第一話「狭間の出逢い」
一言で言おう、何処だここ。
辺りを見渡せば、そこは一面が花に覆われていた。草木香る心地よい風が吹き、荒んだ心を癒してくれるようだ。
さっきまで何をしていたかさっぱり思い出せないがそんなことはどうでもいい。この素晴らしい景色を、アイツにも見してやりたい。
暇なので少し歩き回ってみる。花は色とりどりで、見ていて飽きない。赤青黄色、どの花見ても綺麗だなぁ〜。
「うぉ、何だこれ?」
俺はおもわず上擦った声をあげた。
その花は黒く、見ているだけで引き込まれそうになる妖しさを放っていた。黒よりもさらに深い黒で、危ない雰囲気を醸し出していたが、俺は目を離せなかった。そのまま何かに導かれるようにして俺は花へと手を伸ばし―――。
「……待って」
誰かの声が聞こえたのと同時に俺の手は動かなくなった。花の手前までで、何かに遮られているかのように進まなくなった。力を込めて腕を押し出す。しかし腕は動かない。
くっ、あと少し………あと少しなのに………!
「………その花を摘んではダメ」
静かな、それでも制止の強さを感じさせる声が俺の行動を阻む。
「………その手を降ろして」
何故かその声には逆らえず、俺の手はゆっくりと降ろされ、気をつけの姿勢をとらされる。誰だ………俺の邪魔をする奴は?
と、一際強い風が吹き、堪らず目をつぶる。風が止みゆっくりと目を開けるとそこには、漆黒の長髪を靡かせながら、髪とは対照的な白い服を着て、こちらのことを見つめてくる少女がいた。
「………今回の『転生体』は一致率が高い模様………救済措置を実行」
言いながら少女は俺の方へと近づいてくる。一歩一歩、ゆっくりと。そして俺の一歩手前まで来て立ち止まった。俺は未だに動くことが出来ない。
「お前は……誰」
だ、と続けようとしたが、それは叶わなかった。
あまりに唐突で何が起こったのかわからなかった。
目の前には少女の顔。幼い顔付きだが、どこか暗さを感じさせる少女の顔が目の前にあることを認識する。そうしてようやく、俺はこの少女とキスをしているのだなぁと、まるで他人のように感じていた。
俺の感覚では永遠とも思える時間、実際には一分と経っていなかったが、とにかく少女は俺から唇を離した。その顔に照れなどは見られず、無表情だった。
「なななななな、何で………」
むしろ俺の方が照れていた。い、いきなりあんなことされたらそうなるに決まってるだろ!?
「………救済成功」
少女は呟いた。俺にはどういうことかわからなかった。
「きゅ、救済ってなんなんだよ」
「目標に異常なし」
無視ですか。
「きっと話したところであなたには理解できないから」
「いや、色々と問題がさ………」
主に俺の精神的な面で。告白するが、さっきが初めてだった。
「初めて………?」
「うっ」
ピタリと言い当てられドキッとする。こういう時は開き直るに限る。
「あぁ、そうだよ」
「あなたは嫌だった?」
首を傾げてこちらを見てくる少女。
「………ノーコメント」
「………大丈夫。こっちのことは現実には関係ない。………のーぷろぶれむ」
ブイッ、とする少女。若干発音が怪しかったが………その姿は年相応のものに見えた。
「なぁ、君は誰なんだ?」
「………………」
少女はこっちを見て、何かを言いたそうに唇を動かすが、何も言わずに口を閉ざす。それを二、三回繰り返して俯いて、とうとう黙った。気まずい沈黙が流れる。
はぁ。
「………やっぱいいよ」
何か悪いことをしているような気持ちになってしまった。罪悪感がヤバイ。仕方がないので諦める。
「ごめん」
「き、気にしなくていい」
しゅんとされると、ね?悪いことした気になっちゃうからさ。気分は子供のしたことを叱ってて、それが自分のことを思ってのことだと知ったときの母親。何言ってるんだろう俺。
「か、代わりに教えてほしいことがあるんだけどな」
「………何?」
こちらをジーッと見つめてくる少女。その目はとても澄んでいて、だけど暗さを湛えているように見えた。そのまま見ているのが、何故か躊躇われてしまい、俺は目をそらしながら、
「………ここは何処だ?」
と、今更ながらにして最初にすべき質問を投げ掛けた。
そもそも俺は何でこんなとこにいるんだ?辺り一面お花畑、いるのは俺とこの少女だけ。いったい………ここは何処なんだ?
「ここは………」
「ごくっ」
唾を飲み込み、少女の口が次の言葉を紡ぐのを待つ。そして、
「霊界」
「………………はい?」
はい?
思ったことそのまま口に出しちゃったよ。そのくらい少女の答えは意味不明なものだった。
だってさ、霊界って何処だよ、ってなるだろ?天国とか地獄ならまだわかるけどさ………いいえ、地獄には逝きたくないです。
俺が涙目になりながらそんな思いを抱いていると、
「………死んだ者と生ける者との会瀬の場」
「ふむ」
「あと、死に逝く者の最後の休憩所………?」
「俺に聞かれても………」
わかるわけない。だいたい何だ。死んだ者と生ける者………………って、え?
「俺死んだの?」
「………………死にかけてる」
「死にかけてるの!?」
「………死にかけてる」
「二回も言わなくていい!!」
え、あ、マジで!?死にかけてるんだー俺。アハハ、道理でここに来るまでの記憶がないわけだ。だって死にかけてるからね!記憶が来世に向けてリセットされちゃってるよ!
「うわー、マジか、どうしよう、涙が止まらない」
さめざめと泣く俺。
やり残したことばっかりあるぜ………。心残りが多かった………んだよな、多分。記憶はないが何かモヤッとした気分になってるからにはそうなんだろう。うん、そうに違いない。
「………大丈夫、まだ大丈夫」
「………………………何が?」
プチッ、プチッとその辺りの雑草を引っこ抜きながら、若干鼻声で答える俺。雑草は花への栄養を奪うからな、きっちり刈っとかないと。………………お、四つ葉のクローバーか………でも、今の俺にはこんなもの、
「あなたは生き返れる」
「マジで!?」
四つ葉のクローバーありがとおぉぉぉぉぉ!!
「………彼女達の頑張りのおかげ」
「彼女達?」
誰なの?ねぇ、誰なの?クローバーは答えなかった。
「………………本人達に直接聞けばいい」
そう言って俺の体を指差す少女。見ると、
「うおっ!?」
体が透けつつあった。これはどういう………。
「………向こうに帰れる兆候」
そ、そうなのか?いまいち信頼できんが………。
「………………しーゆー」
「何とか答えてくれよ!スルーしないでくれ!」
手を振らないでくれるかな?心配になるじゃないか。
俺が恨みがましい視線を彼女に向けていると、
「大丈夫………あなたはまだここに来るべき者じゃないから………」
何処か悲しそうな表情を浮かべて、尚も消え行く俺の体を見ながら少女は言う。その顔を見ていると胸の奥から、不思議な感情が沸き上がってきた。原因・正体不明の感情に戸惑いながらも、
「ちょっとの間だったけど、色々ありがとな」
俺がそう言うと、彼女はキョトンとした顔になって目をパチクリさせ、最後には少し笑みを浮かべて、
「………………またね」
不吉なセリフと共に少女は消え、俺の意識はそこで途切れた。