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第24階層 実験も度を過ぎると精神に関わる

涼「こっちの魚料理があまり美味くない」


 戻って来たナヅルさんと話し合い、家屋や井戸の点検と修理を向こうで請け負ってもらえることになった。

 こっちとしてはサービスを利用してやってもらうつもりだったけど、ゴーレムさえいなければ入手時に行う当然の業務だったからと言われた。

 そこでサービスについては、質の良い業者に点検と修理をしてもらうことにして交渉は無事に終了。

 ナヅルさんの話だと、迅速かつ良い仕事をする業者を手配するらしい。

 最後に、よほどの問題が発生しない限りはこの土地を購入するという契約を交わし、土地探しは終わった。



 翌日からはまたいつものダンジョン運営が始まる。

 それと並行して、農場での新規雇用や新しい奴隷の購入について、簡単な打ち合わせをしておく。

 本格的に動くのは購入が決まってからだけど、事前の打ち合わせぐらいはしておかないとな。

 だからといって、ダンジョン運営を怠るようなことはしない。


「マスター様、こちらが先ほど捕らえた冒険者の解析結果です」

「ご主人様、冒険者パーティーの撃退に成功しました」

「主様、これがさっき倒した冒険者達の持ち物の見積書です」


 昨日が定休日で入れなかったからか、今日は侵入者が多い。

 魔物での対処は間に合っているからいいんだけど、ちょっと看過できない問題がダンジョン内で発生した。


『ぎゃはははっ!』


 モニターに映っているのは、冒険者パーティーが別のパーティーを襲って装備品や持ち物を奪っている光景。

 これはゲームでいうところの、プレイヤーキルとかいうやつか。

 躊躇無く殺めて持ち物を奪い取るのがいれば、殺さなかった女冒険者を行き止まりの通路へ無理矢理連れて行く奴もいる。

 連れて行って何をするつもりなのかは想像がつくし、胸糞悪いのと女性陣の精神衛生上の観点から、そっちの通路の映像と音声は切っておいた。


『どうよ、収穫は』

『まあまあかしらね。あら? ウッダはどうしたの?』

『味見とか言って、剣士の女をあっちへ連れて行っちまったよ』


 あぁくそ、こういう奴らにダンジョンに居座られると厄介だからさっさと追い払おう。

 でもこいつら、割と実力あるんだよな。

 でもやれない相手じゃない。

 第一、今なら確実に倒せる奴が一人だけいる。


「奇襲部隊の何体かを、行き止まりの方へ向かわせて襲わせろ。それとは別に何体か配置して待機させておけ」


 さすがに行為中に襲われたらどうしようもないだろう。

 ダンジョンの中で下心を出して単独行動なんて、迂闊どころか愚行だな。

 直後にその男の悲鳴が聞こえ、仲間がそっちへ走って行った。

 予想通りの行動をしてくれて助かるな。


「魔物の配置は済んだか?」

「はい、既に配置して待機に入っています。後は侵入者が射程内に入れば」

『ぎゃあぁぁぁぁっ!』


 はい、反応消失を確認しましたっと。

 このために別の魔物を待機させておいたんだ、引っかかってくれてありがとさん。


「連れて行かれた女冒険者は?」

「息はあります。でも……」


 消していたモニターで映した様子を見ると、傷だらけで服を破かれて目が虚ろになっている女冒険者は、倒れたまま表情を失っていて微動だにしない。

 これは心の方がやられちゃったかな。

 仲間は殺されたし、本人がこれじゃあ地上に出ても自暴自棄になって自殺しそうだし、奴隷にしても役に立たなさそうだ。


「仕方ない、そいつもやれ」


 指示を受けたキラーアントが女冒険者をしとめる。

 その後はいつも通り、殺された仲間と襲いかかった三人のも含めて育成スペースへ移させた。


「先生、今倒した冒険者の持ち物の回収と鑑定をしておいてください」

「うえぇぇ、また仕事が増えた……」


 文句言ってないで働いてください。

 さてと、今日ここまで侵入してきたのは冒険者が二十一人。

 うち七人が撤退して九人は死亡、捕縛したのが二人で、残っているのは三人組のパーティーのみ。

 そのパーティーの様子をモニターで確認すると、煙玉のような物を壁に叩きつけて、それを浴びた魔物の動きが鈍くなった隙に先へ進んでいる。

 魔物は数秒で元通りになったし、調べても特に異常はない。

 ということは、あの煙には短時間だけ魔物の動きを阻害する効果があるのかな。

 三人組パーティーはそうやって極力戦闘を回避して、体力と魔力を温存してフロアリーダーの間へ入って行った。

 今あそこにいるのはサイクロプスパンダだったな。


『ホワタアァァァッ!』

『うわっ、何だあのサイクロプスはっ!?』

『白黒の体毛で覆われているぞ!』

『てか見た目キモッ!』


 初見だとそういう反応するよな。

 というか、何であいつの鳴き声はあんなのなんだろうか。

 初めて聞いた時は、思わず耳を疑ったよ。


「そんでもって強いし」


 筋肉質な体は見かけ倒しじゃない。

 冒険者が振るう斧を竹で受け止めて、背後へ回り込んだ仲間の剣を華麗に回避。

 動きを鈍らせる煙玉は全て竹で打ち返すか弾き飛ばし、逆に冒険者達が煙を浴びている。

 だけど動きに変化は無いから、人間にとっては煙いだけのようだ。

 さらに魔法による火球を竹で真っ二つにして左右を通過させ、そのまま竹を投擲。

 竹の尖っている先端が魔法使いの腹に突き刺さり、そのまま貫通して鮮血を散らす。

 仇と言われながら振り下ろされた斧を片手で受け止め、空いている手で冒険者を殴って斧を奪い取り、それを使って残りの二人を倒した。

 従魔覚醒の効果を受けているとはいえ、ようやるよ。


『ホワタアァァァッ!』


 なんか勝利の決めポーズっぽいのをしているけど、ちょっとポーズがダサい。


「マスター様、どうかしましたか?」

「いや、なんでもない。これまで通り持ち物は回収。死体は魔物の食事に回しておいてくれ」


 さてと、ダンジョン内に侵入者はいなくなったから実験の方をやっておくかな。


「しばらく外す。育成スペースにいるから、何かあったら呼んでくれ」

「承知しました」


 留守をユーリットに任せ、魔石盤とナイフと収納袋の一つを持って育成スペースへ向かう。

 魔物達が訓練をしたり休んだりしている中を、挨拶を交わしながら端の方へ行くと、実験用に遺しておいた冒険者の死体が六体並んでいる。


「ふぅ……。さあ、やるか」


 死体を前に気持ちを落ち着けるため、深呼吸を一つして作業へ取り掛かる。

 男冒険者の死体の前に立ち、左胸をナイフで切開していく。

 この人体に刃物を入れる感触は慣れないけど、自分で考えた実験なんだから自分の手でやらないと。

 少し呼吸を強めにして気分の悪さを紛らわせつつ切開を続け、心臓を露出させる。

 うっ……死んでいても臓器を直に見るとかなり辛いな。

 とはいえ、やると決めたんだからと込み上げてくるものを押さえ、手を動かす。

 震える手で心臓へ切れ込みを入れ、持って来た収納袋に入れてある魔心晶と、昨日入手した魔心結晶を取り出す。

 これからやるのは、人間の死体へ魔心晶を埋め込む実験。

 前に魔心晶を抜かれた魔物の死体で同じ実験をやった時は、魔力を流しても何の反応もしなかった。

 その理由が元々体内に魔心晶を持っていたからなら、それが無い人間ならどうなるかと思っての実験だ。


「まずはこいつで……」


 魔心晶を一つ手に取って心臓の切れ目へ差し込み、武装化と同じように魔力を流して満たしてみたけど全く変化を起こさず、時間が経つと満たした魔力も消えてしまった。

 ということは元々魔心晶が有る無いに関わらず、後から埋め込んでも意味が無いってことか。

 それが分かっただけでも良しとして、次の実験のために差し込んだ魔心晶を抜き取る。


「パンプキンゴースト、ちょっと来てくれ」


 呼び寄せたパンプキンゴーストに頼み、死体をゾンビ化させる。

 すると魔物の証である魔心晶が、心臓の切り込みの箇所に生まれてゾンビとして動き出した。

 それじゃあ次の実験に入ろう。

 今度は通常は一つしかない魔心晶が二つあると、魔物はどうなるのかという実験だ。

 手にしたままのナイフで心臓に別の切れ目を入れて、さっきの実験で使った魔心晶を埋め込む。

 まずは武装化の時のように魔力を流さず、埋め込んだだけで様子を見てみよう。

 すると埋め込んだ魔心晶に魔力が溜まっていき、それが満たされるとゾンビは呻き声を上げて苦しみだした。


「ヴァアアァァッァァァッ!」


 急に騒ぎ出すから、思わず持っていたナイフを構える。

 そしてゾンビがどうなるのかと観察していたら、予想外の変化を始めた。


「なん……だ……こりゃ」


 傷が塞がって全身の肌が黒一色に染まっていき、歯は牙のように変化して指も爪も先端が尖っていき、額からは二本の角が生えた。

 やがて叫び声が治まったゾンビの眼底には、小さな赤い光が灯る。


「こいつは……」


 すぐに魔石盤でこいつの情報を調べてみる。




 名称:ダークネスゾンビ 新種

 名前:ヴァーチ

 種族:アンデッド(ハイゾンビ)    新種

 スキル:拳術 蹴術 身体能力上昇 闇魔法




 ちょっと待て。

 新種の魔物でダークネスゾンビ?

 しかもこっちも新種のハイゾンビは、ゾンビの上位種族ってことか?


「いがが、ざれまじだか、主ざま」

「お前喋れるのか!」

「ヴぁい。わだじ、ヴァーチ、ど言いまず」


 そういえば、名前が付いている魔物は人語を喋れるって聞いたことがある。

 原因は全く分からないそうだけど、そういうもらしい。


「ヴァーチ。なんでハイゾンビになんてなったのか分かるか?」

「いで。だだ、ぢからの源が、増えだ気がじまず」


 力の源っていうのは、魔心晶のことだな。

 それが増えたからリッチやレイスじゃなくて、新種のハイゾンビへ進化したんだろう。

 その影響なのか、元の冒険者が持っていた近接戦のスキルに加えて闇魔法まで習得している。

 これは戦力になりそうだから、実験を後回しにしてでも確認しておこう。


「主ざま、どうがじまじだが?」

「何でもない。それより、お前の強さを見せてもらうぞ」


 休憩や訓練をしている魔物達に場所を開けさせ、訓練中だったオークを一体呼び寄せて模擬戦の相手をするよう伝えた。。

 拳術と蹴術があるヴァーチは素手で、オークは訓練用に刃を潰した斧と盾を持って対峙する。


「それでは始め!」


 開始の合図で両者は接近。

 ヴァーチはゾンビなのに意外と俊敏で、オークが繰り出す斧での攻撃を身軽な動きで避け、強烈な蹴りを繰り出す。

 オークの方も攻撃を盾で防ぎ、斧で反撃する。

 互いに引かない打ち合いに見物している魔物達が盛り上がるけど、形勢は徐々にオークが優勢になっていく。

 するとヴァーチが下がった。

 でもそれは逃げで引いた訳じゃなかった。


「ダーグ、ボール」

「グゥッ!」


 距離を取ったヴァーチは闇魔法を放ち、そこから近接戦と魔法のヒットアンドアウェイ戦法に切り替える。

 だけど最初こそ魔法に驚いて受け身に回ったオークが、盾を構えて魔法を防ぎつつ前進して接近する。

 今度はヴァーチの方が驚いて魔法を連発するものの、オークは構わず前進して距離を詰めていく。


「ヴ、ぐっ」

「オォォォッ!」


 懐まで迫ったオークを迎撃しようとした拳は盾で受け止められ、そのまま押し返されてヴァーチは転倒。

 起き上がる前に斧が喉元へ向けられ勝負あり。


「そこまでだ」


 勝ったオークが斧を持つ手を突き上げて雄叫びを上げ、観戦していた魔物達の歓声に応える。

 これは従魔覚醒の影響下にあるかないかが勝負を分けたな。

 ヴァーチはゾンビらしからぬ良い動きだったけど、まだ俺からの指導を受けていないから従魔覚醒の影響下にない。

 だから近接戦で押され、魔法を防がれてながら前進された。

 でなければ近接戦はヴァーチ優勢か良いとこ互角、魔法は防がれても前進されなかっただろう。

 まあ今回は勝敗どうこうじゃなくてヴァーチの戦闘能力を確認するのが目的だから、結果よりも内容重視。

 それを踏まえれば、十分に戦力になると判断できる。


「ずま、ぜん。主ざま」

「構わないさ。今回はお前がどれだけ戦えるのかを見たかっただけだから」


 勝敗は気にしないようこと、後で指導することの二点を伝えたら、一旦他のゾンビ達の下へ向かわせて交流させることにした。

 頷いたヴァーチがゾンビ達の下へ向かうのを見届けたら、こっちは実験を再開。

 今度は魔心晶を埋め込み、魔力を流さずに死霊魔法をかけさせてみた。

 だけど埋め込んだ魔心晶が新たに生み出される魔心晶の代わりになるだけで、普通のゾンビになっただけに終わる。

 魔心晶を損をしてちょっとイラついたから、そいつは腐滅を持たせてパンデミックゾンビにした。

 続いての実験は、ヴァーチを見て思いついたことを試そう。

 同業者に襲われていた女冒険者の死体をダークネスゾンビにして、そいつの魔心晶の片方に魔力を流し込む。


「ぐうぅぅぅ」


 苦しむダークネスゾンビを無視して、武装化の要領で魔力を流し続ける。

 この実験で試したいのは、二つある魔心晶のうち片方を武装化に使えば、イメージした物を武装した魔物にならないかということ。

 一方を武装化のために使い、もう一方は残ったままだから魔物として活動できるはず。

 やがて魔力が満たされるとダークネスゾンビの全身が黒い魔力に覆われ、慌てて手を引いて成り行きを見守る。

 しばらくすると魔力はイメージした通りの形となり、漆黒の甲冑を纏った姿になった。


「どうだ? 動けるか?」

「はい……。問題なぐ、動げ、まず」


 いくつか質問して確認したところ、甲冑は中身と完全に一体化していて着脱は不可。

 仮面の前面部を上下させて顔を露出させることは可能でも、それ以外は自分で脱ぐことも俺が脱がすこともできない。

 本人に違和感は全く無く、むしろ動きやすいくらいだそうだ。


「えっと、情報の方は」




 名称:ダークネスナイトゾンビ 新種

 名前:エレン

 種族:アンデッド(ナイトゾンビ) 新種

 スキル:剣術 盾術 防御力上昇 闇魔法 闇耐性




 おお、ナイトゾンビとは強そうだ。

 そしてナイトだけに剣術と盾術も使えるのか。

 これは期待できる。

 できれば模擬戦をと言いたいところだけど、ちょっと時間が押しているから省略。

 後でヴァーチと一緒に指導をすることにして、エレンもゾンビ達の方へ合流させた。

 さて、次の実験へ移ろうか。

 生前のエレンを襲っていた男冒険者をダークネスゾンビにして、今度は二つの魔心晶へ同時に魔力を流していく。

 イメージは刀を手にした鎧武者。

 これで片方が刀に、もう片方が鎧になれば成功だ。

 イメージに集中して魔力を流し続け、やがて魔心晶が魔力で満たされた。

 ところが、どうなるのかを見守るために離れようとした直前で、ダークネスゾンビは何の前触れも無く大きな音と共に爆発した。


「うわっ!?」


 思わず声を上げてしりもちをつく。

 心臓がバクバクと強い鼓動を打ち呼吸が乱れ、ゾンビとはいえ人体が爆発する瞬間を目にして、肉片や体液を浴びた

手を見て震えと寒気が走る。

 そこへトドメを刺すかのように、上へ舞った肉片と体液が降り注ぐ。

 駄目だ、無理。


「うえぇぇぇぇっ」


 目の前で起きた出来事と光景に耐え切れず、蹲って吐き出す。

 どんだけ吐いても胃が締めつけられているようで、キリキリとした痛みに襲われる。

 何が悪かったのかを考える余裕も無く、とにかく吐き続けて寒気と震えと痛みに悶える。


「だれ、か……」


 助けて貰いたい一心で、驚いている魔物達へ手を伸ばす。

 慌てて駆け寄る魔物達に心配されている最中、司令室へ繋がる扉が開いた。


「マスター様? 今の大きな音は……何があったんですか!」


 顔を覗かせたユーリットが駆け寄り、爆散したダークネスゾンビに顔を真っ青にする。

 とても一人じゃ対処できないと思ったのか、すぐに司令室に戻ってフェルトを連れて来ると、二人がかりで居住部へ運んでくれた。

 それから自室へ寝かされてミリーナに介抱され、体を拭われて服を着替えさせられ、何があったのかを聞かれたから説明し、それを聞いたユーリットから精神安定薬を貰って幾分か落ち着けた。


「はあ……はあ……」

「大丈夫ですか? ご主人様」

「あぁ……少しは楽になった。でも、あの光景が頭にこびりついて放れない……」


 二つの魔心晶へ同時に魔力を流したのが悪かったのか、それとも二つ同時の武装化が悪かったのか。

 立て続けに良い結果を出したことで調子に乗って、こうなる可能性を忘れていた俺のミスだ。

 ああくそ、こんなの絶対にトラウマものだ。

 思い出したくなくても脳裏に光景が再現され、苦しさで痛む胸を服の上から掴む。

 これをどうにかできないかと思っていると、不安を隠せない表情のイーリアがしゃがんで目線を合わせる。


「ヒイラギ様。すぐに教会の天使の下へ赴いて、治療をしてもらいましょう」


 教会の天使? あぁ、そういえばそんなのがいたっけ。

 というか、なんで病院じゃなくて教会?


「ここは病院じゃないのか?」

「ヒイラギ様のいた世界ではそうなのでしょうが、こちらでは外傷や病気の治療なら病院、精神的な治療なら教会なんです」

「なんでだ?」

「悪い記憶を克服するのは、ある種の浄化ですから。頭に刻まれた呪いを解除するものと思ってください」


 そういうことか。

 というか、頭に刻まれた呪いって言い方が怖い。

 だけど治療はしてもらいたいから、留守をイーリアとアッテムに任せて教会へ出発。

 道案内と付き添いを兼ねてローウィに同行してもらい、念のためミリーナにも一緒に来てもらうことにした。

 どうにか自力で歩けるものの、時折ふらつくのを二人に支えてもらいながら歩を進め、どうにか教会へ辿り着く。

 教会はダンジョンギルドの近くに建っていて、外見はイメージの中にある教会そのもの。

 違うとすれば数人の天使が空中に浮かび、ステンドグラスの外側を清掃していることくらいだ。


「さっ、主様。こっちです」


 ローウィに優しく背中を押されて入り口前の受付へ向かい、そこにいる修道服姿の猿人族の女性へ用件を告げるとすぐに中へ通された。

 そのまま診療室へ連れて行かれると、余裕のある服装の上に白衣を纏った天使族の女性が対応してくれた。


「本日はどうしましたか?」

「ちょっと精神的に辛い経験をして、気分が悪くて気持ちが落ち着かないんです」

「具体的には、どのような?」


 ダンジョンに関わる事だから詳細は伝えられないと前置きし、目の前で人体が爆発して肉片と体液を浴びたと説明したら、とても気の毒そうな表情をされた。


「そ、それは大変な経験をしましたね」

「未だに脳裏にこびりついて離れないし、それだけで気分が悪くなって心が押しつぶされそうになるんです」

「無理もありませんね。とりあえず、まずは診察をさせていただきます」


 そう言った天使は俺の額に手を伸ばして触れる。


「ちょっと失礼しますね。マインドチェック」


 触れている手が淡い光に包まれ、そのまましばし待つ。

 しばらくすると天使は額から手を離し、頷く。


「確かに治療が必要ですね。心の乱れが酷いです」


 今の魔法は心の乱れを調べる魔法だったのか。


「治療はどうするんですか?」

「これでしたら強めの魔法一回でなんとかなりますよ。ちょっとお値段は高いですが」


 そうか、それは良かった。

 治るのなら支払いが高いくらい問題ない。

 念のため金は用意してある。


「お願いします」

「分かりました。それでは……ホーリーマインドメディシン」


 再度額へ手を触れると、さっきより強い光を放つ魔法で心が安らいでいく。

 脳裏を支配していた光景が消えていき、胸の痛みが和らいでいき、気分が落ち着いていくのを実感する。


「いかがですか」

「随分楽になりました」


 あの光景は記憶に残っているけれど、さっきまでの苦しみは感じない。

 やがて治療を終えて光が消えた頃には、あの光景を目にする前の状態に戻っていた。


「これで治療は完了です。今後また同じような光景か、それ以上の光景に遭遇しなければ大丈夫でしょう」

「分かりました」


 あんなのはもう二度とゴメンだ。

 今後の実験はもっと慎重にやらなくちゃな。


「では、お大事に」

「ありがとうございました」


 お礼を言って料金の支払いを終え、教会を出たら体を伸ばす。


「はあ、スッキリした」

「回復されてなによりです」

「ご主人様。私もあの天使のような治癒魔法を使えるよう、頑張りますね」


 何か思う所があったのか、ミリーナが鼻息を荒くして張り切っている。

 頑張れよと返してダンジョンへ戻ろうとしたら、後ろから声をかけられた。


「あのぉ、すいませぇん」


 間延びした喋り方での呼び掛けに振り返ると、黒い髪を腰辺りまで伸ばし、同じく黒い羽が背中に生えている、治療してくれた天使と同じ服装の女性がいた。

 羽の形状はさっきの天使にそっくりだけど、教会で見かけた天使の羽は全員白かったし、髪も金髪ばかりだった。

 だとしたらこの人の種族は何だ?

 服装からして教会関係者なんだろうけど、何の用だろうか。

 そして服装は同じでも、余裕が有りすぎて服がダボダボだぞ。それでちゃんと動けるのか?


「何か用ですか?」

「ひょっとしてぇ、噂に聞く異世界人のダンジョンマスター様ですかぁ?」

「そうですが」

「どうかお願いしまぁす。ウチを雇っていただけませんかぁ?」


 そう言って女性は深々と頭を下げた。

 えっ、自分自身の売り込み?


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