第20階層~第21階層 奴隷達の回想
涼「味噌や醤油の作り方、調べておけばよかった」
仲間達とダンジョンに挑んで魔物に敗北し、気を失った時は死んだかと思った。
ところが俺は死んでおらず、目が覚めると奴隷が着るような服と首輪をして牢屋の中にいた。
対面の牢屋には同じ格好をした仲間がいて、そいつも現状が把握できず困惑している。
そこに現れたのはダンジョンマスターを名乗る、熊の耳と尻尾が生えた女。
そいつからダンジョンタウンの存在を聞かされた時は、本当に驚いた。
俺達の足下に都市があって、目の前にいる女のような奴が大勢暮らしているなんて、誰が想像できるかって。
「という訳で、ここでは人間は奴隷としてしか生きていけないの。明日にはあなた達を売りに出すけど、悪く思わないでね」
説明を終えた熊の女からそう聞かされた翌日、俺はダンジョンギルドって所に奴隷として売り払われた。
さらに翌日には買い取り先の奴隷商も決まって、その日の内に荷馬車で店へ運ばれることになった。
「フェルト。お互い、なんとかやっていこうぜ」
俺と一緒に捕まった仲間は別の所に売られるらしく、俺と同じ荷馬車には乗れなかった。
同じ荷馬車には俺の他に男が二人と女が一人乗っている。
「おっ、坊主もこれに乗れたのか」
「これに乗れたら何なんです? どっちにしろ奴隷には変わりないでしょ」
「それが違ぇんだよ。小耳に挟んだ話なんだけどな」
男達の話によると、この荷馬車に乗れなかった男は全員、町を広げる拡張工事の現場に送られるらしい。
そこは労働環境が悪い上に作業も過酷で、地獄のような場所だそうだ。
「俺らは運良く買い手が付いたから助かったが、残っていた男共は全員そっち行きだ」
「そんな……」
驚愕している間に荷馬車は走り出す。
今すぐにでも降りて仲間の下へ行きたかったけど、そんな事をしたら俺もその現場へ送られるんじゃないかと思うと動けなかった。
「しっかし、地下にこんな大きな町があったとはな」
「こうして実際に見るまで、とても信じられなかったわね」
「おまけに人間以外の種族が、こんなにたくさんいるとはな」
三人は諦めているのか拡張工事現場よりはマシと思っているのか、極自然に会話を交わしている。
けれど俺は仲間が辛い場所へ送られるのに、自分だけ助かったみたいでそれどころじゃない。
仲間への申し訳なさと後ろめたさと、そこへ行かずに済んだ幸運と今後への不安がぐちゃぐちゃになって、自分でも何を考えているのかよく分からない。
「おい坊主、どうした?」
呼びかけられたけど反応できない。
聞こえてはいても、それどころじゃなくて返事一つできない。
「そっとしてあげなさいよ。色々ありすぎて、困惑しているのよ」
「だな。さっきまで一緒にいた仲間があっちへ送られるとなりゃ、仕方ないか」
男の一人が拡張工事現場らしき壁際を眺める。
俺もゆっくりと振り向いてそっちを見た。
壁との距離があり過ぎて、あそこでどんなに辛い工事が行われているのかは分からない。
すると壁の一部が崩落して、土煙が立つのが見えた。
「うわっ、崩れたぜ。ありゃ何人か死んだな」
崩落事故の様子を見てようやく腹は決まった。
死にたくない。
奴隷とはいえせっかく生き延びたのに、劣悪な環境下で過酷な労働をさせられたくない。
だったら良い主人に買われるかもしれない、こっちの方がずっとマシだ。
「俺達、どんな亜人に買われるんでしょうね」
「お、やっと落ち着いたか。そうさなぁ、せめて飯くらいはちゃんと食わせてくれる所がいいな」
「私は変態に買われなければ、それでいいわ」
当ての無い未来の話をしているうちに、荷馬車は店に着いた。
店は地上にある奴隷商店と似た見た目で、男二人と一緒に連れて行かれた部屋には十二人の男達がいた。
「新入りか。お前達の寝床は空いているあそこ、もうすぐ労働時間だから休んでいる暇はねぇぞ」
この部屋の住人を纏めているんだろう、ガタイのいい男が指差したのは五段ベッドの上の方。
室内には同じ五段ベッドが三つあり、他にはテーブルと人数分の椅子があるだけ。
「労働って何するんだ?」
「この部屋と店の掃除だよ。後は飯作りとか、臨時の労働だな。それ以外の時間はここで待機して、売れるのを待つんだ」
男の説明によると、俺達は売れるまでタダ飯を食える訳ではなく、ある程度の労働をさせられるそうだ。
食事は部屋毎の当番制で作らされ、部屋と店内の掃除も俺達でやる。
それ以外だとたまに臨時労働で運搬作業をさせられるそうだけど、基本的に声が掛かるまで部屋で待機する。
肝心の食事はというと、廃棄寸前の野菜クズと毛皮を取るために育てられているという狼の肉ばかり。
狼の肉は不味いと聞いていたから食べた事が無かったけど、本当に不味かった。
固くて臭くて味も悪くて、飲み込むのが辛かった。
こんな食材を使った食事が朝と夕の二回、ボロイ厨房で作らされる。
「塩もほとんど無しか……」
「一日二回も飯を食えるだけ、ありがたいだと思え」
薄くて不味い食事に閉口していると、隣の席の男に睨まれた。
うん、確かに奴隷が一日で二回も食えるだけマシだよな。
地上の奴隷は一日一食が当たり前だって話を聞いたことがあるから、そういう意味じゃマシなのかも。
そう割り切って、ただ焼いただけの狼肉にかぶりつく。
うえっ、不味い。
そんな俺の転機は数日後にやってきた。
「今から呼ぶ者は私と共に来い。お客と顔合わせをする」
今日も来たか。
ここにいる数日の間、何人かが今回のように部屋を連れ出され、たまに一人か二人減って帰って来た。
それはつまり、お客の目に留まって買い取られたってことだ。
いつか俺もと思っていた矢先、名前が呼ばれたから慌てて立ち上がり、名前を呼ばれた男達と共に部屋を出る。
「あの、お客さんってどんな」
「喋るな」
先頭を歩く男が話しかけると、腰から下が馬になっている女が槍の穂先を向ける。
男は黙り、周りも黙り込んでしまった。
途中で女奴隷の部屋からも六人が連れ出された。
どれも若く、俺とそう年は離れていない。
今回のお客とやらは、そういう要望を出したようだな。
「お待たせしました」
連れて来られた部屋に並べられた俺達は、自分を買ってくれるかもしれないお客を見て驚いた。
だってそこにいたのは、体のどこにも変わった特徴が無い、鋭い目つきに黒い髪と目をした俺と同じ年頃の人間の男だからだ。
ここでは奴隷としてしか生きられないはずの人間が、奴隷じゃない姿で俺達の前にいる。
隣の席に肌から鱗が生えていて、耳がヒレのようになっているオドオドした女もいるけど、その女よりも男の方が立場が上っぽい。
そのことに驚いている間に、そいつは店主らしき鮫のような男から紙の束を手渡された。
それを見ながら俺達を観察している最中、同室だった奴が声を掛けようとしたら下半身が馬の女に睨まれて黙る。
静寂が部屋を包んでしばらくすると、男は俺を指差した。
「男はこいつをもらう」
何を基準に選んだかは分からないが、俺はこいつの目に留まったようだ。
他にも胸のデカい女が選ばれ、その場で奴隷契約が交わされて俺達はこいつの所有物になった。
その際に聞いたんだけど、こいつは俺を売った熊の女と同じダンジョンマスターらしい。
巡り巡ってまたダンジョンに戻るなんて、どんな縁なんだか。
「フェルトです、よろしくお願いします」
「ミリーナと申します」
名前を伝えるだけの簡単な自己紹介をすると、そいつと連れの女の紹介と仕事内容について聞かされた。
どんな事をさせられるのかと思いきや、家事とダンジョンの監視。
てっきりミリーナの方は夜の相手をさせるために買ったのかと思いきや、スキルから戦力になると判断して購入したそうだ。
「頑張ります! お怪我をされたら言ってください。治癒魔法で治しますから!」
安堵した表情のミリーナが、勢いよく立ち上がって力説する。
うおっ、今すげぇ揺れたぞ。
その後の帰り道で俺とミリーナが捕まる前のことを話して、主人となったヒイラギ自身のことも聞かされ、異世界からダンジョンマスターとしてやってきた、奴隷にならない特例の人間っていうのにはミリーナ共々驚いた。
しかしそれを抜きにしても、俺達は良い人に買われたようだ。
職場で紹介された時はどうなるのか不安だったけど、飯は皆と同じ物を一日三食もらえるし、亜人達からの指導も横暴どころか懇切丁寧で親切にしてもらえている。
傲慢で横暴な主人に買われるのも覚悟していたのにこれだと、夢じゃないかと疑ってしまう。
離れ離れになった仲間には悪いが、俺はこの幸運を絶対に逃さない。
一生懸命働いて、ここに骨を埋めるんだ。
ただ、あの可憐で親切なリンクスさんが男だったのは、残念で仕方ない。
返してくれ、俺の初恋を。
****
冒険者になる前の私は教会の幹部である父の下、シスターとして呪いの品を解呪したり怪我人の治癒をしたりして過ごしていました。
そんなある日、十六歳になって成人した私に父がこう告げました。
「冒険者として旅に出て、救いたくとも救えない命があるという事を学んでこい」
なんでもこれは、私が所属する宗派では誰もが一度は経験する通過儀礼のようなもので、教会の上層部の方々も若い頃に冒険者となって旅に出て、各地を巡りながら命の大切さや奥深さや尊さを学んだそうです。
それによって教会にいるだけでは学べない命の有り方を知り、より深い命への祈りを捧げる事ができるという教えらしいです。
父も若い頃に五年ほど冒険者として活動して、救える力があるのに状況がそれを許さなかったり、自身の力不足で消えていく命の灯火を目の当たりにしたり、救いたいのに救えない命があることを学んだと教えてくれました。
「我々は如何に神に仕えていようと、限界が存在する人間だ。それを己で体験し、より深い神への祈りとするのだ」
父の言っている事は分かります。
私はこれまで、自分が住んでいるこの町の人々しか救っていない。
しかも若くて地位も低い私の下には、重傷の患者は回ってきません。
ですから、人の死に立ち会った事がありません。
自分に回ってきた患者は全員治していますが、治せない患者というのは一度も経験したことが無いのです。
「ですが、何故冒険者に?」
「一人で旅に出るのは危険すぎるし、護衛を雇えば金がかかる。冒険者となれば、パーティーを組めるだろう?」
そういう事ですか。
如何に修行の旅とはいえ、戦闘力を持たない身での一人旅は無謀。
だからといって護衛を雇えば出費ばかりがかさみ、私の財布や教会の運営を圧迫してしまいます。
しかし冒険者ならば自然に仲間を作れますし、活動の過程で目的も果たせるわけですね。
「分かりました。行ってきます」
「せめてもの餞別だ、私が昔使っていた杖を渡そう」
こうして私は父の杖と冒険用の丈夫な修道服を纏い、冒険者として活動する事になりました。
しかし、そう簡単に仲間を見つけて旅立つとはいきません。
「うぅ……やっぱり視線が……」
私はその……女性的なある部分が大きいため、周囲の男性から嫌らしい視線が集まりやすいんです。
特に冒険者ギルドなんて行った日には、あからさまにそういう視線が突き刺さるので、男性不信気味なんですよね。
男性に声を掛けられそうになると一目散に逃げ出し、女性冒険者だけのパーティーを探しました。
けれど、私が教会出身なのはともかく、魔法が回復魔法しか使えないと分かると難色を示されます。
それでもどうにかルーキーばかりの女性冒険者パーティーを見つけ、仲間にしてもらうことができました。
「いやぁ、ミリーナが仲間になってくれたお陰で回復が助かるよ」
「アタシ達ってば、攻撃担当ばかりのパーティーだったからね」
仲間にしていただいたのは、剣士と盗賊と攻撃魔法だけしか使えない魔法使いのパーティーです。
回復役がいなかったので、私の加入は渡りに船だった訳です。
「それに料理も美味い!」
「誰も料理できないから、肉とか魚に塩を振って焼いただけだったもんね」
冒険者になってみて分かりましたけど、冒険者にとって野営時の食事は大切なんですね。
これまでに貧しい人達への炊き出しで料理は何度もしていましたけど、その腕がこんな形で生きるなんて。
これをきっかけに皆さんとの交流も上手くいき、時に楽しく時に辛い旅が二年ほど続きました。
そんなある日、とある町の宿でリーダーの方から一つの提案をされました。
「町の近くにダンジョンがあるらしいから、入ってみないか?」
ダンジョンのことは私でも知っています。
一見すればただの洞窟なのに、内部は様々な環境であり多種多様な魔物が共存している謎の多い場所です。
これまでは実力と連携を磨くために入るのを避けていましたが、この二年で私達も強くなりました。
色々な苦労や危機を経験し、旅に出た目的である救いたくとも救えなかった命ともたくさん向き合い、時には泣いて時には己の不甲斐なさや無力さを嘆きながらも、皆さんの支えもあって乗り越えてきました。
相変わらず男性はちょっと苦手ですが、冒険者ギルドの男性職員に話しかけるくらいはできるようになりました。
そうした日々を過ごしてきた私達に迷いは無く、自信も付いて来たことからダンジョンへ挑んでみることにしました。
「よっしゃ、行くぞ!」
「ここで活躍して、私達「百合の園」の名を広めましょう」
「突撃、突貫、大爆破!」
「いえ、爆破は拙いと思いますよ?」
普段通りのやり取りを交わして笑いあい、私達は意気揚々とダンジョンへ向かいました。
けれどそこで待っていたのは、己の無力と絶望でした。
「私が……奴隷に?」
「そうよ。でないとアンタみたいな人間は、ここでは生きていけないの」
ダンジョンで魔物に負けて気を失っていた私が目を覚ますと、奴隷の方が着るような服と首輪を付けられて牢屋にいました。
何が起きたのか訳も分からずにいると、ダンジョンマスターを名乗る物語に出てくる吸血鬼のような女性が現れて、ダンジョンタウンの話と仲間達の末路を聞かされました。
私は最後尾にいたお陰で気絶で済みましたが、他の方々は命を落としたそうです。
二年も一緒にいた仲間の死と、二度と地上に戻れず、一生奴隷として過ごさなければならない悲しみから一晩中泣き明かしました。
そして翌日、奴隷として売却された私はその日のうちに奴隷商の下へと引き渡されました。
「新入りだ。色々教えてやれ」
下半身が馬の女性に連れて来られた部屋には、私以外に十四人もの女性奴隷がいました。
置いてあるのはテーブルと人数分の椅子、そして五段ベッドが三つ。
私は割り当てられたベッドを教えてもらい、掃除や食事作りをしながら買い手が現れるのを待つ事になりました。
買われた先で何をされるんだろうと考えると、それだけで自害したくなりますけど首輪のせいでそれもできず、大人しく待つことしかできません。
「まっ、少しでもまともに扱ってくれそうな奴に買われるのを祈りな」
部屋のまとめ役の女性にそう言われましたが、そんな人に運良く買われるなんて都合の良い話、そうそうありませんよ。
ところが私のそんな考えは、翌日に良い意味で裏切られました。
「お前達には俺のダンジョンで居住部の家事及び、ダンジョンの監視業務で働いてもらう」
私を買ったのは、どういう訳か人間の少年でした。
目つきが悪いので、てっきり体を弄ばれるのかと思っていたら、彼から出てきた言葉は労働力としての期待でした。
「えっ? 夜のお相手、とかではなく?」
うっかりそんな事を聞いた後で、しまったと思いました。
余計な一言で、本当にそれをされたらどうするんだと。
「いや、普通に労働要員が欲しいだけだ。ミリーナは料理と掃除のスキルがあるだから、しっかり働いてもらうぞ」
補足説明を聞いた途端に不安が一気に吹き飛びました。
この人の目つきはちょっと怖いですけど、私の胸を凝視してませんし、労働力として求められている事も分かりました。
「頑張ります! お怪我をされたら言ってください。治癒魔法で治しますから!」
ですから私も、一生懸命働く意志を伝えました。
私は亡くなった仲間の皆さんの分も、生きていかなくてはいけないんですから。
地上に戻れないのは残念ですけど、いつまでも引き摺っていられません。
幸運にも手に入れた安全そうな職場を辞めさせられないよう、頑張って働かなくちゃ!
そう意気込んで案内された職場は、女性が三人もいて安心します。
私を買ったご主人様は、人間が唯一奴隷でなくいられる異世界人のダンジョンマスターであるヒイラギさん。
ご主人様以外の男の人は、子供っぽい見た目のユーリットさんと、女性かと勘違いしていたリンクスさんの二人。
このお二人なら私も大丈夫そうです。
仕事もいきなり実践投入されるかと思えば、まだ準備期間中ということで懇切丁寧に指導していただき、しかも休憩や睡眠もしっかり取らせてもらえています。
ご主人様曰く、労働意欲を欠かさない為らしいです。
確かに働く意欲の無い人を使っていても、効率が悪いだけで仕事は捗りませんからね。
私、ご主人様に買ってもらえて良かったです。
これも日々の祈りのお陰なんでしょうか。
****
オレと涼の関係はよくある幼馴染ってやつだ。
家が近所で同い年だからよく一緒に遊んでいた。
当然保育園から小学校、中学校まで同じ。
高校はさすがに別々になるかと思ってたら、同じ所に行くって言われた。
「なんでだよ」
「だって近いし」
「いや、そうじゃなくてお前、もっとレベルの高いとこ受かっただろ」
「あっちは先生に言われて受けただけで、元々行く気は無い。言われた通り受けたんだし、義理は果たしただろ」
まったくよぉ、なんでこんな奴になっちまったんだ。
本当ならもっとできるはずなのに、そこそこ程度の結果で済ますなんて。
オレは知っているぞ、涼が本気を出せば勉強だって運動だってもっとできるのを。
幼い頃から見てきたんだ、たまに見せる本気を見ればそう思えるって。
癪だからちょっとからかってやるかな。
「とか言って、実はオレと同じ所に通いたいからじゃねぇの?」
「それもあるかもな」
はあぁぁぁぁぁぁっ!?
ちょっ、待って、そんなカウンターどう回避すればいいんだよ!
「気心知れた香苗がいれば、少なくともボッチは回避できるからな」
「そんなことだろうと思ったよ!」
持ち上げといて落とすとか、こいつは本当に昔っから質が悪いな。
無自覚でサラッと口説き文句を言うけど、涼に口説こうとかそういう気はこれっぽっちもなくて、思っている事を口にしているだけだ。
ていうか分かっていながら反応しちまうオレもオレだよなぁ。
「この天然タラシが」
「はっ? なんか言ったか?」
「なんでもねぇ!」
まぁ、こんなオレと一緒にいてくれるだけでも、正直かなり嬉しいんだけどな。
そうして進学した高校でも似たような付き合いを続けて、高二の修学旅行の帰り道で事故って異世界へ来た。
最初に立ち寄った村で冒険者になって、そこで知り合った女性職員の家を間借りして家事を手伝いつつ冒険者活動に励んで、ある程度金が溜まったらグリンダって町へ拠点を移したら、涼のストーカーだった戸倉と副担任だったサトちゃんと再会。
この調子でいつかは涼とも会えるんじゃないかと思いながら過ごしていたある日、仕事で戸倉とサトちゃんと一緒に隣村へ向かう途中で雨宿りしていたら急に凄い衝撃を受けて気絶して、気づいたら奴隷の格好で牢屋にいた。
別の牢屋には戸倉とサトちゃんもいて、ここはどこなのか、これからどうなるのかを喋っていたら涼と再会した。
「よっ、久し振り」
向こうは軽い調子で話しかけてきたけど、こっちは大混乱だ。
だって知らない間に訳の分からない状況になっていて、目の前にいきなり涼が現れたんだぞ。混乱しないはずがねぇって。
その後で聞かされたのは、この状況に陥った経緯とこの場所の説明、それと涼の現状だった。
ダンジョンタウン、ダンジョンマスター、亜人、例外に当たる涼以外の人間に対するここでの扱い、そしてオレ達をどう扱うつもりなのかの説明。
捕まった以上はどうにもできないから納得するしかないけど、そうしたらオレは涼と対等ではいられなくなる。
「なぁ、お前の奴隷にならなきゃ駄目なのか?」
「でないと身の安全を保障できない。それとも、何の目的で買われるかを承知で売られるか? それとも死ぬか?」
そんな言い方をしなくたっていいだろ。
だけどこの言い方は、オレ達の安全を考えた上での涼なりの優しさだ。
でも嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
もう二度と涼と対等でいられなくなるのが嫌だ!
「そういうんじゃねぇよ。オレはもう、お前と対等に肩を並べられないのかって思うと……」
涼は悪いようには扱わないだの、過重労働はさせないだの言っているけど、問題はそこじゃねぇんだよ。
「だから、そういうんじゃねぇんだって……」
くそっ……こんな事ならもっと素直になっときゃよかった。
どうして今になって気づくんだよ。
肩を並べたいんじゃなくて、肩に寄り添いたいだなんて。
「オレもそうする。涼の下が安全そうだし」
ホント素直じゃねぇな、オレって。
****
彼との出会いは入学式の後での教室。
周りは新しい出会いを求めて積極的にコミュニケーションを取っているけど、私は動けなかった。
誰かが話しかけてきてもアワアワしちゃって、周りが勝手に引いちゃう。
一緒にここを受けた友達は落ちちゃって滑り止めの方に行っちゃったから、学年内に知り合いもいない。
あぁ、これは高校生活がボッチで終わるパターンかな?
「お前はどこ中から来たんだ?」
そう思っていたら、怖い目つきをした男子生徒が話しかけてきました。
連れの女子生徒も妙な迫力があるから、ボッチ街道どころかパシリ街道に乗っちゃうかもしれない。
不安になって震えながらオタオタしちゃう。
きっとこの様子を見たこの人達は、下品な笑いをして私をパシリにするんだろう。
「落ち着け。別に取って食おうってつもりじゃないんだ、深呼吸してからでいいから普通に話せ」
あ、あれ? 見た目に反して良い人?
ちょっと間を置いて落ち着いたら二人と話をして、さらに怖い目つきの男子生徒、柊君が気を利かせてくれてさっき避けられた女子ともちゃんと話ができた。
「柊……涼君」
一人ぼっちになりそうだったのを救ってくれた柊君は、私の中のヒーローになった。
それ以来、彼を目で追わない日は無くて、やがて憧れは恋になって告白に至ったけど玉砕。
だけど諦めたくなかった私は、皆の前にも関わらず思い切った発言をする。
「だったら好きになってくれるまで纏わりついて心変わりさせる」
「はぁっ?」
あの時の柊君の意味が分からないと言いたげな表情と、友達からの公開ストーカー宣言だという指摘を受け、何をやらかしてしまったのかと少し後悔した。
だけどやってしまった以上は引けないと、行動に移した。
幸いにも柊君からは呆れながらだけど、勝手にしろというお墨付きを貰っている。
だから勝手にさせてもらう。
でも部屋に不法侵入したり物を持ち出したり、盗撮や盗聴や違法な事はしていない。
自分なりに距離を縮めようと頑張ってアピールして、気づけば一年以上が経過。
この調子でいつかと思っていたけれど、修学旅行の帰り道で事故った上に異世界行きってどんな超展開?
「しかも柊君はどこに行ったか分からないし」
スーツを着た胡散臭そうな男の説明会にいなかったし、その男に聞いてもはぐらかされ、不満と疑問を抱えつつも異世界ライフがスタート。
見知らぬ地で御者見習いとして働く日々は大変だけれど、柊君との再会を夢見て頑張り続け、宮田さんとサトちゃん先生と再会できた。
その後、仕事で一緒に隣村への移動中に大雨と遭遇。
寝ている間に何かあったのか、体を強く打って気絶して目が覚めたらボロボロの服を着ていて、首輪もされていた。
「どうしてこんなボロボロの服着ているの? それにこの首輪って奴隷の……」
町で何度か見たことがある奴隷の人が、これと同じ首輪を付けていたはず。
ということは、何がどうなったかは分からないけど、どうやら私は奴隷になるみたいです。
あぁ、柊君。せめて最後にもう一度あなたに会いたかったな。
ところがこの後、柊君と再会するどころか彼の下で働くことになるとは、この時の私は思ってもみなかった。
運良く再会した柊君の説明により、現状は理解した。
まさか亜人だけが住んでいる、ダンジョンが職業の一種になっている地底都市だなんてね。
「という訳で、安全を保障するために俺の奴隷にさせてもらうけど、異論は?」
「無い。柊君の下にいられるのなら、奴隷くらいウェルカム」
むしろ元いた世界でそういう関係になっても、私は否定も拒絶もしなかったよ。
間接的に仕事仲間を殺めた事を気にしているようだけど、別に気にしなくていいのに。
そりゃあ一緒に仕事をしていた仲間が死んじゃったのは悲しいし、原因の柊君が責任を感じるのも分かる。
だけどこうして柊君と再会して、奴隷としてでも一生傍にいられるのなら私は気にしない。
「私にとっての最優先は柊君。お世話になったけど、柊君がやったことなら気にしない」
だって柊君の傍にずっといられる事に比べれば、些細なことだから。
うふふふふ……。
****
ひゃっほう! 異世界転移できるなんて、これどんなラノベ展開なのよ。
でも冒険者は怖いから、商人になろっと。
スーツの人から転移先の世界の説明を受けたら、身分証とお金を受け取って転移!
ここから私の異世界ライフは始まった。
「はい、入町税の銅貨二枚と身分証です」
「よろしい、通れ」
初めて来たグリンダっていう町は結構賑わっていて、建物やなんかは転移先によくある中世ぐらいの造りね。
あっ、冒険者さんらしき人を発見。
さてと、楽しみはほどほどにしておいて、今後のためにお金をなんとかしないと。
何か仕事はないかと町を歩き回っていたら、通りがかった雑貨屋さんで住み込みの従業員募集の貼り紙を発見。
食事は出るけど、その分賃金が安い。
「食費と宿代で余計な出費をしないで済むし、ここにしよっと」
早速店内に入って貼り紙の件を店員の女性へ伝えると、別室で店主だという老人男性と面接。
仕事内容の説明をされた後、いくつかの質疑応答をしたら結果はその場で伝えられた。
「採用じゃ」
ふふふっ、やっぱり読み書き計算ができるのは異世界で有利になる鉄板ね。
こうして採用してもらえた私は最低限の生活必需品を買いそろえたら、翌日から働き始めた。
雑貨屋だけあって扱っているのは食品や調味料、布やちょっとした消耗品や日用品と多岐に渡るこのお店は家族経営をしていて、若旦那さんが大怪我をして当分働けないから人を募集していたらしいわ。
「シズクちゃんはよく働くの」
「あの馬鹿息子より、よっぽど役に立つよ」
むっふっふっ。褒められたからには頑張りますよ。私は褒められて伸びる子だもの。
こうして平凡だけど平穏な異世界ライフを楽しんでいたある日、店の前に置いてある立て看板を片付けに行くと、そこで教え子だった戸倉さんと鉢合わせた。
「戸倉さん?」
「サトちゃん先生?」
サトちゃん先生は止めてよ!
でも戸倉さんと会えたからいいか。
さらにその数日後、同じ教え子だった宮田さんとも再会。
この調子なら、もう何人かとも再会できるかもしれないわね。
そんなある日の仕事中、店長さんから取り引きをしている村への行商に同行してほしいって言われた。
別の場所へ行けるとあって、私は二つ返事でオッケーしました。
翌日、私は戸倉さんが御者をしている荷馬車に、護衛代行の仕事で来た宮田さんと共に乗り込んで、目的地であるヴェルーガ村へ出発。
結果的にこの旅が、私の異世界ライフの大きな分岐点だったみたい。
「何ここ?」
大雨を凌ぐために入った洞窟内で一晩を過ごすことになって、荷馬車の中で寝ていたら物凄い衝撃に襲われた。
そして気付いたら牢屋の中にいて、奴隷が着るような服になっていて首輪を付けていた。
他の牢屋には戸倉さんと宮田さんがいるけど、他の人の姿は無い。
「これはアレね! 実はあの洞窟はダンジョンで、その主に捕まって奴隷にされて辱めを受ける展開ね。エロ同人みたいに!」
自分で言っておいてなんだけど、それって拙くない?
創作物の中の出来事として見るならともかく、実体験するのはさすがにちょっと……。
戸惑う戸倉さんと宮田さんと同様に、これからどうなるのかと考えていたら、現れたのは教え子だった柊君。
彼からの説明を聞いて、地下にそんなファンタジー世界が広がっていることに歓喜すると同時に、彼の奴隷になれば安全は保障されると言われてホッとした。
「そうですか。店長さんは……」
死んでしまった店長さんには悪いと思いますが、生き残った以上は生にしがみ付きます。
もっと異世界ライフもしたいしね!
「そうだ、桜田と大和田の情報があるんだけど」
へぇ、桜田君は冒険者ギルドで働いているのね。
彼は真面目で勤勉だから、きっとやっていけるわ。
そして大和田君は……キターッ! キターッ!
色々と漲って創作意欲が湧いてきたあぁぁぁぁっ!
できるものなら今すぐにでも、コミケ用の一冊を創作したいぃぃっ!
こっそり柊君に提案してみたけど、何故かデコピンされちゃった。
なんでかしら、分からないわ。そして痛い。




