閑話―部屋付きメイドの憂鬱
閑話で申し訳ございません。
閑話なのに閑話の長さではないと言う噂。
初めまして皆様。
私はミラと申します。
私はこのメシエ王国で3家ある辺境伯家の内の1家にお仕えさせて頂いております。
広大な御領地は肥沃で、厚かましい隣国からの侵略を度々うけて参りました。
しかしこれも当代様と先代様の御武功により、厚かましい隣国は完膚なきまでに叩きのめされ、良民は昨今では平和な日々を送っております。
隣国側の国境付近は、南方にありながら永久凍土となったなどと風の噂に聞きましたが、メシエの民である私どもには関係ございません。
自業自得であると思う程度はお許し頂きたく存じます。
さて、私の主様について不肖ながらご説明させて頂きます。
現在の私の主様はアダーラ様でございます。
辺境伯家ご長女様でいらっしゃいます。
私は、アダーラ様がお生まれになる数ヵ月前より、当代様に雇い入れられました新参にございます。
当代様は新参である私に対して、お生まれになるお嬢様個人にお仕えするようにとおっしゃいました。
恐れ多い事でございます。
当代様にも、個人にお仕えする使用人がおりますので、愚考するに辺境伯家の習慣であるようです。
ご領地の道に通じ、王都の道に通じ、時勢に依らず御主君にお仕えし、常に寄り添いお味方しお諌めし、そしていざと言うときにはお守り申し上げる、私はその様な使用人となったのだと理解致しました。
表向きはお嬢様の部屋付きメイドと言うことでございます。
そしてお生まれになったアダーラお嬢様は輝くような美しいお姿でございました。
さすが当代様と奥様の御子だと、失礼ながら使用人内でも噂致しました。
そして、お生まれになって一月ほどたった頃でしょうか、お嬢様は私の指をその愛らしい御手で包み、私の顔をはっきりと見て微笑まれたのです。
まるで、私ごときを労うかの様にです。
幼子であっても侮ることがあってはいけません。
ええ、分かっていました、それまではその様に考えておりました。
ですが、恥ずかしながら私はその瞬間まで、言葉だけを知り、意味まで知ってはいなかったのだと、思い知らされました。
それから私は益々、私の持てる全てを尽くし、お嬢様にお仕え致しました。
そしてお嬢様はお健やかにお育ちになりました。
始めての寝返りは、不遜を承知で申し上げますと、シリウス様を押し退けて、それこそかぶりつきでこの目に焼き付けたいと、心の底から、それはそれは強く思っものです。
しかし、アダーラお嬢様がシリウス様に最も心を寄せていることを、このミラは承知しております。
何よりもまずお嬢様第一に、私ごときの矮小な者の野心など、丸めてポイでございます。
ええ、お嬢様、裏庭の見えないところにでも埋めて参ります。
初めてのお言葉は、ああ、やはり『にぃに』でございました。
あ、ちょっと失礼。お話の途中ですが裏庭に用事が出来ました。
それからさらにさらにお健やかにお育ちになったお嬢様は、掴まり立ちが出来るようになり、私が常にどんな時も一瞬の隙間もなくお嬢様を見つめていなくてはならなくなりました。
合法的にお嬢様を見つめ続ける事が出来るようになったのでございます。
幸せな時間でした。
利発なお嬢様は、お外をご所望の際は、私に目配せをして下さるようになりました。
窓の近くまで、ある時はハイハイをなさり、またある時は色々な物に掴まりつつ移動をし、私、ミラの方を振り返るのです。
ええ、ミラを、このミラを頼りにして下さっているのです。
何という幸せな時間でしょう。
何時ものようにお嬢様には御籠にお入り頂き、お運び致します。
いつ何時危険があるか分かりませんから、いざと言う時に盾とするべく、從僕を1人連れて行きます。
そしてお嬢様はお庭の木陰で、当代様とシリウス様の手合わせをご観覧になられます。
時折、許し難い事ですが、矮小な鳥がお嬢様の御前にまかり通る事がございます。
本当に許し難い事ですが、お嬢様の御手の、届きそうで届かないギリギリの所に、その鳥めは降りるのです。
本来であれば、私のお嬢様を弄ぶ輩など、鳥であろうとも許されるものではありません。
お嬢様がお許しになっているので、私ミラには分かります、安寧を貪っていられるのだと、鳥は知るべきなのです。
そうでなければ今ごろは食卓に上がっております。
何をするのも、万事私の手が必要であったお嬢様ももう3歳におなりです。
最早、私ごときの手など必要なく、ご自身のおみ足で、ご自身が御望みになった所へ行かれます。
先頃など、お嬢様をお探ししていると、お庭のそれはそれは高い木の上からお声がするではありませんか。
木登りがご所望でしたら、まずミラが安全を確かめますので、お1人でそのような危ない事はお止め下さい。
お元気があるのはとても結構な事でございます。
お嬢様をお探しする毎日はとても充実しております。
ですが、辺境伯家の姫君ともあろうお方が、御自ら果実の収穫をされるなど、まして御身1つで木にお登りになるなど、あってはならない事でございます。
当代様に事の顛末をお話致しましたら、大変面白いお顔となっておりました。
ああ、これはお嬢様には決してお話なさいませんよう、お願い申し上げます。
必ずお嬢様はもっと高みを目指してしまわれます。
それでこそ私のお嬢様です。
また近頃は、お料理にご興味がおありのご様子でございます。
お嬢様御自らお料理をなさりたいようでございます。
王都の住まう貴族の中には、非生産的な事こそ貴族の美徳と、寝ぼけた事を主張する輩もおるようですが、お嬢様の御手から作られる素晴らしいお菓子の数々を知らぬからこその、寝ぼけた主張なのでしょう。
お嬢様がお作りになるお菓子は本当に素晴らしいものでございます。
一度目にすればきっとその考えを即座に改める事でしょう、見せる気はございませんが。
ああ、もうお時間でございますか、そうでございますか。
このような短い時間ではお嬢様の溢れる魅力の一端もお話出来なかったと思われます。
そうでございますか、十分に伝わったと・・・十分とはずいぶんと大きくお出になりましたね。
お嬢様はもっとずっと、貴方様がお思いになっている以上に素晴らしい方でございます。
それをもう十分に伝わったなどとどうして言えましょうか。
左様でございますか、お嬢様の魅力に酔ってしまいそうでございますか。
それは仕方ない事でございます。
それでは是非ともまたお嬢様の魅力についてのお話をさせて頂きたいと思います。
その為にもどうぞお体ご自愛下さいませ。
なぜか兄より気持ち悪くなってしまった気がする。
さて次回より、本編となります。
本編まで長かったなぁとか言うのはきっと気のせいです。ええ、気のせいです。
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一つ一つお返事はしておりませんが、全て目を通し今後の糧とさせて頂いております。本当に有難う御座います。
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少しでも楽しんで頂けたら幸いです。




