7話 兆し 2
遅くなりました。
本日の1回目の更新です。
「さて、本日よりお嬢様には魔法の授業を開始させて頂きます。」
「え?」
「え?・・・こほん、旦那様よりお聞き及びではないですか?少々早いかとは思いますが、魔法の基礎は早く始めた方が良いですからね。」
魔法、魔法と言ったよ、この人。
折角の異世界の転生、あまりまだ世界の事は分からないけれども、どうせならロマンがあった方が良い、そうロマン、それは魔法!
そんなアダーラの祈りを誰かが聞き届けたのか、魔法の基礎なる授業が始まった。
新たな授業が増えた事で、ウェズルとムルジムの部屋を訪れる時間は減らされてしまうが、ロマンの授業だ。
涙を飲んで我慢をしよう、お姉ちゃんはきっと素晴らしい魔法使いになるわ!
やる気があるのは良い事である。
「まずは、自分の特性がどこにあるのかを知りましょう。」
そう言って家庭教師の女性は、アダーラの手を両手で包むように握った。
彼女によると、彼女が発する力を受けて、どれをもっとも強く感じるか、これが一番原始的で簡易な魔力特性を調べる方法なのだそうだ。
そして彼女は微弱ながら火、水、風、土の魔力特性があるそうだ。
「あまりに弱くて、特性調査くらいにしか使えませんがね。」
と彼女は語る。
「お嬢様は素晴らしい色彩をお持ちですから、きっと良い魔法使いにおなりでしょうね。」
眩しそうに微笑みながら彼女はアダーラに言う。
「しきさい?いろ?それがまほうにかんけいするのですか?」
「勿論です。色彩は魔力特性を表します。これは魔法の基本です。」
特に髪の色に顕著に表れるのだそうだ。
「旦那様は素晴らしく強い特性をお持ちですが、一つの特性しかお持ちではありません。奥様は複数の特性をお持ちです。強くは働きませんが非常に広い範囲に影響をもたらします。」
確かに父様の御髪はとても綺麗な夕焼けの色だものね。
思わず漏れた独り言に、満足げに微笑まれてしまった。
「同じ特性を持つ者が必ずしも同じ色を持つものではありません。ですが単色であれば特性は一つ。これは絶対です。」
父はとても強い氷の魔法を使うと言う事だ。
こまかいコントロールはその力の強さ故か苦手なようで、戦場を凍土に変え戦局をひっくり返すような事もあったとの事である。これは最近アダーラの側使えをしている事の多い従僕マルカブからの情報だ。
その後1週間ほど昏倒して使いものにならなかったと、オチまでつけて語っていた。
強い資質があっても、体も心も鍛えておかなければ諸刃の剣だ。
若気の至りとは言え、父もそこから鍛錬の重要性を学んだそうである。
「それでは、始めましょう。」
どこか重々しく、家庭教師は言い、アダーラの手に魔力を注ぎ込みだした。
確かに、ふわりと熱を持ち出した手の平からは、何か流れ込んでくるような、そんな感触がする。
細く薄い糸が通る。
「まずは火の力です。どうですか?」
「おなかのあたりがじんわりとあたたかくなってきました。」
注ぎ込まれたほんのり温かい力はへその辺りに蟠っているのを感じた。
「嫌な感じはありますか?」
「いいえ、とてもあんしんします。」
「よろしい、火の特性をお持ちのようです。では次に水の力です。」
先ほどまで温かさを感じていた手のひらからは、打って変って冷たさを感じる。
澄んだ空気が沁み込むような、朝露に濡れる気配がする。
それをそのまま伝えると、水の特性もあるとの事だ。
「次に風の力です。」
吹き込むように力が流れてくる。
その力に身を任せれば、空へ上がれそうな力。
「最後に土の力です。」
あの日、父と兄の鍛錬を見ていた頃、芝生に寝転んで感じた香り。
包み込む安心感。
そうして、力の一つ一つを感じて魔力特性の調査は終了した。
アダーラが初めての力の流れにまだ正気に戻れずにいると、はぁ、と溜息が零れる。
「さすがです。さすがです、お嬢様。火、水、風、土、すべてに特性をお持ちです。」
そして、と彼女は続ける。
「とても強い力です。私の微弱な力をはっきりと、そして正確に感じておいででした。」
そのまま椅子に倒れ込むように座り、背に体重を預けてしまった。
そしてもう一度溜息をつき、目を瞑る。
「申し訳ございません。私は本当に力が弱く、お嬢様相手では特性調査だけで精いっぱいです。」
反対にアダーラはぴんぴんしている、それどころか調査前よりつやつやとしているようだ。
まるで、家庭教師から生気でも吸い取ったかのようだ。
「違いますよ、お嬢様。」
びくりとアダーラの体が跳ねた。
「私の力はとても、本当にとても弱いのです。それが力の強い相手と魔力を合わせると、吸いこまれるような感じを受ける事があります。私もそれに対して抵抗しますから、それがとても消耗するのですよ。」
少し休めば治りますから、ご心配には及びませんと、弱弱しく微笑みながら、深く息をついていた。
「お嬢様も休憩にいたしましょう。お茶を用意させますね。」
家庭教師の様子に、複雑な笑みを浮かべるアダーラを気遣ってか、マルカブが大袈裟な振りとつけて言った。
「はい、おねがいします。あと先生になにかあまいものをおもちしてください。」
せめて少しでも疲れが取れるように、お願いをする。
この世界で、砂糖はとても希少だ。
金と等価、と言うほどではないが、中々ふんだんに使ってと言うのは敷居が高い。
貴族の屋敷では、甘いものを振る舞うのは一つのステータスとなっていた。
アダーラの家では、南の領地でサトウキビが生産されている事から、他家に比べて気安く提供されている。
とは言え、客ではない家庭教師にも振る舞うと言うのは、やはり外の人間から見れば破格の事である。
「ああ、申し訳ございません。ありがとうこざいます。」
やや回復したのか、家庭教師は少し体を起こして、目の前に並べれた茶と菓子を眺め、マルカブそしてアダーラを見やった。
そして、砂糖漬けの果実と共に出された、一口大の茶色い物体に目が止まった。
「それはお嬢様がお作りになったお菓子です。とても美味しいですよ。」
どこか誇らしげにマルカブは言う。
「つくったのは、わがやのりょうり人です。」
アダーラは幼児が作った訳ではないから安全だとアピールしたつもりであったが、子供であることを差し引いても、貴族の子弟が手ずから調理をするなどまずあり得ない事なので、誰もその心配はしていない。
「かりん糖と、お嬢様が名付けました。」
小麦粉を練って固めて油で揚げて、蜜と砂糖を溶かして衣にした簡単なお菓子だ。黒糖のがアダーラは好きだったが調理場には白砂糖しか見当たらなかったので、こんがりときつね色が鮮やかなタイプのお馴染みのアレだ。
砂糖が希少で高価であることと相まって、この世界にはろくな菓子が存在しなかった。
せいぜい、果実を砂糖や蜜に漬けて保存性を高めた物がお茶請けとして出される程度である。
それをアダーラは嘆いていた。
それはそれは嘆いていた。
目の前に材料があるにも関わらず、それらは材料のまま鎮座しているのだ。
実に嘆かわしい。
嘆いて、嘆いて、食料事情の改革に乗り出す幼児がいても誰も責められないはずだ。
「おいしい。」
かりかりと小気味良い音を立てて、家庭教師は言う。
「油で揚げているのに手も汚れないし、蜜の衣がぱりぱりとして食感も楽しいですね。」
ずいぶんと気に入られたようだ。
また1つと手を伸ばし、お茶を含み、用意された分を完食されてしまった。
これは淑女のマナーとしては、かなり恥ずかしい。
しかしそれを推してでも、疲れた体には沁みる味だった。
「宜しければいくつかお包みいたしましょうか?」
その様子に、マルカブがそっと申し出る。
各言うマルカブはかりん糖の猛烈なファンだ。
疲れた体に沁みるのは身をもって知っている。
恥ずかしそうに、しかしはっきりと頷く姿に、第1のファンを自称するマルカブもどこか嬉しそうだ。
その後、本日の魔力適正の結果を報告されたアダーラの両親は、魔法の授業については、折を見て新たな家庭教師を迎える事となった。
しばらくは座学で基礎を学ぶそうだ。
魔法で氷や炎が使えるのなら、レパートリーが広がりそうね。
魔法を何と考えているのか、ロマンとはかけ離れた事を企む幼児が1人、思い馳せていた。
誤字修正致しました。
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