースに取り上げられていたっけ。


「それで、今日はそれを伝えに?」

「いえ。商店でもダンジョンでも構いませんから、どこか雇ってもらえそうな所を紹介していただけないかと」


 あぁ、そっちの用件で来たのか。

 普通に就職活動するよりも、なにかしらのツテや紹介の方が雇ってもらえる確率が高いもんな。

 だけど生憎、紹介できそうな店やダンジョンに心当たりは無い。


「頼ってもらって悪いけど、紹介できるようなツテ自体が無いんです」

「そうですか……。無理を言って申し訳ありません、それでは私はこれで」


 残念そうな表情を浮かべたラーナは早々に退席しようとするけど、まだ話は終わってないぞ。


「代わりと言っては何ですが、ちょうどうちが求人募集を出しているんです。事務方を二人ほど」


 それを聞いて俯いていた顔が上がり、垂れ下がっていた耳をピンと立ててこっちを向いた。


「ダンジョン勤務経験者とあれば、即採用とはいきませんがその点は評価します」


 ラーナならブラックリストに当たる赤表や黒表に名を連ねていないだろうし、一応は上位ランクだったダンジョンの勤務経験者な点はしっかり評価する。

 だからといって贔屓はしないけどな。

 ラーナ以上の応募者がいれば、知り合いとはいえ容赦なく不採用にする。


「締め切りの方は?」

「応募書類の受付は明後日までです」

「分かりました、ありがとうございます」


 一礼したラーナは、それだけ言い残して去って行った。

 ご応募お待ちしております。

 しっかし、異世界だろうと無責任な雇い主ってのはいるもんだな。

 今回の話は今後の教訓として覚えておこう。

 そう思いつつ、司令室へ戻った。


「お帰りなさいませ。ラーナさんのお話はなんだったのですか?」

「実はな」


 席に着いてダンジョン内の状況を確認しながら、さっきまでの話をイーリアへ伝える。

 ほとんど豚のやり方への文句みたいになったけど、本当の事だから仕方ない。

 最後にラーナが応募するかもしれないと伝えたところで確認が終わり、イーリアの方を向くと何か考え込んでいるようだった。


「どうかしたか?」

「少々気になることが。ちょっと失礼します」


 その場を離れたイーリアは魔石盤で何かを調べ出した。

 一体何が気になったんだろうか。

 こっちはそれが気になるところだけど、地下一階層のフロアリーダーの間でファントムフォックスと冒険者達の戦いが始まったからそっちへ集中する。

 戦況次第では指示を出そうと思ったけれど、冒険者達はファントムフォックスの幻影を使う戦法に苦戦している。

 おまけにここまでの戦闘でだいぶダメージを負っていたようで、割とあっさり倒すことが出来た。


「戦闘終了を確認。ご主人様、倒した冒険者はどうしますか?」

「いつも通り持ち物を回収したら、死体は魔物達に食わせておけ」

「分かりました」


 ミリーナに指示を出し、死亡者の人数を正の字で書き足す。

 これで今日の死亡者は七人。この調子なら二桁に届きそうだ。

 ……人の死をこういう風に受け止める辺り、本当にこっち側に染まってきたな。


「ヒイラギ様、よろしいでしょうか」


 自分の感性について考えてたら、調べ物をしていたイーリアが戻って来た。


「構わないぞ。何を調べていたんだ?」

「地上における、ピッグン様のダンジョンの位置です」

「地上での位置? なんでわざわざ」

「ダンジョンが攻略されたという事は、それだけ強い侵入者が現れたということですから」


 そっか。ダンジョンが攻略されたってことは、そこを攻略できる侵入者が存在しているってことか。

 運営手腕はともかくとして、エリア内では上位にいた豚のダンジョンが攻略された以上、相当な腕利きのはず。

 もしもうちのダンジョンとの距離が近ければ、その侵入者が近くうちへ来るかもしれない。

 他人事のように受け止めていたけど、危機管理がなっていなかった。反省しよう。


「で、どうだったんだ?」

「ご安心ください。地上におけるピッグン様のダンジョンと、ここダンジョンの距離はかなり離れています」


 魔石盤に地図を表示させての指摘に、肩へ入りかけた力が抜ける。

 良かった、少なくとも今すぐ攻め込まれる心配は無さそうだ。

 とはいえ危機管理の甘さを認識した直後なんだ、その侵入者がいずれ来ると思っておこう。

 そうなった時の備えのため、できるだけ早くランクを上げてダンジョンを強化しておきたい。


「イーリア、だいたいで構わない。ランク三になるまでどれくらいかかりそうだ?」

「ランク三ですか……。今のペースを保ったと仮定したら、おおよそ二集ぐらいかと」


 今のままでいって十二日か。

 そんなに焦る必要は無いっていうのは分かっているんだけど、頭と気持ちは別物だ。

 分かっていても気持ちが逸っている。

 落ち着け、慌てたって侵入者の数が増える訳じゃないんだ。


「そうか。じゃあ、新たな階層に配置するゾンビ軍団は、それくらいを目安に数を揃えよう」


 誤魔化すように、ダンジョンフロア・オブ・ザ・デッドの予定を口にする。

 大丈夫だ、焦る必要は無い。

 先の心配をするのも大切だけど、足下を見ずに進んで躓いたら何にもならない。

 まだダンジョン運営を始めて間もない俺に大切なのは、一歩ずつ進んでいくことだ。


「だけど予定通りにいかない場合もあるから、目標は三集でのランク三への昇格かな」

「その方が良いでしょうね。ですが、急にどうしたんですか?」

「今の話に出ていた侵入者が、いずれここへ来るかもしれないからな。備えをするための確認だ」


 これはちゃんと自分の気持ちを伝えておこう。

 下手に隠すよりも伝えておいた方が、周囲からの協力も得られやすい。


「ですよね。遠いからといって、油断できませんよね!」


 うんうんと頷きながら同意してくれたイーリアに続き、司令室にいるミリーナとユーリットも頷いてくれた。

 やっぱり正直に話して正解だったな。


「そういえば、ランク三になって追加できる階層は二階層分だったよな?」

「はい、そうです」


 そのうち一階層は予定通りダンジョンフロア・オブ・ザ・デッドにするとして、もう一階層はどうするかな。

 そうだ、いっそのこと。


「だったら、そのうちの一階層分に関する案を皆から募集しよう」

「はい?」

「ここに勤めている皆に、新しい階層に関する案を考えてもらうんだ」


 ランクが上がるまでじっくり考えてもいいけど、一人じゃ限界があるし内容に偏りが出る恐れもある。

 それを避けるには多数の意見が必要だし、俺には考えつかない良案が出るかもしれない。

 だからこそ、ここにいる皆から案を出してもらおうって訳だ。


「どうだろう。最終的な決定は定休日に全員で意見交換をして」

「いいんですかっ!」


 うおっ!?

 なんかイーリアが目を輝かせながら身を乗り出してきた。

 近い近い近い。


「私が、ダンジョンの内容を考えてもいいんですか!?」

「あっ、あぁ、採用するかは皆の案を募って検討してからになるけど」

「やりましょう! 是非やりましょう! そうと決まれば、皆さんにもお伝えしなくては!」


 ヒャッホーとでも叫びそうな勢いで司令室から飛び出すイーリアに、これまでとは違う新たな一面を見た気がした。


「あんなイーリアさん、初めて見ましたよ」


 俺もだよ、ユーリット。

 前例の無い事をやらかした時は崇拝の眼差しを向けられたけど、今回のはそれとは完全に別種だ。


「張り切りすぎて、空回りしなければいいけどな」

「勢いに任せた挙句、ランク内で出来ることを逸脱しそうですね」


 ありうるな。

 普段は有能なイーリアだけど、あの妙なテンションだと暴走しかねない。


「とりあえず、ランク三以内で出来る事や召喚可能な魔物をまとめて、参考資料を作っておくか」

「その方がいいと思います」

「私も同感です」


 そういう訳で早速資料作りに取り掛かる。

 後に階層考案の参考としてこの資料を配布した際、イーリアがハッとした直後に恥ずかしさで真っ赤になった顔を資料で隠していたから、ユーリットからの指摘通り可能な事を逸脱した内容を考えていたんだろう。

 そんな恥ずかしがる一面と表情に、つい可愛いと思ったのは俺だけじゃないはずだ。


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