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第8階層 仮眠があっても夜勤って辛いんだよな

涼「中途半端に仮眠すると余計眠い」


 四人の雇用者を迎え入れ、今日から彼らの研修に入った。

 ダンジョン運営や司令室の機器の操作方法、現在のダンジョンの状況、他にも色々と学んでもらうことがある。

 準備期間中にそれらを覚えてもらい、ダンジョンを攻略され難くしていき、業務の流れを頭だけでなく体で覚えてもらう必要がある。

 そして俺も含めて慣れておくべきことは、ここの勤務体制だろう。


「という訳で、全員分の夜の順番を決めておいた」

「「「はいっ!?」」」


 なんか女性陣が顔を真っ赤にして席から立ち上がって、驚きの表情を向けてくる。

 ユーリットとリンクスも目を見開いて唖然としているけど、何か問題でもあったか?


「ヒヒヒ、ヒイラギ様、夜の、順番というのは……その……」

「ダンジョンを開けば夜間の見張りが必要だろ? それに慣れるため、この順番で今夜から夜勤の練習をするぞ」

「「「へっ!?」」」


 夜勤の練習用に組んだローテーションを見せながら説明すると、全員がキョトンとした。

 いったい何なんだよ。何か変な発言でもしたか?


「そ、そうですよね。夜の見張りの順番ですよね」

「良かった。さすがに心の準備が……」

「ビビ、ビックリ、しま、した」


 女性陣が揃って胸を撫で下ろしながら席に着いた。

 ひょっとして、別の何かと勘違いでもしていたのか?

 夜の順番、勘違い……あっ、ひょっとして。


「驚きました。ボクもさすがに掘られるのはちょっと……」

「一瞬、マスター様がそういう趣味の方なのかと……」


 やっぱりか。こいつら夜勤の練習を、夜に俺の性的な相手をするのと勘違いしていたんだ。

 まぁ、俺の言い方が悪かったのもあるか。

 考えてみれば、ちょっと紛らわしい言い方だったし。

 とにかく、もう正確な情報は伝えたんだし話を続けよう。


「夜間の見張り当番は基本、二人一組の二チームで行う予定だ。当番を外れた二人は普通に寝ていて良し。遅番は交代の時、遅れないようにな」


 普通の睡眠は全員が均等になるように割り振っているし、早番と遅番も順番に組んでいる。

 見張り中に男女が一緒にならないように組み合わせてあるから、問題は起きないだろう。


「今夜は俺とユーリットが早番、遅番として引き継ぐのはイーリアとアッテムだ。リンクスとローウィは普通に寝ていろ」

「「「「「はい」」」」」


 テーブルに置いた紙を指差して説明すると、全員が頷きながら返事をする。

 問題は遅番の二人が起きる時間だけど、これはダンジョンの付属品を使って解決できる。

 魔石盤に時間を設定しておき、付属品のイヤリングを模した受信機を耳に装着。

 設定時間になったら魔石盤から信号が送信され、それが届いた受信機が軽い電流を流して装着者を起こす。

 こうすれば同室の夜勤しない人の安眠妨害をせず、夜勤当番の人だけが起きられるという訳だ。


「えっ、電流なんですか? 音じゃなくて?」


 思わずといった様子でユーリットが挙手して尋ねる。

 だよな、普通は音だよな。

 俺も最初にイーリアから説明を受けた時は、ギョッとしたよ。


「考案された当初は音だったそうですが、それだと装着方法に問題が有って」

「装着方法?」

「私達は種族によって耳の位置や形状が違いますから」

「「「「あぁ~」」」」


 揃って納得の声を上げながら互いの耳を見る。

 そうなんだ。様々な種族が集まっているから耳の位置や形状だけでも千差万別で、同じ位置や形状をしている訳じゃない。

 どうしても共通の装着方法が見つからず、結局イヤリング型に落ち着いたそうだ。

 すると今度は、起きにくい人が音量を大きくしたり、聴覚に優れている種族が音に反応したりして、当番でもないのに起きてしまったり起こされてしまったりする問題が浮上。

 部屋割りの変更や個人部屋の用意で済めばいいが、そうはいかない場合もある。

 そこで音以外の方法での起こす手段を考えることになった。


「一時期、形状を変えて振動で起こすという手段が採用されていたらしいのですが……」

「駄目、だったん、ですか?」

「振動しているのに気づかなかったり、無意識に振動を止めてそのまま寝続けてしまったりして、交代に寝坊してしまうという報告が多数寄せられたそうです」


 あるある。携帯が振動しているのに気づかなくて、返事が遅れたり電話に出られなかったりするのと同じだ。


「それで結局、この形状に戻して電流を流す手段に落ち着きました。電流の強さは調整できるので、ご安心ください」


 安心できるのだろうか。

 だって皆、大丈夫かなって表情で戸惑ってるぞ。


「俺と彼女で実際に使って確認したから、安全性は保障するぞ」

「夜勤時にはこれを必ず装着し、準備期間中にちょうどいい電流の強さを見極めてくださいね」


 手渡されても皆の表情は戸惑っている。

 心配なら休憩時間中に昼寝をして、最弱から試してみろと伝えると少し安心した表情を見せてくれた。

 これでこの話は終わりにして、話は日中の司令室勤務についての説明へ移る。


「日中は最低でも一人、司令室に詰めている事。もしも何かの事情で不在になりそうだったら、誰かを呼び出して一時的に入ってもらえ」


 でないと、ダンジョンに侵入者が来たかどうかが分からないからな。

 ランク四以上になれば、侵入者が来たかどうかが分かる自動報知機能をダンジョンの入り口に付与できるんだけど、今の俺達には無理だからこうする他ない。

 そのため、食事や水浴びは休憩時間中にしてもらうことになる。


「今集は仕事内容を覚えてもらうからいいけど、来集からはこれを念頭に置いて研修をする。何か問題点があったら、その都度話し合って対策を練ろう」


 ひょっとしたら、何か見落としがあるかもしれないからな。

 そういうのは研修期間中に見つけておかないと。


「それと毎朝、司令室の方でミーティングを行う。これは習慣づけるため、明日からやろう」


 俺から伝えておくべき事は、これくらいかな。

 次の司令室での研修はイーリアに任せて、俺は魔物の育成スペースへ向かって今日の訓練の指示を出す。


「今日は午前中、地下一階層チームは現地で訓練。対戦相手は剣と槍と盾のゴブリン達による、三人一組でのチームだ。攻める側のゴブリン達も、突破するつもりで戦え」

『ゴブアァァッ!』


 気合い充分だな。それくらいのつもりでいないと実戦訓練にならないから良しとしよう。


「バイソンオーガ、パンプキンゴースト。お前達も午前中はフロアリーダーの間での訓練をしよう。実際に戦う場に慣れておく必要があるからな。仮想敵は拳ゴブリン達とオーク達が頼む」

『ブオゥッ!』


 うん、今日もやる気満々だな。

 魔物達の育成は、今のところ問題は無いな。

 午後にはローウィによるゴブリン達への武器指導を始めるし、バイソンオーガとパンプキンゴーストが習得間近のスキルに関する訓練も考えている。スライム達にはその手伝いをしてもらおう。

 さて、ダンジョン開きまでにどこまで仕上がるかな。

 そんな張り切った気持ちで迎えた夜勤で、朝にあった勢いは完全に失っていた。

 別に疲れたわけじゃない。決定的に暇なんだ。


「マスター様、何もする事がなくて眠いです」

「悪い。俺もちょっと考えが足りなかった」


 本番になればやる事はあるし、緊張感で眠気も防げるだろう。

 でも今やっているのは、夜勤に体を慣れさせるための訓練。

 監視も何もしていないから、とにかく暇で仕方がない。

 最初はちょっとした仮想指示の訓練とかもしたけど、やっぱり限度があるな。


(明日からは何か用意しておくかな)


 この際、遊んででも起きていることに慣れないと、本番で居眠りをしそうだ。


「ふあぁぁ……」


 一緒に起きているユーリットも眠そうに欠伸をしている。

 せめて本か何かでもあれば……そうだ!


「ユーリット、このまま寝たら意味が無い。だから俺に魔法を教えろ」

「ふぇっ?」


 半分眠りかけだったからか、変な声で反応された。


「魔法を、マスター様にですか?」

「そうだ。このまま寝るくらいなら、魔法の練習でもしていた方がマシだ」


 元の世界に魔法なんて無いからド素人だけど、練習すれば使えるかもしれない。

 なにせ魔力が千八百越えだからな、魔力なら余りあるほどあるぜ!

 ……なんか、夜更かしで変なテンションになってるな。


「という訳で頼む」

「は、はい。まずはですね……」


 眠そうに目を擦るユーリットの言葉に耳を傾けながら、訓練を開始する。

 魔法はまず、魔力を制御できるようにするのが第一。

 魔力制御の練習方法を教わり、両手の間に魔力を集めていたら突然暴発した。

 寝ぼけ眼だったユーリットも目を覚まし、俺は両手が無事か確認する。

 幸い暴発は膨らんだ風船が割れた程度だったようで、被害は出ずに済んだ。

 ホッとした後で原因を尋ねると、制御できる以上の魔力を集めたからだと注意された。

 この時に俺の魔力量を教えたら、イーリア同様に驚かれた。

 ちなみにユーリットの魔力量は七百九十五だそうな。


「魔力が僕の倍以上……」


 圧倒的な魔力量の差に落ち込まれた。

 魔力は制御訓練をやることで量も増えていくそうだけど、生まれながらの魔力量は人それぞれらしい。

 そして生まれつき魔力が多いほど、魔法の素質があると言われているそうだ。


「マスター様の魔法の素質は僕の倍以上……」

「しっかりしろ。確かに素質は上かもしれないけど、こっちは素人なんだ。扱いではお前の方がずっと上だろう」

「分かっていますけど、ちょっとへこみます」


 結局この日は、もう二度ほど魔力を暴発させて遅番のイーリアとアッテムと交代した。

 なお、ちゃんと起きれるか不安だったアッテムは電流の設定を強くしすぎ、起こされた時に悲鳴を上げて同室のローウィを起こしてしまったようだ。



 翌朝。眠そうに司令室から出てくるイーリアとアッテムを出迎え、朝食の席で夜勤の感想を聞く。

 監視も無いので暇、眠い、居眠りしそうになるという自分も感じた感想を聞き、寝ないように少し対策を考えることにした。

 その日のうちに暇つぶしの手段を思いつき、本番になったら居住部へ撤去するという条件付きで、ちょっとした遊具を司令室へ運び込んだ。

 木の板にマス目を描き、拾ってきたマス目と同じ数の石を二等分になるよう分け、それぞれを白と黒で塗りつぶす。


「マスター、さん。これ、は?」

「五目並べっていう遊びに使うんだ」


 休憩時間中にルールを説明して実際に遊ばせたところ、妙に気に入られた。

 昼休みや休憩時間は皆でこれに興じることになり、思わぬ形で仲を深めることに成功。

 さらにこの日の夜、リンクスとの遅番だった俺は起きた早々に五目並べをさせられ、明け方まで勝負し続けた。

 結果? 危ない展開は何度かあったけど、考案者の意地で逆転して全勝したよ。

 こうして夜勤の練習での眠気対策はどうにかできたけど、日を追う毎に別の問題が浮上してきた。


「ヒイラギ様、もう二人ほど人員が必要かと……」


 一昨日は遅番、昨日は早番で夜勤をしたイーリアが朝のミーティングでそう切り出した。

 それは実際にやっている俺も感じていた事だ。

 人数の関係でちゃんと寝られる人数が限られている上に、遅番と早番を順番にやるから仮眠をしても限度がある。

 一先ずは早番を女、遅番を男で固定しておこうと思うけど、人数の関係で連続の夜勤が生じてしまう。

 解決策としては人数を増やすか、夜勤の人数を一人にするのが手っ取り早い。

 でも、さすがに一人でやらせるのは不安がある。

 そこで致し方なく、アッテムの実家の奴隷商で二人ほど奴隷を買って人員補充することにした。

 購入費と生活の保証をしなくちゃならないけど、背に腹は代えられない。

 過剰勤務で誰かが倒れてから遅い。


「ううう、うちの、店で、いい、ん、ですか?」

「娘が勤務しているダンジョンに、変な奴隷を売ろうとはしないだろう?」


 そんな事をしたら店の評判と信用に関わるし、俺だって腹いせに周囲へ言いふらしてやる。

 早速アッテムを伴って店に赴き、奴隷を二人ほど購入したい旨を伝えた。


「左様ですか。分かりました」


 対応してくれたのは店主であり、アッテムの父親でもある鮫人族の男性。

 前に俺の目つきを鮫人族みたいと言っていたけど、確かに目つきが鋭くてカッコイイ印象がある。


「ご希望はありますか?」

「できれば俺達と年齢の近い男女を。調教はされていなくても大丈夫ですが、予算は二人で金貨五枚くらいです」


 年上だと俺達の言うことを聞かない可能性があるし、調教が必要なら時間が掛かる。

 その点、若い方はやり易いと調教スキルのあるリンクスが言っていたから、若い二人を買う事にした。

 男女一人ずつにしたのは、男女比が同じになるからローテーションが組みやすいというだけだ。


「承知しました。少々お待ちください」


 希望と予算を聞いた店主は奴隷の選別のため、奥へと引っ込む。

 しばらく待つと、アッテムの母親である魚鱗族の女性が奥へ案内してくれた。

 案内された先には、男の奴隷が十人、女の奴隷が六人立っていて、同じ人間の俺を見て驚いている。

 あまり期待していなかったけど、俺の知り合いはここにはいないようだ。


「この者達ならば、二人購入しても予算の範囲内です。こちらが詳細になります」


 手渡してくれたのは奴隷の名前、職業、年齢、スキルの一覧、調教してあるか否か、そして値段が書かれたリスト。

 目を通している間に男の一人が声を掛けてこようとしていたけど、女性ケンタウロスに睨まれて黙った。

 胸元にある番号をリストと照らし合わせ、その男の情報に目を通す。

 元は剣士で年齢は二十四歳、スキルは剣術と斬撃の二つだけ。

 正直、ちょっとハズレっぽいからパスしよう。

 少し時間を掛けて選び、買うことにした二人と奴隷契約を結んだ。


「フェルトです、よろしくお願いします」


 手枷と足枷を外され、跪いて挨拶をする少年奴隷フェルト。

 年齢は十五歳で元々の職業は冒険者で弓士。

 習得しているスキルは弓術と潜伏と解体と索敵。

 体格は年相応で金髪をスポーツ刈りくらいに短くしていているから、野球少年のように見える。

 男で年齢も若く、調教されていないから値段は銀貨八枚。


「ミリーナと申します」


 同じく跪いて挨拶をしている少女奴隷はミリーナ。

 年齢は十八歳で、元々の職業は修道者であり冒険者。

 習得しているスキルは掃除と料理、それに治癒魔法に応急処置。

 おまけに呪いを解ける解呪スキルもある。

 背はやや高めで目つきは垂れ目。そして何より目に付くのはグラビアアイドル顔負けのスタイルの良さ。奴隷がよく着る薄手の服だから余計に目立つ胸は絶対にEかFはあると思う。

 髪は腰辺りまで伸びた茶髪で、奴隷って立場の割には整えられている。

 調教されていないとはいえ、若い女でスタイルも良く役立ちそうなスキルがあって値段は金貨二枚。

 当初は見た目とスキルの割に安いんじゃないかとアッテムが指摘したけど、これには理由があるらしい。

 彼女は地上の教会で強力な洗礼魔法を受けており、本人が心を許さない限り体を求める事ができなくなっている。

 強引に手を出そうとしても、彼女が拒めば洗礼魔法で防がれてしまう。

 おまけに洗礼魔法の効力で調教も効かなくなっているから、完全な従順状態にはできない。

 隷属魔法は効いているから主人に手を上げることは無いそうだけど、最も需要がありそうな目的に使えない上に調教もできないことから、安めの値段設定をしているそうだ。

 ちなみに言っておくけど、決してスタイルで選んでいない!

 料理と掃除、それと治癒魔法があるからだ!


「よろしく二人とも。俺はヒイラギで、こっちはアッテム。お前達には俺のダンジョンで家事及び、夜の監視業務で働いてもらう」

「分かりました」

「えっ? 夜のお相手、とかではなく?」


 簡単な説明をするとフェルトは頷いてくれたが、ミリーナは物騒な事を言い出した。

 おそらくは自分のスタイルから、そういう目的で買われると思っていたんだろう。

 というか、洗礼魔法でそういうことができないのを忘れているんじゃないか?

 

「いや、普通に労働要員が欲しいだけだ。ミリーナは料理と掃除のスキルがあるんだから、しっかり働いてもらうぞ」


 補足説明をするとミリーナは心から安堵した表情を浮かべていた。


「頑張ります! お怪我をされたら言ってください。治癒魔法で治しますから!」


 勢いよく立ち上がって力説するのはいい。だけどその勢いで揺れた胸、あれは凶器だ。

 一瞬それに目を奪われたのを咳払いで誤魔化し、料金を支払っている最中に店主が小声で、実はあの二人は調教する必要が無いほど大人しくて真面目な性格だから、調教する予定自体無かったと言われた。


「いいのか、それで?」

「調教するのにも時間と手間と金が掛かりますからね。うちではよほど反抗的でない限りは、やらないようにしているんです」


 それを聞いて隣のアッテムを見ると、肯定するように頷いた。

 なるほど、そういうやり方もあるのか。


「商売柄、色々な方を見ていますからね。あなたは奴隷に無茶をさせない方だというのは分かります」


 当然だ。奴隷といえども、うちで働く以上は大切に扱わせてもらう。

 真面目に働くのなら、猶更だ。


「どうか、大切に使ってあげてください」

「分かりました。ありがとうございます」

「いえいえ。後々に奴隷が必要とあらば、うちを贔屓していただければ十分ですよ」


 ちゃっかりしてるな。

 まあ、商売人ならこれくらいは当然か。

 

「アッテムも、ようやく雇ってもらえたんだから頑張れよ」

「分かっ、た」


 親に対してもそういう喋り方なんだなと思いつつ、退店して帰路へ着く。

 その道すがら、二人からダンジョンで捕まる前のことを聞いてみた。



 フェルトは狩人の家の生まれだったそうだけど、魔物を狩りたいという理由で冒険者になったそうだ。

 狩人でも魔物を狩ることはできるそうだが、冒険者になって稼がないと良い弓が買えないから狩人と兼任で冒険者になって活動していたらしい。


 一方のミリーナは、教会幹部の次女なんだそうだ。

 冒険者をやっていたのは教会独特の修行の一環らしい。どんな協会なんだ。

 ただ、スタイルの関係で周囲の男達から不快な視線を浴びていたせいで異性が少し苦手で、女性ばかりのパーティーに所属していたと明かしてくれた。

 今も俺とフェルトから少し距離を取り、アッテムの後ろに隠れるように付いて来ている。

 洗礼魔法の兼を尋ねると、赤ん坊の頃にそんなものを受けたと聞いただけで効果は知らなかったそうだけど、どうあっても乱暴されることは無いと分かって安堵していた。



 最後に、俺と同じ黒い髪と目をした人間に見覚えがないか聞いてみた。

 あまり期待していなかったけど、ミリーナが知っていた。


「私は一昨日ダンジョンで捕まって、昨日あのお店へ売られたばかりなんですけど、その十日前から拠点として滞在していた町の冒険者ギルドで、黒い髪と目をしたサクラダっていう方が見習いで働いていました」

「本当か!?」

「えっ、ええ。お知合いですか?」

「数少ない友人。いや、親友とも言えたな」


 そうか、桜田の奴は冒険者ギルドで働いているのか。

 顔は普通だけど、太り気味で運動全般が苦手。

 でも真面目で努力家なあいつは、勉強では常に学年上位に入っていた。

 一部クラスメイトからの嫌がらせにも負けず、将来は海外で働きたいって語学に励んでいたっけ。

 目標を持って頑張れているあいつが、これといった目標が無くて無意味に日々を過ごすだけの俺には羨ましかった。

 だからこそ応援して、嫌がらせを受けていた時は味方になってやったっけ。


「職員の方が言っていました。真面目で見た目の割に根性があって、見所があると」


 あいつも頑張ってるんだな。

 だったら、俺も負けないように頑張らないと。


「あ、あの、マスターさん。ギルドに、お二人の、事を、申告しない、と」


 おっとそうだ、うっかり忘れるところだった。

 急遽行き先をダンジョンギルドへ変更し、二人が働くことを申告してからダンジョンへ帰った。


「紹介しよう、今日からここで働く奴隷のフェルトとミリーナだ。」


 全員にフェルトとミリーナを紹介し、二人を寝泊りする場所へ案内する。

 連れて行った先は居住部の地下にある牢屋。

 ここは捕まえた人間を入れておく場所で、奴隷用の部屋が無い時の部屋代わりでもある。

 中は簡易のベッドと衝立がある便所、ちょっとした明かりがあるだけの暗い空間。

 今のところ牢屋は四つあるから、そのうちの二つを使わせておくことにした。

 とはいえ、こんな場所じゃ衛生的に良くなさそうだから、使える魔力が溜まったら奴隷用の部屋を用意しないとな。

 とりあえず仕事への教育は翌日からにして、肉まんっぽいもので二人の歓迎会を開いた。

 最初は奴隷っていう立場だから恐縮していたけど、肉まんを食べだしたらイーリア達との争奪戦に加わった。



 それからの日々は怒涛のように過ぎていった。

 全員に司令室の機器の使い方を教えて、このダンジョンにおける魔物達の戦い方を見せ、戦闘時の主だった指示の方向性を教える。

 倒すか捕まえるかは状況に応じて臨機応変に対応し、判断に困ったら俺かイーリアへ相談するようにしておいた。

 ただし、黒い髪と目をしている奴、要するに同じ世界からこっちへ来た奴は可能であれば捕らえることにした。

 理由は何をしていたのかを聞きたいのと、同郷の奴はできるだけ救いたいっていうちょっとした自己満足だ。

 だからって無理に捕らえる必要は無く、無理そうなら倒していいと伝えてある。

 今の俺が最も優先するべきなのは、このダンジョンを攻略されないこと。

 いざという時は元クラスメイトであろうと命を奪って、このダンジョンを守り抜いてみせる。

 それに仮に捕らえたとしても、金銭的理由や相手次第では手元に残さず奴隷として売り飛ばすんだ。場合によっては死んだ方がマシってこともあるだろう。

 他にも罠屋で買った罠を設置したり、それを利用した誘い込み作戦を練習したりと、着々と準備を進めていく。

 ただ、こういった指導をしている時のフェルトとイリーナの表情は冴えない。

 複雑な心境は分かるけど、こればっかりは割り切ってもらわないと困る。

 だからちょっと意地が悪いけど、俺のダンジョンが早々に攻略されたら次はどんな奴に買われるんだろうなと呟き、次の購入者がまともとは限らないと暗に気づかせた。

 これで少しは割り切れたのか、幾分かは腹を括った表情になった。



 次に魔物達のスキルなんだけど、これは予想通りだった。

 指南役としてローウィが武器の扱いを叩き込むと、事前の訓練である程度は習得しかけていたのか、十日ほどで全員が武器の扱いに関するスキルを習得していた。

 投擲ゴブリン達もほぼ同じくらいに投擲スキルを習得している。

 ただ、それと同時に名称にも変化が出ていた。



 名称:ソルジャーゴブリン

 名前:なし

 種族:ゴブリン

 スキル:剣術 回避



 名称:ランサーゴブリン 新種

 名前:なし

 種族:ゴブリン

 スキル:槍術 刺突



 名称:ブロックゴブリン 新種

 名前:なし

 種族:ゴブリン

 スキル:盾術 踏ん張り



 名称:ファイターゴブリン

 名前:なし

 種族:ゴブリン

 スキル:拳術 回避



 名称:スローゴブリン 新種

 名前:なし

 種族:ゴブリン

 スキル:投擲 暗視 跳躍



 *各十体ずつ



 そう、召喚初日から武器を与えて訓練していたからか、一ヶ月も経たないうちに進化していたんだ。

 しかも三種類の新種認定が出たもんだから、イーリアから崇拝の眼差しを受けた。

 最初のうちはやっちゃった感を覚えたけど、新種認定によりダンジョンで使える魔力が増えたのは朗報だった。

 とはいっても、最初に新種認定された魔物の魔力量しか反映されないから、実は最初に新種のゴブリンへ進化した三体分しか魔力量が増えておらず、二十三だったのが六十一になっただけだ。

 そして他の魔物達はというと……。



 名称:オーク

 名前:なし

 種族:オーク

 スキル:斧術 盾術



 名称:キラーアント

 名前:なし

 種族:アント

 スキル:暗視 空中感覚 潜伏



 名称:ロックスパイダー

 名前:なし

 種族:スパイダー

 スキル:擬態(岩) 潜伏



 名称:スライム

 名前:なし

 種族:スライム

 スキル:擬態(水) 魔力吸収 潜伏



 名称:ナイトバット

 名前:なし

 種族:バット

 スキル:暗視 潜伏



 新種認定されるような変化は無かったけど、新しいスキルの習得には成功している。

 元々スキルを持ってないオークは斧術と盾術を習得。

 最近奇襲部隊と呼んでいる四種類の魔物達は訓練の成果なのか、全員が潜伏スキルを習得していた。

 ただ、一つ疑問がある。

 ロックスパイダーとスライムの擬態、ナイトバットの暗視は元からあるスキル。

 キラーアントの暗視と空中感覚も、暗い中で天井から落ちて姿勢制御しているから習得したのも納得だ。

 でもスライムの魔力吸収は元々持っていないし、やらせていた訓練じゃ習得しようがない。

 そこで使役スキルで意思疎通を取って調べてみると、奇襲訓練中で水中から絡みついた時に少しだけゴブリンやオークから魔力を吸収していたようだ。

 勝手なことをしていたスライム達には、しっかりと一喝しておいた。

 そしてフロアリーダーとなるバイソンオーガとパンプキンゴースト、スケルトン達はというと。



 名称:バイソンオーガ

 名前:なし

 種族:オーガ

 スキル:斧術 広視野 身体能力上昇



 名称:パンプキンゴースト

 名前:なし

 種族:アンデッド(ゴースト)

 スキル:死霊魔法 闇魔法 眷属強化 眷属指揮

 種族スキル:無属性物理攻撃完全無効化



 名称:ボーンベアタウロス

 名前:なし

 種族:アンデッド(スケルトン)


 スキル:防御力上昇


 名称:スカルウルベロス

 名前:なし

 種族:アンデッド(スケルトン)

 スキル:俊敏上昇



 フロアリーダーの二体は習得間近だったスキルに加え、新たにもう一つずつスキルを習得していた。

 スケルトン達もそれぞれの役割のためのスキルを習得し、パンプキンゴーストとの連携に磨きをかけている。

 しかし、はっきり言ってここまで強くなるとは思わなかった。


『おそらくは指導スキルと使役スキルのお陰でしょうね。魔物達の知力も他に比べれば上昇していますし』


 というイーリアの見解だけど、詳しくは不明だ。

 だけど、魔物達の知力が上がっているのは日々感じている。

 自主訓練時には自分達で考えて訓練をしているし、最近ではリーダーっぽい指揮を執っているゴブリンとオークも見かけるようになった。

 奇襲部隊の中にも、そんな感じの魔物がちらほらみられる。



 そして魔物達以上にやっちゃった感を覚えたのは、育成スペースの畑化だ。

 始まりは「異界寄せ」で、こっちの世界には無い野菜でも召喚しようかと思った時だった。

 ふと、種を召喚すればこっちでも育てられるんじゃねと思ってイーリアに相談。

 考えるよりやってみようということになり、新種認定で六十一に増えた魔力のうち五十を消費して育成スペースを拡張して一部を実験農場とした。

 育成スペースを利用するのは、こんな実験で土地を買ったり借りたりするのは資金が勿体ないし、仮に駄目でも後々魔物が増えた時に育成スペースを拡張する必要があるから、さほど大きな問題じゃないからだ。

 畑そのものは農耕スキルを持っているイーリアとローウィ、一応は蟻として地面を掘れるキラーアントの活躍によりその日のうちに完成。

 「異界寄せ」した大豆と、どうせ実験だからと購入した数種類の野菜の種を植えてみた。

 すると翌日には芽が出ていて、僅か三日で実をつけるまでに育ってしまった。


『……なんで?』

『魔草が食べられてもすぐに生えるから、成長は早いだろうとは思ったけど……』

『だからって早すぎますよ! しかも、なんか実が大きいですし!』


 大きさはこっちの世界の野菜どころか、元の世界の物よりも一回り大きい。

 だけど肝心なのは味だから、その日の昼食で味見してみることになった。

 そしたら良い意味での予想外な結果になった。


『このサツマイモ、焼いただけなのにとても甘いんですけど!』

『嘘、これ、タマネギ、なの? 生、なのに、辛く、ない。すごく、甘い……』

『ご主人様! なんですか、この枝豆というのは。塩を振っただけなのに、止まりません!』

『ボク、こんなに美味しいタマネギ初めてです!』

『こんなの食べたら、俺が食べてきたサツマイモはいったいなんだったんだ……』

『おいおい。この枝豆、元の世界のよりもずっと美味いじゃないか……』


 はっきり言って美味すぎた。これまでに食べていた野菜はなんだったんだ、って思えるほどに。

 これはあれか? 魔草特有の成分だとか魔力だとか、そういうのが影響してるのか?


『主様、これは絶対に売れます! 注文が殺到しますよ! 早速畑の拡大をしましょう!』


 確かにローウィの言う通りだと思う。

 だれど、これは諸刃の剣だ。


『いや、これは俺達が食べる分だけ育てて、決して売らない。畑も今は広げない』

『なんでですか? 何か問題でもあるんですか?』

『問題は品質とか味じゃなくて、流通させた後にあるんだ』


 こんな物を流通させれば、当然どうやって育てたのかと追求される。

 誤魔化そうにも畑を所持していないから、遅かれ早かれ気づかれる可能性は高い。

 そうして育成スペース産の野菜が大量に流通したら、確実に市場を独占する。

 すると、同じ物を作れない一般の農家は必然的に廃業に追い込まれてしまう。

 ここまで説明すると、実家が農家のイーリアは顔を青くした。


『それに現状、今以上に畑を広げたら魔物の訓練に影響が出かねない。ただでさえ、鴨達もいるっていうのに』

『そ、そうでした。あそこはあくまで、魔物の育成スペースでしたね……』


 畑の拡大を提案したローウィがしょぼんと俯き、耳と尻尾が力なく垂れ下がる。

 なんだかちょっと可愛い。


『そういう訳で、これはここのダンジョン勤め限定の品とする』


 俺達だけで独占しているようで悪いけど、こればかりは致し方ない。

 利益のためとはいえ、一般の農家全てを敵に回すつもりは無い。

 なお、枝豆の一部は収穫せず大豆用に残しておいた。



 そうそう、利益といえば蒸篭が思わぬ大ヒットをしている。

 ベアングのおっちゃんが知り合いの飲み屋に協力してもらい、店の前で実演販売をした。

 通りかかった人達が新しい調理法に関心を示し、試食で味を知って買い求めた。

 ダンジョンタウンは一夫多妻制で子沢山の家庭が多いため、複数の蒸篭を重ねて一度に多量の調理ができるというのも魅力的だったようだ。

 さらに評判を聞き、味わいを知った料理店までもが買い求めた。

 ここまで大ヒットするとは思っていなかったから、来月に口座へ振り込まれる副収入の額がいくらになるのか凄く気になる。

 ついでに言うと、販売開始から数日後にドゥグさんが訪ねて来た。


『ロウコン様が、借金を金貨二枚減らすから美味い蒸し料理を教えてほしいとのことだ!』


 食い意地の張った幼女狐のオバさんに若干引いたけど、借金が減るならと教えることにした。

 実演販売では茶碗蒸しを再現できず、試食は蒸した肉と野菜だけだったそうだから、蒸し餃子と一緒に茶碗蒸しも教えておいた。

 ちょうどそれくらいの時期からかな? 別の木工品店でも蒸篭のような物を売り出したのは。



 とまぁ、こんな感じで色々な事があった。

 そして今日。ダンジョンを開くべくダンジョンギルドへ開通に関する書類とダンジョンカードを提出した。


「お願いします」

「はい。承りました」


 何度か顔を合わせたラミアの受付嬢に書類を提出し、手続きが終わるのを待つ。

 この一ヵ月近くの間にできた顔見知りと会話をしながら奴隷に関する情報交換をし、前に遭遇した大和田以外の元クラスメイトを探してみたけど情報は無し。

 町人になった方はともかく、冒険者になった方も頑張っているみたいだ。

 ダンジョン以外で死んでいる可能性はあるけどな。


「そういえば、大和田はどうしてます?」


 大和田と遭遇した時、あいつに猿轡を咬ませていた豚の耳と尻尾が生えた女性とも知り合いになった。

 彼女はラーナといって、あのピッグンの姪だそうだ。

 成人した今年からあの豚の下で護衛見習いとして働いているらしい。

 あいつとは比べるまでも無いキリッとした感じの外見は、異性より同性にモテそうなタイプだと俺は思う。

 そんなラーナから、たまに大和田の近況を聞く似たような返答ばかりだった。


「毎晩叔父上に可愛がられております」


 よほど気に入られてるんだな。

 気分の良い気に入られ方じゃないけど。


「ヒイラギ様、お待たせ致しました」


 ラミアの受付嬢に呼ばれて受付に向かうと、書類を受理した証明書を渡された。

 これで後は、指定した開通の日時まで待てばいい。


「提出されたダンジョン開きの申請書を受理、承諾しました。開通は明日の正午でよろしいですね?」

「はい。それでお願いします」

「承知しました。では、ダンジョンカードをお返しします。ダンジョンが開いた瞬間から口座が使用できますので、当日に口座があるかどうかを確認してくださいね」

「分かりました」


 手続きは全部終わった、できるだけの準備はやった。後は開通を待つだけだ。


「それでは失礼します。またいずれ機会があれば、話しましょう」

「うん……。待ってる」


 最後の方は小声でよく聞き取れなかったけど、なんて言ったんだ?



 ダンジョンに戻った俺は全員をリビングに集めて手続きが済んだことを伝えた。


「いよいよ明日の昼、俺達のダンジョンが開通する」


 集まった全員がいよいよかと、気合いを入れたり緊張したりと反応を示す。

 皆とは今日まで一緒にやって来て、良好な関係を築きながら業務の研修を繰り返してきた。

 やるだけやった。後はこのダンジョンが、どこまで冒険者達に通用するかだ。

 最初はここの運営参加に戸惑っていたフェルトとミリーナも、周囲に気を使ってもらえることで徐々にここでの生活に順応してきた。

 実際に侵入者が現れたら変化はあるかもしれないけど、その時はその時で対応するしかない。


「皆、今日までご苦労様。今夜は明日からに備えてちゃんと寝よう。全員、ベストな状態で開通を迎えるぞ」

「「「「「「「はいっ!」」」」」」」


 元気よく返事をしてもらった翌日の昼、全員が司令室に集まって開通の時を迎えた。

 だけど……。


「入り口が繋がった場所の地理は?」


 入り口が開いた場所に関する情報をイーリアが表示させてくれた。


「流通都市と呼ばれるグリンダという町とウェルーガ村を繋ぐ、山道の途中にある洞穴と繋がりました」

「そこは地理的にどうなんだ?」

「割と田舎です、ご主人様。しかも野生動物や弱い魔物しかいないので、冒険者の質もさほどでは……」

「おまけに別の通りやすい道も開通したらしいので、険しい山道に人が来るかどうか……」


 ミリーナとフェルトからの情報に俺は肩を落とした。

 侵入者、いつ頃来てくれるかな?


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― 新着の感想 ―
おお!やっとダンジョン開通だ! これまでも面白かったけど、「異世界ベンチャー立ち上げ物語」って雰囲気だった!
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