第11階層 1匹いたら30匹いるって聞いた。えっ、アンデッドが?
アッテム「え、エラ呼吸、なんて、できま、せん」
ダンジョンを開いて四日が経った。
時折野生の動物や魔物が迷い込む程度だったダンジョンに、栄えある二組目の侵入者がやって来た。
侵入者というよりも、迷い込んで来た人達って感じだけど。
『こらぁ、どうなってるだ!?』
『まさかこの洞穴が、ダンジョンになったっちゅうんか!?』
夕方近くになった頃、弓矢を持ったご年配の方が三人ほど洞穴の入り口から滑り落ちてきた。
どう見ても冒険者には見えないから、おそらくは狩りの最中に迷い込んだのだろう。
「あの、どうしますか?」
相手が年配とあってか、フェルトに判断を求められた。さて、どうしたもんかね。
『まさかリッド達が帰って来ないのは、ここに入ってやられたんじゃないのけ?』
『だとしだら一大事だ、どうするべ』
『とにかくギルドへ連絡だ。オメはすぐに村さ戻れ。オラ達はちょっと奥さ行ってみるべ』
『大丈夫なんだか?』
『大丈夫だ。オラは元冒険者、弓矢の腕にはまだまだ自信がある』
『何十年前の話をしてるだ!』
へえ、元冒険者か。いいことを聞いたな。
だったら手加減無しでお相手しよう。
せっかくやる気になったのに逃げられるのは癪だから、一気にケリをつけるか。
相手は高齢とはいえ元冒険者なんだし、相応の手法でな。
『ほれ、さっさと戻れ。今からなら日が落ちる前に村さ戻れるだろ』
『分がった。オメ達も無理せず、さっさと戻れよ』
三人の中で比較的若めの男が斜面を登っていく。
あの人は放っておこう。報告してくれれば、ここへ人が来るようになるし。
残る二人は警戒しながらゆっくりと奥へ歩みだす。
「侵入の意思があるんだ、出迎えてやるぞ」
「分かりました」
「ナイトバットが目晦ましをした隙にスライム部隊が足場を崩せ、トドメはロックスパイダーに任せる。殺していいけど、一人は食わずに回収しろ」
前回の失敗を踏まえて、予め食っていいか悪いかは伝えておいた。でないと、また勝手に死体を食われかねない。
ちょっと実験してみたいことがあるから、ゾンビが欲しいんだよな。
そう思いながら画面を見ていると、指示通りに動いた魔物達が二人へ襲いかかる。
ナイトバットが注意を引き、スライムが転倒させてロックスパイダーが圧し掛かり、水中へ押さえ込む。
老齢の二人じゃロックスパイダーを引き剥がせず、さらにスライムが水中で絡みついて援護したから、そのまま二人は溺死。
魔物達によって育成スペースへ運ばれた。
この少し後に交代が来たから司令室を任せて育成スペースへ行くと、死んだ二人のうち一人が放置されていた。
もう一人はちょうど食い終わったようで、スライム達が骨を消化している。
よしよし、ちゃんと言いつけを守っているな。
早速思いついた実験をするため、パンプキンゴーストの死霊魔法で回収した死体をゾンビにしてもらった。
「さて、やってみるか」
気分は悪いけど、この実験はやっておきたいから気をしっかり持たないと。
一つ深呼吸をして気持ちを落ち着け、ゾンビに動くなと命じて解体用ナイフで左の胸元へ切れ込みを入れる。
うぐっ。死んでいるとはいえ、これが人の体を切る感触なのか。絶対にこれは慣れないだろうな。
湧き上ってくる吐き気に耐えながら皮膚と肉をこじ開けると、停止している心臓の付近に魔心晶があった。
「これか……」
魔心晶の周囲は、変色してグチャグチャな肉と滴る血液と何かの体液で満ちている。
本当なら触れるのも嫌だけど、意を決して魔心晶へ手を伸ばす。
おそるおそる伸ばした指先が触れると、ゾンビは僅かに呻く。
「いくぞ」
目を閉じてゆっくりと微量の魔力を魔心晶へと流し込む。
合間を縫ってユーリットに指導してもらった魔力のコントロールはだいぶ慣れ、もう暴発する事は無い。
今回は特に細心の注意をしながら徐々に流していく。
「さて、どうなることやら」
今やっている実験は、生きている魔物の魔心晶に魔力を流すとどうなるのか。
元々魔心晶は魔道具の核として使用し、魔力を流す事でその魔道具に付与された効果を発揮できるようにする。
ならば、魔道具ではなく魔物のままでそれをやると何が起きるのだろう。
そう思ってイーリアに聞いてみたけど、そんな記録は存在しないと言われた。
地上ではどうかとフェルトとミリーナに聞いたけど、同じく知らないと返された。
こうなったらもう試すしかないと判断し、実験してみることにした。
でも、せっかく育てた魔物達を使って何かあったら困るし、なんとなく罪悪感も感じてしまう。
そこで既に死んでいるに等しいゾンビで実験を、という結論に至った。
マチルダのゾンビでも良かったんだけど、あいつは火耐性っていう便利なスキルを持っていたから見送らせてもらった。
「ううぅぅぅぅぅぅ」
「黙っていろ。俺だって精神的にキツイんだから」
魔心晶に触れられているのが辛いのか、魔力を流されているのが辛いのか、ゾンビの呻き声が大きくなる。
できれば一気に大量に流し込みたいけど、それで魔心晶が砕けたら嫌だし目の前のゾンビの肉片が飛び散るのも嫌だから、少量をゆっくり流し込むしかない。
流し込んでいる魔力の影響だろうか、触れている個所から徐々に魔心晶が黒く染まっていき、やがて全体が黒に染まるとゾンビの体が黒い輝きで包まれた。
「なんっ!?」
思わず魔心晶から手を離し、後ろへ飛び退く。
育成スペースにいる魔物達がこっちを警戒し、俺も何が起こるのか注意深く見守る。
そして何も見えないほど強い輝きが辺りを照らす。
「っ!?」
反射的に目を閉じて両腕で目の辺りを隠す。
輝きは一瞬だったようで、既に輝きは収まっていた。
魔物達のざわめきが聞こえるからおそるおそる目を開け、ゾンビがいた場所を見ると一振りの剣が地面に突き刺さっていた。
「なんでだ!」
どうしてゾンビが剣になっているんだ。
剣はまるで腐敗しているかのように、赤黒い色と茶色の混じった片刃で柄の部分は青白い。
見た目に反して刃こぼれは無く、握ったら呪いにでも掛かりそうな雰囲気を放っている。
本能的にそれを察しているのか魔物達も全く近づかず、剣から距離を取って警戒している。
「マスター、今の光はなんですか!」
「何事ですか、主様。って、あの剣はなんですか!?」
「あんな剣、ありましたっけ?」
この時間に司令室にいたリンクスとローウィとミリーナが、さっきの強い輝きを見たのか飛び込んで来た。
そしてすぐに剣の存在に気付き、首を傾げている。
「俺も正体が知りたい。イーリアかユーリットを連れて来てくれ」
「はい!」
駆け出したミリーナを見送り、残って剣を眺めているリンクスとローウィへ一言。
「で、今司令室はどうなっているんだ?」
「「あっ」」
「すぐに戻って監視しておけ!」
「「はいぃっ!」」
まったく、不在中に何かあったらどうするんだ。
二人が慌てて司令室へ戻ると、入れ替わるようにイーリアとユーリットが育成スペースへ来てくれた。
休憩中だったのに、二人とも来てくれたのか。
早速二人に地面へ刺さったままの剣を見てもらおう。
「こ、この剣はいったい? 過去の記録にも載っていませんよ」
外見を見たイーリアが魔石盤を操作して調べているけど、これまでに記録された剣のリストには無いようだ。
「なんだか、呪われそうな雰囲気を放っていますよ。絶対にヤバイ物だと思います」
剣から発せられる雰囲気にユーリットは腰が引けている。
耳も尻尾も力なく下を向いているのは、本能的に恐怖を感じているんだろうか。
「とにかく鑑定を頼む。どんな剣なのか分からないと、触れていいのかも分からない」
「「は、はい」」
二人は逃げ腰になりながら、おそるおそる近づいて鑑定する。
するとすぐに二人の表情が驚きに染まり、慌てた様子で俺の下へ駆け寄ってきた。
あまりに必死の形相をしているから、思わず身構えてしまった。
「ヒヒヒヒ、ヒイラギ様! あれはヤバイです、マズイです、一大事です!」
「なんで、あんな剣がここにあるんですか!? 一体何をしたんですか!」
当事者である俺を問い詰めたいのは分かるけど、少し落ち着け。
聖徳太子じゃないんだから、いっぺんに言われても分かるか!
「お前ら落ち着け! イーリア、あの剣はなんなんだ?」
剣の詳細を尋ねると、唾を飲み込みながら説明してくれた。
「あれは、呪いの掛かった知性ある魔剣です」
……うん、今なんて言った?
聞き捨てならないワードが三つぐらい混ざっていたような。
「え、えっとですね。鑑定したら、こんな風になっていました」
いつの間にかイーリアが魔石盤に鑑定結果を打ち込み、見易いように纏めてくれていた。
どれどれ、どんな剣なんだ?
名称:魔剣・腐滅
属性:死霊
品質:知性ある魔道具
製作者:ヒイラギ・リョウ
効果:斬った生物を傷口から全身腐敗させ、死に至らせる
この効果で死んだ生物は全てゾンビ化し、所持者の配下になる
注意:この剣には呪いが掛かっています
製作者以外が手にしたら手放せなくなり、全身が腐敗して死亡します
死体はそのままゾンビ化し、魔剣に操られます
手放させても元に戻らず、ゾンビ化も止まりません
……何コレ?
えっ? 俺がやったのって、生きている魔物の魔心晶へ直接魔力を流し込んだだけだぞ。
それが何で、こんなトンデモ武器に変わるんだよ。
知性ある魔道具って、確か地上でもここでも秘宝級の激レアアイテムのはずだろ?
魔剣だって、聞いた話じゃ十数本ぐらいしか見つかっていない、とんでもない能力を秘めた剣だったはず。
呪いの掛かった武器っていうからには、何かの怨念が籠もっているんじゃないか?
というか、製作者以外の持ち主にも影響を与えるんじゃ、俺しか使えないじゃないか!
「とりあえず、どうします?」
握った瞬間に手放せなくなって体が腐って死ぬんじゃ、イーリアやユーリットには任せられない。
作ったのは俺みたいだし、俺がなんとかするしかないか。
「知性ある魔道具なら、会話ぐらいできるだろ?」
「えぇ、まぁ」
「だったら俺がちょっと話聞いてくる。というか俺にしかできないだろ」
「……ですね」
何も出来ずに落ち込む二人の肩を叩いて慰め、魔剣・腐滅に歩み寄る。
周囲が緊張に包まれる中、魔剣の柄を掴んで地面から引っこ抜いた。
大きさは片手剣程度だからさほど重くないけど、初めて剣を持った俺には重く感じる。
話しかける前に軽く素振りしてみようかとしたら、剣の方から話しかけてきた。
【お待ちしておりましたぞ、我が創造主】
いきなり声を発したから、間近で聞いた俺だけじゃなくイーリアとユーリット、魔物達まで驚いた。
創造主ね。ちょっと仰々しくないか?
【如何なされましたか?】
「いや、なんでもない。で、お前は魔剣・腐滅でいいのか?」
【如何にも。それが我の銘です】
どうやら声の主が腐滅なのは間違いないようだ。
「いくつか聞きたいことがある。まず、何で知性ある魔道具になったんだ?」
【それは我が、命あるまま魔道具化されたからです】
それって魔心晶へ魔力を流すことか?
「魔物が生きたまま魔心晶に魔力を流されれば、全部そうなるのか?」
【如何にも。外部から流れ込んできた魔力で魔心晶が壊れなければ、我のようになります。今回は創造主様が少ない量を緩やかに流してくれましたので、壊れずに済みました】
なるほどな、これは面白い情報が手に入った。
知性ある魔道具が滅多に見つからないのは、大抵の魔心晶が外部から流れ込む魔力に耐えられないからだろう。
「外部からというのは、魔心晶に直接魔力を送らなきゃ駄目なのか?」
【そのような事はござません。魔力の濃い場所に長時間いれば、直接流さずとも条件は満たします】
ということは、これまでに見つかった知性ある魔道具は、魔力の濃い場所で見つかったのか?
ちょっと気になるけど、これは別に調べなくてもいいな。
「じゃあ次、魔剣になったのは何故だ?」
【魔剣が生まれる条件は二つあります。一つは優れた鍛冶師が魔心晶と魔物から得た素材だけを使い、強い魔力を込め続けながら剣を鍛えること】
この条件は今回のには当てはまらないから、もう一つの条件が満たされたんだろう。
【もう一つは魔物から魔心晶を取り出さず、直接魔力を流し込むことです。先ほども申し上げた通り、それによって魔心晶が壊れなければ魔剣となります】
いわば魔物そのものを素材にして作り上げるってことか。
「それは魔心晶を取り出していなければ、魔物が死んでいても可能か?」
【可能です】
おいおい、これは凄い情報じゃないのか?
上手くいけば魔剣が作り放題じゃないか。
【ただし、魔物の体に大きな欠損があった場合は無理です。また、魔心晶に破損や欠損があっても同様です】
要するに素材となる魔物の肉体が、大きく損なわれていたら駄目ということか。
魔心晶の方は核になる部分なんだから、破損と欠損が駄目なのは当然だな。
あっ、そうだ。
「今回の作り方で、剣以外は作れないのか?」
【可能です。魔力を送りながら望む形状を思い浮かべていれば、剣以外にもなります。思い浮かべていない場合は、全て剣となります】
剣以外も作れるのか。
だとしたら、いずれは魔剣ゴブリン部隊とか魔槍ゴブリン部隊とかができるかもしれない。
それに望む形状なんだから、武器に限らず盾や鎧といった物だって作れるだろう。
次にやる時は、剣以外の物を作ってみよう。
「最後の質問だ。何故呪いが掛かっている?」
【それは単純に、我がアンデッド系の魔物から作られたからです】
「……それだけか?」
【はい】
えぇぇぇぇぇ。てっきり、死んだ恨みか何かと思っていたぞ。
まったく、不安になって損した。
イーリアとユーリットも単純な理由で呆れてるし。
拍子抜けだけど、変に恨まれるよりは良いか。
「ところでイーリア、この件はダンジョンギルドに報告すべきか?」
「一応ダンジョン運営に関する事ですので、報告する義務はありません」
なら、報告しなくていいか。
偶然にしても戦力を強化する方法を見つけたんだ、公開しなくていいなら秘匿しよう。
使い道としては魔物に装備させての戦力強化と、資金に困った時の売却用かな。
侵入した冒険者から入手したとでも言っておけば、一本ぐらいなら売っても大丈夫だろう。
それよりも、まずはやるべきことがある。
「イーリア、すぐに全員を司令室に集めろ。今回の件の説明をする」
さっき駆け込んで来た三人はこれの存在を知っているし、アッテムとフェルトだけ除け者にするのも悪い。
それにこいつは今後のダンジョン運営に、大きく関わるかもしれないんだ。経緯も含めて説明した方がいい。
「分かりました。すぐに集めます」
駆け足で育成スペースを出て行くのを見送り、俺とユーリットは司令室へ向かう。
すぐに全員が集まり、腐滅を紹介。魔剣になった経緯と効果、今後の扱いについてを説明していく。
「とまあ、こういうことだ。騒がせて悪かったな」
説明が終わった時には、既に知っているイーリアとユーッリトを除く全員が呆然としていた。
「ま、まさか、偶然とはいえ魔剣を生み出すなんて……」
「しか、も、知性ある、魔道、具で」
「呪いまで備わっているんですか?」
ローウィとアッテムとフェルトの反応は尤もだ。
でも俺が最も気にしていたのは、ミリーナの反応だ。
「ごごご、ご主人様! そんな呪いのかかった剣なんて持っていたら大変です! すぐに呪いを解きます。解呪スキルを持つ私に掛かれば、この程度の呪いなんてすぐに解いてみせます!」
教会出身のミリーナが、予想通りに呪いという部分に過剰反応した。
【貴様、小娘の分際で我の呪いを解くというのか、腐らせるぞ!】
「ひいぃぃぃっ!?」
呪いを解くと言った時の勇ましさは一瞬で消え失せ、剣に脅されて萎縮している。
いや、これを持つか斬りつけられない限り腐らないんだけどね。
「それで主様、その剣をどうするんですか?」
「とりあえず手元には置いておく。ゾンビ作り放題だし」
ある程度の熟練度にならないと無制限に生み出せない死霊魔法と違って、こいつらならゾンビ限定とはいえ今すぐにでも作り放題だ。
戦力としては大したことがないとはいえ、素材となる死体さえあればいくらでも作れるのはいい。
人限定でなく、魔物や動物でもいいんだから。
「掴んだらゾンビ化するんですから、一種の罠としてダンジョンに設置するのはいかがですか?」
小さく挙手したイーリアが意見をくれた。
それも有りか。そうすれば少なくとも一人は無力化できる。
でも……。
「懸念事項があるとすれば、鑑定スキルを使われることだな」
「ああ、そうですね。さすがにそれを無効、または阻害する手段はありません」
鑑定されてその情報を持ち帰られたら、二度と誰も掴まない。
つまり腐滅がダンジョン内で誰にも抜かれることなく、触れられることもなくポツンとお一人様状態だ。
いや、それだけならまだいい。最悪なのは別にある。
「そしてそれ以上に最悪なのは、解呪スキルを使われることだ」
「うわっ、確かに」
もしも解呪されたら、侵入者側に味方するゾンビが多数生まれてしまう恐れがある。
握ったらゾンビ化して腐滅に操られるのは、あくまで呪いの効果だからな。
「以上の二点を顧みると、ダンジョン内への設置は却下だ」
「その方が良さそうですね」
侵入者がどんなスキルを持っているか分かればいいんだけど、そんな機能は無いし画面越しじゃ解析スキルも使えないもんな。
「ところでご主人様。その剣をゾンビに持たせたら、どうなるんですか?」
「えっ? さあ……」
そこまでは効果の所にも呪いの所にも書いてなかった。
鑑定した二人へ視線を向けても、揃って分からないとばかりに首を横に振る。
だったらここは、ご本人様にお尋ねしよう。
「腐滅、お前をゾンビに持たせたらどうなるんだ?」
【それは我にも分かりませぬ】
本人も分からないって、それどうなんだ?
これはもう、試してみるしかないか。
ちょうど今ならマチルダのゾンビがいるし、元々ゾンビなんだから腐滅に操られるくらいで済むだろう。
「試してみるか」
という訳で実験してみよう。
皆も気になるようだけど、誰かが司令室にいないといけないから勤務中のローウィとリンクスに残ってもらう。
同じく勤務中だったミリーナだけど、何かあった時に備えて来てもらうことにした。
残念そうにしている二人には、食事のリクエスト権を与えておく。
あっ、はい。ローウィは肉ね。
「これを持ってみろ」
育成スペースへ戻り、訓練中だったマチルダのゾンビを呼び寄せて腐滅を持たせてみた。
すると柄を握った途端に震えだし、呻き声を上げる。
「あぁぁっぁうぁぁぅぁぁっっ!?」
何を言っているのか分からないけど、なんだか苦しそうだ。
やっぱり魔剣に操られる時はゾンビでも抵抗するのかと見ていたら、ゾンビの体に変化が現れた。
腐敗が一気に進んで青白さが増し、体のあっちこっちから赤黒い体液が流れ出て体を不気味に染めていく。
まだ残っていた生前の面影は完全に失われ、誰がどう見ても動く死体のようにしか見えなくなった。
「なんだ……これ……」
あまりに醜悪な外見にミリーナとフェルトは目を逸らした。
自分で実験しておいてなんだけど、目も当てられないってこういうのを言うんだろうか。
「腐滅、どうなっている?」
【我には分かりませぬ。ただ、我の力の一部を身に宿したように思えます】
力の一部を身に宿した?
ということは、外見だけじゃなくて能力にも何か変化があるってことか?
「イーリア、すぐにあのゾンビを調べてくれ」
「承知しました!」
魔石盤を取り出して手早くゾンビの状態を確認したイーリアは、驚きの表情を浮かべていた。
「これは……ヒイラギ様、ご覧ください!」
手渡された魔石盤にはゾンビのデータが表示されている。
名称:パンデミックゾンビ 新種
名前:なし
種族:アンデッド(ゾンビ)
スキル:火耐性
種族スキル:感染
感染:このスキルを持つ魔物の体液が体内に入った生物はパンデミックゾンビと化す
ゾンビ映画に出てくるゾンビそのままじゃねぇか!
体液が体内に入ったらっていうのは、たぶん噛まれた時に血管へパンデミックゾンビの唾液か血液が入ることを指すんだろう。
他には戦闘の拍子に口の中に体液が入ったりとか、塞がっていない傷口に付着したりとか。
【ほほう、なかなか素晴らしいゾンビに仕上がったではありませぬか】
「これはそんな言葉じゃ収まらないぞ……」
今はまだこいつ一体だけだけど、こんなのが何十何百と揃ったらどうなるか。
おそらく、ゾンビ映画と同じことが現実に起きるだろう。
しかも行動範囲が限られている、ダンジョンという狭い場所で。
「ヒイラギ様、この魔物は今すぐにでも増やすべきです。ちょうど新種認定で使える魔力も増えましたし、何かしらの魔物を召喚してそれを使ってでも増やすべきです」
少し興奮した様子のイーリアが鼻息荒く迫って来る。
どうどう、落ち着け。
だけどその考えは分かる。こいつは増やしておくべき魔物だ。
それこそ元の世界におけるゾンビ映画の再現だ。
下手に近づいて噛まれれば終わるし、こいつの場合は体液を浴びるだけでも危険。
必然的に距離を取るしかないし、近づかれないようにするしかない。
でも、気づかずに近づかれたらどうなるだろうな。
「よし。近いうちに冒険者ギルドが人を送って来るだろうし、準備して待ち受けるぞ」
早速その準備をするため、司令室へ向かう。
ちなみに腐滅を返してもらっても、パンデミックゾンビはそのままで能力も変わらなかった。
翌朝。司令室での引き継ぎとミーティングを終え、俺とフェルトとローウィが司令室で監視をしている時にそいつらは現れた。
「主様、外部から七名が入ってきました。もうすぐダンジョンに到達します」
おそらくは昨日村へ連絡に走った狩人が連れて来た一行だろう。
傾斜を慎重に降りて現れたそいつらは、昨日ここを出て行った狩人、眼鏡を掛けた髭の爺さん、腰に剣を差して鎧を纏い盾を持った中年男、それと冒険者らしき四人組だった。
何やら話し合っているようだけど、音声を切ったままだから何も聞こえない。
「フェルト、音声を拾え」
「はい」
音声に関する操作により、七人の会話が聞こえるようになった。
『まさか本当にダンジョンが出現していたとはの』
『じゃから言ったろ? オラは嘘なんてついてないって』
『ここで私の息子がやられたかもしれないのか……』
真剣に話し合う狩人と爺さんに対し、鎧姿の中年男はダンジョン内を睨むように見ている。
息子っていうのは、ひょっとして初侵入のパーティーにいた男性冒険者の誰かか?
「主様、どうします? 侵入者は入り口付近から動く気が無さそうですけど」
「そのための作戦・乙だ。すぐに準備させる」
俺はマイクを手元に引き寄せ、ある魔物達へ配置に着くよう指示を出す。
『で、どうするんだギルドマスター。俺としてはこのままダンジョンの奥へ行きたいんだがよ』
冒険者らしき長身のスキンヘッドの剣士が、眼鏡の爺さんに声を掛けている。
あの爺さん、ギルドマスターだったのか。まさかトップが来るとは思わなかったな。
ひょっとして、人手が足りないのか?
『待て、このダンジョンがいつから発生したのか分からん。まずは調査隊を編成して調べるべきだ』
『んなことしている時間がもったいねぇよ! さっさと攻略して、俺達「獅子のタテガミ」の名を上げてやるぜ!』
『その通りだぜ兄貴』
『やったるぜぇ!』
『遂に俺達が日の目を浴びるんだぁ!』
スキンヘッドはやる気を出しているし、仲間っぽい三人もスキンヘッドに同調している。
だけど見た目だけで判断すると、あまり腕が良いようには思えない。
スキンヘッドは体格が良いからそこそこできそうだけど、他は痩せた出っ歯の弓矢使い、メタボな盾使い、そしてチビの短剣使い。
パーティー名はかっこつけてるけど、名前だけって感じのパーティーだな。
「主様、いつでもいけます」
おっ、どうやら準備が整ったか。
なんか調査をするしないで揉めているし、一気に行くか。
「よし、行け!」
マイク越しに魔物にだけ届いた声で、複数の小さな影が七人へ襲い掛かる。
入り口付近にいて油断していたのか冒険者四人は驚き、払うように両腕を振る以外は何もできていない。
狩人は我先に傾斜を登って逃げ出し、中年男は盾でギルドマスターを守りながら逃げる時間を稼いでいる。
『痛っ、何か噛まれたぞ!』
『落ち着け、こいつはナイトバットだ。噛み付かれても大した事は無い』
中年の男の言う通り、襲い掛かったのはナイトバットだ。
だけど、ただのナイトバットじゃない。ちょっとした特製だ。
四人組はあっちこっち噛まれながら武器を振って払おうとして、ギルドマスターが逃げたのを確認した中年男も剣を抜こうとする。
でも剣を抜くより先に、鎧で守られていない肘辺りにナイトバットが噛みついた。
うん、これで全員噛まれたな。
『くっ、この!』
おおっ。剣を掴まず、噛みついたナイトバットを掴んで引き剥がして壁に叩きつけたよ。
やるなあ、あの中年男。
でも、もう終わりだ。
「いいだろう、退却だ」
一体の犠牲は出たけど、やるべき事はやったからナイトバット達は退却させた。
ダンジョンの奥へと逃げていくナイトバットの群れを見送った中年男は、あっちこっち噛まれた四人組へ声を掛けている。
『大丈夫か、お前達』
『当たり前だ。俺達は現役だぜ、アンタのような引退したオッサンとは違うんだ』
よく言うよ。何箇所も噛まれてるし、ギルドマスターを守ろうともしなかったじゃないか。
そこの中年男を少しは見習え。
まぁ、今となっては関係無いか。
……そろそろかな?
『とにかく、一旦退いて』
『うぎゃあぁぁぁぁっ!?』
中年男が退却しようと言いかけたタイミングで、痩せた出っ歯が悲鳴を上げた。
続けざまにチビとメタボも悲鳴を上げ、苦しみながら崩れ落ちる。
スキンヘッドもどうしたと声を掛けている最中、突如苦しみだした。
どうやら始まったようだな。
侵入者の様子を確認しながら、先ほど襲わせたナイトバットの詳細を表示する。
名称:パンデミックゾンビ
名前:なし
種族:アンデッド(ゾンビ)
スキル:暗視 飛行
種族スキル:感染
そう、さっき襲わせたのは普通のナイトバットじゃなくて、パンデミックゾンビと化したナイトバットだ。
しかも元々が飛行できる魔物だからか、パンデミックゾンビになっても飛ぶことができる。
そいつらを気づかれないよう、キラーアント達に入り口付近まで運搬させて一斉に襲わせた。
用意した数は噛みつける確率を上げるためニ十体で、消費魔力は六十。
こいつらに噛まれた以上、この五人はパンデミックゾンビになる運命だ。
『うぐぐぅ……。なんだ、これは。腕が、傷口から腐って……』
ほぼ全身が腐りだした四人組はのたうち回り、正気を保っているのは中年男だけ。
その中年男も腕の傷口から徐々に腐敗が広がっていて、激痛で片膝を着いた。
『えぇい、ままよ!』
突然声を上げた中年男は、剣を抜いて腐敗していく自分の腕を切り落とした。
『――――!』
剣を手放して傷口を押さえ、痛みに耐える中年男に俺もローウィもフェルトも黙り込んでしまう。
まさか助かるために自ら腕を切り落とすなんて。
だけど、その程度じゃ感染スキルの効果は防げない。
『はぁ、はぁ。これでどうにか……!? づぁあぁぁぁぁっ!』
脂汗を掻きながら呼吸を整えている最中、中年男は苦しみだした。
もう遅いんだよ。噛まれた箇所から体液が体内へ入ってしまえば、それが血管を伝って全身に回る。
腐敗が始まるのは傷口からだけど、その箇所を切り落としても無駄なんだよ。
助かる手段は腐敗が始まる前に、血液を全て入れ替えるしかないんだ。
『あぐっ、があぁぁっ。痛い痛い痛い痛い! 熱い熱い熱い! 溶ける、内臓が溶けるっ!』
苦しみのたうち回る中年男は口から血を大量に吐き、鼻や目、耳からも血を垂れ流す。
既にパンデミックゾンビと化している四人組はフラフラと立ち上がり、うーとかあーとか言っている。
泥に塗れてもがき苦しむ中年男の動きは徐々に鈍くなり、やがて悲鳴と動きが止まった。
ゆらりと立ち上がったその姿は、片腕の無いパンデミックゾンビと化している。
「戦闘終了。ゾンビ化のために一時死亡した五名の魔力値が加算されました」
「あのゾンビ達の装備はどうしますか?」
「一旦育成スペースに戻ってもらうから、その時に回収を」
『うああぁぁぁぁぁっ!』
ゾンビの装備品についての指示を出している最中に聞こえたのは、我先に逃げた狩人と中年男に守られて逃げたギルドマスターの悲鳴だった。
二人は変わり果てた姿になった五人を目にして再び逃げ出した。
「あいつらはどうします?」
「外に逃げられたんじゃ何も出来ないから、放っておけ。それにあいつらが話を広めれば、それを聞いた冒険者が来るだろう」
こんな田舎じゃ、どれくらい来るかは分からないけど宣伝には充分だ。
これで少しは侵入者も増えるだろう。
「それにしても……」
現在ダンジョンにいる魔物の一覧表を見ながらふと思った。
魔剣・腐滅の元となったゾンビを生み出してから、やけにゾンビが増えている気がする。
結果的に生み出しやすくなったからとはいえ、このまま増え続ければいずれはゾンビ映画顔負けの数になりそうだ。
「階層を増やせるようになったら、パンデミックゾンビ専用の階層でも作るかな?」
もうしもそうなったら、その階層はダンジョンフロア・オブ・ザ・デッドとでも勝手に名づけておこう。
さっ、装備品の回収でもするとしようか。