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第7階層 必要書類ってやたらあるから、集めるのが大変だ

リンクス「男ですよ。もう一度言いますね。男ですよ」


 いよいよ内定者を迎える日になった。

 部屋の準備はできているし、当分は生活できる資金も有る。

 不安があるとすれば、あの四人のキャラの濃さぐらいだろうか。女装趣味と清貧武人と上がり症最年長と見た目が幼い薬師。そこに異世界人のダンジョンマスターの俺と、最近俺への崇拝疑惑が浮上しているイーリア。

 ……本当に不安だ。能力的には問題無いはずなのに、どうして不安になるんだろう。


「どうかなさいましたか? ヒイラギ様」

「いや……なんでもない」


 人が集まれば変わり者も来るのは仕方ないのは分かるけど、今さらながらこのメンバーはどうなんだ?

 そんな悩みを抱えつつ、俺はマジックバッグを背負ってイーリアと共に町中を歩く。

 内定者との待ち合わせの時間にはまだ随分と余裕がある。

 なにせ俺達が向かっているのは待ち合わせのダンジョンギルドではなく、例の木工品店に頼んだ品の受け取りなのだから。

 道中でそれを使うために必要な品を数点購入し、マジックバッグに詰めていく。


「これでよし。さっ、行くぞ」


 必要な物を揃えて木工品店に行くと、依頼をしたおっちゃんが店先でストレッチをやっていた。


「おぅ、坊主。例の物を取りに来たのか?」


 腰に手を当てながらのけ反るのはいいけど、のけ反りすぎじゃねぇか?

 どう見ても九十度以上曲がっている気がする。


「はい。できていますか?」

「当然よ。ちょっと待ってな、もうちょっとでこれが終わるからよ」


 のけ反っていた体を起こして、今度は横に体を反らしている。

 これはストレッチというよりラジオ体操に近いな。

 毎日やっているからか、左右にもよく曲がるもんだ。


「いやぁ悪ぃな。こうやって毎朝腰の辺りを伸ばさねぇと、すぐ腰が痛くなっちまうんだ」


 そっか、基本的に長時間座って木を削ったり、腰を曲げて木を切ったりするから腰痛になりやすいのか。

 それを防ぐ為の運動ってところか。


「それで例の品だが、これでいいのか?」


 一旦店内に引っ込んだおっちゃんが持ってきたのは、俺が説明した通りの品。見事に再現された蒸篭だった。

 蓋には取っ手が付いていて、底は蒸気を通せるようになっている。今回作ってもらったのは二段だけど、同じ物を作れば三段でも四段でも重ねられる。


「見た目はバッチリです。さすがですね」

「当たり前だ。こちとらこれで飯を食ってんだ。んで、約束通りそれを使うところを見せてくれねぇか?」

「分かりました」


 そのために、ここに来る途中で買出しをして来たんだ。

 マジックバックから取り出した食材は何種類かの野菜と肉と卵。それと今朝早く起きて仕込んだ薄味の出し汁。後は味付け用に塩を少しばかり。

 これらを持って台所にお邪魔し、ザッグルさんと良い仲のルニさんとそのご家族を前に調理する。

 まずは中華鍋のように口の広い鍋を借りて水を入れ、火にかけて沸騰するのを待つ。


「ねぇ、材料に対して水が少なくない?」


 首を傾げながら尋ねるルニさんに大丈夫だと返して、その間に野菜と肉を一口サイズに切っておく。

 ついでに出し汁と溶き卵を混ぜてお椀へに入れる。

 できれば縦長の湯呑みたいなのがが良かったんだけど、無いみたいだからお椀で代用する。

 ちょうど沸騰したみたいだから、ここで蒸篭の登場。

 一段目には肉と野菜を、二段目には出し汁と溶き卵入りのお椀を入れたのを重ねて蓋をするる。

 初めて見る調理方法に興味津々な視線が多数あるけど、気にせず調理を続ける。

 と言っても、後はこのまま火が通るのを待つだけだ。

 時折蓋を開けて確認して、頃合いを見計らって火から下ろす。

 まずは一段目、ほっこりと蒸し上がった肉と野菜入りの蒸篭を皆の前に置き、塩を小皿に少量盛っておく。

 できればポン酢が良かったけど、無い物ねだりはできないから塩だけにしておいた。

 むしろこっちの方がさっぱりして食べ易いかも。


「どうぞ、できました」

「えっ? これだけでいいんですか?」


 あまりに簡単な調理だったせいか、ほぼ全員が疑いの眼差しを蒸篭の中の肉と野菜に向けている。

 こっちの調理って焼くか茹でるか揚げるか炒めるだから、こうして蒸気で調理ができるなんて思わないんだろう


「とりあえず食べてみてください。そうすれば分かります」


 説明したところで蒸すという調理法を理解してもらえるか分からないし、ここは食べてもらうのが一番だろう。

 結局は結果が物を言うんだし。


「どら?」

「お、お義父さん、本当に食べるんですか?」

「うるせぇ。俺が売れると思って作った物で作ったんだ、食えねぇ訳がねぇ」


 弟子の娘婿に睨みを利かせた時の眼光はさすがに熊だな。一瞬寒気が走って震えた。

 改めて蒸篭の中を見たおっちゃんは手前にあるサトイモを取って、小皿の塩に軽くつけて食べた。

 俺にとっては気に入ってもらえるか、周囲にとっては本当に食べられるのか。それがおっちゃんの反応で決まる。

 味わうように食べていたおっちゃんだけど、飲み込むと同時に今度は肉に手を伸ばして同じく塩で食べる。

 そして飲み込むと箸を置いた。駄目か?


「おい、誰かエールを持って来い! こいつを食って酒を飲まない訳にはいかねぇ!」


 いや、思いっきり気に入ってくれたようだ。しかも酒まで所望している。


「何言ってるんだアンタは! これから仕事なんだから、駄目に決まってるでしょうが!」

「うるせぇ! 文句があったらこいつを食え! 絶対飲みたくなっから!」


 そんなに酒が飲みたいのかおっちゃん。

 料理を勧めてくれるのは構わないけど、酒を飲みたくなるような味じゃないと思うぞ。

 ひょっとして、単に酒を飲みたいだけじゃないのか?

 そうしている間に奥さんらしき……角が山羊っぽいから山羊人か? ともかくサツマイモを口に入れてくれた。

 さぁ、どんな反応を。


「旨っ!? どういうことだい、ちゃんと熱が通っているじゃないか!」


 うん、ちゃんと分かってくれたようだ。

 信じられない表情で次々と食べる様子に、周りもおそるおそる箸を伸ばして食べだした。これで決まったな。


「嘘……。普通なら硬いお肉がこんなに柔らかい」

「ネギがこんなに甘くなるのッ!?」

「どうして。火に当てたわけでも、熱い湯や油に通したわけでもないのに……」

「焼いたのとも揚げたのとも茹でたのとも違う……。なんなの、これは」


 味を褒めてもらえたのは嬉しいけど、やっぱり蒸気で蒸したというのは理解できないか。

 一応、この前の説明の時におっちゃんには話したんだけどな。


「いいからエールを持って来い」

「駄目だって言ってるだろ。飲みたきゃさっさと仕事しな!」


 そしてあのおっさんは、絶対に昼間から酒を飲みたいだけだ。

 その気持ちは未成年の俺にはよく分からない。

 でも、思ったよりも良い感じに蒸しあがったな。これならあっちもいけるだろう。

 ひょっとしたら料理スキルの恩恵かもしれないと考えながら、二段目の蒸篭を取り出す。

 念のためお椀の中身に木製のスプーンで触れると、いい具合に固まっていた。


「次はこちらをどうぞ。俺のいた世界の料理で茶碗蒸しです」


 本当は具を入れてもいいんだけど、今回は茶碗蒸しそのものを味わってもらいたくてあえて具は外しておいた。

 お椀に木製スプーンを添えて卓の上に並べながら、どういうものかを説明する。

 手に取った面々は味よりも固まった感触が気になるのか、表面を木製スプーンで何度もつついている。


「へぇ、面白い感触ね」

「プルンプルンしてる。どうやったら、こんな風に固まるのかしら?」

「どれどれ、味は……。何この新食感! それに美味しい!」


 食感も味も気に入ってくれたか。これでどうやら取引は上手くいきそうだ。


「ヒイラギ様、これは絶対に人気が出ます。できれば調理法に対して公開料を」

「取る手段があるのか?」


 俺の質問にイーリアは目を逸らした。無いんだな。

 元の世界には著作権とかあるけど、レシピの著作権なんて聞いた事が無い。

 それに確か手続きとかがとても面倒だって聞いたぞ。そういった事はできるだけごめんこうむる。

 別にいいだろ。出汁のとり方や、具によって味わいなんて変わるし。


「それで、いかがでしょうか? これは売れると思いますか?」


 未だに酒を寄こせ、先に仕事をしろと、奥さんと言い合っているおっちゃんに声をかけておく。

 いつまでもここにいるわけにはいかないんでな。


「ん? おぉ、そうだったな。是非契約を結ぼう、これは売れる」


 よし、副収入源確保。

 消耗品じゃないから一度買ったらしばらくは買い換えないだろうけど、全く買い換えない訳じゃないから時折収入はあるだろう。

 うん? だったらいっそ。


「でしたら、どうでしょう? 俺が再現を頼みたい木工品は今後もお願いするというのは」

「何? それは本当か!?」

「そうしておいた方が、余所の店からの勧誘が無くなりそうですから」


 蒸篭が売れた実績に目をつけて、余所の店の輩が変な話や脅しを掛けてくる可能性は正直否めない。

 だったらこのおっちゃんの店と専属契約を交わしておけば、そういった話は減るはず。

 仮に来たとしても専属契約を盾にすれば回避はできるはずだ。

 木工品以外で依頼が来たら、その時は知識が無いからで誤魔化そう。


「こっちとしては願ったり叶ったりだ。よろしく頼む」


 よっしゃ、副収入源どころか専属の木工店ゲット。

 しばらくしたら弁当箱とか麺棒とか作ってもらおう。

 ついでに桶とかまな板とか、そういった物の新調を頼んでもいいな。

 後は……そうだ、風呂が設置できたらスノコも作ってもらうか。

 あっ、訓練用の木製武器作ってもらうのも有りかも。


「じゃあさっさと契約するか。おい、ちょっくらギルドに行ってくるからしばらく頼むぞ」

「あいよ」


 さっきまでの口喧嘩はなんだったんだ、ていうぐらいの阿吽の呼吸だな。さすがは夫婦。

 おっと、そうだ。


「すみません、これ今回の特注の御代です」


 これから出かけるおっちゃんに渡すのもどうかと思い、奥さんに銀貨二枚を手渡した。

 こんなに貰えないから銅貨八枚でいいという奥さんだけど、今回は本当に特別な注文だったから、話し合って銀貨一枚という事で双方納得した。

 料金は払ったから、作ってもらった蒸篭をマジックバックに詰めておっちゃんと一緒にギルドへ向かおう。

 ただ、俺とおっちゃんが目指すギルドがちょっと違った。


「うん? おい、住人管理ギルドはそっちじゃねぇぞ?」

「えっ? ギルドってダンジョンギルドの事じゃないんですか?」


 ダンジョンマスター相手に商売をした事が無いおっちゃんは、商業ギルドを兼ねている住人管理ギルドへ。俺は副業登録とかもあるからダンジョンギルドへ向かおうとしていた。

 イーリア曰く、どちらも行く必要があるみたいだけど、まずは俺の副業登録をという事でダンジョンギルドへ向かう。


「副業登録ですね。では、こちらへ記入をお願いします」


 今日は受付に入っていたルエルが差し出した書類に必要事項を記入する。

 特に大事なのは業種で、今回の場合はその他で共同開発発想者と記入するようにとイーリアに教わった。ちなみにおっちゃんは共同開発技術者になる。

 残る問題は利益の割合なんだけど。


「俺が教えた製品の販売利益、その一割でどうでしょう?」

「アホか、そんなケチくさい真似できるか。四割持っていけ」


 おっちゃん曰く、こういう所でケチッたら余所からもっといい条件で専属契約しないかと煩いらしい。

 普通の契約なら一割か二割でも問題無いけど、専属契約となると話は別。余所からの勧誘や接触を回避するには最低でも三割は必要なのだそうだが、気前のいいおっちゃんは四割を提案してくれた。

 面倒事は極力避けたいし回避したい俺はイーリアが小声で囁いたアドバイスに従って一度断った後、それでも条件を変えないおっちゃんに同意した。

 一度でも断っておけば、俺が四割も要求したがめつい奴という悪い噂が立たないそうだ。


「ダンジョンマスターのヒイラギリョウ様とプゥサ木工店のベアング様ですね。では、ダンジョンカードとお二人の身分証をお願いします」


 出発前にイーリアから必要だと教わっていなかったら、ひょっとすると身分証を置いてきたかも。

 それにしてもこのおっさん、ベアングって名前だったのか。某やきそばと似ている名前だから、一瞬笑いそうになった。ちなみに店の名前は先々代の女性店主の名前らしい。

 マジックバックから取り出したダンジョンカードと身分証を渡し、しばし待つと二つとも返してもらえた。

 最後に専属契約についても記入し、契約魔法のために塞がって間もない傷がある指を切り、血判を押して契約を交わした。

 はぁ、また治療しなくちゃな。


「これでこちらの登録は終わりました。ヒイラギ様、今回契約した副業の収入は口座の方に振り込まれますので」

「口座?」


 いつの間にそんなのを作ったのかと首を傾げていると、ルエルが教えてくれた。

 ダンジョンカードにおける口座はダンジョンを開いてからでないと開設できないが、副業は契約さえすれば口座が開設される。

 ただし、あくまで副業用の口座だからダンジョンでの収入はこちらに入らないそうだ。

 入っている金額の確認や引き落としはダンジョンカードで行えるらしく、確認だけなら自分の所のダンジョンコアでもできるようだ。


「副業の税金は、こちらの口座から引き落としでよろしいでしょうか?」

「お願いします」

「承知しました。では次に、住人管理ギルドへこちらの書類を提出してきてください」


 渡されたのは今回の契約による、おっちゃんの木工品店の金が一部ダンジョンギルドの俺の口座へ入る届出だ。

 これを住人管理ギルドに提出しておかないと、おっちゃんの店に脱税疑惑が浮上してしまうため、絶対に届けてほしいと言われた。

 色々と細々したことが書かれているけど、よく分からないからイーリアにチェックしてもらった。

 細かいことを考えるのが苦手だと言う、おっちゃんも同じくだ。

 俺のはともかく何でおっちゃんのもとブツブツ言っているけど、大事な副収入に関わるからちゃんとチェックしている。


「問題はありませんね」


 イーリアからのお墨付きも貰い、すぐに住人管理ギルドへ向かう。

 そこの商業課で書類を提出し、また別の書類に必要事項を記入させられることになった。

 必要な事なんだろうけど、もっと手続きを簡潔にできないのだろうか。

 おっちゃんも面倒そうな表情をして半ば殴り書きで記入をしている。


「えぇい、相変わらずお役所ってのは面倒な手続きばかりさせやがって」

「激しく同意です」


 元の世界で社会人になって独り立ちとかしても、こういう面倒な手続きがあったんだろうか。

 今となっては知る由も無いけど。


「……はい、確かに受け取りました」


 ようやく書き終えて提出した書類に受付の垂れた犬耳女性が目を通し、印鑑を押している。

 これでやっと終わりかと思ったら、番号札らしき木札を渡されて少し待っているように言われた。

 女性は少し作業をすると奥の方へ行き、上司らしき人に印を貰うと、今度は商業課から出て別の部署へ書類を持っていってしまった。おい、ひょっとして必要な部署の判を押してもらいに行くのか……。

 しばらく待った後に戻ってきた女性から呼び出され、記入した書類の写しを俺とおっちゃんに控えとして手渡された。

 印鑑を押す場所に目を向けると、色んな部署からの判が押されていた。

 そしてここでも専属契約についても記入し、契約魔法のために指を切って血判を押した。だから痛いっての!


「これにて契約の手続きは終了です。本日はありがとうございました」


 明らかな作り笑顔とマニュアルそのままのような挨拶に若干の苛立ちを感じながら、俺達は住人管理ギルドを出た。


「じゃあ俺は帰るぜ。あのセイロってのを作らなきゃな」

「頑張ってください。しばらくしたら、新しい案を持っていきますから」

「頼んだぜ!」


 満面の笑みで親指を立てるおっちゃんに苦笑いを送り、改めてダンジョンギルドへ向かう。

 なんだかんだで時間が掛かったから、もうすぐ昼だ。

 イーリアの勧めで昼食はギルドの食堂で済ませ、その後は内定者達が来るのをギルドのロビーで待つことにした。


「へぇ、結構美味いんだな」


 値段も安めの割には良い味をしている。

 不満があるとすれば、やはり米がパサつき気味な点だな。

 育て方か保存方法の問題なのか、それとも品種の問題なのか。

 「異界寄せ」で向こうの白米を取り寄せてもいいけど、貴重な一回を食事の為だけに使ってもいいのだろうか。それに一回で十キロが限度だから、何日分になるだろう。

 いっそのこと苗か何かを取り寄せて、一年計画で育ててみるかな?


「どうなさいましたか?」

「いや、「異界寄せ」で元の世界の米をなんとかできないかなって」

「こっちとは違うんですか?」

「まぁな」


 なんにしてもすぐに解決できる問題じゃなさそうだし、もう少し熟考してからでもいいか。

 少しでも水気を与える為にスープに米を突っ込んで流し込み、今日の昼食は終了。イーリアが食べ終わるのを待ちながら、出入り口に目を向ける。

 真面目そうなローウィとかユーリット辺りが、指定した時間より早めに来るかもしれないからな。


(……噂をすれば、か。意外な奴が一番乗りだな)


 真っ先にダンジョンギルドにやってきたのは、大きな鞄を両手で持ったアッテムだった。

 重さでフラつきながら入ってきて、壁際に寄って俺達を探しているのか辺りをキョロキョロしている。

 魚鱗族なのに、まるでご主人様を探す犬みたいに見える。

 ちょうどイーリアも食べ終わったみたいだし、迎えに行ってやるか。


「イーリア、一番乗りが来たぞ」


 それだけ伝えて出入り口付近にいるアッテムに視線を向ける。


「えっ、もう来たんですか? まだ時間はだいぶありますよ?」


 早過ぎるのもなんだけど、遅れて来るよりはマシだろう。

 イーリアが食器を片付け終えるのを待って二人で迎えに行くと、向こうも気付いたらしく背筋を伸ばして頭を下げてきた。


「こここ、こんにちは。あの、他の人、は」


 相変わらずガチガチだ。もうちょっと肩の力を抜けばいいのに。


「まだ来ていません。ちょっと早いので、そこに座って待ちましょう」

「は、はひっ」


 手前の空いている席に着いたはいいけど、やっぱりアッテムさんは肩に力が入り過ぎている。

 初日だから力が入るのは分かる。でももうちょっと落ち着いていてほしいな、最年長者なんだし。


「詳しい話は内定者が集まってからします。もう少しお待ちください」

「わきゃり、ました」


 ううん、これは落ち着いてとか言ったところで効果が無さそうだ。逆に力が入って貧血かなにかで倒れると思う。

 ここは何も声を掛けない方がいいか?

 それはそれで静けさで勝手にプレッシャーを感じて倒れそうだけど。

 ならここは、アッテムさんじゃなくてイーリアと喋っておくか。


「イーリア、全員集まる前にこの後の予定を確認しておこう」

「はい。まず皆さんが集まったらこの場で雇用契約を交わしまして、その後ヒイラギ様に皆さんの雇用手続きを……」


 内容からして無視しているようには思われないし、先に今後の予定を知っておけば余計な緊張もせずに心の準備ができるだろう。

 そんな事を考えながら話を聞いているうちに、山登りにでもいくようなデカイリュックを背負ったローウィ、二つの鞄を両肩にかけてきたユーリットが到着した。


(残るは……リンクスだけか)


 正直、あいつがどんな格好で来るのかとても気になる。

 なにせ面接に女装で来るくらいだからな、そういう趣味なのは分かるけど理解は難しい。

 まぁ、ちゃんと仕事してくれれば構わないけど。


「あっ、来たみたいですね」


 イーリアの言葉に入り口を見ると、そこには白ワンピースに麦わら帽子をかぶり、キャリーバッグのような物を引いたリンクスがいた。

 あいつは何か狙っているのか? 周りにいる男達の視線を集めて、からかって楽しんでいるのか?


「お待たせしました。ちょっと荷物を詰めるのに時間が掛かっちゃって」


 今日はツインテールじゃなくて自然に下ろしているだけの髪を分ける仕草に、周囲の男共から小声で可憐だの美しいだの呟いている。お前ら、こいつは男でしかもインキュバスだからな?

 なんかユーリットも見蕩れているから、現実を突きつけてやるか。


「いや、まだ時間は大丈夫だ。じゃあ全員揃ったし、これから一緒に仕事をするから来た順番で自己紹介してくれ。名前と種族、それと何か一言」


 さぁ、リンクスが種族を明かしたらどうなることやら。実はちょっと楽しみだったりする。


「ささ、最初は私から、ですね。魚鱗族、のアッテム、です。ちょっと照れ屋、ですから、喋るのは、上手くあり、ませんけど、よろし、く、お願、いします」


 相変わらずのガチガチ挨拶だな。

 最年長なんだからしっかりしてほしいんだけどな。


「狼人族のローウィと申します。戦闘の腕前と家事には少々自信があります」


 さっぱりとした挨拶だな。

 背筋を伸ばした姿勢で挨拶したのはいいけど、もうちょっと喋ってもよかったのに。

 まぁ、これから長く付き合うんだし、おいおい分かり合えばいいか。


「ユーリットです。カーバンクルで薬学を修めています。それと水と火の魔法も少々使えますので、必要な時は言ってください」


 これはいい挨拶じゃないのか?

 水と火の魔法と聞いて真っ先にお湯を連想して、風呂にお湯を溜めるユーリットが思い浮かぶ。肝心の風呂桶はまだ無いけど。

 さて、遂にリンクスの番か。周りはどんな反応を見せてくれるかな?

 おっ、イーリアもちょっと楽しみにしていそうだ。


「ボクはリンクスです。種族はインキュバスで裁縫が得」

『えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?』

「ひぇっ!?」


 やばい、めっちゃ笑いたい。

 周りにいる男達が驚きの声を上げて立ち上がってやがる。

 特にリンクスの隣にいたユーリットなんか、立ち上がって茫然自失みたいな顔をしている。

 アッテムとローウィさえ、本当に男なのかという視線を向けているし。

 イーリアに至っては腹筋を押さえて前屈みになり、必死に笑いを堪えている。

 気持ちは分かる、分かるぞ。


「勘違いしていたみたいだけど、確かにリンクスは男だから」


 こみ上げる笑いを抑えながらユーリット達に説明すると、本当なのかって目で見てきた。

 一部、男に負けたとか言って崩れ落ちている女性の姿も見える。


「ほら、ユーリット座れ。雇用契約を結ぶからさ」


 どこか納得できていないみたいだけど、優先順位は雇用契約が先だからな。

 立ち上がっていたユーリットが着席するのに合わせて、俺とイーリアは数枚の書類を配る。

 契約魔法を施してる雇用契約書、住み込み用の住居契約書、それとダンジョン内に配置されて冒険者との戦闘で命を落とした際に備えての承諾書、その他諸々。

 これらに署名をしてもらい、最後に受付で手続きをすれば四人は俺のダンジョンの職員となる。


「署名場所はここ、血判が必要だからよろしく」

「あっ、でしたら傷にはこれをどうぞ。僕の作った軟膏です」


 ほう、さすが薬師だけあって準備がいいな。

 契約には俺の血判も必要だから指先を傷つけて血判を全てに押したら、早速この軟膏を塗ってみた。

 あっという間に傷が塞がることは無いけど、ジワジワと塞がりだして皮膚も修復されていく。この程度の切り傷なら数分で治りそうだ。


「いい効き目だな」


 効果を目の当たりにして、リンクスとローウィとアッテムも傷口に軟膏を塗る。

 傷が治っていく様子を見て驚いているけど、一見すると女子グループがハンドクリームを試しているように見えるのは何故だ。


「全員書けたか? 書けたなら提出するぞ」


 頃合を見計らって声を掛けると、順々に返事と共に書類を差し出してくる。

 すぐにチェックをして書き漏らしが無いかを確認して、イーリアにも見てもらってダブルチェックする。

 大事な書類だから、確認は徹底しておいて損はないからな。

 さすがにダンジョンギルドで仕事をしていただけあって、慣れた手つきで俺より素早くチェックをしている。


「大丈夫です。問題ありません」

「分かった。じゃあ、ちょっと頼む」


 この場をイーリアに任せ、書類とダンジョンカードを受付に提出する。

 前にちょっとお世話になったラミアの受付嬢が書類とダンジョンカードを受け取り、手続きを進めていく。


「ヒイラギ様、今回の手続きに伴い、お雇いになられた四名様の口座を作りました。こちらの四名様のお給料は口座振込みになさいますか?」


 こっちの世界にも口座振込みがあるのか。

 本当に変な所で現実的だから、たまにここが異世界って感じがしなくなるんだよな。

 それはともかく、ここは口座振込みにさせてもらうかな。手渡しも悪くないと思うけど、今後の事を考えたらその方が楽だし。


「じゃあ、口座振込みで」

「承知しました。では、ダンジョンの税金と一緒にお支払いいただくという事になりますので」

「はい」

「それと支払う給料額は、記録を取る意味でも振込み日に記入をしていただきます」

「はぁ……」

「そうだ! ダンジョンを開いた際にヒイラギ様のダンジョン用の口座を作りますけど、手続きさえしてくれれば毎回ギルドへ来ていただかなくとも、ダンジョンコアからの操作で振り込む金額を指定できますよ」

「えぇ……」

「そうしていただければ、こちらでヒイラギ様の口座から指定した金額を指定した口座へ移すことができます。ちゃんと振り込まれたかどうかは、ダンジョンコアから確認ができますのでご安心を。では、ご希望される場合はこちらにご記入をお願いします」


 新たに出された書類を見て思った。本当に俺はダンジョンマスターなんていう、ゲームにでも出てきそうな仕事をしているのかと。

 これじゃあ元の世界の企業立ち上げとかと変わらないんじゃないかって思う。

 実際の企業立ち上げが、どれだけ大変か知らんけど。

 でも、最初からある程度優遇されている俺よりは大変だというのは分かる。

 それに比べれば、俺が今書いている書類とかなんてマシな方か。

 そんな事を考えながら記入した書類を提出してこれで終わりかと思ったら。


「最後に、こちらをお渡し致します。まずこちらが、お雇いになった四名様の口座カードになりますので、ご本人様にお渡しください。それと、こちらの書類を住人管理ギルドへ提出してください」


 また書類を住人管理ギルドへ届けるのか……。

 書類は今回採用した四人分のダンジョン勤務証明書のようだ。

 これを提出しないとダンジョンギルドと住人管理ギルドの間で、税金に関する問題が浮上してしまう。それを回避するためにも、必ず提出するようにと釘を刺された。

 なんで俺がと思ったけど、ダンジョン勤務証明者として俺の署名とダンジョンカードの提出が必要なようだ。

 書類と一緒に返還されたダンジョンカードを受け取り、待っているイーリア達の下へ向かう。


「すまない。住人管理ギルドにも用事ができたから、一緒に来てくれ」

「はい……」


 理由に思い当たる節があるイーリアがそっと目を逸らした。

 こいつ、まさか俺に今回の手続きについて教えるのを忘れていたな? デコピンの刑執行。


「いったあぁっ!?」


 額を押さえて蹲るイーリアを余所に、口座カードを四人に渡して用途の説明をしておく。

 もし預けたいお金があったら預けておくように伝えると、ローウィを除く三人が親から貰った祝い金を自分の口座に振り込むため受付へ向かった。

 たった一人だけ残されたローウィは、祝い金は用意してくれたらしいけど、家の財政上受け取らなかったと遠い目をしながら教えてくれた。

 掛ける言葉が見つからない俺は、慰める意味で頭を優しく撫でてやった。どういう訳か真っ赤になって飛び退かれたけど。


「こちらをお願いします」

「はぁい」


 場所をダンジョンギルドから住人管理ギルドに移し、ダンジョン勤務証明書と俺のダンジョンカードを受付のコボルトという種族の女性に渡し、手続きが終わるのをしばし待つ。

 その間に今日の歓迎会のメニューを考えておこう。

 料理は今日手に入れた蒸篭を使った蒸し物を出す予定だ。

 肉と野菜、魚は川魚しかないからちょっと避けておいて、後は茶碗蒸しぐらいだろうか。

 でもこれだと木工品店で作ったのと変わらないから、他に何かないか考えてみる。

 するとある料理が浮かんだので、それで行こうと決めた。それに必要な材料もあったはずだし、ちょうどいいか。


「お待たせいたしました。手続きが完了しましたので、申請していただいた四名の税金は今後、ダンジョンギルドの方で対応することになりました」


 返還してくれたダンジョンカードを受け取って大事にしまっておく。

 これでようやく契約とかに関する事は終わった。さぁ、ダンジョンへ帰ろう。


「では、これよりダンジョンへ案内します。荷物を忘れないよう、気をつけてください」


 四人を引き連れ、俺のダンジョンまでの道を行く。

 人間が複数の亜人を連れ歩いているからか、周りからの注目も普段より少しだけ多い気がする。

 そのせいか、上がり症のアッテムが落ち着き無くキョロキョロしている。ちょうどいい訓練だと思って放っておこう。

 他の三人は特に気にすることなく付いて来ているけど、心なしか視線がリンクスに多く集まっている気がする。特に男からの。


「さぁ、ここが君達の職場だ」


 視線を全てスルーして、ダンジョンの居住部へ到着した。

 全員緊張した面持ちで居住部へ足を踏み入れて、思ったよりも普通な中の様子に表情が和らいだ。いったいどんな室内を想像していたんだ?


「イーリア、ローウィとアッテムを部屋へ」

「はい」

「リンクスとユーリットはこっちだ」


 男女別に用意した部屋へ案内すると、ユーリットは下の段のベッドに二つの鞄を置いて机の上の広さを確認している。製薬用の道具が置けるかを調べているのか?

 リンクスはキャリーバッグを壁に立て掛け、ベッドの上の段へ上っている。

 おい待て、お前男だけど今はワンピース姿だろうが!

 見たくもないけど、チラッと見えた下着は女物じゃないのか!?

 そこまで拘ってんのかこいつ、というか買える度胸が凄い。


「どうかしたんですか? マスター様」

「いや……色々とあって頭痛が」


 なんだか、この部屋でこの二人を一緒に住ませていいのかと思ってきた。

 まぁいいか、運営に影響するような変な事をしなければ。

 俺はそう割り切って、マジックバッグから蒸篭を取り出して台所に置き、バッグは自室へ片付けておいた。

 この後には洗い場兼水浴び場の井戸とトイレを案内して、最後に司令室へ連れて行った。


「おぉ……凄い」

「ここがボク達の職場……」

「なんだか私、場違いのような……」

「曾お祖父ちゃん、も、こんな、場所で、働いていた、のかな?」


 初めて見る光景に四人とも驚いている。

 まだ稼動していないからコア以外なら触ってもいいと伝えると、思い思いの場所で設備を弄ったりし始めた。

 まるで新しい玩具を手に入れた子供みたいだ。

 ここに来たばかりの俺も、こんな感じだったのかな?


「あの、主様? あちらの扉は?」


 育成スペースへの扉に気付いたローウィの指摘に、他の三人も扉の存在に気付く。

 司令室でこれなら、魔物達の訓練を見せたらどうなるか。

 今日は自主練習をしているように言っておいたけど、何をしているのやら。

 ちょっと楽しみにしつつ、育成スペースの説明をして四人を案内する。


『ゴブアァァァァッ!』

『ギィィィッ!』


 ゴブリンとオーク、キラーアント、ロックスパイダー、スライム、ナイトバットが二組に分かれて連合を組み、合戦をするかのように激突していた。

 審判をしているっぽいパンプキンゴーストは合戦の様子を眺め、ウルベロスとベアタウロスはその傍らに控えている。

 あまりの光景に四人どころかイーリアまで呆然として訓練の様子を眺めている。

 これは訓練と言っていいのか? 集団戦と考えればまだ納得できるけど。

 そういえば、バイソンオーガはどこだ?

 合戦の中にもおらず、審判をしている様子も無いので探してみると。


「ブオォッ!」


 流れ弾もとい、投石ゴブリンの流れ石から鴨達を守っていた。


「クアッ」

「ブオ」


 一羽の鴨がお礼を告げるように鳴くと、バイソンオーガは表情を緩めて鴨を眺めていた。


「……バイソンオーガ、お前って」

「ブアッ!?」


 俺達の存在に気付いて慌てふためくが、また石が飛んでくるとそっちを優先して叩き落す。

 見た目によらず可愛い系生物が好きなのか、それとも見た目どおり男気があるのか、俺には判断がつかない。

 表情が緩く見える点から、おそらくは前者だと思う。

 とりあえずあいつの事は置いておいて、皆にこれを見てどう思うか聞こうとしたら、我先に感想を口走りだす。


「なんですか、あの泳いでる可愛い鳥は! はうぅぅ、お持ち帰りしたいです!」

「す、凄い訓練ですね。母の勤めている警備隊でも、あそこまでの訓練は見たことがありません」

「えっ、なに? なん、なの。あんなスケル、トン、知らな、い」

「えっと……魔物って違う種族間でも共闘するんですか?」


 鴨を目にしているリンクスは完全に乙女の表情だ。お前、自分で男だって言っている自覚あるか?

 ローウィ、こんな訓練は俺は指示していない。あいつらが自主的にやっているだけだ。

 二体のスケルトンに対するアッテムの意見は尤もだ。何せ新種認定されたぐらいだからな。

 そして三人につられて質問をしてきたユーリットよ、普通はもっと時間がかかるんだそうだ。使役スキルを持つ俺だから、短期間で協力体制を築けたんだ。


「……居住部に戻って研修についての説明をしよう。イーリア、説明を頼む。俺は歓迎会のために準備することがあるから」


 感想を聞く必要も無いみたいだし、次に予定している研修についての説明はイーリアに投げておこう。


「承知しました。では皆さん、居住部へ戻りましょう」


 よほどの衝撃だったのが、四人は居住部へ戻る最中に何度も訓練の様子や鴨を眺めている。

 リンクス、そんなに鴨を一羽欲しいって表情をしてもやらないぞ。


「ではこれより、今後の研修について説明します」


 四人への説明をイーリアに任せた俺は、台所で歓迎会に出す蒸し料理の仕込みに入る。

 肉と野菜はあるし、茶碗蒸し用の卵も出し汁も残っている。

 よって俺が準備するのは歓迎会用に考えた、ある料理のための準備だ。こいつは少し時間をかけるからな。

 説明と質疑応答をやっている間に仕込みを終わらせて、俺も途中からだけど説明の場に参加した。

 するとさっきの魔物や鴨の事についての質問が飛び交い、それに答え終わると次はそれぞれの役割についての質問をされた。

 特にローウィはゴブリンに武器の扱いを教えるとあって、少々戸惑っている。


「ほ、本当に私なんかでよろしいのですか?」

「お前じゃなきゃ駄目なんだよ。確かに熟練度は低いけど、スキルを得ている以上は基本は押さえているんだろ?」

「えぇ、まぁ……それぐらいは」

「それをゴブリン達に叩き込んでくれ。投石ぐらいなら俺でもなんとかなるけど、他の武器の扱いは素人なんでな」


 基本さえ押さえてくれれば、後は訓練と実戦で鍛えればいい。

 当面の目標は、ゴブリン達がそれぞれの戦いに合わせたスキルを得てくれることだからな。


「分かりました。全力で務めさせていただきます」

「頼むぞ」


 しっかりした性格だし、仕事はちゃんとやってくれるだろう。

 問題が発生するとしたら、真面目そうだから余計な事で悩みそうだって点ぐらいかな? そういう時はこっちでフォローしてやらなくちゃな。

 さてと、ユーリットとリンクスは自分の役割については問題無いって事だけど、アッテムはどうだ?


「あああ、あの、冒険者、の解析と、交渉での、看破はともかく、わわ、私が、イーリアさんに次ぐ、補佐です、か?」


 当初は解析と看破を生かした部分的補佐の予定だったけど、ダンジョンについての知識があると聞いて役目を追加した。

 俺やイーリアが何かしらの理由でいない場合に備えての、ナンバースリーとして四人のまとめ役になってもらうことだ。

 これはダンジョンに関する知識を持ち、年長者だからこそ任せたい。

 上がり症なのは分かっているけど、だからといって遊ばせている余裕は無い。

 研修の間に少しでも自信を持ってもらえれば、きっといい右腕的存在になると思う。多分……おそらく……。


「自信がありません!」

「研修中につけてもらうから安心しろ」

「安心できません!」


 本当にテンパると饒舌になるな。

 こうは言っているけど、こっちは期待しているんだ。悪いけどその自信の無さは無視して、有無を言わさず鍛えさせてもらおう。

 さて、今日はここまでにして明日からに備えるか。


「じゃあ皆、歓迎会を兼ねた夕食までは自由時間だ。荷物の整理をして、忘れ物があったら今のうちに取りに行ってくるように。それと魔物達の訓練を見学してもいいけど、邪魔はしないように」


 伝えるべき事を伝えて、俺はイーリアと共に一度司令室へ向かう。

 なんか後ろでアッテムがまだ文句を言いたげだったけど、スルーして司令室へ入って四人の登録をする。

 コアにアクセスして雇った四人の情報を見ると、ダンジョンギルドにて手続きが終了した旨が表示されている。

 その下の方にダンジョン勤務者として登録しますか? という問いかけに了承で回答して、コアに四人を正式登録する。

 これである程度の事は権限が与えられたから、もしも俺がいなくとも侵入者への対応ができるようになった。

 次に魔物の様子を確認すると、前に見たときは付いていた【未】の表示が消えて、盾ゴブリンの十体が踏ん張りスキルを習得していた。


「よし、これで防衛力が少しだけ上がったぞ」


 相手の攻撃を抑える術を一つ手に入れただけでも、侵入者撃退には役に立つ。

 これに加えてそれぞれの武器のスキルを習得すれば、防衛力はさらに増すはず。

 さらに調べてみると、バイソンオーガとパンプキンゴーストも新たなスキルを身につけようとしているのが分かった。

 ついでだから、どんなスキルなのかも確認しておこう。



 名称:バイソンオーガ

 名前:なし

 種族:オーガ

 スキル:斧術 広視野こうしや【未】


 広視野:熟練度に応じて広い範囲が見えるようになる



 名称:パンプキンゴースト

 名前:なし

 種族:アンデット(ゴースト)

 スキル:死霊魔法 闇魔法 眷属強化【未】

 種族スキル:無属性物理攻撃完全無効化


 眷属強化:従属させている同系統の種族の能力を強化する

      熟練度により強化が上昇



 フロアリーダーになる二体が新たなスキルを習得しそうなのは朗報だ。

 どうやら、前にバイソンオーガが背後からの攻撃を避けられたのは攻撃を読んでいたんじゃなくて、このスキルを習得しかけていたからだったようだ。

 今日だって鴨を守るために色んな角度からの流れ石を余裕で捌いていたっけ。

 それとパンプキンゴーストのも、なかなかに強力だ。

 従属している同系統の種族ってのは、おそらくベアタウロスとウルベロスのことだろう。

 この二匹はダンジョンマスターである俺の配下にいるけど、パンプキンゴーストが死霊魔法で生み出した従魔でもある。

 その能力を強化するのなら、複数で戦わせている甲斐があるってもんだ。


「なんか凄い事になりそうだな」

「そうですね。特にバイソンオーガが広視野スキルを手に入れるなんて珍しいです。記録上は二百六十四年前を最後にありません」


 一応過去に記録はあるのか。

 だったら共通項を見つけられないかな? そうすればスキル習得の条件が分かるかも。


「共通項ですか? ちょっと待ってください」


 魔石盤を使って調べていくと共通項があったらしく、それを見せながら説明してくれた。


「分かりました。どうやらヒイラギ様と同じように、複数を相手にさせての訓練を長期に渡ってさせていたようです」


 なるほどね。

 だとしたら複数を一度に相手することで、徐々に視野が広くなってきて広視野スキルに繋がった。というところか。

 でもこっちの記録だと、俺よりも随分時間が掛かっているぞ。

 俺にあってこの記録に無いのは……そうか、持っている斧の数か。

 過去の記録のバイソンオーガは、元々持っていた柄の長い一本の斧。それに対して俺のバイソンオーガは柄の短い二本に持ち替えさせている。

 これによって動作に無駄が減って、その分周りを見ることができていると考えれば、俺の方が習得が早いのも合点がいく。

 すぐにこの仮定をイーリアにも話してみると、また崇拝の眼差しを向けてきた。いい加減にしてほしい。

 こういう時は話題を逸らすに限る。なんだかんだで時間が掛かったから、もうすぐ夕食の時間だ。


「さて、そろそろ料理の準備をするかイーリア、手伝ってくれ」

「はい!」


 居住部に戻ると、リビングでアッテムとローウィとリンクスがお茶会をしていた。ユーリットは部屋の中か?

 男一人と女二人のはずなのに、リンクスの格好が格好だから女子会にしか見えない。

 どうやら仕事について喋っているようで、アッテムが自信なさげに俯いていた。そんなんじゃ困るんだけどな。

 どうやって自信を持たせようか考えつつ、イーリアと分担して肉と野菜を切っていく。

 それと平行して、別に用意した肉と野菜を細かく切り、ひき肉とみじん切り野菜にして混ぜ合わせておく。


「あの、お手伝いしましょうか?」


 料理スキルを持つローウィが名乗りを上げるけど、今回の主役は彼女達だから却下して座らせる。

 さてと、さっき仕込んだのは……うん、ばっちり。

 仕込んでおいたのは小麦粉に水と塩を加えてこねて、しばらく寝かせておいた生地。

 この生地を細長くして厚めに切り、それを円状に薄く延ばす。

 上手くできなくて少し不恰好になったけど、ご愛嬌ということで。


「ヒイラギ様、これをどうなさるのですか?」

「こうするんだ」


 さっき混ぜ合わせておいたひき肉とみじん切り野菜を生地に乗せ、二つ折りにして包んでいく。

 そう、これは餃子。今回俺が新たに蒸し器に投入するのは蒸し餃子だ。

 やり方を見て調理方法を理解したイーリアと共に餃子を量産する。

 準備を終えたらイーリアにお湯を沸かしてもらい、俺はその間に茶碗蒸しの準備をしておく。

 お湯が沸いて蒸しの準備ができたところで肉、野菜、茶碗蒸し、蒸し餃子を蒸篭に入れて蒸しを始める。

 さらに追加分も準備をしておいて、後は蒸しあがるのを待つだけだ。

 初めて見る調理器具にローウィが興味を示したのか、身を乗り出すように見ている。


「リンクス、ユーリットは部屋か?」

「はい。呼びましょうか?」

「もう少ししたら頼む」


 まだ蒸しあがるには時間があるからな。その間にもう一品作っておこう。

 イーリアはサラダを作っているから、俺は野菜と肉の切れ端、それと米を使わせてもらおう。

 人数を考慮してか、台所で使える火は二箇所。一方は蒸し器があるから、もう一方でそれを作る。

 朝の残りの冷ご飯に野菜と肉をぶち込んで炒めた、要するにチャーハンだ。

 こっちの米はパサついているから、そのまま食べるのは辛い。でもチャーハンにするには適している。

 前に一度試して確認はしたから間違いない。


「そろそろできるかな? リンクス、ユーリットを呼んでくれ」

「わかりました」


 蒸し物の方も出来上がったみたいだから、ユーリットを呼んでもらう。

 どうやら早くも薬の調合をしていたみたいで、白衣姿で出てきた。こっちにも白衣はあるんだな。

 料理をテーブルの上に並べると、蒸し料理とチャーハンを見たことが無い四人の視線が料理に突き刺さっている。

 特に貧しい生活をしていたローウィは肉をガン見している。


「ではこれより、歓迎会を始めたいと思います。ヒイラギ様、どうぞ」


 これはさっさと食事に移行した方がいい流れっぽいから、早々に挨拶を終わらせよう。


「当ダンジョンは君達を歓迎する。新たな仲間の加入に、乾杯!」

「「「「「乾杯!」」」」」


 乾杯と言っても用意したのは酒じゃなく、果汁を水で割った物かお茶だ。

 こっちの世界では俺も成人年齢だけど、やっぱり抵抗があるからノンアルコールで固めた。

 尤も、ローウィは家庭環境の事もあって酒を飲んだことが無いからと辞退している。アッテムはあまり酒は好きじゃなく、ユーリットも弱いからと辞退。残るイーリアとリンクスは飲めるには飲めるけど、俺達に合わせてくれた。

 その分、全員が食事にガッついている。


「あぁぁ、久し振りのお肉です。家族を差し置いて、私だけ食べていいんでしょうか」

「美味しい、です。この、茶碗、蒸しって、いうの」

「うわっ、このチャーハンって美味しいですね。米はパサパサして苦手だったんですけど、これならいけます」

「マスター様、これはどういう調理なんですか? 煮ても焼いてもいないみたいですけど」

「うぅん、二度目ですけど美味しいです。特にこの蒸し餃子が」


 お気に召してくれたようでなによりだ。

 特にローウィは泣きながら食べている。いや、あれは家族を差し置いて肉を食べている事と、久々の肉の味に感動しているのが混ざっているだけだな。

 さて、明日からはこの六人で働くのか。

 とりあえず早急に決めるべきは……夜のローテーションかな?


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