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「昨日はひどい目に遭った……」

 寝起きの気だるい気分を熱いシャワーで洗い流しながら一人ごちる。

 昨日は帰って来るなりそのままベッドに倒れて眠ってしまった。

 かなり厄介そうなことに首を突っ込んでしまった感じはあるが、あれから特に警察が来たり鉄砲玉が送り込まれたりというイベントは発生していない。

 最も昨日の今日なので面倒事が発生するとすればこれからなのだろうが。

 1LDKの広い寮は、本来一学生が一人暮らしをできる部屋ではないが、これも今のところ費用は発生していない。発生するとすればこれからだが、それは勘弁していただきたいので早くどうにかする必要がある。

 備え付けられている冷蔵庫から牛乳を取り出してコップに注ぐ。

 冷たい牛乳を一気に飲み干す。

 時計を見ると、もう少しで受講候補にしている授業が開始される時間となっていた。 昨日まで着ていた服は洗濯機に放り込む。

 ボーダーのポロシャツの上から黒いシャツを一枚羽織り、下にはカーゴパンツを穿く。

 適当に必要な荷物をショルダーバッグに放り込み、寮を出る。

 三階建てのアパート。それが俺が住んでいる学生寮だ。

 学生寮と言っても、全室に学生が入っているというわけではなく、学園が契約しているアパートの一つなのだ。

 ここも学園の紹介で入っている。

 俺の部屋は入り口から最も離れた三階の一番端。

 手早く鍵をかけると、学園を目指す。

「朝から憂鬱だ……」

 自転車もあるが、このアパートから海神学園までは徒歩でも五分ほどの距離。

 わざわざ盗難の危険を冒してまで自転車を持って行く必要はない。

 またこれまで通りにいくつかの授業を受講する。

 一つは興味を引かれた授業があったが、それ以外はなんとも面白みに欠ける授業であった。

 誰かに聞きでもすればいいのだろうが、元々知り合いがいない学園に着たこともあり、そのツテもない。

 それに、自分で授業を組むという仕組み上、クラスはあるにはあるが希薄なもので、友人なんて一人も作れていないのが現状だ。

 ぼっちであることは願ったり叶ったりであるのだが、それでもこのままでは面白くもない授業を受ける羽目になりかねない。

 それにもう一つ、この島で俺みたいに人間が生活をしていくには解決しておかねばならない問題がある。

 最後の授業が終わり、スマートフォンを開くと、一通のスカウトメールが届いていた。

「俺に、仕事のスカウト?」

 この海神島は、外部からの人間を積極的に迎えている。

 しかし、その迎えた人間を遊ばせておくはずもない。

 その代わりにこの海神島の学校が積極的に取り入れているのが、学生就労支援システムだ。

 この海神島にある仕事で、海神市が認めた業務であれば、アルバイトでも契約社員でも日雇いでさえ、学生は海神市から様々援助を受けることができる。

 学費の全額免除、学生寮費免除、海神島内で買い物大幅割り引き、その他様々恩恵を受けることができる。

 また、賃金に関しても最低賃金がかなり高めのところに設定されており、本土の時給の倍以上なんてのは当たり前なのだ、

 海神学園の授業が午前しかないのもそのためである。

 午後からは学生が働く時間に充てられるように、午前で授業が終了する。

 そして、カリキュラムが自由に選択できるのは自分が将来やりたい仕事に必要な仕事を受講すればいいという考えのもとだ。

 もちろん、普通科のような学校も海神島には存在する。

 しかし、このシステムを導入している学校が大部分を占めている。

 ちなみにただいま俺、無職。

 一切仕事を受け持ってはございません。

 転校したのがついこないだであるので仕方ない部分はあるが、それでも学園側から出されている条件は五月まで。

 それまでに仕事を見つけなければ、支援などを受けることできず、学費やその他諸々の費用を全て自分で負担しなくてはならない。

 当然俺にそんな余裕はない。

 かといって、別に求人が少ないわけでも採用試験で落ちているわけでもない。

 ただ、自分がどんな仕事をすればいいかがわからず、えっちらおっちらしているのだ。

 しかし、スカウトメールというのは初めてだ。

 学園にスマホのメールアドレスを登録しているので、学園経由で来ているのは間違いないが、それでも俺がこの島に来てから半月の間では初めてのことだ。

 聞くところによると、スカウトメールは学園に登録している資格情報やこれまでの仕事経験などのデータを元にスカウトされるらしい。だが、転入する際にいくつか記載したが、それでもスカウトされるような内容を書いた覚えはない。

 自ら仕事がほしければ、進路・生徒指導室に行けば簡単に職につくことも可能なのだが、まだそっちは行けていない。

 スカウトメールは、海神学園の近くにあるカフェからだった。

 あまり行ったことがある場所ではないので、どんな店なのかは知らない。

 適当に流して見ていると、指定された賃金はかなり高額であり、勤務時間は応相談となっていた。

 非常にうさんくさかったが、これ以上採用試験などに行かずに遊び呆けているわけにもいかない。

 最後の一文に、面接が可能な曜日と時間が記載されていた。

 一番近くが今日この後すぐ、午後二時からだった。

 これ以上仕事の問題を放置するわけにはいかない。

 幸い、家事全般を子どもの頃から請け負っていたこともあり、料理はそんじょそこらの女子高生よりはできる自信がある。

 接客に回されたら、そのときはそのときで考えよう。

 住所を地図アプリに貼り付け、大まかな経路を検索する。

 スカウトメールがあったカフェに足を向ける道すがら、途中にあったコンビニで簡単におにぎりを二つ購入して腹に収める。

 昨日購入したメニューと同じだった。

 昨日はあの妙な出来事に巻き込まれた際に、おにぎりも牛乳も紛失してしまったので食べられなかったのだ。

 気を失っている間に落としてしまったようなのだが、昨日はそんな余裕はなかったし、今更取りに行くつもりもなければほとぼりが冷めるまであの辺りには近づくつもりもない。

「はぁ……」

 ため息を一つこぼすと、ずきっと額が痛んだ。

 昨日アタッシュケースが当たった場所だ。

 切れたり痣になったりはしていないが、一日たった今日でもまだ鈍い痛みが続いている。

 昨日、どうしてあの場であんなことをしてしまったのか。

 今考えても自己嫌悪で押し潰されそうになる。

 やっていいかとか、やってよかったとかそういう問題以前に、俺があんなことをしでかすということ自体が間違いだ。

 スポーツトラックの荷台で目が覚めて、男たちに囲まれた三人の学生を見て、普通にスマホを使って警察を呼ぼうとはしたのだ。

 しかし、あのとき聞いた言葉でそんな考えが飛び越してしまった。

「偽善者……か」

 二度と、あんな厄介な出来事には首を突っ込まないことを誓う。

 昨日みたいなことが日常的にあるほど、海神島は治安の悪い島ではない。

 ただ様々な人間を簡単な審査のみで通して島内に移住することができるため、いろんな人種や考え方を持った人間がいることも事実ではある。

 とはいえ、外部とは隔絶された海神島と言えど、相当な人口を誇る人工島だ。

 昨日の方々にはこの島を去るまで会うことはないだろう。

 大丈夫、会うことはない。会うはずがない。問題ないさ。んなことあるわけないべ。

 危険な領域に足を踏み入れんばかりに頭の中で呪詛を唱える。

 そんな病んだ症状を繰り返していると、いつの間にか目的地であるカフェに着いた。 どこかのチェーンのカフェというわけではなさそうだ。

 外装は小さな洋館というイメージで、屋根には赤煉瓦が積み上げられており、壁は一面クリーム色だ。

 いくつもある窓はぴかぴかに磨き上げられており、よく手入れされているのが見て取れる。

 入り口には、準備中の立て札が掛けられていた。

 こんな昼間にお店を開けていないというのは、もしかしたらできたばかりのお店なのかもしれない。

 それなら、俺みたいな人間にスカウトメールを送ってきた理由もわかる。

 単純に人手不足なのだろう。

 俺は入り口の右手にある看板に目を向けた。

 【カフェ・サークル】。

 看板にはおしゃれな文字でそう書かれていた。

 左手の腕時計に目を向ける。

 時刻は二時ちょうどを指していた。

 俺は、準備中の看板が掛けられた扉をそっと押す。

 鍵のかかっていなかった扉は、抵抗なく開いた。

 店内からチャイムが流れると同時に、コーヒーの甘い香りが溢れてくる。

「すいません。スカウトメールの件で面接にきました」

 店内に向かって呼びかける。

 準備中と出しているだけあってほとんど人はいないが、隅の席で一人中学生くらいの女の子が店に現れた俺には目もくれずに青いノートパソコンを叩いている。

「あ、来た。はーい」

 奥の厨房から嬉しそうな弾む声で返事が返ってきた。

「こんにちは、いらっしゃいませ」

 机を拭いていた若い男が爽やかな笑みを向けてきた。

 服装はカフェエプロンをつけた店員姿だが、首からはなぜか赤いヘッドホンが掛けられていた。

 かと思うと、上をどたどたと走る音がして、見るからに女子高生っぽいふんわりとした女の子が、右手にある階段から飛び出してきた。

「わっ、ホントに来てる!」

 なにやら失礼な言葉とともに細い指を向けられた。

 ……気のせいか、どちらの店員にも見覚えがある気がした。

「よくおいでくださいました」

 厨房から若い女性、いや高校生くらいの女の子がカフェエプロン姿で出てきた。

「突然すいません。ご連絡もせず……に……」

 言葉が、宙を彷徨い消える。

 俺より頭一つ分くらい低い身長の少女は、綺麗で整った顔に人なつっこい笑みを浮かべている。

 黒くきらきらと光る艶髪は、カフェで働く人らしく後ろで縛ってポニーテールにしている。

 この少女は、どこかで見覚えがあるなんてものではなかった。 

 他の二人もいつどこで見たかまで正確に把握した。

 同時に、どんなやり方を取ったのかは皆目見当が付かないが、一つだけ確実にわかったことがある。

「はめられた……」

 苦々しい思いが言葉になってこぼれ、俺の後ろで爽やか店員ががちゃりと内鍵をしめる。

 おいちょっと待てやこら。

 引きつった笑みをヘッドホン店員に向けるが、爽やかボーイはあくまでも笑みをたたえるのみ。

「大丈夫大丈夫。取って食ったりはしないから」

 少女店員が微笑みながら縛っていた黒髪をほどく。

 さらさらと流れる艶髪はうっとりとするほど綺麗だったが、状況が状況なだけにそんなことを気にしてはいられなかった。

「まずはお礼から言わせてもらおうかな」

 少女は恥ずかしそうな、それでいて申し訳なさそうな笑みを浮かべた後、言った。

「昨日は、助けてくれてありがとうね。椎葉優羽君。そしてようこそ、カフェ・サークルへ」


 少女、そしてその場にいた爽やか店員とふんわり女子高生は、昨日の運動公園で男たちとアタッシュケースの取り合いをしていたやつらだった。

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