6話 兆し 1
本日2話目。
最近、兄が私を溺愛する気持ちが分かった気がする。
王国の重鎮たる辺境伯の珠玉、夜闇に輝く令嬢、そんな過大評価な二つ名を実しやかに囁かれるようになったアダーラはそんな事を考えていた。
弟達が可愛くて仕方ないのだ。
日、1日と成長してゆく双子たち。
突然兄の方が1点を見つめたかと思うと、遅れて弟の方も同じ場所を見つめ始める。
かと思えば、一方は猫に興味を示し、一方は犬に興味を示す。
そして一緒に泣き、一緒に眠る。
とにかく可愛いのだ。
黄疸も抜け、子供らしくふっくらとした頬をついついつついてしまう。
兄の方はウェズル、弟の方はムルジムとつけられた。
ウェズルはやや神経質なようで、ちょっとした環境の変化に敏感だ。
反対にムルジムはおっとりとした気質のようである。
そっくりな双子だが、当然別々の人間なのだと言う事を思い知らされる。
そんな事を母が言っていた事をアダーラは思い出す。
「かわいいねぇ」
「可愛いのはアダーラの方じゃないか。」
「ぎゃ!」
一人だと思い安心して呟いた言葉に思いもよらぬ返答が返り、アダーラは女児らしならぬはしたない声をあげてしまった。
「とうさま!おかえりなさいませ」
双子の誕生を見届け、翌日昼には王都へ戻って行った父が何とか仕事の段取りをつけて帰宅したようだ。
街道の途中に替えがいるとはいえ、お馬の皆さまにはご苦労な事だ。
今度厩舎にニンジンでも付け届けをしなくては。
ちなみに先の噂、犯人はこの男である。
この家では父たっての希望により毎年、家族の肖像画を描かせている。
その際に、単身赴任の父が持ち歩けるようにと、小さな肖像画も描かせているのだ。
母もシリウスももちろん愛していて、3枚持ち歩いているのだが、やはり女児は愛しさも心配も格別なようで、事あるごとにアダーラの肖像画を眺めているのだそうだ。
気安くありながらも、己に厳しい辺境伯が、でれっでれに緩んだ顔で小さな肖像画に何やら話しかけているのを目撃したのも1人2人ではないようだ。
そして王の要請があっても、愛娘を王都には連れて来る事は決してなかった。
それらが噂の独り歩きを許しているのである。
アダーラからして見れば、対面した事もない相手にあれこれ噂をされるのは非常に面白くない、まして容姿に対してなど語られたくないのだ。
とは言え、まだこの噂は小さなもので、王に近しい者の間にしか広まっていない。
そしてアダーラの耳にもまだまだ入ってはいないのだ。
現在の所、せいぜい母の悩みの種の一つでしかなかった。
少しずつ、読み書きと礼儀作法を学びだしたアダーラは時間が空くと、双子の元を訪れていた。
そしてぽつりと呟いた言葉を、しっかりと父に聞かれてしまったのだ。
何とも気恥かしい。
「アダーラは弟が生まれて嬉しいか?」
本当に一番嬉しいのは父だろう。
喜びを分かち合う為か、アダーラに訊ねる。
答えなど1つしかない。
「はい、もちろんです。」
それでも、と思う。
心に澱のように積もって行く思いがある。
そんなアダーラに気付いてか、父は先を促す。
「我が家のお姫様はまた別の思いもあるようだね?」
父になら話しても良いかも知れない。
そう思わせる笑顔がアダーラに向けられていた。
「にいさまやかあさまにはないしょにしてくれる?」
「勿論だよ。」
間をおかず返答が降る。
シリウスにも内緒、これが効いたのか、父の顔は心なしか嬉しそうだ。
「わたしね、かあさまともにいさまともおとうとたちともちがうの。」
父はどう思っているのか、聞いても良いだろうか?
迷いながらアダーラは言葉を紡ぐ。
「とうさま?わたしがわたしでも好きでいてくれる?」
アダーラの中の本当の『私』など見せられる訳もなく、抽象的な言葉に成らざるを得ない。
それでも父には何かしら感じ取れたようだ。
「勿論大好きだよ。アダーラがどんなアダーラだって父様は目の前にいるアダーラが大好きだよ。」
知っている、これ以上ないくらい、子供たちを溺愛している父の言葉だ。
知っていたが、目の前で言葉にされる事のなんと嬉しいことか。
思わずアダーラは飛び上がって父に抱きつく。
2歳児の脚力ではせいぜいタックルにしかならなかったが、父はアダーラを抱き上げるとそのまま肩車をして屋敷内を走り出した。
礼儀作法の教師に見つかれば大目玉だが、幸い今日は休みだ。
途中、ハウスメイドの視線を感じた気がしたが父子には関係なかった。
淑女教育を受けている身には少々下品ではあるが、アダーラは父の頭にしがみつき声をあげて笑っていた。
父の少し硬い髪が心地よかった。
やはり少々汗臭くあったが、それすらも心地よい。
アダーラをアダーラたらしめる物は何であるか?
それは正しくアダーラの中にいる『私』の存在ではなかろうか?
もしかしたら、本来アダーラに宿るはずのアダーラの魂を押し退けてしまったのかも知れない。
それでも
浅ましいと思われても良い
この場所を他の誰にも渡したくない
例え本当のアダーラが現れたとしてもだ
今ここで、家族を愛しいと感じているのは間違いなく『私』なのだ。
その晩、父の書斎から唸り声がしたとかしなかったとか、アダーラの部屋からは父の書斎は離れているので、気がつくこともなかった。
誤字修正致しました。
読んで頂けるだけでなく、ブックマークもたくさん頂いて、本当にありがとうございます。
時間の許す限り、がしがし書いていきたいと思っています。