表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/100

第25階層 初任給の使い道って性格出ると思う

イーリア「ヒイラギ様から賞与制度を聞いて羨ましく思いました。こっちにはありませんもの」


 魔物に関する実験で大失敗して、精神的に大きなダメージを受けたから教会へ治療してもらいにきた帰りに、なんか天使と似ているけど、髪と羽の色が違う女性から雇ってほしいと頭を下げられている。


「ご自身の売り込みですか?」

「はいぃ。恥ずかしいお話ですが、先日仕事をクビになって、現在絶賛無職の就職活動中なんですぅ」


 本当に恥ずかしい話だ。

 そして無職の就職活動中は絶賛できる事じゃない。


「お願いしますぅ。主に事務方だったので、お金の計算から鑑定、解析、解呪もできますよぉ?」


 最後の解呪は事務方と全く関係無くないか?


「急にそう言われても困ります。そもそも前の職場をクビなった方を、はい採用と雇えますか」


 そうだローウィ言ってやれ。

 クビになったってことは、何かしら問題を起こした可能性があるからな。

 理由が雇っている側の横暴や赤字によるリストラならともかく、そこを調査しない限りはおいそれと雇えない。


「言い訳になりますがぁ、別に仕事でミスをしてクビなった訳じゃないんですよぅ」

「じゃあ、どうしてクビになったんですか」

「ウチ、教会で働いていたんですがぁ、戒律に背いでしまってご覧の通り堕天使になってしまったので、クビになってしまったんですぅ」


 ああ、そういう類のクビなのか。

 教会にすれば、どんなに優秀でも教義や戒律に背けば追放やクビにしても不思議じゃないな。


「ちなみに、どんな戒律に背いだんですか?」


 結局のところはそこだ。

 こっちの宗教はまだよく分からないけど、元の世界なら禁じられた物を飲食するとかなら、教会は駄目でもうちのような一般企業には問題無い。


「えっとぉ、教会の定める戒律っていうのはぁ、傲慢、暴食、憤怒、強欲、色欲、嫉妬、怠惰のいずれにも溺れる事を禁ずるものなんですがぁ」


 七つの大罪か。

 元の世界の漫画やゲームとかでよく使われていたから、よく覚えているよ。

 ていうかこっちにもあるんだな。


「私、美味しい物とお酒が大好きでぇ、つい我慢できずに暴食の戒律を破ってしまったんですぅ」


 照れながら頬を染めてカミングアウトしてるけど、照れる要素ゼロだから。

 むしろ恥じらう要素で占められてるよ。

 解雇原因が、食べすぎと飲みすぎって……。


「あっ、食べ物やお酒のために教会のお金に手を付けたとかぁ、暴飲暴食で体を壊したとかは無いですよぉ。むしろ体は絶好調の健康体ですぅ」


 ふんすって感じで鼻息を噴いているけど、自慢できるようなことじゃないからな。

 横領と暴飲暴食で体を壊すような論外はしていないから良いとしても、決して胸を張れることじゃないぞ。


「仕事中にお酒を飲むとかぁ、二日酔いで出勤するとかはしないのでぇ、どうか雇ってくださぁい」


 いやそれ、社会人として当たり前のことだから。

 そんなことしていたら、教会以外の仕事でも普通にクビになるから。

 というか、そんな風にアピールされても募集自体をしていない。

 先日見に行った土地の購入が決定すれば、そこでの副業のために人員を募集するんだけど、少なくとも結果が出る来集まではその見通しすら立たない。

 確証も無いのに副業の募集を伝える訳にはいかないから、現状は募集の予定が無いからと説明して、どうにか引き下がってもらえた。

 その後でダンジョンに戻り、治療してもらって無事に回復したことを皆へ伝え、いきなり売り込みをしてきた堕天使のことはイーリアへ相談した。


「ていう事があったんだよ」


 今後同じような事があるかもしれないと思っての相談に、イーリアは考え込む仕草を見せる。

 何か対策でも考えているのか?


「ヒイラギ様。資金に余裕がありますし、そういった方のような事務員を補充しませんか?」

「はっ?」


 なんでそんな話が、急に出て来るんだよ。


「このダンジョンでは日々の収支報告に侵入者の統計、その他あらゆる種類の報告書の製作及び管理等を主にヒイラギ様が行い、たまに私やアッテムが行っていますよね」


 それに何の問題があるんだ?

 責任者級の奴が金や情報に携わるのは当然だろ。


「ですが、今後ダンジョンの拡大が予想されるのと副業の方にも手を掛けるとなると、報告書の作製と管理の出来る方を補充しておくべきかと」

「だけど現状、そんな急に補充する必要があるのか?」

「おっしゃる通り人員不足という訳ではありませんが、このダンジョンの事務作業はやるべき事と覚えるべき事が多いので、必要になりそうになってから補充でも遅いかと」


 ああ、なるほど。

 そういえば報告書について提案した時、他所のダンジョンではここまでの種類と詳細な報告書は作っていないって、イーリアから指摘されたっけ。

 必要性を説明した上で取捨選択をして現状に落ち着いたものの、種類が多いのは確かなんだろう。


「既にいる方々に任せるのも手ですが、それぞれに役割がありますし、奴隷の方々に任せるのは立場的に無理ですから」


 その通りだ。ユーリットもリンクスもローウィにも、それぞれに別々の役割がある。

 ローウィは魔物の戦闘指導と、育成スペースで栽培中の野菜と鴨達の管理。

 ユーリットは育成スペースで栽培中の薬草及び、薬品の製作と管理。

 リンクスはうちで働く奴隷達の指導責任者兼捕まえた侵入者達の管理者。

 これに加えて事務作業もとなると、負担が大きくなるのは目に見えている。

 だからといって奴隷の身分にある香苗達に任せるのは、イーリアの言う通り立場的に難しい。

 俺は気にしなくとも、こっちの住人であるユーリット達三人を差し置いて重要な仕事をさせるのは、皆にとっては良くないことでしかない。

 こんなことで職場の雰囲気を悪くするわけにはいかないから、香苗達に任せることができない。

 そうなるともう、人員を増やすの一択だけだ。


「ですので事務員としての人材を何名か雇用するべきかと」


 そうだな。後の負担軽減のためにも、ここらで人員を増やして人材を育てるのも有りか。


「分かった。次の定休日には募集を出せるよう、準備しよう」

「ありがとうございます」


 ひょっとするとその募集に、あの堕天使も応募してくるかも。

 あっ、そういえば名前聞いてなかった。


「ところでヒイラギ様、育成スペースにいる新参の魔物達が指導はまだかと」

「おっと、そうだった」


 急いで育成スペースへ向かい、新参ゾンビのヴァーチとエレンに指導を開始。

 どちらも近接戦闘ができて魔法も使えるから、前衛としても後衛としても戦えるし、個としての戦闘力もなかなかに高い。

 近接戦に関しては剣と盾による攻防一体型のエレンに対し、ヴァーチは攻撃しては離れて回避するヒットアンドアウェイ型と違いはあれど、双方ともに良い動きをしている。


「エレン、盾で受け止めた時に押し返そうなら押し返して、無理そうなら角度を変えて受け流せないか?」

「なぜ、でずが?」

「押し返したにしろ、受け流されたにしろ、その瞬間は相手の体勢が不安定だ。そこを狙って離れながら魔法を放つか、逆に近づいて剣で攻撃するためだ」

「わがり、まじだ」

「ヴァーチはせっかく攻撃後に相手から離れるんだから、そこで魔法を放ってみろ」

「ばい……」


 戦い方を提案したら、ソルジャーゴブリンを相手に一対一で模擬戦を開始。

 うっかり倒さないよう、魔法は弱めにしてやらせたけど成果は上々。

 防御後と攻撃後の違いはあれど、近接戦闘と魔法を組み合わせて戦うのはいけそうだ。

 課題は本人達の経験不足かな。

 今の姿になってから魔法を習得したから、魔法の扱いに慣れていなくて発動するまでに手間取ったり、近接戦闘との組み合わせが上手くできていない。

 序盤こそ意表を突いて押していたけど、徐々に課題が浮き彫りになって逆に押され出し、最終的にどちらもソルジャーゴブリンに敗北した。


「ずみ、まぜん」

「申じ訳、ありまぜん」

「そんなに気にするな。今はしっかりと訓練を積んで、模擬戦でもいいから経験を積むことに専念しろ」

「わがり、まじだ……」

「頑張、りまず」

「だったらまずは魔法の扱いに慣れろ。あそこにいるフレアゴーストから、教えてもらえ」

「「はい……」」


 指示を受けた二体はフレアゴーストのマチルダの下へ向かい、指導を受けながら魔法の訓練を開始した。

 同じ名前付きのアンデッド同士、上手くやってくれよ。

 さてと、どうせだから中断したままだった実験の続きをやろう。

 残っている死体は二体。

 こいつらには魔心晶じゃなくて魔心結晶を使う。

 まずは一体をパンプキンゴーストの死霊魔法でゾンビにして、砕いた魔心結晶の欠片を埋め込んでみた。

 すると、このゾンビもダークネスゾンビになった。

 虎人族の婆さんから聞いた通り、砕いた欠片を魔心晶として使うのは本当に可能なようだ。

 そのダークネスゾンビにも簡単な指導をした後で、ヴァーチとエレンと共に訓練をさせておくことにした。

 そして最後の死体、これにも魔心結晶を砕いた欠片を使う。


「まずはこいつを死霊魔法でゾンビにしてっと」


 パンプキンゴーストの死霊魔法でゾンビにしたら、魔心結晶の欠片を埋め込む。

 だけど一個だとダークネスゾンビになるだけだから、複数の欠片を埋め込んでみる。

 とりあえず数は五つにしておこう。


「心臓に埋め込めるのは二つが限度だから、残りの三つは額と両手の手の甲にするか」


 それぞれに切れ目を入れて魔心結晶の欠片を埋め込んだら、魔力が溜まりきる前に即退避。


「そこを動くなよ!」


 逃げながらゾンビに言いつけ、駆け足で距離を取って背中を向けたまま目を瞑る。

 一度にあれだけの数を埋め込むのは初めてだから、また爆発なんて結果になる可能性は捨てきれない。

 あんなのをもう一度目の当たりにするなんて御免だ。


「うぎいぃぃぃぃぃっ!」


 後方から呻き声が聞こえるけど、絶対に振り向かず目も開かない。


「あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃっ!」


 これは悲鳴なのか?

 苦しんでいるっぽいから悲鳴なんだろう。


「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!」


 どうして笑い出すんだ!?

 気になるけど、振り向いた瞬間に爆発するかもしれないから振り向けない。

 落ち着いて待つんだ、少なくともこの声が止むまでは。


「グルアァァァァァァァッ!」


 大きくて空気を震わす一吠えを最後に、背後から声は聞こえなくなった。

 爆発音は聞こえないから爆発した訳じゃないみたいだけど、どんな姿になっているんだ?

 ゆっくり目を開くと魔物達が全員こっちを向き、驚いた表情を浮かべている。

 その様子に期待と不安が入り交じり、恐る恐る振り向く。

 するとそこには、思いもよらない姿へと変貌した元ゾンビの姿があった。


「こりゃあ、また……」


 魔心結晶の欠片を五つも埋め込んだ影響なのか、体が元の倍くらいの巨体になっている。

 しかも二枚の翼と太い尻尾が生え、手足と顔は人の物ではなくドラゴンに近い。

 まるで特撮物に出て来る怪獣のようだけど、ゾンビの影響が残っているから体全体が腐敗している。

 こいつはドラゴンゾンビのようなものなのか?

 とりあえず、調べてみよう。



 名称:ドラゴニュートゾンビ 新種

 名前:ロードン

 種族:アンデッド(ミュータントゾンビ)

 スキル:闇魔法 火魔法 龍魔法 身体能力上昇 飛行

     防御力上昇 回復 闇耐性 火耐性

 固有スキル:狂化



 冗談だろ?

 ミュータントって事は、こいつは突然変異か。

 名称は新種でも種族は新種でないところを見るに、別の姿での同種族は過去にいたんだろう。

 確か読んでいた漫画だと、ドラゴニュートって竜人じゃなかったっけ。

 その漫画だと人間に竜の特徴があるように描かれていたけど、こいつは竜が人へ近づいたように思える。

 変化したばかりだからか、息を切らしている間に見たことが無い回復スキルと、いかにも物騒な固有スキルについて調べておこう。


「えっと、スキルを選んで詳細確認っと」



 回復スキル

 体力と魔力と怪我の回復が通常より早くなる



 良いスキルじゃないか。

 回復が早いのはとても助かる。

 そして物騒な名称の固有スキルは……。



 狂化

 ダメージを一定以上受けると自動的に発動

 全ての能力値とスキル熟練度が十倍になる

 ただし、周囲にいる全ての生物を殲滅するまで理性を失う



 恐ろしいわっ!

 これを見た以上、こいつはフロアリーダーの間にしか配置できない。

 能力が十倍になる点はともかく、周囲にいる全ての生物って、それ絶対に味方も含まれているだろ。

 訓練も気をつけないと、せっかく召喚して鍛えた魔物が全滅しかねない。

 それにしても、基となった冒険者のスキルが全て消えている。

 これはスキルに影響を与えるほどの生命体へ変異したってことか?

 そんなことを考えていたら、息を整え終えたロードンが目を開くと片膝を着いて頭を下げた。


「マスター。お初にお目にかかります」

「えっ? あぁ、そっか名前持ちだったな。ロードンだっけ?」

「はっ。此度マスターの新たな配下に加わりましたこと、誠に嬉しく思います」


 凶暴そうな見た目に反して、中身は随分としっかり者のようだ。


「して、自分はこれから如何すればよろしいでしょうか」


 そりゃあまずは、腕試しと指導だろ。


「まずは実力を見せてくれ」

「承知」


 この後、試しにバイソンオーガを相手に模擬戦をしたら凄い事になった。

 従魔覚醒の影響下にあるバイソンオーガを相手に近接戦で互角に戦い、最終的には龍魔法で口から光線みたいなのを放ち、辛うじて勝利してみせた。


「マジかよ……」


 通常より遥かに強くなったバイソンオーガを相手に近接戦で互角、いや内容を見れば互角に近いロードン優勢。

 そして本人は訓練だからと加減したと述べた、龍魔法の威力。

 これに加えて火魔法と闇魔法を使い、飛行しての戦闘能力を発揮したらどうなることやら。

 どうやら偶然にしても、本当に恐ろしい魔物を誕生させてしまったようだ。


「マスター、如何だったでしょうか」

「見事の一言だ。これからよろしく頼むぞ」

「承知」


 強力な戦力の加入に野次馬していた魔物達は拍手をして、敗北したバイソンオーガも次は負けないって鳴いている。

 だけどもう、お前じゃ勝てないと断言できる。

 だってこれからロードンに指導をして、従魔覚醒の影響を与えるんだから。


「ロードン、近接戦でもっと尻尾を有効に使ったらどうだ?」

「と、言いますと?」

「振り回すだけじゃなくて、後ろを取られた際の突きとか、相手の首に巻きつけるとか」

「なるほど。早速やってみましょう」


 早速やってみると、練習用に用意した藁人形の腹が尻尾で貫かれ、首が尻尾で引き千切れた。

 こいつは本当に頼もしくも恐ろしいな。


「さて、こいつのことを皆にも伝えないとな」


 魔物については共有すべき情報だから、皆へ伝える必要がある。

 正直言うと、ヴァーチ達はともかくロードンの存在を伝えるのは少々抵抗がある。

 だってイーリアがまた崇拝する視線で見つめてきそうだし、先生が興奮して暴走しそうだから。

 だからといって報告しない訳にはいかないから、肩を落として育成スペースを後にする。

 結果は案の定だった。

 魔石盤に外見と能力を表示させたら、あまりの強力さに驚いたり引いたりしていた。

 案の定と述べた理由である、二人を除いて。


「ランク二でこれほどの魔物を作り出すなんて……」


 予想通り崇拝の眼差しを向けてくるイーリア。

 そして……。


「魔改造キターッ!」


 何故かガッツポーズをして叫んで騒ぎ出した先生には、こんなこともあろうかと用意しておいたハリセンをお見舞いしておいた。



 それからは特に変わった事も無くダンジョン運営に励む日々を送り、向かえた四回目の定休日。

 ダンジョン内に冒険者がいないのを確認したら、今回の「異界寄せ」でカボチャを召喚して調理と栽培をローウィと戸倉に任せ、この後で必要になる書類を自室で作成する。

 それが完成したら雇用者であるローウィ、リンクス、ユーリット、アッテムを呼び出した。


「皆、この一ヶ月ご苦労様。今日はお待ちかねの給料日だ」


 そう、今日は雇用者にとって初の給料日。

 既に給金とは四人の口座へ振り込み済みで、給与明細もついさっき作成した。

 同時にこのダンジョンの税金を支払う日でもあるけど、こっちは口座から引き落とされているのを確認するだけで済んだ。


「順番に明細書を渡すぞ。心配なら、後で口座の方を確認しておくように」


 注意事項を伝えながら順番に明細を渡すと、内容を確認したローウィが金額に驚いていた。


「あ、あの、予定よりも少し多いみたいですが……」

「良い意味で予想外の収入が何度かあったから、ちょっとだけ色をつけておいた」


 砂糖とか蒸し器とか、渡部と奈良原の売却金とか。


「い、いいんですか!?」

「構わないさ。遠慮なく受け取れ」

「ありがとうございます!」


 なんかメッチャ感謝されているんだけど、なんでだろう。

 あっ、そういえばローウィの実家って貧乏子沢山で家計が大変なんだったんだ。

 という事は、ローウィにとってこの金額は他の三人以上に喜ばしいんだろう。


「この金額なら、筋だらけの肉や小さな切れ端や不味い狼の肉じゃなくて、普通のお肉を買ってあげられる……」


 奴隷でもないのに狼の肉食ってたのか。

 確かにアレ安いけど、本当に不味いんだよな。

 前にダンジョンに侵入して撃退したのを、興味本位で食って飲み込むのに苦労したっけ。


「では! 私はこのお金を使ってお肉を買い、家族の下へ届けてきます!」


 そう言い残し、ローウィは狼人族の名に恥じない素早さで出て行った。


「早っ」

「そういえば、お給料の半分は家族へ渡すと言っていたような……」

「上乗せ、された分を、お肉に、使うんでしょう、ね」


 だろうな。

 あいつの肉好きはちょっと度が過ぎる所があるけど、今回のように家族のためだと思うと微笑ましく思えてしまう。

 まぁ、給料は自分の物なんだし、身を持ち崩さない範囲で自由に使ってくれ。

 しみじみとそんなことを思っていると、お客さんが尋ねてきたとフェルトが伝えてくれた。

 尋ねて来たのは木と一体化していない状態のナヅルさんで、前の定休日に見に行った土地の点検と修理が終了したそうだ。

 早速リビングに通し、話を聞くことにした。


「こちらがその報告書になります」

「拝見します」


 差し出された報告書によると、家屋は特に修理の必要は無く少し手入れをすれば即入居も可能とのこと。

 井戸の方も修理すべきは滑車だけで、井戸の内部は崩れておらず、汲み上げる水の水質も問題無いらしい。


「ご覧の通りです。報告に嘘偽りが無いことは、そちらの鑑定印にてご確認願います」


 鑑定印とは、要するに鑑定書の印鑑版。

 こうした取引に使うような書類に、嘘偽りが無いことを証明するために用いるそうだ。

 だけど念のため、同席してもらったイーリアの看破スキルでも見てもらい、本当であることを確認。

 土地にもこちら側にも特に大きな問題が無いため、契約通りにこの土地の購入を決めた。


「お世話になりました」

「いえいえ、むしろこっちがお世話になったくらいですよ。何十年も塩漬けするのかと思っていた土地が、問題を解決できた上にこうして売れたんですから」

「たまたまですよ」


 そんな会話を交わした後、ナヅルさんの用意した購入契約書にサインをして代金を支払い、土地の購入は終了。

 代金の方はだいぶ頑張って勉強してくれたようで、破格だとイーリアが小声で教えてくれた。

 それで大丈夫なのかと不安になるけど、向こうが提示した以上は変に気にしない方がいいだろうと思い、最後に握手を交わしてナヅルさんを見送った。


「これでようやく、スタートラインに立ちましたね」

「ああ。土地の整備だの防犯対策だの人材確保だの、やる事は山ほどあるぞ」

「ですが、その前にやるべき事は」

「分かってる。本業はあくまでダンジョン、その事務員の雇用だろ」

「その通りです」


 笑みを見せるイーリアと相談して、既に準備は整っている。

 上手い具合にナヅルさんの用事も済んだから、侵入して捕まえた冒険者の引率要員としてフェルトを同行させ、イーリアと共にダンジョンギルドへ向かう。

 前日に入手した品と冒険者の売却を済ませ、そのまま人材募集のための手続きを行う。

 一回やったことがあるから特に手間取ることも無く、手続きは完了した。

 さて、今回の募集にはどんな人達が応募してくるかね。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ