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第10階層 初めての収入って安くても嬉しく思えるよな

ローウィ「収入は全て家族に送るつもりです」


 俺達のダンジョンが繋がった場所は、人の通る可能性の低い山道の洞穴と聞いてがっかりした。

 さすがに人通りの多い場所とまでは言わないけど、もうちょっとマシな場所に繋がって欲しかったと思っていたら、夕方頃に冒険者風の五人組がやって来た。というより、傾斜を滑り落ちてきた。


「あの傾斜、滑るんですね」


 正面のモニターを見ているイーリアがポツリと呟く。

 おっと、呆気に取られている場合じゃない。


「なんにせよ、初の侵入者だ。手厚く歓迎してやろう」

「「「了解!」」」


 現在司令室に詰めているイーリア、リンクス、アッテムの返事が響く。


「容赦はするな。一人も逃がさないつもりでやるぞ」

「分かりました。冒険者集団、間もなくスローゴブリン二体の射程範囲に入ります」


 若干の緊張を抱えて迎えた初戦闘。

 相手の冒険者は若い男女五人のパーティー。前衛三人に後衛二人のバランス型パーティーか。

 さぁ、どうなるかな。

 俺の考えた手段と鍛えた魔物がどこまで通用するかと指示を出しながら見守っていたけど、割とあっさり片付いてしまった。それはもう拍子抜けするくらいに。


「おぉぉ……実際の戦闘になるとやっぱり凄いですね」

「マスター、さん。冒険者が、二人、生きてます、けど?」

「……ん、あぁ。捕まえて牢屋へ頼む」


 アッテムからの問いに指示を出し、ちょっと席を外す旨を伝えて早足にトイレへ行く。

 そして直後に、胃の中からこみ上げて来た物をトイレへぶちまけた。


「うえ、えぇ……。やっぱ、人が死ぬのを見て、平気な訳ないか……うぷっ」


 再度こみ上がってきた物をぶちまけ、口の中にある酸味を少しでも減らそうと唾液と混ぜて何度も吐き出す。

 まるで胃がキリキリと締め付けられているようで、吐き出しても全くスッキリしない。

 脳裏には剣士と盾使いがキラーアントに首を切断された光景と、盗賊の男がロックスパイダーに頭を噛み砕かれた光景が焼きついて離れない。何度頭を振っても蘇って、また胃を締め付けてくる。


「くそっ、直接手を下した訳でもないのに。指示して見るだけでもこんなにキツイのか……」


 このダンジョンを守るため、足を踏み入れた冒険者達の命を奪う覚悟はしていたはずだった。

 でも、現実はこんなものか。

 自分の指示で三人の人間を殺め、その光景を見て嘔吐をしている。

 いくら元いた世界の日常からかけ離れているとはいえ、人が死ぬのに元の世界の異世界も関係無いか。どっちの世界にしても、生きている以上はいつか死ぬ。

 それが人間か別の生物かって点だな、この吐き気の原因は。


「……早めに慣れておかなくちゃな」


 これから何十何百と人を殺めていくんだ、いつまでもこの調子じゃ仲間達に示しがつかない。

 できれば慣れたくないけど、慣れなくちゃいけないんだよな。

 若干の憂鬱さを抱えつつもトイレから出て、捕まえた二人への対応を指示する。


「捕まえた二人は奴隷用の服と首輪を付けて牢屋へ。アッテム、ついでだからどんなスキルがあるかを調べておいてくれ」

「は、はい」


 捕まえた二人に付けるように命じた首輪は、奴隷に付ける首輪の簡易版。

 仮の奴隷契約のような状態だから、命じられるのは必要最低限のことだけ。

 正式契約していないのに命令を実行させるんだから、これくらいが限度なんだろう。


「そうだ、死んだ三人の死体も回収しておいてくれ」


 新しい指示を出し、事後処理へと移った。

 それからしばらくして気絶から醒めた二人に選択肢を与えると、魔法使いの方は死ぬことを選んだ。理由は知らないけど、それならそれで利用させてもらおう。

 日頃から死霊魔法で支配下に置いた二匹のスケルトンを操っているからか、パンプキンゴーストの死霊魔法の熟練度が上がってしもべにできるアンデッドの数が増えていた。

 その二体との連携練習に集中させるために新しいアンデッドは生み出さなかったけど、ダンジョン開きを切っ掛けに解禁。

 新たに生み出したアンデッドは、ダンジョン内に配置する予定だ。

 実は捕まえた二人が目を覚ます前に、先に死んだ三人の死体をアンデッドにして使おうと考えていた。

 ところが死体を回収するように指示を出した頃には、肉の部分をゴブリンとキラーアントとロックスパイダーが喰らい、血液をナイトバットが啜り、そして骨はスライムが取り込んで消化していた。

 報告をしに来たリンクスはとても気まずそうな表情をしていたけど、指示が少し遅れたのも事実。

 だからこそ強く言えず、今後は勝手に食わないようにと注意を促す程度にしておいた。

 それがちょっと残念だったけど、だからこそ魔法使いは絶対にアンデッドにしたい。

 槍が心臓を貫いた瞬間はまた吐き気を催してきた。


「パンプキンゴースト、やってくれ」


 奥歯を噛み締めてそれに耐え、パンプキンゴーストに死霊魔法を使わせる。


「うぉっ、これはゴーストか?」


 死んですぐだから魂に死霊魔法を使ったのか、ゴースト系の魔物を生み出せた。

 勿論、後から死体の方にも死霊魔法を使ってゾンビが誕生。

 元が魔法使いで火魔法スキルを持っていたからか、ゴーストはフレアゴーストという火の玉のような姿で火魔法スキルを持っており、ゾンビの方には火魔法耐性のスキルが付いていた。

 このことを司令室に戻ってイーリアに伝えると、珍しいことでもないと言われた。


「こういう事って、割とあるのか?」

「はい。適性のある属性の魔法スキルを持つ魔法使いをアンデットにすると、五割の確率で」


 なるほど、これは得をしたな。

 魔物の数を増やせただけでなく、火魔法を使うゴーストと火に強いゾンビが加わるだなんて。

 残ったもう一人の方はどう判断するのか気になるけど、死霊魔法で僕にできるのは残り一体分だけだから、死を選んだらゾンビでも作らせてもらうか。


「それでどうだ、イーリア、ユーリット。あいつらから回収した装備品や持ち物の方は」


 今回の戦闘で五人分の装備と持ち物の回収に成功した。

 まだ駆け出し程度だったようで、防具は安いレザー系の防具と魔法使いのローブ。

 武器も安物で唯一良さそうなのは盾だけだった。


「こちらは年代物ですが、手入れはしっかりしていますし品質も悪くありません」


 鑑定スキルで回収した品の鑑定をしていたイーリアが、盾の鑑定結果を教えてくれた。


「他はさほど大した物ではありませんが、売れないことはないと思います」


 防具とローブを鑑定していた、休憩明けのユーリットも鑑定結果を報告してくれる。

 とりあえず売れないような品が無いのは助かる。少なくとも金にできれば、多少は借金返済の当てにできるし。

 あっ、そういえば三割は来月に税金として持っていかれるんだった。


「回復系の薬もありますけど、これは?」

「こっちで使わせてもらうから売らずに手元に置いておく。ユーリット、管理を頼む」

「はい!」


 薬の事は薬師に任せるのが一番だし、魔物達に使わせる用にストックしておく意味でも薬は手元に置いておこう。

 量が多くなりすぎないうちは、そうするつもりだ。


「とりあえず、明日ダンジョンギルドに売るのは防具と武器だけだ。それと、回収した手持ち金の額は?」

「合計で八百九十一フィラですね。貨幣に換算すると銅貨八枚、鉄貨九枚、石貨一枚です」


 少なっ! 五人の手持ち金を合わせても銀貨一枚分無いのかよ。

 さすがに金貨は期待していなかったけど、銀貨一枚にも届かないでどうやって生活しているんだ?

 ひょっとしてアレか? ある程度の金が貯まるまでは故郷を拠点にして、実家暮らしでもして宿代を節約しているのか?

 それとも依頼の最中で、これから金を手に入れるところだったのか?

 いや、必要な分だけ持って他は家にあるのかも。

 なんにしても、手に入った現金の額は大したことがないってわけか。ちょっと残念だ。


「ところで、こちらの魔心晶はどうなさいますか?」

「等級の低いゴブリンの物ですけど、一応魔道具の製造に使えるので、売れば一つにつき銅貨一枚くらいの値は付くはずです」


 魔心晶? あぁ、前にイーリアから説明を受けた、魔物の心臓付近にある結晶か。

 現状使い道がないとはいえ、色々と使えそうだから少し手元に残しておこう。


「なら、魔心晶は二つを残して残り四つは売ることにする」

「分かりました」

 

 これで収入が四百フィラ増えてどうにか銀貨一枚以上に達した。

 残る防具と武器の評価額がいくらになるかだけど、安物だから大した値は付かないだろう。

 そうだ、まだ売れる品があったっけ。


「アッテム、あの弓士を売ったとしたらいくらになりそうだ?」


 人を売っていくらになりそう、か……。

 元いた世界の時代じゃとても言えない台詞だな。


「え、えっと、ですね。年齢とスキル、外見からして、およそ、銀貨三枚、前後、かと。性格、次第では、多少の増減、も、あると思い、ます」


 性格が不明だから大体の見積もりなのか。

 気性が荒いのとかは安く買い叩かれそうだし、そこも重要な点なんだろう。

 そういえばあいつ、目の前で仲間がやられているのに動けなくなっていたっけ。

 少なくとも、気性が荒いってことは無さそうだ。

 ただ、この話はあくまで奴隷を選んだらって話だ。あいつが死を選ぶ可能性だってある。

 もしもそうなったら、予定通り魂は放置して肉体だけをゾンビにしよう。

 そうだ、どうせならちょっとした実験をしてみても面白いかも。

 何にしても結論を聞く必要があるから、それなりに時間が経ったし行ってみるか。


「よう。どうだ決まったか?」


 自分にはまだ無理だと言うアッテムに半強制的に司令室を任せて、今度はイーリアを伴って牢屋へ向かう。

 俺の姿を見た弓士は鉄格子越しに話しかけてきた。


「マチルダさんは……」

「ご希望通り死なせてやった」


 その後でアンデッド二体分として利用させてもらったぜ。こいつには教える義理も義務も無いから黙っておくけど。

 尤も、言って文句を言われたり罵られたりしても、やっちゃったもんはやっちゃったんだ。

 謝る理由も殺してアンデッドから解放する理由も無い。


「あの、本当に僕をあなたの奴隷にしないんですか?」

「さっきも言ったけど予算の都合で難しい。それよりも結論を聞かせろ、強制的に売り飛ばすぞ」


 質問に答えてやった後で、睨みながら声に力を込めて少しばかり威圧する。

 俺の目つきならこれでも充分に威圧になるだろう。多分。


「僕は……その、奴隷になります。死ぬのは……怖いです」


 死と隣り合わせな冒険者になっておきながら、何を言っているんだこいつは。

 死んだら俺達に屈した事になる、とか言ってくれればちょっとは格好ついたっていうのに。

 こういう奴はなんか気に入らないから、普通にダンジョンギルドに売るんじゃなくて、二束三文でもどっか生き地獄みたいな所へ売り飛ばしたい。死ぬよりも辛いことがあるってことを教えるために。

 まぁ、売れるのはダンジョンギルドか奴隷商かだから無理だけど。


「分かった。明日、お前を売却するから覚悟しておけ」


 どんな奴に買われるか分からないからな。心の準備は必要だろう。


「イーリア、明日はダンジョンギルドへ回収品とあの弓士を売却して来てくれ。金は口座に……って、俺が行かなきゃ駄目か?」


 名義上は俺の口座だから、俺本人が出向く必要があるかもしれない。

 もしそうだったら明日は俺がギルドへ行って、留守はイーリアに任せるか。


「大丈夫です。ヒイラギ様のダンジョンに所属している証明ができれば、売却なら私でも可能です」


 なるほど、それは助かる。いちいち俺が売却しに行くのは面倒だし、売却の度に留守にするのもダンジョンマスターとしてどうかと思うしな。


「だったらついでに、ダンジョンの税金は口座からの引き落としができるように手続きをしておいてくれ」

「あっ、それは私では無理ですね。ダンジョンカードが必要ですので、ヒイラギ様が手続きをなさらないと」


 やっぱりかちくしょう!

 ちょっとでも期待して言った俺がバカだったよ!

 結局、この日はあの五人以外の冒険者は来ること無く夜が更けていった。


「さて、初日も終わりかな……」


 さすがに夜中の山中に誰かがいるとは考え辛いけど、一応は警戒している。

 何事にも百パーセントは無いからな。


「そうだ、魔力はどうなったかな?」


 ダンジョン内で五人の冒険者を倒したから、その五人の魔力の分はチャージされているはず。

 調べてみると、魔力の数値が二百七十五になっていた。


「うぅん、思ったよりも少ないな」

「装備からして、まだ駆け出しみたいでしたから。さほど期待は持てませんよ」


 弓士への食事を運び終えたローウィが口を挟んでくるけど、その通りだから頷くしかない。

 でもまぁ、最初にしてはまあまあの魔力が集まったんじゃないか? 平均して一人頭約五十くらいの魔力があったんだし。

 個々の魔力量で見れば、あのアンデッドになった魔法使いがほとんどを占めているんだろうけど。


「それで、その魔力は何に使うんですか?」


 何に使うか、ね。

 真っ先に思いつくのは生活環境の改善だけど、この量じゃどれか一部屋をちょっとマシにするのがやっとだ。

 ダンジョンマスター特権で俺の部屋だけを改善するというのも有るけど、そういうのは何か嫌だしまだ畳の部屋にするには足りない。

 奴隷二人の部屋を作るのもいいけど、男女別に二部屋作るには足りない。

 同居させて何かあったら、俺の管理責任が問われるから却下。万が一があったら困るんでな。

 次に思い浮かぶのは魔物達の強化。

 強化といっても、強い奴を召喚するんじゃない。今いる魔物達の後進を育てる事だ。

 今回は運良く倒されなかったけど、いずれは倒される可能性があるんだ、最低でも同じ事ができるくらいの後進は必要だろう。


「そういう訳で、ゴブリンは武器別に二体ずつ、他は三体ずつ補充する」


 ゴブリンが武器別に二体ずつだから合計で十体。他は三体ずつを召喚っと。



 ゴブリン     召喚魔力 七   十体  計七十

 スライム     召喚魔力 五   三体  計十五

 オーク      召喚魔力 八   三体  計二十四

 ロックスパイダー 召喚魔力 九   三体  計二十七

 キラーアント   召喚魔力 十二  三体  計三十六


 合計消費魔力:百七十二 残存魔力:百三



 本当はバイソンオーガ達も増やしたいけど、魔力が足りないから今回は見送る。残っている魔力には手を付けないで、今後のための温存しておこう。

 早速魔力を消費して魔物達を召喚し、ダンジョンに出撃していない控えの魔物達に指導を頼んでおいた。指導スキルと使役スキルのコンボで知力が上がっていなかったら、こんな事は頼めなかったな。

 オークの中には、早速新入りの斧の柄をへし折って自分の盾を貸して熱血指導しているのがいる。

 他もあのオークほどじゃないけど、それぞれに声を掛けあって喋っているように見える。何を喋っているかは魔物の言葉だからサッパリだけど、使役スキルのお陰で何となくわかる。

 この後、夜勤でない俺は夜中に何事も起きないように願って、深い眠りに就いた。



 翌朝、司令室でのミーティングで、夜中にダンジョンへ迷い込んだ狼を十体倒したという報告があった。

 集団で入ってきたところをナイトバット数体が飛来して目晦ましをして、そこにスライムが水中から強襲。さらにキラーアントとロックスパイダーも参戦し、勝負あり。

 あっという間に十体全てが死んで回収され、昨夜は夜勤だったローウィが全て解体してくれていた。

 肉は旨くないので奴隷用の食料として安値でしか売れないが、皮や牙や爪や骨は何かしらの素材としてそこそこの値で売れるらしい。

 ラッキー、今日の収入が少し増えた。魔力もちょっとだけど増えていた。

 ちなみに肉は、どうせ二束三文だろうけどいくらぐらいになるのか知りたくて、あえて売りに出す事にした。


「じゃあ売却してくるから、留守を頼む。行くぞ、ミリーナ」

「はい!」


 売却品を詰めたマジックバッグはミリーナに持たせ、牢屋から出した弓士の首輪と繋がっている鎖を握ってダンジョンギルドへ向かう。

 勿論、予め弓士には抵抗するな、付いて来いと命令してある。

 昨夜は夜勤じゃなかったミリーナは軽い足取りで付いて来るけど、これから奴隷として過ごす弓士の足取りは重い。 遅れそうになると握った鎖を引いて前へ進ませる。

 同じリードを引くのでも犬とは大違いだし、あまりいい気分もしない。

 けど自分の奴隷でもないのに過保護に扱うわけにはいかないから、毅然とした態度で首輪に繋がる鎖を強く引いた。 引っ張られた弓士が苦悶の表情で付いて来るけど、同情しないようにする。

 俺はダンジョンマスターで、こいつは俺のダンジョンで捕まって奴隷になる元冒険者なんだから。

 そうこうしているうちに、ダンジョンギルドに到着した。


「おはようございます、ヒイラギ様。ご用件はなんでしょう?」


 すっかり顔馴染みになったラミアの受付嬢が対応してくれた。最近知ったけど、名前はミナっていうらしい。


「昨日倒した冒険者から回収した品の売却と、捕獲した冒険者の売却です」

「まぁ。昨日開いてもうですか? さすがは異世界人のダンジョンマスターさんですね。では、お品の方をお願いします。それと、冒険者はそちらの方ですか?」


 ミナの視線が鎖つきの首輪をしている弓士へ向く。


「そうです。それと品は……ミリーナ」

「はい」


 マジックバッグを持ったミリーナが、出発前に詰めた冒険者五人の装備品を受付に置いていく。

 レザー系の防具が四人分と魔法使いが着ていたローブ、そして各々の武器。持っていた魔心晶のうち四つ。夜間に忍び込んだ狼十頭の解体した素材は受付前の床に置いた。


「狼も捕まえたんですか。しかも解体までしてありますね」


 解体してあるのを見た途端にミナの目つきが厳しくなった。

 奴隷担当の職員を呼んで弓士の事を任せると、皮や肉などの状態をじっくり確認している。

 あれ? ひょっとして解体しちゃ駄目だったのか?

 やがて狼から得た全ての素材を確認し終え、ミナは営業スマイルを向けてきた。


「これなら申し分ないですね。下手な人が解体すると、それだけで価値が下がるんですがこれは大丈夫です」


 良かった、解体した状態を確認していただけだったのか。

 怒られるかもと思っていたから、正直ホッとした。


「状態としては、ギリギリ及第点というところですけどね」


 あぁ、やっぱりスキル数は多くても熟練度が低いローウィがやったからかな?


「よろしければ今後は当ギルドにいる解体専門の方をご利用ください。手数料は取りませんし、腕も確かですから。ただ、解体スキルをお持ちの方の熟練度を上げさせたいというのなら、そちらで解体されても構いませんよ」


 そうだな、できればプロに頼んだ方がいいんだろうけど、今後もローウィに任せるか。

 スキルの熟練度は上げておいて損は無いからな。

 そういえばフェルトも解体ができたっけ? 何か手に入ったらやらせてみよう。


「では、査定をしますので少々お待ちください」


 木製の受付番号札を預かって俺とミリーナは適当な席に着いて査定が終わるのを待つ。

 他の亜人達も続々現れて、昨日の成果の査定を受付に頼んでいる。

 何度も顔を見たのから、初めて見るのまでいる。

 本当にここには色々な種族がいるなと思っていたら、顔見知りが現れた。


「ヒ、ヒーラギさん。お久しぶりです!」


 掛けられた声に振り向くと、前とは違う柄の着物に草履を履いたエリアスがいた。

 オバさんの所へ挨拶に行って以来だから、顔を合わせるのは約一ヶ月振りだ。

 手には俺のとは型の違うマジックバッグと思われる鞄があるけど、あれは余所で購入したのか、それとも自分のところで作ったのか。

 後ろには護衛なのか、辺りに目を光らせる犬の耳と尻尾が生えた女性がいる。


「久し振りだな。ここで会うのは初めてじゃないか?」

「そうですね。きょ、今日は昨夜にダンジョンで得た物の査定をしてもらいに来たんです」

「だったら早めに行って来いよ。もうしばらくしたら混むから」


 徐々に混み始めるギルド内を見渡して伝えると、エリアスはあわあわ言いながら受付へ向かう。

 同行していた犬耳女性は俺に一礼した後、受付にいるエリアスの右斜め後ろに控える。

 そこまでする必要は無いように思うけど、やっぱり混種ってのが大きいのかね?

 対応している兎耳の化粧の濃い女性は不機嫌そうにしているものの、護衛の犬耳女性がいるからか、それともオバさんの娘だからか面倒そうな表情で手続きを進めている。


「あなた、あの混ざり物と知り合いなの?」


 何度か話したことのある、狼人族の中年女が怪訝な表情で近寄って来た。

 視線はエリアスに向いていて、まるで汚物でも見るかのような目をしている。

 

「ロウコンさんのところに挨拶に行った時に、知り合いました」

「悪いことは言わないわ、混種なんかと話すのはやめなさい」


 こいつにとっては親切心なんだろうけど、俺にとってはムカつく発言でしかない。

 エリアスは何も悪い事はしていないし、親の権力を振りかざしている訳でもないのに、混種だからという理由で嫌悪の目を向けている。

 よく見れば周囲の輩も同じような視線を向けているか、数人で固まってヒソヒソと陰口をたたいている。

 そういう反応をしていないのは、ダンジョンタウン出身でない俺とミリーナ、それと極少数の亜人達。

 その極少数の中に知り合いのミナとルエルが混ざっているみたいだから、あの二人との友人関係を考え直さずに済んで良かった。


「別に話をしたからって、どうこうなるものじゃないでしょう?」

「外聞の事を言っているのよ。新興なら悪い噂が立つと困るでしょう? それに異世界人のあなたは知らないだろうけど、エリアマスターの娘だからって、混種と無理に付き合う必要は無いのよ」


 無理に付き合っているつもりは、これっぽっちも無い。

 むしろ今の方が、無理にアンタの話を聞いている気分だ。


「まったくロウコン様もどうかしているわね。実の娘とはいえ、混種をあぁも平気で表に出すだなんて。私なら、生まれてすぐに命を」


 いい加減堪忍袋の緒が切れそうになって、爪が食い込むほど握りしめた拳をぶち込んでやろうかと思った時だった。


「お、お母様の事を、悪く言わないでください!」


 突如ギルド内に響いた声の主はエリアスだった。

 怒りを露わにしている表情で狼人族の中年女を睨み、耳と尻尾の赤毛を逆立てている。

 護衛の犬耳女性も彼女が大声を出したのを驚いているようで、呆然とその場に立ち尽くしている。


「私が混種なのはそう生まれた以上は仕方ないので、どんな中傷でも受けます。けど、そんな私を普通に育ててくれているお母様まで、悪く言わないでください!」


 まさか言い返されるとは思わなかったのだろう、狼人族の中年女はしどろもどろになって反論できないでいる。

 周囲も同じで呆然としてエリアスに視線を向けたまま固まっている。


「お、お嬢様……」

「この耳も尾も、鱗の色も全てお母様から受け継いだものです。ですから、お母様の娘としてお母様への誹謗中傷は断じて許しません!」


 鱗に覆われた手の甲を晒しながら強気な発言を続ける姿に、狼人族の中年女はすっかりタジタジになり、忌々しい表情をして逃げ出すようにギルドを去って行った。


「ふうぅ、ふうぅ……」


 普段は出さない大声を出して反論したせいか、まだ興奮冷めやらないエリアスは荒い呼吸を繰り返している。

 大丈夫かと心配して声を掛けようと席を立つと、急にエリアスの体がふらついた。


「おっと」

「お嬢様!」


 貧血でも起こしたのか、力なく崩れ落ちる寸前で左手を掴んで引き寄せ、背中に手を回すことで支えるのに成功した。

 犬耳女性も駆け寄って背中から支え、ミリーナの手も借りて長椅子に寝かせた。


「す、すみません、ヒーラギさん。ごごご、ご迷惑を、おきゃけして」

「気にしなくていい。それよりも大丈夫か?」

「へへ、平気です! 落ち着いてきたら急に血の気が下がって、目が回って、体から力が抜けて」

「いいから休め。単なる貧血だから」


 ちょっと強めに言いつけると、申し訳なさそうに小声で「はい」とだけ返事をした。

 さて、実を言うと支えた時にしっかり固定しようと自分の方に引き寄せたんだけど、その時に分かった事がある。

 着物で分かりづらいけど、エリアスは着やせするタイプだって事が。

 役得だと思いつつも、向こうに気づかれていないかちょっと不安だった。

 ちなみに、ミリーナほどじゃないけど、負けず劣らずの大きさと柔らかさだと思われる。あくまで推測だぞ!


「ヒイラギ様、お待たせしました。査定が終了しました」


 ちょうどいいタイミングだ、ミナ。

 気持ちが顔に出る前に受付へ向かったけど、誤魔化せたかな?

 チラリと視線だけを向けると、顔色はまだ悪いけど表情は上機嫌な感じだった。

 良かった、気づかれてはいないようだ。


「本日の査定ですが、奴隷が銀貨三枚、冒険者の装備品が銅貨八枚、魔心晶が銅貨四枚、狼の素材が十頭分で銅貨八枚。合計で五千フィラになります」


 合計でちょうど五千フィラ、銀貨五枚か。

 それなりの儲けにはなったかな。


「こちらの金額は口座に振り込みますか? それともお持ち帰りになりますか?」

「口座振り込みでお願いします。それと税金も口座からの引き落としにしたいんですけど」

「承知しました。では、ダンジョンカードを提出してください」


 ダンジョン関連の手続きには必ず必要なダンジョンカードを提出し、手早く処理するのをそのまま立って待つ。


「お待たせしました。手続きが終了しましたので、ダンジョンカードをお返しします」


 返却されたダンジョンカードを受け取って、今日のダンジョンギルドでの用事は済んだ。

 ミリーナはまだ横になっているエリアスの傍にいるけど、何故かしきりに俺の方を見ている。


「どうしたミリーナ、帰るぞ」

「あ、あの、ご主人様。僭越ながらよろしいでしょうか?」


 大人しいミリーナが主張してくるのは珍しいな。どうしたんだ?


「構わない、なんだ?」

「私の治癒魔法で彼女を治してあげてもよろしいでしょうか?」


 そういえば治癒魔法が使えたんだっけ。

 職業が修道者で親が教会幹部でもあるから、こういう体調不良で困っている人を放っておけないんだろうな。

 それに何故かは分からないけど、俺自身がエリアスをこのまま放っておきたくない。

 大したことの無い、軽い貧血だとしても。


「許可する。手早くな」

「はい! では、失礼します。ヒーラー」


 ミリーナの両手から放たれる光を浴びて、徐々にエリアスの顔色が良くなってくる。

 やがて治療が終わり、光が消えてエリアスは体を起こした。


「ありがとうございます。お陰でスッキリしました」

「そんな、奴隷である私にお礼など」

「私の所有する奴隷ならそうでしょうけど、あなたは他者が所有している奴隷ですから、気にしないでください。なんでしたら、あなたのご主人様へのお礼だと思ってください」


 そういうものなのか。


「そういうことならありがたく受け取る。ミリーナ、お前も受け取っておけ」

「は、はい! 此度のお礼、ありがたく受け取らせていただきます」


 お礼を言われたのにお礼を言うってどうなんだよ。

 いや、奴隷としてはこの反応が普通なのか?

 ともあれ、これで用事も全て済んだし帰るか。

 そうだ、その前に。


「エリアス、さっき狼人の女に反論した時は格好よかったぞ」

「そうですか、ありがとうございます!」


 初めて見たエリアスの満面の笑みに、思わず微笑んで頭を撫でてしまった。


「へっ?」

「あっ、悪い。つい。じゃ、じゃあ、失礼します」


 呆気に取られるエリアスと犬耳女性に慌て気味な一礼をして、そそくさとダンジョンギルドを出た直後、あの犬耳女性の声が聞こえた。


「お嬢様!? 駄目だ、固まっておられる。お嬢様、しっかりしてください、お嬢様!」


 ……今度は何があったんだ?

 ちょっと気になったけど、振り返らずに自分のダンジョンへと帰ることにした。

 それにしても何で、俺はエリアスの事をこんなに気にかけるんだ?

 一目惚れとは違う気がするし、俺のキャラじゃないんだけどな。わからん。


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