乙ゲーヒロイン、だと・・・?
乙ゲーの主人公に生まれ変わった。
みなさん、乙女ゲームとは何かご存知だろうか。簡単に言うと女性のための擬似恋愛シミュレーションゲームである。
私は別にドハマリしてたってわけじゃないけど、何作かプレイしたことはある。
このアイルローゼンは私がプレイしたうちのひとつ、「World For You」というゲームの世界。なるほど髪の毛はカラフルだし魔法も存在するんだね。
6年前に自分の姓を思い出した時に自分がヒロインだと分かった。ヒロインの幼少期はそこまで幸せじゃないし名前も一緒だし妹の名前も一緒だし。逆になんでもっと早く気づかなかったのかなー。
「はい、おじさん」
「おー、嬢ちゃん成長したなあ!一瞬誰かと思ったぜ」
「World For You」通称「WFY」はヒロインが年若い20代後半の王様と出会うところから始まる。多分18歳の時。
「お世辞がうまいんですから。そんなの言ってもまけたりしませんからね」
「はっは、手厳しいな」
WFYはごく普通の乙ゲーなのでやたらめったら死亡フラグがたったりするわけじゃない。全員で7人の攻略キャラが居て、こう言ったら面白くなく聞こえるけど平凡に恋して平凡にハッピーエンドを迎えるようなゲーム。まあバッドエンドは死ぬやつもあるけどさ。
攻略キャラのうちの3人とはもう面識があって、みんないいひとだ。
攻略キャラは年若い王様と、王様の友人で若くして名を馳せる天才魔術師、王様を護衛する20代前半の騎士、同じ下町に住んでいて仲のよい少年、20代前半で当主になった公爵、南の国から留学に来ている青年、一人だけ30代のくたびれた下町の医者。
ちなみに最後の医者は隠しキャラで、普通に生活してたら多分というか絶対攻略キャラにはならない。
さっき言った面識がある3人は天才魔術師と少年と医者。
天才魔術師は宿の常連で、少年は私がおじさんとおばさんに引き取ってもらった時からの知り合い。医者は下町に居を構えてるから、病気になったら会う。
私はまだ17歳だし、攻略キャラじゃない人と結ばれる可能性もあるので気楽に構えてる。
だってここはゲームの世界っていってもゲームに出てないキャラクター(悪く言うとモブ)もいるし私はヒロインじゃないから。
今は夜でヤドリギ亭は笑い声や喋り声で賑わってる。ヤドリギ亭は夜は酒場もやってて結構人気があるから、いつも今日みたいに賑わってる。
「おっ、嬢ちゃん!酒がなくなったからくれ」
「はーい」
「おれたちんとこもだ」
最初は手間取ったし大きな笑い声やら怒鳴り声やらで怖かったけどもう慣れた。ここにくるのは良識ある人ばかり。なんでも、ビルおじさんはその昔まだ若かったころはすごく腕っ節が強くて、今でもあまり怒らせたくない人らしい。
「おばさん、お酒5杯分」
「わかった。・・・よっ、と。持てるかい?大丈夫だったらこれも持ってって」
「誰に?」
大体常連さんが多いから名前を覚えてしまう。さっき私にお世辞を言ったのはラスガルさんでお酒のおかわりを注文したのはエドさんとカイルさん。元子爵令嬢でも前世は社蓄で営業職だったから人の名前と顔を覚えるのはわりと得意なのだ。
「シェンさんだよ、ほら、あの窓際の」
「黒髪の人だよね。大丈夫、覚えてる」
「それと、今日はもう上がっていいよ」
「はーい」
お盆にぎりぎりで乗った杯とお皿を持って酔っ払ってるおじさんたちに渡す。あー、お酒臭い。私自身はそんなにお酒好きではないから飲みたくなるとかってことはないけど。
黒髪のシェンという男の人は不定期でここに来てはいつも同じ場所に座る。奥の窓際の席。もともと場所が薄暗いし、この人は黒髪で暗い色の服ばかりを着ているので少し怖く感じていたが、この人にも慣れた。
「シェンさん、はい。パンとチーズであってますよね」
「ああ、ありがとう」
いつも3日から一週間ほど滞在するこの人は攻略キャラの一人。天才魔術師のシェルナログ・サレンシアだ。黒髪黒目の彼の容姿は明るい髪色が多いこの国では珍しい。そして整った顔はどことなくアジア系に思われて親近感が沸く。
いつも一人でお酒を飲んでいて酔っ払った姿を私はまだ一度も見たことがない。宿を発って一週間したら戻ってくることもあれば、半年戻らなかったこともあった。もうあまりゲームの内容を覚えていない私には、彼がいったいどのような仕事をしているのか具体的には分からない。
「今回は短かったですね、旅」
彼が座っている席の前の席に腰掛けて聞く。おそらく今私の目は輝いているだろう。
「ああ、おそらくだが、もう半年以上の旅に出ることはないだろう」
以前彼に何をしているのか聞いたところ、旅をしていて用心棒やらの体を張る仕事をして暮らしていると言われた。それだけでなく魔術師としての役割も果たしているのだろうが、一般人には喋ってはいけないようなことなのだろう。
この国、コルトファーは魔術大国として名を馳せており、魔術師だけで構成された国家組織が存在する。騎士団の魔術師版みたいなものだ。
通称「青の盾」。
緻密な魔術構築で知られるこの国の魔術は素養さえあれば誰でもできるわけではなく、理論を完璧に理解しないといけない。それゆえにこの国において魔術師とは、賢くて魔術の素養がある人しかなれない職業で、就職するのは難しい。その分憧れる人もいる。かくいう私もその一人。
「そうなんですか?」
「ああ」
「今度はどこに行ってきたんですか?」
そして彼は青の盾に所属する魔術師で、その中でも結構高い位置にいる。詳しくは覚えていない。
そんな彼は王都レシディアからいろんなところに行くらしく、私が話をねだれば地方の話を聞かせてくれる。黒髪黒目であまり喋らない人だから初めの頃は怖かったが今はいたってやさしい人だと分かってるので、彼が旅から帰ってこのヤドリギ亭に戻ってくるといつもこの国の話を聞かせてもらうのだ。
「今度は東の貿易都市だ。どこか分かるか」
「えっと、ロルグスタンですよね」
10歳で子爵令嬢ではなくなったので私にはこの国の知識が平民程度しかない。平民を貶しているわけではない。この国では文字の読み書きはほとんどの人ができるが、それ以上の、歴史や地理といった生活する(商売)のに余剰な知識を持っている人は少ないのだ。詳しく知っているのは貴族ぐらいだ。
なので私も細かい地理は知らないし歴史は英雄譚や歌になっていたりするものしか知らない。
「そうだ。この国における二大貿易都市の一つ、ロルグスタンだ。貿易都市だけあって外国の織物や食糧が多かった」
「織物!私、バラクルの織物を見たことがあります、すごいきれいで・・・」
「ああ、バラクルのものもあった。街中がさまざまな色で溢れていて活気があった」
そう言って彼は少し微笑んだ。彼は口数が少ない人ではあるが、無愛想な人ではなく気を許した人とはよく笑う人だ。
彼の笑みを見て私はついどきりとする。
だってかっこいいんだもん。イケメンしかも見慣れたアジア系万歳!
「娘さんには土産を買ってきた」
なんだと!?
「連れにせっつかれてな。日ごろ世話になってるのだから何か物でも贈ってやれと」
「そんな、いいのに」
おじさんとおばさんに引き取ってもらって二人は私に服や装飾品を買うように言ってくれるが、私は少し負い目を感じていてお小遣いをもらったり嗜好品をわざわざ買ったりすることは滅多にない。
彼が服のポケットから出したのは、
「・・・髪紐?」
「ああ、髪が長いだろう、その紐ももうすぐで切れそうだしな」
使ってくれ、という彼は本当にいい人だ。現金なやつ、だなんて言うなよ!
私は、というか女性は基本髪の毛を伸ばすので髪紐が必須である。私が今使っているものはもう長い間使っているので汚れて少しほつれているところもある。それを見て買ってきてくれたのだろう。
読んでくれてありがとうございます。誤字脱字報告歓迎。