11話 兆し 6
内容を追加しております。
朝日が昇りきった頃、アダーラは再び目を覚ました。
深夜に一度目を覚ました事が伝わっていたのだろう、母も兄も目を覚まし落ち着いた様子でアダーラを見つめていた。
少し気恥ずかしい。
「おはようございます。」
小さな声で言うと、母はスミレ色の瞳からぽろぽろと涙をこぼし、シリウスは夏の空色の瞳に弧を描き嬉しそうに笑って、そして二人ともアダーラの生還に心からの喜びを表した。
「あの、にいさま?ごめんなさい。」
まずはシリウスに謝らなくてはいけない。
そう思い声を出す。
「にいさまがいなくなるとおもって、びっくりしました。」
伝えておかなくてはいけない。
「がくえんにいっても、おもいだして下さいね?」
「アダーラ、思い出すに決まってるじゃないか、いつでもアダーラの事を考えてる!」
兄様ちょっと怖いです。
でも
嬉しいです。
「わたくしも、おとなにならないといけないんです。もうおねえさまなんですから。」
くすりと笑う気配を感じた。
「休みの度に帰ってくるよ。」
「とうさまのように?」
「あーーー、あれは流石にまだ無理かな?」
まだなんですね、やる気なんですね。
それからベッドの上で軽い食事を摂り、昼を過ぎた頃には母によって異常なしのお墨付きを貰い、床払いとなった。
疲労困憊の父とシリウスは、母の手による治癒を施され、もう通常営業である。
何でも、魔力枯渇は病気や怪我ではないので、魔法による治癒は効かないのだそうだ。
回復するまでただひたすら眠り続ける、その為まだ体力のないアダーラは非常に危険な状態だったのだ。
それでもまだ魔力が少なかった事が幸いし、比較的ダメージもなく目を覚める事ができたと、母に説明をされた。
いざという事態に備える為、父とシリウスの回復をしなければいけない治癒術師であるが故に、娘についている事も出来ず休息を取る義務のあった母だ。
本当に良かったと、アダーラを抱きしめて涙した。
アダーラが寝ていたのは3日ほどの期間で、母の言うとおり、魔力が少なかったのが本当に幸いたようだ。
決意をしたにも関わらず、兄の入学時期を超えてたなどあったら目も当てられない。
両親も魔法の家庭教師を急ぎ召喚するとの事だ。
それはそれで楽しみである。
無事にお墨付きを貰ったアダーラは許可を得て調理場へ向かっていた。
未来を変える作戦その1の開始である。
心の狼煙を上げるのだ。
物語のアダーラがやらなかった事をやっていれば未来は変るはず!
せっかく記憶が戻ったのだ。
どうせなら楽しく未来を変えたい、楽しいのはどんな時だろう、お菓子を食べると楽しくて幸せだったな、の3段論法でアダーラは菓子の開発に着手する事にしたのだ。
開発と言っても、この世界で、である。
日本で作っていたお菓子をこの世界の材料で再現する、ほぼ半分は自分の為としか思えないが、アダーラの決意はやや斜め方向で動き始めた。
アダーラが向かったのは屋敷の厨房だ。
本来であれば主である立場のアダーラが踏み込むべき場所ではない。
が、そこはすでにクリアしている。
屋敷の中を遊び場にするふりをしつつ、使用人の顔を覚え、配置を覚え、そして厨房の様子も確認済みである。
3歳児の体である利点はフル活用だ。
常にアダーラと共にあるメイドのミラと、何故かいつも厨房にはくっついてくるマルカブを従え、厨房に到着すると、料理人たちは動きを止め、闖入者を目にとめた。
数人の料理人の中でもひと際大きな体の、それはクマの様な1人が、ややあって破顔する。
「お嬢様、もう体の具合はよろしいのですね。良かった、良かった。」
料理に関しての伝達は行われているはずであるので、当然アダーラの体調も承知しているはずだ。
それでもやはり、元気な姿をみれば安心する。そして外見に似合わず子供好きなこのクマ料理人は、外見を恐れず懐いてくるアダーラに甘いのだ。
忙しい時間にも関わらず、喜んでくれている様子にアダーラも嬉しくなる。
「ごしんぱいをおかけして、もうしわけありません。もうだいじょうぶだと、母さまにみていただきました。」
足取りもまた言葉もはっきりとしていて、もう心配は必要ないと、その場にいた全員は改めて胸をなでおろす。
「ちゅうぼうのすみを少しおかりしてもよろしいですか?」
アダーラが厨房に訪れる理由は皆承知している。
しかし、子供とは言え主筋に丁寧なお願いをされて悪い気などしない。
子供だからこそか、やはり甘くなる。
「構いませんよ。おぉいコカブ、お前お嬢様のお世話をしろ。」
「へい」
クマ男料理長に、コカブと呼ばれた少年が元気に応える。
まだ見習いの少年は、野菜を洗っていた手を止め、アダーラの元へのやってくる。
「お嬢様、本日は何をご用意しましょう?」
慣れたものである。
最近、料理人見習いではなく、お嬢様係(厨房)になったのではないかと思う程度ににはアダーラの、貴族の姫とすれば奇行も日常である。
「本日は、タマゴとミルクとおさとうをおかりしたいとおもいます。」
卵5個に牛乳が2カップ、お砂糖は味をみながら調整、これが本日の材料である。
材料を伝え、作り方の指示をすれば後は見習いの仕事だ。
見習いとは言え料理人、卵は泡立てないようにと言えば、極力泡立たないように綺麗に混ぜる事が出来ている。
自分でやれば失敗して素が立ってしまう火加減も、厨房を良く知っている者がやれば綺麗な仕上がりだ。
優しいお日様色を映したカスタードプリン。
疲れた時にはやはりプリンである。
何度か試作を繰り返し、家族だけでなく、使用人にも行き渡る数を作る事に成功した。
その間、試作品はアダーラは一口づつ味をみている。
悲しいかな3歳児の体ではプリンを幾つも食べては夕飯が入らなくなってしまう。
アダーラの残したプリンはミラが片づけてくれた。
そして何故か毎回丸ごと1個をマルカブが意気揚々と片づけ、残り2つはレシピと共に料理人一同の腹に収まって行った。
厨房でのやりとりを追加しております。
何とか動き出しました。




