第16階層 目標を決めるのって夢を決めるより難しい時がある
ミリーナ「解呪スキルを得るまで、何度呪いに掛かったことか」
遂に借金を返済する日が来た。
オバさんと会う約束は午後だから、今日の俺のシフトは午前と夕方以降に集中させておいた。
返済時に元の世界の料理を教える約束をしたから、その関係で午後は丸々不在になる可能性があるからこのシフトにしておいた。
だけどその前に、侵入者達への対処をしなくちゃな。
『よっしゃっ! 改めて挑戦だ』
『まだ公表前だから、他には誰もいないはずよ』
『準備は万端だし念のため一晩休んだから、調子も万全だな』
丁寧な説明台詞ありがとう。
侵入者はこの前偵察に来た三人組だ。
どうやら他の冒険者に攻略される前に攻略するため、わざわざ一晩休んでまで乗り込んできたようだ。
「ご主人様、何か対応はしますか?」
「訓練を施したキラーアントかスライムを配置しますか? それともナイトバットで索敵対策を?」
前に訓練無しの魔物を倒していたからか、フェルトと紺のスカートタイプのブレザーを纏ったリンクスが少し不安そうだ。
香苗からも何か指示はないか、という感じの視線が向けられている。
でも、今回は別に特別な対応はしない。
せっかくだからフロアリーダーの間へ行ってもらって、バイソンオーガに実戦デビューをさせたい。
いつまでも訓練漬けじゃ仕方ないし、本人も冒険者を相手に戦いたくてウズウズしているだろうから、ちょうどいい機会だろう。
「魔物の配置はこのままでいく。ただフロアリーダーの間へ到着したら、バイソンオーガの戦闘記録はしっかり取ってくれ」
「はい!」
「分かりました」
「おう」
指示を出したらマイクを寄せ、フロアリーダーの間で控えているバイソンオーガへ音声を繋ぐ。
「バイソンオーガ、今日が初陣かもしれない。細かい指示は出さないから、思う存分暴れていいぞ」
『ブオオォォォォォォォォッ!』
ようやく戦える事への歓喜か、任せて貰える信頼に応えようとしてか、胡坐を掻いていたバイソンオーガは立ち上がって雄叫びを上げた。
音声が繋がったままだから司令室に雄叫びが響き渡り、思わず耳を塞ぐ。
よし、初陣を前に気合いを入れるのには成功だ。
後は実戦でどんな戦いをするかだな。
『どうりゃ!』
ダンジョン内を映すモニターには、盗賊の男がナイトバット二体を切り裂いている。
『むん!』
『ウィンスラッシュ』
剣士の男はキラーアントの攻撃を受け止め、魔法使いの女が風の刃で関節部分を切断する。
脚を二本切断されたキラーアントは、それでも剣士へ向かって襲い掛かる。
だけど突進を避けられ、首の関節に剣を突き立てられて絶命した。
『よし、素材と魔心晶を回収だ。手早くな』
『おうよ。任せとけって!』
剣士と魔法使いが周囲を警戒し、盗賊が手早く素材と魔心晶を剥ぎ取って収納袋へ放り込む。
冒険者達の現在地は入り口からフロアリーダーの間への中間辺り。
ここまでに通過したルートからして、前に来た時にマッピングした地図を頼りに最短ルートを通っているようだ。
「やるなぁ、仕掛けた罠も全て解除してやがる」
魔物との戦闘だけでなく、仕掛けておいた罠にも気付いて盗賊の男が解除していく。
どれもランク一で用意できるチャチな罠とはいえ、侮らずにちゃんと解除する辺りはさすがだ。
「リーダーは剣士のようですけど、ダンジョン攻略という点で要になっているのは盗賊の男みたいですね」
その通りだリンクス。
全体的な指揮は剣士がやっているけど、罠の解除や索敵といった事は全て盗賊がやっている。
元々そういう職業だから不思議ではないんだろうけど、冒険者経験の無い俺からすれば、いかに盗賊のような斥候系の職業が大事なのかよく分かる。
裏を返せば、そいつを潰せば攻略が困難になるということも。
だけどそれ以上に先に潰すべきは、回復役の魔法使いだ。
盗賊を負傷させても、回復されたら意味が無いからな。
「もしもバイソンオーガもやられて地下二階層に入られたら、魔法使いを重点的に狙わせる。倒せなくても、魔力を削れればそれでいい」
魔力を失った魔法使いは、ダンジョン内ではほぼ役に立たない。
いかにダンジョン攻略に欠かせない回復役でも、肝心の魔力が無くなったらどうしようもない。
そうなれば倒せないまでも、撤退させることはできる。
「フェルト。もしもバイソンオーガがやられたら、今言った通りにするようゴブリン達とオーク達に通達してくれ」
「はい」
おっと、こうしているうちにフロアリーダーの間の前に到着したか。
三人組は中へ入る前に装備を入念にチェックして、念のためにか身体能力を強化する魔法を掛けてもらっている。
あぁいう支援系の魔法も、パーティープレイでは基本だな。
『よし、準備はいいな』
『えぇ、いつでもいけるわ』
『さぁて、何がいるやら』
準備が整ったのを確認し、三人組は中へ入るための転移石に触れてフロアリーダーの間へ移動する。
中は全面が石造りの広めの部屋。
侵入者を感知して壁の蝋燭が灯り、中央に腕を組んで仁王立ちしているバイソンオーガの姿が明確に現れる。
へぇ、こういう仕組みになっているのか。
『ブオォォォッ!』
組んでいた腕を解いて雄叫びを上げたバイソンオーガは、足下に突き立てている二本の斧を手にして構えた。
『な、なんだあの魔物は!?』
いや、バイソンオーガだよ。
別に珍しい魔物でもないのに、どして分からない。
あっ、そうか。柄を短くした斧を二本持たせて、しかも魔面・蟻走を被っているから分からないのか。
『あの顔は蟻か? でも体つきはオーガだよな?』
『両手に斧を持ってるし、角まである。なんなのアレは』
警戒しながら武器を構える三人組に対し、バイソンオーガはようやく戦える喜びもあってか、まさしく牛の如く猛烈な勢いで駆け出した。
半ば突進のように接近しながら右手の斧を振り上げる様子に、三人組は慌てて各々で回避行動を取る。
振り下ろされた斧は床へと叩きつけられ、直後に左手の斧を自身の左側へ横薙ぎに振るい、左側へ回避した魔法使いを攻撃する。
『ウィンウォール!』
咄嗟に風の防御壁を魔法で生み出したみたいだけど、不完全だったのかあっさり防御壁が割れた。
それでも回避の時間を稼ぐ役割は果たしたようで、魔法使いは斧の攻撃範囲外へ逃げていた。
『大丈夫か、ミミル!』
『なんとかね』
少ない言葉を交わしているうちに、横薙ぎの勢いを利用して正面を向いたバイソンオーガが再接近する。
『ブオォォン!』
再度振り下ろされた右手の斧を、今度は全員が追撃を受けないように右へ回避した。
でもそれはどうかな?
『ブオッ!』
振り下ろされた斧は床にぶつかる前に刃が外側へ返され、そのまま横薙ぎで追撃をかける。
予想外の動きに魔法使いと盗賊は驚き、反応が遅れて防御も回避も間に合いそうにない。
そこへ剣士が割って入り、剣を盾のようにして防御する。
『ぐおぉぉっ!?』
防御は間に合ったものの受け止めきれず、真後ろにいた魔法使いを巻き込んで後方へ吹っ飛び床を転がる。
「惜しいな」
もうちょっとで二人を始末できたのに。
起き上がる前に追撃をしようとするバイソンオーガに対し、盗賊がスピードを活かして攪乱を仕掛けた。
素早い動きで二本の斧を避け、目の前を動き回って注意を引いている。
時折攻撃もしているけど、大柄で筋肉質のバイソンオーガの体表に小さな傷を付けるのが精一杯のようだ。
「でも、あのスピードは厄介だな」
いずれは疲労で動きも鈍るだろうけど、今のところバイソンオーガは盗賊のスピードに付いて行けていない。
向こうも避けられはするけど攻撃はほとんど効かず、軽装だから一撃でも喰らえば終わる。
だけどあの盗賊の目的は倒すことじゃなくて、仲間が戦線復帰するまでの時間稼ぎだ。
『ウィンスラッシュ!』
『ブオッ!?』
起き上がった魔法使いが放った風の刃を、辛うじて斧の側面で防御した。
その間に剣士が接近して剣を振るう。
『おぉぉぉっ! 斬撃!』
強力な一振りを斧で防御したけど、明らかに威力も速度も上がっている。
確かあれは、剣術スキルがある程度の熟練度に達した時に覚えられる斬撃スキルだ。
一振りの威力と速度を通常よりも強化するスキルだったっけ。
でもその影響か、少し大振りになったからバイソンオーガは反応できている。
当たらなければ意味が無いって、何かの台詞にあったよな。なんだっけ?
『大丈夫なのか、レオン』
『ちょっと息が詰まったけど問題無い。ミミルは?』
『まだやれるわ』
さすがにあれくらいじゃ白旗は上げないか。
そうでなくちゃ面白くない。
再び迫り来るバイソンオーガに、三人組は連携して攻撃を仕掛ける。
盗賊が攪乱に専念し、剣士が魔法使いの盾役と隙を突いての物理攻撃をして、魔法使いは風魔法での遠距離攻撃。
形としてはオーソドックスだけど、だからこそどんな相手にも通用する。
最初はバイソンオーガの姿に慌てていたけど、どうやら冷静さを取り戻したようだ。
「香苗、フェルト、Dランクの戦いを見てどう思う?」
「……やられながらも冷静さを取り戻すなんて、オレにはできねぇ」
「同感です。あの場にいたら、闇雲に矢を放っているかもしれません」
戦闘技術云々よりも、精神面に着目したか。
香苗やフェルトに聞いた話だと、冒険者はCランク以上になれば貴族やお偉いさんなんかが絡む仕事も得られる。
そのため戦闘技術だけでなく人間性を兼ね備え、精神面もしっかりしていなくちゃCランク以上になれない。
どうやらあの三人は、Cランク以上になれる冒険者みたいだ。
そんな冒険者達を倒せれば、ダンジョンにとってもバイソンオーガにとっても大きな収穫になるはず。
バイソンオーガのやる気を引き出すために指示は出さないって言ったけど、ちょっと指示を出したくなってきた。
なんか久しぶりに勝ちたいって欲が出てきた
最後にこんな欲が出たのがいつだったかは覚えてない。
目標や将来の夢が何も無い状態でズルズル生きていたから、こんな感覚なんてすっかり忘れてた。
『ブオン!』
モニターの向こうではバイソンオーガが思う存分に戦っている。
蟻走で顔は見えないけど、多分表情は生き生きしているんだと思う。
(魔物相手にすら、羨ましいと思ってるのか俺は……)
同じ勝ちたいという気持ちでも、こうして見ているだけなのと実際に戦うのでは大違いだ。
あの場で実際に戦っているバイソンオーガが、少しだけ羨ましいと思っている。
今からでも指示は出せるけど、任せると言ってしまった以上はやり辛い。
よほどの劣勢になっているならともかく、今の戦況はほぼ互角。
いや、少しだけバイソンオーガの方が優勢か?
両手に持つ二本の斧を訓練通りに巧みに使い、攻撃と防御を両立させている。
『くそっ、あの二本の斧は厄介だ。しかも体格の割に機敏じゃねぇか』
『斧が短いからだ。しかも両手で振るうのと違って片手だから、対応が早いんだ』
剣士の攻撃を避けながら、隙を突いて迫る盗賊に斧を振るい、空気の衝撃波をもう一方の斧で防ぐ。
うん、三人ぐらいならちゃんと対応できている。
それにあいつらの連携は、パンプキンゴーストとスケルトン二体との連携に似ている。
攪乱させながら隙を窺う役、防御と近接戦役、そして遠距離からの魔法攻撃役。
一番訓練した相手だから対応がしっかり身についている。
今後の課題は、四人以上とどう戦うかだな。
一応ゴブリンやオークを交えて四人以上相手の訓練はしていたけど、実戦ともなると違うからな。
そういう今後の目標を見つけられる事すら、俺にとっては羨ましい。
目標……俺のここでの目標って何だ?
『ウィンウォール!』
不意を突いた剣士への一撃が風の防御壁で阻まれた。
『くらえぇっ!』
そこへ盗賊が全速力で勢いをつけ、頭部を狙って跳び上がりダガーを突き出す。
するとバイソンオーガは避けるどころか、ヘッドバットをするように頭を叩きつけた。
蟻走とダガーが金属音を響かせてぶつかると、ダガーが折れてヘッドバットが盗賊に命中した。
吹き飛ばされた盗賊は床に叩き付けられて転がり、口から血を吐いた。
骨の二、三本はいったか? クリーンヒットだったもんな。
というかヘッドバットって……。
『ガフッ。あ、あいつ、頭に防具みたいのを被ってやがる』
『なによそれ。頭部全体を覆えるような防具を、なんで魔物なんかが!』
『今はそんなことを考えている場合じゃない。奴は俺が抑えるから、早く回復を』
剣士が前面に出て、そのうちに盗賊を回復させるか。
ん? 回復する前に何か液体を飲んでいるな。
魔法使いは特に怪我をしていないから、魔力を回復させる薬か?
ということは、魔法使いの魔力はそろそろ危なくなってきたってことだ。
剣士が時間稼ぎをしているのは、盗賊の回復だけじゃなくて、魔法使いに魔力を回復させるためなんだろう。
『んぐっ……ふぅ。いくわよ、メディ!』
魔力を回復させた魔法使いの魔法で盗賊の怪我は治っていく。
でも、その間一人でバイソンオーガの相手をしている剣士は辛そうだ。
回避は盗賊に比べれば落ちるし、パワー勝負でバイソンオーガに勝てるはずが無い。
二本の斧を巧みに使っての猛攻に、剣士は防ぐのが精一杯になっている。
『まだかっ!?』
『も、もう少し』
やけに時間がかかるな。
怪我が酷いと言えばそれまでだけど、だとしても遅い。
そういえば、前に来たときにユーリットが言ってたっけ。
あの魔法使いは余計に魔力を込めているせいで、発動が遅いって。
なら回復にはもうちょっとかかるはず。
バイソンオーガ、ここは強引にでも突破して魔法使いと盗賊を叩け。
『ブォン!』
全力を込めた一撃を剣士はどうにか受け止めたけど、バイソンオーガはそのまま力任せに剣士を吹き飛ばして壁に叩きつけた。
『ぐはっ』
『オォォン!』
その隙に猛烈な突進で回復中の魔法使いと盗賊に迫る。
剣士はフォローしたくとも、痛みで動けないから今がチャンスだ。
『あっ、う、ウィンウォ』
回復を中断して防御魔法を展開しようとしても、もう遅い。
一瞬の戸惑いと魔力の余分な練りが発動を遅らせて、回避も防御も間に合わない位置まで斧が迫っている。
これで魔法使いをやったかと思ったら、魔法使いの体が突然後方へ押し出された。
押し出したのは、回復が中途半端だったからか青い顔をしている盗賊。
碌に動けない体で魔法使いを助けたそいつは、斧を防ぐことも避けることも出来ずで両断された。
辺りに肉塊と鮮血が飛び散り、魔法使いに降り注ぐ。
うぐ……前に見たの以上にくるな……。
「うえっ、えっ、ぐっ」
耐えられなかった香苗が、口元を抑えて司令室を飛び出して行った。
フェルトはなんとか耐えているようだけど、顔が真っ青になっている。
『バルゥスゥゥゥッッ!』
剣士は盗賊の名前を叫び、魔法使いは下を向いて震えながら血を浴びた手を見て放心する。
その隙だらけの魔法使いへ向け、バイソンオーガが斧を振るう。
『しっかりしろミミル! 来るぞ!』
『あっ……えっ? えっ? えっ?』
虚ろな目で涙を流していた魔法使いが顔を上げた瞬間、斧によって両断された。
一人残された剣士は全身から闘志を漲らせ、最後の獲物へ歩み寄るバイソンオーガに足が竦んでいる。
『くそっ!』
悔しそうにした剣士は拳大の石を取り出す。
それが輝くと剣士の姿が消え、相手を見失ったバイソンオーガは室内をキョロキョロしている。
「なんだ? 今のは」
「帰還石ですよ。ちょっと値段はしますけど、ダンジョンに入る際は必須の魔道具です」
元冒険者のフェルトの説明によると、帰還石は魔心晶に特別な加工を施した物で、ダンジョンや洞窟の中で使うと地上へ脱出できるらしい。
なんとも便利な道具があるもんだ。
「ただ、一回しか使えない上に高価なんですよね」
「だからって命には代えられないだろ」
死んだら一文の……こっちの世界の通貨だとフィラか。一フィラの得にもならないんだから。
生きていれば、挽回のチャンスはいくらでもある。
でもあの剣士は仲間を二人も失った上に、素材は盗賊の収納袋に入っているから大損だな。
逆にこっちは丸儲けだ。
「バイソンオーガ、ご苦労だった。倒したそれは育成スペースに移しておいてくれ」
『ブォッ!』
背筋を伸ばして敬礼したバイソンオーガは、倒した冒険者達を育成スペースへ移していく。
「なぁ……今回は死体どうするんだよ……」
おぉ、香苗も戻ってきたか。
でも顔は真っ青で、脇には万一に備えてか桶を抱えている。
「そうだな。あんなに損傷していたらゾンビ化のしようもないし、装備品と所持品だけ回収。死体は魔物達の食事行きにしよう」
「分かりました。ちょうど魔物への訓練でローウィさんが育成スペースにいるので、頼んでおきますね」
「ああ、そうしてくれ」
それから少しして、回収物をローウィが運んできた。
どうやら二人とも収納袋を持っていたようで、盗賊の方には魔物の素材と予備のダガー数本と中身が残った水袋、魔法使いの方には魔力回復薬と予備の杖とこちらも中身が残った水袋。
装備品は胸当てとローブの損傷が激しく、売れない事もないけど二束三文ってところか。
売れそうなのは盗賊のガントレットとブーツとダガー、それと魔法使いの杖と指輪だな。
「質の方はどうですか?」
今回の鑑定は先生にやらせてみた。
せっかく鑑定スキルを持っているんだし、積極的に使って熟練度を上げてもらわないと。
「ふえぇ……。品質の良し悪しは分かるけど、価値までは分からないよう……」
先生の鑑定スキルだと、品質は見抜けても価値までは分からないのか。
今後はもっと鑑定させて、熟練度を上げた方がいいな。
「ごめんね。せっかく鑑定させてくれたのに、大して役に立てなくて」
「想定内だから気にしないでください」
「微妙に酷くない!? 役に立たないのが想定内だなんて!」
別にそこまでは言ってない。
「うわあぁぁぁん! 生徒に役立たずだって思われてるようっ!」
先生の泣き虫姿を見るのはこっちに来て初めてだな。
というかオタク思考の時との差があり過ぎて、一瞬別人かと思ったぞ。
それと先生、今の先生と俺の関係は教師と生徒じゃなくて主人と奴隷だ。
「大丈夫です。少なくとも良い物だってのは分かりましたから」
「……もし、それも分からなかったら?」
「駄目だこりゃって溜め息を吐いて、台所で皿洗いをさせてました」
「良かった。生徒からポンコツ扱いされなくて良かった」
そう呟きながら、鑑定を終えた先生は居住部へ戻った。
「涼、なんで皿洗いなんだ?」
「誰かさんが今日の皿洗い当番なのを忘れてるから」
「へぇ、今日の皿洗い当番は……オレじゃねぇか! やべぇ、忘れてた!」
当番を忘れていた香苗はすぐに皿洗いに行った。
ちょっと待て、お前は今の時間は司令室勤務だよな。
抜けた分の時間は残業してもらおう。
「マスター、バイソンオーガの戦闘に関する報告書ができました」
「あぁ、ありがとう」
リンクスからの報告書を受け取って読んでいく。
ちょっと補足は必要だと思うけど、映像記録もあるし問題は無いだろう。
夜の自由時間にでも、これを基にした今後の訓練をローウィと検討するか。
「うん、よくできてる。ありがとな」
「本当ですか? ありがとうございます」
微笑んで小さくポーズを取る姿は、服装も相まって可愛らしい後輩にしか見えない。
こいつは男という自覚を、本当に持っているのか?
「それだ。次の定休日は服屋との話し合いで、今着ているこれも提案していいですか? 結構可愛いので」
その場で一回転するのはいいけど、スカートが捲れるから止めろ。
あっ、なんか今の矛盾してるな。
この場合は……うん、スカートが捲れないように回れだな。
しかし見事な再現度だな。
香苗達から説明を聞いただけなのに、見事に通っていた高校の制服を再現しているぞ。
スカートタイプなのはリンクスだから仕方ない。
「別にいいぞ」
「本当ですか? だったら他のも提案していいですか? シズクさんから教わったんです、セーラー服とかバニーガールとかナースとかタイソウ服とか」
先生、絶対に遊んでるでしょ。
というか、そんな服を広めたら大勢の亜人がコスプレして町中を歩くことになる。
見てみたいという好奇心もあるけど、同じ世界から来た人間としてちょっと止めさせてもらおう。
「悪いが今回は却下だ。あんまり種類が多いと、作る方も大変だろ」
「あぁ、それもそうですね」
納得してくれたようでなによりだ。
でもこの調子だと、ダンジョンタウン内がコスプレ天国化しかねないな。
おっと、そろそろオバさんのところへ向かう時間だ。
「リンクス、そろそろロウコンさんの所へ行くからイーリアを呼んで来てくれ」
「分かりました」
居住部へ向かう姿を見送り、背もたれに寄り掛かったところで戦闘中に思った事を思い返す。
この世界での俺の目標。
スーツの男からは、他の奴には無い素質があるからと言われてここへ連れて来られた。
自分にしかできない生き方を探していた俺にとって、それは魅力的な誘いだった。
だからこうしてダンジョンマスターになったけど、その後の事はちっとも考えていなかった。
やってみて面白く感じていたものの、明確な目標が未だに無い。
「結局、前と同じ目標の無い日々を送っていたって事か」
これは俺自身の勘違いだ。
俺にしかできない事を、そのまま目標の終着点みたいに思い込んでいた。
その先をどうするか、何も決めずに。
「……俺は、ここでダンジョンマスターになってどうなりたいんだ?」
分からない、決まらない。
何かきっかけがあれば決まるんだろうけど、そのきっかけが無い。
「一先ずの目標は、今後の目標を決める事だな」
その後は新しい目標だとかあるんだろうけど、今はそれでいい。
異世界特有の未知の仕事をやっているんだ、もっとこの仕事を知ってからでも遅くはない。
「お待たせしました、ヒイラギ様。お呼びでしょうか」
おっと、イーリアが来たか。
「これからロウコンさんの所へ行く。お供にローウィを連れて行くから、留守を頼む」
「承知しました」
さてと、まずは目下の借金を返済しに行くとするか。
育成スペースから戻って来たローウィを伴い、必要な物を入れたマジックバックを手にオバさんの所へ出発した。
道中で獲物を狙う猛獣のような視線をいくつか感じる。
多分というかほぼ確実に、雇ってほしい人か嫁にしてほしい人達だろう。
今はお供のローウィがいるからいいけど、俺一人だったらどうなっていたことか。
「ローウィ、いてくれてありがとな」
「はひぃ!? いきなりなんですかぁ!」
労ってあげたのに何故か驚かれた。解せない。
そうしているうちにオバさんのダンジョンへ到着した。
約束は取り付けているから問題無く中へ通され、前回と同じ部屋に待たされる。
初めて来たローウィは和風の室内が珍しいのか落ち着かないのか、耳と尻尾をせわしなく動かしながらキョロキョロと室内を見渡している。
「すまない、待たせたの」
ようやく現れたオバさんは今日も着物姿だ。
というか、リュウガさんはともかく何でエリアスも連れて来ているんだ?
別に嫌という訳じゃないからいいけどさ。
「それで、借金を返済しに来たそうじゃな?」
「はい。こちらですので、ご確認ください」
差し出した白金貨十枚入りの袋をリュウガさんが手に取り、中身を確認したらオバさんに頷いた。
「確かに受け取った。では、釣銭を持ってくる」
そう言い残したリュウガさんは白金貨入りの袋を手に、静かに退室した。
後はお釣りを受け取って終了、とはいかない。
「では何か、異世界の料理を作ってもらおうかの」
よほど楽しみだったのか、尻尾と耳を勢い良く動かしながらテーブルに身を乗り出した。
「分かってます。そういう約束ですからね」
こうした約束をちゃんと履行するのも、今後のためだ。
「お母様、落ち着いてください。お客様の前ですよ」
「しかしだなぁ」
「まずはお父様が戻ってくるまで待ちましょう」
「むぅ……。そうじゃな」
ナイスフォローだエリアス。
ひょっとしてこのためにいるのか?
落ち着かないオバさんを前に待つこと数分。
戻って来たリュウガさんから釣銭を受け取って確認をしたら、マジックバックを持つローウィと共に立ち上がる。
「ちょっと待て」
退室して厨房へ行こうとしたら止められた。
なんだ? 何か問題でもあったか?
「何品、作るつもりじゃ?」
はい?
「何品って、契約通り一品ですけど」
返済に来た時に元の世界の料理を一品披露する。
そういう契約を交わしたんだから、当然一品しか作るつもりは無い。
「まさか一回で返済できるとは思っていなかったのじゃ、すまないがもっと作っておくれ!」
正直に答えた途端に頭を下げて懇願された。
さすがに土下座まではいかないけど、それに近いくらい頭を下げている。
突然の事にエリアスは困惑してオタオタしてリュウガさんは溜め息吐いた。
向こうに頭を下げられたから、ローウィまで狼狽えている。
「それは別に構いませんけど、契約魔法で一品しか」
「大丈夫じゃ! 既に返済は済んだから、契約書は破棄されておる! じゃから頼む!」
……この人は。
まあいいか、マジックバックで持ってきた物を使えばなんとかなるし。
「分かりました、作りましょう」
「神じゃ! 今ここに神が降臨したのじゃ!」
んな大げさな。
「じゃあ厨房の方へ行かせてもらいます」
「あぁ、待て。エリアスも連れて行け。お主の料理を学びたいと言うのでな」
「よ、よろしゅくおねぎゃいしましゅ!」
それは構わないけど、前と同じように思いっきり噛んだな。
本人もカミカミだったのを恥ずかしがって、真っ赤になって俯いてるし。
「気にしないから、行こうか」
「はい……」
腹を押さえて笑いを堪えるオバさんとリュウガさんを部屋に残し、俺達は厨房へ向かう。
厨房で出迎えてくれたのは、当然のようにドゥグさんだ。
「待っていたよ!」
ハイテンションで迎えてくれたドゥグさんは肩を掴み、早く料理を教えて欲しいと目で訴えてくる。
このリザードマンは、どこまで料理一直線なんだろう。
後ろにいる他の人達へ目を向けたら、止められなくて申し訳ないと言いたげに頭を下げられた。
まっ、やるしかないか。
「……焚いた米はありますか?」
「あるぞ! 何を作ってもいいように、色々と用意しておいた!」
そう言って様々な材料や炊きたての米、焼きたての黒パンと白パン、準備済みの調理器具に何の出汁かは不明だけどスープも仕込んである。
ここまで準備万端にされると、凄いと感心するどころか逆に引くぞ。
「えっと……準備してくれて、ありがとうございます」
「ハッハッハッ、気にしなくていいよ。それで、何を作るんだい?」
「その前に、これを味見してみてくれませんか?」
マジックバックから蓋をした大きめのビンの形状をした、陶器製の容器を二つ取り出す。
どちらもダンジョンタウンどころか、こっちの世界には存在しない物を詰めてある。
容器を受け取ったドゥグさんはそれらを台の上に置き、蓋を開けて中身を見た。
「ふむ? 何やら赤い物と茶色い物のようだが」
他にもエリアスを始めとした何人かが近寄り、容器の中身を見ては首を傾げる。
とにかく味見をしてみようということで、各々が小さな匙を手に順番に中身を掬って口に含む。
「見た目は何かドロッとしていますね」
「味は……うん、赤い方は微かな甘みのある酸味だ。これはトマトかい?」
「茶色の方は甘い香りなのに、舌にちょっとピリッとします。それに色々な味がしますね」
「どっちも俺の世界の調味料で、赤い方はケチャップ、茶色の方はウスターソースっていうんです」
今回持ち込んだのは、料理漫画の記憶を頼りに作ったケチャップとウスターソース。
他にもマヨネーズを作ろうと思ったけど、こっちの世界には酢が無かったから断念せざるをえなかった。
その関係もあって、今回のケチャップとウスターソースも酢が入っていない。
まあ同じ料理や調味料でも、家庭や飲食店や料理人や企業によって材料や作り方が違うから、そこまでは気にならないんだけどさ。
「さて、やりますか」
幸い材料は色々と用意してもらえたから、それなりの品数は作れるだろう。
その後、ドゥグさん達に説明しながらチキンライス、カツ、天津飯、ハンバーグ、フライドポテトと調理していく。
運んだ人によればオバさんには好評で、ドゥグさん達からも高評価を得られた。
おまけにケチャップとウスターソースの作り方も尋ねられたから、今回作った通りの材料と調理法を教えておいた。
「お嬢様、ヒーラギ様。ロウコン様がお呼びですので、お部屋の方へお越しください」
いや、まだ後片付けの最中なんだが。
待ってもらうよう伝言を頼もうとしたら、ドゥグさんが割って入る。
「こっちはやっておくから、行ってくるといいよ」
「いいですか? どうもすみません」
片付けを任せ、ローウィとエリアスを伴ってオバさんのいる部屋へと向かう。
「失礼します」
部屋に入ると満面の笑みを浮かべたオバさんが、ケチャップで口の周りを真っ赤にして待っていた。
というか口を拭け!
「おぉ、来たか。まぁ、座れ座れ」
促されるまま座ったものの、オバさんの口周りが気になって仕方ない。
どうしても視線がそっちへ向いてしまっていると、オバさんの隣に座るリュウガさんの下へ濡れ布巾が届けられた。
「ロウコン、これで口を拭け」
ナイスアシスト、リュウガさん。
布巾を受け取ったオバさんは口を拭き、そこでようやく自分の口周りが真っ赤になっているのに気づいた。
再度入念に拭いてリュウガさんに確認してもらうと、仕切り直すように咳払いをした。
「オホン。素晴らしい料理だったぞ、ヒーラギよ」
「ありがとうございます」
褒めてくれるのは嬉しいけど、さっきのやり取りで色々と台無しだな。
「実はヒーラギに相談があるのじゃ」
相談? なんだろうか。
「今回の料理に使っていた、ケチャップとウスタアソオスの製造と販売について契約せぬか?」
「はい?」
詳しく説明を聞いてみると、この二つを専門に作る工房を建てて副業で経営している飲食店に卸し、同時に店舗を併設して直売したいらしい。
それはいい。実を言うと作るのが少し面倒だから、製造販売してくれるのならこっちも助かる。
「どうじゃ。悪い話ではなかろう」
「そうですね。是非、詳しくお話をしたいです」
ラッキー。思わぬ所で新たな副収入に繋がる話が転がり込んできたな。
ただ、場所は手持ちの土地を使うそうだけど、その土地の確認作業や予算の話し合いとかをするため、詳細な打ち合わせは最低でも一日待ってもらいたいと言われた。
そこでうちの定休日である明後日の午前を提案したら承諾してもらえ、明後日の朝一番にダンジョンギルドで打ち合わせをして、合意できればそのまま契約することになった。
「どうかこの話が、上手くいくことを願っています」
「うむ、こちらこそじゃ」
互いに笑みを交わしてこの話は終わり、表情を引き締めたオバさんはリュウガさんとエリアスにこれからの動きを指示する。
「リュウガ、手持ちの土地から建設地の選定を頼む」
「分かった」
「エリアスは主だった者を集めてくれ。今回の件についての通達と会議をする」
「は、はい!」
指示を受けた二人が部屋を出て行く。
おぉっ。なんだかんだ言ってもダンジョンマスターで、エリアマスターなんだな。
指示出しする姿がサマになっていてかっこいい。
「そういう訳じゃ、悪いが今日はこれで引き取ってくれぬか?」
「構いませんよ。色々とやることがあるでしょうからね」
「すまないな。今日の料理も美味かったぞ」
「いえ、お粗末さまでした」
これで用事は終了。
最後の方は慌ただしかったし、余計に料理を作ることになった。
でも借金が返済できた上に、新しい収入源を得られるチャンスを得たから実りの有る訪問だったな。




