第二章 ノクトネイラの聖女 その2〈挿絵あり〉
「うぁー、綺麗!」
「流れ星みたいだ」
「そりゃ、逆だろう。昇ってるんだ」
港に入れない見物の群衆からも、大きなどよめきと拍手が起こった。お祭りの最高潮に相応しい演出と捉えたのだろう。
伝書光とは、お互い遠距離にいる法師同士が連絡網として使用する法術の一つだ。
光の玉には伝えたい情報を封印してあり、受け取る側の法師がやはり法術で開封して内容を読み取る。今回の場合は、エスルより王都へ、メイベル・リンクが到着した旨を知らせる内容だ。陸路で伝達すればラワック馬で三日かかるところを、伝書光であれば半日で到達させることができる。平時においても非常に有効な術なのだ。
大陸の統治者たちが、法師を重用する理由の一つがここにあった。ただし光は誰にでも目視できるため秘匿性は薄く、使用者の能力の差により、その伝達の距離や速さ、持続性も異なる。そういう意味でこの機会は、各国の法師の能力比べにもなりえた。
「素敵ねぇ。私もあんな法術を使ってみたいわ。ウォルはどう?」
「あっ、はい……」
「いくら綺麗だからといって、呆けていては駄目よ。私の護衛が任務なのですからね」
アティアナは空を見上げながら話していたため、ウォルの動作には気付いていない。
幾筋の光が夜空に輝く中で、ウォルはひときわ明るくスピードの速い伝書光を見逃さなかった。他の者たちが輝く夜空を見上げ続けるのとは逆に、光の軌跡が消えぬうちにどの国の法師が上げたのか確認するため、地上に目を向ける。
そこにはあの人物がいた。コルゴット王国のソウブロアである。すでに印を組んでいた素振りもなく、一人の見物人であるかのように振る舞っていた。
父を見ると、確認済みの様子である。
「他の国の参列者に、許可をした覚えなどないぞ」
トスカラルは想定外のことに慌て、急いでメイベルに謝りを入れた。
「猊下、見苦しい様子をお見せ致しました。このようなことになるとは」
「と言いましても、もう放たれてしまいました。皆様も楽しまれている様子。余興として済ませましょう」
「はい。申し訳ございません。後より、各国には抗議致します」
気を取り直して、トスカラルはメイベルにヴァスタロトを紹介する。
「これに控えるは、軍を統括しておりますヴァスタロト・ウィルナリス男爵になります。猊下の警護を申しつけております。我が友人であり、信頼のおける者です」
ヴァスタロトが必要最低限の拝礼をした。
そこに突然、少女の声で話の腰を折られる。メイベルの後ろに控える赤毛の少女だった。
「失礼とは思うが、その必要はありません。メイベル様は我々がお守りします」
メイベルは、母親のような表情でその少女を優しく諭す。
「これ、ネル。無理は言わないように。私たちは招かれた側ですよ。滞在の間はこちらの方々にお任せすれば良いのです」
「ですがメイベル様に何かありましたら、我々が島をでてきた意味がありません」
するともう一人の貴人、紺色の髪の少女が彼女を押し留めるように言う。
「私たちはメイベル様に付従うために来たのです。このような場で我と通して、メイベル様のお手を煩わせることは慎むべきよ」
赤毛の少女は不服そうに口をつぐんだ。
メイベルはヴァスタロトに謝る。
「失礼を致しました。これでも任務に忠実であろうとしているだけなのです」
「いえ。十分理解しております」
ヴァスタロトは、特に心外には思ってない様子だった。
「こちらは私の従士、ネルセダとエルラッカムです」
紹介された順に、赤毛の少女、紺色の髪の少女が挨拶をする。
「普段はノクトネイラの守備を担っていますが、無理を言って付き添ってもらいました」
その一人、エルラッカムがメイベルの言に異を唱えた。
「望んで随行してきたのです。メイベル様は私たちにとり最も大切なお方なのです」
「その通り。ですから見ず知らずの者たちに、任せる訳にはいきません」
ネルセダが、被り気味に強く言う。
「まぁ、そう気負わずに。折角、大陸へ降り立ったのですから、あなたたちもゆっくりと見物をしていきなさい。きっと楽しいですよ」
二人揃って情けなさそうな表情をした。
そんな三人の様子を、ウォルやアティアナ、出迎えた皆が興味深そうに見る。もしかしたらノクトネイラの人々も、自分たちと変わらない普通の感性を持っているのではないか。そんなふうに思えた。
そんな出迎えの者たちに、メイベルがふと振り向き冗談を飛ばす。
「一つ言い忘れておりましたが、この二人は私とは違い、おばあさんではなく、見かけ通り年相応の年齢ですわ。女性ですから詳しくは教えられませんが」
「何をおっしゃられているのです。メイベル様!」
二人が顔を赤らめ慌てた。
メイベルはそれを可笑しそうに笑う。
「まさに。お、おばあさんなどと。誠にお美しくあられます。いや、八〇〇年も生きておられるとは思えませぬ……」
トスカラルも取り繕うとしたのか、メイベルの突然の軽口に、かえって的外れな言い回しをしてしまった。
そのとき、アティアナがさっとメイベルの前に立つ。
「父の言う通りでございます。私の母も美しく敬愛はしておりますが、リンク猊下ほどのお美しい方にこれまで出会ったことはございません。舷梯を降りてこられるお姿を拝見させていただきましたが、ご紹介にあずからなくとも、猊下であらせられるのは一目でわかりました。ご尊敬しております」
彼女の一言がその場の空気をまとめたようであった。
ウォルも感心する。それまで、わがままなところやはしゃいている印象ばかり先行していたが、彼女の真の部分を見た気がした。
「ありがとう。アティアナさん。そう呼んでよろしいかしら」
「はい!光栄に存じます」
「では、私のこともメイベルと」
アティアナは少し戸惑いながらも、頷いて答える。
「は、はい。メイベル様」
ネルセダとエルラッカムは、複雑な表情をしていた。
「あなたのお母様も、どちらかにいらっしゃるのかしら」
「誠に申し訳ございません。母は体が弱く、城内で静養をしております。もしご機会がございましたら、ぜひご紹介させてください」
「ぜひお会いしたいものです。あなたのような素敵な女性のお母様ですものね」
それを聞いてアティアナはパッと明るい表情になり、父であるトスカラルを見た。トスカラルも非常に嬉しそうであった。
「猊下……」
口を開いたのは、それまで黙っていたヴァスタロトである。
「猊下の警護に関しまして、ご提案がございます」
「伺いましょう」
「我々はネルセダ殿のご提案を受け入れ、猊下への直接の警護はお二人にお頼みしたいと考えます。そして我々の配置は皆様が気を回す必要のない周囲に限定させていただきます」
「よろしいのですか?」
「はい。ですが、何か問題が起こりましたら、必ず私ともにご報告いただきたい」
「承知しました。ではウィルナリス卿、そのようにお願いします」
ヴァスタロトはメイベルに一礼した。
ネルセダとエルラッカムもヴァスタロトに謝辞する。ネルセダの気も晴れたようだ。
ヴァスタロトは、エスル城へ向かう前に受け入れる態勢と整えるため、あえて当事者たちのいるこの場で提案したのである。これで皆がエスル城へ到着するまでに、城の守備も意に沿う形に変更できるはずだ。
「ところで、一つお伺いしたいのですが」
アティアナが口を挟み、メイベルも受け入れる。
「何でしょうか」
「あの方々は来られないのですか?」
と言って、船の上を見た。
神々の眷属たちが見える。彼らなりにこちらが気になるのか、甲板から眺めていた。
「ホホホ。アティアナさんは彼らに興味がおありなのね。あの者たちにはこれから、騎神兵を陸に下ろす作業をしてもらいます。それが終われば、今夜のうちにノクトネイラへ引き上げます。明日の夕刻には、また迎えに来てもらうことになるとは思いますが」
それで思い出したかのように、メイベルはトスカラルに伝える。
「日が暮れてからで申し訳ありませんが、騎神兵を荷揚げする作業を手伝ってはいただけないでしょうか」
「失礼致します!」
そこへここぞとばかりにトスカラルの脇をすり抜けて、一人の武官が現れた。その容貌は愛想を振りまく幇間のように見える。それでも身に着けている衣装だけは、トスカラルに負けず劣らず立派であった。
「ラーグリス王国北方海域総督を拝命しております、ホグーラグ・セルデッダー伯爵にございます。我が海軍がその任をお引き受け致します」
「そうですか。ではよろしくお願いします。それとくれぐれも彼らの指示には従ってください。提督はお察しくださると思いますが」
つまりは眷属たちにすべて従い、勝手な振る舞いはするなということである。
騎神兵は強力な兵器であり、それらを運んできた帆船も神秘の塊だ。それを特定の国家の兵士たちに触れさせるのだから、警戒は当然される。
「重々承知をしております!どうかご安心を。ご信頼を裏切る真似は致しません」
ホグーラグの身振りには卑屈さがにじみでていた。彼なりにメイベルに気に入られようとしているのだろうが、彼が王国の代表だと思うと、皆恥ずかしい気持ちになる。
エスルの港湾はベリュン領に自治権が認められているが、その港湾を含めた海域はラーグリス王国の領海、国の直轄であった。
そしてその海域の防衛を国王より任じられているのが、ホグーラグなのである。故に彼に含むところがあっても、トスカラルやヴァスタロトは遠慮せざるを得なかった。
また一旦港に下ろされた五四騎の騎神兵は、明日の譲渡式典の後、各国に分配される。その警備は国の威信を賭けた任務であり、権限がベリュン領内に限定されているヴァスタロトには及ばないことだった。
ノクトネイラに近いこの海域は長年、小規模の事件しか起きておらず、ホグーラグの仕事ももっぱら、私腹を肥やすことと権力を振りかざすことぐらいである。そんな彼にとり、今日という日は一世一代の晴れ舞台なのだ。
トスカラルはそんなホグーラグを忌々しく思いながらも、メイベルに伺いを立てる。
「それでは、我がエスル城へご案内させていただきます」
彼女は頷き、先導するヴァスタロトの後についた。その両脇をネルセダとエッラッカムが固め、トスカラル、アティアナ、ウォルと続く。
騎士団の松明に照らされた道の先に、四頭立ての艶やかな馬車が縦列して何台も並んでいた。どれも今回のため特注されたものである。メイベルを迎え入れる先頭の馬車は、もちろんその中でも最も豪勢であった。
各馬車の御者がワゴンの扉を開き、迎える用意をする。
馬車の前に到着してすぐ、ヴァスタロトがウォルを呼んだ。
「我々の騎馬の準備をしろ。それとノーガンクに先ほどの件を伝えるのだ」
先ほどの件とは、メイベルの警護態勢の変更に関してである。
「はい。承知しました」
ウォルは父に敬礼し、騎士団をまとめているノーガンクの元に駆けていく。
「ウィルナリス卿のご子息でいらっしゃいますか?」
見ていたメイベルが声をかけた。
突然の話題に、顔にはださないが、さすがのヴァスタロトも内心驚く。
代わりに答えたのは、アティアナだった。
「はい。メイベル様。彼はウォルと申します。私の護衛として就いてもらっております。どうして、親子だとおわかりになられたのですか?」
「よく似てらっしゃいますから。騎士として同じ道を歩まれているとは、ウィルナリス卿もお幸せですね」
メイベルは、渋い顔のヴァスタロトと、にこやかなアティアナ二人を見比べている。
「どうぞご乗車ください」
ヴァスタロトは会話を打ち切ることを選んだ。
トスカラルも同意して、港をぐるりと見渡す。
「ぜひとも。猊下を心待ちにしているのは我々だけではございませぬ」
実際、ここから見える範囲の人々だけでも数千に及ぶはずだ。エスル城までの沿道にはさらに数倍の群衆が、メイベルのパレードを見物するため詰めかけているだろう。
メイベルはアティアナへ振り向いた。
「アティアナさんも私たちとご一緒にいかがかしら」
馬車に同乗するよう、アティアナを誘う。
「えっ、私もよろしいのですか?」
「このような場は私には不慣れですし。一緒にいていただけると助かります。それにお城までの道のり、女性同士というのも楽しいと思いますよ」
「はい。ぜひご一緒させてください」
アティアナは、喜びを抑えきれない表情で答えた。
「本当に、よろしいのですか?」
父として心配の色がにじみでているトスカラルである。
「ええ。さぁ、行きましょう。アティアナさん」
ネルセダとエルラッカムは、黙って二人に続いた。メイベルのすることに対して、諦め気味のようだ。
そんな周囲の気遣いを知らぬそぶりで、メイベルはワゴンに乗車する直前、港周囲にいる観衆に向かい手を振る。
その瞬間、地響きを上げるような歓声が湧き起こった。
それまで神妙にするべきなのか、どのような面持ちでお迎えするのが正しいのか戸惑っていた人々が、一瞬にして熱狂へと変わったのだ。
「聖女様!」
「猊下、万歳!」
歓喜の渦の中、平然とワゴンに乗り込むメイベル。
アティアナらも歓声にせかされるように、彼女の後を追った。
トスカラルは一般の人々にも配慮しているメイベルに感心しきりである。
しかしヴァスタロトは彼女の思惑の底知れなさに警戒を意識した。このような場は不慣れと言いつつ、一瞬で場の雰囲気を変えるパフォーマンスを行う。また彼やアティアナ、周囲の者には何かにつけて揺さ振りを入れ、その反応を楽しんでいた。単なる愉快犯なのか、何かに基づく計算した行動なのか。神経質な気もするが、不老不死の人物と相対するには相当の覚悟が必要だと思った。
「それでは我らも参ろうか。よろしく頼むぞ」
トスカラルは、ヴァスタロトの肩を叩く。
「ハッ。お任せを」
「それとな。ウォルは猊下の馬車の護衛に回してやれ。娘も乗っておるしな」
「しかし……」
トスカラルはバッと手のひらを前に突きだし、ヴァスタロトの言葉を遮った。
「卿の懸念も最もだ。荷も重かろう。しかし良いお披露目の機会だ」
「お披露目とは?」
「実はこのたび、騎神兵の搬送に合わせて、ウォルを王都に連れて行こうと思っておる。まぁ、詳しい話は城に着いてからにしよう」
そう言ってトスカラルは、そそくさと二台目の馬車に乗車する。
「司令官。騎馬をお持ちしました」
ウォルが二頭の騎馬を引いて戻ってきた。
「それと隊長にはすでに、法師へ伝書光での連絡を指示していただきました。騎兵隊の列を整え次第、こちらに参るとのことです」
ヴァスタロトは頷き、ウォルから渡された騎馬に跨る。
ウォルも続いて騎乗した。
「私は先導することになる。お前はリンク猊下の馬車の横につけ」
「えっ……しかし私はアティアナ様の護衛が任務かと」
「そのアティアナ様もご同乗なさっておる。でなければこのような命令はせん」
「そ、そうなのですか」
ウォルはメイベルの乗車する馬車のほうを向く。確かにワゴンの窓から、猊下の向かいに座るアティアナが見えた。緊張した様子もなく、その大胆さに舌を巻く。
「返事はどうした」
「承知いたしました。護衛につきます」
急ぎ返答した。そして父を見送り、先頭馬車の横に騎馬を寄せる。
気付いたアティアナが手を振り、メイベルもニコリとしてこちらを向いていた。
つい数時間前には考えられない状況である。エスルへ向かって行軍していたときは、隊列の最後尾だった。それがアティアナだけではなくメイベルの護衛までも任されることになるとは思ってもみなかった。
「あれは、ウォル殿ですね。私たちの馬車に付いてくれるようですね」
「はい。そのようです。父様から命令されたのかもしれません」
メイベルとアティアナは、ウォルを眺めながら話す。
「ベリュン侯は、ウォル殿を買っておられるようですね」
「父様は今回、ウォルを王都へお供として連れていくことも考えているようです」
「格好ばかりが立派で、役に立つとも思えませんが」
口を挟んだのはネルセダだった。聖地の住人としては、よほどの人材を紹介されない限り、評価の対象にもならないのだろう。
「そんなことはありません!剣技では騎士にも負けないとも伺っております」
「ハッ!では、騎士にもなっていないのか。そんな者にメイベル様の護衛を任せるなど。いったい何を考えているのだ!」
ネルセダは馬鹿にしたように笑った。
「これ。言い過ぎですよ」
「しかし、納得がいきませぬ」
「ごめんなさいね、アティアナさん。この娘も悪気がある訳ではないのです。それに、あなたのお父様も見る目は確かだと思います」
メイベルは、しゅんとしているアティアナを慰める。
「ではメイベル様も、あの会ったばかりの青年を評価しておられるのですか?」
静かに発言したのは、エルラッカムだ。
メイベルはそれには答えず、窓から馬上のウォルを手招きする。
ウォルは突然のことに驚いたが従わない訳にはいかず、ワゴンの窓近くまで騎馬を寄せた。中の四人がこちらに注視しているのがわかる。
「猊下。いかがなさいましたでしょうか」
少々上ずりながら、尋ねた。
「あなたは先ほど、伝書光を放った法師の一人を確認していましたね」
「なぜ、それを……」
「いったいどなたかおわかりになりました?」
メイベルがなぜそのようなことを聞くのか真意はわからない。ただ、素直に答えるほかないように思えた。
「コルゴット王国の大使を務めておりますソウブロア司師にございます」
「なるほど。そうですか……」
メイベルは何か思案している様子だった。ウォルも聞かずにはいられない。父やエスルにとって懸念事項の最たる人物について尋ねられたのだ。
「猊下に置かれましては、何かご懸念がおありでしょうか?」
それを聞き、待ってましたとばかりにウォルにささやく。
「確かに興味のある人物ですね。私の記憶では、かの者ほどの法力の持ち主に今まであったことはありません。無論、私以外ではですが」
メイベルはそこで話を切り上げ、手振りでウォルへ持ち場に戻るように促した。
もっと詳しく聞きたいが、仕方なくウォルはワゴンの窓から離れる。
「いったい、どういうことなのでしょうか」
やり取りを見ていたアティアナが聞いた。
「ウォル殿は役割をしっかりこなしていますよ」
「コルゴット王国の大使を見ていたことが、ですか?」
「ええ。ネルのようにボーっと夜空を眺めていた訳ではないようです」
「心外です!私はメイベル様をお守りするために、周囲に気を配っておりました!」
ワゴンが揺れる勢いで、ネルセダが詰め寄る。
「冗談ですよ。もっと心にゆとりを持ちなさい。あなたが役目を果たしているようにウォル殿も果たしておられるのですよ」
「メイベル様~」
尖った耳を伏せ、肩を落とすネルセダであった。明らかに、からかわれている。
始めは迫力あるネルセダに恐々していたアティアナも、ここまでくると彼女に可愛らしさを感じていた。感情の起伏が激しいところも、自分に似ている気がする。友人になれるのではないかしらと思った。
一方、ウォルはメイベルに言われたことの意味を考えていた。
猊下の記憶の中で。つまり八〇〇年間存在したことがないほどの法力を持つ人物。それがソウブロアだということなのだろうか。それにあの含みを持たせた物言いは、猊下も警戒をしているようだった。しかし父に報告するには突飛過ぎるし、元々出張るまでもなく、ソウブロアに対しては注意が払われている。
今は、アティアナ様と猊下の護衛に全力を傾けよう、とウォルはそう言い聞かせた。
やがて彼の前後にも、騎馬が歩み来る。騎兵隊の準備が整い、馬車の列を挟むように騎士たちが配置された。
それを確認した先頭のヴァスタロトが、右腕を上げる。
観衆の歓声が途切れなく続く中、合図とともに馬車と騎馬の隊列が行進を始めた。
一団は各国の大使たちが参列しているテントの前を横切り、港をでる。
港からは緩やかな傾斜の上り坂が延々と、丘の上に立つエスル城まで続く。その城は照明に照らされ、夜の闇に浮かび上がって見えた。
観衆に埋め尽くされた沿道は、昼間の行軍とは違う独特の雰囲気である。歓声を叫ぶ者たち、祈りを捧げる一団、感涙にむせび泣く者、花びらをまきながら歌い踊る少女たち。各人思い思いの歓迎を示しているようだった。
つくづく世の中には様々な人種がいるのだなと、ウォルは妙に感心する。
「リンク猊下ぁーっ」
「聖女様!」
「猊下万歳」
そんな喝采を叫ぶ人々に、メイベルは笑顔を絶やさず手を振って答えていた。
馬車の隊列の去った港。
先ほどまで煌々と照らされていた埠頭は、瞬く間に夜に浸食された印象を受ける。
その中でメイベル・リンクの見送りを終えた各国の参列者たちも、順次用意された馬車に移動していた。
その中に、コルゴット王国の大使、ソウブロアの姿もある。
彼は馬車の順番を静かに待ちながら、港の先端、埠頭に係留しているノクトネイラより来た七隻の帆船を眺めていた。
そこに至る道には、ラーグリス王国海軍の将兵が数百人は配備され、同じく数百頭のラワック馬もつなぎ止められている。
騎神兵の搬送がこれから始まるのだ。
全長七・五ニークの騎神兵が五四騎もある。これくらいの人手は当然必要だろう。
そこへ、控えていた側近が近づき囁いた。
「司師、準備が整いました」
ソウブロアは頷く。
「よろしい。では参ろうか」
マントをひるがえし、馬車へと向かった。
これからが楽しみである。
その足取りに揺るぎはなかった。