12話 兄と卵とカスタード 1
長らくお待たせをして申し訳ございません。
執筆再開致しました。
本日、シリウスが家を立つ。
とうとうこの日が来たのだ。
アダーラにとっても、シリウスにとっても、一つの試練だ。
とは言え、兄はちょいちょいと帰ってくる気満々である。
反して妹には弟達がいる、姉ぶらねばならぬのであっさりとしたものだ。
それでも、心尽くしの準備はしている。
所詮、3歳児に出来る事などたかが知れている。中身が3歳児でなくてもだ。
出来る事が限られているからこそ、アダーラは思いつく限りの、日保ちのするお菓子を作り兄に手渡していた。
シンプルなサブレ、ドライフルーツを使ったクッキー、マカロン、フィナンシェ、少々お酒を効かせたパウンドケーキ、それら一つ一つにどれくらい日保ちがするのか、どんなお菓子なのか、アダーラの小さな手でメモをつけた。
勿論、実際に作ったのは料理人だが、アダーラもクッキーの成形などは行った。
ちょこちょこと小さな指の形が付いているのが愛らしい。
シリウスは甘い物を喜んで食べた。
それはアダーラが作った物である事、そしてアダーラが好む物だからこそではあるが、それらを差し引いても好んでいるようだった。
兄の為にと、厨房に入り浸りコカブを従え菓子を作るアダーラの姿に、シリウスは胸が温かくなるのを感じていた。
自分の為に何かをしようとする姿がこんなに愛しいと思うものだったのかと、嬉しくなる。
離れ難い、そう思う反面、アダーラを守る力をつける為には早く学びたい、そんな思いをシリウスは感じていた。
「兄さま、兄さま?兄さまはどんなおかしがすきですか?」
ずいぶんと直球だが、シリウスへ贈る菓子のリサーチだろう言葉をアダーラは発する。
アダーラが作ってくれた物なら何でも大好きだよ、そう答えようとして、シリウスはふと考えた。
「この間のプリンが美味しかったな、あれが良いな。」
「え?」
シリウスの最愛の妹から低い低いヒキガエルの様な声が聞こえる。
いや、きっと気のせいだろう、気を取り直し再度プリンのリクエストをしてみる。
今度はヒキガエルはいない、が最愛の妹の声も聞こえない。
聞こえなかったかと思い、もう一度プリンと声をかけようとすると、アダーラは拒絶の言葉を口にした。
「あれはだめです。ばしゃにのせたらくずれてしまいます。」
そうなのかと思いつつも、アダーラの作った物ならば、少々形が崩れても平気だろう。
「ひもちもしないのでダメです。あぶないプリンになります。」
どうやらダメなようだ。
それもその筈だ。この世界での最高級の馬車を使ったとしても、プリンが無事でいられる保証はない。
むしろプリンシェイクになる事は確実だろう。
崩れて表面積の広がったプリンは、ただでさえ腐りやすいものが、さらに加速するだろう。
シリウスは寮に着くなり部屋の確認より先にトイレの確認をする羽目になるかもしれない。
いや、道中のトイレ視察になるだろう。
それはアダーラとしては断固として防がねばならない。
うんうんと、愛らしいうなりを上げてアダーラは悩む。
そんな姿を少々の罪悪感を抱きつつも、その真剣な姿にシリウスの頬は緩む。
プリンの材料で何ができるだろうか?
シリウスが気に入ったと言うのだ、やはり何とかして持たせてやりたい。
そしてアダーラは閃いた。
カスタードつながりで、シュークリームならば道中に食べる事も出来るし、味も似ている。
そして何より、父に氷を作らせれば、危ないシュークリームになる事もなかろう。
「プリンではないですが、タマゴをつかったおかしにしますね。」
方向性さえ決めてしまえば、後は作るのみである。
但し主にコカブが。
当然、ふっくらと膨らまないシュークリームなど論外である。
数時間後、死んだ目をしたコカブが火加減の書き付けをしている横で、アダーラは非常に満足気に微笑んでいた。
ふっくらと美味しそうなシュー生地はぱりぱりとした薄皮で、後は荒熱が取れれば、卵の風味のカスタードクリームを詰めて完成である。
兄様は喜んでくれるでしょうか?
少しの不安と、期待と、達成感の入り混じった興奮で、今晩は寝られないかも知れないと思いつつ、調理器具の片づけを行う。
本来これらも料理人であるコカブの仕事であるが、丸一日アダーラに付き合い未知の料理を作り続けた結果、もはや今日は使いものにならない。うつろな目でぶつぶつと本日の作業の反芻をしている姿は、料理人の鏡ではあるが声をかけ辛い。
洗い物は終わらせているので、後は所定の位置にしまうだけである。
これくらいならば『お嬢様』が行っても問題あるまい。
頃合いを見て、ミラが就寝時間が過ぎている事を伝える。
自室に戻る頃には、アダーラは自分が歩いている事が不思議なくらいの睡魔と闘っていた。
3歳児の体ではまだまだ生理的欲求には勝てないようだ。
とうとう明日、シリウスは旅立ちの日を迎える。
シュークリームは苦手です。
何故か膨らまず、しょっぱい気持ちになります。
「11話 兆し 6」に加筆をしております。
シーンを追加しておりますので、まだお読みでない方良かったらお読みになって下さい。




