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第12階層 一攫千金って何の拍子に手に入るか分からないよな

涼「両親は言った。金に溺れるな踊らされるなと」


 正直、初めて聞いた時は呆気に取られた。

 ダンジョン運営にそんなものがあるだなんて、信じられなかったからだ。

 でもそれは現実に存在していて、ダンジョンを開いて六日目の今日、その日を迎えた。

 週に一度ならぬ、集に一度の定休日を。


「実際に迎えてみると、なんか不思議な感覚だ」


 ダンジョン運営にも定休日があると教わった時は、思わず呆気に取られたっけ。

 日付が今日に変わった瞬間に洞穴とダンジョンの繋がりが解け、外部から誰も入ってこられなくなった。

 例外は日付が変わる前に入っていた侵入者が、外へ出る場合のみ。

 だけど繋がりが解ける前にはネズミ一匹侵入していないから、完全休業が決定した。

 昨夜夜勤の早番だったアッテムとイーリアも、日付が変わるとすぐに勤務を切り上げて就寝している。


「マスター、ただいま戻りました。こちらが本日の売却金の明細です」


 ダンジョンギルドへ売却に行っていたリンクスが帰ってきた。

 売りに出したのは昨日パンデミックゾンビにした四人組と中年男の装備品、迷い込んだ熊二頭と猪一頭、それとククル鳥という食用の鳥を三羽だ。

 受け取った明細を見ると、四人組の物は武器も防具も大した値段で売れなかったのに対し、中年男の物はどれも良い値段で売れている。

 動物達の値段はそこまで高くないものの、相場通りの値段で買い取ってもらえた。


「うん、ご苦労様。悪いな、休みの日なのに」

「気にしないでください、特に予定もありませんし。さっ、五目並べやりましょう」


 すっかり五目並べにハマっているリンクスは、休憩時間や寝る前の暇な時間にはこれをやっている。

 毎日暇を見てやっているから腕を上げているけど、まだまだ俺には敵わない。


「リンクス、君は、それ、好きです、ねぇ」


 ミリーナと共にお茶を啜っているアッテムが、俺とリンクスの勝負を見ながら呟く。


「単純なのに奥深いですから、地上で売り出しても大人気になると思います」


 教会で子供達の遊び相手をしていたミリーナは、こういうものが得意で俺の次に強い。

 当初は奴隷なのに勝ってすみませんって謝っていたけど、周りは誰も気にしていない。

 寧ろ手を抜かれる方が悔しいということで、全力勝負をしている。


「確かに五目並べは好きですけど、ユーリット君の研究好きも相当ですよね」


 自分とユーリットが使っている部屋の扉を眺めながら、なかなかの一手を放つ。

 ユーリットは現在、白衣を羽織って部屋に籠もり、今朝に俺が「異界寄せ」した漢方の研究をしている。

 たった一種類、祖父ちゃんが飲んでいた当帰っていう薬草だけだけど、最大量の十キロ分を召喚して渡したらとても感謝された。

 それからずっと、現在進行形で部屋に籠もって研究をしている。


「そういえば、ローウィはどこへ行ったんだ?」

「彼女でしたら母親が勤めている警備隊の所へ。今後のゴブリン達への指導のため、今一度教えを請うそうです」


 勝負を横から眺めているイーリアからの返答に、改めてあいつは真面目だと思った。

 おっ、リンクスの奴悩んでいるな。この一手が何を狙っているか、分かるかな?


「そうだ。フェルト、ミリーナ、作務衣の着心地はどうだ?」

「とても動き易いですね。それに通気性もいいですし」

「露出が少ないのもいいですけど、裾が捲れる心配が無いのもいいです」


 フェルトとミリーナが着ているのは、奴隷服じゃなくて作務衣だ。

 ダンジョンを開く少し前。どんなに健康管理をしても、あんな奴隷服だといずれは体調を崩すんじゃないかと思ってイーリアに相談したら、愛玩用の奴隷を着飾らせたり、作業服を着せたりするのは珍しくないと教わった。

 そこで曲げ物作りをしていた祖父ちゃんがよく着ていて、俺も子供の頃に着させてもらっていた作務衣を思い出し、リンクスに構造を説明して再現してもらった。

 簡単にはいかなかったけど、昨夜に完成して今日から着てもらっている。


「そういえばマスター。前に言った知り合いの服屋が、異世界の服について少し話を聞きたいと言っているんですが」


 ちっ、気付いたか。しかもこの一手で反撃に転じられた。

 でもそれは想定内だ。こうしておけば問題無い。


「分かった。こっちから出向いた方がいいか?」

「向こうが来ると言っていました。いつ頃がいいでしょうか?」

「いつでも構わない。相手に都合のいい日時を指定してもらってくれ」

「分かりました。午後に伝えに行ってきます」


 おっと、ここでその一手か。

 だけど早めに防御しておけば大丈夫っと。


「ところでヒイラギ様、少々提案したい事があるのですが」

「なんだ?」


 悩んでる悩んでる。ここからどんな一手を打ってくる?


「ダンジョンに配置する魔物、少し見直していただけませんか?」


 うん? 何でだ?

 まだ十人くらいしか相手にしていないけど、ここまでの侵入者はほぼ全滅だぞ。どこに見直す必要があるんだよ。


「理由はなんだ?」

「侵入者がほぼ全滅して、生還する人数が少ないのが問題なんです」

「なんでだ?」

「ダンジョンに来る冒険者にとって、挑戦者がほぼ未帰還というのは得ではないんです」


 ん? あぁ、そういう事か。


「生還できる可能性が低いなら、無理に挑む必要は無いってことか」

「そういうことです」


 なるほど。考えてみればそうだよな。

 冒険者にとってダンジョンは攻略して名を上げるだけじゃない、魔物を狩って素材を採取して収入を得るための場所でもある。

 だけどそれは、無事に地上へ生還すればの話だ。

 どれだけ素材を採取しても、地上へ持ち帰って換金できなかったら何の意味も無い。

 生還率が低いってことはそれだけ危険ということだから、無理に挑むよりも周辺の魔物を狩って金にした方が安全って訳か。

 色々と考えて備えて鍛えてきたけど、それが仇となったかな。


「やりすぎか?」

「やりすぎです」

「私、から、見ても、やりすぎ、かと」


 イーリアだけじゃなくアッテムまでそう思うのか。

 そういえばゲームでも、最初の方に出てくるのは大した事なくて、後半になるほど出てくる敵が強くなっていったっけ。それと同じようなものか。


「冒険者にも適度な旨味を持たせないと、ここには誰も近寄らなくなってしまう恐れがあります」


 ううん、思っていたより難しいなダンジョン運営。

 鍛えて冒険者に備えていればいいだけじゃなくて、ある程度の弱さも織り交ぜなきゃならないのか。


「分かった。昨日も魔力が手に入ったし、新しく魔物を召喚して訓練無しで配置してみよう」

「それがよろしいかと」


 だけど地形の変更まではできないから、召喚する魔物はナイトバット、ロックスパイダー、キラーアント、あとはスライムの四種類にしておこう。

 こいつらなら、あの水浸しで隆起した岩だらけの階層でも大丈夫だろう。

 おっと、やっと打ったか。だったらこっちはこうだ。


「あぁっ!?」


 これでほぼ決まりだな。

 頭を抱えるリンクスはどう防いでも負けると分かって、素直に降参した。


「もう一戦お願いします! 次こそは」

「悪い。今、イーリアに言われた事を先に片付けてくる」

「ミリーナさん!」

「ごめんなさい、これからお洗濯をしないといけないので」


 相手になりそうな俺とミリーナに逃げられたリンクスは、見境なく対戦相手を求めた。


「アッテムさん、イーリアさん、フェルト君!」

「お、お昼の、買出し、行か、なきゃ」

「私も手伝います」

「僕は牢屋の掃除がまだなので、失礼します」


 一度始めたらそうそう終わらないのは全員が承知だから、用事を作ってさっさと退散してしまった。

 結局一人残されたリンクスは、渋々俺との対戦を一手目から打ち直して一人で感想戦を始めた。

 ていうかあいつ、今の勝負の内容全部覚えているのか。

 俺は覚えている自信が無いなと思いつつ、司令室での作業を開始した。


「まずは育成スペースを拡張しておくか」


 新たに地下一階層へ配置する分と補充できるよう分を召喚するから、スペースは広げておかないと。

 ただでさえ、元々いた魔物達が押し出されるんだ。場所の確保は必須だ。

 昨日の手に入れた魔力で育成スペースを拡大し、追加の魔物を召喚して訓練無しで配置しておく。

 地下二階層に配置しているゴブリンとオーク連合はそのままで、地下一階層にいた魔物達は新たな階層ができるまでは訓練漬けにしておくか。

 早く階層を増やせるランク三になりたいな。


「ついでだ、今日の明細も会計データに打ち込んでおくか」


 今戻ったらまたリンクスの相手をさせられそうだから、別に急ぐ必要は無いけど仕事をやっておこう。


「午後には服屋に行くって話だし、少しは落ち着いて過ごせるだろう」


 これで畳の上で寝転がれれば最高なんだけどなぁ……。無い物ねだりは止めよう。

 そう思いつつ作業をしたお陰で午前を乗り切り、昼食を終えたリンクスは服屋へ向かった。

 これでようやく、静かな休日を過ごせるな。


(なんだか、久し振りにゆっくりできている気がする)


 こっちにも定休日があることを聞いた時は驚いたけど、いざ過ごしてみるとありがたみが分かる。

 休日のサラリーマンって、こういう気分なのかな?


「皆さん、お茶を淹れました。ご主人様に教わった、麦茶というお茶です」


 おぉ、待っていたぞ。

 前に試した時は不味かったり薄かったりと苦労しながら、なんとか納得する物が作れた。

 それをミリーナに教えて、淹れてもらってみた。

 冷たいお茶を飲む習慣がこっちには無いみたいだから、昔風の温かい麦湯って感じだけど。


「へぇ、変わった風味ですね」

「なんか飲み易いです」

「もう、ちょっと、濃くても、いいかと」


 人によってはこれに塩だの砂糖だの入れるって聞いた事があるけど、個人的にはそのままが一番だ。

 もう一杯もらおうっと。

 それからしばらくは談笑をして穏やかな時間を過ごすんけど、それもリンクスが帰って来るまで。

 例の服屋と会うのが来集の定休日に決まったのはともかく、その後の五目並べ八連戦はきつかった。全勝したけど。

 そんな穏やかであり騒がしくもあった休日を過ごした日の真夜中。

 就寝前に付けた魔道具から電流が流れ、それで目を覚ました。


「っ! はぁ……何度やっても慣れないなこれ」


 眠い目を擦り、耳に付けた魔道具を外してベッドを出る。

 もうすぐ日付が変わってダンジョンの定休日が終わり、再び地上と繋がる。

 そうしたら何かしらが侵入する可能性があるから、対応できるように監視が必要だ。

 一緒に夜勤をするユーリットも起きてきて、二人で顔を洗って司令室へ入って監視の準備を整えていく。

 もうすぐ日付が変わるか。

 モニターに表示されている日付が変わると、ダンジョンと洞穴が繋がる。

 真夜中だから冒険者はともかく、野生動物くらいは侵入してくるかなと思っていたら予想外の物が侵入してきた。


『あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』


 いくつもの悲鳴と共に、一台の荷馬車が斜面を転がり落ちて来て着水した。

 その勢いで一人が荷馬車から放り出され、壁に顔面から激突して泥水の中へ沈む。

 一緒に落ちてきた馬は骨折したのか立ち上がれず、放り出された人は身動き一つせず泥水に浮いている。


「……何が起きたんだ?」

「えぇっと、洞穴の中で夜を明かしていたら、急にダンジョンと繋がって滑り落ちて来た、とか?」


 ユーリットの予測で概ね正解だろうな。

 一先ず反応を確認しよう。

 操作をして侵入者の反応を調べてみると、放り出されて顔面から壁にぶつかった人は死んでいる。

 あっ、荷馬車の中に四つの生命反応がある。

 雨風から荷物を守る布が張られていて中は見えないけど、早めに捕まえておいた方がいいかな。

 そんなことを考えていると、二人の女性が傾斜を降りてきた。


『皆、無事か!?』


 どちらも防具を纏って槍と剣を持っているから、護衛か何かか?

 剣を持っている方は荷馬車の中へ入り、槍を持っている方は浮いている人の方へ向かう。


『大丈夫ですか。うっ』


 うげっ、壁に顔面をぶつけた老人の顔が酷いことになっている。


『こっちは駄目です。そっちはどうですか?』

『全員大丈夫よ。エルミナ以外は気を失っているけど、生きているわ』


 額を怪我している町人風の女性を連れ、剣を持った女性が荷馬車から出てきた。

 話からしてあの怪我人がエルミナで、馬車の三人は気絶中か。

 護衛の二人は次に馬へ近づくと、脚の状態を確認していく。

 首を横に振ったから、馬は駄目みたいだ。

 おっと、この侵入者達へ向かって新たに配置したキラーアントとナイトバットが向かっている。

 訓練をしていないから統率感は無く、我先に獲物へ向かっているだけだ。

 あっ、水に擬態したスライムが追い抜いていった。


「お前達、侵入者を撃退するのは許可するけど勝手に食うなよ。それと気絶しているのには手を出すな」


 これで良し。ゾンビにできそうなのを食われるわけにはいかないし、気絶しているのは奴隷として売れるからな。

 さて、訓練無しの魔物だとどうなるのかな。


『馬は駄目ね。ここに放置していくしかないわ』

『そんな……』

『分かってちょうだい、脚を怪我した馬を連れて行くことなんてできないわ』


 俺達のいた世界なら馬運車とか軽トラでも運べるけど、こっちの世界にはそんなの無さそうだもんな。

 馬が脚を怪我したらそこまで。可哀想だけど見捨てるしかない。

 あれ? 元の世界で馬を軽トラの荷台に乗せるのって違法だったっけ?

 まあもうどうでもいいことか。


『そもそも、ここは何ですか? 地下水脈? 地盤沈下でもしたんですかね』

『今はそれよりも、ここから出ることを……待って、なんか奥から音が聞こえるわ』


 あぁ~。やっぱ訓練していないと、索敵スキル以前に音で気づかれるか。

 奇襲部隊は気づかれないよう移動音にも極力注意させていたし、そもそも移動しなくてもいいようにスローゴブリンで誘導したり、待ち伏せさせたりしていたからな。

 イーリアにはああ言われたけど、やっぱり気になるな……。

 とか考えているうちに、キラーアントとロックスパイダーが壁を這いながら侵入者の前へ現れた。


『魔物!?』

『まさかここはダンジョン!? エルミナ、あなただけでもすぐに逃げて!』

『で、でも』


 逃げろと言われたエルミナは荷馬車へ目を向ける。

 気絶している三人が気になるんだろうけど、その迷いが命取りだった。


『危ない!』


 剣士の女性が叫んだ時には、泥水に擬態して接近していたスライムに襲われていた。

 全身をスライムに包まれて息ができず、苦しそうにもがいて抵抗しているものの脱出できない。

 核を潰してスライムを倒せば脱出できるんだけど、戦闘要員じゃなさそうなエルミナはパニックになっていてそんな余裕は無さそうだし、そもそもそんな意識は無いかもしれない。


『今、助ける!』

『待ってセリル! この数を私一人では、ぐうっ!』


 エルミナを助けようとセリルと呼ばれた槍使いが動いたから、剣士が一人で戦線を支えることになった。

 上から迫るナイトバットを左手で払いながら、キラーアントとロックスパイダーによる二方向からの攻撃を必死に凌いでいる。

 一方の槍使いの方も、彼女に狙いを定めたナイトバットが邪魔で上手く核を突けていない。


『邪魔よ、ナイトバットの分際で!』

『ギギッ!』


 どうにかナイトバットを倒した時には既にエルミナは力尽きていて、スライムの中で無抵抗に浮いていた。

 すぐに核を潰して救出したのはともかく、生死を確認している場合か?

 一人で戦線を支えている剣士はもう限界だぞ。


『あぁぁぁぁっ!』


 ほら見ろ。キラーアントの顎で右太ももを挟まれて、そっちへ気を取られている隙に別のキラーアントに左側面から腕ごと胸元を挟まれている。

 防具は軽装だから持ちこたえられそうにないな。


『シア先輩!? 今、助けに』

『駄目、逃げて! あなただけでも外に――』


 言葉を最後まで伝えることなく、シアと呼ばれた剣士の体は切断された。


『シア先輩ぃっ!』


 バラバラになったシア先輩とやらが泥水の中へ沈んでいくのを見て、逃げろと言われたのに槍を構え、復讐に燃える目で迫る魔物達を睨む。

 いや、その判断はダメだろ。


『うわあぁぁっ! よくもっっ!』


 威勢よく向かっていって数体は倒したものの、数の暴力には勝てず瞬く間に劣勢になって、最後はロックスパイダーに圧し掛かられて泥水の中に押さえ込まれて死んだ。


「ユーリット、ゴブリンを何体か向かわせろ。荷馬車の中にいる三人と荷馬車の荷物、馬、それと死んだ奴らの装備を回収させろ」

「死体の方は……」

「切断されたのは食って良し。他は一度ゾンビにしてからパンデミックゾンビにする」


 指示を出したら肩から力を抜き、背もたれに寄りかかる。

 まったく、定休日明け早々にどうなることかと思った。

 安堵しながらモニターへ目を向けると、回収へ向かわせたゴブリン達が荷馬車の中で気絶している三人を運び出していた。

 一人は二十代前半ぐらいの女性で、他の二人は同い年ぐらいの少女だ。

 うん? ていうか、あいつらは……。


「マジで?」


 三人が三人、全員見覚えがある。

 だって一ヶ月くらい前までは同じ教室にいたんだから。


「どうかしましたか?」

「ちょっとな。それよりも相手は女だから牢屋へ行ってミリーナを起こして、あの三人の治療と着替えをさせてくれ。首輪も忘れずにな」

「はい」


 すぐさまミリーナが寝ている牢屋へ向かうユーリットを見送ると、額に手を当てて大きく溜め息を吐いた。

 誰が予想できるかって。元の世界の知り合いが一気に三人も来るなんて。


「しかも、先生に加えてあの二人かよ」


 捕まえた三人のうち一人は副担任だった佐藤雫先生。

 人畜無害で泣き虫でまだ学生気分が抜けきっておらず、よく担任や教頭から怒られていた。

 オタク趣味があるようで一部女子生徒とその手のことを話したり、漫画の祭典で女性向けの本を買い漁ったり売ったりしているという噂を聞いた事ことがある。

 残る二人はどっちも元同級生。

 一人は小学校に上がる前からの幼馴染で、何の縁かずっと同じクラスだった宮田香苗。

 地元の空手道場に昔から通っている男っぽい口調の奴で、たまに褒めると照れ隠しに殴りかかってきていた。

 回避スキルを習得していたのは、それを避け続けていたからだろう。

 そしてもう一人は、高校に入ってから知り合った戸倉葵。

 覚えは無いんだけど俺に恩があるようで、それを切っ掛けに想いを寄せられている。

 一年の夏休み前に何の前触れも兆候も素振りも無しに、まだクラスメイトが大勢いる教室で鼻息荒くそのことを告げられた。

 同じクラスということ以外、特に接点も無かったからやんわりと断ったら、好きになってくれるまで纏わりついて心変わりさせるとストーカー宣言する始末。

 見た目は良いのに何を考えているのかよく分からず、勝手にしろと言ったら本当に纏わりついてちょっとズレたアピールまでしてくるから、半ば放置して現在に至る。

 ただ、アピールがまともだったら心変わりしていたかもしれないと、心の片隅で思っているのも事実だ。


「どうするべきかなぁ」


 できれば三人とも見捨てず、俺の下で保護してやりたい。

 だけど、立ち上げたばかりだから三人の生活を保障する金銭的な余裕が無い。

 だからといって副担任や幼馴染、変なところはあっても想いを寄せている相手を売り飛ばすのは気が引ける。

 大和田の時みたいに、誰かに買われた後じゃないから助けることができるのに、保護した後の目処がどうしても立たない。


「どうしたらいいんだか……」


 考えが決まらず悩んでいるところへ、ユーリットが駆け込んできた。


「たたた、大変ですマスター様」

「どうした。捕まえた三人が大怪我していたか?」

「いえ、怪我は軽傷だったのでミリーナさんが治療してくれました。大変なのは、回収した荷馬車の中身です!」


 なんだ? よほどの高級品でも入っていたのか?


「落ち着け、何があったんだ?」

「砂糖がいっぱいに詰まった大きな壺が十三個もありました!」


 おぉっ、砂糖か。

 実はダンジョンタウンにおいて砂糖は、超が付くほどの高級品だ。

 塩は塩成花から安定した大量生産が行われているのに対し、砂糖は極僅かしか生産されていない。

 聞いた話だと果物を乾燥させて表面に浮いてきたのを採取しているそうだけど、採取できる量は少ないし果物自体を出荷するから生産量が少ないらしい。

 だからこそ高額で取り引きされている貴重な砂糖を、幸運にも大量に入手できたのは朗報だ。


「いくらになりそうだ?」


 興奮を抑えながら訪ねると、驚きの金額が返ってきた。


「物も良いですし量もありますから、壺一個につき最低でも白金貨五枚くらいかと」

「そんなに高いのか!?」

「最近の砂糖の相場を考えれば、これくらいの値は付きますよ」


 壺一個で白金貨五枚の砂糖が十三個、つまり合計で白金貨六十五枚になる。

 一部は後日税金で持って行かれるとはいえ、それだけの額があればオバさんに借金を返済できるし、今回捕まえた三人を保護できる。

 身分が奴隷になるのは仕方ないけど、変な所へ売られるよりは良いだろう。


「壺に破損は?」

「破損対策に布を何重にも巻いてあったので、表面に細かいヒビは入っていますけど中身は漏れていません」


 売り物だったのか購入した後だったのかは分からないけど、厳重な管理に感謝する。


「ユーリット、今日捕まえた三人は全員俺の奴隷にする。詳しいことは朝のミーティングで話す」

「はい! では、回収した品の確認に戻ります!」


 高級品の入手でテンションの上がったユーリットは、勢いよく司令室を出て行く。

 なんにしても、三人を保護できる目処が立ってよかった。

 あいつらには悪いけど、今後は奴隷として俺の下にいてもらうしかないな。


「ご主人様ぁ……。捕まえた方々を治療して、奴隷服を着せて首輪も付けておきましたぁ……」


 寝ているところを起こされたミリーナが、眠そうな顔で報告に来てくれた。


「ありがとう。悪いな、寝ているところを」

「いえ、気にしないでください……」


 そう言い残し、眠そうに目を擦りながらユラユラと退室していった。

 さすがに気にしないのは無理だから、特別手当として今日の日中の休憩時間を増やしておこう。

 そのためのローテーションを考えたり、戻って来たユーリットから回収品の報告を受けたりして小一時間ほど経過した頃、牢屋の方から三人が目覚めた信号が送られて来た。


「牢屋の三人が起きたから行ってくる。何かあったら呼びに来てくれ」

「分かりました」


 あれから野生動物一頭も来ていないから、たぶん何も無いとは思うけど用心に越したことはない。

 それよりも問題なのは、あの三人がダンジョンタウンと俺の現状にどんな反応をするかだな。

 オタク趣味の先生はともかく、後の二人はどうなることやら。

 だけど売らずに俺の保護下に置くのは決定事項だから、最低でもそのことだけは受け入れてほしい。

 そんなことを考えながら牢屋へ近づくと、起きた三人の会話が聞こえてきた。


「ここはどこなんだよ……」


 香苗の弱々しい声を聞いたのは、小学生の時に最恐と言われていたお化け屋敷に入った時以来だな。


「どうして、こんなボロボロの服を着てるの? この首輪は何?」


 戸倉は割と冷静だな。でも口調が早くなっているから、困惑はしているんだろう。


「これはアレね! ダンジョンの主に捕まって、奴隷にされて辱めを受ける展開ね。エロ同人みたいに!」


 ……先生、何かノリノリじゃないですか?

 お望みならやってあげてもいいですよ。

 ちょうどうちには、娼館出身のインキュバスがいるから。


「んなっ!? そんな事されてたまるか!」

「……柊君が相手なら、そんな展開でもいいのに」


 おいコラ、戸倉。俺にそんな性癖は無いぞ。


「アホ言ってるんじゃねぇよ! んな都合のいい展開があるか!」


 すまない香苗、その都合のいい展開なんだ。

 ここは俺のダンジョンだから。


「待て、誰か来たぞ」


 足音に気付いた香苗の一言で三人が静かになった。

 緊張した面持ちの三人の前に、ちょっと気まずい気分で進み出ると三者三様の反応を見せてくれた。

 先生は普通に驚いて、戸倉は両手を口元にやって目を見開き、香苗は警戒した表情のまま固まっている。


「よっ、久し振り」


 とりあえず軽い調子で声を掛けてみると、真っ先に声を上げたのは戸倉だった。


「嘘、本当に柊君が……もういつ死んでもいい!」


 いや、せっかく保護しようとしているのに死なれたら困るんだけど。


「りりりりりり、涼!? なんだこれ、どうなってんだ!」


 落ち着け香苗。慌てる気持ちは分かるし、落ち着けないのも分かるけど落ち着け。


「柊君が私達を汚すの? そんな、元生徒とだなんて。でも、そんなシチュエーションも悪くはないかも」


 先生はもう色々と自重しろ。

 リンクスに頼んで、周囲がドン引きするような体験させるぞ。


「まずは状況を説明するからさ、三人ともしばらく黙っててくれるか?」


 頷いて黙った三人を前に、現状の説明をしていく。

 一ヶ月前のあの日、ダンジョンタウンにダンジョンマスターとして転生したこと、ここでの人間の扱い方、三人を奴隷として迎えられるということ、そして一緒にいた三人の末路を。

 質問は後回しにしてもらって一気に説明すると、揃ってポカンとしていた。

 最初に再起動したのは、今回も戸倉だった。


「ふふっ。柊君の性奴隷……」


 もしもし戸倉さん、意味分かって言ってますか?

 しかもなんで嬉しそうなんだ。

 そんな扱いをするつもりは、これっぽっちも無いぞ。


「そうなの。店長さんは……」


 次に回復した佐藤先生は店長とやらに対して、冥福を祈るように目を閉じて手を合わせた。

 おそらく、あの顔面強打した老人のことだろう。


「なぁ、お前の奴隷にならなきゃ駄目なのか?」


 不安そうに尋ねる香苗だけど、こればかりは譲りたくない。


「でないと身の安全を保障できない。それとも、何の目的で買われるかを承知で売られるか? それとも死ぬか?」


 問い掛けに対して香苗は首を横に振った。


「そういうんじゃねぇよ。オレはもう、お前と対等に肩を並べられないのかって思うと……」


 香苗とは幼い頃からずっと隣で肩を並べていたからな。

 それが崩れるのが嫌なのか怖いのか。

 でも、こうしないと香苗の安全を保障できないのも事実だ。


「安心しろ、悪いようには扱わない。少なくとも、過重労働や夜の相手をしろとは言わない」

「だから、そういうんじゃねぇんだって……」


 いったい香苗は何を言いたいんだ? そっぽを向いてブツブツ言っているけど、小声で聞き取れない。


「という訳で、安全を保障するために俺の奴隷にさせてもらうけど、異論は?」

「無い。柊君の下にいられるのなら、奴隷くらいウェルカム」

「オレもそうする。涼の下が安全そうだし」

「先生もそうさせてもらうわ。ところで本当に陵辱とか調教とかしないの? エロ同人みたいに!」


 先生、その台詞を言いたいだけなら構わないけど、本当にお望みならうちのインキュバスにやらせますよ?


「本当にいいんだな。一緒にいた人達を、間接的にでも殺した俺の下にいても」


 手放すつもりが無いとはいえ、これだけは聞いておきたい。

 憎まれようとも恨まれようとも、それを背負っていく。


「私にとっての最優先は柊君。お世話になったけど、柊君がやったことなら気にしない」


 なんだろう、戸倉が少し怖い。これが病んでいるってやつか?


「柊君はこっちでのルールを順守しただけなんでしょ? だったら気にしないわよ」


 オタク趣味だからかな。先生の異世界への理解力と順応性が高い気がする。


「お前を恨んでも憎んでも仕方ないだろ。そもそもオレは護衛として雇われただけだから、戸倉とサトちゃん先生が助かったならそれでいいよ」


 ……返せ。憎まれようと恨まれようと、それを背負うと決めた俺の覚悟を返せ。

 どうしてそうも、あっさり受け入れて気にしないんだ。

 そんな反応をされたら俺の方が困るよ。


「……分かった。奴隷契約は後でやるから、もうしばらくここにいてくれ」


 頭痛がしそうなのを耐えてそう伝えた後、気を取り直して情報共有をすることにした。

 あの空間で転生を選んだ後のことを尋ねると、こっちの世界の常識をスーツ男から全員で教わったそうだ。

 その後で身分証だけでなく、当面の生活費として銅貨十五枚、さらに冒険者を志望する奴には安物だけど希望する武器と防具も渡されたようだ。


「涼はいなかったけど、大丈夫だったのか?」

「……ここの住人がやってくれるから省いたんだろう」


 過去に異世界人が来た事もあってか、ルエルさんとかギルドマスター、イーリアが不思議がらずに教えてくれたし。


「で、その後は?」

「えっとね、先生はグリンダっていう町の傍に出たの」


 説明を受けた後は全員バラバラの場所へ転移させられ、流通都市グリンダの傍に転移した先生は入町税の銅貨二枚を払って町に入り、その日のうちに住み込みの仕事を見つけたそうだ。

 家族経営の雑貨屋で、息子さんが大怪我をして働けないから人手が欲しかったとか。

 そこで働いていたある日、同僚と来店した戸倉と再会し、その数日後に店を訪れた香苗とも再会したらしい。


「オレはグリンダから歩いて一日くらいの村で冒険者をやっていたんだ」


 どこかの村の傍へ転移した香苗は冒険者ギルドで登録をして、薬草の採取やゴブリン退治で生活していた。

 村には宿が無かったためギルドで知り合った女性職員の家を間借りして、掃除や水汲みのような事をしながら依頼をこなしていたそうだ。

 そうして実績と経験を積みながら小銭を貯め、ランクが最低のFからEに上がったのを機に町へ向かう事に。

 道中で魔物と遭遇はしたものの、なんとか切り抜けて一晩の野宿を挟んでグリンダへ到着。

 消耗品を買い足すために入った雑貨店で、店番をしていた先生と再会したようだ。


「そして私と出会ったの」


 同じグリンダ付近でも先生とは別の位置へ転移した戸倉は、グリンダで運搬ギルドへ就職した。

 寮付きで即日入寮可というのが決め手だったらしい。

 運搬ギルドは宅配業者のようなもので、見習い御者として先輩御者二名と護衛三名が全員女性のチームに所属。近隣の町や村の担当として働いていたそうだ。

 先生とは同僚との買い物で雑貨屋へ立ち寄った際に再会し、後日香苗と再会した先生に呼び出されて香苗とも再会した。

 うん、なるほど。この三人が再会した流れはよく分かった。


「それがどうして、揃ってここにいるんだ?」

「昨日の朝のことなんだけどよ」


 依頼を探していた香苗は、運搬ギルドから出された護衛急募の依頼を発見。

 運搬ギルドはチーム内の護衛に欠員が出た場合、臨時で冒険者を雇うことがあるらしい。

 女性限定とあったので引き受けると、頼まれたのが戸倉の所属しているチームだった。

 しかも依頼人は先生が働く雑貨屋の老店主で、先生自身も手伝いとして同行する事になっていた。

 仕事は山を一つ越えたヴェルーガ村にある老店主の友人が経営する商店へ、消耗品の代表格である砂糖と塩、それと鍛冶屋に頼まれた鉄と服飾職人に頼まれた生地を届けること。


「で、新しい道道が塞がっていたから、旧道の山道で向かうことにしたの」


 かつてはそっちの道を使っていたこともあり、比較的穏やかな雰囲気でいると大雨に見舞われた。

 風も強くなってきたから安全を確保するため洞穴へ避難し、雨の山道は危険だからとそこで夜を明かす事になった。

 で、そこからは俺も知っての通り。

 日付が変わって洞穴とダンジョンが繋がり、入り口付近で見張りをしていた護衛二人を残して滑り落ちてきたという訳だ。

 そして今に至ると。


「ところで、他の奴については何か知らないか?」

「オレは知らねぇぞ」

「運搬ギルドで知り合った人に聞いたけど、情報無し」

「宮田さんと戸倉さん以外、会ってないし話も聞いてないわね」


 やっぱり簡単には見つからないか。そうそう、大和田と桜田の事を伝えておこう。

 この二人の無事と現状を伝えると、桜田の時は似合わないだの良かっただの言っていた。

 でも大和田の現状を伝えたら。


「キターッ! やばい、妄想が滾る。今なら三徹も余裕だわ!」


 案の定、その手の趣味がある先生が大暴走。

 そして香苗と戸倉はとても気の毒そうな表情をしていた。


「ご、ご愁傷様?」

「宮田さん、まだ死んでない。男として死んだかもしれないけど」


 同感だ。


「それで、涼はこっちに来てからどうしてたんだ?」


 ああ、そういえば話してなかったな。

 という訳でダンジョンタウンに来てからの出来事を、振り返りながら説明していく。

 ダンジョン運営について、エリアスとかラーナとかとの交流、仲間達や魔物達と過ごした日々。

 途中で採用やなんかの愚痴が混ざったけど、これくらいは聞いてもらってもいいよな。


「ぜ、税金って……。ダンジョンマスターが税金って……。しかも副業可って……」


 香苗、困惑する気持ちは分かるぞ。最初は俺もそうだったから。


「そのエリアスとラーナは要注意ね」


 なんでだ戸倉。俺としてはお前が何をしでかすか要注意だよ。


「雇った子の一人が男の娘インキュバス!? 薄い本のネタにさせてください!」


 先生はもう本当にいい加減にしろ。

 そう思いつつ、いつまでもユーリット一人に監視させる訳にはいかないから話を切り上げ、司令室へ戻った。



 翌朝。起床したアッテムに三人との奴隷契約を結んでもらい、朝のミーティングで夜間の出来事を報告した。

 ダンジョンタウン出身者は俺以外に異世界人を確保したことに驚き、地上出身のフェルトとミリーナはこっちでの砂糖の価値の高さに驚く。


「そういえば、買い物に行く店で砂糖は見たことが無いような……」

「単純に無いのかと思っていましたけど、値段が高すぎて普通の店じゃ扱えないんですね」


 そういうことだ。とても普通の店で扱える品じゃない。

 さあ、驚くのはここまでにして報告を続けよう。


「今回の戦闘で貯まった魔力を使って、奴隷用の部屋を用意した。勿論、男女別だ」


 服は作務衣を用意したけど、掃除しているとはいえ牢屋暮らしは体に良くない。

 だから今回手に入った魔力と残っていた魔力を合わせて、最低ランクだけど部屋を用意した。


「最後に、さっき伝えた三人は奴隷として働いてもらうことにした。じゃあ、自己紹介して」


 俺の目配せで、部屋の隅に控えていた奴隷服姿の三人が進み出る。

 まだ作務衣を用意できていないから、しばらくは奴隷服で仕事をしてもらうつもりだ。


「初めまして。柊君の元副担任だった、佐藤雫です」

「涼の幼馴染の宮田香苗だ」

「こっちの世界へ来る前から柊君に絶賛片想い中の戸倉葵。よろしく」


 戸倉は初っ端から何を言っているんだ。

 というか、いつ誰が絶賛した。


「ふおぉぉっ。ダークエルフに獣人に噂の男の娘インキュバス。まさか生で見られるなんて。ハアハア」


 先生も先生で恍惚の表情だし……。

 良くも悪くもマイペースな二人に、思わず溜め息を吐いた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 急に主人公 アホなった 作者のお前もアホやけど 一週間を一集間ってしてるし 魔力溜まってないから部屋これ以上作られへんし コツコツやっていって欲しかった お金返すのも
2022/09/02 11:36 作者 死ね (^○^)
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