第12階層~第13階層 集まって喋るとどこかしらで愚痴が混ざる
雫「教師になってからも薄い本を描いています。男子生徒をネタに」
私が勤務しているヒイラギ様のダンジョンに、新しく三名の女性奴隷が加わりました。
彼女達はヒイラギ様と同じ世界から地上へやってきた異世界人で、しかも同じ学び舎にいたそうです。
まず一人目はミヤタさん。
彼女はヒイラギ様の幼馴染で、日焼け気味の肌にツリ目、髪も短いのでちょっと男の人っぽいです。
二人目はトクラさん。
ヒイラギ様に片想いをしている事を公言した、タレ目にボブカットの大人しそうな方です。
髪の先が少し内側にカールしていますね。
そして最後にサトウさん。
こちらの方はヒイラギ様達の教師だったそうです。
髪をポニーテールに纏めて丸メガネをかけた童顔の方で、年齢を聞かなければ十代後半でも通用しそうです。
彼女達を養うための資金は今回入手した砂糖を売却すれば十分ですし、これでロウコン様に肩代わりしてもらったお金も返済できます。
ですがそれ以上に、彼女達をヒイラギ様の奴隷にできたことが大きいです。
そうしているうちにヒイラギ様が私達を彼女達へ紹介して、今朝のミーティングは終了しました。
「じゃあイーリア、悪いけど三人の研修を頼めるか?」
「お任せください。ヒイラギ様は、どうぞお休みください」
「ああ、頼むぞ」
そう言い残してヒイラギ様は一緒に夜勤だったユーリットさんと仮眠へ向かい、この時間は雑事や待機をするフェルト君とリンクス君も居住部へ向かったため、司令室には女性だけが残りました。
ふむ、これはちょうどいいかもしれませんね。
「先ほどご紹介に与りました、イーリアです。早速研修を、と言いたいところですが先にお話があります」
「何かしら?」
「あなた方にはヒイラギ様との間に、できるだけ多くの子を作っていただきたいのです」
「「「「「「はいっ!?」」」」」」
お願いをしたお三方だけでなく、ローウィさんとアッテムさんとミリーナさんも驚いています。
「ちょっ、待て。なんだよ急に!」
「勿論理由があってのことです。というのも、私達亜人はですね」
以前にヒイラギ様にも話した男女の出生比率についてと、男性不足による滅亡の未来を回避するためには異世界人の血が必要であることを説明すると、お三方だけでなくミリーナさんも少し驚いていました。
「あの、それって私達女性でも……」
「同様の事です。異世界人である点が重要ですので」
返事を聞いたお三方の表情が青ざめました。
どうやら想像してしまったようですね。男の子を産むためだけの道具として使われる一生を。
同じ女として私もそんな一生は嫌ですし、そうなるくらいなら死んだ方がずっとマシです。
「そういう意味では、ヒイラギ様のダンジョンで捕まったのは不幸中の幸いだと思います」
もしも別のダンジョンで捕まっていたら、間違いなくそういう生活が待っていたでしょうから。
「良かった、本当に涼で良かった」
「柊君には一生頭が上がらない」
「エロ同人みたいな展開だけど、実際にそうなるのかと考えるとちょっとねぇ」
エロドウジンとやらが何かは分かりませんが、同じ女性としては本当に良かったと思います。
「あの、それがどうして、ご主人様との間に子を作る云々になるんでしょうか?」
首を傾げながらミリーナさんが問いかけますが、アッテムさんとローウィさんはその意味を理解したような表情と反応をしています。
どうやらお二人は気づいたようですね、お三方とヒイラギ様の間に生まれる子の重要性に。
「あなた方はヒイラギ様と同じ世界から来られたのですよね?」
「そうだけど、それがどうしたんだよ」
「異世界人のヒイラギ様とあなた方の間に子供が生まれれば、その子はどうなると思いますか?」
そこまで言うとお三方もミリーナさんも、私が言いたい事を理解して目を見開きました。
「柊君と私達の間の子も、異世界人……」
そうです。異世界人同士の間に生まれる子は、必然的に異世界人です。
しかも私達亜人やこっちの世界の人間の血が混じっていない、純粋な異世界人。
その価値はダンジョンタウンの住人にとって計り知れません。
「ということは、一世代分とはいえ男の子が産まれる比率が高いままでいられる……」
正解ですローウィさん。
たかが一世代、されど一世代。
ダンジョンタウンの未来のためには重要な一世代なんです。
「ですので、あなた方がヒイラギ様の奴隷になったのと、全員を養う資金に繋がる砂糖を大量に確保できたことはとても大きいんです」
純粋な異世界人が生まれるのなら、相手は一人でも多い方が良いでしょう。
もしも資金が無ければ、最低でも一人は手放す必要がありましたから、こればっかりは本当に運が味方してくれましたね。
「そういうことですのでヒイラギ様との間に子を作ってもらいたいのですが、その点に関して抵抗は……」
一応気持ちを聞いておこうと思って尋ねましたが、お三方の様子を見るにどうやら心配無用のようです。
「涼との子供……涼との子供……」
男の人っぽいミヤタさんですが、今の表情は完全に女性です。
嬉しさが表情だけでなく、雰囲気からも溢れています。
「あうぅ……。柊君、頑張るけど百人は大変だよぉ……」
トクラさん、さすがにその人数は大変以前に無理だと思うのですが。
何をどう頑張るつもりなんでしょうか。
「元教師と生徒での子作りかぁ。エロ漫画にありがちでシチュエーションとしてはイマイチかなぁ」
確かヒイラギ様は、サトウさんの言っていることは聞き流して構わないと言ってましたっけ。
まあそもそも、何を言っているか分からないんですけどね。
ところで、他人事のような空気を発しているローウィさん達も他人事じゃないですよ。
「ちなみに現状、ローウィさんとアッテムさんは妻候補。ミリーナさんはミヤタさん達と共に愛人候補になっていますから」
「「「はいっ!?」」」
無関係だと思っていただけに、三人とも驚いていますね。
「えっ、なんで私なんかが、主様の妻候補になっているんですか!?」
「あっ、あっ、そういう、事、かぁ」
「あああ、あいじ、愛人……」
冷静に状況を理解できたのはアッテムさんだけですか。
「あなた方はヒイラギ様が自分で選んで雇用、もしくは購入なさいました。周囲からすれば、複数の異性の中からダンジョンマスターの目に止まったという認識です」
「つ、つまり、マスターさんに、見初め、られた、っていう事、なの」
その通りです。
こういう時にダンジョン運営の知識がある人がいると助かりますね。
「ででででも、主様は私達を、そそそんな目で見ては」
「はい。確かにヒイラギ様は仲間としてしか見ていません。ですが、周囲の認識は間違いなくそうなんです」
なにせ人材募集で応募した女性のほとんどが、そういう理由で応募したんですから。
「ですから順番はともかくとして、いずれはヒイラギ様の妻になる覚悟をしておいてくださいね」
「あぁぁぁ。それでうちの両親、就職が決まった時に大喜びしていたんですか」
「す、すっかり、失念、してまし、た」
あら? ひょっとしてお二人はヒイラギ様と添い遂げるのは嫌だったのでしょうか?
気になったの尋ねてみると、揃ってそういうんじゃないと返ってきました。
「えぇっとね、いきなり断れない見合い話が舞い込んできたみたいな感じで、つい過剰に反応を」
「私もそんな感じです。マスターさんが良い方なのは一緒に仕事をしてきて分かっていますが、急に妻だの言われたものだから」
なるほど、そうでしたか。
そしてアッテムさんは饒舌になっているのを久々に聞きました。それほど精神的に切羽詰っているんですね。
「あの、私には洗礼魔法が……」
「心を許せば大丈夫なんですよね? ヒイラギ様は信頼できませんか?」
「いえ、そんな事は。奴隷とは思えないほど、とても良くしてくれていますし」
ヒイラギ様は奴隷に対しても大切に扱いますからね。
労働意欲、でしたっけ。それが欠けてしまったらどんなに能力が高かろうと、成果が出ないとおっしゃってました。
だからこそ、労働意欲を失わせる乱暴な扱いや無茶な労働はさせないそうです。
「ちょっと、いいですか?」
「なんですか、トクラさん」
「さっき愛人って言ってましたけど、奴隷だと柊君の妻になれないんですか?」
「その通りです」
そういえばトクラさんはヒイラギ様に想いを寄せていたのでしたね。
ですがその夢が叶う事は未来永劫、絶対にありえません。
彼女は奴隷であり、決してその身分から解放されることは無い人間なのですから。
「うぅぅ……」
「大丈夫よ戸倉さん。奥さん達を出し抜くほどの愛人になれば、家の中では妻のように振る舞えるわ」
サトウさん、変な入れ知恵をしないでください。
それが原因で刃傷沙汰になった、なんて話もあるんですから。
「ところでイーリアさんは、妻候補に名乗り出ないんですか?」
私ですか?
「私はあくまでダンジョンギルドから派遣された助手です。ヒイラギ様に選ばれた訳ではないので、私が望まない限りは対象外となります」
当然のように告げたのですが、何故かローウィさんとアッテムさんが釈然としない表情をしています。
「いいんじゃ、ないです、か? 奥さんに、名乗りを、上げても」
「そうですよ。この中じゃ一番付き合いが長いんですし、主様のやること成すことにあんな表情を向けてるんですから」
あんな表情とは、どんな表情でしょうか?
それに一番付き合いが長いと言っても、お二人とは数日しか違いませんよ?
私はヒイラギ様を尊敬し信頼はしていますが、そういった対象としては……対象、としては……。
「? どうしました?」
急に停止した私を心配してトクラさんが顔を覗きこんできますが、今はそれどころではありません。
脳裏にはヒイラギ様との今日までの思い出が次々と蘇って、否定する言葉を口にするのを妨げています。
前例の無いことを次々とやって、私達が働く環境を考え、攻略されたことの保険をエリアマスター相手に準備して、全てを一人で決めずに私達にも意見を求めてくれた。
それを間近で一ヵ月以上見ていて、なんとも思わないはずがありませんよね。
「ごめんなさい。いつの間にか対象と見てしまっていました」
だってヒイラギ様といるとなんか楽しいですし、仕事はちゃんとやってくれますし、研修でダンジョン運営の実態を知って失望して凍てついた私の心を溶かしてくれました。
お陰でダンジョンギルドへ顔出したら、同僚から明るくなったと言われるようになりましたし、家族も以前の私に戻ったと喜んでいました。
「やっぱりか。あいつはそうやって、無自覚に女を落とすんだよな」
おや、さすがはヒイラギ様をよく知っている幼馴染のミヤタさん。
何やら気になるネタを持っているようですね。
「涼は昔っからそうだ。本人は普通に接しているつもりでも、いつの間にか惚れる女を増やしてる」
なるほど、ヒイラギ様は天然の女たらしなんですね。
「でも好きなんでしょ?」
目を輝かせたサトウさんが鋭く切り込みました。
それは私にも分かります。だって文句こそ言っていますが、嫌っている様子は無いんですから。
「ぐっ……。だって、オレをまともに女扱いしてくれるのは涼ぐらいだし……」
言い訳のように言っていますけど、図星のようです。
俯いた顔が真っ赤ですよ。
「私も柊君がいなかったら、絶対にボッチ街道を進んでいたと思う」
ボッチとはなんでしょう? 元の世界の言葉でしょうか?
「そうなのか?」
「中学の時の友達は別の高校行っちゃったし、基本人見知りだから。柊君が声を掛けてくれなかったら、間違いなくボッチだった」
話から察するに、どうやらボッチとは友人がいない事を指すみたいです。
おそらくは一人ぼっちの略称でしょう。
「柊君のおかげで少ないけど友達もできた。柊君は私のヒーロー」
本当に嬉しそうに喋りますね、トクラさん。
それだけヒイラギ様への想いが本気なのは喜ばしい限りです。
ミヤタさんもまんざらでもなさそうですし、残るはサトウさんですね。
彼女はまだヒイラギ様を生徒と見ている節がありますから、焦らず気長に対応しましょう。
「そういえば昨夜、ダンジョンについて聞きましたよ。柊君、何か色々とやらかしているみたいですね」
そうなんですよサトウさん。
パンプキンゴーストの傍に置いているキメラのようなスケルトンに、魔物の育成方法、さらには魔剣にパンデミックゾンビ。
それ以外にも育成スペースに作った畑、ロウコン様にも認められた料理、今や別のエリアでも話題になっている蒸篭、固有スキルに使役スキルと色々驚かせてくれました。
「個人的には前例の無いことをたくさん見られて、とても楽しいですけど」
「ふぅん。そういえばイーリアさんって、涼からダンジョンマスターになってどうするかって聞いてるか?」
どうする、とはどういう意味でしょう?
「チラッと聞いただけだけどさ、エリアマスターとか、ダンジョンキングとかあるんだろう? そういうの目指すとか」
「特に聞いた覚えはありませんね」
そういえば、そういう話は聞いていません。
ローウィさんとアッテムさんはどうかと顔を向けましたが、こちらも首を横に振りました。ミリーナさんも同様です。
誰もそういった話を聞いてないと知ると、話題を振ったミヤタさんは苦笑いを浮かべました。
「だとしたら、まだ涼は本気を出し切ってないかも」
……はい!?
どういう意味なんでしょうか。
「あいつって明確な目標が無いとやる気を出さないというか、全力を出さないんだよ」
ちょっと待ってください。
だとしたらヒイラギ様の本気は一体……。
「本気出せば試験で学年一位なんて余裕だろうし、運動だって間違いなくトップだろうし、学校だって通ってた所よりずっとレベルが上の所に行けるのに。いやでも、だからこそ稀に本気になったあいつの顔を見ると胸が高鳴るというか、って何言ってんだオレは」
ミヤタさんは不満不平のように語っていますけど、最後の方は惚気ですよね?
しかし今の話が本当なら、今のヒイラギ様はどうなんでしょうか?
私達へ伝えていないだけで、ご自身の中では目標を立てているかもしれませんが、もしもそれが無くて全力を出し切っていなかったら?
今のダンジョンの状態ですら加減しないと帰還者が出ないのに、それですら本気でなかったらこのダンジョンはどんな魔窟と化してしまうのでしょうか。
「つっ……!」
恐ろしいと思うと同時に、見てみたいという感情を抑えられません。
「今のあいつは楽しそうにしてるから、少しは本気出してるっぽいな。色々試している感じもあるけど」
あぁ、やっぱり。
やりすぎだと指摘した手前こう思うのは変かもしれませんが、本気を出せばどんな魔物を生み出してどんな防衛策を講じてどんなダンジョンを作り上げるのか、見てみたい気持ちが止まりません。
それに比例してヒイラギ様への想いも膨らんでいく気がします。
「でも、なんで、そんなに、本気、を、出さない、んです、か?」
「あいつ自分の能力の高さにも気付いてないんだよ、しかも自己評価が低いんだよ。自分くらいできる奴は、世の中にゴマンといるって言ってさ」
そういえばこちらに来た当初、ヒイラギ様は自分がやっているのだから周りも同じ事をしていると思っていましたね。
ですから前例が無いと伝えると、それは驚いていましたね。
「だから元の世界にいたら、なんとなくで大学や会社に入って普通のサラリーマンで終わっていたと思うぞ」
ダイガクとカイシャとサラリーマンというのは、元の世界の言葉でしょうね。言葉の意味が分かりませんから。
「私は柊君がいれば、それでもいい」
「戸倉さんはブレないわね」
そういう点も大きく評価できます。
この調子ですと愛人一番手は幼馴染のミヤタさんではなく、トクラさんになりそうですね。
「でも、どうしてそんなに自己評価が低いんですか?」
「オレも気になって涼の親に聞いた事があるんだ。そしたら、『慢心しない謙虚な子に育つようにって教育したら、あんな感じになっちゃった』って言ってた」
なんですかその理由は。
ご両親の教育方針はともかくとして、それで自己評価が低いだなんて、謙虚を通り越して自己否定型一歩手前じゃないですか。
「なんでも幼い頃からあぁいう目つきだから、将来を心配したんだとさ」
確かにヒイラギ様の目つきは鋭くて怖いですから、ご両親が不安になるのは分かります。
「私、初対面で何で睨まれるのかなって怯えた」
「他の先生方に評判を聞くまでは、荒んだ生徒なのかと思ってたわ」
私も初対面はそんな感じです。高圧的な雰囲気ですから、偉そうに命令ばかりされるのかと思っていました。
こればかりは、実際に付き合ってみないと分からないものなんですよね。
「でも、こういう話を聞けたのは貴重ですね。主様って自分の事は話しませんから」
言われてみればそうですね。
元の世界の料理だの器具だのについては教えてくれていましたけど、ヒイラギ様自身の事については聞いたことが無かったです。
まだ信頼が足りないのでしょうか?
「仕方ないさ。あいつは聞かれなきゃ自分の事なんてちっとも喋らねぇもん」
なんだ、そういう方なだけですか。
ちょっとホッとしました。
「ところで、どうしてこんな話になったんだっけ?」
「そもそも、何の、話でした、っけ」
「柊君の妻だの愛人だのの話」
そういえばそうでした。
どこからどうやって、ヒイラギ様自身の話へ脱線したのでしょうか。
「と、とりあえず、もうちょっと、マスターさん、の、お話を」
素晴らしい提案です、アッテムさん。ここまで来たら、もっとヒイラギ様の話を聞いておきたいです。
ローウィさんとミリーナさんもそれに賛同しているようで、視線がミヤタさん達に集中しています。
あまりの視線の熱さにちょっと引かれましたけど、お話は聞かせてくれることになりました。
「じゃあ、小学生の頃に私が男女だとか言われて、苛められていた頃の話なんだけど」
絶対に惚気話が混じるような話から来ましたね。
そうした元の世界での話を聞き、ヒイラギ様がこっちへ来られてからの話をしているうちに、私達女性陣の仲は良くなりました。